「続きまして、特別変則ミックスマッチを行います!選手入場っ!」
 
そのコールと共に会場全体が暗くなり、その暗闇の中を照らすスポットライトを浴びて、白いビキニをまとった由衣と、お揃いの白のワンピース水着を身に付けた瞳と遥の3人がリングインする。そして、続けざまに黒のスパッツ姿の滝本がリングインしてきた。
 
「本日の特別試合、変則ミックスマッチを行います!青コーナー、藤原瞳改め松永〜優子〜、末長〜遥〜、市河〜由衣〜っ!!」
 
そのコールと共に緊張した面持ちで観客にアピールしていく3人は、滝本の事をじっと睨み付けていた。
 
「赤コーナー、久々の地下プロレス登場、今や大河の主役、滝本〜秀明〜っ!!」
 
コールを受け、ガッツポーズでアピールしていく滝本。そして3人に近づいて言い放った。
 
「お前ら、懲りねぇ奴らだよな…今日こそ3人まとめてやってやるからなっ!覚悟しろよ!」
 
「…覚悟するのはそっちよ!昔の私達とは違うんだから…今日こそアンタとの決着を付けてやる!私達3人でアンタを倒す!」
 
「へぇ…あんだけボロボロになってもまだそんな事言えるんだ…それなら今日はここで3人まとめて処刑して、芸能界引退させてやるよ!」
 
由衣の強気な言葉に滝本も怒りを覚えたのか、そう叫んでいった。
 
「今回の試合は、時間無制限の変則ミックスマッチとなります!市河選手達は滝本選手をギブアップもしくは失神させれば勝ちとなり、滝本選手は市河選手達3人を全てギブアップもしくは失神させれば勝ちとなります!」
 
そのルールの説明に瞳と遥は状況が自分達にとってかなり有利である事に笑みを浮かべていたが、由衣は不利な状況にある筈の滝本が余裕の表情を浮かべている事に不審を抱いた。
 
「何よその笑みは!私達の事ナメてるの!?」
 
「…ナメてなんかねえよ…何せそっちにはグラビアトーナメントの優勝者がいるんだからこっちにとってもキツい試合になるだろうさ…まあ全ては試合が始まれば分かるよ、フフッ…」
 
滝本の様子に由衣は何かがあるではと考え始めるが、考えを巡らす間も無く試合のゴングが打ち鳴らされていった。
 
「カァーン!」
 
試合が開始されると、まずは由衣がコーナーから飛び出し、滝本と向き合う。由衣の先発はあらかじめ話し合って決めていた事であった。そして由衣と滝本はリング中央で組み合った。お互いの手を取り押し合う2人だが、滝本が力の差を見せて由衣を押していく。しかし由衣はその力を利用して滝本を持ち上げ水車落しで背中からマットに叩きつけていく。
 
「ぐふっ…」
 
思わぬ由衣の攻撃に苦しむ滝本に、由衣はその背中へサッカーボールキックを叩き込み、続けざまに髪を掴んで立たせるとその顔面へエルボーを叩き込んでいった。
 
「くっ…この野郎…」
 
攻撃を受けながらも滝本が下からアッパーを叩き込むと逆に由衣がしゃがみこんでいく。その由衣の髪を掴んで立たせるとロープへと振ってラリアットを狙っていくが、由衣はそれをかわしてオーバーヘッドキックの様に滝本の腕を蹴りつけてダメージを与えていった。
 
「んあっ…」
 
堪らず腕を押さえてしゃがみこむ滝本に構う事無く、由衣がその背面にドロップキックを見舞うと滝本はマットにうつ伏せになって倒れこんでいった。
 
「遥ちゃん!」
 
「うん!」
 
その隙に由衣はすばやく遥とタッチし、リングインした遥と滝本が向き合う形となった。先手を打ち滝本が遥にハイキックを放っていくと、遥はその足を取って逆にドラゴンスクリューで滝本を捻り倒していった。
 
(何っ!?)
 
思いも寄らぬ遥の攻撃に驚きを隠せない滝本に構わず、遥は倒れた滝本の足を取ってスピニング・トーホールドで痛めつけていき、続け様にアキレス腱固めを仕掛けていく。しかし滝本も負けじとヒールキックで反撃していった。
 
「ほらほらっ…甘いんだよっ!いつまでも調子に乗ってんじゃねえよ!」
 
しかし、反撃されたと見るや遥はすばやく技を解いて立ち上がる。再び向かい合う両者だが、滝本がパンチを放っていくと遥はそれをかわして逆に腕を取ると素早く脇固めへと移行した。
 
「うぎゃぁぁぁぁ…」
 
腕を極められ、滝本は思わず悲鳴を上げていく。由衣達とのトレーニングで磨いた遥の関節技のテクニックの成果は確かに形となって現れていた。見守る由衣達もそれを感じて頷いた。
 
「まだよ!今度は瞳ちゃんの番!瞳ちゃん!」
 
「うん!」
 
技を極めていった遥は、瞳を呼び込むと技を解いて素早く瞳とタッチした。そして瞳がリングインすると、解放されて立ち上がった滝本目掛けてジャンピングニーパットを仕掛けていった。
 
「ぐふっ…」
 
堪らず倒れこむ滝本を瞳は続けてストンピングで痛めつけていく。そして飛び上がって更にギロチンドロップを首元に叩き込んでいった。
 
「くっ…この野郎っ!」
 
立ち上がった滝本はミドルキックを瞳の脇腹に決める。苦悶の表情を浮かべる瞳の脳裏にかつて格闘技戦で滝本にKOされた苦い記憶が蘇っていく。
 
(怯んじゃ駄目…恐れたら負けだ…由衣ちゃんも遥ちゃんも怖い気持ちを抑えて頑張ってるんだ!私が恐れてどうする!)
 
冷静に自分に言い聞かせる瞳は、尚も放たれる滝本の蹴りを必死にガードしながら自分もローキックやミドルキックで滝本を攻めつつ反撃のチャンスを伺っていく。そして滝本がハイキックを放った瞬間、素早く体勢を低くしてそれをかわした瞳は逆に水面蹴りを放って滝本を倒していった。その瞳の攻勢に会場からも驚きの声が上がる。
 
「ちっ…お前らいつの間に…」
 
「いままであんたには散々やられたけど、今日は私達が勝つ!皆その為に這い上がってきたのよ!」
 
苦虫を噛み潰した表情の滝本に対し、瞳が飛び上がって打点の高いドロップキックを見舞うと、滝本はその勢いに吹っ飛ばされてまたもリングに大の字になっていった。そして瞳からタッチを受け、再び由衣がリングインしていった。
 
「どう?皆アンタを倒す為に強くなったの!いい加減ナメた態度やめてアンタも本気でかかって来なさいよ!」
 
「くっ…お前等みたいな小娘達に負けられるかぁぁぁぁっ…」
 
3人の強さを知り、滝本も焦り始めて由衣に掴みかかっていく。その髪を掴んで由衣を振り回すとそのお腹へ爪先蹴りを叩き込むと堪らずしゃがみこんだ由衣の顔面に膝蹴りを叩き込んでダウンさせていった。倒れこむ由衣のビキニに包まれたバストをストンピングで痛めつけていくとバストを押さえて苦しむ由衣の喉元を踏みつけていった。
 
