薄暗いジムのリングで二つの影が躍動していた。2人とも小柄な若い女性のようだがその動きは素早く、1人は切れのよいパンチで、もう1人は多彩な足技を繰り出した・・・が双方ともクリーンヒットは許さず、しなやかな肢体が何度も交差しては弾け飛んでいた。
そういった状況が続く中、1人のパンチが相手の顎を、もう片方の蹴りがカカト落としとなって相手の鎖骨を捉えようとした刹那、時間終了を告げるゴングが鳴った。
カアァァァ・・・ン!!その音に素早く反応し、両者の攻め手は寸止めとなって終了となった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・さすがですね、ひかるさん!」
「そういうあなたこそ、・・・途中から本気で当てにいったんだけど、美来ちゃんの間合いに入れなかったわ・・・あなたのテコンドー、本物ね。」
先程までリング上で闘っていたのはグラビアアイドルの河村ひかると片岡美来だった。ひかるの方はこれまでに何度も地下プロレスのリングに上がっていたが、負傷が癒えた今、タッグでの参戦が決まっており、ひかるがパートナーとして白羽の矢を立てたのがテコンドーの使い手として噂を聞いていた片岡美来であった。既に合同の秘密特訓を重ね、実戦形式のスパーリングをこなす段階になっていた。2人とも白のTシャツに黒のショートスパッツを身にまとい汗まみれのままミックスファイトカフェの選手専用のジムを貸し切り、1週間後の試合に備え特訓を続けていた。
ようやく特訓も一息つき、スポーツドリンクを飲みながらひかるが美来に話し掛けた。
「ねえ、今更聞くのもアレなんだけど、どうして美来ちゃんはあんなリングに上がるの?あそこはあたしも何度も地獄のように痛くて辛い思いをしてきたわ。あたし達が女だからとか体が小さいからって、一切の容赦手加減無く嬲り者にされるのよ・・・・あたしはもう戻れないところまで踏み込んじゃってるけど、あなたはまだ・・・」
「ひかるさん・・・」
ひかるの顔をじっと見つめ、それまで黙って話を聞いていた美来が口を開いた。年は美来が1つ下でキャリアも浅い事もあり、まるで妹のようにも見える。しかし覚悟を秘めた様子でひかるの問いに答えた。
「あたしも、ひかるさんと組む話がなかったとしても、いつかはこのリングに上がってたと思うんです。・・・・ましてや、ひかるさんの決めた事の手伝いが出来る、そんな理由があるならもう迷うことはないです。」
「美来ちゃん、ありがとう・・・・・勝とうね、絶対!」
「はい・・・きっと!」
・ ・・・・・悲壮な決意と覚悟を抱いた2人をミックスファイトカフェのリングが間もなく飲み込もうとしていた。

いよいよ試合当日、ミックスファイトカフェの地下ホールには主催者であるフィクサーが姿を現した。そしてひかる達とは反対側の控室を訪れた。
「やあ、お久しぶりですね・・・・今夜の試合私も楽しみにしていましたよ。Mr・・・・・」
「ふふふ、今夜は極上のショーを見せてやるぜ。表の試合では見せられないような極上の奴をな、・・・・・」
「そうとも、夢にまで見たリングに帰って来たんだ!相手が小娘だろうと仕事はさせてもらうぜ、フィクサー!」
「ふふふ、じっくりと見せてもらいますよ・・・では!」
フィクサーが控室を後にすると中の2人は更に入念なウォーミングアップを続けていた。相手が非力な女であろうと一切の手を抜かない悪鬼の姿がそこにあった。

「ただ今より本日のスペシャルマッチを行います。赤コーナーより河村ひかる、片岡美来選手の入場です!」
コールと観客の歓声の中2人が花道に姿を現した。ひかるが白のワンピース水着、美来がお揃いのデザインのピンク色の水着を身にまといリング上へとその可憐な姿を現せた。150cmのひかると153cmの美来とあって10m四方のリングに今にも飲み込まれそうなほど小さく見えたが、二人の凛とした表情からは怯えを感じさせなかった。リング上で相手チームを待ち構える2人とも水着の色に合わせたオープンフィンガータイプのグラブとレガース付きのシューズを身に付け本格的な格闘スタイルを予感させた。
