〜 巨乳アイドル・桃子の聖戦 〜



 桃子は、とあるテレビ局のスタジオ内に設置されたリングの真ん中で仰向けに倒れ、苦しそうに顔を歪めて、はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。

 そのそばで、妖しい笑みを浮かべて桃子を見下ろしていた紗貴は、おもむろに桃子のお腹の上にどっかりと腰を下ろし、馬乗りになったまま、リングコスチュームになっているピンク色のトップスの上から、桃子の大きな乳房を両手で鷲掴みにし、ぎゅうっと握り締めた。

「きゃぁぁぁっ!!」

 桃子は金切り声を上げ、あわてて紗貴の手を払いのけた。そして、必死に身体を捩って半身になり、両腕で固く胸を覆って、横目に紗貴の顔を睨みつけた。


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 イベントコンパニオンのアルバイトを一年ほど続けていた水島紗貴は、大人っぽい魅力に満ちた容貌と、見るからに健康的なボディを買われて大手のプロダクションにスカウトされ、芸能界入りした。

 デビューしてからしばらくの間、紗貴はグラビアの仕事をこなしながら、ある深夜番組のカバーガールを務めていたが、あるとき、この局で放映しているバラエティ番組の月一企画から声をかけられ、紗貴は初めてゴールデンタイムのバラエティ番組に出演することになった。

 この企画は、番組のレギュラー陣の中の、ある男性タレントが女子プロレスラーに扮し、若手のアイドルやグラビア系の女性タレントと試合形式で闘うという形をとっていて、基本的には、女の子側は全力でかかってきて構わないという決めになっていた。通常はその男性タレントが女の子側のレベルに合わせて五〜七分程度で終わるように試合時間の調整をしながら女の子の相手をして、最後は女の子をやっつけて試合終了となる筋書きになっていたのだが、紗貴はこの収録で十五分近くも熱戦を繰り広げ、途中から本気で闘い始めた相手の男性タレントから、ついにギブアップを奪ってしまった。そして、この模様が放映されたことで紗貴は一気にブレイクし、グラビア系人気タレントの仲間入りを果たした。


 二年後、相変わらずレギュラー番組は抱えているものの、紗貴の人気はやや下火になっていた。しかし、二十五歳の裸身を惜しげもなく晒したヌード写真集が出版されて、これが大ヒット作になると、紗貴は再び世間の注目を集めることになった。

 この頃、アイドルプロレスはややマンネリ化しており、コーナーの消滅、若しくは、内容を一新する必要に迫られていた。そこで、今までの男性タレントをこの企画から降板させ、それに代えて、強さをイメージできるグラビア系女性タレントを『イジメ役』に据えてみてはどうかという話になった。

 過去に男性タレントを破ったことがあるという実績や、写真集の過激な内容の印象を買われ、この『イジメ役』にと、紗貴に白羽の矢が立てられた。紗貴はこれを受け、役どころを変えて、再びアイドルプロレスのリングに上がることになった。

 もともとSっ気の強かった紗貴は、この『イジメ役』を迫力満点に演じ、企画側の意図通りに、相手の若手アイドルたちを容赦なく攻め、派手なフォールやギブアップを奪っていった。紗貴を『イジメ役』に据えた企画変更は大当たりして再び人気を獲得し、アイドルプロレスは、番組の中のお色気コーナーとして、非常に重要な位置を占めるに至っていた。


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 数名のアイドル系タレントを抱える程度の小さな事務所に所属している綾瀬桃子は、そのあどけない顔とは不釣合いの、スイカともメロンとも形容できるような、丸い大きな乳房が売りの巨乳アイドルだった。世は巨乳ブームということもあり、グラビアの仕事の方ではそれなりの売れっ娘になっていた桃子だったが、あまりにも大きな乳房の存在が目立ってしまうためか、テレビの出演は、お色気担当として深夜の短いスポット番組からたまに話が来る程度だった。それでも桃子は、「私の一番の魅力はこのおっぱいだから」と割り切り、持ち前の明るさで、連日笑顔で仕事をこなしていた。

 元来太りやすい体質だった桃子は、肥満予防にもなるだろうということで、事務所にスカウトされる一年半前に、高校生の時から興味を持っていたボクシングエクササイズを始めた。

 桃子がグラビアアイドルとしてデビューしてから一年ほど経った頃、事務所は桃子の二本目のイメージビデオのリリースを検討していた。普段から桃子がボクシングエクササイズをしていることに注目した企画担当者は、桃子の見た目のイメージとのミスマッチを狙って、ボクシングエクササイズのシーンをビデオのワンカットに使ってみてはどうかと案を出した。この案は採用されることになり、普段桃子が利用しているボクシングジムで撮影が行われた。

 このビデオが世に出て間もなく、露出度高めのコスチュームを纏い、大きな乳房をぶるんぶるん揺らしながらサンドバッグを叩く桃子の姿がアイドルプロレス制作担当者の目に留まり、彼は桃子の事務所にアイドルプロレスへの出演を打診することにした。

 自分の役どころがどんなものなのかを知った桃子は少し二の足を踏んだが、相手役の紗貴が所属している大手プロダクションと、桃子の事務所の間に交流があるということもあり、事務所は「ゴールデンタイムのバラエティに出るチャンスだから」と桃子を説得し、最終的に桃子から出演OKを取り付けた。

 一度出演をOKしてしまうと、桃子も、「せっかくゴールデンタイムのバラエティに出るんだから」ということで大いに張り切り、過去のこのコーナーの映像や、女子プロレスのビデオなどを見て、どうしたら見栄えのいい動きができるのか、どうしたら自分をアピールできるのか、などを自分なりに研究するようになった。


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 桃子が出演するアイドルプロレス収録の当日、一緒に局入りしたマネージャーと離れて一人でいるとき、桃子は、局の廊下で、桃子が密かに恋心を寄せているある若い俳優と、これから一緒に仕事をすることになる紗貴とが、並んで歩いているところに出くわした。

 今までこの俳優を生で見たことがなかったこともあり、桃子の喜びはひとしおだった。少しでもお話をしてみたい、と思ったが、その俳優は一緒に歩いている紗貴とのおしゃべりに夢中で、だんだん桃子の方に近づいてきたものの、なかなか桃子に気付いた素振りを見せなかった。意中の俳優と仲睦まじそうに会話を続ける紗貴に、桃子は強い嫉妬を覚えた。

 二人が桃子のすぐそばまでやって来たので、桃子は紗貴に対する嫉妬心を表には出さずに、二人に挨拶をした。それでも、生で、しかも間近でその俳優と出会ったというせいもあり、桃子は少し舞い上がってしまっていたらしく、この俳優よりも芸能界では格上である紗貴への挨拶が、知らず知らずのうちにおろそかになってしまった。紗貴は特に桃子を咎める素振りを見せなかったが、その一方で、紗貴は、「このデカ乳娘、アイドルプロレス収録の時に、少しばかり痛い目を見せてやろうか」という衝動に駆られた。


