激戦が続いている戦隊ヒロインタッグバトル1回戦も、いよいよ最後の第4試合。準決勝の最後の椅子を賭けて戦う2チームの出番が近づいていた。

 

 

「いよいよ出番か…下手な戦いは出来ないわね…」

暴風ジャー&暴レンジャーの連合チームの一人、長沢奈央は自分自身に喝を入れながら、ウォーミングアップをしていた。このチームは第3試合までに登場した6チームとは違い、各々の戦隊にヒロインが1名しかいないこともあり、2戦隊合同の連合チームが組まれていた(←第2試合の激レンジャーチームも、厳密にいえばヒロインは福井美菜1人なのだが、平多裕香が演じた悪側のヒロインも戦士色が強かったこと、そして前後の戦隊がヒロイン2名で連合チームが組みにくい等の理由で美菜と裕香のタッグが組まれていた)。そしてその奈央は、戦隊出演後も他の作品などでアクションの経験を積んでいたこと、そして少林寺拳法を特技とすることや過去の地下リング経験に加え、今回の参加選手の中でも特に体格的に恵まれていることなどから、その活躍が期待されていた。

「調子いいみたいね。こんなに気合入った奈央ちゃん見るのは久しぶりだな。」

今回、その奈央と連合チームを組む伊藤藍子はそう言った。今回の参加メンバーの中では最年長であり、戦隊卒業後は着実に女優としての経験を積んでいる彼女。地下リングへの参戦は意外にも今回が初であるが、下馬評では体格的な面からは奈央と組んで戦えば相当な実力を発揮するのではないかと予想されていた。パートナーである奈央とは作品の共演者という訳ではなかったが、戦隊のVシネマ等での共演経験やプライベートでの付き合いもあり、互いに気心の知れた関係であったため、今回連合チームという形ではあったが、他のチームと比べても遜色はない様に見えた。

「そりゃあね。今回は私達が一番先輩だし…後輩の前で無様な戦いは出来ないもの!」

「でもまさか1回戦から現役の2人と当たるとは思わなかったなぁ…どんな戦い方するのか、ちょっと見当がつかないのよね。」

対戦相手の里香と未来帆のことを考えながら藍子はそう言った。しかし藍子がその2人のことを口にした途端、奈央の目つきは厳しくなる。

「どんな戦い方だろうが、あの2人が現役としてどれだけやれるか試してやろうじゃないの。情けない戦いする様だったら、思いっきり根性を叩き直してやる!」

先輩としての威厳を示そうと燃えている奈央に、藍子は少々圧倒されながらも答えた。

「まぁ…とにかくさ、連合チームとしての意地を見せてやろうじゃない!最古参ならではの戦いをさ!作品は違うけど、奈央ちゃんは私の頼もしいパートナーよ。」

その藍子の言葉に、奈央の厳しかった目つきも和らぐと、その表情には微笑みが戻った。

「そうね…1人より2人!連合チームでも、他のチームより遥かに上だってところを見せてやるわよ!それにさ…優勝して藍子ちゃんの独身の最後をカッコ良く飾りたいじゃない?頑張りましょう!」

奈央の言うとおり、藍子はつい先日結婚を発表したばかりであった。刑事レンチームの菊池美香に続く2人目の新婚参戦者ということで、密かに注目を集めていた藍子は微笑みながら奈央の差し出した手を握った。

「うん!私…奈央ちゃんと一緒に戦えることを楽しみにしてたんだから!思いっきり戦おうね!」

ガッチリと手を握った奈央と藍子。実力未知数のコンビのベールが、今剥がされようとしていた。

 

もう一方の控室。

「すごいわね…先輩達。私達も…負けてられない!」

護星ジャーチームの一人、丹和未来帆はこれまでの3試合において、勝敗はどうあれ各々その存在感を示した6チームの戦いぶりに自らの闘志を刺激されていた。しかし同時に、自分達もそれ以上の見せる試合をしなければという見えない重圧もまた感じていた。雑誌モデルの出身で現在はアイドルグループの一員としても活躍する彼女は、今回戦隊ヒロインに選ばれたことで今後の更なる活躍が期待される一人だった。

「みっきぃ、緊張しない!練習通りやればきっと大丈夫だって!」

パートナーである佐藤里香は、未来帆の本心に気付いたのか、明るい表情で未来帆を励ます。戦隊出演前からキャリアを積んでおり、既にバラエティ等でその名を知られている存在である彼女は、仕事仲間や事務所の先輩などからもこの地下リングの話は聞いており、いずれは自分もそのリングの上で戦う時が来ることは覚悟していた。そしてそれは今回、この戦隊ヒロインのタッグバトルという形でやってきたのだった。

「…里香ちゃんには隠せないか。怖いものなんかないって言い聞かせてても、いざ本番ってなるとね。」

そんな未来帆に、里香は微笑みながら語りかけた。

「あんまり考え過ぎちゃダメだよ。絶対に負けないって気持ちだけ、忘れないようにするの。」

今回の戦隊ヒロインタッグバトルの話は、撮影が始まって間もない時に2人のところに来ていた。地下リングの話を聞き覚悟をしていた里香は、不安がる未来帆を励まし、2人は共にヒ戦うことを決めたのだった。

「私ね、みっきぃと一緒で良かった。練習してて改めて思ったの。私達は会うべくして会ったんだって。」

「里香ちゃん…」

里香の励ましに、未来帆の緊張感も徐々に解れていく。

「大丈夫!私達2人が力を合わせれば、きっと何とかなるなる!!…あ、今日は『何とか出来る』の方がいいか。」

自らが演じる役柄のセリフを使って励まそうとする里香に、未来帆もつい笑いがこぼれる。

「分かってるよ。いつまでも不安がってるわけにいかないか…現役のヒロインが情けなくちゃみっともないもんね!」

「そう!先輩達が威厳を示すなら、私達は現役の意地を見せなくちゃ!」

今回の8チーム中で最も新しい戦隊チームであり、番組のオンエアが始まって数ヶ月経ち、その活躍もファンの間に浸透し始めているこの護星ジャーチーム。ある意味では対戦相手の奈央と藍子以上に未知数のタッグであり、現役としてどの様な戦いをするのか、一番期待されていると言っても過言ではなかった。

