ジュニアタイトルマッチ番外編〜仁藤瞳vs築比寺理絵〜

 

瞳が決戦の衣装に選んだのは、着古した紺色のレオタードだった。中学時代練習に使用した長袖のごく地味なレオタード・・・中学時代の汗が染み込んだレオタードを身にまとうと背は伸びていないが、やはり胸や尻の辺りは少しきつくなっている。

「やっぱり・・・ね」

中学時代の猛練習と引退してから間もなく芸能界入りしてからの色々なことを思い出しながらくるぶしまでのレスリングシューズの紐を締める。今日、このレオタードを選んだのは1つは水着の紐部分を掴まれるのを警戒したことと、あと自分の身体を苛め抜いたことを知っているこのレオタードがこれから挑む過酷な戦いの糧となってくれる・・・そう信じて瞳は自分の細い両肩を抱きしめゴングの刻を待った。

 

話はこれより1ヵ月さかのぼる・・・突然、地下プロレスへの招待状が瞳の元に届いた。そこそこの仕事はこなしていたものの、ブレイクまでは至らない、そんなポジションの自分にどうして?そんな自分に届いたこの招待状にドス黒いものを感じながら足を運んだ瞳を待ち受けていたのは公開リンチともいえる一方的なリング上の屠殺現場だった。

「いやあぁぁぁ・・・・!!も、もう・・・キャアァァァァ!」

上背こそないが横幅や厚みは桁違いのモンスターが、水着姿のアイドルに襲い掛かり殴り蹴り、そして絞めるといった責めで執拗に嬲り続け観客達もそれに歓声を上げる・・・そんな地獄絵図が瞳の眼前に繰り広げられていた。回りを見回すと瞳同様に招待状を送られたのだろう、一緒に仕事をしたこともあるアイドル達がリングサイドでこの惨劇を目の当たりにし硬直していた。

そしてようやく圧殺プレスでトドメを刺しリング上のモンスターは勝ち名乗りを受けながらベルトを肩に掛け、リングアナにマイクを要求した。

「おい!チャラチャラした3流のアイドルもどき!お前らの仲間、これで5人目だ!しょせん、そんなモンだよなぁ〜、お前らなんて!」

瞳を含めたリング下に並ぶアイドル達にマイクアピールで挑発する巨大モンスター・・・その圧力に目をそらして、中には席を立ち逃げ出す者も出始める中、瞳がスッと立ち上がった。

「・・・バカにすんなよ!」

「ああ?何だお前?!・・・何で小学生のお子ちゃまが混じってんだ?」

モンスターの切り返しに会場からも笑いが漏れる・・・が、それに構わず瞳はリングへと上がっていく。そして小さな身体をひるがえし軽々とロープを飛び越える瞳の身のこなしに笑いは驚きの声に変わった。さらに瞳は怯える様子もなくモンスターの手からマイクを奪い去ると言い放った。

「あたしは仁藤瞳・・・アンタの次の相手は、あたしがやる!」

その瞬間、場内の歓声が最高潮に沸きかえった。

「チビが・・・いい度胸だ、楽しみにしてるよ」

言い捨てると悠然とリングを後にするモンスター・・・そのモンスター築比寺理絵が新相撲女子無差別級チャンピオンだと瞳が聞いたのは、この直後のことだった。正式な参戦が決まった瞳と主催者との間で契約その他の打ち合わせが行われたときに瞳は築比寺理絵のことや試合形式などを聞きだした。

「何であんなに大きな人がジュニアチャンピオンなんですか?」

「それは地下の女子プロレスではヘビーとジュニアでクラス分けがなされているが、参戦するタレントやアイドルが体重を非公開、もしくは虚偽発表していることが多々あることを主催者が考慮し、身長によるクラス分けを採用しているが・・・まあ、そのルールの盲点につけ込んで、あるプロモーターがあの化け物を地下リングに送り込みやがったっていうことだ」

「そう・・・だったの」

「ああ、だがさすがにもう対戦相手が底を尽いてきて・・・もうメジャーどころのおネエちゃんたちは受けてくれなくてな」

「それであたしたちを招待したわけね・・・メジャーじゃないあたしたちを」

「ああ・・・けど、きっと中でもアンタが受けると思った・・・他の女どもと目が違った」

「・・・・・・・・・・・・・」

男を一瞥した後、契約書にサインする瞳・・・もう後戻りできない。

 