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 そんなことがあってから二時間後、アイドルプロレスの収録が始まった。

 ピンク色のスポーツブラとスパッツのコスチュームでリングに上がった桃子は、ボクシングエクササイズを経験しているせいか、また、自分なりにプロレスを研究した成果が出たのか、動きも良く、周囲の期待よりも明らかに善戦していた。女王格の紗貴に向かっていく桃子の姿に、周りのタレントやスタッフから盛んに声援が飛び、スタジオ内は熱気に包まれた。桃子がときおり見せる、はみ出しそうになる胸の膨らみがちゃんと収まるようにブラの位置を直す仕草も、周りで見ている男性たちを狂わせた。

 紗貴に対する嫉妬心も桃子の頑張りを後押しし、桃子は必死に紗貴との闘いを続けた。しかし、体格の違いや、紗貴には男性にも伍さないだけの実力が備わっているということもあって、時間が経つに連れ、桃子は徐々に防戦一方になっていった。

 試合が始まってから十分と少しの時間が経った頃、紗貴が桃子を組み敷き、締め技に入ろうとした。このとき、運悪く、技をかけられまいとしてもがいた桃子の肘が、偶然紗貴の顔に強く当たってしまった。さらに間の悪いことに、技から逃れることに全神経を集中していた桃子は、自分の肘が紗貴の顔に当たったことに気づかなかった。

 いかにプロレスという形を取っているとは言え、芸能界、グラビア界で生きている者同士の対戦であれば、「顔への打撃は絶対にご法度」であるということは、暗黙の了解ごとだった。紗貴は形勢が有利になってからは多少手を緩めながら桃子を攻めていたが、桃子が技から逃れるために顔に肘打ちをしたと感じた紗貴は、この日二度目の非礼を受けたことに怒りを爆発させ、S女の本性を剥き出しにして桃子に襲い掛かった。

 紗貴は力任せに桃子をうつ伏せにマットに押し潰すと、桃子の首に手を回して全力でスリーパーホールドに締め上げた。そして、ギブアップ寸前でその手を緩めると、無理やり桃子を立たせてロープに振り、その反動を利用して、桃子を綺麗に投げ飛ばし、マットに叩きつけた。

 まだ呼吸が整わない桃子がリングの真ん中で仰向けに倒れていると、紗貴は桃子の上に遠慮なく馬乗りになり、目の前にある桃子の大きな乳房を両手で鷲掴みにし、渾身の力を込めて握り締めた。


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 桃子が必死に紗貴の手を振り払うと、紗貴は桃子の髪を掴んで桃子を立ち上がらせ、桃子のお腹を思い切り膝で蹴り上げた。そして紗貴は、うずくまるように倒れかけた桃子の背後に回り、桃子の腰を抱えてそのままバックドロップを放った。アイドル相手とはとても思えない荒業の連続に、スタジオ内の熱気は最高潮に達していた。

 とっさにアゴを引いて最低限の受身を取った桃子だったが、後頭部をマットに叩きつけられたダメージはあまりにも大きく、桃子はお尻を天井に向けて身体を丸めたその体勢のまま、気を失ってしまった。そして、紗貴は悠然と立ち上がり、大きな息を一つ吐き出すと、ピクリとも動かない桃子の股をがばっと広げ、桃子の太股を掴んだまま、フォールをアピールした。

 レフェリー役を務めていた、この番組のメインキャストである人気コメディアンは、冷静に頭脳をフル回転させた。…… 受け役の女の子に大きなケガがあっては一大事。すぐにドクターを。…… いや、こんなに美味しい場面を棒に振るのはあまりにも惜しい。…… これは生番組ではないし、何台もカメラが回っているはずだから、編集次第でヤバい映像はカットできる。…… それなら、この巨乳の女の子には申し訳ないが、番組を進行させてもらうことにしよう。あとは何とか回りがフォローするだろう。…… 彼は瞬時に判断を下し、レフェリーの役目を続行することにした。

「ワン、トゥー、スリー! フォール! 勝者、水島紗貴!!」

 レフェリー役のコメディアンがそうコールすると、ゴングが乱打され、試合は終わった。彼に高々と右手を差し上げられた紗貴は、何事もなかったように勝者のポーズを取った。


 桃子はほどなく意識を回復したが、リングの上に横たわったままで医師のボディチェックを受けた。結果として、桃子は一時的に失神しただけで、ケガもしていないようだし、後遺症が出ることもないだろうとの診断が下されたことで、番組の関係者はホッと胸を撫で下ろした。

 事故の可能性が回避できたことがわかると、番組関係者は、これまでにないド迫力の映像が撮れたという事実に目を向けた。紗貴が桃子の乳房を握り締めるシーンや、バックドロップを放つシーンは、『アイドルプロレス史上最高のバトル』のタイトルをつけられて、番組宣伝用のフリップに盛り込まれ、それが強く影響したのか、このバラエティ番組は過去最高の視聴率を叩き出した。中でも、紗貴と桃子の試合のシーンは、コーナー別の時間割りをすると、番組中ぶっちぎりでトップの数字だった。

「おい、昨日のアイドルプロレス見たか? 最後んとこ、完全にマジだろ、あれ。」

「おう。バッチリ録画したぜ。ゴールデンでよくあそこまで見せてくれたよな。」

「そんなにすごかったのか? 俺、見逃しちまったよ〜。頼む。ダビングしてくんねえか?」

 翌日、マニアたちの間では、あちらこちらでこんな会話がで飛び交うほどで、『水島紗貴vs綾瀬桃子』の試合は、伝説として語り継がれていくほどまでに神格化された。


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 表向きにはこの程度の騒ぎで済んでいたのだが、この件がきっかけになって、紗貴と桃子の不仲が業界内の奥深くで表面化してくると、「そのうち、水島紗貴と綾瀬桃子は、どこかで完全なガチンコ勝負をするんじゃないか」と言う声が、その界隈で上がるようになってきた。

 そんな折、あるトークバラエティ番組に、紗貴と桃子が何人かのゲストに混じって出演することになった。そして、番組収録の休憩中、二人はアイドルプロレスのこととは別の小さな糸口をきっかけに、口喧嘩を始めてしまった。散々相手の悪口を言った挙句、話が例の件に飛び火すると、二人のテンションは一気に上がり、内容もどんどんエスカレートしていった。

