最初の試合から激戦となったヒロインタッグバトル。その第2試合の出場チームの出番が近づいていた。

 

 

「ふぅ…ここに来るのも久しぶりだけど、いつ来てもやっぱり緊張するな…」

2試合に出場する冒険ジャーチームの一人、末長遥は久々の試合を前に準備運動で緊張をほぐしていた。かつてこの地下リングによく参戦していた時期があった彼女も、ここ最近はリングより遠ざかっており、久々の参戦となる今回のタッグバトルに対して緊張を隠せないでいた。

「遥ちゃんでも緊張するんだ…私も余計緊張してきちゃうよ…」

そういうのはパートナーである仲村知世。遥と異なり、今回が地下リング初参戦となる。この地下リングの噂は聞いていたものの、経験者である遥から聞かされた話は噂以上で、知世は不安を隠せなかった。だからこそ、遥は経験者である自分がしっかりしなければと自覚していたが、いざ本番となると緊張を隠すことができないでいた。そんな遥に、知世はある携帯メールを見せる。

『遥ちゃん、あなたはきっと、私よりずっと強い人なんだと思う。あきらめるのは遥ちゃんに似合わないよ』

『知世ちゃん、緊張を力に変えるの。あなたには強い力があるんだから。何たって“強き冒険者”なんだからね』

2人の頑張りは、私が一番よく知ってるよ。勝ち上がれるように、私も応援してるからね』

そのメールを見た2人の顔に、ようやく笑顔が浮かび始める。

「私達は2人だけで戦うんじゃないんだよ。だから頑張ろう!」

知世の言葉に、遥は思わず笑ってしまう。

「まさか知世ちゃんに励まされるとはね。ホントなら私がフォローしなきゃいけないのに。」

「もう!そうやって子供扱いするんだからぁ…私だってやる時はやるのよ!」

頬を膨らます知世に、遥が謝りながら言った。

「分かった分かった、ゴメン。知世ちゃん、頼りにしてるよ。力を合わせましょう!」

「うん!私達の強さを見せつけてやるんだから!」

そう言って頷く2人は、控室を後にした。

 

もう一方の控室。

「はっ!はっ!はあっ!」

対する激気レンジャーチームの一人、福井美菜は試合を控え、襲い来る緊張感を吹き飛ばす様に、得意の正拳突きの練習をしていた。この地下リング初参戦ではあるものの、拳法を特徴とした戦隊の出身だけに、その打撃には注目がなされていることは本人も自覚しており、下手な戦いは出来ないという重圧から、今回の参戦が決まって以来、その打撃に磨きをかけていた。

「生真面目だなぁ美菜ちゃんは…そんな飛ばし過ぎると試合の時バテちゃうよ。」

パートナーである平多裕香のその言葉は、そんな美菜の心境を察したもののようであった。美菜同様、彼女も地下リング初参戦であるものの、流石に芸歴が長いだけあって肝は座っている様に見えた。

「裕香ちゃんは怖くないの?勝負を前にしてさ。」

「そりゃ…緊張してないって言ったらウソだけどさ、ここまできたら覚悟決めるしかないでしょ。絶対に勝つってさ!」

そう言いながら、裕香も軽く前にパンチを繰り出す。美菜に負けず劣らずキレのある様に見えたが…。

「あー、これでも自信あるんだけど美菜ちゃんと比べると見劣りするかぁ…そんだけ美菜ちゃんの打撃は凄いってことかしらね。」

それは、裕香なりの美菜への勇気づけでもあった。

「まったく…硬いんだから美菜ちゃんは。もう少し自分を信じてもいいんじゃないって思うけど。」

裕香の言葉に、少し表情が柔らかくなった美菜が頷く。

「そうだね…私達にはこの打撃があるんだ!あとは一生懸命戦うのみ!」

「そう、流石“オネストハート”!じゃ、後は行くだけよ!」

そうして微笑みあう2人は、軽く互いの拳を合わせる。

「私達、敵同士のタッグで大丈夫かって言われてるみたいだけどさ、そんなもんまったく問題じゃないってことを見せてやるわよ!」

「ええ!どんな相手でも倒すのみ!」

アイドルのものからファイターのものへと、その目を変化させた2人は、花道へとその足取りを進めた。

 

 

『戦隊ヒロインタッグバトル、第2試合、選手入場!』

 

 

1試合の興奮も醒めやらぬ会場に、冒険ジャーチームと激気レンジャーチームの4選手が入場してくる。第1試合の轟音チームと真剣チーム同様、この2組もVシネマでの共演経験があり、今回のカードはヒロイン2名だけとはいえ、まさにその時の作品の題名通りだった。

1回戦第2試合、赤コーナー、冒険ジャーチーム、冒険ガールズ再び!仲村〜知世〜!!末長〜遥〜!!』

コールと共に、観客に手を振ってアピールする知世とは対照的に、遥は小さく一礼していく。

『青コーナー、激気レンジャーチーム、今夜は呉越同舟タッグ結成!福井〜美菜〜!!平多〜裕香〜!!』

こちらは拳法の戦隊らしく、構えながら一礼する美菜と裕香。リング中央でボディチェックの為に向かい合う両チーム。第1試合の4人同様、知世と美菜はイエロー、遥がピンク、裕香がグリーンと、各々のカラーのビキニを身に纏っていた。

