【グラビアファイター Chitose! 其の四】

「蔓谷千歳」。18歳。身長160cm。スリーサイズはB87(Eカップ)・W59・H86。
 肩より少し長い髪にブリーチを入れ、目は切れ長で睫毛が長い。絶世の美女というわけではないが、笑顔が可愛い美少女だ。活発な少女で、小学校と中学校ではサッカークラブに所属し、男子に混じって活躍した。高校生になるとキックボクシングを習い、しかもグラビアデビューを飾っている。グラビアでのスリーサイズは公称でB88(Eカップ)・W57・H86ということにされている。

 千歳は小さい頃から芸能界に憧れ、17歳のときに「Chitose」という芸名でグラビアデビューを飾った。現役女子高生というステータスもうけ、忙しい日々を送った。
 しかし、卒業してからは鳴かず飛ばずだった。
 グラビアアイドルと名のつく芸能人は星の数ほどおり、しかも時が経つごとにその数は増えていく。思っていたほどに仕事は来ず、アルバイトの合間にちょこちょこと小さな仕事が入るだけだった。
 それでも諦めずに頑張る千歳に、<地下プロレス>から勧誘の手が伸びた。

<地下プロレス>初戦では、水着のボトムにローターを仕込まれていたものの、それを逆手にとって勝利を挙げた。
 二戦目は親友であり、同じグラビアアイドルでもあるシーナと対戦し、壮絶な殴り合いの末引き分けとなった。
 三戦目となる前回ではシーナとタッグを組み、見事男性タッグチームから勝ち星を挙げた。

***

「「おつかれさまでしたー」」
 千歳とシーナは声を揃え、カメラマンや担当者に頭を下げた。

<地下プロレス>でのタッグマッチ戦から二週間後、勝利のご褒美として千歳とシーナにグラビア撮影の仕事が回ってきた。千歳とシーナは所属事務所は違うものの、今回は試合の経緯から二人一緒の撮影となった。担当マネージャーは他に担当している売れっ子グラドルの仕事に付いているため、今回は同行していない。

 シーナの本名は「虎縞(とらじま)椎奈(しいな)」。18歳。身長162cm。スリーサイズはB92(Fカップ)・W62・H87(グラビアでのスリーサイズは公称でB93(Fカップ)・W59・H87ということにされている)。涼しげな目元がクールで、肩までの黒髪にシャギーを入れている。「シーナ」の名前でグラビアアイドルをしており、デビューは千歳と同期。
 フルコンタクト空手の有段者で、その打撃は鋭く重い。特に長い脚を活かした蹴り技を得意としており、前回の試合でも膝への蹴りで男性選手を戦闘不能に追い込んだほど。

「さすがにこの時間まで撮影となると、疲れるわね」
 今回のテーマは「オフィスのいけないOL」というもので、千歳とシーナはスーツ姿での撮影となった。スーツの下にはビキニ水着を着ており、徐々にスーツを脱ぎ、際どく絡むシーンも撮影された。
 昼過ぎから始まった撮影は、もう夜も更けているこの時間まで続いた。シーナが珍しく弱音を吐くのも無理はない。
「でもでも、撮影の前に駁さんと会えたなんて! 夢みたい!」
 千歳が両手を握ってはしゃいでいるのには理由があった。

***

 駅で待ち合わせた千歳とシーナは撮影場所に指定された建物に入り、教えられたオフィスへと進んだ。
「あら? あれって・・・」
 その姿を先に見つけたのはシーナだった。
「あ・・・あーっ! こ、こ、甲羅木駁さん!」
 廊下の向こうから歩いてくるのは、テレビでも雑誌でも引っ張りだこの甲羅木(こうらぎ)駁(ばく)だった。女性を惹きつける整った顔は勿論、バランスの取れた体格で、鍛えられた肉体美を雑誌で披露したこともある。女性向けのアンケートでは必ず上位に食い込むイケメンだった。
「やあ」
 千歳とシーナに気づいたのか、駁が眩しい笑顔で声を掛けてくる。
「あの、甲羅木駁さんですよね? 私・・・」
「ああ、Chitoseちゃんだよね。そっちはシーナちゃん」
「知っててくれたんですか!?」
 憧れのアイドルが自分のことを知っていた。そのことで千歳は舞い上がってしまった。
「すいません、私たちこれから撮影なので」
「ああそうか。僕も撮影だった。呼び止めてごめんね、それじゃ」
 シーナの素っ気ない言葉にも気を悪くした様子も見せず、駁はマネージャーを従えて歩いていった。その後ろ姿まで素敵だった。

