乙羽を襲った惨劇から2週間、コニーインターナショナルの河村ひかるとその後輩森友さやかが、イエロージャブのメグミ・尾野愛との試合を迎える日となった。コニー側の控え室では既にひかる、さやか共にコスチュームに着替えてウォーミングアップを始めていた。ひかるはその150cmの小柄な肢体を青の競泳タイプの水着に着替え、足元には脛までのレスリングシューズで手にはオープンフィンガーのグラブを着用して、シャドーボクシングで身体を温めていた。またさやかは160cmB86W58H85と均整の取れたスタイルを同じ青の水着に包み、レガース付きのレスリングシューズを履き入念なストレッチを繰り返していた。元新体操の選手だけあって、柔軟さは目を見張るものがあった。

「ひかるさん・・・乙羽さん、全治2ヶ月だって」

「ええ、聞いたわ・・・ショックが大きくて、まだ誰とも話をしないらしいわね」

「無理もないわ・・・事務所の先輩に裏切られて・・・それに、もしも、あのままあたし達が助けなかったら、もっとひどいことになってたかも・・・」

「あいつら、イエロージャブの連中汚過ぎます!」

「・・・でも生半可な連中でないことも確かよ・・さやかちゃん」

「わかってます・・・とにかく今日のメグミ・尾野、こいつらを潰して小池暎子・佐藤恵理子を引きずり出してやるわ!」

「・・・・」

無言で頷くひかる・・・

(最近イエローの連中の強引さは目に余るわ・・・今までアスカーとか壕プロの3つが牽制し合ってて、ここまで突っ走ったことなんかなかったのに・・・)

ひかるの心の中に不安がよぎった。その真剣な顔を見て、さやかが心配気に話しかける。

「ひかるさん・・・どうしたんですか?」

「あ・・ううん、なんでもないわよ、・・・・・・今日は絶対に勝つわよ!」

「ハイ!まずはあの2人に思い知らせてやります!」

「ええ・・・」

(でも・・・きっと、あいつらのことだから、あの2人もただの先兵じゃない・・・)

 

対するイエロージャブ陣営の控え室では、野良社長がメグミと尾野愛に檄を飛ばしていた。既に着替えを終えたメグミと尾野、2人とも事務所のカラーであるライトイエローのワンピース水着に上から白いTシャツを羽織り、もはや臨戦態勢となっていた。

「お前達、分かってるだろうが、うちは負け犬には用はねぇんだ!今日の河村・森友、再起不能にしてやれ、いいな!」

シューズの紐を結びながら尾野が笑みを浮かべた。

「ふふふ・・・分かってるわよ、社長・・・あの河村、ボクシングかじってるらしいけど、あたしには通用しないわ・・・メグミもそこいらの娘とは気合が違うしね」

「・・・ええ、あたしもこんなトコでつまずく訳にはいかない・・・今日あいつ等を潰して、小池・佐藤先輩も追い抜いてみせるわ・・・」

「フハハハ!その意気だ。俺はお前達のその気合に惚れ込んだんだからな!」

野良社長はタバコを吹かしながら、2人の肩をパァン!と叩いた。

「さあ、時間だ、行って来い!」

そう言って頼もしげな視線で2人を花道へと送り出した。

 

MixFightCafe  Presents  CatFight!

花道両側に設置された大型モニターには、この文字が映し出されていた。もう間もなく始まる美女4人による死闘を前に興奮は最高潮に達していた。その中を先にコニー側の2人が花道からリングにと駆け込んできた。颯爽とリングインするひかるとさやか。

「結構広いし明るいんですね・・・地下プロレスっていうから、あたし、もっと薄暗いとこかと思ってました」

「そうね・・・大丈夫?」

後輩を気遣うひかる。

「ええ」

唇をきゅっと結び、頷くさやか。そうした間に、イエロージャブ側の入場が始まった。歓声と共に現れるメグミと尾野・・・観衆に応えながらも既にTシャツを脱ぎ捨て、ひかる達を睨みつけ臨戦態勢に入っていた。  