「相手はまだかしら?・・・事前発表ではあたしたちの名前だけで相手は誰か教えてもらえなかったけど・・・」
美来が独り言のように呟いた。今回が初めてのリングであり、しかも相手は未知の男子レスラーとあって、やはり不安が顔を覗かせた。それを励ますようにひかるが美来の肩を抱き寄せた。
「大丈夫よ・・・・不安げな顔をしてるとつけ込まれるわ・・・さあ、いよいよお出ましのようよ!」
「は、はいっ!」
ひかるの励ましに頷き、美来も反対コーナーの花道から姿を現す対戦相手へと目を向けた。それと同時に大音響の入場テーマが地下ホールに響き渡った。
「おい!あれは・・・」
花道から姿を現せた巨漢2人に観客からどよめきが巻き起こった。2人とも約190cmの巨漢で、1人は浅黒い肌にターバンを巻きサーベルを口にくわえ、肩を組んでいるもう1人は金髪に染めた日本人で竹刀を振り回しながら観客を威嚇しながらリングへと向かっていた。
「おい、あれ、タイガー・ジット・シンと植田馬之助じゃぁ・・・」
「河村達・・・あんなのとやるのかよ!殺されるぞ・・・」
「けど馬之助って交通事故で再起不能とかって聞いたけど・・・」
そう、かつて稀代の日本人ヒ−ルとして恐れられた植田馬之助だったが巡業中の交通事故により引退を余儀なくされていた。しかし、ミックスファイトカフェの最先端の医療スタッフにより今ここに蘇ったのだ。かつて昭和の時代に日本人、それも男子ヘビー級の一流どころを次々に血祭りに上げてきた伝説の名ヒールチームの復活に観客の残酷な期待感は一気に高まっていった。
「ひかるさん?!」
「だいじょうぶ・・・昔はどうだか知らないけど、今はロートルよ。」
「・・・はい!」
地下プロレス、しかも初めての男子との対戦に緊張する美来をひかるが励ました。だが、今回のリングに上がるのはこの4人だけではなかった。
「今回の特別試合を裁くスペシャルレフリーの登場です!」
リングアナのコールに驚くひかると美来・・・・これまでレフリーが改めて紹介される事など1度もなかった。ひかるはこれまでの経験から嫌な予感を感じていた。
「本日のスペシャルレフリー・・・・・安部ぇ、四郎ゥゥゥッ!!」
「えっ!あいつは・・・」
ひかると美来は顔を見合わせた。かつて表の女子のリングで徹底したヒール贔屓の極悪レフリーとして名を馳せた男がこの試合を裁くという事は、ひかる達にとって新たな敵が又1人増えたという事であった。リング下のフィクサーを見下ろすひかると美来・・・抗議しようとした瞬間、先程までリング下で観客を威嚇していたシンと馬之助がリング上へと雪崩れ込んでいった。丁度本部席の方を向き無防備となった背後から、シンがひかるに、馬之助が美来へと襲い掛かった。そして、それと同時になし崩しに試合開始のゴングが鳴らされた。
カアァァァァ・・・・ン!!
「うらあぁぁぁぁ・・・・!!」
「キャアアァァァァ・・・ッ!!」
シンが体格差にものを言わせ、一気に押し倒し、ひかるの細い首に自らのターバンを巻きつけ絞め上げていった。
「んぐうぅぅ・・・・・・、ぁぁぁ、・・・・・」
「へへへ、一気に首をヘシ折るなんて芸のない真似はしねえぜ・・・・たっぷりといたぶってやるぜ、このチビめ!」
力を加減しているとはいえ、ひかるの顔色はあっという間に変色し、呻き声とよだれが口元から溢れ出した。
「んあぁぁぁぁ・・・・・・・・み、美来ちゃ・・・ん・・・・」
懸命に自らの細い指をターバンと首の間にねじ入れ、この地獄の責めを耐えるひかる・・・。一方美来は馬之助の竹刀攻撃に滅多打ちに遭っていた。
ビシィィッ!・・ビシッ!・・・「痛いッ!・・いやっ!・・・レフリー!反則よ、・・・レフリー!!」
