水晶〜MISAKI〜第1章

カクテルライトの眩い光の中、白い水着に身を包んだ少女がその肢体を躍動させ踊り
かかる。少女の名は川村水晶(カワムラミサキ)・・・この日の相手は団体のヒール
軍ナンバー2・アシュラ村上、水晶よりも身長で15cm、ウエイトにいたっては
30kg以上も上回り、大人と子供ほどの体格差がある。しかしこの少女もトーナメ
ントを勝ち上がり、今日PWWAチャンピオン決定戦のファイナリストとしてリング
へと上がっていた。

『10分経過、10分経過』
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・・えぇぇぇい!」
ロープへと振られた水晶は身を翻し、全身をアシュラへとぶつけていく。
「この、チビがあぁぁ・・・ッ!」
しかし水晶渾身のフライングボディアタックはアシュラの巨体に抱き止められ、その
ままシュミット式のバックブリーカーで腰を痛打される。
バキイィィィ・・・・・ッ!
「んあぁぁぁぁ・・・・!」
「このォ!ナメんなよぉぉぉ!!」
バキッ!ドスッ!ドスッ!
「あうっ!はうっ!あぁん!」
ダウンした水晶にアシュラのストンピングが襲い掛かる。起き上がることも出来ず踏
み躙られる少女の姿に観客からの声援が飛ぶ。
「ミサキちゃーん!頑張れェェェ!」
「うるせえよ!・・・コイツが、どうなるか見てろっ!」
声援を送るファンに見せつけるように、アシュラは髪と手首を掴み、無理矢理立ち上
がらせると水晶をロープへと振った。
「はうっ!」
ロープへ飛ばされ、よろよろと戻ってくる水晶にアシュラの太い右腕が襲い掛かる。

バキィィィ!ズダアァァァン!
振り下ろしのラリアートがミサキの首を捉え、マットへ後頭部からしたたか叩きつけ
られた。
「うぐぅぅぅぅ・・・げほっ!げほっ!・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・
・・」
仰向けのまま苦しげに喘ぐ水晶・・・しかしアシュラは尚も引きずり起こし、トドメ
とばかりに再びロープへと振っていった。
「死ねえェェェェェッ!」
「はうっ!」
とどめのラリアートを狙うアシュラ!ロープの反動で戻ってくる水晶に凶器ともいえ
る太い腕が再び襲う。しかし、その瞬間水晶は身を翻し、サッカーのオーバーヘッド
キックの態勢で、キックをアシュラの腕へと叩き込んだ。
バアァァァ・・・ン!!
「うがあぁぁぁぁ・・・っ!!」
腕を押さえ、うずくまるアシュラ。しかし水晶もラリアートの衝撃で完全に受身を取
ることが出来ずマットに叩きつけられダウンしたままとなった。
絶体絶命と思われた少女の反撃に沸き返る場内・・・そしてその歓声に押されるよう
に水晶が先によろよろと立ち上がり、アシュラへと向かっていった。
「このォ・・・・っ!」
ようやく起き上がろうとするアシュラに組み付くと、その首を捉え、気合一閃、
90kg近い巨体を一気に高速のブレンバスターで投げ捨てた。
ズダアァァァァ・・・・・ン!!
「ぐはっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
アシュラを叩きつけるや否や、コーナーポスト最上段へ上る水晶・・・そして、ジャ
ンプし宙返りの体勢で身を翻し回転させた両膝をアシュラのボディへと叩きつけて
いった。
「ええェェェいっ!」
ドスウゥゥゥゥ・・・・・!
「うがあぁぁ・・・・!」
ムーンサルト・ダブル・ニードロップ<クリスタル・スプラッシュ>と名づけられた
水晶の切り札が、この強敵に決まった。そのまま全体重を乗せ片エビで押さえ込む水
晶・・・レフリーのカウントがマットを叩く。
「1!2!・・・3ィィィィ!」
カンカンカンカァァァァン!!試合終了のゴングが打ち鳴らされる。しかし勝者であ
る少女もマットに這いつくばったまま、まだ起き上がれずにいた。しばらくしてレフ
リーに促され、よろよろと立ち上がり一瞬呆然とした後、大きく右手を突き上げ、ま
だ幼さの残る笑顔を弾けさせた。
川村水晶・・・17歳、入門1年半にして団体No.2のチャンピオンベルトを奪取
した少女に会場中が大きな拍手を送り続けた。