***

「会話できただけでも嬉しかったのに、私を知ってくれてたなんて・・・」
「ただの女好きなんでしょ。ミーハーなのは相変わらずね、千歳」
 浮かれる千歳とこの場にはいない駁を、シーナはまとめて斬り捨てた。
「駁さんを悪く言わないで! シーナなんて嫌い!」
「ちょっと千歳、そこまで怒らないでよ。一緒に帰りましょう」
「嫌よ!」
 本気で怒ったのか、千歳は背を向けて廊下を逆に歩いていく。
「千歳、そこまで怒らなくても・・・」
「うるさい! トイレよ!」
 普段なら言わないようなことを大声で叫んでしまった千歳は、やはり怒っているようだった。
「・・・ちょっと言い過ぎたわね」
 シーナは肩を竦め、一人で建物を出た。

 建物の外は街灯も少なく、朧月が闇を照らしている。闇の中、ミニスカートから伸びたシーナの脚線美が月光を弾く。
「もうちょっと早く撮影が終われば良かったのに」
 腕時計を見たシーナはため息を吐いた。この時間ではバスもなく、駅まで歩いて行くことに決めた。売れないグラビアアイドルに、タクシーに乗るなどという贅沢をする余裕はない。終電まであまり時間がないが、間に合わないほどではない。
(まさか千歳があそこまで怒るなんて。後でメールでフォローしておこう)
 メールの文面を考えながら歩道を歩くシーナの横に、白のバンが静かに停車した。疑問に思う間もなく、バンから飛び降りた男二人に口を押さえられ、両脚を抱えられ、バンの中に引きずり込まれた。
(こいつら一体なに? どうなってるの?)
 抵抗を考える間もなく口にガムテープを貼られ、両手を後ろ手に括られ、両足もガムテープで同様にされる。体に感じる振動は、車が既に走り出していたことを伝えてくる。
「上玉じゃねぇか。今日はツイてるぜ」
「おいおい、こいつよく見りゃグラドルのシーナだぜ! 上玉の筈だ!」
 シーナをガムテープで拘束した男二人が歓喜の声を上げる。
「まだ手を出すなよ」
 運転席の男の言葉に、シーナは寒気を覚えた。「まだ手を出すな」と言うことは、逆に言えば「後で手を出す」と言うことだ。自分が何をされるのか、想像してしまったシーナは身を丸めた。