美来の抗議に安部四郎は緩慢にカウントを数えるが、5の前にはカウントを止めひかるとシンの方へと移動し同じことを繰り返し、一向に凶器を取り上げる様子はなかった。
「レフリー!・・・卑怯よ!それでも男なの、恥ずかしくないの!!」
「うるせえ!」
竹刀に打たれながら抗議する美来を意にも介さず、安部は同じレフリングを繰り返した。
「あぁぁぁん!・・・はうっ!痛いッ!・・・」
懸命に腕でガードするがその腕も紫色に変色し始めていった。
「そうら、そうら!・・・馬鹿が!ここにゃ、お前らの味方なんていねえんだよ、おとなしく悲鳴上げてりゃあ、いいんだよ!!」
レフリーへの抗議をあきらめた美来は、自力での反撃の機会を窺っていた。
(・・・さすがに力はあるけど、ひかるさんの言った通りロートルだわ。段々息が上がってきてる・・・)
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・チビが、とっとと倒れな!」
「えぇぇいっ!」
馬之助が竹刀を振り上げた瞬間、美来は中腰の態勢から素早く立ち上がり、がら空きとなった馬之助の脇腹に足刀蹴りを叩き込んだ。
ビシッ!「ぐわあっ!痛てえぇぇっ!」
丁度カウンターとなった上に、最も筋肉や脂肪の薄いあばら骨の部分を直撃したため、馬之助は一撃で崩れ落ちていった。
「さあ、今度はこっちの番よ!・・・・エェェェイィィィッ!」
ゴキッ!「ぐおおぉぉぉぉっ!」
膝を突いた馬之助の脳天に美来のテコンドー仕込みのカカト落としが炸裂した。
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・ひかるさんを助けないと・・・」
馬之助がダウンするや否や美来はひかるに馬乗りになったシンの後頭部に助走をつけた延髄斬りを叩き込んでいった。
「ひかるさぁぁぁぁん!!」
ビシィィィッ!!「うおっ!・・・・」
「うぅ・・・い、今だわ・・・・えぇい!」
シンの力が緩み身体が浮いた瞬間、ひかるは力を振り絞りシンの股間に膝蹴りを突き刺した。
「うごおぉぉぉぉっ!!」
プロレスラーといえども鍛え様のない急所への一撃に悶絶するシン
「くそう・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・今から10倍にしてお返ししてやるわ・・・はっ!」
ひかるはボクシング流のフットワークで距離を詰め起き上がりかけていたシンの顔面にワン・ツーをお見舞いしていった。
ビシッ!・・・ビシッ!・・・ビシッ!「痛えっ!・・ちくしょ、うおっ!」
ひかるのパンチが小気味よくシンの顔面をヒットしてゆく。150cmのひかると190cmのシンとあってまともに向かい合うとその差は大人と子供以上だがひかるはスピードを駆使しシンに反撃の隙を与えようとしない。
「くそっ!ちょこまかちょこまかと鬱陶しいチビだぜ!!」
焦り出し反撃が大振りになるシンの突進をカウンターのパンチで返すひかる・・・だがその次の瞬間ひかるにいよいよ悪鬼の牙が襲い掛かった。
「えいっ!・・・あ、あうっ!」
ここまで華麗なフットワークを見せていたひかるが突如リズムを乱し前のめりに倒れ込んだ。
ズダァァァァ・・ン!「な、何!・・・・あうっ!」
安部四郎が死角から足を引っ掛けたのだ。四つん這いの態勢になったひかるの腹をシンが思い切り蹴り上げた。
ドスウゥゥゥッ!!「はうっ!・・・・ひ、卑怯よ・・・うぅ・・・」
「うるせえ!!お前が勝手につまづいただけじゃねえか!!気をつけるんだな!!」
ひかるの抗議に安部四郎が吐き捨てるように毒づいた。
「そうだぜ、お嬢ちゃん・・・ましてやここは地下プロレス。お稽古ごとの技で勝てると思ったら大間違いなんだよ!!」
シンがひかるの小さな身体に巻き付きコブラツイストで締め上げていった。
「うわあぁぁぁぁ・・・・・っ!!・・・・ぁぁぁ、・・・・」
ひかるの華奢な肢体が190cmの巨大な毒蛇にねじ曲げられていくかのように全身の骨、筋肉、腱が悲鳴を上げていった。