・・・・・・・・・
試合終了後、激闘の疲れを癒す間もなくTシャツとスパッツに着替え、若手選手とし
ての雑務にかかる水晶。リングや椅子の撤去といった作業に追われる中、控え室前で
声が響いた。
「おい!ミサキー!おい!」
聞き覚えのある懐かしい声に水晶が振り向くと、決して似合ってるとはいえない紺の
スーツ姿に身を包んだ20代半ばのがっしりとした体躯の男が、人なつこい笑顔を浮
かべて手を振っていた。
「勇兄ちゃん?・・・・・」
水晶も思わず手を止め、その青年に駆け寄った。180cmを超える長身に広い肩幅
に厚い胸板、そして赤銅色に焼けた肌はスーツよりもジャージの方が似合いそうだ。

「久しぶりだな・・・おめでとう、チャンピオン」
「へへ、ありがと・・・・見ててくれたの?」
「ああ、途中からだけどな・・・・2年ぶりか、大きく・・・は、なってねえ
か!?」
「ひどぉい、どうせチビのまんまよ!・・・・でも、よく控え室まで入れたね?」
「ああ、これを使わせてもらったから・・・」
勇はスーツの内ポケットから黒いパスのようなものを取り出した。それはドラマなど
で目にする警察手帳だった。
「そう言えば刑事になったって・・・でも、いけないんだぁ、こんなコトに使っ
てぇ!」
「ああ、けど、どうしてもお前と話がしたくてな・・・明日にでも会えないか?チャ
ンピオンになったお祝いにメシでもおごってやるよ・・・あ、でも男と2人きりはま
ずいか?」
「ううん、ウチの社長は、その辺はあんまりうるさくないし、それに勇兄ちゃんは、
ホントのお兄ちゃんみたいなもんだから、明日は移動日前のオフだし、いいよ」
「じゃあ、今晩にでもここに電話してくれ、時間と場所決めとくから」
勇は名刺に自分の携帯の番号を走り書きし、水晶に押しつける様に渡すとすぐにその
場を立ち去って行った。
「ちっとも変わってないな、勇兄ちゃん・・・・でも、何だろ、あたしに話って・・
・・」
怪訝な顔をしながら、名刺をバッグにしまう水晶・・・・。これが少女の運命を地獄
へと導く招待状となることに今は気づく術はなかった。

その日の晩、渡された番号に電話を掛け待ち合わせの場所と日時を決め、眠りに就こ
うとする水晶だが、勇との思い出が記憶から湧き上がり、なかなか眠れなかった。
永沢勇・・・幼い頃に事故で両親を失い頼れる親戚もいない水晶を、その事故を担当
したという縁だけで面倒を見、そして支援してきたのが警官であった勇の父であっ
た。その1人息子である7つ年上の勇とはまるで兄弟のように育てられ、その勇の父
も3年前、ある事件で殉職し父子家庭であった勇は父と同じ警察官となる道を選び、
この春からは刑事となっていた。その間、勇は訓練と仕事に追われ水晶とも年に何回
か電話で近況を話すくらいで、会うのは3年ぶりとなる。
水晶も2年前に中学を卒業すると、すぐに日本最大の女子プロレス団体であるBPP
(バトル・プリンセス・プロモーション)へ入門し、これまで過酷なトレーニングに耐
え、そしてこの夜、10数人の先輩レスラー達をごぼう抜きし、ベルトを奪取したの
だ。その日に、再び会った勇・・・血がつながらないとはいえ唯一身内といってもい
い存在であり、そして密かに異性としての憧れも抱き始めた勇からの思いがけない誘
いに、まだ恋も知らない少女は激闘の疲れと興奮、そして甘いときめきを胸にやがて
眠りへとついた。