***

「よし、降ろせ」
 運転席の男が車を止め、他の二人に指示する。シーナは荷物のように抱えられ、車の後部から廃墟のような建物へと連れ込まれた。
「苦しかっただろ? 今外してやるからな」
 男の一人が床に転がされたシーナに近寄り、口を塞いでいたガムテープを毟り取る。その瞬間、シーナは大声で叫んでいた。
「誰か! 誰かぁ!」
「叫んでも無駄無駄」
 必死なシーナの叫びだったが、男は嘲笑った。
「ここはよくAVの撮影なんかにも使われる穴場だ。人が来ることなんか滅多にねぇよ」
 男は笑いながらシーナを立たせ、他の一人と一緒にシーナを引きずる。その先に、人の背ほどの高さのX字の木型があった。
「な、何をするつもりよ」
「何って、いいことに決まってるだろ。よし、カメラセットしろ」
 男の一人が三脚にビデオカメラをセットし、また戻ってくる。男達は三人掛かりでシーナのガムテープを剥ぎ取り、木型に付けられていた革製の拘束具でシーナの四肢を縛っていく。
「やめなさい! 放して!」
 抵抗も空しく、X字の木型に磔にされる。手首、足首を革製の拘束具で縛られ、身動きすら困難だ。
「へへ・・・こうして見ると、抵抗どころか身動きもできないってのがまたそそるな」
 男の一人が唇を舐め、服の上からシーナの胸を触ってくる。
「いやっ! 触らないで!」
「そうか、服の上から触られるのは嫌か。なら、今から服を脱がしてやるよ」
 ナイフを取り出した男が刃でシーナの頬をピタピタと叩き、わざとゆっくりと下ろしていく。
「い、いや・・・」
 ナイフの冷たい感触が頬から首筋に移る。鎖骨の間を通ったナイフが下がるたび、ボタンを一つずつ切り離していく。
「へぇ、可愛いブラしてるじゃねぇか」
 シャツの隙間から覗くブラを見て、男がにやつく。しかしナイフの動きは止まらず、シャツの残ったボタンを切り落としていく。
 ナイフが最後のボタンを切り離し、シーナのシャツの前が開く。ブラと胸の谷間が男達の目に飛び込み、興奮を誘う。
「やっぱでけぇ胸してるな」
「シリコン入れてるわけでもなさそうだし、天然の巨乳か」
「いや、実際見なきゃわからねぇぜ」
 ブラの繋ぎ目にナイフが当てられ、ぶつり、という音と同時にカップ部分が乳房から離れていく。
「へへ、これがシーナの生乳か。乳首も綺麗な色してるぜ」
 生唾を飲み込んだ男がシーナの乳房を見つめ、それだけでは飽き足らずに鷲掴みにしてくる。
「触らないで!」
「グラビアやってて何言ってやがる。写真の中とは言え、男を誘うようなポーズ取りやがってよ」
 男はシーナの乳房を揉み込みながら、自分の唇を舐める。
「こんなミニスカート穿いてよ、やっぱり男を誘ってるんだろ?」
 太ももを撫でた男が、徐々に手を上に、内側に移動させていく。
「ど、どこを触ろうとしてるのよ!」
「どこって、シーナの(ピー!)に決まってるじゃねぇか」
 男は卑猥な隠語を口にし、シーナの秘部に指を這わせる。
「へへへ、どうだ? 感じるか?」
「そんなわけないでしょ!」
 男の問いかけに、シーナは即座に否定する。
「感じてるかどうか、実際見てみることにするか。スカート脱がせ」
 ナイフを持った男が指示を出すが、シーナの脚を開いて拘束しているため、ミニスカートを下ろすことができない。
「おっとしまった、これじゃスカートが脱がせねぇや」
 そう言った男だったが、焦った様子はまるでなかった。
「ま、こうすりゃいいだけだ」
 ナイフの刃がミニスカートに食い込み、一気に切り裂く。引っ掛かりを失ったミニスカートは重力に引かれ、コンクリートの床に落ちた。
「お、パンツも可愛い系か。シーナは案外少女趣味だな」
 露わにされたシーナのパンティを見た男が薄く笑う。
「何穿いてたっていいさ、俺達が興味あるのは中身だからな」
 ナイフを持った男は下着の上からシーナの秘部を押さえ、ノックするように刺激してくる。
「あぅっ、触らないで・・・んぅっ!」
 反射的に腰を引こうとしたシーナだったが、木型に磔された状態では不可能だった。
 男達は、半裸に剥いたシーナの肢体を嬲り続けた。

