DOLL HOUSE 第一夜

 

 

満月が山間を白く照らし出していた。

…黒山だ。

視点を、木々から地面に送る。

井戸があった。

同じ顔をした白装束を纏った少女が二人、井戸を挟んで対峙している。

二人は静かに帯を解き、一糸纏わぬ姿となり、それぞれが井戸の淵に登り

直立した。

まだあどけなさを色濃く残した端正な顔つき。透き通るような白い肌は、月に照らされ

更に白く輝いている。恐らく生まれてから一度も日の光を浴びて無いように見える。

ただ、体つきは、若干の発育の遅れは伺えるものの、ほどよく引き締まり

生命力の強さがうかがい知れた。

まったく同じ姿形をした二人。美しいと思った。

 

そして二人は、井戸の中に吸い込まれるように、消えた。

 

水飛沫の音。肉を引き千切るような鈍い音。甲高い獣のような叫び声。

満月の下、それらは山間に消えていった。

 

目が覚めた。またあの夢だ。

夢にしてはやけにリアルだ。…恐らく、これは奴らの記憶だ。

 

 

「山送り…か。」

 

 

1

“透明な荒野”とは、よく言ったもんだ。

コーヒーをすすりながら、まだ朝靄の残る一面のススキ野原を窓越しに眺めながら

俺はぼんやりとそう思った。

大草原の小さな家か…。ススキだけどな。

野原の復権…とは誰が言ったのかは忘れたが言い得て妙だ。人口が激減して後、精神衛生

上の観点から無人となった家屋、ビルは取り壊され、都市は再編成された。だから現在は

中心部から少し離れた郊外ともなると、どこもこんな感じだ。

生き残った人々は、多くが身を寄り添う様に中心部に暮らし、今時野っぱらに一人で

暮らしているのは、俺みたいな変人くらいだろう。

 

午後、遅めの昼食をとり終え一息ついていると、ちょっとした気配を感じた。

玄関から庭先…といっても何処から何処まで庭か解からなくなっているが…の道端まで

出てみると、街へ続く一本道の果て、ちょうど丘の頂上付近に軽トラらしき車影が見えた。

まぁ、道の終点はここだから、間違いなく“あれ”だろう。

 

「すいませ〜ん、山猫急便ですぅ。こちら、朽木さんのお宅ですよねぇ…。」

トラックの窓から身を乗り出して、女の子が叫ぶ。そして、俺の顔を見るなり小さく

「あっ…」とつぶやいた。

「はいはい、ゴクロウサン。…ん?“男”を見るのは久しぶりかい?」

「いやっ…あ、すいません。やっ、わ、ワタシったら。」

そう言うと、その娘は顔を赤らめた。ショートカットでボーイッシュな感じのする、

かわいい娘だ。多分荷物は多めだな、どれどれ手伝って差し上げましょうかね。

 

大きなトランク程の荷物が5つ、リビングに運び込まれた。

…っていうか里美ちゃん、最高機密を宅配便で送るかね?キミは。

「いや〜、重いですネェ、何なんですかぁ、コレは?」

「…や、これは、その、そう!趣味!ほら、男の趣味ってヤツで。」

「…あ〜成る程、じゃ荷物の確認お願いしまぁす。ええと、

リカちゃんハウス復刻版・フルセット5個口!…じゃ、こちらにサインを。」

…ああ、里美ちゃん…、愛しているよ…逃げ出したいくらいだ。

「あのさ…疲れたろう?コーヒーでも飲んでかない?」俺は勤めて優しい口調で言った。

「え、あのう、まぁ、配達はココで一段落なんですけどね、…でもぉ〜。」

「っていうか、飲んでけ。」

「はい。」

 

 