「勇兄ちゃーん!」
待ち合わせの場所で待つ勇に大声で、呼びかけ手を振る水晶・・・。そして、この大
柄な青年はそれに慌てて駆け寄り、うろたえる。
セミロングの黒髪をなびかせ、白のノースリーブのブラウスにタイトなジーンズと
いったいでたちの少女は化粧気のない童顔に最大級の笑顔を弾けさせる。
「バカ!大声出すなよ・・・」
「あ、ゴメン・・・・何か、ホントに待っててくれてたからうれしくて、つい・・・
・」
申し訳なさげに、はにかむ水晶に、勇も思わず顔を崩す。
「お前、本当に変わってないよな・・・・今日は何食う?」
「うーんと、じゃあ・・・焼肉!」
「よし・・・でも30人前とか食うんじゃねえだろな?」
「ひどぉい、でも食べるのも仕事だもんね」
「確かにな、もっと大きくなんないとな」
「もう!」
「ハハハ・・・・じゃあ行くか」
「うん!」
水晶は勇を置いていくように小走りに街の中を駆けていった。そして水晶はそれとな
く店の前の値段を品定めし、手頃な値段の焼肉店を見つけると笑顔で勇を手招きして
呼び寄せた。勇にとって、まだ決して高給とはいえない自分への気配りは、少しくす
ぐったく、そしてうれしかった。
店の中、狭い座敷で食事を始める水晶と勇。食事の合間に勇が手にしていた雑誌を手
に取る水晶・・・そしてパラパラとめくると、いきなり女性の際どいグラビアが目に
飛び込んだ。
「やだ!勇兄ちゃんもこんなの見るんだ!」
大きな目をさらにくりくりとさせて勇を見つめる水晶に、あわてて雑誌を取り上げる
勇。
「バ、バカ!お前が載ってるから今そこで買ったんだろが!」
表紙を指差し、それを水晶に指し示す。水晶もあらためて雑誌を手に取り又パラパラ
とめくっていった。
「あ、ホントだ・・・・あたしだ・・・・」
そこには試合でのコスチューム姿と普段着、そして普通のセパレート水着でのカラー
写真と3ページにわたって水晶が紹介されていた。最近人気実力ともに急上昇してき
た美少女レスラーとあって、一般メディアからの取材も徐々に増えていた。苦笑しな
がら水晶から雑誌を取り返す勇。
「お前なぁ、自分が取材受けた雑誌くらい覚えとけよ」
「だって・・・普段、そんなの読まないモン!」
少し俯きながら頬を膨らませるまだ幼さの残る少女・・・勇はこの目の前にいる少女
と雑誌に写された試合での凛とした姿をつい見比べ、何だか妙な恥ずかしさが走る。

「・・・・えぇっと、川村水晶<カワムラ ミサキ>157cm53kgで91・
63・・・」
「ちょっと!やめてよ・・・・恥ずかしいよ!」
子供の頃に戻ったかのように畳の上をじゃれあう2人・・・その後、食事が運ばれ、
そして時折お互いの近況を報告しあいながら食事が一息ついた頃、そのタイミングを
待っていたのように勇の顔から笑みが消えた。そしてこれまでとは違う口調で口を開
いた。
「・・・・なあ、水晶」
「ん、何?」
「あのさ、3年前に死んだ親父なんだけど・・・あれ、事故じゃないみたいなんだ」