「私達は全力で戦う!だからあなた達も全力でかかってきて!」

「もちろん!こっちも全力であなた達を仕留めてあげる!」

4人が握手を交わす中、遥と裕香がチームを代表するように言い放っていくと、両チームコーナーへ戻り、先発を務める知世と美菜がコーナーに立つ。美菜の手には打撃系らしくオープンフィンガーグローブがはめられており、それを見た知世は警戒心を強めた。

『カァァァァン!!』

ゴングとともに、気勢を上げて美菜が構えながら飛び出していきなりパンチを繰り出す。それに対し、知世は打ち合わせしていた通りに付き合おうとせず距離を置いていく。それに対し、美菜は踏み込んでパンチを打ち込んでいく。

(バスッ…バスッ…)

「くっ…」

まともに受けるのを避けようと、知世はガードを固めるが、美菜のパンチの素早い連打に中々反撃の糸口がつかめない。その知世に対して、美菜が今度はローキックで足を攻める。何とかガードを固めるも、その一撃は早くも知世の足を変色させる威力であった。

「痛いっ・・・!」

知世が思わず悲鳴を上げる隙に、美菜がそのボディを狙おうと踏み込む。しかし知世も意地で反撃に出た。

「負けるかっ!」

(バキィィィッ…)

知世のカウンターのラリアットが美菜の首に炸裂すると、堪らず美菜が大の字になっていく。チャンスとばかりに知世が追い打ちをかけようと、美菜のマウントポジションをとると、上から美菜の顔面狙って平手打ちを見舞う。接近している間になるべくダメージを与えておきたいと考えた知世が果敢にも攻めていく。

(バシッ…バシッ…)

ガードするも、数発平手を喰らってしまう美菜。そして今度は知世が顔面を掻き毟る様に引っ掻き攻撃を仕掛けていく。しかし引っ掻かれて怒る美菜も意地になって、下から知世の顔目がけてパンチを放った。知世の顔を美菜の拳が直撃する。

(バキッ…)

「んあっ…」

顔への一撃に、悲鳴を上げてダウンする知世。逆にマウントを取り返した美菜が今度は知世の顔目掛けてパンチを落とす。何とか顔を守ろうとガードする知世だが、美菜の磨きをかけたパンチは予想以上の威力でそのガードを打ち崩す勢いであった。

「させないっ!」

知世のピンチに、遥が美菜目がけてケンカキックを放ってカットに入る。美菜がダウンして離れた隙に知世を救出した遥は、知世と共にダウンした美菜の体を捕えると、ツープラトンのブレーンバスターを仕掛ける。

「きゃあぁぁぁぁっ…」

背中から叩きつけられて悲鳴を上げる美菜。しかし知世の表情にやや疲労の色が見えることに気がついた遥は、一旦知世を下げることにした。

「油断しちゃダメ!まずは打撃を封じる方法を考えないと…今度は私が行く!」

「…分かった。遥ちゃん、お願い!」

そういうと、タッチして知世と入れ替わる遥。マットに倒れていた美菜も、タッチを求める裕香と一旦入れ替わる。

「知世ちゃん…意外とパワーがあるわ。あまり近づいて勝負するのは危険かもしれない…」

「そっか…遥ちゃんも経験者だそうだし、思ったよりは厄介かもね…」

先程のラリアット一撃でダウンを奪われたことは、知世が想像に反してのパワー系であることを美菜に思い知らしめていた。そして遥に対して警戒しつつ、裕香がリングインする。睨みあいながら対峙する遥と裕香。すると裕香が挨拶代わりとばかりに、遥の足に強烈なローキックを入れていった。

「くっ…」

先の美菜以上に強烈そうな音を立てて炸裂する裕香の蹴り。その蹴りの重さに表情を歪める遥であったが、続け様に放たれるローキックを何とかガードして凌いでいく。しかし今度は裕香が飛び上がったと思うと、ローリングソバットの様に遥のボディに回し蹴りを炸裂させた。瞬時的に防御の体勢を取った遥であったが、その蹴りの威力に、ロープへと吹っ飛ばされてしまう。

「遥ちゃん…!!」

思わず声を上げる知世。しかし遥もロープにもたれてはいたが何とかダウンせずに踏みとどまる。その遥の腕を捉えた裕香は、コーナーで待つ美菜に合図をすると、遥をその美菜の方へと振っていった。

「美菜ちゃん、行くわよ!」

「うん!」

リングインし、振られてきた遥目掛けて走りこむ美菜。そして裕香が遥の背後に迫ると、2人同時に遥の前後から挟み込むようにボレーキックの如くそのボディと背中に蹴りを見舞った。

「きゃあぁぁぁぁっ…」

前後からの衝撃に堪らずダウンする遥。見事に連携技を炸裂させ、会場が盛り上がると、美菜と裕香はハイタッチを交わす。

(よし…私達は呉越同舟タッグじゃないってことをここで証明してやるんだ!)