「それじゃ、そろそろパンツも脱ぎ脱ぎしような」
 ナイフの刃が、とうとうパンティのサイド部分に当てられる。
「やめて、それだけは・・・」
「そのお願いは聞けないなぁ。だってよ、すっぽんぽんになってもらわねぇと、本番シーンが撮れねぇだろ?」
(本番って・・・まさか・・・!)
 シーナの脳裏に「陵辱」の二文字が浮かぶ。それから逃れるように必死にもがくものの、拘束具はびくともしなかった。
「いいかげん諦めろよ。そうすりゃぁ気持ちよくしてやるからよ」
 乳房を揉んでいる男が乳首も弄る。
「いやぁぁぁっ!」
 一縷の願いを込めて叫んだシーナに、応える者があった。
「シーナ、もう大丈夫だからね!」
 千歳だった。ここに居る筈のない親友の姿に、シーナは目を瞬いた。
「マジか、本物のChitoseだぜ!」
「お前ら仲いいのか? こりゃ儲けもんだ」
 男達の声も耳に入らず、シーナは呟いていた。
「千歳、なんでここに・・・」
 半裸にされた親友を見て、千歳が怒りの表情を浮かべる。
「あんたたち! シーナを放しなさい!」
「嫌だね。そうだ、Chitoseも一緒に撮影会といくか」
 男の一人が千歳に近づくと、千歳が大声で叫ぶ。
「け、警察に連絡したから、もうすぐパトカーが来るわ!」
 千歳の叫びに、男達は薄笑いを浮かべるだけだった。
「お前ら芸能人が一番嫌がるのがスキャンダルだろ? その現場を警察に教えるなんて考えられないがなぁ」
 男の指摘どおりだった。千歳の浅いハッタリはあっさりと見破られていた。
「まぁ、仮に警察が来ても俺らは全然構わないぜ。今撮影してるビデオが証拠になるが、証拠にするために何人もの刑事がシーナの裸を見ることになる。こうやっておっぱい揉まれてる姿もなぁ」
 男は千歳を嘲笑いながら、シャツの襟から手を突っ込んでシーナの乳房を揉む。
「裁判になったときどうなると思う? 『原告はどのように胸を揉まれたんですか?』ってまったく同じことをやらされるんだぜ。しかも沢山の傍聴人の前で、だ。こりゃぁ恥ずかしいぜぇ」
「当然おっぱいだけじゃないぜ。(ピー!)もどう弄られたのか訊かれるんだ。俺がどういう風に触ったか、きちんと証言しなきゃな。ほら、この感触を覚えとけよ?」
 男達は千歳を気にした様子もなく、シーナの身体を好き勝手に弄り続ける。
「・・・どうすれば、シーナを解放してくれるの」
「そうだなぁ。Chitoseがストリップしてくれる、って言うなら考えてもいいけどな」
 男の馬鹿にしたような提案に、千歳の顔が強張る。
「千歳! 私のことはいいから逃げて!」
「お友達はこう言ってるけど、どうするよ?」
 シーナの乳房を揉みながら、男は余裕の表情で千歳を眺めている。
「・・・わかった」
 千歳は硬い表情で頷くと、ベストに手を掛けた。それを見た男の一人が、カメラを千歳に向けた。