「え?」
水晶も手を止め、勇の顔をじっと見た。勇の父親・・・すなわち水晶にとっても養父
であり、事故死した時の悲しみは勇と変わらないものがあった・・・その父の死が事
故ではなく別の真実があったという勇の言葉に言葉を失った。
「・・・俺がある事件を追ってたら、3年前の親父の死亡事故とつながったんだ。そ
して、これにはかなりの代議士っていうか、そういう連中も絡んでるし、その証拠も
9割方掴んだ。もしこれが公になれば親父の仇も討てるし、それにこの国の中枢も
引っくり返しちまう・・・」
そこまで話すと勇は手元のウーロン茶を一気に飲み干した。水晶も緊張からコップを
手にし、口の中の渇きを潤す。
「でもここにきて、明らかに警察内部に俺の動きを阻止しようっていう動きっていう
か意思があるみたいだ・・・なあ、水晶!」
「うん・・・何?」
「俺にもしものことがあったら、これで告発してくれ」
勇は水晶に封筒に入った小さな包みを手渡した。
「え?そんなぁ、勇兄ちゃん・・・・もしもって・・・・」
不安げな声を上げながら、水晶は渡された封筒を開けると中には1枚のメモリーカー
ドが入っていた。
「それには、俺が掴んだ情報が入ってる・・・・頼む、おまえしか託せる人間がいな
いんだ」
「・・・・・うん、でも無茶しないでね」
「ああ、俺だってそんなに弱くはないさ」
「うん!」
不安をかき消すように、笑顔をつくり頷く水晶。それから、2人は久しぶりの再会を
あらためて楽しんだ。

それから1ヵ月後、水晶は新チャンピオンとして多忙を極めていた。セブンティーン
・チャンピオンと称され、これまで以上に一般メディアに取り上げられることが激増
していた。セミロングの黒髪に、少し垂れた黒目がちの大きな瞳、そして157cm
と小柄な身体に91cmEカップのバストと一見女子プロレスのチャンピオンに程遠
いグラビアアイドルのようなルックスも水晶の人気に拍車を掛けた。
そんな中、水晶の初防衛戦がTVゴールデンタイムでの放映に決定し、いよいよその
日まで1週間となっていた。
(あれから勇兄ちゃん、連絡ないけど・・・大丈夫かなぁ・・・やっぱり今日あたり
電話でもしてみよう)
あの日からしばらくして後、勇から“少しの間、連絡を断つけど心配はいらない。試
合は見にいくからガンバレ!”とメールが入ったが、それから既に2週間、さすがに
水晶も気に掛かっていた。心を締めつけられながら、チャンピオンとしての責任は果
たさないといけない、という気持ちで自らを戒め今日も取材を受けることとなってい
た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このあとすぐに試合を控えていることもあり、先にオフショットとして私服でのグラ
ビア撮影を行い、その後リングコスチュームに着替えて撮影とインタビューが行われ
た。
白地の競泳水着に藍色の縁どりとシンプルなリングコスチュームは、小柄ながらもス
タイルのいい水晶の身体のラインが露わとなり、見る者の息を飲ませた。しかし試合
会場ではない控え室でのこうした撮影に未だ慣れない水晶にとっては、恥じらいが先
に立ち受け答えにもぎこちなさが残る。撮影が終わると水晶はとりあえずにと、水着
の上から青いジャージを羽織り、懸命にインタビューに答えていった。

「じゃあ、最後にファンの方々へメッセージを」
「ハイ、一生懸命頑張りますからこれからも応援お願いします」
「今日はありがとうございました。これからもがんばってください」
本日の試合会場であるホールの中の一室で30分ほどのインタビューを終え、水晶が
記者に挨拶をしようとした瞬間、記者が再び口を開いた。
「あ、あともう1つだけ質問、よろしいですか?」
「え?は、はい」
「永沢刑事から、何か預かってませんか?」
これまでと一変した口調、そして記者の知る由のない名前にただならぬ危機感を覚え
る水晶。
「な、何?あなた達・・いった、あうッ!」
ミサキが身構えるよりも一瞬早くカメラマンが背後よりハンカチのような布キレで水
晶の鼻と口を覆った。強い薬品の匂いと共に意識が遠のいてゆく。カメラマンの腕の
中で脱力し気を失った少女レスラーは、その日より忽然とその姿を消した。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「おい、起きろ!オラッ!」
ピシャッ!と頬を張られる痛みに、水晶は目を覚ました。
「・・ん・・・・・こ、ここは?・・・・あなた達は一体?!」
椅子から反射的に立ち上がろうとした瞬間、両腕両足を拘束されていることに慄然と
する水晶。そして水晶を取り囲む見るからに3人の凶悪そうな男達とそれを仕切って
いると思われる酷薄な笑みを浮かべる男が1人。
「ようやく目が覚めたか・・・・・おとなしく我々の質問に答えてもらおう」
「・・・・・・・・・・・・」
未だ朦朧とする意識の中、記憶を手繰り今の状況を把握しようとする水晶
(確か試合前にインタビューを受けてて・・・それから急に勇兄ちゃんのこと聞かれ
て・・・・それから・・・)
「シラを切ろうったって無駄なこった・・・・調べはついてんだ!」
「ああ、貴様があの刑事から預かったモンを渡してもらおうか!」
「預かった?・・・あなた達、あたしをどうする気?勇兄ちゃんに何かしたの?!」