そうした両者の火花に割って入るようにリングアナが試合前のルール説明を始めていった。

「本日はミックスファイトカフェにお越しいただき、誠にありがとうございます!!」

観客から更に歓声が上がる。それに構わずリングアナの説明が続けられた。

「本日の試合の決着は、ギブアップまたはKOのみで行われます!」

リングアナからの完全決着ルールに客席から更に大歓声が上がる。続いてのルール説明の間リング上の4人は身じろぎもせず相手チームとの視殺戦を繰り広げていた。そして沈黙を破り尾野がひかるに詰め寄っていった。

「あんたが河村ひかる?」

尾野が河村を見下ろしながら囁いた。

「何よ、それがどうしたのよ!」

きっと睨み言い返すひかる。

「ふふふ、・・・・いやぁ、本当に小っちゃいなと思ってさ。」

確かに167cmの尾野と150cんのひかるとでは体格差は歴然であった。更にムッとしたひかるの視線を気にも留めず尾野は言葉を続けた。

「言っとくけど、あたしにはあんたのボクシングは通用しないわよ。うちらの邪魔をした代償は高くつくわよ」

自信満々の尾野の言葉にいらつくひかる。

「どういう事?大した自信ね!」

「ひかるさん!やつらの挑発に乗っちゃだめですよ!」

後輩のさやかが逆にひかるを制止する

「わかってる!・・・」

カアァァァ・・・・ン!乾いた金属音が場内に鳴り響いた。試合開始と共に先ず出てきたのは、森友さやかとメグミだった。

「いくぞぉぉぉ・・・っ!」

メグミがさやかに早くも殴りかかっていく。それを身をかがめ、アームホイップで投げを打つさやか。

ダアァァ・・ン!

メグミがその胸を揺らしながら仰向けに叩きつけられる。

「はうっ!・・・・このヤロウっ!」

メグミはすぐに立ち上がり尚も、さやかに飛び掛っていく。が、さやかはメグミの突進に合わせてカウンターのドロップキックをバストに叩き込んだ。

「ぐはぁっ!・・・・くそっ!・・・・え?!」

さやかは倒れ込んだメグミに組み付きうつ伏せにし、その両脚をX字に畳み込んでいった。

「馬力だけはあるようだけど、それだけじゃ勝てないわよ!」

「な、何?!・・・ギャッ!」

鎌固め・・・さやかは新体操で鍛えた柔軟な身体を活かし、そのままブリッジし、メグミの首も極めていった。足首と首を同時に極められ苦悶するメグミ・・・。

「メグミー!何やってんの?」

尾野が檄を飛ばす。

「ぐうぅぅぅ・・・・こんな技でぇぇぇ!・・・・舐めんなぁぁぁ!」

「え?・・・嘘?!

メグミは力任せに強引に横に転がり鎌固めから、逃れた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・このヤロウ!よくもぉぉっ!」

いち早く立ち上がったメグミがさやかに向かってダッシュした。

ズダアァァァァ・・・・ン!!ウエスタンラリアット!!

メグミの巻き込むような一撃で、後頭部からマットに叩きつけられるさやか・・・。

「さやかぁぁっ!しっかりぃぃぃ!!」

今度はひかるの檄がリング内に飛ぶ。脳震盪を起こしたか四つん這いのまま朦朧とするさやか。その間にイエロー側は尾野にタッチしていった。

「うぅぅぅ・・・・・」

「さあ、立ちなよ!」

尾野は髪を掴んでさやかを強引に立たせると、そのまま腕を掴み一瞬でマットに叩きつけた。

バアァァァ・・・ン!!

「キャアッ!・・・かはっ!」

一本背負い!凄まじいスピードで又しても叩きつけられるさやか・・・・しかし、休む間もなく尾野はさやかを柔道の投げ技でマットに叩きつけていく。

ダアァァン!・・・バアァァン!・・ズダアァァン!!

