イエロー大戦〜第一話〜

 

「ハッ!・・・フン!・・・トゥッ!・・・・」

正拳、貫き手、肘、前蹴り、後ろ蹴り、回し蹴り・・・と流れるような空手の型が続けられていく。次回のイエロージャブとの試合で河村ひかる側についた羽川空美である。イルミネーションマッチとあり連戦も予想されるため、拳を痛めないよう空美もオープンフィンガーのグローブを着用することにしていた。その感覚に慣れるために道場で黙々と汗を流す空美。空手技の空を切る音と空美の息吹だけが聞こえる道場の扉が開いた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・だ、誰ですか?」

「あたしよ、空美ちゃん」

外の逆光に包まれ現れたのは片岡美来であった。美来は手に持っていたスポーツドリンクを空美に向かって放り投げた。

「ハイ!」

「あ、ありがとうございます・・・」

受け取った空美は缶を開け喉を潤す。

「ハァァッ・・・美味しい!」

「どう調子は?」

「はい、バッチリです!・・・片岡さんは?」

「うん、・・・美来って呼んでいいわよ。あたしもバッチリよ・・・・・・」

言葉とは逆に美来は真剣な目で空美を見つめた。その様子に黒目がちな瞳で見つめ返す空美。

「どうしたんですか美来さん?・・・そういえば河村さんはあれからどうしてます?マンションにも帰ってないみたいですけど・・・」

「あぁ、今朝メールがあったわ・・・試合までには帰るから心配しないでって・・・・ねえ、空美ちゃん!」

「な、何ですか?」

突然空美の手を握り瞳を見つめる美来。

「空美ちゃん、ひかるさんは多分勝てないわ!」

「え?!・・・どうしてですか?何でそんなこと言うんですか?!」

「と言うよりも戦えない・・・ひかるさん右腕が使えないわ・・・・」

「え?」

「あたし、病院へ行くひかるさんを見ちゃったの。そこ、あたしの友達が看護婦やってるから後で聞いたんだけど、ひかるさんの右肘、靭帯損傷で全治1ヵ月だって。どうやら前のイエローとの試合で右肘を痛めたらしくて、まっすぐ伸ばすのもかなり痛いみたい・・・」

「そんなぁ・・・じゃあ、河村さん、パンチが使えない・・・」

「そう・・・・だから空美ちゃん聞いて!」

「?」

「今度の試合、あたし達2人でイエロージャブ5人を潰す・・・そうしないと、あたし達の負けよ」

「・・・・・・・・・・・・」

美来の衝撃的な告白に唇を噛みしめる空美。そして残っていたスポーツドリンクを飲み干すと、無言で立ち上がり稽古を再開した。これが空美なりの決意の表明だった。そして美来もジムへと向かった。

試合開始まであと6日・・・。

 

いよいよイエロージャブと河村ひかるを中心とする連合チームとの全面対抗戦の日がやってきた。イエロージャブチーム、連合チーム共に試合開始までメンバーは公開されない事となっていた。

赤コーナー側の控え室で試合開始を待つ連合チームのメンバーは既に着替えを終え、ウォーミングアップをしながら言葉を交わしていた。

「ひかるさん!」

「何?美来ちゃん・・」

「あたし達の順番ですけど、1番が空美ちゃん、次があたしが行きます・・・ひかるさんは大将として控えてください!」

「え?・・・そんなのダメよ!あたしが…」

「ひかるさん!・・・ひかるさんにはあたし達の戦いを見届けて欲しいんです!」

「そうです!それがあたし達の力にもなるんです!」

「・・・・空美ちゃん、美来ちゃん・・・」

「いいですね?」

「・・・・もう!・・・ダメって言っても聞かないんでしょ!・・・でも無理はしないでね。」

「はい!」

 

片や青コーナーでは小池瑛子、佐藤恵理子がリーダーとなって計5人が円陣を組んでいた。小池、佐藤を含め5人全てが大柄で厚みのある体格を持ち、身に纏ったイメージカラーであるレモンイエローの水着も張ち切れんばかりである。

「オイ!わかってるだろうけど、ウチらに負けは許されないからね!」

「オォー!」

「前回ウチらに煮え湯を飲ませた河村と、それについたバカなガキどもに、ウチらに楯突いたらどうなるかトコトン思い知らせてやるぞ!」

「オォー!」

「よし!じゃあ、いくぞォォォォ!」

「オォォー!」

 

ミックスファイトカフェの地下ホールは満員の観客で埋め尽くされていた。先に花道からリングへと入ったのは河村ひかる、片岡美来、羽川空美の連合チームであった。150cm・153cm・154cmと3人とも小柄ながら均整の取れたプロポーションと端正な顔立ちに目の肥えた観客達も溜息と大きな歓声で迎えた。

「待ってたぞぉぉー!」

「空美ちゃぁぁぁん!デビュー戦頑張れヨォォォォ!」

しかし声援に混じって不安の声も漏れる。

「おい、今日5対5だろ?・・・こっちは3人しか揃わなかったのか?」

「ムチャだぜ・・・ただでさえイエローの連中ハンパじゃねえのに・・・」

入り混じった観客の声を切り裂くように爆音と共に反対側の花道からイエロージャブの入場が始まった。緊張と興奮で息を呑むひかる達・・・しかしイエロージャブチームの先頭をゆく顔を見た瞬間、それが嫌悪と怒りとして燃え上がった。

「あ、あいつ・・・」

「大原・・・大原さおり!」

そう・・そこには今回の抗争の口火となった戦いで後輩の乙羽を裏切りイエロージャブに寝返った大原さおりがいた。会場からのブーイングにも悪びれる様子もなくイエローのワンレガータイプの水着を纏い悠々と入場してゆく大原さおり。その後ろから根元はるみ、矢幡えつこ、そして佐藤恵理子、小池瑛子と続く。そして、いきなり大原が本部席にマイクを要求した。

「オイ!河村ァ!3人でウチらとやるなんてナメてんのかー!今日はあたし1人でお前等3人ブッ潰してやるよ!」

マイクをひかるに投げつける大原。ひかるもマイクを手に取りイエロージャブチーム、とりわけ大原さおりを睨みつける。

「黙れ!・・・・よくもノコノコと出てきやがって!アンタの薄汚い根性叩き直してやるよ!」

「いい度胸だよ・・・客を待たすのもナンだからさぁ、とっとと始めようぜ!」

マイクアピールに沸き返る観衆。それを平然と聞き流しながら青コーナーにもたれかかりゴングを待ち構える大原さおり。今大会最大のヒールがイエロージャブチームの先鋒として連合チームに立ちはだかった。そしてひかる達連合チームは打ち合わせどおり、空美がリングへの階段に足を掛けた瞬間・・・

「待って!」

1人の聞き覚えのある少し甘い声が空美の入場をさえぎった。そしてリングに上がろうとする空美の肩を掴み、押しのけるようにして中に入っていったのは・・・

「え、誰?・・・あなた、乙羽さん!?」

乙羽・・・そう、約1ヶ月前にこのリング上の大原さおりの裏切りとイエロージャブの謀略の前に3対1のリンチを受け病院送りにされた乙羽であった。この伏兵の登場に沸き返る観客。しかしそれに反し醒めた目で見下ろす大原さおり。

