【グラビアファイター Chitose! 其の二】

「蔓谷千歳」。18歳。身長160cm。スリーサイズはB87(Eカップ)・W59・H86。
 肩より少し長い髪にブリーチを入れ、目は切れ長で睫毛が長い。絶世の美女というわけではないが、笑顔が可愛い美少女だ。活発な少女で、小学校と中学校ではサッカークラブに所属し、男子に混じって活躍した。高校生になるとキックボクシングを習い、しかもグラビアデビューを飾っている。グラビアでのスリーサイズは公称でB88(Eカップ)・W57・H86ということにされている。

 千歳は小さい頃から芸能界に憧れ、17歳のときに「Chitose」という芸名でグラビアデビューを飾った。現役女子高生というステータスもうけ、忙しい日々を送った。
 しかし、卒業してからは鳴かず飛ばずだった。
 グラビアアイドルと名のつく芸能人は星の数ほどおり、しかも時が経つごとにその数は増えていく。思っていたほどに仕事は来ず、アルバイトの合間にちょこちょこと小さな仕事が入るだけだった。
 それでも諦めずに頑張る千歳に、<地下プロレス>から勧誘の手が伸びた。
<地下プロレス>初戦となる前回は、水着のボトムにローターを仕込まれていたものの、それを逆手にとって勝利を挙げた。

 そして、千歳に再び<地下プロレス>からの参戦要請が届いた。

***

 試合当日。
 ガウンを羽織った千歳は、リングで対戦相手と向かい合っていた。今日の対戦相手もフード付きのガウンを頭から被っており、正体は不明だ。
(どんな相手でも大丈夫。この前だって勝てたんだもの!)
 千歳は気合を入れ直し、オープンフィンガーグローブを着けた拳を打ちつけた。

「赤コーナー、『レディタイガー』、シーナ!」
(えっ、シーナってまさか・・・)
 名前を呼ばれた選手が、千歳の視線の先でフードつきのガウンを脱いだ。
「うそ・・・本当にシーナ!?」
 その顔を見た千歳が驚きに叫ぶ。
 シーナの本名は「虎縞(とらじま)椎奈(しいな)」。18歳。身長162cm。スリーサイズはB92(Fカップ)・W62・H87。涼しげな目元がクールで、肩までの黒髪にシャギーを入れている。「シーナ」の名前でグラビアアイドルをしており、デビューは千歳と同期。グラビアでのスリーサイズは公称でB93(Fカップ)・W59・H87ということにされている。クールな眼差しと脚の長さで人気となったが、現在ではそれほど露出が多くない。
 千歳とは年齢も同じであり、その境遇の近さから千歳とは気の合う親友だった。しかし今、千歳を見る目は冷たく、感情を感じさせない。
 シーナは虎柄のビキニ水着を身に着けており、千歳以上のバストが深い谷間を形作っている。腹部には薄っすらとではあるが腹筋が浮き、腰を通って長い美脚に続く。そのプロポーションに、観客席から歓声が起こる。
「青コーナー、『スターダスト』、Chitose!」
 呆然としていた千歳だったが、名前がコールされたことで表情を引き締め、ガウンを脱ぎ捨てる。その下には赤のビキニ水着があった。こちらのプロポーションもメリハリ度では負けておらず、再び観客席が沸く。
 レフェリーに呼ばれた両者がリング中央に歩み寄り、視線を絡ませる。
「シーナも、<地下プロレス>に・・・」
「ええ。まさか千歳と闘わされるとは思ってもみなかったけど」
 お互い、最近仕事が少なくなってきたことを嘆きながらも励ましあってきた仲だ。相手がどれだけ頑張っているか、自分のことのようにはっきりとわかる。
 それでも、今は倒すべき相手だった。