「ふふふ・・・・あの跳ねっ返りのデカか・・・・なかなか強情でな」
そう言い放つと、部屋の奥の扉を開けた。そこにはついひと月程前の精悍な姿が見る
も無惨に変わった勇が椅子に蹂躙されていた。
「ゆ、勇兄ちゃん・・・・?!」
顔には固まった血がこびりつき、全身も傷だらけとなり、又水晶の呼びかけにも反応
を示すことなく、焦点の合わない視線をぼんやりと浮かべるだけだった。
「ひ、ひどい・・・一体、何を?」
怒りと悲しみに打ち震える水晶の反応を嘲笑うかのように、男達は残忍な拷問の様を
語り始めた。
「素直に我等の言うことに従えばいいものを・・・・なかなか吐かねえもんだから
な」
「そう、指も両手両脚も全部へし折られて・・・その後も、ありとあらゆる方法で聞
き出そうとしたんだがな」
「それでもしゃべらねえもんだから、自白剤を打ったんだが効かねえ体質みたいでな
・・・打ちすぎたのか、もう口も利けなくなりやがった」
椅子に拘束されたまま、勇の受けた地獄の責め苦を聞かされる水晶・・・数m先でボ
ロボロの廃人となった勇の姿をその瞳いっぱいに涙を潤ませ見つめていた。
「ひ、ひどい・・・」
そうした水晶を悲しみにひたることさえ許さぬ非情さで、男の1人が髪を掴んで揺り
動かした。
「さあ!お前も、ああなりたくなけりゃ言ってもらおうか、あのバカ刑事から預かっ
たモンの在り処を!」
「痛ッ!」
髪を掴まれたまま椅子ごと揺り動かされ、思わず声を漏らす水晶・・・しかし、その
瞳は男を睨みつける。
「何だぁ、その目は!」
パアァァァァン!
男の大きな掌が身動きできない水晶の頬を張る。
「はうっ!」
衝撃で椅子ごと横倒しになる水晶の腹を男は革靴の固い爪先で蹴りつけていった。
バキッ!ドスッ!グシャ!・・・・巨漢の容赦ない蹴りが水晶の腹を責め苛む。
「はうっ!・・・あうっ!・・・げふっ!・・・・」
水着姿のまま、椅子に固定され転がされた水晶から呻き声が漏れる。
「おい!その辺にしとけ!」
「んくっ・・・・はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・」
水晶の白い水着の腹部分は薄黒く汚れ、口元からは鮮血がこぼれる。そして床に喘ぐ
水晶に、制止したリーダー格の男が詰め寄り、再び水晶を着座の体勢に戻してナイフ
を水晶の頬に当てた。冷たい感触が水晶に更なる責め苦を予感させる。
「ふぅん、なかなか可愛い顔してるじゃねえか・・・その顔がズタズタに切り刻まれ
てもさっきみたいな目ができるかな、んん?」
「・・・・・・・・・」
息を呑む水晶・・・そして男がナイフを大きく振りかぶり水晶の顔面を襲おうとした
瞬間、ナイフは水晶の頬、数mm横を掠めて椅子の背もたれに深々と突き刺さった。