「行こう、里香ちゃん!私、負けたくない!一番強いのは現役の私達なんだって証明してやるんだ!」

OKOK!みっきいがやる気になってくれたら、もう怖いものなし!思いっきり戦えるよ!」

闘志を見せる未来帆の肩を叩きながら、笑みを浮かべる里香。最古参の威厳と、現役の意地がぶつかり合う試合の幕が開こうとしていた。

 

 

『戦隊ヒロインタッグバトル、第4試合、選手入場!』

 

 

ドライアイスの中を入場してくる連合チームと護星ジャーチーム。前3試合とは違い、チーム間の共演経験はないこのカード。最古参と現役という対照的なチームの組み合わせに、観客達はどのような試合になるのかと期待を高めていた。

1回戦第4試合、赤コーナー、暴風ジャー&暴レンジャーの連合チーム、作品の壁を越えたベテランコンビ、長沢〜奈央〜!!伊藤〜藍子〜!!』

そのコールと共に、観客に向かって小さく一礼していく奈央と藍子。

『青コーナー、護星ジャーチーム、護星天使リングに降臨、護星ガールズ、佐藤〜里香〜!!丹和〜未来帆〜!!』

こちらは対照的に、観客に向かって笑顔で手を上げる里香と未来帆。奈央は水色に近いブルー、里香はピンク、藍子と未来帆はイエローと、今まで同様に各々の色のビキニを身につける4人は、レフリーに呼ばれてリング中央に集まる。

「奈央さん、藍子さん、今日は宜しくお願いします!遠慮なく来てくださいね!」

里香がそう言って握手をしようとするが、奈央はその手を無視して言い放った。

「言われなくたって…そのつもりよ。現役のあなた達の力がどれほどのもんか存分に試させてもらうから、覚悟してね!」

腕組みしながら、鋭い目つきで言い放つと踵を返して藍子と共にコーナーへ戻っていく奈央。その姿に2人が既に戦闘モードに入っていることを悟った里香は緊張感を高め、未来帆は先輩2人のその態度に内心ムッとしていた。そして、両コーナーにはそれぞれ先発を務める奈央と里香が立った。

『カァァァァン!!』

ゴングが鳴らされると、まずは奈央と里香は互いに距離を置いて相手の出方を窺おうとする。その状態が少し続いたところで、奈央がいきなり気勢を上げて里香のボディ目掛けてミドルキックを放った。

「ハアァァァァッ!」

その鋭い蹴りに驚きながらも、里香は冷静に後ろに飛んでそれをかわす。だが奈央の蹴りは間髪を入れず繰り出され、里香をあっという間にロープへと追い込んでいった。

「ほらほらっ…逃げてばかりいないで反撃してきなさい!でなきゃ勝てないわよ!」

挑発するように言い放つ奈央に、里香もローキックで反撃していくが、奈央はそれをしっかりとガードしていく。そして奈央は手を出して力比べを誘った。それに里香も片手を伸ばして組みあっていく。お互いに押し合う2人だが、これは体格で上回る奈央に分があった。

「イタッ…痛ぁぁぁぁい…」

「何が痛いよ!あなたも乗ってきたんじゃない!こんなこと位で悲鳴上げてるんじゃないの!」

悲鳴を上げる里香に厳しい言葉をぶつける奈央。里香をロープまで押し込むと、その反動を使って里香を持ち上げると、ボディスラムでマットに叩きつけた。そして続け様のストンピングが里香の体に突き刺さる。

「きゃっ…」

奈央の体格から繰り出されるストンピングは、それだけでも里香の華奢な体にダメージを蓄積していった。しかし里香も反撃とばかりに下から奈央の股間にアッパーを叩き込む。堪らず股間を押さえてしゃがみ込む奈央の喉元目掛けて地獄突きを放つ里香。

「ぐえっ…」

倒れる奈央に対して、距離を置きながら立ち上がる里香。しかしここでコーナーから未来帆が里香にタッチを求めた。

「奈央さんはやっぱり強敵か…藍子さんはどうかしらね…」

「みっきい、ファイト!」

里香に励まされながらリングインする未来帆。気勢を上げながら奈央目掛けて突進すると、ドロップキックを放った。高い打点から繰り出された未来帆の両足が奈央のバストを捉え、堪らず吹っ飛ばされる奈央。

「くっ…」

バストを押さえながら立ち上がる奈央を尻目に、未来帆はコーナーの藍子を挑発するように手招きした。

「奈央ちゃん、代わって!」

立ち上がった奈央とタッチし、リングインする藍子は、未来帆と睨み合う。

「威勢いいじゃない…でもそれだけじゃ勝てないわよ!」

「威勢だけかどうかは…これからタップリ教えてあげますよ先輩!」

その言葉と共に、藍子の頬に強烈なビンタを打ち込む未来帆。すると頬を抑える藍子も、負けじと未来帆の顔面にビンタを張り返す。すると今度は未来帆がグーパンチを見舞うと、藍子は悲鳴を上げてフラついた。

「ほらほらっ!どんどんいくわよ!」

そして今度はローキック、ミドルキックを織り交ぜながら見舞う未来帆。ガードしながら後退する藍子だが、その空いた顔面を目掛けて未来帆のハイキックが放たれる。しかしその未来帆の蹴り足を藍子がキャッチした。

「甘いわねっ!」

その蹴り足を掴んでドラゴンスクリューに持ち込もうとする藍子。しかし蹴り足をキャッチされたまま、未来帆が飛び上がった。

「甘いのはそっちよ!食らえっ!」

未来帆の延髄蹴りが藍子の後頭部に炸裂し、堪らずダウンする藍子。そして先に立ち上がった未来帆が、藍子の脳天に更にギロチンドロップを落とすと、グッタリする藍子の両腕を捉え、サーフボードストレッチを極めていった。