ただいまより、地下プロレス・女子Jrタイトルマッチを行います!・・・赤コーナー、148cm39kg・・・仁藤瞳ィィィ!』

小柄ながらも均整の取れた肢体に青いレオタードをまとった瞳のコールに観客が大歓声を送る。そしてその歓声が鳴り止まぬ間にチャンピオンへのコールが響き渡る。

『青コーナー、159cm155kg・・・築比寺理絵ぇぇぇ!』

黒のタンクトップに同じく黒のハーフスパッツ・・・浅黒く焼けた肌とともに理絵の巨体は黒い巨大な肉塊ともいえる異様な存在感を放ち、挑戦者の瞳を見下ろした。身長差11cm体重にいたっては4倍という非常識ともいえるマッチメイク・・・しかし瞳も既に臨戦態勢に入っており身じろぎもせず、その視殺戦を受けて立った。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「フン・・・生意気な目だね、けどそれがどれだけもつか・・・覚悟するんだね!」

瞳を威嚇してコーナーへ下がる理絵・・・そしてレフリーからルール説明が行われる。

『本日の試合は時間無制限1本勝負、ルールは反則裁定、KO、レフリーストップは一切なし!決着は、3カウントフォールのみと致します!』

レフリーの告げた変則ルールにざわめく観客と瞳・・・だが理絵はというとニヤニヤと笑いながらコーナーに巨体をもたれかけさせていた。どうやらこのルールは理絵のチャンピオン特権によるものらしいが、デスマッチを見慣れた観客にとっては反則OKはともかく3カウントルールでの決着はいかにも拍子抜けといった声が上がる。そんな不平をぶつけるように観客はこのヒールチャンプにブーイングを浴びせ掛ける。

「何だよ!楽してんじゃねえよぉ!」

「デブスのくせに生意気なんだよ!」

しかし観客からの罵声など一向に介せず、理絵は悠然とリング上で四股を踏み試合に備えている・・・歴代のチャンプの中でもおそらくもっとも観客に嫌われ憎まれているチャンプだが、逆に観客動員や入場チケットの価格は理絵がタイトルを奪ってからうなぎのぼりになっていた。なぜなら理絵がチャンピオンであるために挑戦者への観客の判官びいきと残酷な期待感が入り混じり増幅されていき、今や理絵のタイトルマッチはもっともゼニの取れるプラチナカードとして地下リングでもその価値を上げていった。

「さあレフリー、とっとと始めようよ・・・・・それとも、そこのチビ!何か文句あんの?」

したたかな理絵の挑発にぷいと顔をそむけ、コーナーに戻り黙々とロープの弾力を確かめる瞳・・・そうしていよいよJrタイトルマッチのゴングが今鳴らされた。

カアァァァ・・・・ン!

金属音が鳴り響いた瞬間、瞳の小さな身体がコーナーから弾け飛び、ロープへと走った・・・が、理絵も当然のようにその動きに反応しリング中央でロープワークを駆使する瞳から目を離さない。そしてフェイントを交えたスワンダイブでトップロープに飛び乗る瞳。

「フン!チビが・・・!」

ミサイルキックを受け止めようと構える理絵に瞳は更に予想を上回る跳躍力で理絵の頭を踏みつけるように蹴りながら飛び越えていき、背後に回り込んでいく。その驚異的な身のこなしにさすがに反応が遅れる理絵・・・その隙を突いた瞳のドロップキックが理絵の膝の裏側に決まる。

ビシィッ!

「ぐはっ!・・・・このヤロウ!」

倒れないことを信条とする相撲取りの理絵だけあってよろめいただけでこらえきってみせるが、その次の瞬間には瞳は再び宙を舞っていた。

「えええぇぇぇいっ!」

ビシィ!

今度はスクリュー式のドロップキックが理絵の顔面を抉る・・・40kgにも満たない瞳のドロップキックだけあって重さこそないが、スナップを効かせたムチのような痛みが理絵の頬に刻まれる。

「チックショォォォ・・・・・・!」

まるで鬼ごっこのように瞳を追い回すが、瞳はヒットアンドアウエイに徹し、尚も追撃の手を緩めない・・・フライングクロスチョップが理絵の後頭部に、更に理絵に捕まらないように低空へのドロップキックも交えて的を絞らせず捕まらないように攻撃の的をあちこちに散らしていく。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・えええええい!」(さすがに女子横綱だけあってなかなか倒れない・・・なら、いくらでも打ち込んでいくだけ!)