「紗貴さん、本気で膝蹴り入れてバックドロップかけるなんて、いくら何でもあんまりでしょう。ケガでもしたらどうするんですか。」

「あら、あれでも随分手加減したつもりよ。そもそも、私を怒らせた原因を作ったのはあなたの方でしょう? その無駄にデカい胸に手を当てて、よく考えてみることね。」

「私が何をしたっていうんですか。何よ、偉そうに。…… だいたい、脱ぐことでしか人気を保てないおばさんになんか説教されたくないわ。」

「何ですって? もう一遍言ってごらんなさい。」

「何度でも言ってあげますよ。裸にならないと生き残れない、オ・バ・サン。」

「ふーん。…… またお灸を据えてやる必要がありそうね。じゃ、もう一度、私と試合してみる?」

「ええ。もちろん受けて立つわ。あなたと本気でやれるんだったら、何だってやってやる。」

「まあ、元気がよろしいこと。でも、あまり一方的になっても楽しくないから、少しはハンディをあげましょうか。…… そう言えばあなた、デブにならないように、ボクシングを習っているんですってね。」

「理由なんて、どうでもいいじゃない。…… そうよ。ボクシングエクササイズやってるわよ。それが何だって言うの?」

「それなら、ボクシングで試合というのはどう?…… どうせだから、上半身ぐらいは裸でやりましょうよ。私、あなたの剥き出しのおっぱいを、力一杯殴ってやりたいの。うちの事務所で手を回せば、部外者以外立ち入り禁止のリングなんて簡単にセッティングできるでしょう。…… 防具も手加減も一切なしの、ボクシングの真剣勝負よ。どう、あなたにそれを受ける勇気があって?」

「まあ、羨ましい。大きなプロダクションにいると、そんなこともできるんだ。…… 上等よ。ボクシングを選んでもらって嬉しいわ。私、いつか本気で、誰かとボクシングの試合をしてみたいと思ってたの。紗貴さんが言い出したことだし、遠慮する必要もまったくないでしょう。二度と裸の仕事ができないようにしてやりますから、覚悟してくださいね。」

「あら、私に勝てるとでも思ってるの? あなた、この世界で生きていくための武器って、そのやたらとデカいおっぱいしかないわけでしょう? それを殴り潰して、あなたのアイドル生命を終わらせてあげる。覚悟するのはあなたの方よ、乳娘さん。…… そうそう、この手の試合には罰ゲームが必要よね。負けた方は、リングの上で全裸にされる、なんていうのはどうかしら? 殴り倒した相手から奪い取ったリングコスチューム、素敵な戦利品だと思わない?」

「へぇ、おみやげまでいただけるんですか。そこまでしていただくなんて、何か申し訳ないですね。お友達みんなに見せびらかしますよ。『これが私が水島紗貴から奪い取ったトランクスだ』って。」

「あっはっは。…… まぁ、いつまでも戯言をほざいていなさい。どう考えても、リングの上で全裸に剥かれるのはあなたよ。失神させてもらいたい? それとも、意識が残ったままキャンバスに横たわるのがお望みかしら? 試合が終わったあと、リングの上で犯してあげてもいいわよ。 リクエストがあるようだったら、早めに言ってちょうだいね。」

 内容のあまりの過激さに、二人のやり取りを耳にしたスタッフたちも、声をひそめて、近くに居た者同士で話し合い始めた。

  「水島紗貴と綾瀬桃子が裸で殴り合うってか?」 …… 「売り言葉に買い言葉ってヤツだろ? ナンボなんでも、裸でボクシングなんて実現はしないだろ。もし本当にやるんなら、見てみたいもんだけどな。」 …… 「まあ、お互いに頭に血が上ってるんだろ。」 …… 「しかし、仲が悪いとは聞いてたけど、これほどまでとはな。」 ……「いがみ合いもあそこまで行くと、大したもんだな。」 …… 「でも、片方は曲がりなりにもアイドルだぜ。よくあそこまで言えるな。」 …… 「紗貴ちゃんも紗貴ちゃんだよ。まったく大人気ないよな。」 ……

 結局、休憩が終わるまでに周囲が何とか二人をなだめてその場を取り繕い、番組の収録は無事に終了した。しかし、二人のこのやり取りは、噂話となって、芸能界を人から人へと伝わって行った。


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 やがて、この情報は、芸能界の裏側にも精通したある大物の耳にも入ってきた。

 話を聞きつけた彼は、それなりの場を用意してやれば、この二人はたとえ裸でも本当に闘うと、直感的に感じ取った。

 芸能界だけでなく、財界や政界に至るまで、女の闘いを見るのが大好きだという人間は多い。今までに裏ファイトらしきものを何度かアレンジして、女闘好きの金持ちたちに提供してきたが、この二人で試合が組めるのであれば、その商品価値の大きさは計り知れないものがある。今回用意できる女の子は、二人ともテレビに露出しているほどの絶品だ。…… こんなチャンスは滅多にない。できることなら、自分の仕切りで、この試合を実現させたい。何とかセッティングできないものか。……

 すると、紗貴の所属しているプロダクションの方から、紗貴と桃子の試合を仕切ってくれないかと、彼の元へ極秘裏にオファーが来た。

 プロダクションの話によると、紗貴が、「あの女だけは許さない。やってやる。」と言い張って聞かないのだそうだ。桃子の事務所に連絡を取ると、桃子も似たようなことを言っているらしい。それならいっそ、本当にやらせてみるのが一番いいのかも知れない。プロダクションが直接セッティングするのは少し問題があるので、あなたの方で何とかならないだろうか、とのことだった。

 念の為、彼は、桃子と紗貴本人に本当に闘う意思があるのかを再確認した。すると、その日の内に、どちらからも、「ふさわしい場所を提供していただけるのであれば試合に応じる」との返事が帰ってきたので、彼はこの話を請け、秘密が外部に洩れる心配のない都内某所の会場を仮押さえし、日取りを二人に連絡した。

 スケジュール的に問題なしとの知らせを受けた彼は、本格的に舞台のセッティングを開始した。様々な業界から絶対に秘密を守れるゲストを百名ほどリストアップして、一人一人に直接招待をかけ、レフェリーなど試合の進行に必要なスタッフも手配した。また彼は、絶対に外に出さないことを条件に試合の写真を撮らせてもらうことの了承を双方から取り付け、信頼できるカメラマンを確保した。


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 話がまとまってから試合まではひと月ほどの期間があったので、桃子はその間、積極的にトレーニングに励んだ。

 少しでも殴られることに慣れておきたいと感じた桃子は、同じジムに通っている上級者の女性に頭を下げ、「理由を聞かないで、一ヶ月だけ私のスパーリングパートナーになってください。」と頼み込んだ。そして、それまでのミット打ちやサンドバッグを叩くだけのエクササイズは最小限に抑え、彼女とのスパーにできるだけ多くの時間を充てるようにした。