「痛い…痛いぃぃぃぃ…」

悲鳴を上げる藍子の背中に足を押し付け、更に極めていく未来帆。

「ほらほらっ…ギブアップします先輩?簡単にギブアップされたんじゃ面白くないですけどね〜」

屈辱を与えるような言い方をする未来帆。しかしここで奈央が飛び出すと、先程のお返しとばかりにドロップキックで未来帆を吹っ飛ばしてカットに入った。

「調子に乗ってるんじゃないわよ!」

吹っ飛ばした未来帆にストンピングを見舞い攻め立てる奈央。しかしここで里香もリングインすると、奈央にエルボーを見舞って攻め立てていく。難を逃れた未来帆も立ち上がると、2人かがりでのフロントハイキックで奈央をふら付かせる。

「くっ…負けるかっ!」

ふら付きながらも目つきを鋭くする奈央が、両腕での連続ラリアットで里香と未来帆を吹っ飛ばす。

「きゃあっ…」

「んあっ…」

2人を立て続けに吹っ飛ばした奈央の恐るべきパワーに観客からも驚きの声が上がる。そして奈央は倒れる藍子の元へ駆け寄った。

「藍子ちゃん、タッチ!」

腕を押さえながら立ち上がる藍子が頷きながらタッチを交わす。そして里香と未来帆も立ち上がると、里香が未来帆を下げてリングに残った。

「中々やるじゃないの…でももっと力を見せてもらわないとね!」

「そうおっしゃるなら…遠慮なくいかせてもらいますよ!」

今度は積極的に攻めようとする里香は、ローキックを数発叩き込むと、続け様に奈央のボディに前蹴りを見舞った。

「ぐっ…」

一瞬怯んだ奈央の隙をついて、その腕を掴んでロープへと振る里香。跳ね返された奈央の顔面目掛けてヒップアタックを見舞った。

「ぐはっ…」

堪らずダウンを奪われた奈央の顔に、里香がヒップドロップを落とすと、奈央の顔をプレスするように何度もお尻を落としていく。勢いづいた里香は、苦しむ奈央の髪を掴んで立たせると、気勢を上げながらのビンタを奈央に見舞っていった。里香の攻勢にコーナーの未来帆や観客達も歓声を送る。

「いっけぇぇぇぇっ…!!」

奈央の手を掴んで再びロープへ振ると、またもヒップアタックを狙う里香。しかし奈央は飛び上がると、カウンターのローリングソバットを里香のヒップに叩きこんだ。

「んあぁぁぁぁっ…」

悲鳴を上げてマットに叩き落とされる里香。

「甘いのよ!」

ヒップを押さえてのたうち回る里香を逆に立たせると、そのボディに強烈な膝蹴りを見舞う奈央。嘔吐感に襲われる里香は堪らず膝をついてしまうが、それを待っていたかのように奈央が里香の頭を掴んでフェイスクラッシャーで顔面から叩きつけた。

「痛いぃぃぃぃっ…」

顔面を押さえてのたうち回る里香。その里香をうつぶせにすると、奈央は足をフックし腕を掴み、ロメロスペシャルで里香の体を吊り上げていった。里香の全身に激痛が走り、里香の悲鳴が会場内に響き渡る。

「きゃあぁぁぁぁっ…いやぁぁぁぁっ…痛いぃぃぃぃっ…!!」

悲鳴を上げる里香に、奈央が更に技を極めながらギブアップを迫る。しかし里香が必死に首を振ってギブを拒んでいくと、奈央は足をフックしたまま、里香の顎に手を掛け、キャメルクラッチの様に里香の体をCの字に反らしていく。奈央のパワーを生かしたこの攻めに苦しむ里香の口からは涎が垂れ始めた。

「調子に乗るなぁぁぁぁっ!」

叫びながらカットに入る未来帆。奈央の側頭部にサッカーボールキックを見舞うと、堪らず技を解いてしまう奈央。解放された里香がグッタリする中、蹴られた頭を押さえる奈央にストンピングを見舞って攻め立てる未来帆。そのバストにニードロップを見舞うと、今度は胸を押さえて苦しむ奈央。

「立てよぉぉぉ…!」

髪を掴んで奈央を立たせる未来帆は、前蹴りを奈央の股間に見舞うと、フラ付いた奈央の隙をついて飛び上がると、再び奈央のバストにドロップキックを叩き込んでいった。

「喰らえデカパイ女っ!」

未来帆の両足がバストにめり込み、ダウンする奈央。更に攻め立てようとする未来帆だが、ここで藍子もリングインすると、エルボーを見舞って奈央から未来帆を引き離した。

「随分な口のきき方じゃない…先輩に対する礼儀ってものを教えてあげるわ!」

藍子のエルボーが顔を抉り、今度は未来帆がフラ付く。続け様に藍子がニーリフトを叩き込むと、体勢が崩れた未来帆の頭を抱え込んで、DDTで未来帆をマットに突き刺した。そして更に攻め立てようとするが、未来帆もそれをかわして藍子と距離を置き、ダメージから立ち直った里香と共に立ち上がると、奈央と藍子と睨みあう展開になる。

「みっきい…私なら大丈夫だから、今は下がってて。勝負はこれからなんだから、力を残しててね!」

「…OK!気をつけてよ里香ちゃん!」

それを見た奈央も、藍子を下げて里香と相対する。両者が身構えながら近づいていくと、里香が奈央のバスト目掛けて水平チョップを見舞う。しかしもっと打ってこいとばかりに平然とする奈央の姿に、里香は更にチョップを連発して打ち込むが、奈央がこめかみ辺りにエルボーを一発撃ち込むと、堪らず里香がフラ付いてしまう。そしてその里香の身を抱えあげると、そのまま奈央が勢いをつけるように走り込んだ。

「行くわよぉぉぉぉ…覚悟しなさい!」

勢いをつけた奈央が里香をアバランシュホールドでマットに叩きつけ、そのまま里香を押しつぶす様にプレスした。

「ぐぼっ…」

レフリーがカウントするが、奈央は余裕を持って肩を浮かせる。グッタリして咳き込む里香がフラ付きながらも立ち上がると、奈央がロープの反動で勢いをつけると、低空のドロップキックを里香の脇腹に炸裂させた。