「へへへ・・・結構柔らかい身体してるじゃねえか。まだまだ粘れそうだな・・・オラアッ!!」
シンは片手で極めていたひかるの腕を更にねじり上げ、もう片方の拳をひかるの肋骨に力を込めグリグリと押し当てた。
メリ、メリ、メリ・・・・「痛ぁぁぁぁい・・・・!!・・・あぁぁぁ・・・・・・ん!!」
「へへへ・・・痛えだろ?若い女の骨の軋む音はたまんねえぜ!!」
悲痛な喘ぎ声がホールにこだまする。先程から美来も救出に行こうとするのだが、安部四郎のチェックに阻まれていた。
「コラァ!タッチしてねえ奴が入るな!!」
「ちょっと!!何でこっちばっかり・・・行かせてよ!!どいてよ!!」
美来と安部四郎が揉み合う間にひかるはシン組のコーナーで2人がかりの責めに喘いでいた。馬之助に背後からタッチロープで首を絞められ、前からはシンにボディブローの連打を喰らっていた。
ドスッ!「はうっ!・・」ドスッ!「んあぁぁ・・!!」ドスッ!「げふぉっ!!・・うぅ・・・」
レスラーの怪力で力任せのパンチを連打で喰らい、しかも首を絞められて腹に力を入れることも出来ない状態では、腹筋は鍛え込んでいたひかるもひとたまりもなかった。血反吐が飛び散り白い水着も赤黒く汚れていった。
「うぅぅ・・・・・・・がふっ!・・・ぁぁぁ」
安部四郎の巧妙なカットにより2対1の戦いを強いられていては反撃の隙を見出す事も出来なかった。
「さあ、もう1匹の仔猫ちゃんもいることだしな・・・そろそろとどめといくか!!」
「おうっ!」
シンの目配せで馬之助がリング下へ降りていった。すっかりグロッキーとなったひかるをシンが高々と抱え上げていった。
「キャアァァァ・・・・・ッ!!」
「ひかるさぁぁぁぁんっ!!」
美来のコーナーで足止めされている美来の悲鳴が響き渡る中、シンがひかるの身体をエプロンから場外へ投げっ放しパワーボムで叩きつけようとしていた。
「オラアァァァッ!!死ねぇぇぇぇぇっ!!」
3m近い落差をつけてシンはひかるの華奢な身体をパワーボムで叩きつけていった。
ダアァァァァ・・・・ンッ!!
「んぐうぅぅぅ・・・・・・・ぁぁぁ、・・・・・・・」
辛うじて受身を取ったひかるだがヘビー級レスラーの怪力で背中からホールの固い床に叩きつけられ、息をするだけで激痛が走り、その小さな身体はピクピクと痙攣に震えていた。だが更にリング下で待ち構えていた馬之助はひかるを強引に引き摺り起こし鉄柱に叩きつけていった。
「へへへ・・・まだ生きてるな。上等だぜ。俺様がたっぷりと可愛がってやるぜ・・・・そらよ!」
ゴスッ!・・・ゴスッ!・・・・ゴスッ!・・・・
「はうっ!・・・あぁん!・・・あぁ・・・・」
シンの奈落落としのパワーボムで全身打撲とも言える衝撃を受け、ひかるの小さな身体は激痛で意識こそ保っていたが、運動神経は完全に麻痺した状態となり、もはや満身創痍のひかるは無抵抗状態で嬲り者となっていた。
「ひかるさん!!・・・、離して!ひかるさんが殺されちゃう!!・・・ひかるさぁぁぁぁん!!」
懸命に助けに行こうとする美来だが安部四郎の制止に会い、悲痛な悲鳴だけがひかるに届くだけだった。美来が足止めをされている間、馬之助の容赦ない鉄柱攻撃がひかるを嬲り続けていた。
「へへへへ・・・オラッ!オラッ!オラッ!」
「ぁぁ・・・・・うぅ・・・・・ぁ・・・・・・」
ひかるの両手もだらんと垂れ下がり、無防備となった額を何度も鉄柱に叩きつけられ、その足元には鮮血が水溜りとなっていた。ひかるが既に意識を失っている事に気付いた馬之助はひかるをその紅い水溜りの上に放り捨てた。
「うぅ・・・・・」
「さあ、もう一度病院送りにしてやるぜ、うりゃあぁぁぁぁ・・・!!!」
うつ伏せに倒れたまま僅かに呻き声を漏らすひかるに馬之助は更にとどめとばかりに、今度は客席から持って来たパイプ椅子を背中、腰、脚と無茶苦茶に振り下ろしていった。
ガシャァッ!!バキィッ!・・・グシャアァッ!・・・ベキッ!