一本背負い、内股、そして大外刈り・・・多彩な投げ技が次々に決まり、ダメージを深めていくさやか。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・くそっ!」

さやかは投げに入ろうとする尾野のバックに回り込み、逆さ押さえ込みでフォールに入る・・・が、今日のリングではフォールが取られることはなく、尾野も余裕で返してゆく。

「フフフ・・・そんなお遊戯みたいな技で、あたしをどうしようっていうの?」

尾野は体格差を活かして後ろから吊り上げるようなスリーパーホールドを極めていった。さやかは足をばたつかせ、もがき苦しんでゆく。

「んぐぅぅ・・・・・・ぁぁ・・・・ひ、ひ・・かる・・さ・ん・・・」

朦朧とする意識の中、反対側のコーナーのひかるに手を伸ばすさやか・・・もちろん届くはずもない。

「どうしたの、最初の元気は?・・・まだまだよ、本当の怖さは!」

尾野は更にさやかの水着の胸元を掴み、今度は強引に頭上高くリフトアップしていった。

「ああぁぁ・・・!」

為す術なく、尾野の頭上でもがくさやか・・・尾野は更にメグミを呼び込んだ。

「いくよ!」

「OK!」

メグミが片膝を立てた状態で、尾野の足元に構えた。

「な、何?・・・キャアァァ・・・ッ!」

バキィッ!!

うつ伏せの態勢のまま、メグミの膝に叩きつけられるさやか・・・。思わずコーナーのひかるからも悲鳴が上がった。

「んああぁぁ・・・・っ!・・・・げふぉっ!」

右胸の脇を押さえてうずくまるさやか。息をするのも苦しそうだ。

「うぅぅ・・・・・痛っ・・・・・・あぁ・・・・・」

(く、肋骨をやった?・・・あの2人、肋骨を狙った・・・・?!)

「さやかァァァ・・・!」

ひかるが倒れ込んださやかの元に駆け寄ろうとしたが、レフリーが割って入った。

「ダメだ!・・・自分のコーナーに戻れ!」

「そんな!あいつらも二人がかりだって、さやかを!」

「騒いでんじゃねぇーよ、チビ!」

「あぁぁぁ・・・・っ!ひかるさぁぁぁん!!」

絶叫するひかるを嘲笑うかのように、イエロージャブチームは早いタッチワークを駆使し、さやかを蹂躙していた。

うずくまるさやかを尾野は無理矢理立ち上がらせると、その長い手足を絡みつかせていく。

「うわあぁぁぁ・・・・っ!」

コブラツイストがさやかの肢体を締め上げ、肋骨が軋んでゆく。

「ふふふ・・・・どう?痛い?・・・ねえ、ギブアップしちゃいなよ?」

「うわあぁぁ・・・!!ノ、ノー!」

「へえ、根性あんじゃん・・・じゃあ、これは、どう?」

尾野はコブラの態勢のまま、さやかの痛めた肋骨に拳を当て、グリグリとめり込ませていった。

「んあぁぁぁ・・・・・・!!」

さやかの悲痛な叫びが地下ホールに木霊する。ひかるも何度もカットに入ろうとするが、レフリーの制止に阻まれ、どうしても辿り着くことが出来ない。

「うわあぁぁぁ・・・・っ!!・・・・ひかるさぁぁぁ・・・ん!!」

「コラ、戻れ!」

「くぅ!どいてよ!・・・・どいてったら!・・・さやかちゃぁぁ・・・・ん!!」

ひかるがレフリーと又も、もみ合っている間、イエロージャブチームはさやかを場外へと引き摺り落としていった。リング下ではメグミが待ち構えていた。

胸を庇い、無抵抗になったさやかを、メグミはサイドヘッドロックに極め、鉄柱へと突進していく。

「そらあぁぁ・・っ!」

ゴォォン!