「ごぼっ…」

その威力に堪らず場外へ転落する里香。リング下でグッタリする里香の姿に、奈央は追い打ちをかけようとエプロンサイドに立つ。未来帆が止めようと飛び出すが、同じくリングインしてきた藍子に妨害される。

「あなたのお相手は私!その減らず口を聞けなくしてあげるわ!」

「くっ…離してよ…離せっ!」

掴み合いになり、未来帆は藍子のボディに蹴りを見舞って引き離そうとする。しかし藍子はその攻めの隙をついて未来帆の手を取ってねじり上げると、合気道の様にその手を軸に未来帆を背中からマットに叩きつけた。ダウンした未来帆のバックを取ると、スリーパーで締め上げる藍子。

「うぐっ…うぐぐっ…」

そして一方の奈央はリング下でダウンする里香のボディにニードロップを叩き込む。堪らず里香が反吐を吹きあげ体を痙攣させていくと、奈央は観客にアピールしながら言い放った。

「情けないわね…これじゃあ、他の皆もさぞ嘆いてるんじゃないかしら?片方は打たれ弱くて、もう片方は口悪いだけの現役のザマをね!」

(…!!)

その奈央の言葉に、里香の目つきが変わると、口を拭いながら立ち上がる。

「うあぁぁぁぁっ…」

叫び声を上げながら、奈央に向かってタックルを仕掛ける里香。その里香の気合に一瞬たじろぐ奈央だが、組みついて押し込もうとする里香の腰に手を回すと、一気に持ち上げた。

「少しはやるのね…でも考えなしじゃ勝てないわよ!」

里香の体を頭上まで持ち上げる奈央。パワーボムの体勢に持ち込もうとする。マット以上に硬いリング下の床に叩きつけられたのでは大ダメージは必至であり、里香の表情にも焦りが浮かぶ。

(くそっ…こんな簡単にやられたら…みっきいにも…皆にも会わせる顔がない!負けられない!)

未来帆の手前、口にこそ出さなかったものの、前6チームの戦いぶりにプレッシャーを感じていたのは、里香も同じだった。しかしその心の奥底には、先輩達がどうであれ、負けたくないという思いが強くあった。今戦っている奈央は、パワーや経験の部分で自分を上回ることは認めざるを得ない相手で、その奈央と戦うことは、実質的なデビュー戦である里香には荷が重いことは傍から見ても理解できた。だが、奈央が言い放った一言は、里香の意地に火をつけた。それは、今まで戦隊の歴史を紡いできた先輩達への、パートナーである未来帆への、そして自分自身への意地であった。このまま無様にやられて、観客やこの試合を見ているであろう先輩達に「今年のヒロインはあの程度か」「ネームバリューだけで選ばれたんではないか」と思われることだけは絶対に避けたかった。戦隊ヒロインとしてのプライドは、里香の中にも確実に生まれつつあった。その先輩ヒロイン達が最後まで全力を尽くして戦っていたことは理解していたし、パートナーの未来帆も勝利を掴むために全力で戦っていることは間違いなかった。そう思うと、里香の中に闘志が湧き上がってきた。

「…まだまだよっ!!」

奈央が里香の体を持ち上げた瞬間、里香の両足が奈央の頭を挟み込む。持ち上げられた力を利用して勢いをつけた里香のフランケンシュタイナーが奈央を頭から床に叩きつけた。

「んあぁぁぁぁっ…」

里香の起死回生とも言える一撃が炸裂し、奈央が頭を押さえて蹲る。思わぬ里香の反撃に、藍子も驚きを隠しきれない。その締め上げる力が緩んだすきを突いて、未来帆が拘束を解こうと頭突きを連発して放つ。藍子の顔面からは鼻血が吹き出し、藍子は技を解いてしまう。

「痛いぃぃぃぃ…」

堪らず顔を押さえてしまう藍子。その隙に立ち上がった未来帆は、藍子に追い打ちをかけようとするが、里香がリング下から未来帆を呼び込んだ。

「みっきい!」

里香の呼びかけに、ロープ目がけて走り込む未来帆。トップロープを飛び越えて、蹲る奈央目掛けてダイブする。プランチャ・スイシーダが奈央の身に炸裂した。

「げほっ…ごぼっ…」

口の中にこみ上げる酸っぱいものを必死に抑える奈央。しかし里香と未来帆が2人がかりでのストンピングで奈央のお腹を攻め立て、更にはニードロップを仕掛ける。口を押さえる奈央であったが、その指の隙間からは胃液が漏れ始めていた。

「立ちなさいよデカパイ女!私達のこと馬鹿にした割に、もうこれで終わりなんて許さないわよ!」

奈央の髪を掴むと、未来帆は里香と共に奈央をリング上へ戻していく。そしてリング上で2チームが睨み合う形になった。すると、ダメージを負った奈央を庇うように藍子が前に立つと、未来帆のことを挑発していく。

「上等よ…アラサーのオバさんに引導を渡してあげる!」

未来帆も里香を制して、藍子と相対する。そして2人が残ったリング上では、女同士の激しい戦いが始まろうとしていた。

「どうやら直接体に叩き込んで礼儀を教えてあげなきゃダメな様ね!」

未来帆の髪を掴む藍子。すると、未来帆も睨みつけながら藍子の髪を掴み返す。

「大きなお世話ですよ、オ・バ・さ・ん!!それで悪けりゃ、ババァのほうがいいかしら!」

「言ったわね!このガキ!」

「ホントのことを言ったまでよ!アラサーのババァ!」

口汚く罵り合いながら、互いの髪を引っ張り合う2人。殆どプロレスというよりキャットファイトの様な状態となり、互いにビンタや蹴りの応酬となる。そして未来帆の髪を掴んで引き寄せた藍子のエルボーが、未来帆の顎を抉る。その一発に未来帆の動きが止まると、藍子が更に攻め込もうとするが、そこに未来帆の膝がカウンター気味に藍子の股間を直撃する。