「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・」
「クククク、なかなか度胸の据わったガキだな・・・・・・おい!お前には極上の責
めを用意してやる、極上のな」
「兄貴、この娘を一体?」
「よく見な、中々の上玉だ・・・こういう女の悲鳴や泣きっ面は銭になる」
「なるほど・・・『公開拷問』って訳ですかい」
「クククク」
男達が下卑た笑いを浮かべ水晶を見下ろす。
「・・・あたし達をどうする気?」
水晶の質問に答えることなく、男は命じた。
「おい、今から2日後の興行に出すぞ・・・それまでは丁重に扱え!いいな!」
「へへへ、了解ですよ、兄貴」
そう言うと男が水晶を拘束具から解放し、両側から挟み込む様に部屋から連れ出し
た。
(一体・・・何をしようっていうの・・・・・勇兄ちゃん、きっと助かるよね・・・
・・・・・)
不安と恐怖の中勇を残し、水晶は男達に連れられ闇の中に消えていった。

勇と隔離されて水晶には食事と服こそ与えられてはいたが、10畳程の部屋に監禁さ
れていた。日に3度は男が食事を運んできたが、水晶の勇の安否は、といった問い掛
けには『今のところは無事だ』の一点張り、そして出した食事に手をつけようとしな
い水晶に『毒や自白剤といったものは入ってない。食事はしておけ、そしてコンディ
ションを整えておけ』とも告げた。
(コンディション?・・・・そういえば“興行”とか言ってた・・・一体?・・・全
然わからない・・・でも、もし逃げるとしても勇兄ちゃんを放っていけない・・・・
・)
水晶は覚悟を決め、食事をし、機を窺うことにした。それから2日が過ぎた後、4人
の男達が物々しい装備で監禁部屋に入ってきた。1人は拳銃を持ち、残り3人がかり
で水晶を拘束し始めた。あっという間に両手を後ろ手に手錠で固定し、目隠しのテー
プを貼られる水晶・・・その様子を眺めながらリーダー格の男が水晶の耳元で呟い
た。
「おとなしくついてきな・・・例の刑事も既にそこへ移動させてある」
「・・・・・・・」