「うぐっ…ぐぐっ…くる…げほっ…」
 
「ふん…調子に乗るからだよっ!これからが本番だぜっ!」
 
そう言って滝本は今度は由衣の股間を思いっきり踏みつけていった。
 
「うぎゃぁぁぁぁっ…!!」
 
股間を踏みつけられてのた打ち回る由衣の姿を見てニヤリとする滝本は、続け様に由衣の腰にヒップドロップを落とすとそのまま座り込んでキャメルクラッチを仕掛けていった。
 
「ふが…ふががが…」
 
身体をCの字に反らされ、更に鼻の穴に指を突っ込まれ無惨な姿を晒す由衣。抵抗出来ない事を良い事に滝本は由衣のバストに手を伸ばして揉み始めていった。
 
「ああっ…ああっ…ああんっ…」
 
「おおっ…良い感触してんじゃねぇか…ほらっ!もっと喘いで客を楽しませてやれよっ!」
 
「ああっ…いやっ…」
 
しかしその時、背後から遥がタックルを仕掛けて滝本を吹っ飛ばし、続け様に瞳がストンピングで滝本を攻めていく。瞳が攻めている間に遥が由衣を救出していった。
 
「由衣ちゃん大丈夫!?」
 
「大丈夫…この位の事、今まで散々されて来た事だし…これ位で参ったりしないよ!」
 
由衣はそう遥に微笑むと、攻め続ける瞳に加勢する様に滝本目掛けて走っていく。
 
「遥ちゃん!行くよ!」
 
「うん!」
 
由衣の呼びかけに応じると、遥も由衣と共に滝本目掛けて突撃していく。
 
「瞳ちゃん!避けて!」
 
そう瞳に叫ぶのと同時に由衣と遥は飛び上がると、2人同時のドロップキックを放っていく。瞳が素早く身をかわすと、2人の両足が見事に滝本の身体を捕らえた。
 
「ぐはあっ…」
 
またも倒れこむ滝本。着地した2人は素早くしゃがみ込んで互いの手を合わせて膝の上に乗せると瞳を呼び込んだ。
 
「瞳ちゃん!」
 
その声と共に瞳は走り出すと、2人の手を踏み台にして跳び上がり、倒れこむ滝本のお腹目掛けてジャンピングフットスタンプを落としていった。
 
「うげえぇぇぇぇっ…」
 
いくら軽量の瞳とは言え、跳び上がってのフットスタンプには凄まじい威力が秘められていた。堪らず滝本は口から嘔吐物を吹き上げる。そして3人の見事な連携攻撃に観客からも歓声が巻き起こる。その会場の片隅には3人の攻勢に微笑みながら頷く者と、そして劣勢の滝本を舌打ちしながら見やる者がいた。
 
「いいざまよ!女性相手にえげつない攻撃ばっかりして…これはさっきのお返しっ!」
 
由衣はそう言って滝本の股間を蹴り上げると、滝本は更にのた打ち回って苦しんでいく。そして瞳と遥がその滝本を起こして腕を取ると、互いの満身の力を振り絞って2人掛かりのブレーンバスターで滝本を投げつけていった。背中への大きな衝撃と共に、かつて自分がいたぶった相手に今は自分が攻め込まれているという事実に滝本は打ちのめされていた。
 
(くっ…この俺が…女なんかにやられるなんて…見てろ…こうなりゃてめえら3人まとめて地獄に叩き落してやるよ!)
 
そして滝本はスパッツの中に手を伸ばすと、その中から何かを取り出していった。
 
「何よ!実力で敵わないからって今度は凶器攻撃?本当に最低な奴ねアンタ!」
 
しかし滝本はその由衣の言葉に耳を貸さず、不敵な笑みを浮かべて言った。
 
「ふふっ…これが単なる凶器攻撃だと思うか?これはお前らの地獄行きの切符だよっ!」
 
そう言うと、滝本は手にしたものを由衣達に向かって投げつける。そして次の瞬間、由衣達の周りは白煙が立ち込めていき、観客からも困惑する声が上がっていった。
 
「うわっ!げほっ…げほっ…何?何する気よ滝本のやつ!?」
 
「ひょっとして目くらまし!?試合放棄して逃げる気なの?」
 
突然の白煙に苦しむ由衣達に滝本は言い放つ。
 
「言ったろ…これは合図さ!お前らの地獄への案内人の登場だよっ!」
 
その滝本の言葉と共に、会場が突然暗くなり、滝本側の花道がライトで照らされていく。観客達がざわついて行く中、予想しえぬ事態に3人が花道を見やると、その先には一つの大きな影があった。そしてそれこそ滝本が事前に依頼していた人物であった。そしてその影は徐々にリングへと近づいていくと、観客達がざわつき始めた。
 
「何!?あの大きな人!?」
 
遥が叫ぶ中、由衣と瞳はその影を見てハッとなった。
 
「あの姿は…まさか…!!」
 
「そんな…何で…何で北王が…」
 
瞳が叫んだ通り、滝本が用意した影の正体はかつて幾度となく地下プロレスにおいて幾多のアイドル達を血の海に沈めてきた北王光司であった。この北王こそ、3人を地獄へ叩き落さんと、3人の過去の戦歴を調べ上げた滝本が用意していた秘密兵器であった。ここのところは地下プロレスから遠ざかっていたが、滝本からの連絡を受け、久々に地下プロレスで暴れようとその依頼を受けたのだった。思わぬ北王の登場に観客達も、そして由衣達の表情にも戦慄が走った。そしてこの時、それまで会場の隅で事態を静観していた一つの影もまたこの予期せぬ事態に動き始めていたのだが、それに気付くものは誰もいなかった。
 
「遅いんだよ…全くこんな女ごときに手こずりやがって…男として恥ずかしくねぇのかよ…まぁ、あんたが試合を決めちまったらこっちの出番もなくなるんで、それはそれで困るけどな。」
 
「ちっ…少し油断しただけだよ…さっ、出番だよ。久しぶりの地下プロレスで思いっきり暴れな!そしてこの生意気な女達を地獄へ送ってやれ!」
 
滝本の言葉と共に、北王はゆっくりと3人に近づいていく。その姿に由衣と瞳に恐怖心が甦り始めていくが、それも無理のない話であった。由衣は34回大会で、そして瞳は15回大会、43回大会の2度に渡り、それぞれ北王に痛めつけられており、北王の恐ろしさを十分過ぎる位味わっていたからであった。そして、北王との対戦経験のない遥もその巨体に足が竦み始めていた。
 
「久しぶりだなぁチビ共!といってもそこの奴は初めてだけどな。まあどっちにしろ今日はこちらのスーパーアイドル様から直々に頼まれてんだ…3人まとめて地獄に叩き落してやるよ!まずは市河っ、お前からだっ!」
 
そう言って北王は最初の標的を由衣に定め、その髪を掴んで立たせ振り回していく。恐怖心に支配され始めた由衣も必死に抵抗するが、如何せんパワーも体格も違いすぎる相手に成す術が無かった。そして北王は由衣を持ち上げると、岩石落しの様に由衣をマットに叩き付けた。
 
「んあぁぁぁぁっ…」
 
叩きつけられた由衣はその衝撃にグッタリとしていた。尚も攻撃を続けようとする北王に対し、瞳と遥もまた恐怖心に支配されてその場から動けずにいた。しかし瞳はどうにか由衣を助けようと必死にその身を動かそうとしていた。
 
(助けなきゃ…ここで何も出来なかったら前と同じだ…今度は3人一緒に戦う…そう決めたんだ!)
 
瞳は勇気を振り絞って由衣に近づく北王目掛けて気勢を上げながら走り出した。
 
「うあぁぁぁぁっ…」
 
(瞳ちゃん…)
 
瞳の姿に触発されたのか、遥もまた無心になって北王に突撃していった。
 
「あぁぁぁぁぁっ…」
 
突っ込む2人は同時に跳び上がってドロップキックを放っていった。しかし2人の勇気も空しく壁の様な北王の身体には殆どダメージを与えられず逆に跳ね返された様な形となってしまった。2人の攻撃は逆に北王の怒りに火をつけてしまい、北王は先に2人を始末しようとターゲットを変更した。
 
「ちっ…うるさい奴らだなっ!だったらまずはお前らから先に片付けてやるぜっ!」
 
そして北王は両方の手で瞳と遥の首に手を掛け、ネックハンキングツリーの様に2人を同時に持ち上げていく。吊し上げられる2人の顔が苦痛に歪んでいく。
 
「ひ…瞳ちゃん…だ…大丈夫…」
 
「は…遥ちゃん…こそ…」
 
「ほぉ〜こんな状況でも相手の事を気遣えるなんてなぁ…全く泣かせるねぇ…でも俺はそう言うのが一番見ててムカつくんだよ!」
 
そう言うと、北王は2人をマットに投げ捨てていく。叩きつけられぐったりする2人の姿をみた由衣はどうにか立ち上がろうとするが、滝本がその背中を踏みつけて由衣の動きを封じた為に身動きが取れなかった。
 