脳天から鉄柱に叩きつけられ、崩れ落ちるさやか。しかし、メグミはさやかを放さず、今度は両手足を捕らえた。

「あぐ!・・・くうぅぅ・・・・・」

さらにメグミはルチャのカンパーナ(釣り鐘固め)を極め、正に釣鐘を揺らす要領でさやかの脳天を鉄柱に叩きつけていった。

ゴスッ!・・・バキッ!・・・ゴスッ!・・・・・

さやかの脳天が割れ、鉄柱の根元に滴り落ちる鮮血・・・。

「へへへ・・・最初は恥かかせてくれたけど、この地下プロレスじゃ、あんたの小奇麗な技じゃ通用しないってことよ!」

「あぁん!・・・はう!・・・あぅ・・・・」

その頃リング上では、さやかを救援に行こうとするひかるに尾野が向かい合っていた。

「ふふ、可哀想ね・・・アンタの妹分」

「どけよ、・・・どけっって言ってんだよ!」

ひかるは尾野にサウスポースタイルからフットワークを使い、懐に入り右ジャブを繰り出した・・が、その瞬間、ひかるの視界から尾野が消えた。

「え?!・・・はうっ!」

ひかるの右太ももに衝撃が走った。尾野は仰向けの状態に寝転び、その態勢からスライディングのローキックを打っていたのだ。

「ふふふ・・・・どう?結構効くでしょ。うちの社長から聞いたの・・昔、顎の長いレスラーがボクシングチャンピオンと試合した時に、この寝転がったレスラーにボクサーは手も足も出なかったって!」

「くぅ・・・・」

「悔しい?悔しかったら、かかってきなよ・・・・といっても、寝技でアンタがあたしに勝てるとは思えないけどね!」

挑発しながら尚もローキックでひかるに襲い掛かる尾野。

「そらぁっ!・・・おらっ!・・・せいっ!・・・おりゃっ!」

「・・・・痛っ!・・はうっ!・・・あぐっ!・・・あぁん!」

(この娘、完璧にあたしたちを潰す為に研究してきてる・・・このままじゃ・・・・)

 

こうしてひかるがリング上で尾野に翻弄されている頃、さやかは鉄柱攻撃の中、血の海に沈んでいた。

「・・・ぁぁ・・・・うぅ・・・・・・」

「ふふふ・・・これでトドメよ!」

血まみれのさやかをメグミはブッコ抜くようにカナディアンバックブリーカーの態勢に抱え上げた。

「うわあぁぁぁぁ・・・・っ!!」

折れた肋骨を反らされ、激痛と息苦しさがさやかを蹂躙する。だが、メグミはその呻き声を心地よいBGMとしながら花道へと歩いて、リングとの距離を取っていった。

「ふふふ・・・さあ、いくわよ・・・・そらあぁぁぁぁっ!!」

カナディアンバックブリーカーの態勢のままメグミはリングへ、いや鉄柱へと向かい加速をつけて走り出した。メグミの肩の上で肢体をしならせているさやかの顔が鉄柱へと突き進んでいく。

「きゃあぁぁぁぁ・・・・・・っ!!」

ゴォォォォォン!!

鈍い音と共にさやかの額が鉄柱へ猛スピードで叩きつけられた。さやかの額からほとばしる血飛沫!

「んあぁぁぁぁぁ・・・・・・・っ!」

そしてメグミはボロ人形のようにさやかを鉄柱に擦りつけるように放り捨てた。

「ふふふ・・・・一丁上がりっと♪」

鉄柱の根元におびただしい流血と共に無残に仰向けに倒れるさやか・・・・。その哀れな肢体を踏みつけにして勝ち誇るメグミ。

「さやかぁぁぁぁ・・・・・・・・・っ!!」

ひかるの絶叫が、リング下に響く・・・が、その瞬間又も尾野のスライディングキックがひかるを捕える。

ビシッ!

「はうっ!・・・・くそっ!」

「フン、よそ見してる暇なんか、あんの?」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

(くそっ!このままじゃ・・・・)

リング下のメグミにも注意を払いながら、尾野との距離を取るひかる。その間もメグミから尾野に声が飛ぶ。

「ネェー!そっちも手伝おうか?」

1人残ったひかるを2対1で潰す気か・・・しかし、尾野がそれを笑いながら拒む。

「フフフ、いらない、メグミは休んでな!あたしもこいつを潰していいトコ見せないと、いつまでもNo.1になれないじゃん!」

「フフフ・・OK!」

メグミも了解し、自分のコーナーへ戻り、リング内を見物し始めた。

「さぁ、じわじわと念入りに潰してやるからね・・・覚悟しな!」

ビシッ!・・・ビシッ!・・・ビシッ!

