一回戦も前半2試合が終わり、後半2試合の開幕を告げる第3試合の開始が近づき、対戦する2チームが試合に向けて闘志を燃やしていた。

 

 

「うーん…轟音ジャーはりなちゃんも有美ちゃんも大きいし、冒険ジャーのところには真実ちゃんが来たし遥ちゃんも意外にテクニックがありそうだしなぁ…」

刑事レンジャーチームの1人、菊池美香は前の2試合を見ていて今後戦うかもしれない2チームのことを分析して考えていた。

「こら!先のことより目の前の試合!亜沙美ちゃんも愛美ちゃんもそんな簡単な相手じゃないと思うけど。」

そう言って美香の頭をパートナーである木下歩美が拳で小突いた。そのクールビューティーとも言うべき外見に相応しい雰囲気を漂わせる彼女は、既に戦闘モードに入っているようであり、それとは対照的に集中力が散漫な美香をたしなめる。

「いたーい…もう、歩美ちゃんは相変わらず厳しいんだから…」

「まったく…この期に及んでまだ新婚ボケが抜けないのかしら?」

「ひどーい!そんな言い方しなくたって…久しぶりに歩美ちゃんと一緒だから頑張ろうと思ってるのにぃ…」

歩美の言うとおり、美香は先日結婚したばかりであり、今回のヒロインバトルへの参戦はその事もあって参戦が見送られそうにもなったのだが、美香は自ら希望し出場していた。作品の終了後もプライベートで付き合いがあった2人も、仕事(といえるかどうかは微妙だが)で一緒になることは久々であった。

「ここでは新婚でも容赦はしてくれないよ。浮ついた気持ちで勝てるほど甘くないってこと、美香ちゃんも知ってるでしょ?」

「分かってるよ…だからこそ2人で必死に練習してきたんじゃない!」

今回出場する8チームの中で、この刑事レンチームは唯一2人共地下リングの経験があるチームであった。体格的なハンデはあったものの、その経験や2人から感じられる勝気な雰囲気などから、下馬評では今大会のダークホースとされていた。

「大丈夫…折角またコンビ組んだんだもん!足引っ張ったりしない。歩美ちゃんと2人で絶対優勝するんだから!」

気合を入れる美香の姿に、クールな表情だった歩美も微笑みを浮かべる。何だかんだとはいえ、歩美もパートナーとしての美香の存在を頼もしく感じていた。

「…行くよ、美香ちゃん!一番強いのは誰か、今こそ皆に証明する時!」

「ロジャー!ツインカム・エンジェル、復活よ!」

互いに気合を入れ、手をガッチリ握る2人。復活を遂げた強力コンビは、花道へとその足取りを進めた。

 

そして、対するもう一組のコンビもまた復活を遂げようとしていた。

「いよいよか…頑張らなきゃ!」

本気レンジャーチームの一人、甲斐亜沙美は何か決意を秘めたような表情でその時を迎えていた。その肩を叩く手に、亜沙美が振り返る。

「愛美ちゃん…」

「リラックスリラックス。考えるなとは言わないけどさ、考え過ぎてもいい結果は出せないよ。」

パートナーの別府愛美は、思いつめたような表情の亜沙美に温かく声をかける。対戦する刑事レンチームと違い、2人とも地下リングは今回が初参戦ではあるが、今回の参加チーム中では体格的には2人とも恵まれている点では歩美や美香達とは対照的であった。

「分かってる。亜沙美ちゃんの気持ちは私が一番よく分かってるからさ。今日の為にずっと頑張って練習してきたじゃない。」

亜沙美の秘めたる想いを知っているかのような愛美の言葉。

「私、亜沙美ちゃんがチーム組むって言ってくれた時ね、すっごく嬉しかったのよ。やっぱりさ、私のパートナーになれるのはずっと妹だった亜沙美ちゃんしかいないんだもん。」

その言葉に、亜沙美の表情が少し緩み、思わず眼が潤んでしまう。

「もう…愛美ちゃんたら。試合前にウルっとさせるようなこと言わないで。かえって戦えなくなっちゃうよ。」

「あ、ゴメン…でもさ、妹をフォローしてあげるのもお姉ちゃんの役割だしね。姉としましては、妹に悔いなく戦ってほしいものよ。」

潤んだ眼をこすりながら、愛美の言葉に微笑みを浮かべる亜沙美。

「愛美ちゃん…ありがと。もう大丈夫!私には頼もしいお姉ちゃんがいること、すっかり忘れてた。」

「やっと気がついた?これでもずっと頼もしいお姉ちゃんのつもりだったんだけどなぁ…」

そう言って2人は笑いあったが、程なくして笑みは消え、真剣な表情になる。

「歩美ちゃんと美香ちゃんは恐らく相当手強い…油断できない!愛美ちゃん、力を貸して!私、悔いのない様に戦いたいから!」

「大丈夫!確かに2人も強いだろうけど、あっちがツインカム・エンジェルなら、こっちだってマジカル・シスターズ!コンビの絆なら負けないよ!」

頷き合う2人。強き絆で結ばれたもう1組のコンビもまた、戦いの舞台へ続く花道へと足を踏み入れた。

 

 

『戦隊ヒロインタッグバトル、第3試合、選手入場!』

 

 

ある意味、今回のヒロインタッグバトルの名に最も相応しい第3試合のカード。そのカードを戦う2組、刑事レンジャーチームと本気レンジャーチームが各々ドライアイスの立ち込める中を入場し、コーナーに立つ。前2試合同様にVシネマでの共演経験のある戦隊間のカード、そして前2試合以上にコンビの絆の戦いの色濃いカードに観客の期待も高まっていた。

1回戦第3試合、赤コーナー、刑事レンジャーチーム、復活のツインカム・エンジェル!木下〜歩美〜!!菊池〜美香〜!!』

そのコールに、歩美と美香は小さく観客に一礼していく。

『青コーナー、本気レンジャーチーム、マジカル・シスターズ再臨!甲斐〜亜沙美〜!!別府〜愛美〜!!』

亜沙美と愛美も同様に、コールと共に観客に向けて一礼していく。美香と愛美はピンク、歩美はイエロー、亜沙美は水色に近いブルーと各々のカラーのビキニを身につけ、リング中央でボディチェックとルール説明を受けつつ向かい合う2組。