今回の16人の参戦選手の中で裕香は唯一敵側のキャラを演じていた為、下馬評では一番チームワークが不安視されていた激レンチームであったが、当の美菜と裕香は互いの家に泊まりに行ったりするなど、実際にはとても仲が良かった。放送中はキャラのイメージもあり、その事を不本意ながら極力隠さなければいけなかった。しかし今回のヒロインバトル参戦に当たり、裕香は美菜とチームを組んで戦えることが何より嬉しかった。そして、美菜とのチームワークを不安視する下馬評を思いっきり覆してやりたいとの思いもいつしか生まれ、試合の際には美菜との連携を見せつけてやろうと考えていた。そしてその思いが今、確かな形となっていることに裕香はいつにない喜びを感じていた。

「ほらっ…まだまだよ!」

チャンスとばかりに攻め込む裕香は、ダウンしながらも立ち上がろうとする遥のヒップにサッカーボールキックを見舞って悲鳴を上げさせると、続け様に遥の頭を狙ってハイキックを繰り出すが、それを待っていたかのように遥は蹴り足をキャッチしドラゴンスクリューで切り返していった。

「きゃあぁぁぁぁっ…」

悲鳴を上げながらマットに倒される裕香。蹴りのダメージにフラ付きながらも、遥はこの好機を逃さんとばかりに裕香の足を捉えると、スピニングトーホールドでその足を痛めつけていく。堪らず悲鳴を上げていく裕香だが、遥は素早く何度も回転し、ジワジワと痛めつけていく。

「あなたの蹴りは随分危険みたいだから、足を使えないようにしないとね!」

ダメージを蓄積させた足を更に痛めつけようと、今度はその足を掴んでアキレス腱固めに持ち込む遥。

「いやっ…痛い…痛いぃぃぃぃ…!!」

先にも増して大きくなる裕香の悲鳴。徹底して相手の武器である足を痛めつける遥の非情とも言える戦術に、観客からも驚きの声が上がる。

(負けない…私は誰より…ここでいくつもの修羅場をくぐってきたんだから!)

そう、遥には今回の参加選手の中で、自分が一番この地下リングで過酷な戦いをしてきたという自負があった。最近こそ遠ざかってはいたものの、彼女はかつて地下リング上で最も長い因縁の1つと言われたタッキーこと滝本秀明、そして鈴本亜美(当時はあみ)との抗争に、市河由衣や藤原瞳(その後松永優子に改名)そと共に身を投じていたことがあった。その抗争自体は由衣が滝本と11の対決で大流血KOに追い込まれたことで一応の決着を見せ、その事に瞳や遥は大きなトラウマを抱えたまま地下リングから遠ざかり、その影響が及んだのか、遥は仕事にも身が入らなくなった。しかし運命が3人を再び引き会わせ、意を決した3人は死に物狂いのトレーニングと、かつては対立した亜美の協力もあり、見事滝本を打倒しトラウマを乗り越えた。それは遥に大きな勇気と自信を与え、彼女を強くした。その後心機一転した彼女の最初の仕事であった戦隊ヒロイン役は大きな思い入れがあり、そこで出会った知世も遥にとって大事な存在になっていた。久々の地下リング参戦に際し、壮絶な経験をしてきた自分が他のチームに負ける訳にいかないという思い、そして思い入れある作品の代表としてのプライドを秘め、遥は今回のヒロインバトルに参戦していた。

「ほらほらっ、ギブする?意地張るならもっと痛くするわよ!」

「くっ…これしきのことでっ!」

裕香もヒールキックで反撃していくが、遥にとっては想像していた範疇であり、ものともせずに更に極めていった。しかしここで美菜がカットに入り、遥にストンピングを見舞っていくと、漸く裕香も足攻めの地獄から解放される。そしてダメージを負った裕香を下げ、再び美菜がリングインすると、冒険チームも知世がタッチを求め、遥と入れ替わる。リング中央で再び睨み合う知世と美菜。

「今度こそ叩きのめしてあげる!サンドバックにならないように気をつけなさい!」

「やれるもんならやってみてよ!打撃だけが勝負じゃないんだから!」

言い合う2人。そして美菜が鋭い拳を放っていくと、それにかわしながら知世がタックルを仕掛けて組みついていく。組みついた知世はそのまま美菜を持ち上げようと踏ん張るが、美菜は無防備となった知世の背中に強烈な肘鉄を落としていく。

「んあっ…」

背中への肘の直撃に、美菜のボディをロックしていた知世の力が弱まる。その隙をついて、美菜が知世の顔面目がけて足を浮かせてからの膝蹴りを放つと、その衝撃に堪らず知世が大の字になる。マウントを取って攻撃しようとする美菜だが、知世がダウンしながらも下から蹴りを放ってそれを凌いでいく。やむなく距離を置く美菜と、何とか立ち上がる知世。しかし先の膝蹴りのダメージは予想外に大きかったのか、知世の表情は若干歪んでいた。

「隙ありっ!」

(バキィィィィっ…!!)