「ハン!・・何だ、お前かよ!」

「そうよ、大原さん・・・うぅん、大原っ!あなただけは絶対許さない!」

羽織っていたジャージを脱ぎ捨てた乙羽は紺色の競泳水着姿で大原に向かって言い放つ。しかし河村側もこの乙羽の登場に驚きながらも、制止の声を上げる。

「待って、乙羽ちゃん!まだ無理よ!」

「そうですよ・・・あたしと代わってください!」

「・・・」

無言で首を振る乙羽。しかし水着姿になった乙羽は以前よりも、やや細くなり、しかも露出した白い肌にはまだアザや治療の痕が生々しく残されていた。全治2ヶ月の診断を受けた日からまだ1ヶ月も経っていない。とても満足に戦える状態ではないのは一目見れば誰の目にも明らかだ。

「オイ、ああ言ってくれてんだから、代わってもらった方がいいんじゃねえのか?チビ!」

「うるさい!」

そう言い捨てると、乙羽はリングサイドのひかるに向かって語りかけた。

「ひかるさん、ごめんなさい・・・・あたしを助けてくれたばっかりに、ひかるさんやさやかちゃんまで怪我させちゃって・・・」

「うぅん・・・」

静かに微笑みながら首を振るひかる。

「乙羽ちゃんこそ大丈夫?まだ入院してないとダメなんじゃ・・・」

「河村さん、あたしじゃ役に立ちませんか?・・・・・・あたしずっと病院のベッドで考えてた、このままでいいのかなって・・・あたしのために傷ついた人たちがいて・・・なのにあたしはここで、ただお布団かぶって、泣いてていいのかなって・・・だから!」

「・・・・・乙羽ちゃん」

「それにあの人だけは!あの人だけは、あたしが倒さないといけないんです!」

一向に引き下がる様子のない乙羽にひかるも気圧されるように引き下がっていった。本部席でも5対5の対抗戦の出場選手が少しでも揃うとあって即座に乙羽の出場を認めた。またイエロー側も今日を機会に自分達への抵抗勢力を一気に潰そうとする思惑と一致し、了承したのだ。そして今因縁のゴングが打ち鳴らされた。

カアァァァァ・・・・・・・ン!!

向かい合う乙羽と大原さおり・・・大原が距離を詰めると乙羽はゆっくりと後退し、慎重に間合いを計る。前回の試合では小池瑛子を圧倒するパワーを見せつけた大原・・・今の自分が真正面から戦える相手ではないということは乙羽にも充分わかっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「どうした?かかってこいよ・・・・エエ、オラァ!!」

気合と共に大原がヤクザキックで乙羽に襲い掛かった。

「くっ!」

そのキックを体を沈めドラゴンスクリューで切り返そうとする乙羽・・・・しかし大原の足を取った瞬間、乙羽の方が崩れ落ちた。

「きゃあっ!・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」(ダメ・・・身体が思うように動いてくれない・・・けど、この人だけには負けたくない・・・)

無様にうつ伏せに倒れ込んだ乙羽。返し技やカウンターに活路を見出そうとした乙羽だが、まだ前回の試合の傷の癒えない身体では大原のパワーを捌ききれなかったのだ。それでも懸命に起き上がろうとする乙羽を大原が髪を鷲掴みにし無理矢理立ち上がらせた。

「ヒャハハハハ!何1人でズッコケてんの?・・・それとも、そうやって又同情でも引こうっていうの!・・・オラアァァ!!」

ドスゥゥッ!

大原の膝蹴りが乙羽の腹、胃袋のあたりに突き刺さった。

「げふっ!・・・・んああぁぁぁ・・・・!」

大原は更に呼吸が出来ずに苦しげに口をパクパクさせながら膝を突こうとする乙羽をヘッドロックに捕らえロープへと引き摺っていった。

「さぁ、まだまだたっぷりと痛ぶってやるからね・・・・オラアァァァ・・・・ッ!」

「きゃあぁぁぁぁ・・・・・・!!痛ぁぁぁぁいィィィィ!!」

大原は乙羽の目をロープに力任せに端から端へと擦りつけていった。プロレス流の目潰しに悲鳴を上げる乙羽。

「フン!・・・オラァ!もういっちょ!」

「ぅぅ・・・・・くぅ・・負けたくない・・・負けるもんかぁぁァァァァっ!」

大原がヘッドロックのまま更に別のロープに引き摺っていこうとした瞬間、大原の身体がゆっくりと浮き上がった。

バックドロップ!・・・・乙羽が全身の力を振り絞り、大原を抱え上げ落としていった。

バアァァン!

「あぅ!・・・・くそぅ!」

乙羽の思わぬ反撃に驚く大原・・・。しかし、ダメージは殆ど負っていない。今の乙羽の体調では持ち上げるのがやっとであり、キレ・スピード・タイミングの全てを失っていた。それでもナメてかかっていた乙羽に抱え上げられたことで大原のテンションは最高潮に上がっていった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・た、立たないと・・・くぅ・・め、目が・・・」

乙羽は摩擦で瞼を切り視力を失い、闇の中を彷徨っていた。両瞼から血を流し、よろよろと膝だけで立ち上がり手探りで大原を探している乙羽の正面に回り、大原は乙羽の髪を鷲掴みに捕らえた。

「ど、どこ・・・どこ?・・・・キャァッ!・・・・・!痛っ!・・・離してぇ!」

乙羽は見えないまま大原のボディに闇雲にエルボーを打っていくが、膝を突いたままで、しかも距離感も掴めないままの打撃など効くはずもない。

「フフフフ、まだ元気じゃない・・・もっと打ってみなよ!」

「はぁ、はぁ、はぁ、・・くぅぅ・・・・えぇいィィ!」

息を切らしながら大原にパンチ、エルボーを打ってゆく乙羽、それを子供をあやすかのように受け続ける大原・・・。今の両者の力の差を歴然と現している光景であった。そして遂に打ち疲れた乙羽の動きが止まると、大原がキックを顔面に炸裂させた。

バアァァァァ・・・・・ン!!

「キャァ・・・・ッ!!・・・んうぅぅ・・・・」

一撃で吹っ飛びロープに弾かれ転がる乙羽・・・。まるで自動車事故にでも見舞われたかのような衝撃にうつ伏せのまま倒れ込んだ。

「うぅぅ・・・・・(ダ、ダメ・・・全然かなわない・・・?)」

口の中に広がる生暖かい鉄の味・・思うように動かない身体、そして大原のパワーの前に今砕け散ろうとする乙羽だが、再びよろよろと立ち上がり手探りで大原を探そうとしていた。

「ど、どこ・・・どこなのよぉ!?・・・・キャァッ!」

突然背後から大原が乙羽の首と股間に手を回し、自らの頭上へと担ぎ上げていった。

「フフフフ・・・そらあぁぁ・・・っ!」

「んああぁぁ・・・っ!」

大原がパワーに物を言わせ一気にアルゼンチンバックブリーカーの態勢に極めた。乙羽の背骨が軋みを上げ、苦痛に喘いだ悲鳴が地下ホールに響き渡る。

「あぁぁ・・・ん!!痛あぁぁぁいィィィ!!」

「キャハハハハ!相変わらずイイ声で泣くわね!・・・今日は河村達も助けに来てくれねえよ!!・・・・このまま一気に極めてやる!」

ズダアァァァン!