尾野のキックが面白いようにひかるに決まり始めていく。身体能力ではイエロージャブの中でもトップクラスの尾野のキックは重く、既にひかるの太ももは紫に変色し始め、徐々にダメージを深めていった。

「痛っ!・・・はうっ!・・・あぁん!」

「そらっ!・・・さあ、いつまで逃げてんのよ!そらぁ!」

(フフフフ、痺れを切らして飛び込んでくれば、あたしの寝技の餌食にしてやるわ!)

パンチが届かず、しかもパートナーのさやかを潰され打つ手のないひかる。又もコーナーへと追い詰められてゆく。

「くぅ・・・・こうなったら、一か八か・・・・」

追い詰められたひかるが、尾野のキックに立ち向かうように足を止めた。

「フン!覚悟決めたの?・・・そらっ!」

尾野のローキックが唸りを上げて、ひかるに襲い掛かる・・・が、その瞬間ひかるの右フックも唸りを上げた!

ビシィィィッ!!グキッ!

尾野のローキックにタイミングを合わせ、ひかるも態勢を沈め、踏み込んで尾野の爪先に掠めるような右フックを打ち下ろしたのだ。

「ぎゃあぁぁぁっ!!・・・・あ、足がぁぁ・・・!」

テコの原理で足首を支点に高速で捻られ、足首を押さえ、もがく尾野。ひかるのピンポイントを狙い澄ませたパンチが尾野の爪先を打ち抜いたのだ。

「やった・・・・え!?」

「かァ、わァむゥらァァァァァァァ・・・・・ッ!!」

尾野の突然の劣勢に背後からメグミが飛び込んできた。虚を衝かれ振り返ったひかるにラリアートで襲い掛かってきた。

「キャァァァッ!!・・・あうっ!!」ズダァァァ・・・ン!!

後頭部からマットに叩きつけられるひかる。その間にメグミは尾野を抱き起こしていた。

「大丈夫?」

「くっ!・・・痛っ・・・・ええ、大丈夫・・・けどまさか、足を狙ってくるなんて・・・・」

「立てる?」

「ああ、何とかね・・・」

尾野が右足を庇いながらも立ち上がっていった。そして、それをリング下で見ていた野良社長からも檄が飛ぶ。

「オイっ!何もたついてんだ!・・・相手はもう1人しか残ってねえんだ、一気に潰しちまえ!!」

その声に頷くメグミと尾野・・・。

「ゲホッ!ゲホッ!・・・・くぅ・・・」

喉を押さえて咳き込むひかるの長い髪をメグミが鷲掴みにし、無理矢理立ち上がらせた。

「さあ、立てよ・・・オラァッ!!」

メグミがひかるを突き飛ばすとその先には尾野が待ち構えていた。渾身のボディブローが鳩尾に突き刺さる。

ドスゥゥ・・・ッ!!

「んああぁぁぁ・・・・・・っ!!」

ひかるは150cmの小さな身体をくの字に折り曲げ、唇からは血反吐がこぼれ出した。前かがみに倒れ込もうとするひかるに、尾野がそうはさせじと、その右腕と首を抱え込んでいった・・・STOの態勢だ!

「まだお寝んねは早えんだよ・・・・喰らいな!!」

バアァァァァ・・・・・・ン!!