水晶は男達に誘導されるまま移動していった。数時間の後ようやく目隠しを解かれた
のは見知らぬ島、そして一見すると廃墟としか思われない広大な建造物の正面に到着
した時だった。相変わらず水晶の回りには4人の男達が取り囲んでいる。
「・・・・・・・ここは一体?」
水晶の疑問に答えるでもなく、男達は水晶をその廃墟へ入るように促した。雑草で覆
われた階段を上がった先の回転扉の前まで来るとその到着を待ち構えていたように回
転しだした。
「さあ、入れ」
驚きに動きを止める水晶を扉の向こうへと押し込むように誘導する男達・・・誘導さ
れるがままに建物内へと入った水晶は更に息を呑んだ。廃墟と思われた建物の内部は
一歩入れば、絢爛たる照明で眩いばかりに照らされ、その内装は都心にある最新のス
ポットかと錯覚させるほどであった。未だ呆然とする水晶を更に男達はエレベーター
へと押し込み同乗していった。
「驚いたか・・・まあ、無理もないがなここは元々15年前に巨大リゾート施設とな
る予定がバブル崩壊の煽りで頓挫し建築半ばで放棄された・・・が、それはあくまで
表向きのこと、その後裏の社交場として完成することとなった」
「・・・・・・・・裏の社交場?」
あまりに現実離れした話に呆然とする水晶。しかし男は自らの組織の力を誇示するよ
うに話を続けた。
「そう・・・決して表に出ることのない闇の社交場、カジノを中心にあらゆる人間の
求める欲望全てが満たされている・・・そしてここでは血、暴力、命さえもショーの
対象となる・・・ここを我等は“エル・ドラド”黄金郷と名づけているがな」
男の1人が水晶を見下ろしながら、B3のボタンを押した。エレベーターは静かに下
降を始め、そして遂に水晶にとって地獄の待つ地下3階の扉が開いた。
「こ、ここは・・・・・」
そこには薄暗い照明に照らされたリングと通常の5倍ほどもゆったりと取られた観客
席・・・それでも300人は収容できるだろうか・・・が設営されたホールがあっ
た。
「そう、ここは“エル・ドラド”に来られるVIPの方々に楽しんでいただくための
闇の闘技場・・・現役のプロボクサーとレスラーとの賞金デスマッチから、あるとき
はカード破産した小娘への公開リンチ、と、ここでは全てがショーとなる」
「一体ここであたしに何をしろっていうの?」
怯えや不安を押し殺し男に問いただす水晶。
「プロレスラーだそうだな?・・・・貴様にはこのリングで試合をしてもらう・・・
マッチメイク、ルールは全て我等に一任してもらうがな」
「そんな・・・・」
「断る、か・・・ククク、利口な選択だな・・・ならば貴様のみを記憶消去の薬でも
打って帰してやる・・・しかしあの刑事には残ってもらってその穴埋めをしてもらう
がな・・・」
「そ、そんな・・・・」
「さあ、どうする?」
男達は水晶と勇の絆を完全に見透かした上で逃げ場のない網にがんじがらめにし、水
晶には選択は残されてはいなかった・・・たとえどれほどの地獄が待ち受けていよう
とも、このリングに上がるしか・・・。
「・・・・・約束して!あたしが、ここで戦い続ける限りは勇兄ちゃんに指一本触れ
ないで・・・」
「OK!約束しよう・・・もっとも貴様が試合に耐え切れず正直に例のブツの在り処
を言う気になれば、あの刑事の命と引き換えにいつでも解放してやる・・・逆に貴様
が耐え続ける限りは、お前たち2人の命だけは保証してやる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この状況水晶に選択の自由などないことは拉致されてから思い知らされていた。しか
し、どうしても腑に落ちない疑問が水晶には残った。不気味にも男はそれを察したか
のように、水晶に低い声で囁いた。
「貴様が今何を思っているか、当ててやろうか?」
「え?」
「どうして俺達があの刑事の命を盾として、証拠の品を差し出させないか?と・・・
・」
そう、まさしく今水晶の一番の弱点が男達の手中にある。勇の命を引き換えに、と揺
さぶられれば水晶にそれを拒むことなど出来ない。あえてその手段をとらずにあくま
で水晶を力ずくで屈服させ目的のものを差し出させようとする意図が水晶には窺い知
ることが出来なかった。
「クククク、我らの大ボス、とでも言えばわかりやすいか・・・その方は女の苦痛に
喘ぐ姿を非常に好まれる、まあその方の同士も含めてだが、その方への極上のショー
として献上するために貴様には生贄になってもらう・・・せいぜい頑張ってくれよ、
チャンピオン」
「・・・・・・」
そう言い捨てると、男は水晶にスポーツバッグを投げ捨てた。中には拉致され最初の
尋問を受けた時にも着ていた試合用の水着とシューズといった用具一式が詰められて
いた
「さあ今から1時間後・・・昼の1時より試合開始だ、着替えて来い!」

ロッカー室へと案内されようやく1人となった水晶は着替えを始めた。光沢のある白
地に青の縁取りがされた競泳タイプの水着に白いリングシューズ・・・そして髪をポ
ニーテールに結び、唇に紅を差した。普段化粧をしない水晶だが試合のときだけは口
紅を差していた。この色白の少女には薄い色の紅が映えた。それは争うことや戦うこ
とには無縁な水晶がプロレスラーへと気持ちを切り替える、一種の儀式であった。
(何でこんなことに・・・あたしがどこまでやれるかわからないけど、絶対にあいつ
らなんかに負けるわけにはいかない・・・)
鏡の前で身じろぎもせず心を高めていく水晶・・・・。数十分の後、水晶の出番を知
らせに男が入ってきた。
「さあ時間だ」
「・・・・・・・・・・」
無言で頷き、少女はリングへと向かう・・・。

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