「きゃぁ!・・・・ぁぁ・・・・」

言葉でも乙羽を嬲りながら、大原はその場で大きくジャンプをし、その着地の衝撃で乙羽の背骨を痛ぶった。着地の瞬間乙羽の背骨が大きくしなり、リング下の河村たちも思わず目をそらす。しかし大原はその地獄の戒めを解こうとせず、尚もいたぶろうとしていた。勝ち抜きを狙う大原は乙羽を早めに片付けようと秒殺狙いにでていた。何とか逃れようともがき苦しむ乙羽。

「さあ、もう一ちょ!・・・・」

ジャンプし大原が突然乙羽を前へと放り捨て自らの膝を立てる。

バキィィィ・・・ッ!

「はうぅぅぅぅ・・・っ!!」

アルゼンチンから急降下のシュミット式のバックブリーカーで乙羽の腰骨をしたたか打ち付ける大原。そのまま解放することなく顎と膝を押さえいたぶってゆく。

「へへへ・・・痛えだろぉ?!・・・・まだまだだ!」

乙羽の視力も徐々に回復し、痛みと戦いながら大原を見据える乙羽。かつての事務所の先輩は鬼の形相で自分を苛んでいた。そして・・・

ドスゥゥゥ!!

「・・・あうっ!」

大原のエルボーが自分の膝の上で動けない乙羽を串刺しにしていった。モロに乙羽の鳩尾に突き刺さる毒針。そのまま放り捨てられ腹を押さえたままうずくまる乙羽。

「ゲフォッ!ゲフォッ!・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

「フン!おとなしく病院で寝てりゃぁ、こんな目に遭わずに済んだのによ!」

ドスッ!

「ンぐぅぅぅぅ・・・!!」

更に脇腹を蹴り上げられマットを転がってゆく・・・。大の字となったまま動きの止まった乙羽の足元で大原は嗜虐心に満ちた笑みを浮かべ仁王立ちしていた。

「く、負けたくないよぅ・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

「まだまだだよ!・・・・オリャアァァ!!」

大原は乙羽の両足を掴んで抱え込み、脚を畳み込み一気にステップオーバーした。

サソリ固め!・・・腰・足首・膝をいっぺんに極められ苦悶する乙羽。

「うわあぁぁぁぁ・・・・・っ!!痛あぁぁぁぁぁいィィィィィィ!!」

「どう!ギブアップ?・・・・さあ、ギブアップしな!!」

ギブアップを迫りながら、さらに反り曲げてゆく大原。

「いやあァァァァァ!!・・・・・うぅぅ・・・・・わあぁぁぁぁ!!」

乙羽は何とかサソリから逃れようと腕を立てロープへと這っていく。もちろん、このデスマッチルールではロープブレイクはないのだが、全身を襲う激痛は乙羽から冷静な判断力をも失わせていた。そして、それを嘲笑うかのように大原は更に絞り上げてゆく。

「オラアァァァ!!・・・・どうした?返してみろよ!!」

「うわあぁぁァァァァァ!!」

激痛と共にメキメキッと全身の骨の軋む音が耳を衝く。それでも体中の力を振り絞りロープまで肘で這ってゆく乙羽・・・。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・もう、あと少し・・・・」

地獄の責め苦に耐えながら、いよいよ乙羽の指先がロープに掛かろうとした瞬間、大原が突如自らサソリを解いた。そして乙羽の両足首を掴み、再びリングの中央に引き摺っていく。

「アァァァ・・・ン・・・・」

「フフフ、ご苦労様!結構頑張るじゃん!・・・なら、これはどう?!」

大原がうつ伏せの乙羽の腰骨に馬乗りになり、乙羽の髪を引き寄せた。

キャメルクラッチ?・・・いや大原はその態勢のまま乙羽の首を自らの腋で締め付けていった。キャメルクラッチとドラゴンスリーパーの複合技が乙羽を締め上げていった。

「んああぁぁ・・・・・っ!!」

腰を支点に乙羽の肢体がマットに垂直に反り曲げられてゆく。あとほんの数センチ反らせたら背骨が折れる・・・そのギリギリのところで大原は乙羽を嬲り者にしていた。

「どう?タップしたら?・・・・それとも、このまま全治一生にしてやろうか?」

「んあぁぁぁぁ・・・・!!」

顔を近づけ、屈服を迫る大原。乙羽は宙を掴むように左手を浮かべ何とか逃れようと空いている手を子供のように振り回す。次の瞬間大原が悲鳴を上げた。

「ぎゃあっ!・・・・痛っ!」

マット上で腰に手をやり苦しむ乙羽の傍らに右目を押さえ膝を突く大原・・・。乙羽の苦し紛れの反撃が、たまたまサミングとなって大原の右目に命中したのだ。もちろん致命傷には程遠いが、それでもこの奇襲によって乙羽は戒めから一時でも逃れることが出来た。

「?!・・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・早く立たないと・・・・」

痛みと戦いながら懸命に反撃に向けて立ち上がろうとしていた。すがりつくようにロープを掴み、何とか立ち上がり大原を見据える乙羽。大原も手で目を拭いながら乙羽の反撃に怒りの炎を燃やしていた。

「痛っぅ・・・・あのチビ!ぶっ殺してやる!」

大原は膝を突いたままの乙羽の髪を掴み、無理矢理立ち上がらせていった。そして乙羽の腕を首の後ろに回し、ブレンバスターの態勢に入った。そのまま引っこ抜くように乙羽の身体を軽々と垂直に持ち上げていく。

「あぁん!・・・・アァ・・・・・」

垂直のまま・・5秒・・・10秒・・・20秒。晒し者のまま処刑執行を待つ乙羽。息を呑む会場。そして30秒にもなろうとした瞬間大原の身体が弧を描き、乙羽の身体が加速をつけてマットに叩きつけられていった。

ズダアァァァァ・・・・ン!!

「はぐっ!」

小柄な乙羽の身体が2度3度とバウンドし、リング中央に大の字となった。失神したのか目を閉じピクリともしない乙羽・・・。河村達も盟友の凄絶な最期に言葉を失う。

「・・・・・・・乙羽ちゃん・・・」

辛うじてひかるがポツリと呟く。

「さあ、仕上げといくか・・・」

大原は気を失った乙羽に更に襲い掛かろうとしていた。

「もうやめてぇぇぇぇぇェェェェ!!」

空美の絶叫がリングに哀願となって響き渡る。しかし構わず大原は乙羽を完全に破壊しようと倒れている乙羽の首を喉輪で掴み掛ろうとしていた・・・が、その瞬間乙羽の両脚が大原の右腕と首に絡みついた。

「な、何ぃ!?・・・ぐはぁっ!」

三角絞めが完璧に大原の腕・首に喰い込んでいた。乙羽の逆転のサブミッションに苦悶の声を上げる大原。

「んわぁぁぁ・・・・!!」

極めている乙羽も目は虚ろに半開きのまま、そして何かを呟いていた。

「・・・負けたくない・・・負けたくない・・・こんな人に負けたくないよォ・・・・」

どうやら意識のないまま絞め続けている乙羽の様子に気付いた観客達は驚きと共に乙羽コールを叫び始めた。

「オ!トッ!ハッ!・・オ・ト・ハ!!・・オッ!トッ!ハッ!!・・」

徐々に鬱血し紫に変色してゆく大原の顔。いよいよ落ちるかと思った瞬間、大原が信じられないパワーを発揮した。

(乙羽、乙羽って、あたしはコイツの引き立て役はもう嫌なんだよぉー!)

観衆の乙羽コールが皮肉にも、かつて自分を追い抜いていった後輩へのジェラシーとなって信じられないパワーを呼び起こした。

「こぉの野郎ォォォォォ!!・・・ナァメるなあぁァァァァァァ!!」

大原は気合と共に三角絞めを極められたまま乙羽を頭上にまで抱え上げていったのだ。そして、そのまま助走をつけ乙羽を高角度パワーボムの要領でマットに頭から叩きつけていった。

ダアァァァ・・・ン!!