「今日はコンビとしてどっちが強いのか、ハッキリさせてあげるわ!」

「臨むところよ!この試合、私達が必ず勝つ!」

握手を交わしながらも、互いへの宣戦布告の様に言い合う歩美と亜沙美。そしてその2人が先発を務めることになり、コーナーに立つと、早くも鋭い視線を激しくぶつけあっていく。

『カァァァァン!!』

ゴングと共にコーナーから構えて飛び出そうとする歩美。だがその目に映ったのは気勢を上げて飛びかかってくる亜沙美の姿だった。

「たあぁぁぁぁっ…!!」

亜沙美の奇襲とも言うべきジャンピングニーバットが顎を直撃し、いきなりダウンを奪われる歩美。コーナーにもたれかかる歩美を気勢を上げながらのストンピング連打で攻め立てる亜沙美。防御してその攻撃を凌ごうとする歩美の髪を掴んでヘアーホイップでマットに叩きつけ、更に攻めようとするが、歩美も受け身を取って素早く立ち上がる。お互いにファイティングポーズで構えて睨みあう歩美と亜沙美。すると亜沙美が今度はローキックで歩美の足を攻め、続け様にミドルキックでボディを狙うが、歩美はうまくガードし、逆に亜沙美のボディに膝蹴りを見舞いフラ付かせていくと、掌底でその顔面を狙う。顔をガードする亜沙美であったが、その隙に空いたボディを再び狙って回し蹴りを放つ歩美。反射的に後退して直撃を避けた亜沙美であったが、その切れ味鋭い蹴りの爪先がそのボディを掠り、一瞬その表情が歪むが、再び構え直して歩美との距離を置いていく。

「さすが歩美ちゃん…やるわね!そうこなくっちゃ!」

「亜沙美ちゃんこそ…奇襲なんて思わぬことしてくれるじゃない…」

互いを称える様に言いながら笑みを浮かべる2人だが、表情を険しくすると再び接近していく。

(ビシ…バシッ…バスッ…)

互いにパンチとキックの応酬を展開する2人。亜沙美の繰り出す素早いパンチの連打を歩美が受け流し、歩美のロー、ミドルと織り交ぜて繰り出される鋭いキックを亜沙美が防御する。地下プロレスらしからぬ打撃の攻防に、会場からも驚きの声が起きる。しかし互いに打撃の応酬で手足を痛めたのか、一旦距離を置いて手足を振る。その様子を見た愛美が亜沙美にタッチを求めると、亜沙美も一旦下がって愛美と交代する。そしてリングインした愛美は、コーナーに控える美香に対して出て来いとばかりに手招きで挑発すると、美香も歩美とタッチしてリングインしていった。

「ご指名どうもありがとう…タップリお相手してあげる!」

「威勢よくて美香ちゃんらしいわね…同じピンク同士勝負しましょ!」

10cm以上の身長差にも拘らず、強気の姿勢を崩さない美香。対して愛美も美香と戦えることに喜びを感じている様子。お互いに距離を置いて牽制を図っていたが、先に動いた美香がスピンキックで愛美を攻める。その足が愛美のボディを捉えると、今度はロープに飛んでフライングニールキックを仕掛けていく。フラ付きながらも倒れない愛美に対して、何とかダウンを奪いたい美香は今度は走りこんでのフライングラリアットを果敢にも仕掛けた。

(バシィィィィ…)

「きゃあっ…」

これには流石に愛美もダウンすると、この機を逃すまいと更に攻め込む美香。飛び上がってのエルボードロップが愛美のバストを抉ると、悲鳴を上げる愛美。そして更にニードロップを放つが、愛美が転がってかわすと、美香がマットに膝を打ち付けて悲鳴を上げた。

「いやぁぁぁぁっ…」

膝を抑える美香。そして立ち上がった愛美がその顔面へビックブーツを見舞うと、更に大きな悲鳴をあげる美香。その髪を掴んで立たせ、小柄な体を抱え込んで持ち上げると、回転させるように投げてその身をマットに叩きつけた。

「んあっ…」

顔面とお腹をマットに打ちつけられてしまい、のたうち回る美香。その両足を抱え込むと、今度はボストンクラブを仕掛ける愛美。その長身から繰り出される技が深々と決まり、美香の悲鳴が会場中に響き渡った。

「さあギブしなさい!そうすればすぐ楽になるわよ!」

「ううっ…誰がっ…簡単にギブするかっ…!」

「頑張るね…でも新婚さんが腰を痛めちゃいけないんじゃない?このままだと壊れちゃうよ!」

愛美が更に深く技を極めていくと、美香の苦悶の表情が更に険しくなる。しかしここで歩美が飛び込んでくると、勢いをつけての前蹴りを愛美のボディに見舞って蹴散らし、美香を救出する。

「しっかりしなさい!まだ始まったばかりよ!」

「大丈夫…こん位、ダメージの内にも入らないよ!」

しかし妨害された恨みとばかりに、愛美が飛びかかってくるが、その手を取った歩美が懐に潜り込むと、愛美の体を背に乗せてマットに背中から叩きつけた。

「んあっ…」

苦悶の表情を見せる愛美。そこに復活した美香と共にダブルギロチンドロップを仕掛けて攻め込む歩美。しかしここで亜沙美もリングインしてくる。

「愛美ちゃんを放せぇぇぇぇぇっ!!」

ものすごい気合と共に、美香にラリアットを見舞って吹っ飛ばすと、歩美には気勢を上げての前蹴りを見舞ってフラ付かせていく亜沙美。その暴れっぷりに会場からも驚きの声が上がる。

「愛美ちゃん、大丈夫!?」

「…大丈夫よ!言ったでしょ、妹をフォローするのがお姉ちゃんの役割だって…助けにもならずにやられるわけにいかないからね!」

その笑みを浮かべながらの言葉に、微笑みを返す亜沙美は愛美とタッチすると、再び歩美と向き合う。すると今度は歩美が手招きで亜沙美を挑発した。

「さっきの続きよ…まだまだ戦い足りないからね!」

「もちろん!こっちだって手加減されたって迷惑なだけよ!」

そう言うと、今度は亜沙美が歩美の胸に水平チョップを連続で見舞っていく。胸への攻撃に苦悶の表情を上げる歩美に、続け様にエルボースマッシュを見舞う亜沙美だが、歩美の表情が変わると、お返しとばかりに亜沙美の胸に強烈なエルボーを見舞っていく。