マットに足をつけているよりも宙を舞っている時間の方が長いのでは、というような瞳の攻勢に観客達にも歓声とざわめき、そしてため息がこぼれる。

「おい・・・すごいぜ、仁藤って」

「ああ、根性あるよな・・・けどあれだけ喰らっても築比寺のヤツ一向に倒れないぜ」

「そうだよな、逆に一回でも捕まったら仁藤は一巻の終わりだよ」

そう、理絵に決定的なダメージを与えられないとなれば瞳の動きが落ちてきたところで一気に逆転されてしまう・・・やはり、この試合は最初から無謀だったのでは・・・瞳の全身を包む薄いレオタードが汗でぐっしょりと濡れ、口からも苦しげな吐息がリング下にも聞こえ出し悲壮な戦いの行方を見守る観客達。

「痛ッ!・・・んぐっ!・・・グフフフ・・・どうした?そんなもんかぁ!?」

瞳の数ダースにも渡る空中弾を受けながら未だ仁王立ちする理絵・・・確かに全身のあちこちを赤く腫れあがらせてはいるがダウンをとるところまでには到底至らない。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・こうなったら!」

理絵の背中にドロップキックを1発打つと、瞳はそのまま一気にコーナーポストに駆け上がった。

「こっちよ!」

振り返る理絵に一瞬のためらいもなく身体を浴びせていく瞳

「フン!このチビがぁッ!」

瞳のフライングボディアタックを受け止めようと待ち受ける理絵・・・しかし瞳は空中で身体を翻すと脚から理絵の首に絡みついていく。

「くっ!な、何ィ!」

予想外の瞳の動きに幻惑される理絵・・・そしてそのまま瞳は身体をピンッと伸ばすとひねりを加え理絵の巨体のバランスを崩していく。

「うわあぁぁぁ・・・・・・ッ!」

「ぐはっ!」

ズダアァァァ・・・・ン!!

マットを揺らす轟音とともに理絵の巨体がこの試合初めてマットに沈む・・・瞳捨て身のルチャ殺法・コルバダが決まり会場が大歓声に包まれる

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・今だ!」

ようやくダウンさせた理絵に向かって瞳が飛び込んでいく。転がされただけでダメージは少ないが、相撲取りが足の裏以外を着かされててしまうことは最高の屈辱といえた・・・。

「ぐうぅぅぅ・・・・あのガキ!」

動揺しながらも反撃の態勢を取ろうと膝を突きゆっくりと立ち上がろうとする理絵に次の衝撃が襲う!

「ええぇぇぇぇ・・・・・いッ!」

シャイニングウイザード!瞳が理絵をダウンさせた時に考えていた大技が理絵のこめかみにクリーンヒットする。

バキィィィ・・・ッ!

「ぐはっ!・・・痛ってぇ・・・・・・」

再びダウンする理絵・・・しかし今度は逆サイドのこめかみにシャイニングウイザードを瞳がヒットさせる

バキィイイ!

「んぐぅぅぅ・・・・・・チッキショォォォ・・・!」

頭を抱えながら両腕でガードし、今度はシャイニングウイザードを警戒する理絵・・・しかしそれを読んでいたか瞳の姿が理絵の眼前から消えていた

「このヤロウ・・・どこだ!」

理絵が瞳を見失った一瞬・・・瞳は理絵の死角となるコーナーポストで体勢を整えていた。

(今・・・今しかない!)

そして理絵が無防備に立ち上がった瞬間、瞳の身体がまるで無重力状態のようにふわりと浮き上がり、全身をひねりながら飛び込んでいった。

「うわああああああ・・・・・・・ッ!」

バキィィィィ・・・・・・ッ!