「がふっ!・・・はうっ・・・」

そのままコーナーマットを滑り落ちてゆくように崩れ落ちてゆく乙羽。最後の執念の反撃も返され、残された心までも折れてしまったのか、だらりとコーナーにもたれかかったままズルズルと尻餅をついてゆく・・・。乙羽の口元からは鮮血があふれ出し、その肢体はピクリともしない

カン!カン!カァァァァ・・・・ン!!

その瞬間、これ以上の続行は生命に係わるとして本部席からの要請によりゴングが打ち鳴らされた。しかし、まだ納まらないのか大原が気を失ったままの乙羽に襲い掛かっていった。

「フン!手こずらせやがって・・・・その水着を剥ぎ取って、もう2度と可愛い子ぶれねぇようにしてやるよ・・・」

乙羽の肉体を破壊するだけでは飽き足らず、心まで潰そうと水着に手を掛けた瞬間・・・!慌てて救出にリングインしようとするひかる達・・・。しかしそれよりも一瞬早く、別の一陣の風がマットに舞い降りた。

ダアァァ・・・ン!!

水色のワンピースの水着を着たその小柄な少女が華麗なドロップキックで大原を弾き飛ばした。

「あ、あれは!?」

「由依ちゃん!?・・・」

そう・・・かつて、森友さやかと『原宿系女子プロレス』で共演し今やクジテレビビジュアルクィーンでもある市川由依が乙羽の救援に入ったのだ。突然の5人目の登場に沸き返る会場。

「痛えぇッ・・・何だ?このガキ!」

「もう試合は終わってんのよ!・・・連合軍の5人目はあたしよ!・・・あたしがアンタの相手をしてやる!」

突然のドロップキックに尻餅をつきながら目を見開き鬼の形相で由依を睨む大原・・・。その大原を視線で牽制しながら、由依がひかる達に声を上げる。

「さあ!早く乙羽さんを降ろしてください!・・・さやかちゃんから事情は聞いてます!コイツはあたしが潰しますッ!」

由依の言葉に憎悪の瞳を燃やす大原・・・。

「大きく出たなぁ・・・『あたしを潰す』だってぇ〜?!・・・お前に芸能界の厳しさを教えてやるよ、身をもってな!」

この2人の睨み合いによって、いささか間の抜けたタイミングでリングアナのコールが入った・・。

「ただいまの試合、26分43秒、大原さおりのTKO勝ちによるイエロージャブチームの1人抜き!続きまして、このままイエロージャブ先鋒大原さおり対連合チーム、次鋒市川由依による第二試合を行います!」

カアァァァ・・・・・・・・ン!

リングアナのコールと共に対抗戦第二試合のゴングが打ち鳴らされていった。





イエロー大戦 第二話

 

乙羽の健闘空しく、イエロージャブチームの1勝目で幕を開けた対抗戦の第2戦目、連合チームの2人目の助っ人となる市川由依が水色のワンピース水着に身を包みリング上で大原さおりと対峙していた。

市川由依  16歳 158cm B83W55H80

大原さおり 26歳 164cm B95W58H88

年齢、体格、キャリア全てに優位に立つ大原だが、勝ったとはいえ乙羽の粘りにより思わぬ長期戦を強いられ、まだタオルで汗を拭いペットボトルのスポーツドリンクを口に含んでいた。

「プッハァァァ・・・ッ!・・・・ふん、クジテレビ・ビジュアルクィーン様のお出ましかよ、気に入らねえな!」

大原がボトルとタオルを投げ捨て、若い由依に余裕を見せつけるようにコーナーで屈伸を始め、呼吸を整えていた。それに焦れたようにステップを踏むように距離を詰める由依・・・。

「何やってんの?・・・バテたおばさんを休ませてやるほど、あたしはやさしくはないんだよ!」

急にスピードを上げコーナーの大原に突っ込んでゆく由依・・・。

「ケッ!馬鹿が・・・・・お前も病院送りにしてやるよ!」

大原も足を振り上げカウンターのキックで迎え撃った・・・が、その瞬間、由依の姿が大原の視界から消えた。

「な、何?!・・・・グワァッッ!」

次の瞬間には大原の身体が一回転していた。

ドラゴンスクリュー・・・由依が身を屈め、大原の足首を捕らえ捻り込んでいったのだ。致命傷こそ免れたが、膝靭帯を捻られ激痛にうずくまる大原。

「ぐぅぅぅ・・・・ちっくしょォォォォ!!」

「怪我だらけの乙羽さんを、よくも好き放題痛めつけてくれたわね!・・・・もしも乙羽さんが完全に治ってたら、アンタなんかに負けなかった!」

座り込んだままの大原を見下ろしながら言い捨てる由依・・・あえて大原・乙羽戦の序盤の攻防を再現して叩き伏せることにより、乙羽の無念を晴らそうとしたのだ。

「・・・・ゆ、由依、ちゃん・・・・」

医務室への搬送を拒み、リング下でこの試合を見つめていた乙羽も目に涙を溜め由依の心遣いに胸を打たれた。

「ぐぅぅ・・・この餓鬼ィィ!!」

怒りに震えながら大原が立ち上がり反撃に転じようとした瞬間、由依の抉るようなドロップキックが大原の大きなバストに突き刺さる。

ズダアァァァ・・・ン!!

「グハァ!・・・・痛っぅぅ!」

再び由依のドロップキックで弾き飛ばされる大原さおり。かつて森友さやかと共にプロレスのトレーニングを積んだとき、由依はそのバネを見込まれメキシコ流の空中殺法を身につけていた。軽量の由依とあって重さこそないが、跳躍力とバネがそれをカバーしていた。

「まだまだよっ!・・・・えェェェェい!」

大原がよろよろと立ち上がろうとしていた時、由依は既にロープへ走りその反動でフライング・クロスアタックを見舞う!

ビシィィィ・・・・ッ!!

「ガフッ!!・・・畜生!」

今度は大原の顔面を捉え、口の中を切る大原・・・。由依は更に反対方向のトップロープに飛び乗りスワンダイブ式のドロップキックが中腰のままの大原の後頭部に突き刺さる。

バキィィ!!

「グワァ!!・・・・はぁ、はぁ、はぁ、・・・・くそ、チョコマカと!!」

 

「チッ!何やってんだよ、あんな餓鬼に!大原の奴・・・こんなときの為にアイツを飼ってやってるっていうのに」

リング下で戦況を見つめるイエロージャブ社長・野良が舌打ちをする。そして胸ポケットから携帯を取り出し、やにわに電話を始めた。

「オイ、俺だ・・・・・打ち合わせした通りで、・・・・頼んだぞ・・・亜紀・・・」

不敵な笑みを浮かべながら通話を終え携帯をしまう野良。

「念には念を入れて、大原には2人は抜いてもらいてえからな・・。」

 

バキィィ!!

「はぁ、はぁ、はぁ、くそぉ!・・・・・・・・ペッ!」

口の中の血を吐き捨て立ち上がろうとする大原・・・。するとこれまでのヒット・アンド・アウエイから一転、由依が大原に正面から組み付いていった。

「これでも、喰らえ!」

ズダァァァン!!