庭先のオープンテラスに、心地よい秋風が吹き込み、空に抜けていった。

男と女が、ペンキの剥げた壁際に腰掛け、コーヒーをすすりながら

一面のススキ野原をぼんやりと眺めている。…今じゃ珍しい光景だ。

「いいところですね、ここは。」

「なんにもないけどねぇ。」

煙草に火を付けながら、ぼんやりと答えた。

「お一人で暮らしているんですか?」

「ちょっと長い旅に出ていてね…。昨日帰ってきたところさ。まぁ気楽な独り身だし。」

「…あの、ご家族は?」

「いないよ。オレ、ホモだし。」もちろん冗談だ。

が、とたんに彼女は目を輝かせた。

「わぁーっ、そうなんですかぁ!いや、そんな気がしてたんですよぉ。だってほら、

ハンサムで格好いいし!いやぁ〜、気が会いそう!わたしもレズだしっ!」

待て、真に受けるな。だいたいキミの場合はこの世の中じゃあたりまえだろうが。

 

…男のほとんどが死に絶えた現在、女たちがその片割れを同じ女に求めるのは至極当然の

流れだ。そして、自身の成長ホルモンを培養して投与しているから美しいままだ。それが

α1421の抗体として作用しているので現状以上の成長はしない。

プラマイゼロ、悪夢のようなパーフェクトワールド…。

ただし、希望者には精子の受精が受けられる。生まれてくるのは女だが。

これが、いつまでたっても“定員割れ”を起こさないこの世界のカラクリだよな。

ま、そろそろ規制が入ると思うがね。

じゃあ、何故俺がこんな姿をしているかというと…。自身を臨床実験に使ったからさ。

“原体”から抽出・初期生成した「Ω」のね。ただ、“濃縮”をしていないので、そろそろ

限界だけれどな。

 

「いやぁ〜、いい勉強になりましたぁ」…何がだ。

「帰ったらハニーに報告しなくちゃ!」…何をだ。

「今日は本当にありがとう!」…だから何にだ!

もう、弁明する気すら失せた。もういい、そういう事にしておいてくれ。

…そういえば、「名前、聞いていなかったね。」

「あ、ワタシですかぁ?」

さっきよりも強く冷たい風が吹いた。風はススキを大きく揺らし、家を揺らし、

彼女の髪を掻揚げ、空に消えていった。

 

「…萌蘭っていいます。変わった名前でしょ?」

 

 

2

じゃ、そろそろ。と、彼女は椅子を離れた。

じゃ、お送りしましょうかねぇ、と、野原を彼女に続いて歩き出す。

傾きだした西日が、野原を染めていく。トラックの近くまで来たとき、

俺は彼女の背中に向かって声をかけた。

 

「里美ちゃんによろしくな!」

 

彼女は歩みを止めた。さっきまでの明るい雰囲気が瞬く間に消え、無機質な空気が

流れるのを彼女の背中越しにはっきりと感じた。

 

「バレてました?」振り返らずに、抑揚の無い静かな口調で彼女が答える。

「まあね。」

…宅配業者は、基本的に届け物の中身を聞く様な真似はしない。初対面ならなおさらだ。

ましてや、その中身を復唱するなんて事はまず無い。

「橘主佐が言った通りでした。″あの人の前じゃ何もかお見通しよ。まぁ、止めても無駄でしょうけど、バレたらバレたで、潔くねって言われてましたから。」

「なんでまた、わざわざ?」

「一度お会いしたかったんですよ。イスカリオテの“セブン・マスター(七人の先生)

その筆頭と謳われた“プロフェッサー”、朽木先生に。」

「で?」

「妬けました。」

「はい?」

「ああ、これがサトミさんの愛した人だったんだなぁって。

そう思いますよね、今の“恋人”としては。」

 

 

遠ざかるトラックをしばらく見つめていた。

ほうらん…、そうか、あの娘が萌蘭か。

いい趣味しているねぇ、里美ちゃん。…命拾いしたよ、オレは。

 

 