 紗貴の方も、さすがにボクシングの経験ゼロで桃子との試合に臨むのはまずいと思ったのか、仕事の合間を縫ってボクシングジムに通い始めた。スポーツ万能の紗貴は、短い間に最低限の基本だけはきっちり習得し、最後の週には、数ラウンドだけではあるがスパーもこなした。

 そして日は進み、ついにその夜はやってきた。


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 上半身をはだけ、白地にピンク色のトリムが入ったトランクスを穿いた桃子は、すでに三本の黒いロープに囲まれたリングの上に上がり、大きな乳房を揺らしながら、軽く飛び跳ねたり、自分に割り当てられた青コーナーのマットを叩くなどして、身体の緊張をほぐしていた。桃子の他にももう一人、灰色のシャツ、黒のスラックスを穿いた大柄な女性がリングの中に入っていて、背中をニュートラルコーナーに凭れ掛けていた。

 やがて、桃子の居る場所とちょうど対角線側に当たる赤コーナー側の客席からざわめきが上がったので、桃子は振り返り、その声の方に目を遣った。そこには、穏やかな笑みを浮かべて、声をかけてくれたゲストたちに軽く挨拶をしながら、リングに向かって歩いてくる紗貴の姿があった。紗貴が身につけている、黒のグローブ、ブラック&ゴールドのトランクスが、いかにも強さをアピールしているように見えるのが、桃子には少し悔しかった。

 赤コーナー近くの黒いロープをくぐってリングに入ってきた紗貴は、桃子と目が合うと、嘲るような笑みを浮かべた。桃子は紗貴から視線を切り、紗貴に背を向けた。


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 桃子と紗貴がリングに上がってからしばらくすると、それまで二人の様子を窺っていたレフェリー役の女性がニュートラルコーナーを離れ、二人を呼び寄せたので、二人はリングの真ん中へと歩み寄り、その女性のそばで向かい合った。桃子は紗貴を睨みつけ、紗貴は桃子に蔑むような視線を落とした。

 レフェリー役の女性は、二人の顔を交互に眺めながら、二人に向かって話し始めた。

「私は、この試合を仕切っている方から、レフェリングを仰せ付かった者です。はじめに、お二人とも、試合の進行に関しては、すべて私の指示に従っていただくことをお約束ください。よろしいでしょうか?」

 彼女は一旦そこで話を切り、目の前で向かい合っている二人が頷くのを確認した。

「ありがとうございます。ではこの試合のルールを説明していきます。あらかじめ書面でもお伝えしてありますので、その確認ですね。…… 一ラウンド三分でラウンド間のインターバルは一分。ラウンド数の制限はありません。どちらかがKOを宣言されるまで、試合は続きます。…… インターバルの際、ストゥールの出し入れ、マウスピース脱着のお手伝いをする者を用意いたしますが、その者は、それ以外のセコンド作業は行いません。よろしいですね。

「片方がダウンしたとき、ダウンした者のために私が相応のスペースを確保しますので、相手側はそのスペースから退いていただければ、ニュートラルコーナーへ向かうなどの義務はありません。ただ、私が合図をするまで、相手への攻撃はお待ちください。また、存分に闘っていただくため、ダウンカウントは通常の二倍ぐらいの時間をかけさせていただきます。それと、キャンバスに手をついていたり、ファイティングポーズが不完全の場合でも、試合続行の意思が感じられるときには極力試合を続ける方向で進めさせていただきます。ですから、この試合は、片方が完全に叩きのめされるまで続くとお考え頂いて結構かと思います。

「この試合は、通常のボクシングからは幾分ルールを変更してあります。とはいうものの、あくまでボクシングでということですので、原則となる部分、つまり、攻撃は上半身へのグローブのナックルパートによる打撃のみだということだけは、くれぐれもお守りいただきますよう、よろしくお願いいたします。…… 最後に、敗者はリングの上でトランクスを剥奪され、全裸にされます。この点もご承知おきください。」

 ルールの確認を終えたレフェリーは、あえて、コーナーに戻るようにと付け加えずに、二人の元を一旦退いた。桃子は紗貴の顔を睨んだまま、紗貴は桃子の顔に蔑むような視線を落としたまま、その場を動こうとしなかった。

 紗貴は、視線の先を桃子の大きな乳房へと移動させ、じろじろ眺め始めた。

「ほんとに大きなおっぱいねぇ。こうして生で見ると、また迫力が違うわ。…… このおっぱいをぐちゃぐちゃにできるかと思うと、今からゾクゾクするわ。うふふふ。」

 そう言い終わった紗貴は、再び桃子の顔に向き直り、不敵に微笑んだ。桃子が一層険しい表情で紗貴を睨みつけると、紗貴はくすっと笑い、再び口を開いた。

「試合が終わったあと、多分あなたとお話をする機会などなくなってしまうでしょうから、今のうちに、逃げ出さなかったことだけは褒めといてあげるわ。…… でも、あれだけ大口を叩いたんだから、少しは楽しませてちょうだいね。簡単におねんねするんじゃないわよ。…… じゃあね。」

 紗貴は、相変わらず自分を睨みつけている桃子にくるりと背を向け、赤コーナーに向かって歩き始めた。桃子も、紗貴の背中に「ふんっ。」と声を飛ばしてから、青コーナーに戻っていった。


 いよいよそのときが近づいてくると、ゲストたちの話し声も止んだ。そして、その張り詰めた空気を切り裂くように、試合開始を告げるゴングが鳴った。


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 桃子は大きな乳房を腕ですっぽりと包み込むようにしてガードを固め、紗貴は腕をガードのポジションに上げてはいるものの少しリラックスした感じで、相手に近づいていった。お互いの距離が近づくと、リーチで勝る紗貴は、左ジャブを二発伸ばしてみたが、わずかに桃子の顔には届かなかった。桃子は紗貴から少し距離を取り、紗貴の左側へ左側へと回り始めた。

 紗貴は、桃子の構えと動き、表情から感じ取れる迫力から、桃子の実力予想をやや上側に修正した。多少苦労することになるかもしれないが、返ってその方が倒し甲斐があっていいかも知れない、と紗貴は思った。

 相手の実力予想を上に修正したのは桃子も同じで、その修正幅は桃子の方が大きかった。少なくとも紗貴がこの試合の話を持ち出したときには、紗貴にはボクシングの経験がなかったはずなのに、ほんのひと月足らずの間に構えも様になっているし、たった今目の前まで届いたジャブも、付け焼刃という感じがしなかった。

 紗貴の拳が自分の顔をヒットする寸前まで届くことで、桃子の心の中に、今までに感じたことのない恐怖感が芽生えた。…… アイドルプロレスのときのことを考えると、たとえボクシングの経験がゼロでも、紗貴はかなりレベルの高い闘いができるはず。まして、身長や体型の違いを考えると、リーチだってかなり違うだろう。状況は明らかに不利だ。…… 冷静に考えれば考えるほど、その恐怖感は大きくなってきた。