「痛いぃぃぃぃ…」

「結構大きな胸ね…痛めつけ甲斐がありそうだわ!」

そう言うと、亜沙美の胸にジャブの様にパンチを打ち込む歩美。悲鳴が大きくなる亜沙美の頭を掴んでフェイスクラッシャーでその顔をマットに叩きつけた。

「んああぁぁぁっ…」

顔を押さえて倒れこむ亜沙美。しかしその背中にストンピングを見舞うと、飛び上がってのニードロップで背中に更にダメージを与える歩美。そしてその背中に座り込むとキャメルクラッチを決めていく。その足にしっかりと亜沙美の腕を引っ掛け、亜沙美の体をCの字にそらしていく歩美。

「ううっ…んぐっ…」

「ギブアップする?そうすればこっちも物足りないけど助かるんだけどな…」

しかし必死で首を振って拒んでいく亜沙美に、歩美は技を仕掛けながらコーナーの美香を呼び込むように目で合図をすると、リングインしてきた美香が走りこんでの低空ドロップキックを亜沙美の顔面に見舞っていった。

「きゃあぁぁぁぁっ…」

歩美が手を離すと悲鳴を上げてグッタリする亜沙美。しかしこれに怒った愛美も、攻撃を仕掛けた美香に飛び蹴りを放つが、美香も素早くそれをかわす。亜沙美が2vs1になるのを避けるべく、歩美と美香の連携を阻む為に、美香の相手をすることが自分の役目と愛美は自覚していた。

「茶々を入れたいんなら、私を倒すのね!美香ちゃんの相手は私なんだから!」

美香へ蹴りを放っていく愛美。命中はせずとも、その長い脚で繰り出される蹴りは、小柄な美香を牽制するには十分であった。愛美の攻めに、美香は歩美と亜沙美からは引き離されていく。それを見た歩美は、自分で亜沙美を仕留めるしかないと考え、一旦亜沙美を解放すると、何とか立ち上がろうと四つん這いで立ち上がろうとする亜沙美と距離を取ると、助走をつけての低空ドロップキックを亜沙美の脇腹に見舞っていった。

「ぐぼっ…」

その威力に、堪らず場外へ吹っ飛ばされる亜沙美。場外で咳き込む亜沙美に、更に追い打ちをかけようと、ロープへ飛んで勢いをつけると、そのまま亜沙美目掛けて突っ込む歩美。堪らず愛美が助けに入ろうとするが、今度は美香が至近距離からのドロップキックで妨害する。

「覚悟っ!」

叫びながらトップロープとセカンドロープの間を潜り抜ける歩美。膝を突きだしながらのトペ・スイシーダ、エルボー・スイシーダが亜沙美のボディを直撃する。

「んあああっ…」

(ガッシャーン…)

歩美の攻撃の勢いに、鉄柵に背中から叩きつけられ、鉄柵ごと大の字になる亜沙美。しかし仕掛けた歩美が負ったダメージも軽くなく、亜沙美に圧し掛かったまま立ち上がることができない。その歩美を助けようと、美香がリング下へ行こうするが、その一瞬の隙が愛美にチャンスを与えることになり、美香はバックを取られてしまう。

「捕まえた!さて、攻めさせてもらうわよ!」

「くっ…離せ…離しなさいっ…このぉっ!」

抵抗する美香が足をバタつかせていくと、背後の愛美へカンガルーキックを放つ。

(グニュ…)

「ふぐうっ…」

股間への一撃に、愛美が堪らずしゃがみ込んでフラ付いていく。その隙に飛び上がった美香は、その頭に延髄蹴りを叩き込んだ。

(バシィィィィ…)

「ああんっ…」

後頭部への一撃にグッタリとする愛美。その愛美に絡みつくようにドラゴンスリーパーを仕掛けていく美香。

「くっ…うぐっ…」

「大丈夫よ…まだ終わりにはしない…しばらくの我慢よ!」

ジタバタする愛美を必死に締めあげながら、美香はリング下で倒れる歩美に対して叫んだ。

「歩美ちゃん!勝負を決めるよ!起きて!」

美香の声に、倒れていた歩美も何とか起き上がろうと、這い蹲ってリング上へ戻ろうとする。

(歩美ちゃん…私、2人で勝ちたい!だって…私達…力を合わせて決めるって約束したじゃない!)

このヒロインバトルに関し、本当ならば美香は参加できるかどうか分からなかった。それは結婚したということが大きかったのであるが、その話を知った時、美香はどうしても出場させてほしいと自ら願い出ていた。それは作品に対する愛着もあったが、それ以上にコンビの相方ともいうべき存在であった歩美が自分以外の誰かとのコンビでヒロインバトルを戦っているのを見るのは何より辛いものがあったからだった。歩美のパートナーになれるのは自分以外にはいないという、おこがましいかもしれない位の自負が美香の中にはあった。だからこそ、歩美とまたコンビを組めることになった時、美香は何よりも喜んだ。そして歩美と特訓を始めた時、勝負を決める時は出来るなら2人の力を合わせて決めたい、自分達は一心同体みたいなものなのだからその様に戦いたいという気持ちを歩美に伝えていた。その時、歩美は苦笑いしながら考えておくと言ってハッキリとはOKしてくれなかったが、美香は歩美が自分の思いを受け取ってくれたと信じていた。だからこそ、このチャンスを美香はものにしたかった。

「歩美ちゃん!頑張って!」

美香の必死の叫びが届いたのか、歩美もサードロープを掴んでリング内へ戻ろうとする。しかしその足を掴むものがあった。

「行かせない…こっちだってあんなので沈む程弱くはないわよ!」

歩美の足を掴んでリングインを阻もうとする亜沙美。しかし歩美も後ろ蹴りで亜沙美を蹴落とそうとする。だが、愛美が止めを刺されることを阻止したい亜沙美も必死に歩美を止めようとその体にしがみつく。するとその亜沙美の手が歩美のビキニに掛かってしまい、歩美は半ケツ状態にされてしまう。