「瞳ちゃん…遥ちゃん…」
 
「慌てんなよ…まずはあの2人からだとさ…それまでは俺がお前の相手してやるからよっ!」
 
「きゃあぁぁぁぁっ…」
 
滝本に顔面を蹴られ悲鳴を上げる由衣を見て北王はニヤつき、マットに叩き付けた2人のうち、まずは遥の足を掴んでいった。
 
「お前とは今日が初めてだよなぁ…俺の恐ろしさをタップリと教えてやるよ!まずはこうしてなっ!」
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ…痛いっ…痛いぃぃぃぃ…!!」
 
堪らず遥が悲鳴を上げていく。北王が掴んだ遥の両足を股裂きの如く無理矢理広げていったのであった。
 
「痛いっ…痛い…裂けるっ…裂けちゃうぅぅぅぅ…」
 
「ふふっ…久しぶりだけどやっぱり女の悲鳴はいいねぇ…おいっ!滝本っ!お前もさっきまでやられてた仕返しをしてやれっ!潰すなら徹底的にやるんだよっ!」
 
「ふん…流石だねぇ…噂に聞いてただけの事はあるよ…よしっ!最初の生贄は末長だっ!」
 
そう言うと、北王によって逆さ吊りにされる遥の股間目掛けて滝本が勢いのついた前蹴りを叩き込んでいくと会場中に遥の悲鳴が響き渡っていった。
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ…痛いぃぃぃぃ…」
 
堪らず泣き叫ぶ遥の姿をみて滝本と北王はニヤリとしていく。そして北王は遥の腰に手を回すと、張るかを頭上まで持ち上げ、パワーボムの様に遥をマットに叩き付けた。
 
ドォォォォォン…
 
凄まじい衝撃音と共に叩き付けられた遥の目は既に白目を剥きかけていたが、そこに滝本が腹部目掛けてフットスタンプを叩き込んだ。続け様の衝撃に遥は胃の中の物を噴出し、その身体をヒクヒクさせながら失神してしまった。
 
「は…遥ちゃん…!!」
 
瞳と由衣の叫びも空しく、遥は完全に失神してしまっていた。その姿をみて滝本と北王はニヤリとしていった。
 
「ふん…汚ねぇやつだなぁ!まあとにかく一丁上がりだ…次はこちらの懲りないチビの番だな!」
 
そう言って2人が瞳に近づいていくと、由衣はダメージの残る身体でどうにか立ち上がって瞳を助けようとするが、それに気付いた滝本が立ち上がる由衣の顔面にケンカキックを見舞って由衣をダウンさせた。
 
「言ったろ…まずはこのチビからだって…お前の相手はその後でタップリしてやるから大人しくしてろっ!北王、こいつを暫く眠らせてやれっ!」
 
滝本が命令すると、北王が由衣に強烈な張り手を叩き込み、由衣は大きく吹っ飛ばされてしまった。吹っ飛ばされた由衣の髪を掴むと、そのまま鉄柱に何度も叩きつけていった。
 
「いやぁぁぁぁっ…ああぁぁぁぁっ…」
 
「ふふっ…お楽しみの邪魔をしようとした罰だ!まあ後からタップリ可愛がってやるけどなっ!」
 
悲鳴を上げる由衣の額が割れ、次第に出血が激しくなっていった。その由衣の血に興奮した北王は、今度は由衣のビキニブラに手を伸ばして由衣をトップレス状態にすると、そのバストをロープに擦り付けていった。
 
「ぎゃぁぁぁぁ…熱いぃぃぃぃ…焼けちゃうぅぅぅぅ…」
 
遂に由衣も泣き叫び始め、そのバストにはロープの摩擦痕がくっきりと浮かんでいく。暫くその攻めを続けた後、北王は由衣をマットに投げ捨て、そして先程の2人と同じ様に首元を捉えてネックハンギングツリーの様に由衣を吊し上げていく。トップレスの流血状態で吊し上げられる由衣の姿に観客達は言葉を失い始め、中には滝本と北王にブーイングを送る者まで出てきた。
 
「うぐっ…ぐぐぐっ…」
 
その由衣の苦しむ表情が北王を更に興奮させたのか、北王は締め上げる力を更に強めていく。吊るされる由衣の口からは次第に涎が垂れ始め、その目もまた虚ろになっていった。そして抵抗の少なくなった由衣を北王はリング上から観客席の中へと投げ込んでいった。
 
ガッシャーン…
 
「ゆ…由衣ちゃぁぁぁぁん…!!」
 
瞳の叫び空しく、リング上から投げられた衝撃は凄まじく、由衣は起き上がる事が出来なかった。唯一の救いは、普段なら観客席の中にトップレス姿で投げ込まれたとなれば観客達が黙っている筈がないのだが、投げ込まれた由衣の血だるまのトップレス姿は観客達にとっても残酷すぎた様で、由衣に手を出そうとする者は誰もいなかった。
 
(…負けない…勝たなきゃ…瞳ちゃんと…遥ちゃんを…助け…)
 
しかしダメージの大きい由衣は微かに残っていた意識の中でリングへ戻ろうと力を振り絞り必死に前へと這っていく。その凄まじい執念に観客は言葉を失い、中には目を背ける者すらいた。しかしその由衣の抵抗もダメージが大きい上に流血までしていた事で長くは続かなかった。やがて由衣はうつ伏せになって意識を失ってしまった。
 
(由衣ちゃん…遥ちゃん…私は…私はまた何も出来ないの…)
 
遂に由衣まで失神し、残るは瞳のみとなった。由衣と遥の無惨な姿に何も出来ない自分の非力さに涙を流す瞳。由衣の失神を確認した滝本と北王は、そんな瞳にも止めを刺すべく瞳を捕らえロープで腕を固定しその動きを封じていった。
 
「よくも…遥ちゃんと由衣ちゃんを…許さない…」
 
「笑わせるんじゃねぇよ…お前今の状況を分かって言ってるのか?お前ももう何も出来ない俺達の生贄なんだよっ!」
 
バキッ…
 
「ぐはっ…」
 
滝本のミドルキックが瞳のお腹を抉る。続け様に膝が連続して突き刺さり、瞳の口には酸っぱい匂いが充満していく。瞳はそれを必死に堪えていた。
 
「ぐぶっ…ぐぶぶっ…」
 
「へぇ…頑張るよなぁ…だったらこれも耐えてみろよっ!」
 
次の瞬間、北王の強烈な前蹴りが瞳のお腹を襲い、滝本のそれとは比較にならない圧力の前に瞳の口からは嘔吐物が勢い良く吐き出されていった。
 
「ぶべぇぇぇぇっ…ごぼぉぉぉぉっ…」
 
瞳の口から吐き出されたその嘔吐物は滝本にも少しかかり、それに怒った滝本は拳で瞳の顔面を殴りつけていった。
 
「汚ねぇ野郎だなっ!人にそんなもんかけんじゃねぇよ!北王、こうなったらこいつを完全に潰せっ!」
 
「ふっ…気の短いアイドルだよなぁ…そんなに怒らなくてもやってやるつもりだったんだよっ!」
 
バシィィィィン…
 
「んあぁぁぁぁっ…」
 
北王の強烈な張り手が瞳を襲う。瞳の口からは唾とともに血飛沫まで飛び散り、北王は張り手を連続で叩き込んで行き、次第に瞳の顔が紫色に変色していった。
 
「ふふっ…お次はこうだぜっ…」
 
ギュ…ギュ…
 
「いやぁぁぁぁっ…やめてよぉぉぉっ…」
 
先程の攻めでマットに吐き散らされた嘔吐物に瞳の顔が擦り付けられていく。自らの嘔吐物の上に顔を擦り付けられる瞳の姿はまさに残酷そのものであった。
 
「おらおらっ…痛いかコラッ…それなら許しを請えよっ…許してやんねぇけどなっ…ハハッ…」
 
「ぎゃぁぁぁぁっ…」
 
マットに倒れ伏す瞳の頭を踏みつけ、更にマットに擦り付けていく北王。その摩擦熱が瞳の傷口に襲い掛かり、瞳は耐え難い苦痛に襲われていった。
 
「ふん…あのガキの事は任せて大丈夫だな…さて、こっちは市河の方を可愛がってやるかっ!」
 
瞳を北王に任せ、滝本はリング下に横たわる由衣へ近づいていく。
 
「おらっ!どけよクソ共!こいつは俺の生贄なんだからよ!」
 
由衣を取り囲む観客を怒鳴り散らして退けると、血だるまで倒れる由衣の髪を掴んで起こしリングサイドまで連れていくと、その露になったバストを揉み回していった。
 
「ううっ…ああっ…あっ…やめ…やめて…」
 
バストへの刺激に意識を取り戻した由衣に、滝本はその耳元に語りかける。
 
「気が付いたか…お前良く見ると良い女だよな…折角だから俺の事を楽しませてくれよ…こうゆうふうになっ…」
 
「ううっ…ああっ…いやっ…誰が…アンタなんかに…」
 
身体にはダメージが残り抵抗したくとも抵抗出来ない由衣であったが、心の中にあった滝元へのリベンジの思いが由衣に最後の抵抗を促した。由衣の口から唾が吐きかけられ、それは滝本の顔面に命中した。
 