そのダメージから一瞬反応が遅れた知世の顔に、美菜の強烈な拳が叩き込まれる。

「あうっ…」

堪らず顔面から鼻血を吹き出し後退する知世は、何とかガードを固めようとするが、続け様に放たれる美菜の強烈な打撃はそれすら破壊せんとばかりに、ガードする知世の腕を変色させていく。次第に知世のガードが力なく下がると、美菜は一気に距離を縮めて知世のボディにジャブ気味にパンチを打ち込んでいった。

(ボスっ…ボスっ…)

「げほっ…ぐぼっ・・」

次第にロープに追い込まれ、お腹へのパンチ連打に足元がフラ付き始める知世。そして拳に魂を込める様に気勢を上げた美菜のアッパーカットが知世の顎を打ち抜いた。

「ふぐっ…」

力なく知世の身がロープにもたれながら崩れ落ちる。

(ワン…ツー…スリー…)

観客の大歓声の中、KOカウントが進み、ダウンを奪った美菜は観客に向かってアピールしていく。対する知世は何とか立ち上がろうとするが、予想以上の美菜の打撃のダメージに中々起き上がることができない。

「知世ちゃん!」

混濁する意識の中、知世の耳にパートナーの遥の声が響く。そして同じくして知世の頭の中に浮かんできたのは、試合前に届いたあのメールであった。

(『あなたには強い力があるんだから。何たって“強き冒険者”なんだからね』)

遥の声と、そのメールの一文が知世の意識、そして闘志を引き戻した。

(フォー…ファイブ…)

カウントが進む中、知世はフラ付きながらも立ち上がる。レフリーの意思確認に、呼吸を荒げながらも戦意を取り戻した目つきで頷く知世の姿に、観客も盛り上がる。

「知世ちゃん!ここは一度代わって!」

何とか立ち上がれた知世であるが、ここはまずダメージを回復させた方がよいと考えた遥は知世を呼び戻す。

「…よく立ったね。ここは私に任せて、少し休んで。」

「…分かった!遥ちゃん、頑張って!」

そういうと、遥は再びリングインして、美菜と向かい合う。

「知世ちゃんを痛めつけてくれたお礼は、倍にして返させてもらうわ!」

「言うわね!あなたも同じ目に遭わせてあげる!」

知世を痛めつけられた怒りもあってか、いつになく語気の強い遥。その遥をも自らの拳の餌食にせんと、またも積極的にパンチを放っていく。しかし遥は恐れることなくしっかりガードしてチャンスをうかがう。そして美菜が踏み込んで遥の顔を狙ってパンチを打ち込んできた瞬間、遥がその腕を捉えた。

「この瞬間を待ってたのよ!」

美菜の腕を取った遥が脇固めに持ち込むと、美菜が悲鳴を上げてマットに膝を突いていく。

「いやぁぁぁぁっ…痛いぃぃぃぃ…」

悲鳴を上げる美菜の腕を掴んだまま、遥は飛び上がって両足を美菜の首にからめ、シャイニングトライアングルに持ち込んだ。

「あなたのパンチを使えなくしてあげる!壊れる前にギブした方がいいわよ!」

「ううっ…誰がっ…」

揺さぶりをかけようと、更に極めていく遥に、美菜も必死にジタバタして抵抗していく。しかしロープからは遠く、このままでは極められるのは時間の問題であった。

「させるかっ!」

堪らずそこへ裕香がカットに入り、遥にギロチンドロップを落として、強引に技を解かせていく。そして遥のボディにストンピングを見舞うと、続け様にかかと落としを繰り出した。遥のボディを裕香のかかとが抉る。

「ぐぼっ…」

思わず嘔吐感に苦しむ遥。その隙に遥の足を捉えた裕香が太股を蹴りつけて痛めつけていくと、腕を押さえながら立ち上がる美菜に連携の目配せをした。それを見た美菜は近くのコーナー最上段へと上った。危険を感じた遥がジタバタして抵抗していくが、足を取られてしまっては逃れることができない。その遥目掛けて、コーナー最上段に上った美菜が飛ぼうとしていた。

(これで決めてやる!)

しかしこれには知世も黙ってはいなかった。いくら経験を積んでいる遥とはいえ、あの高さからの攻撃を食らったのでは大ダメージを負っても不思議ではなく、何としても助けなければならない、否、それ以上に知世は遥のことを助けたかった。ダメージの残る体を引き摺り、遥のもとへ向かおうとする知世。

(遥ちゃん…今行くからね…私だって…いつまでも遥ちゃんに助けられているばかりじゃいけないんだ!)

戦隊の現場において、知世は幾度となく遥に助けられていた。まだ経験の浅かった知世にとって、最初に会った時から遥は経験を積んだ、自分にはない風格の様なものを持った人物としてずっと憧れを感じるのと同時に、そんな遥に依存している部分が多少あった。その遥が過去経験していた過酷な出来事を、知世は今回の参戦に当たり初めて聞かされ(←知世を必要以上に脅えさせないように、遥も少し話を抑えていたが)、知世は遥の持つ風格の理由を知ると同時に、地下リングへの恐怖と不安を感じることになってしまった。しかし遥は、かつては自分も今の知世と同じであったこと、そしてその恐怖と不安を乗り越えるには、自分自身が強くなるしかないことを告げた。そして自分が強くなれたのだから、知世にもきっと出来ると信じるということも。その遥の思いに応えるためにも、何としてでも知世は遥を助けたかった。