痛めていない左足を軸足にし、右足で一気にひかるの両足を刈っていき、その衝撃がひかるの身体を砕いた。

「んぐぅぅ・・・・げふぉ!げふぉっ!・・・・ぁぁ・・・・・」

完全に仰向けのまま動きの止まったひかる・・・しかし、今度は更にメグミがひかるを足四の字固めに極めていった。

「そりゃあぁぁ・・・・!!」

「んあぁぁ・・・・・っ!!」

ひかるは何とか力を振り絞りロックしようとするメグミの足を手で防御しようと踏ん張っていたが、その次の瞬間、尾野のエルボードロップがひかるの腹に突き刺さっていった。

「げほっ!・・・んぐぅぅ・・げほっ!・・はうっ!・・・あうっ!・・・・」

動けないひかるに尾野の全体重を乗せたエルボードロップが10数発と連打となって襲い掛かる。

「あぐぅぅ・・・・げほッ!げふぉっ!・・・はうっ!・・・はうっ!・・・」

ひかるの口元から内臓から逆流した赤黒い吐瀉物があふれ出し、マットを汚していった。

「フフフフ・・・汚らしいわね、そろそろトドメを刺してやるわ!」

そう言い捨てると尾野は今度はコーナーマットの最上段へと上がっていった。そこからニードロップを撃つ気だ!

「え?!・・・く、くそっ!」

何とか逃れようと懸命にもがくが、メグミの四の字で身動きできない。尾野は痛めた足のせいか、やや動きが鈍いがようやく最上段に上りついた。

「さあ、行くよ・・・・え?!」

今飛び掛ろうとした足元に尾野は信じられないものを見た・・・・さやか、血まみれの森友さやかが反対のコーナーから尾野によろよろと向かってきていたのだ。

「アイツ?!・・・・ゾンビかよ!」

驚くイエロージャブ軍・・・いや、ひかるも言葉を失い信じられないという目でさやかの姿を追っていた。焦点の定まらない目のままで尾野の構えるコーナーにすがりつくように上っていくさやか。尾野は蹴り落とそうとするが、足を痛めているせいで、それもままならない。

「チクショウ!・・・来るな・・・来んなよ!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

荒い吐息を漏らしながら、何かに取り付かれたかのように、尾野に向かっていくさやか。野良社長も含めて観客席も息を呑んでリングに心を奪われていた。そしてさやかが尾野の首をフロントチョークの態勢に捕らえ、左腕を自らの首の後ろに回した。ブレンバスター・・・雪崩式ブレンバスターだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁ・・・・・・っ!!」

「ぐわぁぁ・・・・っ!!」「え?・・ああぁぁぁぁ・・・っ!!」

ズダアァァァァ・・・ン!!

さやかの絶叫と共に尾野の身体が弧を描き、マットへと叩きつけられていった・・・そして、その着地点にはメグミがいた。メグミの94cmのバストの上に尾野の身体が加速をつけて落ちていった!

「グヲォォォ・・・・!!」

女の急所である乳房に凄まじい衝撃を喰らい、苦しむメグミ・・・。ひかるはメグミの力が緩んだその間に、足四の字の戒めから逃れた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・さやかちゃん!」

マットに倒れ込んだままのさやかに這いずってゆくひかる。

「・・・・うぅぅ・・・・ぁぁぁ・・・・、ひか、る・・さん・・・」

「さやかちゃん!・・大丈夫?・・・もう!ムチャしてッ!」

「は・・・はい・・・だ、大丈夫です・・・」

強がって微笑を浮かべるさやかだが、雪崩式ブレンバスターの衝撃はさやかの肋骨にも深刻なダメージを与えていた。口元からはまだ新しい鮮血があふれ出していた。

「もう・・・・あうっ!」

突如ひかるの髪が背後から引っ張られた。

「このヤロゥ!」

尾野がひかるの髪を引っ張って背後からのチョークスリーパーに捕らえたのだ。メグミの巨大な乳房がクッションとなり、尾野は逆にダメージを最小限に抑えられたのだ。

「んぐぅぅ・・・・・ぅぅ・・・」

体格差からひかるの足は浮き上がり、宙を空しく蹴る。

「ひ、ひかるさぁ・・・ん!!」

さやかがよろよろと立ち上がり、ひかるを助けに行こうとすると今度はメグミが胸を押さえながらも、それを阻止しに来た。

「ぐぐぅぅ・・・・、よくも、よくも・・・あたしの胸をぉぉぉ!!」

さやかの正面に回り、渾身のラリアートを振るってきた!