 でも、ここまで来てしまった以上、逃げるわけにはいかないし、逃げさせてもらうこともできない。…… 桃子は必死に恐怖感を押し留め、自らを奮い立たせた。

 それでも、紗貴のジャブを警戒するあまり、桃子はなかなかパンチが届く範囲に踏み込めず、ほとんど自分から手を出せずに第一ラウンド終了を迎えることになった。ゴングが鳴り、桃子がガードした腕を下ろすと、紗貴は「あははっ」と声を上げて桃子を嘲笑った。


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 とにかく、もっと前に出ないとどうにもならない。でも、私が前に出れば、当然紗貴も一ラウンド目より強いパンチを打って対抗してくるだろう。…… 私にできることは、これを何とかガードして紗貴の懐の中に入り、一発でも二発でもボディを打って、すぐにクリンチ。そんなことしかないのかな。…… 最初のインターバルの間、桃子はそんなことを考えていた。

 第二ラウンド開始のゴングが鳴り、桃子はその作戦を実行に移した。しかし、紗貴も素早くこれに対応し、踏み込んでくる桃子に遠目から強いパンチを当ててから素早くサイドステップして桃子の突進をかわすなり、桃子がボディブローを打つ前に自分からクリンチをして桃子の攻撃を防ぐなりするようになった。


 第二ラウンドの終盤、紗貴のストレートが桃子の顔を捉え、怯んだ桃子がバックステップすると、紗貴は間髪を入れずに素早く前に踏み込んできた。そして、恐怖感から顔を覆う位置に上げてしまった桃子の腕の下をすり抜け、紗貴の左ストレートが桃子の柔らかい乳房にめり込んだ。

「いやぁっ!」

 悲鳴を上げ、思わず両腕で胸を覆ってしまった桃子のすぐ前で、紗貴は身体を捻り、がら空きになってしまった桃子の顔に右フックを叩き込んだ。すると、桃子は、顔に食らったパンチの衝撃と、胸を殴られたというショックとで、その場にへたり込んでしまった。初めてのダウンシーンに、リングの周りからは歓声が上がった。


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 桃子と紗貴の間にレフェリーが割り込み、右腕で紗貴を制止しながら、桃子に身体を向けてダウンカウントを始めた。

「ダウン。……… ワン、……… トゥー、……」

 自分に向けられているカウントを聞いている桃子は、試合でダウンを喫するということは、こんなにも惨めな気分になるものなのか、と思った。

 試合前に行ったスパーで、桃子は何度かダウンをしたことがあった。ただそのときには、そばで心配そうに自分を見守る、信頼できるスパーリングパートナーがいたし、本当に辛いのなら、立ち上がらずに、その日のスパーをその場でやめることもできた。…… でも今は、自分をダウンに追い込んだのは、本気で自分を殴り潰してやろうと思っている相手。…… リングの上で上半身を晒している二人のうちのどちらかが、無様な姿でキャンバスに沈むのを楽しみにしている人たちも回りにいる。…… 立ち上がって試合を続けても、何度もこんな思いをし、最後には無残にKOされ、もっと惨めな姿を晒すことになるだけなのかも知れない。……

 このまま試合を投げてしまいたい。…… 少しだけそんなことを思いながら、桃子はレフェリーを見上げた。すると、レフェリーの向こう側に、片手を上げてゲストたちの歓声に応えながら、座り込んでいる自分に嘲りの視線を向けている紗貴の姿が見えた。

「この人にだけは負けたくない。まして、この試合の敗者には、リングの上で全裸にされるというペナルティも課せられる。何もせずに、自分の身体を覆っている最後の一枚のコスチュームを、黙ってこの人に差し出すなんてことは、死んでもしたくない。…… この人に一発胸を殴られただけで試合を投げ、身の安全と引き換えに恥辱を受け入れるような意気地なしだとは、見ている人にも絶対に思われたくない。……」

 そう思うと、再び闘う気力が湧いてきた。桃子はカウントセブンでキャンバスから腰を上げ、レフェリーに向かってファイティングポーズを取った。桃子の試合続行の意思を見取ったレフェリーは、紗貴がどこにいるのかを確認し、二人の距離が保たれているのを確かめてから、「ボックス」と声をかけ、二人のそばから離れた。


 桃子のダウンしている姿を見て気持ちが昂ぶったのか、試合が再開されると、紗貴は一気に攻勢に出てきた。じりじりと後退することを余儀なくされ、やがてコーナーに追い詰められてしまった桃子は、亀のように身体を丸め、両腕とグローブで顔と胸をガードするだけになってしまった。そのガードの上から、紗貴は力一杯桃子を殴りつけてきた。

 一度は闘う気力を取り戻したものの、いざ紗貴のラッシュに晒されてしまうと、桃子は怖くて腕を顔から放すことができず、クリンチに逃げることもできなかった。紗貴の黒いグローブは、桃子のお腹や、腕の両側からはみ出してしまっている桃子の大きな乳房にもヒットし続けた。十発、十五発、二十発と続けざまに紗貴のパンチを浴び、桃子は再び膝を折りかけたが、そこで第二ラウンド終了のゴングが鳴った。

 紗貴は両手を高く上げて、自分の力をアピールしながら、桃子は肩を落として、片手でロープを手繰りながら、二人は、二度目のインターバルを迎えるために、それぞれのコーナーへ戻っていった。


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「このままじゃダメだ。何とか攻撃の糸口を見つけないと。……」

 桃子は、青コーナーに置かれたストゥールに腰を下ろして両腕をロープにかけ、少し哀しげな表情をキャンバスに落としながら、自分に残された手段について、考えを巡らせていた。

 身長の違いやリーチの差を考えると、遠いところから紗貴の顔に大きなパンチを当てるのは難しい。そうなると、やはり、少し無理をしてでも紗貴に接近し、強引にインファイトに持ち込むしかないのだろう。

 桃子の頭を、ふと、アイドルプロレスのシーンがよぎった。紗貴がバックドロップで自分を投げ飛ばす前に、紗貴は膝蹴りを自分の腹に打ってきた。あのときの、呼吸を奪われ、全身の力が抜け落ちてしまうような苦しさは、今までに経験したことがないほどすごいものだった。……

 それなら、コツコツとお腹を攻めるだけでもいいんじゃないか、と桃子には思えてきた。

 あの苦しみの何分の一かでも紗貴に味あわせることができれば、その先に、何か見えてくるかも知れない。……

 苦しい展開になることは予想できるが、前のラウンドと同じように、とにかく前に出て紗貴のボディを狙い続ける。顔を殴られても、胸を殴られても、たとえ何度ダウンしようとも、力の続く限りは前に出て、一発でも多く紗貴のボディを叩く。……