客席の椅子を次々と振り下ろし10数脚の椅子に埋もれてしまったひかる・・・・。
「ひかるさぁぁぁぁ・・・・・んっ!!」
美来の悲痛な叫びが響く中、馬之助は勝ち誇るようにひかるの上に築かれた椅子の山にドッカと足を掛け、リング上のシンに声を掛けた。
「シン、こっちは片付いたぜ!あとはそのチビ1人、心ゆくまで可愛がってやろうぜ!!」
「OK、覚悟するんだな・・・お嬢ちゃん!」
「へへへ、そうさ!!俺達のお仕置きはちょっとばかりキツイぜ・・・」
リング上で一人ぼっちとなった美来にじりじりと距離を詰めるシン・植田組・・・パートナーでありチームリーダーでもあったひかるを潰され完全に2対1のハンディキャップマッチを余儀なくされた美来、いや、この試合ではレフリーの安部四郎も敵なのだ。ハンディキャップマッチというよりもむしろ公開処刑が今行われようとしていた。
「汚いわね!・・・それでも男なの!!」
「うるせえよ、チビが!!」
怒声と共にシンが美来へと襲い掛かった。
間一髪で身をかわし、その勢いでコーナーにいた馬之助へと飛び掛っていった。
「えぇぇぇぇ・・・いっ!!」
ビシッ!!「ぐおうっ!!」
美来の渾身のニールキックが不意打ちの形で馬之助の首筋を捕らえた。エプロンからリング下へと転落する馬之助・・・。
「何!?馬之助!!」
シンが馬之助の様子を気遣い、リング下へと目を向けた瞬間、今度は美来の超低空のニールキックがシンの膝を襲った。
「えぇぇぇぇ・・・いっ!!」
ビシッッ!!「うおおぉぉっ!!」
膝の裏側にヒットしロープへと崩れ落ちる往年の狂虎の姿に客席からは歓声が上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ、ひかるさんの仇、取らせてもらうわ!」
美来はシンの後頭部へのキックを狙いコーナーポストへと上がりタイミングを計っていた。しかしその瞬間、美来の腰に衝撃が襲った。
「あうっ!きゃあぁぁぁぁ!!・・・・な、何!?」
ズダァァァ・・・・ン!!コーナーポストからマットへと転落する美来・・・。
「調子に乗ってんじゃねえ、チビが!!」
馬之助がリング下からパイプ椅子を投げつけてきたのだ。
「くっ・・・痛ぁぁい・・・・」
「この餓鬼、嬲り殺してやるぜ!!」
マットに叩きつけられた美来をシンが悪鬼の形相で待ち構えていた。まずは美来を軽々と持ち上げパワーボムで叩きつけた。
バアァァァァンッ!!「かはぁっ!!・・・んああぁぁぁ・・・・・」
あまりの衝撃に息をすることも出来ず大の字になったまま仰向けに倒れ込む美来。更に馬之助もリング内へと戻り、シンと2人がかりでのストンピングが美来の小さな身体を責めつけた。
ドスッ!・・ゲシッ!・・バキッ!・・・グシャッ!
ヘビー級レスラー2人がかりの責めが容赦無く襲い、美来も何とか立ち上がろうとするがその度に踏みつけられ潰されていく。
「あうっ!・・はうっ!・・痛ッ!・・・くっ!・・・あぁん!」
次第に呻き声も小さくなってゆきぐったりとうずくまる美来・・・。だがシンは尚も美来の髪を掴み吊り上げるように起き上がらせた。
「まだまだ、お楽しみはこれからだぜ・・・お嬢ちゃん!」
「な・・・何?・・・はうっ!」
シンは美来の髪と腕を掴み、ロープへと飛ばしていった。朦朧とする意識の中、美来は負けん気から倒れ込むことを拒みロープへと跳ばされていった。
ダアァァァァン!!「あぁぁぁ・・・ん!!」
小さな身体がロープの反動に弾かれ、再びリング中央へと戻ってくると今度は馬之助の膝が待ち構えていた。
「どりゃあぁぁぁっ!」ドスッ!