高角度延髄斬り・・・瞳のコーナーから更にジャンプして3mの高さから全身のバネで全ての力を足先に集中させ、それを理絵の後頭部にピンポイントで打ち込んでいく・・・瞳がこの試合で切り札と考える大技が決まった

「ぐはっ!」

脳震盪を起こしたか、理絵の身体が棒立ちとなり、それからゆっくりと巨木のように倒れ込んでいく。リング全体を響かせるほどの衝撃音とともに中央で大の字になってダウンするジュニアの巨獣の姿に場内は騒然とする。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・やったの?!・・・・痛ッ!」

瞳の腰にも激痛が走る・・・中学時代に体操部の猛練習で背骨にヒビが入り、ドクターストップで辞めざるをえなくなった古傷が、全身を酷使するこの大技で再発したのだ。それでも瞳は、その一瞬後には宙を舞い理絵の小山のような巨体にフォールへと覆いかぶさっていった。プロレス流の3カウントのみで決着をつけるこの試合、ようやくその場面が訪れた。

「レフリー!フォール!」

瞳の絶叫に合わせるようにレフリーもマットを叩く

「ワァン!・・・ツーッ・・・」

その瞬間、密着した瞳の腰に理絵の太い両腕が締めつけられた

「はうっ!・・・・んあぁぁぁぁ・・・・・・・!」

フォールの態勢から一転、膝を突いた状態にまで身を起こすと理絵はそのままベアハッグで瞳の腰を責めつけていく。

「グフフフフ・・・やっと捕まえたよ、このチビがァ!」

笑みを浮かべながら瞳の小さな身体を自らの巨大な腹に乗せ、揺さぶりながら締めつける理絵・・・そしてその瞬間、この試合初めて瞳の苦悶の絶叫が会場に響き渡った。

「あああああああああ・・・・・・・・ッ!」

髪を振り乱し泣き喚きながら激痛に耐える瞳・・・その尋常ではない姿に場内も逆に静まり返る。

「へへへ・・・3カウントルールならアンタもアタシと密着しなきゃいけないときが必ずある・・・それにアンタ、アタシ知ってたんだよ、アンタが腰に古傷持ってることを、ね!!」

いよいよ立ち上がり両腕で瞳の腰骨をグリグリと絞り上げる理絵・・・何とかその戒めから逃れようとする瞳だがこの状態で打つパンチなどでは打たれ強さを誇る理絵はびくともしない。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・」

「グフフフ・・・・アンタの腰、イイ音鳴ってるよ」

瞳の細い腰骨が理絵の怪力に絞り上げられ、骨の軋む鈍い音が耳を衝く。

「んああぁぁ・・・・・・・・ッ!」

「今からが本番だよ!」

ボロ人形のように瞳を放り捨てる理絵・・・マットに這いつくばる瞳を余裕の笑みで見下ろす理絵。

「くっ・・・・・痛ぁい・・・・・・」

力を振り絞り膝を突き、立ち上がる瞳・・・それだけで激痛が全身を駆け巡り、アブラ汗が滲み出す。それでも指一本でも動く限り勝利の可能性を信じ、瞳は理絵との距離を取りファイティングポーズをとる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

「グフフフ・・・まだやる気かい?面白いねぇ・・・・」

既に勝利を確信し、瞳との距離をゆっくりと詰める理絵・・・そして一転、マットを拳でトンと叩いて一気にぶちかましの態勢に入る。理絵がもっとも力を発揮できる立ち合いのタイミングで巨体がマットを揺らしながら瞳へと突進してきた。

「はうっ!・・・・・キャアァァァ!」

軽自動車との追突並みといわれる理絵のぶちかましを避けようとした瞳だったが、その瞬間腰に激痛が走り動きが止まった。

ズダアァァァ・・・・ン!!

何かが破裂したかのような轟音とともに瞳の小さな身体が宙を舞い、コーナーマットに背中から叩きつけられた。

「んうぅぅ・・・・・・ぁぁぁ・・・・・げふっ!」

「さあ、立てよ!」

両手で瞳の小さな頭を掴み立ち上がらせる理絵・・・そして大きく振りかぶり自らの額を瞳の額に叩きつけていった。

「はうっ!」

理絵のぶつかり稽古で鍛え抜いた固い前頭部が凶器となって瞳の頭に襲い掛かる。

「ヘヘヘヘ・・・オラ!オラ!オラ!・・・オラァァァァ!」

ゴツゴツと鈍い音を立てながら頭突きを打ち込んでゆく理絵・・・2、3発目で瞳の額からは鮮血がほとばしり、その量がしだいに多くなっていき理絵の額との間に糸を引く。

「あうっ!・・・はうっ!・・・んうっ!・・・・」

鈍器で殴打されるような衝撃を受け続け最初はガードしようとしていた瞳の両腕もだらりと垂れ下がり全身からも力が抜け始めていく。それに気づいた理絵は瞳の血まみれの頭を放り捨てる。