ペッ…
 
「くっ…てめぇ…なめやがって…だったらてめぇを大観衆の前で女にしてやるぜっ!」
 
「いやっ…やめて…それだけは…」
 
そう言うと滝本は由衣のビキニショーツに手を掛け、一気に下ろして由衣を全裸状態にしていくと、スパッツから自らの凶器を取り出していく。これには流石に観客からも凄まじいブーイングが起きていった。
 
「やめろ滝本っ!いくら何でもやり過ぎだっ!」
 
「血まみれの女の子にそんな事するなんて、それでも人間かっ!?」
 
しかしそんなブーイングに怯む事無く、逆に滝本は言い返していった。
 
「うるせぇクソ共!元はと言えば性懲りもなくケンカ売ってきたこいつらが悪いんだよっ!これはそのお仕置きなんだよ!ガタガタ言ってねぇで、大人しく見てやがれっ!お前らだって、本当はこいつが犯されるのを見たいクセに、善人ぶんじゃねぇっ!」
 
そういうと、滝本は自らの凶器を由衣の口に近づけていが、何をされるか悟った由衣が死に物狂いで抵抗していく。それに業を煮やした滝本は直接由衣の大事な部分に凶器を挿入しようと、由衣のお腹に膝蹴りを入れて黙らせていく。
 
「んあぁぁぁぁっ…」
 
抵抗する由衣もこの一撃でグッタリしてしまう。そして滝本の凶器が遂に由衣の大事な部分に迫った。
 
「ふふっ…もう終わりだ…お前はこの大観衆の前で俺に犯されるんだよ!」
 
もはや自分の運命を悟ったのか、由衣の目から一筋の涙が零れ落ちていく。絶対のリベンジを誓って臨んだこの試合で、自分は憎むべき相手に犯されるという屈辱、そして共に試合に臨んでくれた瞳と遥の前でまたしても無惨な姿を晒す自分の不甲斐無さに対してのものだった。
 
(…やっぱり…私達にはリベンジなんて無理だったのかな…瞳ちゃん…遥ちゃん…ごめんね…力になれなくて…)
 
心の中で2人に詫びつつ、覚悟を決めたのか由衣は静かに目を閉じる。リング上で北王にいたぶられ続けていた瞳も北王によって無理矢理その光景を見せられる。
 
「ほらっ…よ〜く見てろよ!お前の友達が大観衆の前で犯されていく様をなっ!ハハハッ!!」
 
「ゆ…由衣ちゃぁぁぁぁんっ…!!」
 
必死に叫ぶ瞳だが、北王によって動きを封じられている為にどうする事も出来ず、ただそれを見ているしかない。由衣が犯される場面なんか見たくないと瞳が目を瞑り、遂に滝本の凶器が由衣の大事な部分に差し込まれようとしたその時…。
 
「うぎゃぁぁぁぁっ!!」
 
突然、リング上で瞳の動きを封じていた北王が悲鳴を上げてしゃがみこんだ。驚いた滝本は由衣を離してリング上を見やるが、またしても北王が悲鳴を上げ、今度はマットの上をのた打ち回っていった。
 
「な…何だ!?何があったんだ一体?」
 
突然の出来事に滝本と観客がリング上を見るが、そこにはのた打ち回る北王と、解放されて倒れこむ瞳、そして失神している遥の姿しか確認できなかった。それに滝本と観客の注意が集中した一瞬の隙に、一つの影が滝本に迫った。
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
 
今度は滝本の露わになった股間に凄まじい衝撃が襲い掛かる。しかし間髪を入れずのた打ち回る滝本の首筋にまたも衝撃が襲い掛かる。
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ…痛てぇ…痛てぇ…だっ…誰だっ一体っ!?」
 
ビリビリビリ…
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ…」
 
またしても滝本の股間には凄まじい衝撃が襲い掛かり、滝本は白目を剥いて失神してしまう。そして滝本と北王に襲い掛かった影は、解放されて倒れこんだ由衣に剥ぎ取られたビキニを差し出す。意識朦朧としながらも由衣がそれが誰なのかを確認すると、それは由衣達にも滝本にも因縁深い人物であった。
 
「す…鈴本さん…鈴本さんなの!?」
 
そう、絶体絶命の由衣達を救った者、それこそかつて滝本と由衣達の抗争の原因ともなった鈴本亜美であった。その亜美がどうして自分達を?状況が理解出来ず混乱する由衣に亜美は言う。
 
「早くこれを着るの!コイツは私が止めてるから、あなたは瞳ちゃんと遥ちゃんを!」
 
「えっ…鈴本さん…何で…」
 
「理由はあと!早くして!あなたが2人を助けるの!今度こそ3人で勝つんでしょ!」
 
「えっ!?鈴本さん…何でその事を…」
 
「いいから早くっ!折角のチャンスを無駄にする気!?」
 
「あっ…は…はい!!」
 
亜美に怒鳴られ、由衣は受け取ったビキニを急いで身に付け、2人の待つリング上へと戻った。
 
「瞳ちゃん、瞳ちゃん!大丈夫!?」
 
「あ…ゆ…由衣ちゃんこそ大丈夫なの…」
 
意識を取り戻した瞳が由衣に尋ねる。流れる血を拭いながら由衣は答える。
 
「う…うん!鈴本さん…鈴本亜美さんが助けてくれたのよ…」
 
「えっ…何で鈴本さんが…!?」
 
「分からない…でもそれはあと!遥ちゃんを!」
 
「うん!」
 
由衣と瞳が遥の元に駆け寄り、遥の意識を戻していく。
 
「遥ちゃん!しっかりして!大丈夫!?」
 
「う…由衣ちゃん…瞳ちゃん…良かった…無事なのね…」
 
「うん!3人揃ってるよ!」
 
ダメージを追いながらも、お互いの無事を確認した3人は微笑み合う。そこに衝撃にふら付きながらも北王が立ち上がってきた。
 
「くっ…ナメた真似しやがって…こうなればお前ら4人まとめて血祭りだぜっ!」
 
そう叫ぶ北王の目は完全に狂気を孕んでいた。なりふり構わず突進してくる北王に対し、3人は冷静にそれを回避していった。
 
「市河さん!これをっ!」
 
そう言って亜美がリング下から何かを由衣に投げる。それは先程滝本と北王にダメージを与えた高電圧のスタンガンであった。由衣達のピンチに亜美が会場を探し回り、今日出場予定だった選手の楽屋にあったものをこっそり拝借してきたものであった。
 
「まずはそれでそいつをっ!それでも使わないとそいつは倒せないわ!」
 
亜美の言葉に由衣は頷く。そして由衣はそれを手に北王と向かい合った。
 
「そんなもんを使ったところで俺に勝てるか!?所詮お前らみたいな小娘が俺に勝てる訳はねぇんだよ!」
 
「…勝つわ!折角鈴本さんが助けてくれたんだもの!それに…私達はどんな事があっても今日は勝つって誓ったんだから!瞳ちゃん、遥ちゃん、行くよっ!!」
 
「うん!!」
 
決意を固めた3人は怯む事無く北王に向き合う。
 
「この小娘共がぁぁぁぁっ!!」
 
さん鬼気迫る表情で突進してくる北王を、3人は分散して迎え撃ち、由衣が北王を引き寄せる。そんな由衣を沈めようとする北王は張り手を繰り出すが、由衣はそれを冷静にかわしていく。そしてその隙に瞳が北王の背後に回った。
 
(瞳ちゃん!)
 