「はうっ!・・・うぅぅ・・・」
カウンターのキチンシンクが美来の柔らかな胸元を打ち抜いた。その衝撃に吹っ飛び胸を押さえ悶絶する美来。
「へへへ、いい感触だな、堪能させてもらうぜ、お嬢ちゃん!!」
馬之助は美来をシンに羽交い絞めにさせ、動きが止まり無抵抗となった美来の胸、腹に膝蹴り、パンチを容赦無く連打していった。もちろんレフリーの安部四郎は制止するどころか、ギブアップを問い詰めるポーズで時折美来の髪やあごを持ち上げ張り手をかましていった。
パチィン!「ギバップ?」
「・・・あぁ、ノー!・・はうぅ!・・いゃ・あぁん!・・・、あぁ・・・」
気を失いかけたところを見計らい頬を打たれ激痛と苦しさからひとときも逃れる事が出来ないまま、地獄の責め苦に蹂躙される美来。10分近いボディ責めに美来の口元からは赤黒い胃液がこぼれ、そして徐々に胃液さえも尽きぐったりとうなだれていった。するとこれまで後から羽交い絞めにしていたシンが美来を仰向けに自分の脳天へと持ち上げた。
「ガハハハハ、腹の次は腰を痛めつけてやるぜ!・・・そうらよっと!!」
バキィィィィッ!!「んああぁぁぁぁ・・・・・・・・・ッ!!」
シンのアルゼンチンバックブリーカーが美来の細い腰をギシギシと軋ませていった。美来のあごと両足を完全にホールドされ逃げ場のない力が美来の背骨1箇所に加えられ、新たな激痛が美来に襲い掛かった。
「ぐぅぅ・・・・・ああぁん・・・・・痛ぁぁぁいぃぃっ!」
悶えながら辛うじて空いている手を振り回し苦痛に耐える美来。その懸命の抵抗が美来にとっても予想外の結果を招いた。
「グハハハハ、どこまでもつかな。・・・・へへへ、ウオウッ!?痛えっ!!」
振り回していた手の親指が偶然にシンの目を突いたのだ。思わぬ激痛にシンは美来を放り捨てた。
ズダアァァァン!!「あうっ!・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・ひ、ひか・・・る、さ・・・ん・・・」
美来は朦朧としたまま誰もいない自軍コーナーへと這いずってゆくが、今度は馬之助が捕らえた。
「シン!!お返ししてやれ!!」
「オウ!OK!!馬之助!!」
「あ、あぁぁぁ・・・・ん!!」
馬之助は美来をベアハッグに固め、更にシンをリング内へと呼び込んだ。先程までのバックブリーカーで痛めた腰骨に馬之助は拳骨をグリグリと喰い込ませ責め抜き、シンが美来の首をターバンで巻きつけて引っ張り、更に背骨をへし曲げていった。
「あぁぁ・・・・・ん!!・・・うぅ・・・んぐぅぅ・・・・・」
「へへへ、気を失うなんて楽はさせてやんねえぜ。たっぷりと苦しめてやるぜ・・・俺達の気が済むまでな!!」
シンは片手でターバンを引っ張りながら、もう片方の手で愛用のサーベルを振り上げた。
「そうらっよっと!」
ゴスッ!!「んあうっ!・・・ぐふぉっ!・・・」
一撃で美来の額が割れ鮮血が飛び散った。2人がかりの背骨折り、首絞めに続き凶器攻撃に責め抜かれる美来に安部四郎が憎々しくギブアップを問い掛ける
「ヘイ、ギバップ?・・・ギバップ?」
「ノ、ノー・・・・・うぅぅ・・・・・」
僅かに瞳で拒絶する美来を嘲笑うかのようにシンのサーベルが美来の額をグリグリと抉ってゆく。流血は夥しいものになり美来はその小さな口元を震わせるようにパクパクと動かせた。
「・・・・・ぅぅ・・・・ひ、ひか・・・る・・・さ・・・ん・・・・・・・」
「バーカ!!お前の相方はとっくにリング下でお寝んねしてるんだよ!!」
「ああ、とっととくたばっちまえよ、お前もよ!!」
だがリング上で凄惨な私刑が行われる中リング下で奇跡的な復活劇が起きようとしていた。夥しく積まれた椅子の山から血まみれのひかるが這い出してきたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・痛っ・・・・」
観客の殆どはリング上の成り行きに目を奪われ、シン達もひかるの蘇生に気付かなかった。再び戦うためにリング内へと戻ってゆくひかる。
「へへへ、これで完全にKOして、その自慢の身体を晒し者にしてやるぜ・・・ヘイ!馬之助!!」