「んあっ…」

逆に動きが止まった藍子の顔面に、未来帆のストレートが直撃する。堪らずしゃがみ込む藍子のこめかみに、続け様の未来帆の膝蹴りが炸裂すると、藍子の体がマットに大の字になる。その藍子にギロチンドロップを仕掛けると、そのままマウントポジションを奪う未来帆。

「あらぁ…偉そうなこと言っときながらもうダウンですかぁ?やっぱりお年だからきついですよねぇ…でももう少し付き合ってくださいよ、オ・バ・サ・ン!」

小馬鹿にしたような言い草で藍子を挑発しながら、マウントパンチを落とす未来帆。必死にガードする藍子だが、調子に乗った未来帆の勢いは止まらず、数発のパンチが顔に入ってしまう。グッタリする藍子の姿に、その体勢を入れ替えた未来帆がキャメルクラッチを仕掛ける。

「ぐぅぅぅぅ…」

藍子の体をエグイ角度で反らしていく未来帆。その手を掴んで抵抗する藍子だが、未来帆は更に調子に乗って藍子の鼻に指を突っ込んで屈辱の姿を晒していく。

「ほらっ…ブザマな顔になってるわよオバサン!」

揺さぶりをかけてギブアップを迫る未来帆だが、藍子も必死にそれを拒む。すると未来帆は片手で藍子の顎を固定したまま、もう片方の手で藍子の顔面を掻き毟り始める。

「痛い痛い痛い!」

悲鳴を上げる藍子。しかしこれで終わらせても面白くないと考えた未来帆は、技を解くとグッタリする藍子の髪を掴んで立たせると、その太股にローキックを見舞って攻め立てる。ガードする藍子だが、勢いづく未来帆の攻めの前に防戦一方となってしまう。

「これで眠らせてあげるわよ!」

派手なKOを狙おうと、藍子の顔面目がけて未来帆のハイキックが放たれる。しかしその瞬間、身をかがめてそれをかわした藍子がタックルを仕掛け、バランスを崩した未来帆からテイクダウンを奪う。藍子の反撃に会場も盛り上がる。

「…随分好き勝手してくれたわね!今度はこっちの番よ!」

サイドポジションを取った藍子は、未来帆のボディに膝蹴りを見舞うと、今度は未来帆が苦悶の表情を浮かべる。ブリッジで返そうとする未来帆だが、藍子もうまく体重をかけてそれを許さない。数発ビンタを見舞うと、未来帆の喉に腕を押し付けギロチンチョークを仕掛ける。

「うぐっ…ぐぅぅぅぅ…」

苦しむ未来帆だが、藍子は更に押し付ける力を強めて揺さぶりをかける。

「こんなんで苦しがるなんて…やっぱり達者なのは口だけのようね!」

嫌味っぽく言い放つ藍子。しかしここで里香がカットに入って藍子に低空のドロップキックを見舞う。吹っ飛ばされた藍子に追い打ちをかけようとする里香だが、藍子は素早く場外へ逃れる。するとそこへ奈央もリングインしてきた。掴みかかってくる奈央に対し、距離を置こうとする里香は前蹴りで奈央を引き離す。

「さっきはやってくれたわね!思ってたよりは根性あるみたいね!」

「…嬉しいですよ、そう思っていただけるなんて!」

奈央の鋭い蹴りが里香を襲う。しかしその蹴り足をかわした里香が、奈央の片方の足を払ってダウンを奪う。奈央の両足を捉えた里香はその両足を交差させて自らの足を引っ掛け、ブリッジし奈央の顎を捉えて鎌固めを完成させた。意外な攻めを見せる里香に会場が湧き上がる中、首と足を極められ苦しい奈央。

「くっ…」

しかし奈央も意地になり、全身の力を集中させて力任せに里香の体勢を崩して逃れる。今度は奈央のパワーに会場が湧き上がる中、里香は動揺することなく、再び奈央との距離を置く。

「…流石ですね!そう簡単に決めさせてはくれないか…」

更に攻めたてんとする里香は、走り込んで奈央のバストにドロップキックを見舞うが、奈央も苦悶の表情を浮かべながらも倒れないで持ち堪える。ロープへ飛んだ里香が今度はフライングニールキックを放つが、何と奈央はその里香の体をキャッチしてしまう。そして里香を思いっきりマットに叩きつけた。

「きゃあああっ…」

苦悶の表情を浮かべる里香。そしてその足を捉えた奈央が里香の体を振りまわし始めた。奈央のパワーを生かしたジャイアントスイングが里香の体を振りまわす。腕を伸ばしきったままなす術なく回され、コーナー近くに投げ捨てられる里香。しかし奈央も目が回ったのか次の攻撃に移れないでいると、里香もセカンドロープを掴んで立ち上がってきた。その里香目掛けてラリアットを仕掛ける奈央。

「ぐはっ…」

吹っ飛ばされる里香は、堪らず場外へエスケープするが、そこに待っていた藍子のストンピングが襲いかかってきた。

「ほらほらっ…休んでる暇はないのよ!」

そして里香の動きを封じて、リング上の奈央を呼び込む藍子。

「させるか!」

しかしそこに飛び込んできた未来帆が、技を仕掛けようとする奈央をドロップキックで吹き飛ばす。その威力でコーナーに激突してしまい、グッタリする奈央を未来帆が顔面ウォッシュで攻め立てる。

「奈央ちゃん!!」

気を取られて一瞬の隙が生じた藍子に、里香がカンガルーキックを見舞う。堪らず股間を押さえる藍子目掛けて里香が裏拳を放つ。

(バキッ…)

「んあっ…」

鼻血を吹き出して鉄柵に倒れ込む藍子。一方のリング上では未来帆が奈央を首投げで投げると、背後からスリーパーで締め上げる。何とかロープに足を伸ばそうとする奈央だが、未来帆も必死に締めあげる。その時リング上へ戻ろうとする里香に気付いた未来帆は、里香に目配せする。それを見た里香は、リングに背を向けた状態で近くのコーナートップに立った。