 ベストを脱ぎ、ベルトを外し、ジーパンのボタンを外し、ファスナーを下ろす。靴を脱いでからジーパンを膝下まで下ろし、ゆっくりと足を抜く。
「こ、これくらいで・・・」
「いいから、早くシャツも脱げよ」
 カメラを構えた男が急かす。
「千歳、私は平気だから! だから早くここから逃げて!」
「なんだ、シーナはノリノリらしいぜ。俺におっぱい揉まれるのが好きなんだってよ」
 木型の背後に回った男は、シーナの乳房を両手で揉みながら千歳を見つめている。
「逃げてもいいんだぜ? そのときは場所を変えるだけだ。一か月もすりゃシーナの本番ビデオが裏に出回るがな」
 ナイフを持った男はシーナの秘部を撫で回しながら、余裕の口調で千歳に告げる。
「・・・えぇいっ!」
 気合いを入れた千歳は一気にシャツを脱ぐ。これで、千歳の身を守るのは上下の下着だけになってしまった。
「も、もういいでしょ?」
「おいおい、やっと下着姿になっただけじゃねぇか。さぁ、ブラ外しておっぱい丸出しにしな」
「千歳! もういいから・・・あぐっ!」
 シーナの叫びを秘部を強く押さえることで遮り、男が無言で急かす。
「い、今脱ぐから、シーナに酷いことしないで」
 そう言った千歳は震える手でブラを外し、乳房が見えないように手で隠す。
「ぬ、脱いだわ・・・」
 勝気な千歳が乳房を隠し、羞恥に頬を染めている姿は男達の劣情を誘う。
「これでいいでしょ?」
「なに言ってんだ、もう一枚残ってるじゃねぇか」
「そんな・・・これ以上は・・・」
「嫌なら、シーナに脱いでもらうだけだ」
 男の持つナイフがシーナのパンティに当てられたことで、千歳は覚悟を決めた。
「・・・絶対、シーナには手を出さないで」
 左手で乳房を隠したまま、パンティに右手を掛ける。一瞬の躊躇の後、一気に膝下まで引き下ろす。内股となって右足から足を抜き、乳房と股間を隠して立ち尽くす。その頬は羞恥で真っ赤に染まっていた。
 千歳の脱ぎっぷりに、男の一人が口笛を吹いた。
「いやぁ、Chitoseちゃんのストリップ、恥じらいがあって良かったね」
「ああそうだな・・・って誰だお前!」
 自分の後ろから掛けられた声に頷いた男だったが、聞き覚えのない声に素早く振り向く。
「待て、こいつ・・・甲羅木駁だ!」
 男の言葉どおり、そこに甲羅木駁が居た。

 何故ここに千歳と駁が居るのか。理由は数十分前に遡る。

***

(ちょっと言い過ぎちゃったかな。シーナ、気を悪くしてないかな?)
 トイレから出た千歳は、シーナに追いつこうと建物を走り出た。
「えっ?・・・シーナ!」
 撮影所となった建物から出た瞬間、千歳はバンに連れ込まれるシーナを目撃していた。
「待ちなさい! シーナをどうするつもりよ!」
 走って追いかけたものの、車に敵うわけもなく、すぐに見失ってしまう。
「シ・・・シーナ・・・」
「Chitoseちゃん?」
 荒い息をついていた千歳に声を掛けたのは、外国車に乗った甲羅木駁だった。左ハンドルの車の窓を開け、肘を置いている。
「駁さん・・・シーナが・・・シーナが・・・!」
 その切羽詰った声に呼ばれたように、駁は車から降りて千歳の肩に手を置いた。
「取り敢えず落ち着こう。シーナちゃんがどうしたの?」
 駁の冷静さに、千歳も徐々に落ち着きを取り戻す。
「シーナが、さらわれたんです。車に連れ込まれて、私、追い掛けたんだけど・・・」
「車のナンバーはわかる?」
「はい! えっと、確か××−6×・・・」
「Chitoseちゃん偉い! よく覚えてたね」
 千歳に笑顔と褒めの言葉を掛けながら、駁は携帯電話を取り出し、素早く番号を呼び出した。
「真崎さん、どうも。そんなに怒らないでくださいよ、こっちも非常事態なんだから」
 電話の向こうの相手(おそらく真崎という人間)は千歳にまで聞こえるほどの大声で怒鳴っている。それを駁が宥めながら、車のナンバーを告げ、素性を調べて欲しいと告げる。
「はいはい、わかってますよ。今度事務所の女の子と合コンセッティングしますから。だから超特急でお願いします」
 待たされたのは数分もなかっただろう。電話の相手は簡潔に依頼内容を駁に告げ、念を押した後で向こうから電話を切った。
「よし、奴らの行きそうなところはわかった。千歳ちゃん、乗って!」
 千歳は駁の車に同乗し、すぐに廃墟へと向かった。