超高速ブレンバスター!大原の首を捕らえ、一瞬で投げ飛ばしていった。

「グハアァァ!!・・・・・痛っぅぅぅぅ!」

腰を痛打した大原は逃げるようにリング下へと転がり落ちてゆく。そしてうずくまったまま頭を振りインターバルを取る大原を追い、由依がコーナーポスト最上段に飛び乗り、タイミングを計っていた。

(こっちは一本先に取られてるんだから、何とか早めに大原を潰して五分に戻してやる・・・)

ダメージの回復を図りながら立ち上がる大原が、こちらを向くタイミングを待ちコーナーポスト最上段からリング下へのミサイルキックを狙う由依…。

「ぐぅぅぅ・・・・あのチビ・・・」

「大原ァァァっ!!」

「?!」

声を上げ、大原にこちらを振り向かせる由依。

(今だ!)

由依が大原にミサイルキックの照準を定め、飛ぼうとしたその瞬間、突如客席から赤い光線が由依の目に飛び込んだ。客席から今回出場しなかった河村亜紀が放ったレーザーポインタの赤い光で由依の目を眩ませたのだ。

「え?!・・・・あぁ、キャアァァァ!!」

バランスを崩し大原の手前で失速し3m下のリング下へ落下する由依・・・。

バアァァァン!!

「あうっ!・・・・うぅ・・・痛ァァい・・・くぅ、汚い・・」

辛うじて受身を取った由依だが、この墜落によって大原に一気に形勢が傾いた。

「捕まえたぜ・・・このガキ!」

「あぁん、離せ!・・・・離せって言ってんでしょ!」

由依の髪を鷲?みにし場外を引き摺ってゆく大原・・・。そのまま由依を額から鉄柱に大きなモーションから叩きつけていった。

ゴスゥッ!!

「キャァ!」

「フン!捕まえちまえばこっちのモンなんだよ・・・オリャァ!・・・ソラァ!・・・おらぁ!・・・」

「あぁん!・・痛ぁい・・あうっ!・・・離せ!・・はぅ!・・」

さすがに場外乱闘では体格の差、そしてキャリアの差を見せつける大原・・・何度も由依の額を鉄柱に激突させゴツゴツと鈍い音が会場に響き渡る。

「由依ちゃん!!」

連合チームサイドから悲鳴が上がる。由依の額からはおびただしい鮮血がほとばしっていた。

「うぅぅ・・・・このぅ!」

「へへへ、さっきはよくもやってくれたよな・・・100倍にして返してやるよ!」

そう吐き捨てると大原が由依をニークラッシャーの態勢に抱え上げた。

「あうっ!・・・な、何?!」

「もうちょこまか飛び回れねえようにしてやるよ・・・オラアァァァ!!」

「キャアァァァァ・・・・・!!」

バキィィィ・・・!!

大原は由依の右膝を本部席に置いてある鋼鉄製のゴングに叩きつけた。

「んああぁぁぁ・・・・・・!!ひ、膝がぁぁ・・・・・」

膝を押さえ、もがき苦しむ由依。

「動けねえようにしてから、たっぷりと料理してやるよ!」

「はう!・・・・んぅぅ・・・・・」

大原が由依を無理矢理抱え上げ、一旦エプロンに乗せ、更に仰向けに倒れた由依の両脚を鉄柱に跨がせた。そして大原が由依の右の足首を掴み、そのまま力任せに由依の痛めた右膝を鉄柱に叩きつけていったのだ。

「そらあァァァァ!!」

ゴキィィ!!

「ンギャアァァァ・・・・・!!」

鈍い激突音と共に由依の悲鳴が会場中に響き渡る。しかし大原は膝殺しから尚も由依を解放することなく、何発も鉄柱に膝を打ち付けてゆく。

「うああぁぁっ!!・・・あぁん!・・・痛ぁぁぁいィィィ!!・・・あぁぁぁっ!」

端正な顔を鮮血に染めながらコーナーで為す術なく悲鳴を上げる16歳の少女と、嬉々として責めを繰り返す26歳の女・・・執拗な脚への責めを繰り返すと大原がようやくリング内へと戻っていった。

「うぅぅ・・・・あ、脚が・・・くぅぅ・・・・」

「フフフフ・・・その脚じゃぁ、自慢の空中殺法も、もう使えねえよな!」

大原が由依をヘッドロックに捕らえ、まだ鮮血も乾かぬ額の傷口を爪で掻き毟っていった。

「んああぁぁぁ・・・・・っ!!」

傷口を爪で掻き毟られ断末魔のような悲鳴を上げる由依。よろめきながらマットに崩れ落ち四つん這いの態勢となった由依に大原が距離を取り、挑発する。

「さあ、もう立てねえか?!・・・オウ?」

目に入る血を手で拭いながら、懸命に立ち上がる由依・・・。

「くぅぅ・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」(このまま負けちゃったら、あたしが来た意味がない・・・絶対に負けられない!)

だが、ふらふらと気力で立ち上がった由依に大原が猛ダッシュで飛び込んできた。

「そりゃあぁぁぁ・・・・・・!!」

バキィィ!!ズダァァァ・・・ン!!

「あぐゥ!!」

ウエスタンラリアート!!巻き込むような一撃で一回転しながらマットに叩きつけられる由依・・・。

「うぅぅ・・・・はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・」

仰向けのまま苦しげな吐息を漏らす由依に大原が跨るように腰を下ろし、その細い首に掌を掛けた。そして徐々に絞り込むように首を絞め始めていった。

「へへへ・・・苦しいかよ?!・・・・さあギブアップしな!」

「・・・んぐぅぅ・・・・ぁぁ・・・・ぅぅ・・・・」

口をパクパクさせながら、呼吸を貪る由依・・・しかし、それを弄ぶように大原の親指が由依の咽喉へと喰い込んでゆく。

「んぁぁ・・・・・ぅぅぅ・・・・・・・ぅ・・・・・」

「どうした?まだお仕置きが足らねえのかよ!?」

大原は由依の首に手を掛けたまま一気に引っこ抜くように吊り上げていった。

ネックハンギングツリー!・・・人間絞首刑に晒し者にされる血まみれの16歳の美少女の姿に息を呑むミックスファイトカフェの観客達。

「さあ、タップしろよ!・・・おらァァ!!」

「・・・・うぅぅ・・・・・・・・ぁぁ・・・・」

失神させぬように頚動脈ではなく咽喉に指を喰い込ませてゆき、あくまでギブアップを迫る大原。口から血の混じった泡を吹き、徐々に大原の手首に掛けられた由依の両手から力が抜けてゆき滑り落ちるように垂れ下がっていった。

「・・・・ぅぅ・・・・・くぅぅ・・・・」

「おらぁ!・・・意地張るんだったら、このまま絞め落としてやるよォォ!!」

大原の両手に更に力が入り、由依の首の骨までも軋み音を立てる。

「・・・・・・んぅぅぅ・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・」(もう・・・ダメ・・・・・)

いよいよ由依の身体が痙攣を起こし始めたとき、リング下から声が響いた。

「由依ちゃぁぁ・・・・ん!!」

乙羽が、自分を救い出し、そしてその仇を討とうとする由依に声を、そして全ての気持ちを振り絞り叫んだのだ。

「ぅぅ・・・・ぉ・・・と・・・は、さん・・・?」

「何だぁ?・・・この死に損ないがァ!!」

「くぅぅ・・・・・・」

虚ろな瞳に僅かだが光が蘇る。そして、由依は痛めた右足を大原の95cmのバストに掛け、それを足掛かりにして一気にもう片方の足で大原の顔面を踏み抜いた。

バキィィィ・・・・・ッ!!