北王の背後の瞳に気付いた由衣はアイコンタクトをし、亜美から受け取ったスタンガンを北王の股下から瞳に素早くパスする。それを受け取った瞳はスタンガンの電圧を最高にした。
 
「何っ!?」
 
由衣の素早い行動に対処し切れない北王。慌てて後ろを振り向いた次の瞬間、北王の股間には先とは比較にならない凄まじい衝撃が襲い掛かった。
 
「うぎゃぁぁぁぁっ…!!」
 
ドシィィィィン…
 
そして次の瞬間、北王の巨体が音を立ててマットに沈んでいった。いかに巨漢の北王と言えども、高電圧のスタンガンの衝撃を股間に叩き込まれたのでは一溜りも無かった。
 
「ま…まさか…この俺が…こんなガキ共に…」
 
しかしダメージを負いながらも、北王の目はまだ死んでいなかった。その目は鬼神の様に由衣達を睨みつけて必死に立ち上がろうとしていた。
 
「くっ…スタンガンの衝撃でも倒れないなんて…こいつをもう一度起こしちゃ駄目だ…ここで勝負をつけないと…」
 
北王の執念に由衣も焦り始め、倒れこんだ北王の身体に馬乗りになり、その喉元に自らの細い腕を落としギロチンチョークを落としていった。
 
「うぐっ…ぐぐっ…」
 
由衣も自らの持てる力を振り絞って北王の喉に腕を押し付けていく。しかし亜美の助けで回復したとはいえ、先程までのダメージで由衣の体力も大分消耗してしまっており、完全に極める事が出来ない。ましてや相手の北王ももはや死に物狂いになっており、このままではいずれ返されてしまうのは目に見えている。由衣の焦りが増していく中、瞳はもう一度スタンガンを北王に叩き込もうとするが、運悪くバッテリーが切れてしまい使い物にならなくなってしまった。
 
「どうしよう…このままじゃ由衣ちゃんが…」
 
瞳の焦りも増していく中、しかし遥が駆け寄ってきて言った。
 
「瞳ちゃん…あれやってみようよ…ほらっ…トレーニングで見せてくれたやつ…」
 
「えっ…でも…あれは凄い難しい技で…成功するかどうか分からないのに…」
 
「迷ってる状況じゃないよ!このままじゃ由衣ちゃんが…折角のチャンスを無駄にする気!?それこそ仁美ちゃんにも顔向け出来ないよ!」
 
「遥ちゃん…」
 
「私は由衣ちゃんと一緒に北王を抑える!だから必ず決めるの!…大丈夫…絶対瞳ちゃんが成功させてくれるって私、信じてる!由衣ちゃんだって…信じてくれてる筈だよ!」
 
遥の言葉に、瞳の決意は固まっていく。そして瞳はリング下の亜美を見ると、亜美も瞳に向かって頷いていた。
 
「…分かった…私、やってみる!遥ちゃん、お願いね!」
 
「うん!」
 
そう言うと、遥は由衣に加勢して北王の動きを抑えていく。そして瞳はコーナーポストの最上段に上っていった。
 
「由衣ちゃん…瞳ちゃんがアレを決めるわ!私達は瞳ちゃんが成功する様に何が何でもコイツの動きを封じるの!」
 
「瞳ちゃんが…そっか…よしっ!」
 
由衣と遥は倒れこむ北王に馬乗りになり、自分達の持てる全ての力を振り絞って北王の動きを押さえつけていく。そしてコーナートップに上って場外を向きつつ、瞳はそれを見やる。
 
(この技…仁美ちゃんが教えてくれた技…考えてみれば仁美ちゃんも北王にやられたって言ってたな…仁美ちゃんの為にも絶対に決める!)
 
様々な思いが瞳の脳裏をよぎる。そして瞳は心を静め、無心になってコーナートップから広報に飛び上がってバック宙を決めた。そのバック宙は会場が静まり返る程美しかった。
 
(絶対に決める!)
 
その一心だけを心に秘めた瞳の両足が北王の股間に突き刺さる。それこそ友の仁美と共に身に付けた、ムーンサルトフットスタンプであった。
 
「うがぁぁぁぁぁっ…!!」
 
会場内に北王の断末魔の悲鳴が響き渡る。先程のスタンガンに勝るとも劣らぬ凄まじい衝撃に、さしもの北王も遂に白目を剥いて失神していった。由衣と遥が押さえつけていた体からも一気に力が抜けていく。由衣も遥も、そして着地した瞳も暫し放心状態になっていた。そして会場からは北王からまさかの失神KO勝利を収めた3人に大きな歓声が起きる。
 
「決まった…の…?」
 
「やった…やった…やったね!勝ったのよ瞳ちゃんっ!!」
 
まだ状況がつかめない瞳に由衣と遥が駆け寄っていく。そこでようやく瞳も状況を理解した。
 
「由衣ちゃん…遥ちゃん…私…私…出来た…北王に勝っちゃった…」
 
「凄い…凄いよ瞳ちゃん!あの難しい技成功させるなんて!仁美ちゃんもきっと喜ぶよ!」
 
そう言って遥が瞳に抱きつきながら喜んでいく。そして瞳も涙を浮かべながら遥に礼を言った。
 
「ありがとう…遥ちゃんが励ましてくれなかったら出来なかった…本当にありがとう…」
 
「…やったね瞳ちゃん!でも…私達が本当に倒さなきゃいけないのは北王じゃない…本当の敵がまだ残ってるわ!」
 
そう言って由衣は、リングサイドで倒れこむ滝本に目を向けた。遥も、そして涙を拭って瞳もそれを見やる。そして3人はリングサイドに降り、滝本を抑えていた亜美の元へとやってきた。
 
「…瞳ちゃん。カッコ良かったわよ。」
 
亜美は微笑みながら瞳に言った。そして倒れこむ滝本の意識を戻していく。
 
「起きなさい!まだ試合は終わってないわよ!」
 
「うっ…し…試合は…市河は何処行った!?それに北王やガキ共は!?」
 
先程下ろしたスパッツがずれた情けない格好を観客に失笑される中、意識を取り戻した滝本は慌ててスパッツを直しながら辺りを見回した。
 
「三人ともここにいるわ。瞳ちゃんも遥ちゃんも、それにあなたが犯そうとした市河さんもここにね。」
 
「あ…亜美っ!お前一体どういうつもりだっ!まさかてめえ、今になってフラれた腹いせにでも来たのか!?」
 
「腹いせなんて、そんな昔の事にいつまでも拘ってないわよ。私はただ、相変わらず女の子相手に卑怯な手を使うあなたが許せなくて来ただけよ。最も、あなたの仕込んだ秘密兵器はリングの上で白目剥いてるし、これであなたも正々堂々戦うしかなくなったみたいだけど。」
 
「な…何!?まさか北王がやられたっていうのか?あっ…あの野郎っ…あんな無様な姿になりやがって…役立たずのゴミがっ!」
 
「ゴミはあなたよ!大の男があんな卑怯な手を使って女の子をいたぶって、その上こんな多くの人の前で市河さんをレイプしようとしたあなたに人を野次る資格なんか無い!…あなたみたいな人の彼女だった自分が情け無いわ。ホント別れて良かった!」
 
「て…てめぇ…好き勝手言いやがって…一度芸能界から干された女がこの俺にそんな口を利くなんて百年早いんだよぉっ!」
 
亜美に良い様に言われてキレた滝本は亜美に殴りかかっていく。しかし亜美はその拳をかわして逆にその腕を取ると、一本背負いで滝本を叩き付けた。
 
「ぐはっ…」
 
「…今のあなたはアイドルでも何でも無い…単なる卑怯な最低男よ!」
 
そう言って倒れた滝本を睨みつける亜美に向かって会場からは亜美コールが起きていく。しかしここで由衣が間に割って言った。
 
「鈴本さん…ここから先は私達に任せて。元々、今日は私達3人とコイツとの試合だったんだの。コイツとの決着は私達が付ける!」
 
「…そうね。北王も倒れた事だし、私だって北王と同じ邪魔者だしね。ここらで邪魔者は消えるとするわ。あとはあなた達3人とそいつとで決着を付けて。」
 
そう言って去ろうとする亜美は、今まで何も出来ず事態を静観していた黒服達に言った。
 
「お願いがあるの。私と北王の乱入は無かった事にして試合を続行させてあげてくれない?どうせ北王もあれじゃもう邪魔は出来ないわ。それに私もこれ以上試合に干渉する気はないし。あとはあの4人で決着を着けてくれるだろうしね。お願い。」
 