 桃子は腹をくくった。


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 第三ラウンド、桃子は、前のラウンドのダメージなど忘れたように、紗貴を追い回した。盛んにジャブを飛ばして距離を取ろうとする紗貴を追いかけ、懐の中に入ることができたら、一発か二発、ボディブローを打ってクリンチ。…… 桃子はこの戦術に終始した。

 コツを掴むことができたのか、前のラウンドに比べると、桃子が紗貴に身体を近づけることのできる回数は増え、桃子は十発以上のボディブローを紗貴に食らわせることができた。

 しかしながら、桃子の戦術に慣れてきたのは紗貴も同様で、ボディブローを打つ見返りも前のラウンドより大きかった。このラウンド、桃子は二度のダウンを喫した。それでも桃子は、ダウンすることで確実に紗貴のパンチから離れられる二十秒近くをしっかり使って身体を休めてから立ち上がり、再び怯むことなく紗貴に向かっていった。


 第三ラウンドが終わって青コーナーに戻り、ストゥールに腰を下ろして身体を休めているとき、桃子は、「強いパンチをもらったら、そのまま頑張らずに、ダウンして身体を休めるほうがいいのではないか」 ということに気づいた。

 この試合はポイント制ではなく、KOでしか勝負がつかないのだから、別に途中何度ダウンしてしまってもかまわないわけだ。それなら、多少みっともなくはあるけれど、ダウンを有効に使おう。連打を食らいそうになったら、その前に倒れて流れを切り、少しでも致命的なダメージを受ける可能性を減らそう。それに、ダウンしている間、相手のパンチから隔離される二十秒は、身体を休める上でとても貴重だ。もっとも休むことができるのは、相手も同じだけれど。……

 桃子がそんなことを考えていると、第四ラウンド開始を予告するベルが鳴った。桃子は口を開けてマウスピースを受け取り、ストゥールから立ち上がった。


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 第四ラウンド以降も、桃子は紗貴のボディに照準を定め、ひたすら前に出る作戦を続けたが、紗貴もこれに激しく対抗し、桃子の顔にジャブの雨を降らせ、桃子の大きな乳房に強いパンチを何度もめり込ませた。

 第七ラウンドの中盤まで来たとき、桃子が喫したダウンの回数は、両手の指で収まらなくなっていた。ダウンを使って連打を避けてることで、何とか致命傷に至るダメージを受けずにはきたものの、桃子の体力は底を尽きかけていたし、右目の周りは赤黒く腫れ上がり、紗貴に狙い撃ちされた自慢の乳房も真っ赤に腫れていた。

 第七ラウンドの残りが四十秒ほどになったとき、桃子はクリンチしたまま紗貴をロープに押し込んだ。レフェリーがブレイクを命じたので、桃子は紗貴の両腋に回していた腕を解いて、三歩ほど後ろに下がった。「ボックス」の声がかかると、桃子は素早く紗貴との間合いを詰め、紗貴のボディに右フックを打った。桃子の拳には確かな手ごたえがあったが、その瞬間、桃子の視線も縦に大きく歪んでいた。

 ショートレンジから放たれた紗貴のアッパーカットが、桃子のアゴを貫いていた。

 体重を前にかけていた桃子は、再び紗貴の身体に両腕を回してクリンチに逃れようとした。が、その前に、桃子の両膝からは力が抜け落ちてしまっていた。両腕を紗貴の腰の辺りにかけたまま、桃子はそこからずり落ちるように、キャンバスに両膝をついた。

 紗貴が絡み付いていた桃子の腕から両脚を抜き、一歩横に退くと、レフェリーがその間に割って入り、桃子に身体を向けて、ダウンカウントを開始した。


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「……… ワン、……… トゥー、……… スリー、……」

 桃子の顔を激しく揺らしたこの一撃は、桃子の意識に靄をかけさせ、桃子から、ダウンしたら充分に時間を取るという余裕を奪い去っていた。中段ロープにグローブをかけた右腕の力を利用して上半身を起こしたものの、桃子の両脚は、まだ思うように動いていなかった。

    …… 効いちゃった。……

「……… フォー、……… ファイブ、……… シックス、……」

 残った左手も上段ロープに引っ掛けて、桃子は何とか立ち上がった。が、桃子の両脚は、ふらついていた。身体がフワフワする感じがする。……

   …… 今は何とか立てたけど、もう一発、いいのもらったら終わりかな。……

「……… セブン、……… エイト、……… ナイン、……」

 よろめくように二歩、三歩と後ろに下がり、ニュートラルコーナーの黒いコーナーマットを背にした桃子は、両手のグローブを胸の前に上げ、弱々しいファイティングポーズをレフェリーに向けた。桃子の真正面に立っていたレフェリーは、桃子の手首の辺りを掴んで、どのぐらい力が入るのかを確かめるような仕草をしてから、桃子に「まだできるか」と訊いてきた。桃子が小さく首を縦に振ったので、レフェリーは一度後ろを振り向き、紗貴の居る場所を確認してから、「ボックス」と一声かけて、二人の元を離れた。

 桃子は、両腕を胸と顔の下半分が隠れる位置まで上げてガードを固めて、前を向いた。

「あれ?」

 桃子は、紗貴が自分のすぐ近くに居て、すぐに襲い掛かってくるものと思っていた。しかし紗貴は、まだ対角線上にあるニュートラルコーナーの近くに居た。桃子には、心なしか、紗貴の顔色が青ざめているように見えた。

「もしかしたら、紗貴さんも、かなりキツいのかな?……」

 紗貴はゆっくり桃子の方に近づいてくるものの、相手がフラフラになるようなダウンを奪い取った直後だということを考えると、なぜか足取りが重い。…… 桃子には、あまり紗貴に迫力が感じられなかった。

 桃子は一旦腕の力を抜いて、ニュートラルコーナーに背中を凭れかけながら、紗貴がパンチのレンジに入るのを待った。ようやく紗貴が桃子の正面まで来て、パンチを振り出す構えをしたので、桃子は再び顔と胸を両腕で覆った。

 ガードの上から桃子に連打を浴びせたものの、十発もいかないうちに紗貴の手は止まってしまった。ラッシュを耐え切ったと判断した桃子は、残りわずかな力を振り絞って、コーナーマットに押し付けるように自分に体重を預けている紗貴のお腹をめがけて、一発だけボディブローを打ってみた。

 桃子のボディブローを食らうと、紗貴は自分からクリンチしてきた。そして、ボディを打たれたときに紗貴が洩らした、「ぐぅっ」という小さな呻き声も、桃子にははっきりと聞こえた。


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 やがて、第七ラウンド終了のゴングが鳴り、二人はそれぞれのコーナーに戻っていった。