「ぐわあぁ・・・っ!!」

半死人と思えた由依の痛打に倒れ込む大原。だが由依もダメージからか、立ち上がれずに仰向けにダウンしたままであった。

「げほっ!げほっ!げほっ!・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

「この餓鬼ィ!・・・ぶっ殺す!!」

鼻骨が折れたのか、鼻血を滴らせ由依に鬼の形相で襲い掛かる大原・・・。由依に覆い被さり顔面に大振りのパンチを見舞おうとした瞬間由依の両脚が振り下ろされた右腕に絡みついていった。

「何?!」

三角絞め!・・・前試合の乙羽と同様の戦法で大原に挑む由依。もはや飛び技を使えない由依にとって他に手はないと思われた。

「うぅぅ・・・うわぁァァァァ!!」

「この餓鬼が・・・あたしには、そんなの効かねえんだよ!!」

又しても乙羽同様、三角絞めのまま由依を高々と持ち上げる大原。

「おりゃあぁぁぁぁ!!・・・また叩きつけてやるよ!!」

乙羽よりも軽量の由依とあって更に一層高々と抱え上げ、観客に向かってアピールする大原・・・しかし、その瞬間由依の身体が大原の腕を掴んだまま弓なりに反っていった。

「うわああぁァァァァァ・・・・・ッ!!」

ズダアァァァ・・・・・・ン!!

「ぎゃあぁぁっ!!痛てえぇぇぇぇ!!」

三角絞めからのフランケンシュタイナー!!腕の靭帯を一気に伸ばされ、更に受身を取れずに頭と右肩を強打しダウンする大原。だが大原は肩を押さえながらも立ち上がり由依に襲い掛かろうとしていた。

「ぐぅぅ・・・・こいつ、2人抜いたらあたしにレギュラーがもらえるんだ・・・こいつさえ潰せばぁ!!」

左のラリアートを狙う大原・・・そして立ち上がる由依。

「ウオォォォォォォ・・・・ッ!!」

「・・・くっ!」

突進する大原!間一髪かわす由依・・・空振りで態勢を崩す大原の背後に回り込んだ由依が大原の背にまたがり、両手首を捕らえた。

「ぐわっ!!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・あたしが覚えたのは飛び技だけじゃないのよ!!」

バキィィィィ・・・・・・・ッ!!

「ギャアァァァァ・・・・・!!」

手首を極めた両腕を一気に前へと押し出し、大原の両腕から鈍い音が響く!

パロ・スペシャル!!由依の意外な隠し技に両腕を潰される大原・・・・。大原が気を失い前のめりに倒れ込むと由依も技を解き、ゆっくりと腕を突き上げた。

この瞬間、連合チームの1人抜きが決定した。リング下に駆け寄るひかる、美来、空美。そしてよろめきながら乙羽も由依の元にやってきた。

「由依ちゃん!」

「これでやっと1対1のイーブンですね!」

血まみれになった額の傷を水で洗いタオルを巻きつける由依。

「もういい、充分よ・・・あとはあたし達で・・・」

「うぅん、やらせてください!力が残ってるうちはココから降りません!」

「ダメよ!由依ちゃん、もう脚が・・・」

連合チームがやり取りをする中、本部席からリングアナの正式なコールが告げられた。

「ただいまの試合、18分59秒、大原さおり選手両肩脱臼のため試合続行不可能となりましたので市川由依選手KO勝ちとなり連合チームが1人抜きとなります!続きまして、連合チームこのまま市川由依選手に対しましてイエロージャブチームの次鋒根元はるみ選手の試合を行います!!」

歓声の中、B103cmのイエロージャブ1の巨乳を揺らせながら根元はるみが花道を入場してこようとしていた。



イエロー大戦第3話

爆音のようなロックの入場曲と目も眩むようなライトアップの中、イエロージャブの次鋒・根元はるみがゆっくりと花道を歩いてきた。リングコスチュームは例によってレモンイエローのワンピース水着だが、胸元のカットが深く切り込まれ、103cm・Iカップのバストがより強調されている。

「フフフ、手負いのチビじゃ相手に不足が大アリだけど・・・・まぁ遊ばせてもらうわ・・」

不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりとリングインするはるみ。

「次はあいつね・・・・くっ!」

「大丈夫?・・・無理しないで!」

苦痛に顔を歪める由依をひかるが気遣う。

「はい!」

由依は気丈に笑みを浮かべながら、膝にコールドスプレーを一本丸々を掛けると、コーナーからリング中央へと歩み寄っていった。

「さあ、たっぷりと可愛がってあげるわよ・・・貧相なお嬢ちゃん?」

「舐めないで!」

見上げながら視線を戦わせる二人・・・。由依もバスト83cmの美乳アイドルとして知られているが、はるみは103cm・・・由依を上回ること20cmと、リング下から見ても身体の厚み、体格差が歴然としていた。しかも由依は先ほどの試合での疲れと膝へのダメージが色濃く残っている。だが、傷ついた少女に容赦することなく次なる死闘へのゴングが打ち鳴らされた。

カアァァァァ・・・・・・ン!!

「さあどうやって料理してやろうか・・・フフフ」

圧倒的優位に立ち、笑みを浮かべながら距離を詰めるはるみ。

「くっ・・・・・・」

脚を引き摺りながらも、距離を取ろうとする由依・・・しかしはるみが外見に似合わぬスピードで、タックルで飛び込んできた。

「うりゃあぁぁぁ・・・・・っ!!」

「きゃぁっ!・・・・あぐっ!」

ズダァァァァ・・・・ン!!

はるみのスピアーが由依を捕らえ、その華奢な肢体は大きく後ろに吹っ飛んだ。本来の由依ならかわせない攻めではないが、立っているのがやっとの由依にはあまりに強烈な技となって襲い掛かってきた。勢いが付き過ぎ、コーナーに首筋から叩きつけられたものの、そのコーナーが支えとなりダウンは免れたが、はるみのラッシングパワーはまだ留まることはなかった。

「うぅぅぅ・・・・・・」

首筋を打ちつけられ朦朧とする由依を、そのまま肩口に担ぎ上げていき更に片手で由依の手首を、もう片方の手で足首を掴み固定した。

「さあ、喰らいな!・・・・そらよっと!!」

ズダアァァァァ・・・ン!!

「んぐぅ!!・・・んあぁぁぁ・・・・」

水車落とし!!根元の体重と反りの勢いが由依の小さな身体を押し潰した。

「ほぉら、寝てんじゃねえよ・・・・お前らも、よぉく見てろよ!!」

仰向けのまま、わずかに息を喘がせながら倒れこむ由依の髪を掴むと見せしめとばかりにはるみは、ひかる達連合チームにアピールしながらうつ伏せに返した由依のウエストに手を回し大きく抱え上げていった。

「はうっ!・・・・」

「おらぁ!!」

パワーボムで大きく抱え上げ、更にそのまま助走をつけて由依をマットに叩きつけた。

ダアァァァ・・・・ン!!

「はうっ!・・・・・ぁぁぁ・・・・・」

息も出来ずに、身体を震わせリング中央に大の字になる由依・・・目も虚ろな少女に、今の彼女にとって一番惨い責めが襲い掛かる。

「このまま10カウントなんて、ヌルイことはしないよ・・・ウチらに楯突いたことを骨の底から後悔させてやる!!」

そう言いながらはるみは、投げ技で抵抗する力を奪った由依の脚を取り、四の字固めを極めていった。

ビキィィィィ!!