「ちっ!・・・寝てんじゃねえよ!」

「んうぅ・・・・・・ぁぁぁ・・・・・・」

仰向けにダウンした瞳の両足首を自らの両脇に抱え込みそのままジャイアントスイングで振り回していった。40kgにも満たない華奢な瞳の身体はあっという間にマットと水平に高速で円を描いていく・・・遠心力で額の傷からは鮮血が飛び散り、リングサイドの観客からも悲鳴が飛ぶ。

「うわっ!・・・」

5回転10回転・・・その数ごとに回すスピードは増し、瞳から苦悶の声が漏れる。

「うぅぅぅ・・・・・・・・」

「ギャハハハ・・・!このまま地獄まですっ飛んでいきな!」

20回転になろうとした瞬間、理絵が瞳の足首を離した・・・瞳の小さな身体はトップロープとセカンドロープの間を通り抜けリング下に叩きつけられる、と思った瞬間に瞳の手がトップロープとセカンドロープを掴み身体を反転させ、まるでブーメランのようにロープの反動で理絵へと帰っていった。

「な、何ぃ?!・・・・ぐわっ!」

ズダァァァァ・・・ン!

ドロップキックが体勢を崩していた理絵の胸に決まり、巨獣はこの試合2度目のダウンを喫する・・・いかに器械体操で目が回らないように鍛えられていたとはいえ腰を痛め額を割られた瞳の奇跡的とも言える反撃に観客もそして理絵さえも驚くことを忘れただ呆然としていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」

よろよろと立ち上がる瞳・・・そして理絵に向かって2、3歩歩いたところで前のめりに膝から崩れ落ちた。おびただしい流血と古傷へのダメージ、そして奇跡のロープワークからの反撃は瞳の小さな身体から力を振り絞っていた。

「このガキィ・・・舐めた真似しやがって!」

ダウンした瞳を見下ろし、舌なめずりをする理絵・・・しかしレフリーはダウンカウントを数えない。そう、3カウントルールのこの試合は勝者以外の誰1人試合を止める権限を持たない・・・そのことに観客達も気がつき、場内がざわめき始めた。

口元から血を吐きながらコーナーでズルズルとへたり込んでゆく瞳・・・頼みのスピードを失い、理絵の攻撃を避けることも出来ない瞳に抗う術はもう残ってはいない・・・もはや勝負あった状態であり、ここで理絵がルール通り瞳をリング中央へ移動させ覆いかぶされば3カウントは間違いなく奪えるのは誰の目にも明らかだった。が、ここで理絵が取った行動は会場を騒然とさせた。

「オイ!オイ!・・・・起きろよ!」

既に半失神状態の瞳の髪を掴んで引きずり起こすと、その頬に何発も往復で張り手を叩き込んでいった。朦朧としながら理絵を見上げる瞳・・・。

「痛ッ・・・・・ぅぅ・・・・・」

「フン、舐めた真似しやがって!・・・小っこいだけしか特徴のない中途半端なガキタレがいきがってんじゃねえよ・・・」

「・・・・・・・・・・」

唇を噛み締めながら、理絵を睨み返す瞳・・・しかしそれを嘲るように理絵は髪を掴んだままリング中央に瞳を放り捨てた。

「オラ!やさしくフォールしてやるから、アタシの股をくぐれよ!オラ!」

這いつくばる瞳を仁王立ちして見下ろす理絵・・・場内もこの巨女の残酷な幕引きに静まり返り、終焉を待っている。

「さあ、早くくぐれよ!お客さんも待ってんだよ!」

腕組みをした理絵の怒号が響き渡る・・・そして瞳が理絵の足元に四つん這いで這っていった。

「よぉし!・・・最初からそういう態度でいればいいんだよ、3流アイドルはよぉ!」

身を震わせながら瞳がいよいよ理絵の足元をくぐろうとした瞬間、悲鳴が響き渡った。

「痛ててて・・・・ッ!このガキ!」

瞳が理絵の巨大なふくらはぎに咬みついている!・・・完全に抵抗する力を失ったと思われた瞳の突然の反撃に観客も驚き、そして理絵も一瞬何が起こったかわからなくなるほどだった。それでも、もう片方の足で瞳の肩口を蹴り、引き剥がしていった。