「きゃあっ…!!」

予期せぬ状況にクールな歩美らしからぬ悲鳴が上がる。その隙に歩美のボディを捉えた亜沙美はバックドロップで歩美をリング下に投げ落とした。

「んあっ…」

エプロンサイドからリング下に叩き落とされる歩美は、観客達にその半ケツ姿を晒すことになってしまう。続け様に亜沙美がエプロンサイドに上がり、場外を背にロープに飛び乗ると、そのロープの反動を使って後方宙返りし、蹲る歩美目がけてラ・ケブラーダを仕掛け、覆いかぶさるようにぶつかっていった。

「んあっ…」

小さく悲鳴を上げる歩美。その亜沙美の攻勢に、愛美を締めあげていた美香が歩美を助けんと攻めを解いて亜沙美に向かおうとする。しかし解放されて少しの内に、起き上がってきた愛美が美香の体を掴む。

「えっ…うそっ…!?」

攻め込まれていた筈の愛美が間髪を入れず反撃に転じてきたことに動揺を隠せない美香。しかもその力はさっきまでと比べ強く感じられた為に尚更であった。

「負けられない…亜沙美ちゃんが必死に戦ってるのに…私がやられるわけにはいかないのよ!」

そう言うと、美香を捉えたまま、その身を持ち上げて立ち上がった愛美がアトミックドロップで自らの膝に美香の股間を叩きつけた。

「痛いぃぃぃぃ…」

股間を強打して悲鳴を上げる美香。しかし愛美はダウンを許さず、そのまま美香を捉えたまま、リング下で戦う亜沙美に目配せして頷いた。

(大丈夫よ…私のことなら心配ない!亜沙美ちゃんに悔いを残させたくない…その為に私は戦ってるんだから!)

実のところ、愛美が亜沙美と会うのは久々のことであった。連絡を全く取り合っていないという訳ではなかったのだが、歩美と美香に比べれば疎遠になっていた、という言い方が当てはまるのも否めないところであった。だからこそ今回亜沙美が参戦を承諾し再会した時、愛美は何よりも喜んだ。しかし、そこで亜沙美から聞かされた決意に、愛美は大きなショックを受けた。だが亜沙美はその決意を固めたからこそ、今回のヒロインバトルで悔いなく、自分の限界を超えるまで戦いたいとの思いを愛美に告げた。そして同時に愛美とこうしてまたコンビを組めたことに感謝しているという気持ちも。その亜沙美の決意を聞かされた愛美は、一体自分が彼女の為に出来ることは何かを考え続け、それは何より彼女に悔いなく戦わせるために、自らも全力を尽くして戦うことだと悟った。同時に、少しでも長く亜沙美と共に戦いたい、否、一緒の時を大事にしたいという自分自身の気持ちも彼女の中で大きくなり始めていた。久々の再会ではあったが、ずっと(役柄上とは言え)姉妹として接してきた2人の絆を、愛美は何より大切に思っていたのだ。

「行くわよ!これに耐えられる美香ちゃん?」

美香の体を掴み、抱えあげる様に持ち上げると、アルゼンチンバックブリーカーを決める愛美。美香の小柄な体が弓なりに曲げられていく。

「やぁぁぁぁ…痛い…痛ぁぁぁぁい…」

エグい程に曲げられる美香の体。レフリーがギブの確認をしていくが、美香も必死にギブを拒んでいく。そしてその美香の窮地に、亜沙美に攻め込まれていた歩美も意地になって反撃に出る。上から攻めてくる亜沙美の股間を狙い、下から蹴りを放って亜沙美をしゃがみ込ませると、立ち上がって半ケツ状態にされたビキニを直し、亜沙美の体を捉えた。

「恥かかせてくれたわね…お返しはその体に叩きこんであげるから、覚悟しなさい!」

そしてジタバタする亜沙美を、ダブルアームスープレックスで後方へ叩きつける歩美。首と背中へのダメージにグッタリする亜沙美。その隙にリングへ戻り美香を救出しようとする歩美であったが、ダメージを負いながらも亜沙美がその足を掴んで行かせまいとする。

「くっ…離しなさい!このっ!」

亜沙美を引き離そうと、歩美は至近距離からのサッカーボールキックを見舞う。強烈な音が響くも、亜沙美はダウンせずに持ち堪え、逆に掴んだ足を捻じ切る様にドラゴンスクリューで歩美を倒していった。足を押さえこんで倒れる歩美。しかし亜沙美も歩美の攻めのダメージでその後の攻撃が続かない。一方、美香を攻め続けていた愛美は揺さぶりをかけてギブアップを迫った。

「ほらほらっ…ホントに腰がダメになっちゃうよ!新婚さんがそれはまずいんじゃない?」

「ううっ…余計なお世話…こんなんでギブするほど…ヤワな体じゃないんだから…!」

「そっかぁ…じゃあこれはどうかしら!」

そう言って美香をマットに投げ捨てる愛美。強がってはいたものの、ダメージは大きかったことを示す様に腰をさする美香。だが今度は愛美が後方からスリーパーで美香を締めあげる。

(グイッ…)

「うぐっ…ううっ…」

必死に逃れようと、締め上げる愛美の腕を掴む美香。しかし意外なパワーで締め上げる愛美はそのスリーパーホールドの体勢から美香を持ち上げると、そのまま振り回す様に回転し始めた。愛美がスリーパーを仕掛けたのは、このスイング・スリーパーに持ち込むことが目的だった。成す術なく振り回される美香の喉に、遠心力により愛美の腕が更に食い込み益々苦しい展開になる。結局、10回転したところでマットに投げ捨てられ、更にグッタリする美香。

「ううっ…げほっ…げほっ…」

締め上げと振りまわされたダメージで、思わず咳き込む美香。だが、その美香のピンチと相手の亜沙美と愛美の予想以上の戦いぶりは、リング下の歩美の闘志を刺激し、ダメージを負い決して楽な状況ではない歩美に立ち上がる力を与えていた。立ち上がる歩美の表情には不思議と笑みが浮かんでいた。

(亜沙美ちゃん…愛美ちゃん…楽しませてくれるじゃない。勝負はこうでなくちゃ!美香ちゃん…私達も負けてられないよ!)