***

「いやぁ、いいもの見れちゃったなぁ。と言うことで、今日はここまでにしてくれないかな?」
 笑顔の駁のふざけた物言いに、男達の頭に血が上った。
「ざけんじゃね・・・」
 左右から同時に駁に殴り掛かった男二人が宙を舞う。後頭部から床に落ち、一瞬で意識を失う。
「・・・だらぁっ!」
 ナイフを握って突っ込んだ男も、何がどうなったのかわからないうちに床に叩きつけられていた。男が握っていた筈のナイフは駁の手の中にある。
「無駄な抵抗はやめて欲しいなぁ。僕も事を大きくしたくないし、二度とこんなことしない、って約束してくれるだけでいいんだけど」
 ナイフの刃を収納した駁に、虚勢を張った男が叫ぶ。
「て、てめぇ、俺達を誰だと思ってやがる! 『牛河組』が黙っちゃいねぇぞ!」
 この辺り一帯を縄張りにする暴力団の名前を出して凄んだ男だったが、駁には通じなかった。
「あーあ、バックの名前出しちゃった。黙ってれば見逃してもよかったんだけどね」
 そう言った駁は携帯電話を取り出し、どこかに電話し始めた。その間も視線は男から離れない。暫く話していたかと思うと一度電話を切り、素早くダイアルボタンを押して掛け直す。
「夜分遅くに申し訳ありません、僕、甲羅木駁といいます」
 挨拶の後で午前だか午後だかがどうとか言った途端、相手の怒鳴り声がぴたりと止んだ。更に一言二言言葉を交わすと、駁は携帯電話を男に差し出した。
「ほら、牛河組長ご本人」
 そんなバカな、と男の口が動いたが、言葉にはならなかった。再度駁から促され、携帯電話をのろのろと受け取る。
「・・・もしもし」
『カワダか』
 特徴のあるダミ声は、牛河組長に間違いなかった。男の顔が恐怖に歪む。
『ヘマやりやがったな』
「待ってください組長! 俺らは・・・」
『エンコの一本じゃすまねぇぞ。覚悟しとけ』
 それきり、電話が切れた。
「組長! 待ってください組長!」
 男は携帯電話にすがりつくが、既に沈黙した携帯電話は何も反応してはくれなかった。
「話は終わった? じゃ、返してね」
 駁は男から携帯電話を取り返し、座り込んで男と目線を合わせた。
「言っておく」
 不意に駁の雰囲気が変わった。
「もしこの二人だけじゃない、他の女の人を泣かすようなことがあれば、絶対に許さないからね?」
 駁の顔から笑顔が消えた瞬間、紛れもない殺気が迸った。人脈でも暴力でも、人間の器でも負けた男のズボンが、自らが漏らした液体で濡れていった。
「さ、これでお終い」
 駁は両手を払い、いつの間にか服を着た千歳に笑顔を向ける。
「駁さん、ありがとうございました。でも、もうちょっと早く出てこれましたよね?」
「いやぁ、Chitoseちゃんのストリップが色っぽくて、見入っちゃったんだよ」
 悪びれずに言う駁に対し、千歳も二の句が継げなかった。
「それより、シーナちゃんを解放してあげたら?」
「そうだ、シーナ!」
 千歳は磔られたシーナに飛びつくようにして拘束を外していく。全ての拘束を解いたとき、シーナの身体が千歳に寄りかかってくる。
「シーナ!?」
 シーナは小刻みに震えていた。クールで気の強いシーナと言えども、陵辱の恐怖が骨身にまで染み込んでいたのだ。
「シーナ・・・」
「どいて、Chitoseちゃん」
 千歳を優しく押しのけた駁はシーナの肩に自分の上着を掛け、静かに抱き締めた。
「大丈夫、もう全部終わったよ」
「駁、さん・・・」
 駁の抱擁は、本当に優しかった。力を入れ過ぎず、それでも温もりが伝わってくる。
「ごめん、男を代表して謝る」
 その言葉に驚く。駁は助けてくれた側ではないか。
「・・・ううん、駁さんは悪くないから。だから・・・」
 それでも、身体の震えは止まらない。駁はシーナの額にそっとキスし、抱擁をとく。
「これは魔法のキスだから、もう下らない男が寄って来ることはないと思うよ」
「よく言うわ」
 泣き笑いの表情で、シーナは呟いた。強がっていることが傍から見てもわかるのに、それでもシーナは意地を張った。意地を張れるところを見せた。
「もし今日みたいな危ない目に遭いそうになったら、僕の名前を出して。絶対手出しさせたりしないから。勿論Chitoseちゃんもね」
 自分が付け足されたように感じて少し不満だったが、千歳も素直に頷いた。
「さ、こんなところ早く出よう」
 ビデオカメラからメディアを抜いた駁はそれをシーナに渡し、促した。
 シーナはメディアをへし折り、床に叩きつけ、踏みつけた。自分を散々嬲った男達には殺気の篭った視線だけを投げ、出口へと向かった。