「あぅっ!」

これを身を屈め間一髪でかわし、メグミのバックに回り込み胴に手を回すさやか。

「・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・・・」

「何?・・・アマレスじゃないのよ・・・あんたの小奇麗なレスリングなんか怖くないって言ってんだよ!」

強気に言い放つメグミ・・・しかしさやかはそれとは対照的にバックに回った状態のまま、呼吸を整えていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・ひかるさん・・・尾野はお願いします!」

さやかの悲壮な覚悟を秘めた瞳にただならぬモノを感じるひかる。チョークスリーパーに持ち上げられながらも、さやかに向かって手を伸ばしていく。

「んぐぅぅ・・・・さ・や・か・・ちゃん・・・・」

もちろん届くはずもなく、懸命にもがくひかるの指先・・・。

「オイッ!・・・早くそのくたばり損ないを片付けちまえ!」

「ああ!・・・けど、チクショォ!離せよ・・・離せ!」

メグミは懸命に振り解こうとするが、さやかのグリップは離れない。

「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・あんた、あたしの真っ当な技なんか怖くないって言ったわね・・・」

大量の流血で足元もおぼつかないはずなのに・・・。

「な、何?!」

「はぁ、はぁ、はぁ、あんたに正統派の怖さを教えてやるわ・・・・ウワアァァァァ・・・・・・ッ!」

ズダアァァァァ・・・・・・・ン!

気合一閃、さやかの身体が弧を描き、メグミを脳天からマットに突き刺した!ジャーマンスープレックスホールド・・・さやかの柔軟な身体がメグミを垂直に受身の取れない角度で叩きつけた。さやかもブリッジを解かない為メグミも逆さまの状態のまま、一瞬にKOされていた。

「はぐぅ・・・げふぉ!」

首が異様な角度で曲がり、血の泡を吹くメグミ・・・このただならぬ状態にさすがの野良社長も腰を上げた・・・・が、その瞬間さやかの肋骨からも異音が響いた。

バキッ!

ブリッジの反りでヒビの入った肋骨が完全に折れたのだ。血を吐き、倒れるさやか。

「さやかちゃぁぁぁ・・・・ん!!」

「メグミィィィ・・・・・・・!!」

尾野の力が緩んだ、その瞬間ひかるは勢いをつけ、思い切りシューズのかかとで尾野の向こう脛を蹴りつけた。

バキッ!

「痛ッ!!」

蹴りの勢いでスリーパーを振り解くひかる。

その瞬間にメグミをホールドしたさやかの人間橋もゆっくりと崩れ落ちていった。そして仰向けに倒れたまま喘ぐさやか。ここまでの流血によるダメージと、そして痛めつけられていた腰での、あの急直下ジャーマンはさやかの身体をも破壊していたのだ。

「さやかぁぁ・・っ!!」

(・・・あの状態で、あんな技使ったらこうなる事、わかってるのに・・・・バカ・・・・もうちょっとだけ待っててね・・)

さやかをコーナーに静かに横たわらせると、ひかるは尾野と対峙した。

「あとは、あたしとこいつのタイマンで決めるよ!」

そう、もはやリングで動けるのはひかると尾野の2人だけとなっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・望むところだよ!」

それに答える尾野・・・。

この2人のやりとりに再び腰を下ろす野良社長・・・試合はいよいよ最終局面を迎えていた。

ひかるは慎重に距離を取りジャブでけん制するが、尾野は何と痛めた右足でまたしてもスライディングしてのローキックでひかるの足を払っていった。

ビシッ!

「あうっ!」・・・完全に虚を衝かれ、太ももにヒットし体勢を崩すひかる。

(くっ・・・コイツ根性もハンパじゃないわ!)

その瞬間をチャンスと尾野が素早く態勢を立て直し、ひかるの右腕と首を掴み、全体重を乗せながら足を払った!

『S.T.O』柔道の大外刈りからの応用技であり、必殺技を尾野がひかるに繰り出した。

「そらぁ!行けえぇぇぇぇっ!」

大柄な尾野がひかるの小柄な肢体に完全に覆い被さり、マットに高速で叩きつけていった。

ズダアァァァァァ・・・ン!!