このタッグバトルの話が来た時、戦隊出演の後もアクションの経験を多く積んでいた歩美は、この機に自分の力を試してみたいと感じていた。相手が強ければ強いほど燃えるタイプである彼女にとって、以前地下リングに参戦していた時は相応の練習を積んだにも関わらず不完全燃焼で終わっていただけに、今回は自分の持てる力を存分に発揮したいという気持ちがあった。しかし同時に、今回は戦隊ヒロインのタッグバトルということで、自分のパートナーとなるであろう美香がもしも出場できなければ誰とチームを組めばいいのか、仮に組んだとしてうまくその者と連携できるかという不安も彼女の中に生じていた。だからこそ、美香が自らチームを組んでの出場を願い出たと聞いた時、歩美も何より嬉しかった。美香ほど表立ってその感情を出したわけではなかったが、歩美もまた美香以上のパートナーはいないと思っていた。その自分にとっての最高のパートナーとも言える美香の存在を得て、歩美はこれ以上に無いパワーを得た。そして戦っている今、亜沙美と愛美のファイトが歩美の闘志に火をつけ、それは歩美に不思議な喜びを与えていた。

「立ちなさい!決着をつけましょう!」

そう言って、亜沙美に立ち上がるように求める歩美。そしてその歩美の挑発に呼応するかのごとく、亜沙美もフラ付きながらも立ち上がってきた。そして亜沙美の顔にもまた不思議な笑みが浮かんでいた。

「強いね。歩美ちゃんと戦えてる自分が…何か不思議な感じだよ。」

「亜沙美ちゃんこそ…ここまで手こずるなんて思いもしなかったな。折角だから…もっと楽しませてよね!」

そう言うと、亜沙美に向かってパンチを放つ歩美。そのパンチをかわすと、逆にパンチを放ち返す亜沙美。しかし、それをかわした歩美がカウンターの膝蹴りを亜沙美のボディに見舞う。体をくの字にして苦しむ亜沙美であったが、気勢を上げると愛美のボディに前蹴りをお返しとばかりに見舞う。表情が歪む歩美であったが、亜沙美の髪を掴むと強烈なビンタを見舞う。

(バッシィィィィン…)

しかし亜沙美も愛美の髪を掴み、ビンタを張り返す。歩美と亜沙美のビンタ合戦の中、リング上では愛美が美香を煽る様に、そのヒップ目掛けて蹴りを連発して痛めつけていた。

「くっ…このおっ…!」

しかし美香も意地になり、愛美の蹴り足を取って自分の足を潜り込ませると、愛美の股間に爪先を押し付け、何と下からの電気アンマ攻撃を仕掛けた。

「いやっ…ちょっと…何て攻撃するのよ!」

「散々腰に攻撃してくれたお礼よ!気持ち良くしてあげる!」

そう言って愛美の股間に更に強く爪先を押し付ける美香。

「ほらほらっ…折角だから大サービスでもっと強くしてあげるわよ!」

「ううっ…大したことないわよこんなの…ああっ…」

強気な言葉とは裏腹に、その表情が紅潮し始める愛美。何とか声は出さないようにと踏ん張るが、美香の攻めは意外に()厳しかった。

「ああっ…いやっ…ああっ…」

「あら〜愛美ちゃん気持ちよさそう…折角だから戦えなくなる位気持ち良くしてあげるっ!」

足に持てる力を込めて愛美に刺激を加えていく美香。しかし愛美も必死にその足を退けると、股間を押さえてフラ付きながら後退する。

「逃がさないわよ!」

立ち上がって、体勢を立て直しきれず背後を見せてしまう愛美目掛けて、飛び上がるとその首に手を引っ掛ける美香。その飛び上がった勢いで背後からのフライングネックブリーカードロップを仕掛け、愛美を顔面からマットに叩きつけて行った。

「痛いぃぃぃぃっ…!」

勢いよく顔面から叩きつけられてしまい悲鳴を上げる愛美。そのチャンスを逃すまいとばかりに美香は倒れる愛美の腰にヒップドロップを落とすと、マウントを取ってキャメルクラッチを仕掛けて行った。愛美の体がCの字に曲げられていく。

(グイッ…ググッ…)

「あふっ…あふぅ…」

「ほらほらっ…さっきは散々腰を痛めつけてくれたわね!それがどんなに辛いか教えてあげる!」

そう言うと、腰へのヒップドロップを織り交ぜながら愛美の腰にダメージを与えて行く美香。その愛美の劣勢に、歩美と鍔迫り合いを続けていた亜沙美が助けようとリングへ戻ろうとする。しかしそれを歩美が蹴りを繰り出して阻んでいく。

「行かせない…助けに行かせる位なら…ここであなたを仕留める!」

そう言うと、今までにない位強烈な蹴りを亜沙美の太股に見舞う歩美。その一撃で太股を変色させる威力は、亜沙美の表情をも歪める。そして続け様に歩美のハイキックが亜沙美の顔面を捉える。とっさに防御するも、その衝撃は防御した腕を伝って亜沙美の顔面に響き、後退する亜沙美。しかしこの歩美の一撃が亜沙美の闘志に火をつけた。

「…この野郎ぉぉぉぉっ!!」

その目つきが変わると、歩美のボディに強烈な前蹴りを見舞う亜沙美。その亜沙美の蹴りの威力もまた、先程までの蹴りを凌駕する威力で歩美の表情を歪ませる。お腹を押さえる歩美の顔に続け様のケンカキックが炸裂し、ダウンを奪われる歩美。しかしストンピングによる亜沙美の追い打ちを回転してかわすと素早く立ち上がり、歩美はファイティングポーズを構えた。その歩美の姿に、亜沙美はそれを望んでいたかの様な嬉しそうな表情を浮かべていた。

(良かった…歩美ちゃんや美香ちゃんが相手で…だって…こんな凄い試合ができるなんて…私がここまで頑張れるなんて…思ってなかったから!)