「みっきい、行くよっ!!」

里香がそう叫ぶと、未来帆が技を解いて奈央から離れる。そして里香は意識朦朧とする奈央目掛けて、捻りを加え前方一回転しながら覆いかぶさった。彼女の演じるキャラのモチーフの名前が織り込まれた技、フェニックス・スプラッシュが見事に炸裂した。

「ぐはっ…」

そのまま抑え込む里香だが、奈央もギリギリのところで返す。それを見た未来帆が奈央のバスト目掛けてフットスタンプを落とすと、バストを押さえて苦しむ奈央。

「ほらほらっ…そのデカいオッパイを潰してあげるわよ!お客さんも喜ぶしね!」

更に踏み潰す様にストンピングを仕掛ける未来帆は、今度は自分が最上段から攻撃を仕掛けようとコーナートップに上る。先程の里香の攻めに加え、女性の急所とも言えるバストへの攻撃のダメージに苦しむ奈央は、そのダメージもあって立ち上がれず、動きを封じようとする里香に足を取られ、4の字固めを仕掛けられてしまう。しかしこの奈央のピンチに、リング下で倒れていた藍子は何とか体を起こそうとする。

(まだよ…私も…奈央ちゃんも…こんなことで負けられない!先輩の意地を見せるのはこれからよ!)

今回のヒロインバトルが地下リングデビューとなる藍子は、年齢的なハンデによる不安もあり、地下リングでどう戦えば良いのか悩み続けていた。そんな藍子に対し、パートナーで地下リング参戦経験もあり、プライベートでの付き合いもある奈央は、戦う以上、大人しく消極的な姿勢ではいけない、最後まで諦めず戦う姿勢を見せることで観客達にアピールしなければならないと励ました。そしてヒロインバトルにおいて自分達がしなければならないことがあるとすれば、それは最古参である自分達が先輩としての意地を戦うことで後輩たちに示すことではないかとも語った。自分の中にあるその先輩としての意地は、同じ戦隊ヒロインを経験した藍子の中にもきっとある筈、そしてそれを示すために藍子が必要だからと言ってくれた奈央の言葉は、藍子の闘志を生み出す原動力となっていた。年下ながら、自分のことを常に気にかけてくれた奈央のピンチを救う為、藍子は自分自身に喝を入れ立ち上がった。

「さぁて、そろそろ決めてあげますわよセ・ン・パ・イ!せめてお腹に力でも入れておくことね!」

そう言ってコーナーから飛ぼうとした未来帆の足を、何者かが掴んだ。驚いた未来帆が見ると、そこには藍子がいた。必死に蹴落とそうとする未来帆だが、ものともせずコーナーに上ってくる藍子の姿に恐怖すら覚えてしまい、藍子に捕まってしまう。その藍子が未来帆をフロントチョークで捉えた。

「奈央ちゃん!」

その呼びかけを聞いた奈央は、藍子が何をするつもりなのかを把握したかのように、体を反転させて里香に反撃していった。

「きゃああっ…痛いぃぃぃぃ…」

悲鳴を上げる里香も、未来帆を捕えた藍子の体勢を見て何をするつもりなのかに気づいたらしく、何とか逃れようとするが、奈央がガッチリと足を捕えてそれを許さなかった。そして未来帆も必死に藍子を振り解こうとする。

「くそっ…離せ…離せよっ…!」

「…散々馬鹿にしてくれたわね!その馬鹿にした先輩の怖さを教えてあげる!」

その藍子の叫びと共に、未来帆の体が弧を描いてマットに叩きつけられた。藍子の雪崩式のブレーンバスターが未来帆の体をマットに叩きつけ、その落下点にあった里香の体を未来帆の体が押しつぶす結果となった。

「げぼぉぉぉっ…」

「ぐはっ…」

お腹辺りへの衝撃に、口を押さえて嘔吐感に苦しむ里香。一方の未来帆も背中への衝撃に立ち上がれない。そして藍子がフラ付きながらも奈央に近づく。

「奈央ちゃん、立てる?」

「…大丈夫よ。藍子ちゃんのお陰でね。」

微笑む奈央の姿に藍子も安堵する。しかし里香と未来帆もダメージを負った箇所を押さえながら立ち上がってきた。

「…強いですね…でも私達だって…これ位で負けたりしませんよ!」

苦しみながらも闘志を見せる里香。そして未来帆も藍子を睨みつける。

「やるじゃない…それでこそ倒し甲斐があるってもんよ…先輩!」

そう言いながら、藍子の方へ歩み寄る未来帆。その口調には、先程までの馬鹿にしたような感情は感じられなかった。それに対して藍子も前に出る。

「奈央ちゃん…この子とは私がやる!どうやら…向こうもそのつもりみたいだしね!」

藍子と未来帆が鋭い視線をぶつけ合いながら対峙する。そして残された奈央と里香もお互いを見やる。

「もう手加減も遠慮も必要ないわね…先輩として…全力であなた達2人を倒す!」

「奈央さん…受けて立ちますよ!勝負っ!」

奈央の鋭い蹴りが里香に襲いかかる。その蹴りに怯むことなく、里香も奈央にエルボーを打ち込む。打撃を仕掛けてくる奈央に対し、体格差を気にすることなく応じる里香の姿には、試合開始前まで感じていたプレッシャーの影は微塵もなかった。

「食らえっ!」

至近距離からの里香のドロップキックが奈央のバストを抉り、その威力でコーナーまで奈央の体が吹っ飛ばされる。

「まだまだですよっ!」

コーナーに叩きつけられた奈央を首投げを決め、自らコーナーポストへ走り三角飛びの様にポストを蹴って飛ぶと、立ち上がろうとする奈央にフライングクロスチョップを見舞う里香。またもダウンを奪われてしまう奈央だが、その里香の攻めが彼女の闘志を一層駆り立てた。

(やるわね…でも負けられない…一番強いのが私達だってことを証明する為にも、誰にも負けるわけにはいかない!)