「たあぁぁぁぁっ…」

叫びと共に、美菜が裕香に抑えつけられた遥目掛けてコーナーから飛ぶ。フライングニードロップが仰向けにされた遥のお腹を直撃しようとした瞬間…。

(グギッ…)

「んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…」

その瞬間、会場内に悲鳴が響き渡る。美菜の膝は、フラ付きながらも遥を庇う形で盾になった知世の左足を直撃したのだった。

「知世ちゃん!!!」

持てる力で裕香の拘束を振り切った遥は、美菜をケンカキックで蹴散らすと、蹲る知世のもとへ駆け寄る。遥が見ると、美菜の膝が直撃した知世の左足が青く変色し始めていた。知世の顔には脂汗の様なものが流れ始めており、そのダメージの大きさを物語っていた。

「遥ちゃん…私なら大丈夫…まだ試合中だよ!」

その足を見て動揺を隠しきれない遥に、知世が強い眼差しでいう。その通り、遥の背後から裕香が捉えようと向かってきた。知世の言葉に我を取り戻した遥も立ち上がり、裕香と掴み合いになる。

「よくも知世ちゃんをっ!」

「何言ってるの…勝負なんだから!」

知世の負傷に怒り、らしくなく感情を露わにする遥。裕香の髪を掴み、強烈なビンタを見舞っていく。その形相は鬼の如く険しいものとなっていた。

「くっ…」

裕香の髪を掴んだまま、何度もその頬にビンタを見舞っていく遥。裕香も叩き返すが、遥の勢いに圧倒されて劣勢に陥る。そこに美菜が背後から迫り、それに気がついた裕香と共に、前後からのラリアットで遥を再び挟み撃ちにする。何とかダウンせずに持ちこたえた遥だが、フラ付いた隙に裕香の飛び膝蹴りが炸裂し、ダウンを喫した隙に捕まってしまう。連携して攻撃を仕掛けようとする美菜だが、そこに足を引き摺りながらも立ち上がってきた知世がタックルで美菜を吹っ飛ばした。

「あなたの相手は私よ!さっきのお返しがまだなんだから!」

しかしその強い言葉とは裏腹に、辛そうな表情を隠しきれない知世。その足の変色が先よりも酷くなっていたが、果敢にも美菜に掴みかかろうと前に出ていく。今にも崩れ落ちそうなその身を、自分のことを信じると言ってくれた遥への思いだけが支えていた。立っているのも辛いのが明らかなのに、それでも前に出ようとする知世の姿に、その負傷に自らも少なからず動揺を感じていた美菜は、攻めるのを戸惑う気持ちが心の奥底に生じていた。

(ダメ…心に決めた筈じゃない!全力で戦う、迷わず戦うって誓ったんだ!)

元々が大人しめで真面目な性格の美菜は、いつも何処かで自分に自信を持ち切れないことに悩んでいた。今回のヒロインバトルへの参戦が決まった時も、はたして自分に只でさえ過酷な環境の地下リングで戦えるのか不安に苛まれることになった。そんな美菜を支えたのは、作品の中では敵同士の関係にあった裕香だった。真面目なのが美菜の長所なんだから、それについて自信を持て、不安や迷いがあるままでは勝負することはできないと裕香は言い続けた。そして、その真面目さに裏打ちされた美菜の実力を誰よりも理解していたのもまた裕香であった。裕香の励ましを受け、美菜は全ての迷いを振り切り、戦うことを決めた。どんな状況にあっても、迷わず心を鬼にして勝ちにいくことを。それは自分自身だけではなく、パートナーとなってくれた裕香に報いる為の決意でもあった。迷いを振り切った美菜の目は、先にも増して鋭いものとなっていた。

「知世ちゃん…あなたの闘志、尊敬するわ。だから私も全力であなたを倒す!」

その言葉を体現するように、知世の負傷した左足に強烈なローキックを打ち込む美菜。表情に更に苦悶の色を浮かべ、フラ付く知世の髪を掴むと、ダウンを奪おうと更に立て続けに負傷した箇所を攻撃する非情な美菜の姿に、観客からはブーイングすら起き始めるが、美菜はお構いなしに攻め続けた。

(知世ちゃん…!許さない!!)

非情な美菜の攻めに、裕香に捕まっていた遥は怒りを爆発させる。裕香にカンガルーキックを見舞ってフラ付かせると、その拘束を振り払い美菜を蹴散らそうと前蹴りを放とうとする。しかし美菜はカウンター気味に後ろ回し蹴りを遥のボディにヒットさせた。

「ぐふっ…」

まともにボディに食らってしまいダウンしてしまう遥は、再び裕香に捕まってしまう。

「パートナーの心配をする前に自分の心配をするのね!あなたの相手は私よ!」

裕香が遥を捕えたのを見た美菜は、ダウン寸前の知世を無理やり立たせると、そのボディに得意のパンチ連打を見舞う。

「ぐぶっ…ぐぼっ…」

立て続けに突き刺さる美菜の拳が、既に満身創痍の知世から更に体力を奪っていく。そんな知世の目には、何とか自分のことを助けようと裕香の拘束を振りほどこうとする遥の姿だけが辛うじて映っていた。

(遥ちゃん…!)