亜美のその申し出に、黒服達も由衣達や滝本がまだ戦える事、それに北王の状態や亜美の意思を考慮して試合を続行する事を了承していった。そしてリング上で倒れる北王が担架に乗せられて退場するのを見届けた亜美もまた会場から去ろうとするが、その間際に由衣達に声をかけていった。
 
「市河さん、瞳ちゃん、遥ちゃん…頑張ってね。」
 
そう言って去っていく亜美。その亜美に滝本は殴りかかろうとしていくが、黒服達がそれを制止する。
 
「離せっ!あのふざけた女をぶっ殺してやるっ!第一、こんな事が認められるのか!?乱入の上に凶器まで使いやがって!」
 
抗議する滝本に、黒服は冷たく言い放つ。
 
「試合中だ!リングに戻れ!…それに鈴本の行為を反則とするなら、お前が北王を乱入させた事も反則と見なされてこの試合は無効試合になるぞ。散々反則をしておいて少々身勝手ではないのかね滝本君…」
 
「なっ…」
 
黒服の言葉に滝本は言葉を失う。普段はアイドルを痛めつける男性ヒール側の反則は黙殺される地下プロレスであるが、流石に今回の滝本の行為は度が過ぎたと見なされ、罰として亜美の乱入も北王の乱入同様に黙殺される事になったのだった。
 
「ふざけんじゃねぇよ!あんた達俺の味方じゃないのかよっ!」
 
焦って尚も黒服に掴みかかる滝本を、由衣達が引き離していく。
 
「あんたの相手は私達よ!そんなに鈴本さんに文句言いたいなら私達3人に勝ってからにしなさいよ!」
 
そう言って由衣達は滝本をリングの中へ放り込んでいく。由衣達3人と滝本が再びリングの上で向き合い、試合は振り出しへと戻った形になった。
 
「ちっ…北王に勝ったからって調子に乗るなっ!俺一人でもお前ら3人位簡単に倒せるんだ!覚悟しやがれっ!」
 
「覚悟するのはアンタよ!散々卑怯な手を使って…絶対に許さない!」
 
そう言うと、由衣は瞳と遥を制して滝本と組み合っていく。押していく由衣だが、滝本にその力を利用され、逆に持ち上げられて水車投げのように後方に背中から叩き付けられてしまった。由衣の顔が苦痛に歪んでいく。
 
「由衣ちゃん!」
 
心配そうに見守る瞳と遥。そして倒れこんだ由衣を捉えた滝本は背後から組み付いてバックドロップでまたも由衣を叩きつけていった。苦しそうな表情を浮かべる由衣の顔を踏みつけて滝本が観客達にアピールしていくが、滝本に浴びせられたのは歓声ではなく凄まじいブーイングだった。
 
「滝本っ!この期に及んでまだそんな事しかできねぇのかよ〜!!」
 
「いい加減堂々と戦いやがれっ!このゴミ野郎っ!」
 
「市河〜っ!そんな奴に負けるなぁ〜っ!」
 
「北王に比べたらそんな奴大した事無いぞっ!」
 
「由衣ちゃ〜ん!もう少しだぞっ!頑張れっ!」
 
「藤原っ!ボーっとしてるなっ!滝本にもムーンサルトフットスタンプ決めてやれっ!」
 
「遥ちゃ〜ん!遅れを取るなっ!由衣ちゃんを助けろ〜!!」
 
そして滝本とは対照的に由衣達3人を応援する声が会場に響き渡る。観客はもはや完全に由衣達の方へと傾いていた。
 
「クソ共がっ!だったらお前らの目にこいつらがボロボロにされる様を焼き付けてやるよ!」
 
そう言って滝本は由衣の顔面に踵を落とそうと足を上げていく。それは由衣がずっと夢でうなされ続けた光景であった。
 
(まずいっ!!)
 
由衣は思わずハッとして素早く側転してそれをかわし、カウンターの水面蹴りを滝本の足に叩き込んだ。
 
「うわあぁぁぁぁっ…」
 
思わず倒れこむ滝本の背中へ、遥が飛び上がってヒップドロップを落とす。そしてそのまま滝本の足を取ると、ストレッチマフラーホールドを極めていった。
 
「うぎゃぁぁぁぁっ…」
 
どうにかして逃れようとする滝本だが、由衣達とのトレーニングで鍛えた遥の関節技は確実に滝本の足にダメージを与えていた。そして遥が技を解くと、滝本はグッタリとして倒れこんだ。
 
「うっ…くそっ…」
 
どうにか立ち上がる滝本だが、遥の攻めが効いたのかその足はおぼつかない。それでもその足で遥に対して今度はラリアットを放っていった。
 
「喰らえぇぇぇぇっ!!」
 
しかし、それは結果として遥に最大のチャンスを与える事となった。すばやくそれをかわした遥は逆にその腕を取って飛び上がると、滝本の首に両足を絡めた。そう、中邑真輔の得意技、シャイニングトライアングルである。
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ…腕があぁぁぁぁっ…」
 
堪らず悲鳴を上げる滝本。先のストレッチマフラー同様にしっかりと極められた遥の技は、滝本の腕にも大きなダメージを与え、滝本は思わず膝を付いていく。
 
「瞳ちゃん…今よ!アレを!」
 
「分かった!」
 
遥の声と共に瞳が滝本目掛けて走り出す。そして瞳は滝本の膝を踏み台にしてその顔面に自らの膝を叩き込んだ。そう、仁美から伝授された武藤敬司の得意技、シャイニング・ヴィザードである。
 
「ぐはあっ…」
 
顔面への衝撃に崩れ落ちていく滝本。その姿に遥が技を解くと、瞳が由衣に言っていく。
 
「由衣ちゃん!今度は由衣ちゃんの番よ!」
 
そして由衣は倒れこんだ滝本の首を捕らえてフロントスリーパーで締め上げていく。ダメージから立ち直れない滝本を締め上げる由衣は、その下から顔面に膝蹴りを叩き込んで更にダメージを蓄積していく。そして由衣は滝本の首に左手を巻きつけ、右手を股下に差し込むと渾身の力を込めて滝本を持ち上げた。
 
「な…お前…まさか…」
 
「…そうよ。そのまさかよ!喰らえっ!」
 
そう叫ぶと、由衣は滝本を脳天から垂直にマットに叩き付けた。佐々木健介・北斗晶夫妻が得意とするノーザンライトボム。由衣が今日のリベンジに向けて身に付けた技であった。
 
「ふぎっ…」
 
変な悲鳴を上げて滝本がマットに倒れこんでいく。勝負は決したかに見えたが、由衣は失神状態の滝本を持ち上げてコーナーポストに投げ捨てていった。
 
「瞳ちゃん、遥ちゃん!最後は3人で決めるよ!」
 
「OKっ!」
 
そう言うと瞳と遥がトップロープに上り、由衣は倒れこむ滝本の頭を股に挟みこんでいく。そしてトップロープに上った2人が滝本の足を片方ずつ掴んだ。
 
「や…やめろ…もう…許して…」
 
これから何をされるかを悟った滝本は哀願していくが、由衣達はそんな情けない滝本に言った。
 
「…覚悟しなさい!あんたが今まで私達や他のアイドルにしてきた事を身を持って知るのね!」
 
そう言うと、次の瞬間滝本の首には3人掛かりの凄まじい圧力がかかっていった。
 
ドスゥゥゥゥン…
 
「ふぐうっ…」
 
断末魔の悲鳴を残し、滝本は白目を剥いてマットに大の字に倒れこみ今度こそ失神してしまった。それを確認した黒服がゴングの要請をしていく。
 
「カンカンカンカン…」
 
ゴングが打ち鳴らされ、ここで由衣達の勝利が決定していく。それは長きに渡って由衣達を苦しめ続けた悪夢の終わりを告げるものであった。同時に観客からも由衣達に大歓声が送られていった。
 