衝撃音と共に逆に静まり返る観客席・・・数秒の後、覆い被さったまま、何と尾野が呻き声を上げ血を吐き出した。

「え、・・・何?」

状況が掴めない逆転劇に場内がざわめく。その間に下になったひかるが右腕を押さえフラフラと立ち上がった。右手のグラブは外れ、片方だけ素手になっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・痛っ・・・・」(危なかった・・・・)

そしてフィクサーの指示で大型モニターに今の攻防が再生される。

・・・・S.T.Oの態勢のまま足を刈られるひかる、しかし次の瞬間、ひかるは掴まれていた右手をグラブから引き抜くことで、外していったのだ。そして、その態勢のままひかるの右の拳が尾野の鳩尾に当てられ、そのまま倒れ込んでいき、尾野は鳩尾に2人分の体重とS.T.Oの衝撃を受けてしまったのだ。

「な、何て奴だ・・・・あのチビ!」

リング下で驚く野良社長、そして観客達。しかしひかるの右肘もそのダメージを受けていた。脂汗を滲ませ激痛に顔を歪ませるひかる。

「やった・・・・?」

ひかるが安堵を浮かべようとした瞬間、尚も尾野が立ち上がろうとしていた。

「んぐうぅぅ・・・げふぉ!げふぉ!ち、畜生!」

フラフラとした足取りでひかるへ向かってくる尾野・・・。もう目も虚ろだ。それに向かい合うひかるは尾野のゆっくりとした歩みを待っていた。

「大したもんよ・・・アンタ・・・・・でも、もういい!・・・・これで終わりにしましょ!」

バキィィィ!

ひかるの渾身の左ストレートが尾野の顎を捉えた。

ズダァァ・・・ン!!

後ろ向きに倒れる尾野・・・。仰向けのまま、もはやピクリともしなかった。ここでレフリーの手が上がった。試合終了・・・。コニーインターナショナル河村ひかる・森友さやか組の勝利となった。リング下からペットボトルの水を受け取りさやかに掛けるひかる。

「勝ったよ・・・さやか・・・」

「・・・・・・・」

無言のまま、目で微笑むさやか。もう言葉を発することさえも辛い状態ながらも、この傷だらけの勝利を噛みしめていた・・・が、その次の瞬間、コニーの勝利の余韻を爆音が切り裂いた。

「オイ、オイ!情けねえなぁ!うちの連中もよぉ!」

「ホント、マジかよ!」

大音響のロックミュージックと共にイエロージャブの小池瑛子、佐藤恵理子他が並んで花道からリングへと向かってきた。

「え・・・何、何よ・・・あたし達の勝ちでしょ!」

起き上がることの出来ないさやかを気遣いながら、イエロージャブ軍団に視線を飛ばすひかる。

「オイ、ムキになんなよ、・・・・それともビビッてんの、河村先輩?」

「な、・・・・」

「確かに今日はウチらの負け・・・でも、あたしは負けてないんだよ!」

小池がずいっと前に出た。そしてそれに続いて佐藤、根元等もリングとの距離を詰めた。

「何、今度はあんた等がやるっていうの?」

「ああ・・・そうさ!」

「もう小出しにしてるのも、まどろっこしいしな!2週間後、ここでうちら総出演で相手してやるよ・・・お前も含めて、うちらに歯向かいたい奴皆潰してやるよ」

「まあ、逃げたいっていうんなら別にかまわねえんだよ・・・そのかわり2度とこの世界でチョロチョロすんじゃねえよ!」

「逃げない・・・逃げるわけないでしょ!全員叩きのめしてやる!」

「よし!そう言ってくれると思ったよ・・・こっちは5人用意してやるよ・・・イルミネーションマッチで完全決着つけてやる!」

「・・・・」

無言で頷くひかる・・・。

ここにイエロージャブとの最終決戦が決定した。しかしコニーの2人の、特にさやかのダメージは深刻なものとなっていた。イエロージャブにはまだ佐藤恵理子、小池瑛子の他にも、根元はるみ、矢畑えつこ、河村亜紀等、多くの戦力が残され、2週間後イエロージャブの侵攻を食い止められるのは・・・・。



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