「痛てえ・・・・・・」

理絵の右のふくらはぎの肉が裂け鮮血がマットにまで滴り落ちている・・・一方、瞳は口のまわりを血に染め、理絵の皮膚の一部をマットに吐き捨てた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・あたしだってデカいだけのアンタに負けるわけにはいかないのよ!」

「このヤロウ!・・・」

片膝を突き、半身の状態で構える瞳の姿を鬼の形相で睨みつける理絵・・・そして両手で髪を掻き毟りながら会場中を震わせるほどの咆哮を上げた。

「気に喰わねえッ!気に喰わねぇ!気に喰わねぇ!気に喰わねえェェェェェッ!」

自らの血を見て完全にキレた獰猛な巨獣の咆哮に会場中もこれから繰り広げられる残酷なショーに恐怖と期待にざわめいてゆく。しかし瞳の小さな身体は片膝を突いた状態から立ち上がることが出来ない。そして逃げることの出来ない生贄状態の瞳にゆっくりと理絵が近づいてくる。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

「ウラアァァァ・・・・・・・ッ!!」

ドスゥゥゥゥゥ・・・・・!!

理絵の太い脚から繰り出されるミドルキックが中腰の瞳の顔面に炸裂していった・・・不恰好でスピードこそないが重量感あふれる蹴りに瞳の身体は大きく後へ弾け飛んだ。

「はうっ!・・・・・ぅぅぅ・・・・げふぉっ!げふっ!・・・・・」

一撃でコーナーまで吹き飛ばされた瞳は口の中を切り、そのままコーナーにもたれかかり、へたり込んでしまう・・・しかし怒りに火がついた理絵の追撃はとどまることを知らない。

「まだまだぁ!・・・ウラァ!ウラッ!ウラァ!」

コーナーでうずくまる瞳に155kgの体重を乗せたストンピングが顔、胸、腹、太ももと休む間もなく襲い掛かる・・・ガードしようとする瞳の腕も徐々に下がり、いいように嬲られていく。

「あうっ!・・・はう!・・あっ!・・・んうぅ・・・・・」

コーナーでぐったりと倒れ込む瞳・・・しかし巨獣は尚も瞳の髪を鷲掴みにして引きずり起こすとリング下から鋼鉄製のチェーンを受け取り細い首にグルグル巻きにしコーナーに固定していった。

「んうぅ・・・・くぅ・・・・・・」

「まだまだ終わらせないよ・・・・いや、これからだよ本番は!」

無理矢理立ち上がらされ、足の力を抜くと即首が絞まる・・・この状態に瞳は辛うじて立ち上がらざるをえなかった。そしてその瞳の姿を堪能するように自らはリング中央まで距離を取る理絵。

「グフフフ、いい格好だね・・・じゃあいくよ!」

ドドドドドド!

リング中央から理絵が先程見せた立会いの構えからのぶちかましが動けない瞳に襲い掛かる

グシャアァァァ!

「んあぁぁぁぁ・・・・・・・」

骨や内臓がひしゃげるような鈍い音とともに圧殺される瞳・・・今回はコーナーポストに固定され逃げ場のない衝撃の全てが瞳の小さな身体に襲い掛かる。

「んうぅ・・・・・げふっ!・・・・ぁぁ・・・・・」

ずるずると身体が沈んでいく瞳・・・同時に首も絞まってゆくが自らの身体を支える力もなく焦点の定まらない目をかろうじて理絵へと向ける。

「・・・・・・・・・・・・」

「何だ?その目は・・・・まだ終わらせねえよ!」

髪を掴み沈み込んだ瞳を起こす理絵・・・わずかに呼吸を確保され生きながらえるがこれは更なる地獄を意味する。左手で髪を掴み、空いた右手で瞳の腹に拳を叩きつけていく

ドスッ!バキッ!グシャッ!・・・・・

「はう!んあっ!・・んぐっ!・・・げふ!・・・んうっ!・・・・」

理絵が重いパンチを打ち込むたびに瞳の口から血反吐があふれ出す・・・先程のぶちかましで内臓や肋骨にも深刻なダメージを負ったのだろう、赤黒い体液がおびただしい量であふれ出し、瞳のレオタードの前半分をグショグショに濡らしてゆく。