「…勝ったの…かな…」
 
「うん…勝った…みたいね…」
 
「勝ったんだ…勝ったんだよ!!やった!!」
 
暫し放心していた3人は、観客の歓声で我に帰り、思わず抱き合う。ここに3人の全てをかけたリベンジマッチの幕は勝利の2文字をもって閉じられたのだった。
 
「やった…やったよ…私達、タッキーと北王に勝っちゃったんだよ!!」
 
「どうしよう…まだ信じられないよ…一時はまた負けるのかって思ったのに…」
 
瞳と遥の目には大粒の涙が浮かんでいる。そんな2人を称える様に由衣が言った。
 
「私達3人が力を合わせたからこその勝利だよ…ありがとう、瞳ちゃん、遥ちゃん…2人がいてくれなかったら、私…踏み出せなかっ…」
 
そこから先は由衣も涙で言葉にならなかった。
 
「由衣ちゃん…私こそ、由衣ちゃんと瞳ちゃんにお礼を言わなきゃね…あんな酷い事言ったのに私の事待っててくれて…本当にありがとう…」
 
既に遥の目は涙で真っ赤になっていた。
 
「私だってそうだよ…由衣ちゃんと遥ちゃんが私の事を信じてくれたから、私は最後まで頑張れたの…私、2人の事が大好きだよ…」
 
そう言って瞳は号泣していった。その3人の姿に会場からの歓声も一段と大きくなる。
 
「ほらっ…お客さんにお礼を言おう…私達の事最後まで応援してくれたんだからさ…」
 
由衣の言葉に、3人は改めて観客に向けて手を上げてアピールしていく。その姿に会場からの拍手は暫く鳴り止む事は無かった。
 
 
試合を終え、3人は念の為医務室で診察を受けた。北王の乱入で思わぬダメージを負ってしまった3人だが幸い大きな怪我は無く、その後控え室へ戻ってきた。するとそこで待っていたのは3人の窮地を救った亜美であった。
 
「…おめでとう。3人共、頑張ったね…」
 
「鈴本さん…」
 
3人を祝福する亜美に、由衣は試合中聞けなかった事を尋ねた。
 
「鈴本さん…どうして私達の事を助けてくれたんですか?それに…私達がタッキーにリベンジしようとしてた事もどこで知ったんですか?あなたと私達は仮にも敵同士だった関係ですよ…鈴本さんの事だって何度も酷い目に遭わせたのに…」
 
由衣の問いかけに、亜美は少し間を置いて答えた。
 
「この前…あなたと会った時、私を見て凄い怯えたでしょ?あの原因、私にもうすうす分かってたの。あなたが、私や滝本君との事にトラウマをもってるんじゃないかって。あなたの怯え方も尋常じゃなかったし、それであの後気になってずっとあなたの事を調べていたの。」
 
「私の事を…調べてた?」
 
「そう。そしたら案の定、あなたはトラウマを抱えてた。最も、私の想像以上にそれは重いものだった。そしてあなただけじゃなく、瞳ちゃんや遥ちゃんも同じ様に苦しんでいる事もね。」
 
「私達の事も…」
 
瞳も遥も初めて知った真実に驚きを隠せない。
 
「そうやって調べていくうちに、段々私は、あなた達のトラウマに責任を感じる様になった。元はといえば瞳ちゃんと滝本君のカードから全てが始まった事だけど、そこに私も関わった為に瞳ちゃんも、遥ちゃんも、市河さんも更に泥沼にはまって、その結果3人とも大きなトラウマを抱える事になってしまったんじゃないかって。トラウマの直接の原因は滝本君だとしても、私にだって少なからず責任がある。あなた達がそのトラウマを抱えたまま今も苦しみ続けているって知ったら、尚更にね。」
 
「鈴本さん…そんな事を…」
 
「そして私は、市河さんと瞳ちゃんが滝本君にリベンジしようとしてるって話を聞いた。でも遥ちゃんと2人がギクシャクして仲直り出来ないでいるって知って、どうにかして元の3人に戻れる様にって思った。その為に市河さんと瞳ちゃんが苦しんでて、遥ちゃん、あなたを必要としているって事を分かってほしいと思ったの。」
 
「まさか…あの差出人不明の手紙は…」
 
「そう。あなたに2人と仲直りして欲しくて私が送ったの。その後、3人が仲直り出来てリベンジに踏み出してくれた時は、これで少しは罪滅ぼしが出来たかなってホッとしたわ。」
 
「鈴本さん…私の為に…」
 
かつて敵対していた亜美が自分と由衣達の和解の為にそこまで尽力してくれていたという事実に、遥は衝撃を受けていた。
 
「その後も気になっちゃってずっとあなた達のトレーニングを影ながら見させてもらっていたの。日を追って強くなっていくあなた達にこれならもう何もしなくても大丈夫かなって思ってた。」
 
「そっか…私、トレーニングしてる時にずっと誰かに見られてる気がしたんだけど、鈴本さんだったんだ…」
 
瞳は何処と無く安堵した様な表情で言った。
 
「でもあなた達と滝本君との試合が決まってから、変な噂を耳にしたの。滝本君があなた達を倒す為に何か罠を仕掛けてるらしいって。でもどうしてもその確証が掴めなくて、心配になって今日の試合も注意しなきゃいけないと思ったの。そしたら案の定北王なんてとんでもない奴が仕込まれてた。あいつが出てきたときは正直想像を超えてて焦ったわ。どうにかしなきゃ3人ともやられちゃうって。それで方法を考えているうちにすっかり遅くなっちゃって。ホント間一髪だったよね。あと少し遅れてたら市河さんは…間に合って良かったわ。」
 
自分達の為にそこまでしてくれていた亜美に、しかし由衣にはまだ腑に落ちない点があり、素直に感謝できずにいた。
 
「でも鈴本さん…タッキーはあなたの元カレだった…あなたは私達への償いを口実にしてタッキーに復讐しようとしてたんじゃないですか!?」
 
「由衣ちゃん…言い過ぎだよ!鈴本さんが私達を助けてくれたのは事実じゃない!それに…鈴本さんだって私達に責任を感じてたんだし…」
 
「そうだよ…鈴本さんが助けてくれなかったら私達は…」
 
そういって自分を庇う瞳と遥を制し、亜美はそれに答えた。
 
「いいのよ2人共。そう思われても仕方が無い部分はあるものね。確かに私は滝本君に捨てられてとてもショックだった。干されてたその時の私にとっては耐え難い事だった。そしてその後も掌を返された様にここで滝本君にいたぶられて、そんな状況で私の中で滝本君を恨む気持ちが起こらない方が不自然だものね。」
 
「鈴本さん…」
 
「でもそうやって滝本君にやられる中で私、思った事があるの。こうやって私と同じ様にやられた市河さん達もきっと辛かったのかなって。その時は私もなかなか復帰できない焦りで自分の事しか見えてなくてそう思って終わっちゃったけど、復帰できた今になってそれを思い返してみるともしかしてあなた達は私以上に辛かったのかなって思う様になった。そんな時に市河さんと会って色々と事情を知った時、滝本君への恨みの気持ち以上にあなた達への償いの気持ちの方が大きくなっていったの。私に何か出来る事は無いかって。それが私の本当の気持ち。信じてくれなくてもいい。あなた達がトラウマを乗り越えてくれたのなら私はそれだけで十分だよ。」
 
自分の本心を打ち明けた亜美の表情はさっぱりしていた。しかしその亜美に由衣が言った。
 
「…ごめんなさい、酷い事言って。鈴本さんは…ずっと私達の事を考えててくれて、陰ながら私達を助けてくれたのに…私こそ酷い奴ですよね。」
 
「市河さん…」
 
「鈴本さん…改めてお礼を言わせて下さい。ありがとう…あなたがいてくれたから、私も、瞳ちゃんも、遥ちゃんも自分のトラウマに打ち勝てた。私達の方こそ、昔の事謝らなきゃいけないですよね、3人で鈴本さんを痛めつけた事…ごめんなさい。」
 