亜沙美にとって、今回のこのヒロインバトルは地下リングで戦う、最初で最後の機会になるかもしれなかった。彼女にはずっと考え続けていたことがあり、それは自分の中で確実な思い、そしてそれが心の中で大きくなっていることを亜沙美自身理解していた。しかしその事で亜沙美はとてつもなく苦しみ、人知れず泣いていたこともあった。その事で仕事が中途半端な形になってしまっていることも彼女を悩ませていた。そんな時に来たこのヒロインバトルの話に、亜沙美は一つの決意をした。これを自分に対するけじめをつける機会にしようと。自分の原点ともいえる戦隊絡みの、そして姉妹のように接してきた愛美と久々に再会し、共に臨むイベントということで、亜沙美にとってはこれ以上ない機会であった。そして今、自分の持てるものをすべて出し切るかのように亜沙美は戦っていた。そしてその心中には、久しぶりに会ったにも関わらずチームを組み自分の思いを受けとめ理解してくれた愛美への感謝と同時に、流石の強さを見せ、自分の底力を引き出させてくれる対戦相手の歩美と美香への感謝の気持ちすらあった。

「私…愛美ちゃんを助ける!だからこそあなたを倒さなきゃいけないのよ!」

そう言う亜沙美に、だったら倒して見ろとばかりに歩美がパンチを繰り出していく。素早いパンチの連打に防戦一方になるかと思われた亜沙美だが、隙を見出して歩美にタックルで組みついていく。そして歩美を持ち上げてフロントスープレックスに持ち込もうとする。そしてその亜沙美の奮闘が、美香に攻められていた愛美にも闘志を取り戻させた。全ての力を解放するようにして、美香の体を返していく愛美。

「えっ…ウソっ…!きゃあっ…!」

マットに転がされる美香の体。そして愛美が苦しそうにしながらもロープを掴んで立ち上がる。しかし素早く立ち上がった美香が先手を打って愛美目掛けてドロップキックを放つ。だが、愛美がそれをかわして逆に美香を叩き落とすと、マットに倒れた美香のボディに逆にニードロップを落としていった。

「グボォッ…」

愛美の膝の直撃に、美香の口から反吐が吹きあがる。そしてその美香の首を掴むと、ネックハンギングツリーで美香の体を持ち上げていく愛美。

「ううっ…く…苦しい…」

「大丈夫よ…これで決めてあげる!もう少しの我慢よ!」

そして愛美は美香を持ち上げたまま、その美香の体を振り回し始める。意識を朦朧とさせてマットに叩きつけるつもりなのか、しかしそれを見た歩美は、亜沙美がその身を持ち上げた瞬間に、亜沙美の首に手を回すと、持ち上げられたまま勢いをつけて後方に倒れ込み、ジャンピングDDTの様に亜沙美の頭を床に突き刺していった。

「んあっ…」

脳天への衝撃に倒れ込む亜沙美の姿を見た歩美は、劣勢の美香を救出するべく漸くリング上に戻り、美香を振りまわす愛美に向かっていく。

「美香ちゃんを離せっ!」

飛びかかろうとする歩美。しかしそれを見た愛美には一つの策が浮かんだ。

「離してあげる!これを受けてみなさい!」

そして、振りまわしていた美香の体を、愛美は何と向かってくる歩美目がけて投げつけた。

「えっ…!?」

予想だにせぬ攻撃に、一瞬歩美の動きが止まる。そして歩美の目の前には美香の体が迫っていた。

(ドッシィィィィン…)

「きゃあぁぁぁぁっ…」

「んあぁぁぁぁっ…」

投げつけられた美香の体が歩美に勢いよく激突する。受け止めようにも決して大柄ではない歩美には無謀過ぎ、2人仲良くマットに倒れこんでしまう。とんでもない愛美の荒技に、歩美と美香のダメージは大きく2人とも立ち上がることができない。そこに、リング下の亜沙美がフラ付きながらもリング上に戻ってきた。

「亜沙美ちゃん、今よ!勝負を決めよう!」

愛美の叫びに亜沙美が頷くと、愛美が体勢を低くする。その愛美目掛けて走る亜沙美は、飛び上がって愛美の肩を踏み台にし更に高く飛ぶと、そのまま一回転し、重なって倒れ込む歩美と美香目掛けてフライングダブルニードロップを見舞った。

「ごぶぅぅぅぅ…」

「げぼぉぉぉっ…」

亜沙美の両膝がそれぞれ倒れ込む歩美と美香のボディを抉り、2人は仲良く反吐を吹きあげる格好になる。愛美と亜沙美の見事なこの連携技は、彼女達に関連する文言を使うなら、差し詰め『シスターズ・イリュージョン』とでも名付けられた。これには観客達も大興奮し、歓声が上がっていく。

「愛美ちゃん…最後は2人で決めるよ!」

そして、亜沙美と愛美はグッタリする歩美と美香を各々捉えると、その頭をぶつけて止めを刺さんとばかりに、お互いにヘッドロックを仕掛けて猛然と走りだした。

(これで決める!私達の勝ちだ!)

亜沙美と愛美の頭の中には勝利の文字が浮かんでいたであろうが、しかしこの時、頭が激突せんとしていた歩美と美香の視線が僅かながらに交差していたことに2人は気付いていなかった。そして、歩美と美香の思いは同じだった。

(このままやられてたまるか!)

その思いがシンクロしたかのように、歩美と美香は頭をぶつけられる寸前、互いに亜沙美と愛美の体を捉えて渾身の力で2人の体を激突させた。

「んあぁぁぁぁっ…」

「痛いぃぃぃぃ…」

一瞬の気の緩みがあったのか、不意の反撃に亜沙美と愛美がフラ付いた隙に、歩美が2人の体を持てる力で抑えに掛かった。

「美香ちゃん…今しかない!今度は私達の番よ!」

「うん!」

渾身の力でフラ付く2人を抑えている間に、美香はコーナートップに上り、気勢を上げながらトップロープを蹴って飛びあがった。

「さっきのお返しだぁぁぁぁっ…!」

コーナーから飛んだ美香の姿を見た歩美は、拘束を解いて2人から離れる。そしてその瞬間、降下してきた美香が亜沙美と愛美の頭を両手で掴み、その頭を思いっきりマットに叩きつけた。美香のフライングダブルフェイスクラッシャーが見事に炸裂する。