今回の参加選手の中で最古参である奈央には、誰よりも自分は戦隊ヒロイン育ちであるという誇りがあった。戦隊を卒業した後も、多くのアクション作品に出演していた彼女にとって、その戦隊ヒロインとしての経験は自分の原点にして財産だった。だからこそ、自分の原点でもある戦隊ヒロイン同士のバトルに参戦することになった時、絶対に負けられないという気持ちが彼女の中に湧き上がった。それは、先輩としての意地、そしてアクションを特技と公言し常にトレーニングを欠かすことのなかった自分自身への意地でもあった。それと同時に、奈央には後輩達にも、戦隊ヒロインを経験した者としての意地やプライドを持っていてほしい、それを試合中で示してほしいと心のどこかで思っている部分があった。その思いは現役である里香や未来帆に対しとりわけ厳しい態度となって表れたのだが、それに応える様に果敢に挑んでくる2人の姿は、奈央に喜びにも似た思いを感じさせ、そして彼女の更なる闘志を引き出していた。

「勝負はこれからよ…私の力は…こんなもんじゃない!」

里香の全霊を込めた攻めを受けながらも立ち上がる奈央。一方の藍子と未来帆も勝負をつけんとしていた。藍子が手を伸ばすと、未来帆もそれに応じて四つに組み、お互いに押し合いとなるが、互いの力は拮抗し微動だにしない。

「負けられない…先輩達がどんなに強くたって、勝つのは私達よ!」

「あなたのその負けん気…嫌いじゃないわ。先輩としてはそれ位の方が嬉しい限りよ!」

押し合いが続く中、次第に未来帆がジリジリと藍子を押していく。気勢を上げながら藍子をロープへ追い込んだ未来帆が、そのロープの反動を使って藍子を水車落としで後方に叩きつける。ダウンした藍子のマウントポジションを取った未来帆は、再び藍子の顔面にパンチを放つ。しかし、ガードしながら反撃の隙を窺っていた藍子が、未来帆のパンチに合わせてその手を取ると、下からの三角締めを極めていく。

「ぐっ…」

思わぬ反撃に、必死に腕を抜こうともがく未来帆だが、藍子もここで勝負を決めんと必死に技を極めようとする。次第に苦悶の表情が色濃くなる未来帆。

(負けてたまるか…今こそ私達が…先輩達を超えてやるんだから!)

現役のヒロインである未来帆は、実は以前にも戦隊ヒロインのオーディションを受けていた。しかし中々縁に巡り合うことがなく、数度目にしてやっとの思いでヒロインの座をつかみ取ったのであった。だからこそ、日は浅いとはいえそのヒロインへの思いは、先輩の奈央達に劣らないものがあり、やるからには多くの先輩達に負けぬ、いや、それ以上のヒロインになりたいという思いを強く持っていた。そしてその思いの強さが試される機会は思わぬ形でやってきた。このヒロインバトルが自分達が先輩達を超えられかどうか試される機会になるであろうことを、未来帆は内心で強く意識していた。戦隊ヒロインとして、そしてその後も各々活躍している先輩達を相手に勝ち進めるか、それは先輩達のみならず自分自身との戦いにもなること、そしてこれから戦隊ヒロインとして活躍していく上でも、このヒロインバトルでの戦いが大きな意味を持ってくるに違いないことを、未来帆は強く感じていた。

「離せ…離してよっ…このっ!!」

片腕を極められながらも、もう片方の腕で藍子の顔にパンチを落とす未来帆。その反撃に藍子の極めが弱まった瞬間に腕を抜くと、極められた腕を押さえて一旦距離を置いていく。しかし藍子が立ち上がろうとする瞬間を狙い、走り込んでのサッカーボールキックを見舞った。

(バキィィィィっ…)

未来帆の蹴りが顔面を捕え、鼻血を吹き出してマットに大の字になる藍子。

「藍子ちゃん!」

攻められていた奈央も、藍子のピンチに加勢しようとするが、そこに飛び込んできた里香のシャイニング・ウィザードが炸裂し、またもダウンを奪われてしまう。その奈央のボディに飛び上がってヒップドロップを落とすと、マウントを取ってギロチンチョークを仕掛ける里香。

「うぐっ…ぐぅぅぅぅ…」

必死に逃れようとする奈央だが、里香も持てる力を込めて腕をその喉元に押し付ける。それを見た未来帆は藍子を背後からスリーパーで締め上げて揺さぶりをかけるが、藍子も必死にギブを拒んでいく。

「分かったわ…それなら派手に仕留めてあげるわよ!」

技を解いた未来帆は、藍子を無理やりに立たせると、その両腕を後ろに回して自らの腕をフックした。

「これで最後よ!沈めてあげる!」

受け身の取れない状況の藍子を一気に後方に叩きつける未来帆。大技タイガースープレックスが炸裂し、藍子は後頭部からマットに叩きつけられ、そのままフォールに掛かる未来帆。

『ワン…ツー…ス…』

完全に決まったかと思われたが、何と藍子はギリギリのところで返していった。しかしやはりダメージが大きく立ち上がることが出来ない。グッタリする藍子を立たせると、更なる大技のタイガードライバーを仕掛けようと、リバースフルネルソンの体勢に持ち込もうとする。

「今度こそ終わりよ!奈央さんと一緒に、仲良く眠らせてあげるわ!」

(…終わらない!!)

しかし残されていた意地が、藍子に思わぬ反撃を促した。逃れようとするそのもがきがヘッドバットとなって、未来帆の股間を直撃したのだった。

「んあぁぁぁぁっ…」

勝利を確信して油断していた未来帆は、思わぬダメージに股間を抑えてふら付いていく。その未来帆の目には、ゾンビの様にフラ付きながらも近づいてくる藍子の姿が映っていた。その姿に気圧されて一瞬反応が遅れた未来帆の顎に、藍子のニーリフトが炸裂する。

(バキィィィィ…)

「ぐはっ…」

血反吐を吐いてダウンする未来帆だが、顎への衝撃に目が虚ろになりかけながらも何とか立ち上がろうとする。

「みっきい!」

未来帆に気を取られ、里香が一瞬の隙を見せ力が弱まった瞬間、奈央は持てる力を集中して、ブリッジで里香の体を跳ね返した。

「きゃあぁぁぁっ…!!」

里香の体がマットに転がされる。奈央のパワーに驚きを隠しきれなかった里香。

(…負けない!)