 赤コーナーのストゥールに腰を下ろし、中段ロープに両腕を伸ばした紗貴の呼吸は、大きく乱れていた。

「…… まずいわ。…… 早く試合を決めないと。……」

 ボディを打たれ続けるのが、これほど辛いものだったとは。…… ダウンを奪っても、次のパンチを打つ気力が起こらないし、もう、呼吸をするのも辛い。……

 あんな、乳だけが売り物の小娘に負けるわけにはいかないんだ、と思っても、紗貴の身体には、なかなか力が湧き上がってこなかった。

 逆に、青コーナーの桃子は、ぐったりとコーナーマットに身体を凭れかけているものの、腫れ上がった右目と乳房から見た印象に比べると、表情には気迫が漲り、気力も充実していた。

「私だけじゃなく、紗貴さんももうギリギリなんだ。私の作戦は、間違ってなかったんだ。」

 そう思うと、桃子には、大きく呼吸を繰り返すたびに、力が戻ってくるような気がした。

 …… あと少しで、紗貴は堕ちる。…… あともう少しで、……


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 第八ラウンドが始まると、紗貴は一気に勝負をかけてきた。まだ少しだけ脚の自由を失っている桃子に前に出る隙を与えず、自分から桃子をロープに追い詰め、紗貴はあらん限りの力を振り絞って両腕を振り回し、必死にガードを固める桃子に連打を浴びせた。桃子がクリンチに逃げても、紗貴はすぐに桃子を追い込み、再び桃子に襲い掛かった。

 一分ほど紗貴のラッシュに耐えていた桃子だったが、少しだけガードが甘くなってしまったところに、ボディに一発、さらに赤く腫れた胸に一発パンチを浴び、桃子はキャンバスに四つん這いになった。

 レフェリーがカウントを続けている最中、桃子は上半身を起こし、紗貴の様子を見てみた。すると、紗貴は、近くのロープに上半身を凭れかけ、さも苦しそうに、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返していた。ダウンを奪った側とはとても思えない紗貴の様子は、桃子に勇気と活力を与えた。

 今まで通り、ダウンしている二十秒近くをゆっくり使って立ち上がったときには、桃子は、前のラウンドで負った脚へのダメージが抜けていることを感じ取った。

 紗貴は再び、コーナーマットを背にした桃子に襲い掛かってきたが、ラウンド開始の頃のラッシュに比べると、明らかに迫力が感じられなくなってしまっていた。連打が打てなくなり、一発一発のパンチの威力も落ちている。…… そう感じ取った桃子が、隙を見て一歩踏み込み、紗貴のボディにフックを打つと、紗貴はまた、「うっ」と声を上げ、クリンチに逃げた。その後、紗貴は、あまり自分から攻めて来なくなってしまった。

 キツいのは桃子も同様で、第八ラウンドは、お互いになかなか手が出ない状況が続いた。しかし、ダメージの質の違いからか、それとも、桃子の方が少しだけ若いということが原因なのか、膠着状態が続いている間にも、桃子の方はわずかに体力を回復することができた。


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 第八ラウンドの終盤、桃子は、足の動かなくなった紗貴をロープに追い詰めた。紗貴はクリンチに逃げたものの、ブレイクの後、桃子は少し距離を置いたところから、紗貴のボディにストレートを伸ばした。このパンチを食らった紗貴は、身体を曲げ、お腹を覆うようにガードを落としてしまった。桃子は踏み込み、がら空きになった紗貴の顔に左フックを放った。紗貴の顔が、試合が始まってから、初めて大きく捻じ曲がった。

 顔の高さまでガードを戻せない紗貴の顔に、桃子は渾身の力を込めて、右フックを打ち込んだ。再び顔を捻じ曲げられた紗貴は、そのまま膝を折り、両手をキャンバスについた。

 レフェリーが二人の間に割り込み、ダウンカウントを取り始めると、一歩退いた桃子は、レフェリーの肩越しに見える、四つん這いになった紗貴の姿を見て、「やった。」と、小さく呟いた。

 間もなく、紗貴は立ち上がり、レフェリーに向かってファイティングポーズを取った。そして、レフェリーが試合再開を命ずるのと同時に、第八ラウンド終了のゴングが鳴った。


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 第九ラウンドが始まると、あとがなくなった紗貴は、捨て身の攻勢に出てきた。が、迫力のない大きなパンチを振り回し続ける紗貴の隙を突いて、桃子が紗貴にボディブローを放つと、紗貴は両腕でお腹を押さえて、あっさりとその場に座り込んでしまった。

 歯を食いしばって立ち上がった紗貴は、長い髪を振り乱し、獣にも似た叫び声を上げながら、再び両腕を振り回し始めた。しかし、般若のような表情とは正反対に、その動きは痛々しいほどまでに衰弱し切っていることが見て取れた。これで勝負を決める、と意を決した桃子は、腕を振り続ける紗貴に最後の打ち合いを挑んだ。

 先に紗貴のスイング気味のフックを顔にもらったが、桃子は怯まずに、その場に立ち止まってパンチを打ち返した。桃子のロングフックを顔に受けた紗貴は、わずかに腰を落としたが、それでも腕を振り回すのをやめなかった。

 十秒ほどの後、桃子のパンチが紗貴の顔を捻じ曲げると、紗貴のマウスピースが弾け飛び、リングの外へ消えた。

 その後も、桃子の両拳を覆っている赤いグローブは、確実に紗貴の顔を捉え続けた。紗貴の顔からは表情が飛び、振り回している腕の動きも、相手を殴るという意思があるのかすら怪しいような有様になってしまっていた。

 それでも紗貴は、かすかに残った燃料の最後の数滴を燃やすように、両足を広げて踏ん張り、腕を振り続けた。応戦する桃子は、なぜ、これだけ殴られても紗貴は倒れないんだろうと思いながらも、紗貴の顔を目掛けてパンチを打ち続けた。

 十数発のパンチを紗貴の顔にヒットさせ続けたあと、思い切り振ったパンチが空を切り、桃子は少しだけバランスを崩した。再び紗貴にラッシュをかけようと桃子が体勢を立て直そうとした瞬間、レフェリーが桃子の目の前に飛び出した。その向こう側では、両膝を折り、仰向けに倒れた紗貴の身体がキャンバスでわずかに弾んでいた。


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「ダウンよ。後ろに下がって。」

 レフェリーの声に、桃子はよろめくように斜め後ろに下がり、近くのロープに左腕を凭れかけながら、キャンバスに四肢を投げ出し、大の字に伸びている紗貴の姿を見下ろした。紗貴の鼻と口からは真っ赤な血が流れ始め、桃子の連打を浴びて吹き飛んだ表情も戻っていなかった。形のいい乳房の頂きにある紗貴の乳首は、開き切るように勃起していた。