シンは完全に死に体となった美来をカナディアンバックブリーカーの態勢に抱え上げ馬之助にコーナーポストに登るよう指示を出した。僅かに呻き声を漏らす美来がシンの肩の上に蹂躙されると、いよいよ処刑執行とばかりにコーナーポストに登った馬之助がエルボードロップの態勢に入った。腰を責められ全く受身の取れない状態で美来の首筋に今120kgのヘビー級レスラーが巨大な凶器となってマットに叩きつけんとしていた。
「へへへ・・・いきがった代償は高くつくぜ。」
馬之助が今まさに飛び込もうとした瞬間、間一髪ひかるが同じコーナーへと駆け上がっていった。
「はぁ、はぁ、そうはさせないわよ・・・」
「な・・何、こいつ!!この死に損ないが!!」
馬之助が蹴り落とそうとするが、ひかるはその足を払いバランスを崩した馬之助は股間をコーナーで強打した。
グシャアァァッ!「うおおぉぉぉぉぉ・・・・・!!」
シンもひかるの復活に驚きながらも美来を放り捨て、エプロンサイドへと飛び出してきた。
「このチビィ・・・おとなしくお寝んねしてりゃいいのによぅ!!」
ひかるは足元をふらつかせながらもシンをリング下まで誘い出すや否や自らは再びリング内へと戻り倒れ込んでいる美来を抱き起こした。
「美来ちゃん!!美来ちゃん!・・・大丈夫?」
「ぁ・・・・ひか・・る・・・さ・・ん、・・」
「こんなに・・・酷い・・・」
「・・・・だいじょうぶ・・・まだ、あたし・・・戦える・・・・ひかるさん」
「え?」
「お願い・・1分でいいから・・・時間を稼いで・・・・その間にもう一度戦えるようになるから・・・」
確かに1人では勝ち目はない。美来の言葉にひかるは最後の賭けをしようと決めた。
「わかったわ・・・あたしが何とか食い止めるわ。美来ちゃんは休んでて!」
ひかるは美来をコーナーに出し、自らの満身創痍の身体に鞭打ってリング内へと戻ろうとしていた馬之助に飛び掛っていった。
「ええぇぇぇ・・・・いっ!!」
ピシィッ!!「うおっ!!」
ロープをくぐろうと下げていた馬之助の顔面をひかるの右ストレートがクリーンヒットした。頬を押さえ痛がる馬之助にひかるはフットワークを駆使し尚も襲いかかろうとした瞬間、ひかるの背中に激痛が走った。
バキッ!!「はうっ!・・・・痛っ・・な、何?!」
一撃でマットに崩れ落ちたひかるが這いつくばりながら振り返るとサーベルを手にしたシンが怒りに燃えた目で見下ろしていた。咄嗟に身体を反転させ仰向けの状態になりじりじりと後へと下がるひかる・・・そしてそれを追い詰めていくように距離を詰めるシン。
「よくも俺たちプロレスラーをここまでコケにしてくれたな・・・大したタマだぜ・・・徹底的に潰してやるぜ!!」
ひかるを馬之助とレフリーの安部四郎までが両脇から押さえつけ無理矢理立ち上がらせた。
「何よ!あんた達なんかに、うっ!げふぉっ!」
シンのサーベルの柄がひかるの鳩尾に深々と突き刺さった。血の混じった涎を吐きながらむせ込むひかるにシンは更にサーベルを振りかざし、今度はその顔面に標的を定めた。
「へへへ・・・そのかわいい顔も今日で見納めだな・・・おりゃ・・・あぁ・・・!!何だ?!」
シンがサーベルを振りかざしたままの態勢から突如崩れ落ちた。
「美来ちゃん!!」
そう、美来の超低空のニールキックがシンの膝の裏側を直撃したのだ。完全に不意を突かれた形で前のめりに倒れ込むシン。それに動揺したのかひかるを押さえ付けていた2人の力が緩んだ。
「今だわ・・・えぇいっ!」
ゴスッ!「うごうぅぅぅっ!!」
ひかるのエルボーが安部四郎の鼻骨を砕いた。ボタボタと血を滴らせる鼻を押さえうずくまる安部四郎をひかるが襟首を掴み、渾身の右フックを炸裂させた。
バキッ!!「んごうぅぅぅ!!」
脳震盪を起こし倒れ込む安部四郎。リング上はやっと2対2となった。
「美来ちゃん!ありがとう・・・一気にいくわよ!」
「ええ・・・正直、もう持久戦をするだけの力は残ってないですしね・・・」
「何ゴチャゴチャ言ってやがる!!」
態勢を立て直した馬之助が美来へと襲い掛かった。しかし一瞬早く身をかがめた美来が足刀蹴りが馬之助の鳩尾を突き刺した。