「ううん。そんな事…もう全部忘れて終わりにしましょう。私…これからもあなた達の事を陰ながら応援させてもらってもいい?」
 
「…勿論ですよ。私達こそ、鈴本さんの事応援させて下さい。折角復帰出来たんじゃないですか。今までの苦労がやっと実を結んだんですから、頑張って下さいね。」
 
「…ありがとう。まさかあなた達にそう言ってもらえる日が来るなんてね…何か夢みたい。」
 
すると、脇から由衣と亜美の会話を聞いていた瞳が亜美に近寄り、突然その頬をつねった。
 
「痛っ…」
 
「夢じゃないですよ。現実です。色々あったけど、私達3人と鈴本さんはそれを乗り越えてお友達になれたんです。」
 
「友達…私が…あなた達の?」
 
「そう。鈴本さんは私達のピンチを救ってくれた。ピンチの時に助けてくれる人こそ友達だって仁美ちゃんが言ってました。」
 
「仁美ちゃん?仁美ちゃんって…」
 
ヒトミがヒトミと言っているのに亜美が混乱しているのに気付いた遥がフォローを入れる。
 
「あっ…仁美ちゃんって言うのはこの子の友達の伊藤仁美ちゃんの事です!全く…言い方が紛らわしいのよ瞳ちゃん!」
 
そう言われて反省する瞳は、ここである事に気が付いた。
 
「そう言えば、みんな私の事を瞳ちゃんって言ってるけど、私改名したからもう瞳じゃないんだ!私、今は『松永優子』っていうんだっけ…もう!皆がヒトミヒトミっていうからだよ!これからはちゃんと『優子ちゃん』って呼んでよね!」
 
「うん、瞳ちゃん!あ…」
 
亜美は思わずしまったという表情を浮かべる。
 
「もう〜!優子です優子!!」
 
ムキになる瞳…いや優子に、亜美も、由衣も、遥も可笑しくなって笑っていた。そして、優子は亜美に向かって手を差し出す。
 
「鈴本さん…これからは亜美ちゃんって呼んでもいい?折角お友達になれたんですもの。」
 
「…うん。そう呼んでもらった方が私も嬉しいよ。これからは仲良くしましょうね。宜しく優子ちゃん。」
 
そう言って亜美は優子と握手を交わす。
 
「う〜ん。でも何か優子って呼ばれるのしっくり来ないなぁ〜。やっぱり瞳の方がしっくり来るかな?」
 
「も〜どっちで呼んだら良いのかはっきりしてよ〜。」
 
握手する亜美と優子…瞳はまた微笑んだ。
 
「さっ!つぎは遥ちゃんの番!」
 
瞳が遥を亜美の目の前に連れてくる。
 
「私も…亜美ちゃんって呼んでもいいですか?」
 
亜美は微笑みながら頷いた。
 
「亜美ちゃん…ありがとう。亜美ちゃんがいたから私は皆と仲直り出来たの…亜美ちゃんも私にとって大切な友達だよ。これからも宜しくね。」
 
「うん。こんな私だけど、宜しくね。」
 
そして遥も亜美と握手を交わす。そして最後に亜美は由衣と再び向き合って握手した。
 
「市河さん…」
 
「もう。市河さんじゃなくて由衣ちゃんて呼んでよ亜美ちゃん!」
 
「…由衣ちゃん…」
 
「…私達、今まで色々あったけど、これから改めて仲良くやっていこうね。あ、亜美ちゃんってあれからジュニアヘビーの王者にもなってるんだよね?」
 
「えっ…うん、一度だけだけど…」
 
その答えに瞳と遥が驚いて言った。
 
「凄い!亜美ちゃんってそんなに強くなってたんだ!カッコいい!」
 
「友達に元ジュニアヘビー王者とグラビアチャンピオンがいるなんて…私達の自慢だよ!」
 
その言葉に亜美は少し照れている様であった。
 
「ねぇ亜美ちゃん、今度改めて勝負しましょうよ。私…強くなった亜美ちゃんと正々堂々と戦ってみたいな。」
 
「…良いわよ。是非お手合わせ願うわ。現役のチャンピオンにそんな事言ってもらえるなんて光栄ね。でも…友達が相手だと戦いにくいなぁ…」
 
「友達でも、リングの上では恨みっこ無し!戦う時は全力でかかってきてよね。私も手加減しないから。こういう風に!」
 
そう言うと、由衣は亜美の手を握る力を強めていった。
 
「痛たたたたっ…やったわねっ…」
 
亜美も負けじと由衣の手を強く握り返していった。
 
「きゃっ…亜美ちゃんってば力強くなってる〜」
 
思わず熱くなる2人の間に瞳と遥が割って入った。
 
「もう!ストップストップ!勝手に盛り上がらないでよ!第一、2人が戦ったんじゃ私達どっち応援したら良いのか分からないよ〜。」
 
「その時は両方とも応援してよ。勝敗は関係なく、私達が良い試合出来る様にさ。」
 
「うーん。でもこっちとしてはやっぱり複雑よね〜2人ともヒートアップしてトップレスで取っ組み合いとかしそうだしな〜。そんなレズみたいな姿…少し見てみたいかも。」
 
「見たいのかい!!」
 
由衣と亜美のツッコミはほぼ同時であった。瞳と遥はそれがツボに嵌って大笑いであった。それにつられる様に由衣と亜美もどちらからともなく笑ったのであった。
 
 
それから数日後。由衣はテレビ局の楽屋にいた。先日自分の為に中断してしまったリハーサルに改めて参加する為である。
 
『今度ドラマの仕事が決まったの!由衣ちゃんともいつかドラマで共演したいね。P.S. 亜美ちゃんによろしくね。』
 
(遥ちゃん…頑張ってるみたいね。良かった…)
 
『仁美ちゃんも私達の勝利を喜んでくれてたよ。タッキーだけじゃなく北王にも勝ったって言ったら飛び上がって驚いてたけどね。今度是非亜美ちゃんを紹介してとの事。今度時間があったら仁美ちゃんも含めて5人でどっか遊びに行こうね。P.S. 私の呼び名、仁美ちゃんに相談したらWヒトミじゃなくなるのは寂しいって言われたのでこれからも『瞳』という事になった。まああだ名だと思ってこれからも瞳って呼んでね。』
 
(…そっか…仁美ちゃんも喜んでくれたんだ…瞳ちゃんは結局、自分だけじゃなくて仁美ちゃんの仇も取ったんだね…)
 
遥と瞳(優子)からのメールを見て、2人はそれぞれ新しいスタートを切れたのだと安心する由衣の耳に、スタッフの呼ぶ声が聞こえてくる。
 
「市河さ〜ん!もうすぐリハーサル始めるんで宜しく!」
 
「はーい!」
 
返事をする由衣は、携帯をバッグにしまうと楽屋を後にした。
 
(瞳ちゃん、遥ちゃん。私も今日から、改めて頑張るよ。)
 
 
スタジオへ向かう由衣。その目に先日と同じ様に一人の人物の姿が飛び込んでくる。先日自分達が勝利した滝本であった。
 
(タッキー…)
 
歩きながらも緊張する由衣。すると滝本はバツが悪そうに由衣から視線を逸らすと足早にその場から去った。その姿を見やる由衣は、しかし再びスタジオへ向けて歩き出した。
 
 
「おはようございます!先日はすいませんでした!今日は改めて宜しくお願いします。」
 
その由衣の姿にスタッフが心配そうに駆け寄ってくる。
 
「由衣ちゃん!大丈夫なの!?」
 
「大丈夫です!いつまでも引き摺る程情けなく無いですよ!」
 
「そっか…じゃあ宜しく頼むよ!」
 
そして今日のリハーサルの共演者もスタジオ入りする。
 
「鈴本亜美さん入られま〜す!」
 
一瞬、スタッフの間に先日の由衣の姿が浮かび緊張が走る。しかし入ってきた亜美を見て由衣は近づいていく。その由衣の姿にスタッフは意外そうな表情を浮かべる。
 
「…この前はゴメン。その代わり、今日はしっかりやるから、宜しくね。」
 
「分かってるって。こちらこそ宜しく。一緒に頑張りましょうね。」
 
そう言う亜美と由衣は笑いながら手を握り合う。その2人の姿に、もう忌まわしい過去の影は無かった。友の瞳(優子)と遥、そして新たな友の亜美と一緒に、由衣も今、前へと歩き出した。
 
 
‐『悪夢との決着』(後編)-(完)-
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