「これで終わりよ!はあぁぁぁぁぁっ!!」

気勢と共に、KO狙いの美菜の裏拳が知世の顔面狙って放たれる。しかしその拳が顔面を捕える直前、美菜の腕を知世が捉えた。

「えっ…!?」

「言ったでしょ…さっきのお返し…まだだって…!!」

そういうと、美菜の手首を掴む知世。美菜はその知世の手を振りほどこうと抵抗するが、知世の力は今までになく強くそれを許さなかった。その美菜の手首を掴んだまま、知世は体勢を変えると、美菜の腕をアームブリーカーの様に自分の肩に強く叩きつけた。

「きゃぁぁぁぁぁっ…」

自慢の腕をやられ、悲鳴を上げる美菜。しかし知世は今までのお返しとばかりに何度も美菜の腕を肩に叩きつけた。

「痛い…痛いぃぃぃ…」

腕が折れるような痛みに美菜が蹲る。それをみて一気に焦り始める裕香。だがその裕香の焦りの隙をつき、遥が再びシャイニングトライアングルを仕掛け、その動きを封じて持てる力で極めんとしていく。

「ううっ…くそっ…」

「邪魔はさせない!あなたは私と決着をつけるんでしょ!」

遥と裕香が膠着状態となると、知世は蹲る美菜の背後をフラ付きながらも取っていく。美菜も痛む腕で必死に知世の拘束を振り解こうと抵抗する。

「くっ…このっ…」

「ハァ…ハァ…受けてみなさい!」

叫び声を上げて、バックを取った知世は渾身の力でジャーマンスープレックスで美菜を脳天からマットに叩きつけた。

「んあっ…」

小さく声を上げる美菜を、技を仕掛けたままフォールに持ち込む知世。

(ワン…ツー…ス…)

だが美菜も残された力で返す。しかし脳天へのダメージは大きく、そのまま横たわったまま起き上がれない。対する知世も力を使い果たしたのか、次の攻撃を仕掛けることができない。しかし両者の粘りに、会場からは両者に対して声援が送られていく。その声に先に反応したのは知世だった。這い蹲りながら、動けない美菜の首に手を回すと、スリーパーで締め上げる。

「ううっ…んぐっ…」

必死にギブを拒んでいく美菜に、知世は痛む足をそのボディに絡めてアナコンダスリーパーを完成させる。持てる力で美菜の喉とお腹を締めあげる知世。

「美菜ちゃん!」

助けようとする裕香だが、遥も勝負を決めようと締め上げていき、動くこともままならない。それでも気迫で締め上げられたまま前進する裕香。しかし遂に勝負が決まる時が来た。必死で締め上げる知世の腕を振り解こうとする美菜の抵抗が次第になくなり、レフリーが美菜の失神を確認し、ゴングの要請をする。