「きゃぁぁぁぁっ…」

顔面を打ち付けた亜沙美と愛美の悲鳴が響く。しかし今度は美香が顔を押さえて倒れる2人の体を捉えた。

「歩美ちゃん!決めてよ!」

持てる全ての力で2人の上体を起こして抑える美香の叫びに、距離を取っていた歩美が2人目掛けて走る。そして拘束された愛美の顔目掛けてシャイニングケンカキックを放つ歩美。

「ぐふっ…」

悲鳴を上げて後方に倒れ込む愛美。そして愛美を蹴った反動で、歩美はそのすぐ隣の亜沙美の顔面に2発目のシャイニングケンカキックを命中させ、亜沙美もダウンさせた。先の亜沙美と愛美同様に、彼女達に縁のある文言を使って言うならば『ツインカム・ジャッジメント』とも言うべき見事な歩美と美香の連携技に、会場は更に湧き上がった。

「これで終わりよ!」

ダウンした亜沙美と愛美を互いにカバーしに掛かる歩美と美香。

(ワン…ツー…ス…)

しかし2人も意地になってそれを返していき、その姿に会場からは亜沙美と愛美に対する声援も起き始める。

「負け…ない…まだ…戦え…る…」

先の頭部への続け様のダメージに意識朦朧の2人の筈だが、亜沙美が呟くように言いながら立ち上がろうとする。その姿に、歩美が再び亜沙美と距離を置く。そして美香は遅れて立ち上がろうとした愛美の首を捕えると、持てる力でSTFを仕掛けてその動きを封じる。

「うぐっ…ぐうぅぅぅぅ…」

必死に技を解こうともがく愛美だが、美香も全力で締め上げていく。そして立ち上がろうとする亜沙美目掛けて、歩美がまたも走り込んでいった。再びシャイニングケンカキックかと思った亜沙美はガードを固めるが、歩美の足は亜沙美の頭上にあった。

「受けてみなさい!」

不意を突かれた亜沙美が頭を守ろうとした時、歩美の踵は既に亜沙美の脳天を直撃していた。先のケンカキックとは比にならない衝撃が亜沙美を襲い、その身が崩れ落ちる。これこそ、歩美が身に付けた必殺技とも言うべきシャイニング踵落とし、別名スコーピオライジングであった。そして、崩れ落ちた亜沙美の体を歩美が押さえに掛かった。

『ワン…ツー…スリィィィィィ…カンカンカンカン…』

粘った亜沙美も遂に力尽き、返すことができなかった。会場に響くゴングの音が、長い2組の死闘の終焉を告げる。激闘を繰り広げた2組に、会場からは惜しみない拍手が起きていった。

『勝者、刑事レンジャーチーム!これにより刑事レンジャーチームは第6試合において第4試合の勝利チームと戦うことになります!』

フォールを奪った歩美は、全精力を使い果たしたかのようにマットに倒れ伏した。しかし愛美を解放して近づいてきた美香は、歩美の顔を見ると顔をクシャクシャにして、倒れたままの歩美に抱きついた。

「歩美ちゃん…やったね!勝てたよ私達!」

「…ありがと。美香ちゃんのおかげよ。美香ちゃんの頑張る姿を見たから、私も頑張れたのよ。」

しかしそんな2人の耳に、すすり泣く声が聞こえた。それはマットに突っ伏して泣く愛美のものであった。

「愛美ちゃん…」

そんな愛美の姿を見た美香は、どう声をかけていいのか分からず困惑していた。そして歩美はもう一人の敗者である亜沙美の方を見た。その大の字になって倒れる亜沙美の表情は、愛美とは対照的に、目に光るものこそあったが不思議な位穏やかであった。

(終わった…負けちゃった…でも…悔いはない。だって…愛美ちゃんと一緒に…歩美ちゃんと美香ちゃんと全力で戦えたんだもの…)

「亜沙美ちゃん!」

駆け寄る歩美が声をかけ、亜沙美の身体を起していくと、亜沙美は微笑みながら言った。

「歩美ちゃん…おめでとう。やっぱり…ツインカム・エンジェルの攻撃は凄かったよ。」

「それはこっちのセリフ。どっちかがピンチになるともう片方がいきなり手強くなるんだもの。互いを想い合うマジカル・シスターズの絆の強さ、見せてもらった。」

そういって微笑み合う2人。そして亜沙美は、まだ突っ伏して泣いている愛美の元へ近づいた。

「愛美ちゃん…ごめんね。でも私、愛美ちゃんに凄く感謝してる。愛美ちゃんがいてくれなかったら…ここまで戦えなかったもの。」

「亜沙美ちゃん…私がもっと強かったら…私、亜沙美ちゃんともっと一緒に戦いたかった…もうこれで最後かもしれないのに…」

その愛美の言葉を聞いた歩美と美香は、その『最後』という言葉に疑問を覚えた。

「愛美ちゃん…最後って…どういう意味?」

美香が尋ねると、愛美が起き上がって目をこすりながら言った。

「亜沙美ちゃん…実は…」

しかし、その言葉を遮ったのは亜沙美自身だった。

「愛美ちゃん…それは私から話すよ。私自身のことだしね。」

 

 

そして、リングを降りた4人は、亜沙美の話を聞く為に本気レンチームの控室へと戻ってきた。

「私ね…今日でこの仕事を一度離れることにしたの。だから多分…ここに来るのは今日が最初で最後ってこと。」

その亜沙美の告白に、歩美と美香も衝撃を隠せなかった。

「離れるって…どうして!?何があったの?」

ショックを隠せない美香が亜沙美の肩を掴んで聞いた。

「落ち着いてよ美香ちゃん。別に心配かけるようなことがあったわけじゃないの。」

そう言って亜沙美は、皆を安心させるように微笑みを浮かべながら口を開いた。

「私ね、他にやりたいって思うことが出来たの。ずっと前から考えてたことがあって…その気持ちが段々確かになってることに最近気がついたの。とは言えこの仕事してるし、中々踏ん切りがつかなくてさ。でも、中途半端な気持ちのままじゃいけないって思った。だから自分の気持ちに正直になることにしたの。自分が本当にやりたいって思うことをしようってさ。」