「……… ワン、……… トゥー、……… スリー、……… フォー、……」

 レフェリーがカウントを取り始めると、紗貴はわずかに唸り声を発し始めた。しかし、立ち上がるための動きをする気配はまったくなく、お腹を規則的に上下させて、呼吸をしているのを示している以外は、紗貴はピクリとも動かなかった。

「……… ファイブ、……… シックス、……… セブン、……… エイト、……」

 カウントが進んでも、紗貴の様子はまったく変わらなかった。カウントの後半、ややカウントのスピードを落としたレフェリーは、最後の二つのカウントを、念を押すように、少し大きな声でコールした。

「………… ナイン、……………… テン。…… ユー・アー・アウト。」

 レフェリーが両腕を高く上げて何度か交差させると、ゴングが乱打され、リングを取り囲む観衆からひときわ大きな歓声が上がった。

 その直後、相変わらず大の字に伸びている紗貴の全身がびくんと大きく震え、唸り声も止まった。時を同じくして、紗貴の股間から黄金色の液体がじゃばじゃばと溢れ出し、キャンバスの上に小さな水溜りを作った。


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 試合終了のゴングが鳴っても、桃子はしばらくの間、試合が終わったことを理解できなかった。大股を広げて大の字に伸び、乳首をぴんぴんに勃たせ、失禁してしまうという、あまりにも無残な紗貴の姿は、それを眺めている桃子の思考をしばし停止させていた。

「あなたの勝ちよ。おめでとう。」

 近づいてきたレフェリーにそう声をかけられ、桃子は、やっと、自分が勝って試合が終わったことを悟った。桃子の全身から一気に力が抜け落ち、桃子は、ロープに掴まらないと、もう立っていることもままならなくなってしまっていた。

 やがて、相変わらず大の字に伸びている紗貴の黒いトランクスがレフェリーの手によって脱がされ、その戦利品は、その様子をぼんやり眺めている桃子に渡された。 そして、まだ黄金色の雫を滴らせている黒いトランクスを弱々しく掴んだ桃子は、レフェリーに手を引かれてリングの真ん中に連れ出された。

 レフェリーに右手を差し上げられた桃子は、力なくキャンバスに視線を落としたままだった。桃子には、勝者のポーズを取るだけの体力も気力も残っていなかった。


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 試合から一週間後、紗貴は、顔の腫れがまだ引かず、そのために仕事を休んで自宅で静養している桃子の家を訪ねた。試合で負けて桃子に媚びるのではなく、桃子を胸が大きいだけが取り柄だという扱いを続けてきた、その非礼に対して、紗貴は桃子に深く頭を下げた。

 桃子が、なぜ今まで自分に辛く当たってきたのかを紗貴に訪ねたので、紗貴は少し照れながら、アイドルプロレス収録当日に何があったのかを桃子に話した。紗貴が桃子を嫌うきっかけになったいきさつを聞き、紗貴に対して自分が先に非礼をしたことを知った桃子も、素直に紗貴に詫びた。

 二人の仲は、これを境に急速に改善され、事務所同士が関係を持っていることもあり、桃子と紗貴は大の仲良しになった。


 さらにその一週間後。

 試合の仕切りを行なった人物から届けられた、試合の様子を収めた数十枚の写真を見た桃子は、所属事務所の社長に、この写真をそのまま使った写真集を出したい、と申し出た。社長は椅子から飛び上がるほど驚き、馬鹿なことを言い出すもんじゃないと桃子を諭したが、桃子は、「この写真には、等身大の私が写っている。裸だからとかいうことは関係ない。私はどうしても、この写真をたくさんの人に見てもらいたい。」と言い張った。最終的に、事務所は桃子の意思を尊重して、写真集の制作に踏み切った。

 写真集の中で、紗貴をどう扱うのかを思案した桃子の事務所は、それについて紗貴の所属するプロダクション側にどうするかを打診したところ、「紗貴はこんな汚れ役もできるんだということを知らしめ、紗貴の新たな可能性を売るチャンスなので、小細工せずに、ありのままの紗貴を表現してもらいたい。紗貴自身もそれを望んでいる。」との返事が返ってきた。結局、紗貴のプロダクション側が全面的に協力する形で、写真集は完成し、出版された。

 一切の前宣伝を行わず、初めて中身を見たときのインパクトで勝負するという戦術が当たり、写真集は、発売後数日が経ち、人々の話題に上るようになってから爆発的に売れ出し、重版に重版を重ねることになった。


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 試合から半年後、桃子と紗貴は、お洒落なトークが売りの番組にゲストとして招かれ、ホスト役の男性タレントとにこやかに話し合っていた。セットの中央に置かれているテーブルの上には、アイドルの写真集としては空前のヒットを記録した、「Fighting MOMO・綾瀬桃子写真集」の文字と、白のトランクス姿でファイティングポーズを取っている桃子の姿が表紙に印刷された、一冊の写真集が立てかけられていた。

 ホスト役の男性タレントは、写真集を手に取り、カメラ側から中が見えないようにして写真集を開き、ページをめくっていった。

「それにしても、凄い内容ですよね、これ。…… ところで、お二人が本当に試合をしたという噂もあるんですけど、…… 本当の所はどうなんですか?」

「いやだぁ。もし本気で試合をしたんなら、私みたいなのが紗貴さんに勝てるわけないじゃないですか。…… でも、目の周りの腫れ具合とか、赤くなったおっぱいとか、うまくメークできてるでしょ? あれ、結構大変だったんですよ。」

「桃ちゃん、本気で試合したってのが写真集のウリなんだから、そう言っとかなきゃダメよ。」

「あ、そうか。ホントに本気で試合しました。てへへ。」

「 いやぁ、桃ちゃん、すごく強かったんですよ。何でこんな娘がアイドルやってるんだろう、って思いました。本当ですって。」

「うーん、何か、うまく煙に巻かれてるような気がするなぁ。……」

「ねぇ、桃ちゃん、今度似たような撮影があるときには、本気で試合しようか。いいでしょ?」

「紗貴さん、この写真集を撮影したときも、本気で闘ったってことになってるじゃないですか。」

「あ、そうだったわね。うふふふ。」

 紗貴は、隣に座っている桃子の頭を優しく抱き寄せ、にっこりと微笑んだ。

 桃子も紗貴に身体を摺り寄せ、嬉しそうに笑った。


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The Angry Wildcats 〜巨乳アイドル・桃子の聖戦〜」 了



Poser-work resources :
Characters : Meiko for V1 (Momoko, Saki) by Ken1, Judy (Referee) Poser5 original
Hairs : Messy Hair (Momoko), Long Hair (Saki), Koz PonyTail (Referee) by Kozaburo
Shoes: BatsRingShoes2 by BAT(Momoko, Saki)

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