『カンカンカンカン…』

会場に打ち鳴らされるゴングの音。技を解いてマットにグッタリとなる知世。そして遥から解放された裕香は自分達の敗北を知り、自然と涙していた。

『勝者、冒険ジャーチーム!これにより、第5試合の準決勝第1試合は轟音ジャーチームvs.冒険ジャーチームと決定しました!』

そのアナウンスにより起こった歓声に、我に返った裕香は技をかけ続けた疲労でグッタリする遥に駆け寄った。

「何やってんの。早く知世ちゃんに勝ったことを教えてあげなきゃ!」

裕香の促しに遥もやっと我に返り、笑顔で頷いた。

「…うん!」

そしてグッタリする知世の下に駆け寄った遥は、知世を強く抱きしめた。

「知世ちゃん…頑張ったね!」

「遥ちゃん…私、やったよ…遥ちゃんの言う通り強くなれたよ。」

その知世の言葉に、遥の中でこみ上げてくる感情があった。

「遥ちゃん…泣いてる?」

遥がやや涙声になっていることに気がついた知世が聞くと、遥は恥ずかしそうに否定した。

「な…泣いてなんかないよ!ただ…知世ちゃんが無茶するから…」

「頑張りに感動しちゃったんでしょ。」

遥の後ろから裕香が悪戯っぽく遥をからかうように言う。

「なっ…これは…あれ!汗です汗!!」

「どうやら図星みたいね。汗って目から流れてくるもんだっけ?」

「もう!裕香ちゃんたら!」

遥の姿に思わず知世も裕香も笑いがこぼれる。

「あ!そうだ、美菜ちゃんは…!」

知世はまだマットに横たわる美菜のもとへ近づいた。

「美菜ちゃん…美菜ちゃん!!」

呼びかけながら知世は美菜を揺さぶるが、美菜の反応はない。

「美菜ちゃんってば!起きてよ!」

知世の声が若干涙声になる。だがその時、美菜の拳が知世の額を軽く小突いた。

「もう…知世ちゃんたら。ダメでしょ、勝った人がそんな顔してちゃ。」

そう言って美菜が微笑んだ。

「美菜ちゃん…良かった…起きなかったらどうしようって…」

「何言ってんの。これ位で死ぬほどヤワじゃないよ。」

そういって美菜は知世の頭をなでていく。

「知世ちゃん…負けたよ。あなたの根性、凄かった。おめでとう。」

「美菜ちゃん…私が怪我してても、手加減しないで本気で戦ってくれたよね。私、最後まで勝負できてすっごく嬉しかったよ。ありがとう。」

そう言って、知世が美菜のことを抱き寄せると、美菜も知世を抱きしめた。その姿に観客からは拍手が起き、様子を見ていた遥と裕香も微笑む。

「裕香ちゃん…ゴメンね。私、知世ちゃんに圧倒されちゃった。」

「仕方ないよ。知世ちゃんもだけど、遥ちゃんの気迫も凄かった。知世ちゃんがやられた時、凄い剣幕してたのよ遥ちゃん。ホント鬼みたいだったんだから。」

「もう!そこまで酷くないです!」

思わずムキになる遥の姿に、美菜も裕香も、そして知世も思わず吹き出してしまうのであった。激闘が終わり、2チームが各々リングを降りようとしたのだが…。

「痛いっ…!!」

立ち上がろうとした知世の身が崩れる。思わず遥が駆け寄ると、負傷した知世の左足はどす黒く変色していた。負傷したにも関わらず、戦い続けたことによる代償は予想以上に高くついていたのだ。知世の顔が苦痛に歪む。

「知世ちゃん!」

遥達とは別に去ろうとしていた美菜と裕香も、知世の様子に駆け寄ってくる。

「大丈夫!?知世ちゃ…」

そう言ったところで、知世の左足を見て言葉を失う美菜。自分が与えたダメージが予想以上に酷いことに、美菜は動揺していた。

「とにかく…早く知世ちゃんを医務室へ連れて行った方がいいわ。次の試合のこともあるしね。」

裕香の言葉に、遥と美菜が肩を貸して知世を医務室へと連れて行った。

 

 

そして、医務室へと知世を連れてきた3人。そこで出された答えは、あまりに残酷なものだった。

「つまり…もう試合に出れないってことですか?」

今にも泣きそうな声で尋ねる知世。知世の足の痛みは、立つこともままならないほどに酷くなっていた。実際には、試合の最中から相当な痛みを伴っていたのだが、知世はそれを隠して試合を続行していたのだ。その事が更に怪我を悪化させてしまい、この後の試合に出ることを強行すれば、最悪の場合知世の日常生活にも後遺症が残るかもしれないとのことだった。一刻も早く精密検査が必要と医師は付け加える。

「そんな…そんなに酷い怪我だったなんて…」

いくら試合だったからとは言え、美菜は自分が負わせた怪我の大きさの事実に打ちのめされた。

「先生…私…大丈夫です。こんな怪我くらい…だからお願いです!試合に出させて下さい!」

ほとんど泣き声になりながら懸命に懇願する知世。

「知世ちゃん!無茶言わないの!立つのも辛い状況なのに…無理して試合して、歩けなくなったりしたらどうするの!」

知世の状態を聞き、考え抜いた末に知世の身を一番に考えた遥は、次の準決勝を棄権することも考え始めていた。今回の試合形式がタッグマッチである以上、1人で相手チームと戦うことは出来ないからであった。

「遥ちゃん…私なら大丈夫だよ。私、最後まで遥ちゃんと一緒に戦いたいの!お願い…戦わせて!せっかく勝ったのに、私の為に棄権なんかさせられない!それにここで棄権しちゃったら、美菜ちゃんと裕香ちゃんにだって申し訳ないもん!」

すがる様な思いで遥に泣きつく知世。その姿に遥は医師の方を見るが、医師は絶対許可できないという表情で首を振った。

「知世ちゃん…私達のことなんか気にする必要はないよ。遥ちゃんや先生が言うように、今は自分の足のことを一番に考えるべきよ。」

優しく諭すように言う裕香の言葉に、知世はベッドに突っ伏して泣き始める。その知世に美菜が目を潤ませながら寄り添うようにして言った。

「ごめんなさい…私のせいだ…あんな攻撃仕掛けたから…ごめんね、知世ちゃん…」

恨みなしの勝負だったとはいえ、美菜は責任を痛感しており、謝らずには居られなかった。重い空気が医務室を支配する中、そこへ1人の人物がやってきた。

「知世ちゃん!怪我したって…大丈夫なの!?」

「真実ちゃん!どうしてここに?」

驚いた遥が思わずその名を叫んだ人物こそ、知世と遥と共演していた山先真実であった。

 

 