亜沙美の告白を、歩美と美香は黙って聴き続ける。そして話し続ける亜沙美の傍らでは、愛美がその目にまたも涙を浮かべていた。

「でもその前に、この仕事をやってきた自分自身にちゃんと区切りを、けじめをつけたかった。そして自分自身に全く違う世界でも、一からやっていけるだけの意志の強さがあるかどうか確認しておきたかったの。そんな時にこの話が来て、いい機会だと思った。それに…最後にまた愛美ちゃんに会えるって思ったら、すごく嬉しくてさ。」

その亜沙美の言葉に、愛美はまた泣き出してしまう。それを美香が宥めていた。

「愛美ちゃんに会った時、自分の気持ちを伝えたの。そしたら愛美ちゃん、最初はショック受けてたけど、最後はちゃんと私の気持ち受けとめてくれた。一緒に精一杯戦うって約束してくれた。それが私にはとても心強かったし、嬉しかった。流石は私のお姉ちゃんだなって。」

「亜沙美ちゃん…」

亜沙美は涙を拭う愛美に微笑みかけた。

「そして今日は結果的には負けちゃったけど、自分の思った以上に戦うことが出来たって思ってる。だからもう悔いはない。それは愛美ちゃん、そして歩美ちゃんと美香ちゃんの3人のおかげ。愛美ちゃんが一緒に戦ってくれたから、そして歩美ちゃんと美香ちゃんが思いっきりぶつかってきてくれたから、私は持てる以上の力が出せたの。3人には本当に感謝してる。愛美ちゃんと一緒に、歩美ちゃんと美香ちゃんと戦えて良かったって。それが今の私の正直な気持ち。」

自分の思いの全てを告白した亜沙美の表情はとても穏やかだった。

「でも…もしかしたら自己満足かもしれないけどね。歩美ちゃんや美香ちゃんからしたら大したことなかったかもしれないけど…」

亜沙美がそう言いかけた時、歩美がそっと亜沙美を抱き寄せた。

「伝わってたよ。亜沙美ちゃんの強さ…私の体に思いっきり響いてた。亜沙美ちゃんが思いっきり攻めてきてくれたから、私も負けるかって思って、力を思いっきり出すことが出来た。私もね、亜沙美ちゃんと愛美ちゃんと戦えて良かったって、感謝してる。」

「歩美ちゃん…」

「大丈夫…亜沙美ちゃんならきっと違う世界でも頑張っていける。あれだけの強さを見せたんだもの。どんな壁にぶつかったって…乗り越えられる筈よ。だから…頑張ってね。」

その歩美の励ましに、思わず亜沙美の目が潤んでいく。

「それに、さっき『一度』って言ったよね。それって、またいつか戻ってくるってことでしょ?必ず戻ってくるんだよ。その時は…またこの4人で勝負しましょ。その時まで…私ももっと強くなる。ずっと待ってるからね。」

その歩美の言葉に、美香も続いた。

「そうだよ亜沙美ちゃん。必ず戻ってくること。マジカル・シスターズはツインカム・エンジェル最大のライバルなんだから。そのライバルが頑張ってくれないと私達も張り合いないしね。応援してる…簡単にヘコたれちゃダメよ。」

2人の言葉に抑えていた気持ちが一気に溢れ出し、亜沙美は歩美に抱きついて泣き始めた。

「もう…そんなに泣かないの…でもいっか。今だけは思いっきり泣いちゃいな。これからはもう簡単に泣かない様にね。」

歩美の言葉に、更に声を上げて泣く亜沙美。

「ありがとう歩美ちゃん…ありがとう。私…頑張るよ。歩美ちゃんに負けない様に頑張るから。」

その亜沙美の姿に、美香も、さっきまで泣いていた愛美も微笑んだ。そして、歩美に続き美香も、亜沙美を抱き寄せてその頭を撫でながら言った。

「亜沙美ちゃん…私もね、あなたと愛美ちゃんと戦えて良かった。2人ともすっごく強かったんだもん。辛くなったら今日のことを思い出して。きっと頑張れる筈よ。」

「…うん、ありがとう。準決勝も頑張ってね、美香ちゃん。」

そして、最後はパートナーの愛美が亜沙美を抱き寄せる。

「ありがとう…一緒に戦ってくれて。あなたの新しい夢が実現するようにいつも祈ってる。私はずっと味方だからね。亜沙美ちゃん、これから頑張るんだよ…頑張れ…」

涙声になりながらの愛美の言葉に、亜沙美は更に溢れてくる涙をこらえながら、微笑みを浮かべて言った。

「…私ね、今日のこと絶対忘れない。愛美ちゃんが私の気持ちを受け止めてくれたからここまで頑張れたの。私にとってはこれからもずっと自慢のお姉ちゃんよ、愛美ちゃん。」

その言葉に、愛美がまた目を潤ませて泣きそうになってしまい、亜沙美はそんな愛美の頭を撫でながら微笑みかけた。その光景を、歩美と美香は笑いながら見ていたのだが…。

「うっ…」

突然、美香が腰を押さえてしゃがみこんだ。

「美香ちゃん、どうしたの!?」

「い、今一瞬…腰に電気が…」

それを聞いた愛美が焦って美香の腰に手を当てる。

「もう!愛美ちゃんが腰ばっかり攻めたせいだぁ!ホントにダメになったら責任とってもらうからね!」

「え〜っ…だって勝負なんだから仕方ないでしょー…それに美香ちゃんだって私に電気アンマなんかしたんだから、それでおあいこ!」

「おあいこじゃない!こっちはまだ結婚したばっかなの!新婚さんに少しは気を使いなさい!」

「新婚さんは電気アンマなんて仕掛けないと思うけど!もう少し新婚さんらしく振舞った方がいいと思うな!」

「どーいう意味!?」

「言った通りの意味!」

言い合いながらも、何処か楽しそうな美香と愛美。それを傍から見ていた歩美と亜沙美は顔を見合わせて笑っていた。そして亜沙美は心の中で、この2組で戦うことが出来て良かったと改めて感じていた。コンビの絆の戦いとも言うべき展開となった第3試合は、普段は過酷な試合が展開する地下リングにおいて、新たな出発へ向けた思い出を刻みこんだ爽やかな試合となったのであった。

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