「んうぅ・・・・ぁぁ・・・・・・・・ぅぅ・・・・・・・・・・」

瞳の呻き声が徐々に小さくなり全身から力が抜けていく・・・観客の中には最悪の結末を口にするものも出始めた。しかし理絵の責めはより残虐性を極めていった。

「オラ!休んでんじゃねえよ!」

理絵は首のチェーンをほどき、リング下へと瞳を蹴り落としていく・・・受身も取れずにリング下に転落し腰を押さえ呻き声を上げる瞳。

「んうぅぅ・・・・・痛ぁい・・・・・・」

「フン!起きたね・・・オラァ!」

理絵は瞳の右腕を掴み引きずり起こし、そのまま鉄柱へと叩きつけていった・・・ヘッドバットで裂けた瞳の額と鉄柱が激突し鈍い音が耳を衝く・・・しかも理絵による責めは単発で終わることなく幾たびも瞳の額を鉄柱へと打ちすえていく。

「きゃっ!・・・・・うぅぅ・・・・はうっ!・・・あうっ!・・いやッ!・・・・」

「ギャハハハハ!痛てえか?痛てえか!・・・」

瞳の額から噴き出す鮮血に酔いしれるように理絵の哄笑が響き渡る・・・しかしこれも理絵は腕の中で瞳の力が抜けていくのを感じると嬲り抜くためにと放り捨てる・・・ずるずるとボロ人形のように倒れ込む瞳。

「・・・・・・・・・・・・ぅぅぅ・・・・・・・」

「フフフ、何とかまだ生きてるね・・・」

「んうぅぅ・・・・」

文字通り血の海に沈み這いつくばる瞳を見下ろし勝ち誇る理絵・・・そして瞳の最大の急所の腰を踏み躙っていった。

「ぎゃあぁぁぁ・・・・・・・・ッ!い、いやあぁぁぁぁぁ・・・・・ッ!」

既に絞り尽くされたと思われた瞳の悲鳴が会場中に響き渡った。

「グフフフフ・・・まだまだいい声で鳴けるじゃないの?」

更にぐりぐりと踏み躙っていく理絵・・・155kgの体重をほとんど掛けてはいないがそれでも今の瞳にとっては地獄の拷問にも等しい責め苦がねちねちと強いられていった。這いつくばった瞳の悲鳴だけが会場中に響き渡る中、観客席からはブーイングが飛ぶ。

「おい!見えねえぞ!」

「どうなってんだ!」

前列の一部の観客を除き、殆どの観客からは今の瞳を襲う惨劇が見えない状況になっていた・・・しかし瞳の断末魔がこだまする中、観客の興奮は逆に最高潮に達していく。

「んあぁぁ・・・・・・・・ッ!」

「へへへへ、客がお前の苦しむトコもっと見せろってよ・・・・ほんじゃあ、クライマックスといくか!」

這いつくばる瞳を軽々と抱え上げ、リングから四方に伸びる花道を歩き観客にアピールしながら距離を取っていく理絵・・・完全に死に体となった瞳はぐったりと理絵の巨大な腹の上に乗せられた状態でこれからの責め苦を待つしかなかった。

「んうぅぅ・・・・・・・・・ぁぁ・・・・・・」(一体・・・これ以上、どうする気?・・・・・・・)

10mほど離れると理絵は一呼吸置くと瞳を抱えたまま、鉄柱へと突進していった・・・このまま瞳の腰を鉄柱に打ちつける気だ。

ドドドドドドドッ!!

「ウオオオォォォォォォォ・・・・・ッ!!」

ゴォォォン!

「ギャアァァァァ・・・・・・・・・・・・ッ!!」

瞳の腰骨が鉄柱に凄まじい勢いで打ちつけられ悲鳴が場内に響く・・・軽く踏みつけられただけでも悲鳴を上げる腰に理絵の超弩級のぶちかましの衝撃が一点に掛かり、更に鋼鉄製の鉄柱への打撃は瞳の全身を激痛で金縛りにした。

「んあぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・ッ!」

理絵の腕の中で弓なりに仰け反りながら痙攣する瞳の肢体・・・しかし理絵の口からは更に残酷な死刑執行宣告がなされた。

「グフフフ・・・これで終わりじゃないよ、まだ向こうのお客さんが満足してないからね!」

「?!」

そう言い捨てると理絵は別の花道へまた歩き始め、さっきと同じように観客にアピールしながら鉄柱との距離を取ってゆく・・・そして又も鉄柱へ全速力で瞳を腰を打ちつけていく。