<カーン!>

 闘いのゴングが鳴り、両者ともオーソドックススタイルに構える。
(どうしよう・・・シーナが相手だなんて思ってもみなかった)
 闘争心を掻き立てようとしても、親友への攻撃を躊躇してしまう。しかし、シーナは違った。
「セイッ!」
 鋭い気合と共に、シーナのローキックが千歳の左太ももを抉る。
「あぐっ」
 左太ももから痛みの電流が走り、脳にまで届く。その痛みがシーナの覚悟を教えてくれる。
「シーナ・・・本気なんだね」
「今更? 貴女ももう覚悟を決めたと思ってた」
 冷たく答えたシーナは、フルコンタクト空手の有段者だった。夜間の帰宅時に突然抱きついてきた男に、強力な蹴りをお見舞いしたのは有名な武勇談だ。
(そう、ここはリング。親友のシーナだって、倒すべき相手なんだから!)
 覚悟を決めた瞬間、千歳の飛び込むような左ジャブがシーナの右頬を打ち抜いた。
「・・・ぐっ」
 その威力に、シーナの足元が揺らめく。
 フルコンタクト空手の試合では、顔面への突きは禁止されている。そのため、千歳の鋭い踏み込みジャブにシーナの反応が一瞬遅れた。
(チャンス!)
 好機だと見た千歳は距離を詰めたが、シーナの前蹴りに腹部を強打される。
「あ・・・がはっ」
 今度は千歳がよろよろと後退する。すかさずシーナがハイキックを放つが、千歳はブロックで凌ぐ。しかしブロックごと吹っ飛ばされ、ロープに体がぶつかる。
 追撃に行こうとしたシーナだったが、千歳がロープを掴んだまま放った横蹴りに胸を蹴飛ばされる。
 美少女二人が本気になったとみて、観客席も大きく沸き始めた。

 その後も千歳とシーナは打撃を交わし、お互いの意地をぶつけ合う。
 二人の美少女の打撃戦はお互いの体を赤く腫らせ、痣をつくる。千歳は唇から血を流し、シーナは鼻血を流している。
「千歳・・・悪いけど、勝たせて貰うわ!」
 大きく静かに呼吸したシーナが、奥の手で止めを刺すべく前に出る。
「フシッ!」
 鋭く呼気を吐きながら、体重を乗せたミドルキックを放つ。
(ここっ!)
 次の瞬間、シーナのミドルキックが軌道を変えた。千歳の左脇を抉るかと見えた右足が跳ね上がり、千歳の頭部を襲う。
(勝った!)
 着弾を足に感じたシーナだったが、顔面への衝撃にリングに倒れていた。
(・・・何? 何が起こったの?)
 シーナが変則のハイキックを放ったとき、千歳も踏み込みから右ストレートを放っていた。両者の攻撃は同時に相手を捉え、ダウンを奪っていた。
 千歳とシーナがダウンしたのを見たレフェリーが、カウントを始める。
「ワン、ツー、スリー・・・」
 レフェリーのカウントが聞こえたのか、シーナの右手の指がぴくりと動く。少し遅れて千歳の眼が開く。
「ファイブ、シックス、セブン・・・」
 レフェリーのカウントが進む。千歳もシーナもまだ諦めておらず、再びリングに立とうと気力を振り絞る。
「エイト・・・ナイン・・・」
 レフェリーのカウントが無慈悲に進む。その中で、千歳、シーナ共に立ち上がろうと足掻く。
「・・・テン!」

<カンカンカン!>

 それでも、二人にもう体力は残っていなかった。体を起こすこともできず、激闘の疲労からリングに横たわる。
「シーナ・・・生きてる?」
「ええ、おかげさまでね」
 千歳の横たわったままの呼びかけに、同じく横たわったままのシーナが応える。
「まったく、人の顔を容赦なく殴ってくれたわね」
「人のこと言える? シーナだって私の頭と顔蹴っ飛ばしたじゃない」
 文句を言い合いながらも、次第に笑みが浮かんでくる。ついには二人で笑い始めた。
 笑いが収まったところで、千歳もシーナもゆっくりと立ち上がる。
「また今度、遊びに行きましょ」
「うん!」
 シーナの差し出した右手を、千歳ががっちりと握り返す。二人はそのまま笑みを交わし、リングを降りた。
「・・・っと」
「大丈夫シーナ・・・ってうわっ」
 ふらついたシーナを支えようとした千歳だったが、自分も体勢を崩しかけ、シーナに抱きついてしまう。
「なにやってるのよ」
「あはは、失敗失敗・・・あ、シーナの胸って気持ちいい」
「どこ触ってるの!」
 シーナに頭をはたかれた千歳は、「わざとじゃないのに」と涙目になっていた。
「んもう・・・まあいいわ、私も肩を貸すから、千歳も肩を貸して」
「そうね。二人でなら倒れることもないだろうし」
 お互いを支えあって退場していく千歳とシーナに、観客席からは暖かい拍手が送られた。

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