***

 建物から少し離れた場所に駁は車を停めていた。ドアを開け、二人を促す。
「どうぞ」
「どうする千歳。駅まで送ってもらう?」
「あ、でももう終電もない・・・」
 千歳の腕時計を見ての言葉に、駁が微笑する。
「そもそも、そんな格好じゃ電車に乗れないでしょ? Chitoseちゃんの家まで送るよ」
「・・・もしかして駁さん、送り狼になる気じゃ・・・」
「僕はそんな鬼畜じゃないよ」
 微笑を苦笑に変えた駁はシーナへと顔を向ける。
「シーナちゃん、今日はChitoseちゃんの家に泊まったら? 独りだと、ね」
 駁の気遣いを感じたシーナは、素直に頷いた。

***

 千歳とシーナを千歳が住むマンションの前で降ろし、駁は車の窓を下げた。
「それじゃ」
「・・・今日はありがとうございました」
「駁さん、本当にありがとうございました!」
 シーナと千歳が頭を下げると、駁は微笑を浮かべて左手を上げ、エンジン音を響かせて去って行った。
「・・・さっ、行こっ!」
 無理に明るい口調の千歳がシーナを引っ張り、エレベーターへと向かう。シーナも抵抗することなくそれに従った。

 千歳の部屋で交互にシャワーを浴び、二人は汗と感情を流した。千歳は中々風呂場から出てこないシーナを思いながらも、じっと待ち続けていた。
「・・・お待たせ」
 風呂場から出たシーナは千歳のパジャマに着替えていた。ブラはサイズが違うので付けていない。言葉少なに居間へと入り、机を挟んで座る。
 暫く無言の時間が流れた。
「シーナ、今日はごめん」
 沈黙を破ったのは千歳だった。
「私が一緒にいれば、シーナがさらわれることもなかったのに・・・一緒にいれば、シーナがあんな目に遭うことも・・・!」
 そう言った千歳の目には、薄っすらとではあるが涙が浮かんでいた。
 自分のことのようにシーナを心配してくれる千歳を、シーナは思わず身を乗り出して抱き締めていた。
「大丈夫だよ。千歳、あんなに私のために頑張ってくれたじゃない。嬉しかった」
 自分を助けるために、羞恥を耐えてストリップまでしてくれたのだ。親友がシーナを想う気持ちが痛いほどよくわかった。二人は涙の浮かんだ顔で見つめあい、微笑みあった。
「でも、駁さんってあんなに強くて凄い人だったんだね。驚いちゃった」
 目元を拭った千歳が駁の名前を出した途端、シーナの顔が真っ赤になった。
「どうしたの? シーナ、顔が赤いよ?」
「な、なんでもない!」
 自分が赤くなってしまったことに気づきながら、それを無理に隠そうとするシーナの声は高くなっていた。
「ふ〜ん、なるほどなるほど。クールなシーナがね〜」
「ち、違うわ! 千歳が考えてるようなことじゃないから!」
「あーそうですかそうですか」
 シーナが幾ら否定しようとも、千歳は取り合おうとしなかった。

***

 あの日以来、シーナは駁の姿をテレビや雑誌で見るたび、自分の頬が熱くなるのに気づいた。
(ち、違うんだから!)
 そのたびに誰にともなく反発し、視線を逸らすのだった。

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