ドスゥッ!!「がふっ!・・・」
腹を押さえ膝を突く馬之助に美来が飛び込んでいった。
「えぇぇぇぇ・・・・いっ!!」
美来の足が馬之助の足に掛けられた瞬間、膝が馬之助の顔面を捉えた。シャイニングウイザード!!しかも美来は膝蹴りの後、着地する事なくそのままの態勢から飛び上がり、連続でカカト落しを脳天に喰らわせたのだ。
ゴキィッ!!「うおおぅぅぅ・・・・!!」
さしもの馬之助も美来の切り札にダウンした。だが、残されたシンは怯むどころか怒りを露わにしたままひかるにと襲い掛かろうとしていた。
「このチビがぁ・・・!!八つ裂きにしてやる!!」
「こっちの台詞よ!・・・美来ちゃん!アレいくわよ!」
ひかるは美来に檄を飛ばしながら自らのグラブを剥ぎ取った。
「え・・・は、はい!!」
美来がその声でシンへと向かった。だが、シンは美来とひかるけん制しながらガードを固めた。
「チッ!・・・チビがグラブを外したぐらいで俺様をKOできるのか?」
アップライトに立ち上がった状態では確かに150cmのひかるのパンチはシンの顔面には届かない。顔面さえ喰らわなければ耐えて密着戦に持ち込める、とシンは読んでいたのだ。だが、ここからの2人の合体攻撃はシンの想像を超えたものとなった。
「女を舐めないでよね!!」
フットワークでひかるの姿がシンの視界から消え、背後へと回り込んだ。反応の遅れるシンの足元に美来が飛び込んだ。
「てえぇぇぇぇぇ・・・ぃ!!」
ビシッ!!「ぐおぅぅっ!!」
水面蹴りがシンの足元を背後から刈り取り後ろ向きに倒れ込んでいった。そして倒れ込んでゆくシンの延髄に剥き出しとなったひかるの拳が錐揉み状に撃ち込まれていった。シンの倒れ込んでゆく勢いがカウンターとなって、ひかるのコークスクリューブローがどんな屈強なレスラーでも鍛えようのない急所に打ち込まれていったのだ。
「えぇぇぇぇ・・・・・いっ!!」
ギュルゥゥ・・・・・・!!「うおおぉぉぉぉぉっ!!」
雷に打たれたかのように倒れ込むシン・・・・・・・。歴戦の悪役レスラーが今2人の女性の前に討ち死にしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・やったわ・・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・ひかるさん!」
ひかると美来はお互いを支えあうように抱き合い勝ち名乗りを上げた。レフリーもダウンした今、裁くものはいないが二人の勝利は明らかだった。フィクサーの判断でゴングが鳴らされた。沸き起こる歓声・・そして終了と同時にひかるはフィクサーにマイクを要求した。
「はぁ。はぁ、はぁ・・・マイクを貸してもらえる?」
「ん?・・・ああ。」
マイクを受け取ったひかるはフィクサー、そして会場内の者全てに向かって声を上げた。
「北王ォー!!・・・もう一度、あたしと、いやあたし達のタッグチームと戦え!!」
会場はひかるのマイクアピールに騒然とした。過去に幾度も地獄の責めでひかるを嬲り者にした北王に、再び挑戦状を叩きつけたのだ。
「おい・・・・まじかよ。今度こそ殺されちまうぜ!」
「でも河村も片岡とのタッグでシン・植田組をKOしたぜ。」
「どっちにしてもこいつは見物だぜ!」
会場中が興奮する中、控室でモニターを見ている北王と引き上げてきたフィクサーが囁き合っていた。
「ロートル2人に勝ったぐらいで調子こいてやがるぜ。河村もまだ痛められ足りないようだな・・・。」
「次回はどうしますか、北王さん?」
参戦のオファーを北王に向けるフィクサー。だが、北王の返答は意外なものだった。
「ふふふ・・・俺様とやる前にもう何試合か河村達にはやってもらおうか。マッチングは俺様が決めてやるよ。俺様まで辿り着けるといいんだがな・・・ふふふ!」
リベンジマッチの前に北王の仕組んだ凶悪タッグとの試合が組まれることとなったひかる・美来ペア・・・本当の地獄はこれから始まる。

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