動揺を見せない様に自らを鼓舞すると、立ち上がろうとする奈央に対して里香は再びシャイニング・ウィザードを決めようとする。

(勝負よ…里香ちゃん!)

向かってくる里香を迎え撃つように、奈央はその右腕に持てる力を込めた。

(バキィィィィィ…)

2人の姿が重なり合う瞬間、里香の体が大きく後方に吹っ飛ばされた。里香の膝が奈央の顔面を捉えるより僅かに早く、奈央の右腕が里香の喉元を捉えたのであった。

「ぐふっ…」

奈央のラリアットを無防備な状態でまともに食らった里香は後頭部からマットに叩きつけられ半失神状態になってしまった。

「…里香ちゃん…!!」

加勢したい未来帆であったが、顎へのダメージに加え体力の消耗もあり思うように動けない。

「まだよ…負けない…負けて…たまるか…」

それでも執念で立ち上がって里香に近づこうとする未来帆の前に藍子が立ちはだかる。

「未来帆ちゃん…決着をつけましょう!」

そう言って助走をつけて正面から飛びかかった藍子のスリング・ブレイドが、大の字の里香に重ねる様に未来帆を背面から叩きつけた。

「んあっ…」

重なり合ってグッタリする里香と未来帆。それでもなお立ち上がろうとする2人を抑えた藍子が奈央に目配せをすると、奈央がコーナーに登った。

「これで決めるわよ!」

そう言ってコーナーから宙に舞う奈央。藍子が離れた瞬間、奈央の得意のアクションを生かしたムーンサルトプレスが里香と未来帆の体を押しつぶした。

『ワン…ツー…スリィィィィィ…カンカンカンカン…』

奈央の必殺技が、4試合に渡った1回戦の幕を引いた。準決勝最後の椅子をかけた試合は、奈央と藍子の先輩としての意地が制する形となったのだった。

『勝者、連合チーム!これにより、第6試合の準決勝第2試合は刑事レンジャーチームvs.暴風ジャー&暴レンジャーの連合チームとなります!』

先輩としての意地の勝利を収めた2人に、観客からも歓声が巻き起こる。

「奈央ちゃん…やったね!」

奈央の下に寄ってきた藍子は、奈央とタッチをかわす。

「…藍子ちゃんも。あんな大技食らって、まだ反撃する力が残ってたなんてね。驚いた。」

「奈央ちゃん言ってたでしょ。後輩達の前で無様な戦いは出来ないって。私にだって、先輩としての意地はあるんだから。」

微笑みあう2人。そして奈央はグッタリする里香の体を起こしていった。

「里香ちゃん…馬鹿にするようなこと言ってごめんね。あなた達の意地、しっかりと伝わってきたわ。」

「…良かった。負けちゃったけど、先輩に認めてもらえて光栄ですよ、奈央さん。」

奈央に肩を貸されて起き上がった里香は、うつ伏せになって倒れている未来帆の元へ近づいた。

「…みっきい…」

里香の呼びかけにも顔を上げようとしない未来帆。その未来帆が声を押し殺して泣いていることに気付くのに時間はかからなかった。

「みっきい…顔を上げて。奈央さん達やお客さん達に挨拶しなきゃ。」

しかし未来帆は泣いている姿を見られたくないのか、頑として顔を上げようとしない。

「いつまでも意地張ってないの。ちゃんとパートナーに顔を見せてあげなさい。」

そう言って未来帆の頭を撫でたのは藍子だった。その言葉に、未来帆も顔を隠しながらではあったが漸く起き上がった。

「里香ちゃん…私…勝ちたかった…優勝したかった…悔しいよ…」

「みっきい…もう泣かないの。みっきいは全力を尽くして戦ったんだから、何も恥じることはないんだよ。」

そう言って未来帆の涙を拭う里香。

「未来帆ちゃん…あなたのその負けないって気持ち、ずっと持ち続けてれば、これからもっと強くなれる筈よ。」

藍子はそう言って、再び未来帆の頭を撫でた。目を擦りながら頷く未来帆。

「でも…毒づくのは直した方がいいかもね。言われるとちょっとカチンと来るし。」

「ちょっとどころか、思いっきりキレてましたよ藍子さん…でも確かに…言いすぎたかな。ごめんなさい。」

笑みを浮かべながら謝る未来帆。そこに奈央もやってきた。

「里香ちゃん…未来帆ちゃん。2人の強さを見せてもらって、安心した。これからも頑張ってね。今はあなた達2人が戦隊ヒロインなんだから。」

奈央の言葉に、2人は笑顔で頷いた。

「奈央さんも藍子さんも…準決勝でも頑張って下さいね。応援してます。」

「簡単に負けたら、許しませんよ。それじゃあ私達だって弱く見られちゃうんですからね。」

里香と未来帆もエールを送る。

「大丈夫よ。先輩としての意地、準決勝でもしっかり示すから。あなた達の為にもね。」

そう言って手を差し出す藍子。未来帆がその手を握ると、奈央と里香もそこに手を重ねる。再び微笑みあう4人に、観客からも大きな拍手が送られた。

 

 

『ただ今の1回戦第4試合を持って、準決勝に進出する4チームが全て決定致しました。引き続きまして、準決勝2試合を行います!』

 

 

そのコールに、1回戦4試合でヒートアップしていた会場の興奮が更に高まる。

 

 

『準決勝第1試合・相沢りな選手と杉元有美選手の轟音ジャーチームvs.末長遥選手と山先真実選手の冒険ジャーチーム。第2試合・木下歩美選手と菊池美香選手の刑事レンジャーチームvs.長沢奈央選手と伊藤藍子選手の暴風ジャー&暴レンジャーの連合チーム。各試合の勝利チームにより、決勝戦を行います!それでは準決勝第1試合、選手入場!!』

 

 

8チーム16人の選手各々の意地とプライドがぶつかり合い、激闘が続いた1回戦4試合。その1回戦を上回る激闘が予想される準決勝2試合の幕が今、切って落とされようとしていた。

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