「んぎゃあァァァァァ・・・・!!痛あぁぁぁいィィィィ!!」

由依の細い足がはるみの四の字にしなり、傷ついた関節、腱が悲鳴を上げる。リング下のひかる達も身を乗り出した。

「もういいっ!・・・・もういいから、ギブアップして!」

ひかるの絶叫が場内にこだまする・・・が、はるみはその哀願をあざ笑うかのように更に力を込める。

「おい・・・ああ言ってくれてることだし、許してやってもいいんだぜ!」

そう言いながらも、はるみは腰を浮かせ更に脚の締めを強めていった。

「うわあぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・っ!!」

「ほぉら、このままだと折れちまうかもな・・・こう言えば許してやるよ、『逆らってすみませんでした、あたしはイエロージャブの一新人として心を入れ替えて出直します』ってな!」

地獄の苦痛に苛まれる由依に屈服を強いるはるみ。この状況、そして今の由依とはるみの体力差を思うと勝つ確率は零に等しいといっていい・・・それゆえ、もし今由依が屈服を口にしたとしても誰も非難することはないだろう。ひかるでさえも、そう心に言い聞かせていた。

「もういいよ・・・由依ちゃん・・・・・」

涙を流しながら惨い責めに耐える仲間に訴えるひかる。

「ほぉら、お前の大将もああ言ってんだよ・・・言っちゃいな!!」

又も身体を浮かせ、脚を締め付けるはるみ・・・・・が、しかしここで由依は信じられない逆襲に出た。

「うわあぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・っ!!」

激痛に叫びながら、由依ははるみが腰を浮かせた瞬間にタイミングを合わせ、一気に四の字を裏返らせたのだ。

「ぶぎゃあァァァァァ!!」

由依の絶叫が、先ほどまでの攻め手はるみの絶叫へ変わった。今度は由依が腕立て伏せの態勢で、はるみの脚を締め上げていった。もちろん、その締め付けは由依にも激痛を伴うが、その痛みに耐え自らも絶叫しながら由依は、はるみの脚を締め上げていった。

「んああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・っ!!」

「んぐうぅぅぅ・・・・っ!痛てててててぇ!!」

お互いの脚がガッチリと喰い込み合い、苦悶する2人・・・。しばしの均衡の後、はるみが体格・体力の差でもう一度四の字を引っくり返していこうと、身体を捻っていった。

「オリャアァァァ・・・・・ッ!!」

「ああぁぁ・・・ん!!」

しかし由依も、その回転に合わせ身体を捻ってゆき、その勢いで2人はリング下へと落下していった。

ズダアァァァ・・・ン!!

落下の衝撃で、四の字が解けた2人だが、互いにダメージのため起き上がることも出来ず、うずくまっていた。

「うぅぅぅ・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

「くそっ!・・・痛てぇ!・・・・・」

戦況を息を呑み、見つめる観客とイエロー、連合チームの両陣営・・・。先に起き上がろうとしたのは意外にも、ダメージの深い由依の方だった。言うことを聞かない脚に鞭打ちエプロンに手を掛け、よろよろと立ち上がり先にリングへと戻ろうとしていた・・・が、その時、突然乱入者が襲い掛かった。

「きゃあぁぁぁっ!」

由依の大きく開いた水着の背中に、竹刀にグルグル巻きにされた有刺鉄線が喰い込んだ。乱入者は上下黒いジャージに黒のキャップを被り、体格は由依と変わらないくらいの小柄な女であったが女は無言のまま、更に容赦なく由依の柔肌を切り裂くように、有刺鉄線竹刀を打ち据えてゆく。

「はうっ!・・・痛あぁぁいぃぃ!・・・あうっ!」

エプロンにうつ伏せのまま、いたぶられる由依。その間にはるみも蘇生し、由依を羽交い絞めに捕まえ乱入者へと差し出していった。

「・・・ぁぁぁ・・・・・・・・・・・」

「さあ、その可愛らしい胸もズタズタにしてやるわ!」

乱入者が、初めて声を発すると共にキャップを脱ぎ捨て、素顔をさらけ出した。

河村亜紀・・・である。先ほどの試合でもサポートとして暗躍していた河村亜紀が、その姿を現した。嬲るように有刺鉄線竹刀を由依の眼前でちらつかせると、その先端を由依の鳩尾に突き刺していった。

「んぐぅっ!・・・・んうぅぅ・・・・・」

はるみの羽交い絞めの腕の中、赤い涎を垂らしながら、口をパクパクさせながら空気を貪る由依。

「由依ちゃぁぁ・・・ん!!」

ひかるや空美達が、救援に入ろうとした瞬間、野良社長率いるイエロージャブ軍団の小池暎子、佐藤恵理子やその他セコンド陣がそれを遮った。当然それを押しのけ救援に向かおうとするが、イエローの多勢の前に押し返されてしまう。

「卑怯よ!・・・乱入なんて反則負けでしょ!」

人垣に押されながらも、野良社長に詰め寄るひかる達。しかし、それに臆することなく野良社長が言い捨てた。

「乱入?・・・知らんな、ただ興奮した観客のひとりが手を出しただけじゃねえのか?!」

「何・・・バカ言わないでよ、手ぇ出してんのアンタんとこのタレントじゃないの!」

その言葉を聞いた瞬間、野良社長は待ってましたとばかりに、言い放った。

「んん?あいつか・・・河村は、もう解雇しててな・・・・ウチとはもう何の関係もねえんだよ!なあ、小池?」

「ああ、そういうこった!」

「き、汚い・・・由依ちゃぁぁぁ・・・・ん!!」

たった1人で2人がかりの凶器責めを受ける由依にひかるの悲痛な声が響く・・・しかし、為す術なく薄い水着の生地ごと乳房を斬られ、嬲られる由依・・・。

「ああぁぁぁん!!・・・・痛あぁぁい!・・・いやあぁぁぁ・・・・っ!」

「フン・・・あたしが解雇までされて干されてる間にアンタは16歳でビジュアルクィーン?気に入らねえんだよ!」

「ねえ、亜紀・・・こいつギブアップする気ないみたいだからさぁ・・・顔潰しちゃおか?」

「ああ、いいねぇ・・・・もう二度とTVなんかに出れねえように一生モンの傷残してやるよ!・・・はるみ、顔を上に向けな!」

「あいよ!」

ぐったりとうなだれた由依の髪を掴むと、はるみは顔を上向かせた。

「・・・ぁぁ・・・・ぃゃ・・・・」

「よぉし・・・いくぞぉぉぉぉぉぉ!!」

「やめてぇぇぇぇぇぇ・・・・・!!」

ひかるの絶叫の中、亜紀が由依に有刺鉄線竹刀を振りかぶった・・・・が、それが由依に振り下ろされることはなかった。背後から現れた一人の女が竹刀の先を掴み、凶行を止めていたのだ。

「な、何だぁ〜!?」

亜紀が、やや間の抜けたリアクションで振り返ると、茶髪にサングラス・・・年の頃なら30前後といった女が有刺鉄線の絡みついた竹刀の先をたじろぎもせず握り締め、睨みつけていた。

「おい・・・いいかげんにしな!」

「な、何だぁ?・・お前、誰だよ?!・・オバサンは引っ込んでな!」

突然現われた女の迫力に気圧されながらも、毒づく亜紀・・・。しかし次の瞬間、女は竹刀をいとも簡単に奪い取ると、エルボーを亜紀のこめかみに打ち込んでいった。

バキィィィィ・・・・ッ!!