「…そっか。知世ちゃん、怪我でもう試合できる状態じゃないのか。」

事情を聞かされた真実もまた、その事実にショックを受けていた。

「私のせいなんです!私の攻撃のせいで知世ちゃんの足が…」

「美菜ちゃんの責任じゃないよ!元々知世ちゃんは私を庇って…」

各々に責任を感じている美菜と遥に、真実は言った。

「やめなよ2人とも。試合は試合、恨みっこなしでしょ。2人まで落ち込んでたら、知世ちゃんだって尚更辛くなるだけなんだから。」

真実に諭され、美菜も遥も少し冷静になる。

「とりあえず、今はどうやって知世ちゃんが試合に出るのを諦めてくれるように説得するか考えないと。」

美菜が問題の根本を提示すると、続けて遥が言った。

「準決勝を棄権しなくて済むなら、知世ちゃんも分かってくれるかもしれないんだけど…知世ちゃんの代わりに戦える人がいれば…」

その遥の言葉を聞き、考えていた様子の裕香の頭にその人物が浮かんだ。

「…いるじゃない、私達の目の前に!」

そう言って裕香が見たのは、真実だった。

「私!?」

「そうよ!同じ作品に出てた仲間でしょ!これ以上の代役いないじゃない!」

「でも…ヒロインじゃなかった私で大丈夫かな?しかも今日は他の試合に出るのに…」

「あら、私だって美菜ちゃんとは敵の役だったけど、こうしてチーム組んだのよ。そんなの気にすることないわよ。」

考え込む真実の手を、美菜が掴んで懇願する。

「真実ちゃんお願い!知世ちゃんの代わりに、遥ちゃんと一緒に戦って!知世ちゃんの気持ちを無駄にしたくないの!お願い…!」

そして遥も、真実に対して頼み込んだ。

「お願い。次の試合で一緒に戦って。私、知世ちゃんの為にも戦いたい。その為に真実ちゃんの力が必要なの。」

美菜と遥の願いを聞いていた裕香も、真実を見ながら頷いた。その3人の思いを感じた真実が、やがて口を開いた。

「分かった…分かったよ。私、試合に出るよ。知世ちゃんの為にね。」

そう言って頷く真実の姿に、漸く遥達3人にも笑顔が戻った。

 

 

そして、真実は遥と共に医務室のベッドで安静にしていた知世の下にやってきた。

「真実ちゃん…」

「知世ちゃん。私、あなたの代わりに試合に出る。棄権なんかさせない。だから今は休むの。無理して知世ちゃんがもっと酷いことになったら、皆辛い思いすることになるでしょ。」

泣きそうな知世に対して、真実は優しく諭すように言葉をかけた。

「遥ちゃん達から知世ちゃんの頑張り、聞いたよ。私が思った通り、知世ちゃんには強い力があったのね。」

その言葉は、試合前に遥と知世に送られてきたメールの一節と同じであった。2人に対し、あのメールを送っていたのは実は真実だった。今回の参戦を2人から聞かされた時、自らも地下リングの経験者である(そして実力者の一人にも数えられている)真実は、自分も何か2人の役に立ちたいと考え、コーチ役を買って出ていた。そしてずっと2人の奮闘を見続けてきた真実は、遥の意志の強さと、知世の隠された力の強さを感じ取っていた。知世が最後に仕掛けたアナコンダスリーパーも、元々は真実の得意技だったものを知世の力の強さを見込んだ真実が教えていたものだった。

「心配しないで。知世ちゃんの気持ち、私がしっかり引き継ぐよ。絶対に優勝してみせるから。」

そう言って、知世の頭を抱き寄せる真実。その真実の言葉に、知世の目から涙がこぼれる。

「真実ちゃん…ごめんね…私が情けないばっかりに…」

パートナーの遥だけでなく、コーチしてくれた真実にも報いたいとの思いもあった知世は、結果的に真実にフォローしてもらうことに申し訳なさを感じていた。

「もう…泣かないの。でもその代わり、知世ちゃんは休んで、ちゃんと怪我を治すの。約束よ。」

「うん…分かった。真実ちゃん…私の代わりに、遥ちゃんの力になってあげてね。」

そう言って、ようやく知世の顔にも笑顔が浮かんだ。そして遥が知世の手を握った。

「知世ちゃん…一緒に戦えなくても、あなたの気持ちは受け取ったよ。頑張るからね!」

そういう遥の顔を見て、知世も微笑みながら頷いた。そして、その3人の光景を後ろから見ていた美菜と裕香の顔にも安堵の表情が浮かんでいた。

 

 

『お知らせします。先程の1回戦第2試合において、冒険ジャーチームの仲村知世選手が足を負傷し、ドクターストップとなりました。つきましては、仲村選手に代わり、山先真実選手がリザーバーとして冒険ジャーチームに参加することになりました。これにより、第5試合の準決勝第1試合は、相沢りな選手と杉元有美選手の轟音ジャーチームvs.末長遥選手と山先真実選手の冒険ジャーチームのカードとなります』

 

 

そのアナウンスに、誰よりも戦慄を感じていたのはりなと有美の2人だった。予想だにしていなかった真実の登場で、2人とも経験者、しかもその内の1人は地下リング有数の実力者という、一気に強敵と化した冒険ジャーチームを相手に戦うことになったことは、りなと有美に衝撃を与えるには十分すぎた。とりわけ有美は、以前一度真実と戦って惨敗を喫しているだけに、その時の苦い記憶が蘇っていた。

「有美ちゃん…」

不安そうに有美の顔を見るりなに、有美は平静を装って言った。

「関係ない!誰が来たって…戦うしかない!絶対に負けやしないんだから!」

あたかも自分自身に言い聞かせている様な有美の言葉。大波乱の結末となった第2試合は、あたかも今後の更なる死闘の序曲のようでもあった。

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