「ギャアァァァァ・・・・・・・・!!」

又も襲う腰への衝撃!瞳の口からは血の混じった赤黒い泡が吹き出し弓なりのまま痙攣を起こし続けている。

「んぐぅぅぅ・・・・・・・・ぁぁ・・・・・・・・」

「グフフフ・・・・・あと2回!」

体液にまみれたレオタードに身を包んだ哀れな生贄と成り果てた瞳に容赦ない巨獣の責めは続く・・・続く花道へ移動しながらも理絵は瞳を揺さぶり意識を地獄へと引き戻していく

「ギャハハハハ!あん時、アタシの股をくぐってりゃ、こんな目に遭わずに済んだのによ!」

「んうぅぅ・・・・・・・・」

「もう終わりだよ・・・・・チビ!」

そして3度目の死刑執行が瞳を襲った・・・鈍い音とともに瞳の肢体がまたも弓なりにへし曲げられる、と同時に枯れ果てた瞳の喉から掠れた悲鳴が響き渡る。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ・・・・・・・・・ッ!!」

「グフフフフ・・・ラスト1回!これが済んだら優しくフォールしてやるよ!」

もはや理絵の勝ち口上も意識が混濁する瞳の耳に入ることも無く、ただこれまで味わったことのない、いや想像すらできないような激痛がその小さな身体を蹂躙していた。

「さあ、いくよォォォォォ!!」

瞳を抱えた理絵が鉄柱へと突進していった・・・そして鈍い激突音が会場に響き渡る。

「んあぁぁぁぁ・・・・・・・」

断末魔とともに痙攣し、そしてその力さえも抜けぐったりと失神する瞳・・・その瞳をリフトアップすると理絵はリング内へと放り込んだ。

「はうっ!・・・・・・・」

マットに叩きつけられた衝撃でわずかながら意識を取り戻す瞳・・・仰向けのまま形のよい胸がレオタードの薄い生地ごしに隆起するのが艶かしい美しさを感じさせる・・・しかしリング上で大の字になり死の一歩手前といった瞳に理絵は最後の儀式とでもいう責めに入ろうとしていた。コーナーのセカンドロープまで上り、コーナーマットに腰を掛け瞳を見下ろしていた。

「さあ、これからフィニッシュだよ・・・・・・オリャァ!」

理絵が勢いよく瞳に向かってフライングボディプレスを炸裂させる・・・155kgの巨大な肉塊が瀕死の瞳の身に降り注いでいった。

ズダアァァァァ・・・・・ン!!

「グヲオオオオオオ!」

瞳の小さな身体が圧殺される中、意外にも理絵の悲鳴が響く・・・瞳がほとんど意識のないまま両膝を立て、その両膝はもっとも肉の薄い脇腹に深々と突き刺さっていた。

「ぐふぉっ!・・・・」

胃液を吐き出し呻く理絵・・・もちろん下敷きになった瞳はその衝撃とこれまでのダメージで失神してしまっていたが、理絵も苦悶しながら瞳の身体に覆いかぶさっていたままだったため、レフリーはルール通りフォールをカウントする。

「1!2!・・・3ィィィ!」

カンカンカァァァァ・・・・・ン!!

試合終了のゴングが鳴り響く・・・記録は58分42秒、築比寺理絵の体固めによるフォール勝ちで幕を下ろした。

そして試合終了と同時に主催者側のドクターがリング内に雪崩れ込んできた。最後に無意識のまま捨て身の反撃を試みた仁藤瞳はすぐに医務室に搬送され治療を受けるも日常生活への復帰さえも予断を許さないダメージを負うこととなる。

また防衛を果たした築比寺理絵も瞳のカウンターの膝でダメージを負い自らが悶絶したまま勝ちを収めたとあって、憮然としたままリングを後にした。

築比寺理絵も後日の診断で肋骨2本にヒビが入る傷を負うこととなり、以後の防衛戦に影響を残すこととなった。無敵王者”“ジュニアの巨獣の異名をもつ理絵の心にもこの一戦は深く刻まれるものとなった。そしてその後の勝利者インタビューで彼女はこう語った。

「あのチビに早く治せって言っとけよ・・・また挑戦させてやるからよ!」

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