「ぶぎゃぁ・・・・!!」

「フン!・・・こいつはアンタみたいなチンピラがおもちゃにしていいもんじゃねえんだよ!」

女は亜紀から取り上げた有刺鉄線竹刀を忌々しげに床に叩きつけ踏み潰した。その足元で亜紀は白目を剥き、仰向けに倒れ込んでいる。そして、女はサングラスをはずし、その素顔が晒された。

「あ、あれは?」

「不動めぐみ・・・さん?」

そう、かつてインディーズ団体FNWで邪道姫と呼ばれた伝説の女子レスラーであり、“原宿系女子プロレス”では、市川由依や森友さやか等のコーチでもあった不動めぐみであった。彼女の突然の登場に騒然となる場内・・・。そして、野良社長も慌てふためきながらも、不動に詰め寄った。

「おい!貴様・・・、一体どういうつもりだ?!」

「あぁ?・・・どういうって、あたしもただの乱入者さ・・・・こいつ同様ね!」

そう言いながら、不動は倒れたままの亜紀をコンと足で蹴ってみせた。

「だから、あたしもこれ以上は手は出さないよ!・・・・もちろんオッサンもそうだよな!」

そう言って野良社長にガンを飛ばすと、今度は由依とはるみに向かって言い放っていった。

「・・・・・あとは、2人でカタをつけな!」

「・・・・・」

無言で頷く由依・・・そしてはるみもニヤリと微笑んだ。

「フン、望むところだよ!」

はるみ、そして由依とリング内へと戻っていったが、明らかに由依の動きが鈍い。

「くぅ・・・・・・」(こんな奴に負けてたまるか!)

自らに気合を入れ、何とか立ち上がるが、そこへ待ってましたとはるみが飛び込んできた。

「ウラアァァァ・・・・・・ッ!!」

バキィィ・・・ッ!!

「はうっ!」

アックスボンバー!・・・はるみの繰り出した斧爆弾が由依の顔面を捉え、マットへと再び叩き伏せた。リング中央にダウンした由依へ、はるみの猛攻は続けられた。

「さあ、立ちな!!・・・お前がギブアップしねえ以上完全KOさせてもらうからな!」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・あうっ!」

「オラアァァ・・・ッ!!」

「きゃっ!」

はるみは由依の両腕をリバースフルネルソンに極め、気合と共に一気に垂直にまで抱え上げていき、そして前へと体を浴びせ由依の顔面をマットへと押し潰していった。

ズダアァァァァ・・・・・ン!!

ペディグリー!・・・はるみの103cm・Iカップの胸が凶器となって、由依の華奢な肢体を顔面からマットへめり込ませていった。わずかに痙攣を起こすだけで、完全に倒れ込んだ由依・・・・・。しかしはるみは由依にとどめを刺すべく、うつ伏せに倒れた由依を再び抱え起こしていった。

「・・・ぁぁぅ・・・・・・・?」

「さあ、これでフィニッシュだ!」

そう吐き捨てると、はるみが由依を思い切りマットへボディスラムで仰向けに叩きつけた。

「こいつで決めてやる!」

セカンドロープに上り、拳を構えるはるみ・・・仰向けにされた由依に待っていたとどめの責めは、内臓潰しのフィスト・ドロップであった。

「くっ・・・・あぁ・・・・・・・」

「オラァ!喰らえ!」

ジャンプしたはるみが落下の勢いで加速した拳を由依の鳩尾へ突き刺した・・・と思われた瞬間、はるみがのけぞって倒れ込んだ。

「ぎゃぁっ!・・・・痛でででっ!ヂッグジョォォォォーッ!」

はるみの鼻から鮮血が滴り落ちていた。その傍で、額に手を当てながらも半身を起こしている由依の姿があった。

「痛っ!・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・」

はるみが飛び込んできた瞬間、由依はかわすことなく向かっていった・・・倒れ込んだままではなく、立ち上がろうとした由依の闘志がカウンターのヘッドバットとなって襲い来るはるみを打ち落としたのだ。策でも技でもなく、ただかつて不動めぐみから教わった「逃げない、くじけない、あきらめない心」が突き動かした無意識の力が、そして最高の攻めとなったのだ。

「グゾォォォっ!」

鼻骨が折れたか、鼻血の止まらないはるみがうつ伏せのまま、身を起こそうとした瞬間、由依がその片足を掴んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」(もう・・・もう、これしかない!)

「ぐぞ、離ぜぇぇ!・・・・・この!」

脚をばたつかせるはるみだが、由依は手を離さずに自らの傷ついた右足を軸にうつ伏せのままのはるみの左足を凄まじいスピードで巻き込んだ。

バキィィィ・・・・ッ!!

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・っ!!」

「あぁぁぁぁぁ・・・・・・・・っ!!」

リバース・スピニング・トーホールド!・・・うつ伏せて捻られた状態の足首を、更にテコの原理で高速に回転させる荒技。わずか一回転ではるみの足首、そしてそれを高速で叩きつけられた由依の右膝をも完全に破壊していった。

「うぅぅぅ・・・・・・・・」

両者ともにもはや戦うどころか立つことも出来ず、リング内で倒れ込んでいる状況の中、ミックスファイトカフェ・本部席の指示により試合終了のゴングが打ち鳴らされた。

カン!カン!カァァァ・・・・・・・・・ン!!

ゴングと同時にひかる、美来、空美がリングへと入り、由依を抱き起こした。

「大丈夫?・・・・ありがとう・・・由依ちゃん!」

「・・・これで・・・・これで2対2の五分ですね・・・ひかるさん!」

「・・・・・」

泣きながら、無言でうなずくひかる達・・・。そして由依を脚に負担がかからないようにそっと担架に乗せ、リング下へと下ろした。そこでは乙羽が由依の手を握り締め、やはり泣いていた。

「ごめんね・・・・あたしが弱いから・・・由依ちゃんに無理させちゃって・・・ごめんね」

由依は手を握り返すと、首を振った。

「うぅん・・・あたし、無理なんかしてない・・・頑張っただけ・・・乙羽さんと、おんなじだよ・・・・」

そう言った由依は、静かに微笑んだ。

「ありがとう・・・・由依ちゃん・・・・・・・・」

由依、そしてはるみの退場が済んだと、本部席より正式なコールがなされた。

「ただいまの試合、市川由依、根元はるみ両選手共に試合続行不可能と判断致しまして、24分33秒、両者ノックアウトのドローと致します!」

場内の歓声の中、野良社長の舌打ちが鳴った。

「チッ!・・・まさか五分に持ち込まれるとはな!」

明らかに機嫌を悪くする野良社長をなだめるように、小池瑛子がささやいた。

「イイじゃん・・・この方が盛り上がってさぁ・・・フフ、いざとなったらアタシひとりでも5人抜き出来たのを、こうやって盛り上げてくれてんだから」

「まあ、そうなんだが・・・まあいい、次だ、次!」

野良社長の催促に合わせるように、次の3番手・中堅同士の試合がコールされていた。

「続きましてイエロージャブチーム、矢幡えつこ選手、連合チーム羽川空美選手の試合を行います!・・・両者、リングへ!!」

 

「空美ちゃん!・・・お願い!」

美来が空美の肩をポンと叩いた。何とか、2人で大将・小池瑛子まで3人を倒して、傷を負ったひかるまで回さない!・・・美来と空美は互いに誓い合った。


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