あの家の話を、少しだけしよう。

「裔家総儀録」によれば、裔家は黒山を中心とする一帯を勢力下に置く

地主…というよりも、山の神に嫁ぐ巫女として恐れ敬われた存在だったらしい。

当主を女性が代々勤める完全な女系一族で、ほとんどがその一生を敷地の中で過ごした

とされる。故に当主の目撃談は極めて少ない。

何例かしかない目撃談には、当主は若く美しい女性…とある。

これがこの家の神秘性を増した最大の要因と思われる。

代々の当主は、その一代の中で一度だけ子を産む、とされる。

決まって忌み子…つまりは双子だったらしい。そしてすべてが“女”。

しかも、当主…つまりは母親に瓜二つだったらしい。

ここから先は、かなり特殊だ。

生まれた娘達は日の光を浴びる事無く、それぞれが家屋を挟んで対に建てられた

東と西の土蔵に幽閉される。そして母親以外の者に会わずに年齢を重ねる。

だからお互い…双子の片割れを知らない。

 

そして生まれてから約14年後。娘達が第二次性徴を迎える年

謎多き裔家の中でも最大の秘儀、『山送り』が執り行われる。

 

その日、使用人はすべて家に帰され、黒山周辺はすべて立入りを固く禁じられる。

決まって満月の夜、と記録にある。

まず、当主の手により東西の土蔵が開放される。そして幽閉されていた娘達は

生まれて初めて外に出る事が許される。

東西それぞれの土蔵から、家裏の黒山に至る道には篝火が焚かれ、

その灯りを道しるべに娘達はゆっくりとそれぞれの山道を登って行く。

幽閉されていた事が、まるで無かったかのようにしっかりとした足取りで。

 

そして、道の終わり、黒山の中腹にある“井戸”に辿りつく。

その時初めて双子の娘達は、お互いの存在を知るようだ。

 

そして、井戸の中で、次の当主を決める“殺し合い”が行われる。

 

記録には平均して一夜、長くて三昼夜、とある。

どちらかが生き残るまで「山送り」は終わらなかったようだ。

 

生き残った方は、一族の長子として手厚く育てられる。

そして成人した娘は、家を継ぐ。

 

但し、この記録にはその後の前当主、つまりは娘の母親の記載が曖昧に成っている。

死んだ…という記載が一切無いのだ。抽象的に“山帰り”したという表現はあっても。

 

「裔家総儀録」には、それ自体にかなり多くの謎が含まれている。

一体誰の手によって編算されたのか?

そしてそれを何故、皇家直轄である千代田機関が有していたのか?

なによりもその文体だ。克明な記録のようにも見えて、時折見る物を韜晦するかの

ごとく突然抽象的な表現に差し変わったりする。

まるで大きな秘密を、様々な謎で覆い隠すかの様に。

 

俺達はその謎を解き明かした、…と思っていた。

そして「あれ」が造られ、それを元にF.Bは発動された。

 

さて…日も暮れてきた。梱包を解くとしようか。

 

 

リビングには、梱包を解かれたユニットが5つ並んでいる。

そのうちの3つを連結させ、4つ目のユニットに接続。手持ちの端末で

状況を“スタンバイ”に設定する。

すべてのユニットから、ようやく聞き取れる程の小さな機械音が漏れ始める。

しばらくして、4つ目のユニットが自動的に開き、展開を始める。

円筒状の透明なケースが、各種コードと共にせり上がってくる。

俺たちが昔、“子供部屋”と名付けた特殊ケージが姿を現す。

60cm四方の“子供部屋”は、土台と屋根部分が鈍い光を放ち、

既に日も暮れ明るさの消えたリビングを、青白く照らし出す。

 

そして…5つ目のユニットのシーリング(封印)を外す。

 

端末に接続。即座にパスを要求して来る。

BEHEMOTH”と入力。

 

…ベヒモス。ベヘモットとも言われる。聖書に出て来る神が創りし巨大獣の名前だ。

天地開闢の5日目にリヴァイアサンと共に創造され、

救済の日、救世主の宴に供される、選ばれた者たちへの供物…。

 

端末の画面が暗転し、文字が浮かび上がって来る。

The  plant  for  architect  creation  of  F.B.

D O L L − H O U S E

画面上に様々なモニターが開き、展開を始める。

 

ModeCB(クリフトバイオシス/仮死状態) OFF

ModeAK(アウェイクニング/覚醒)    ON

 

心音モニターのサウンドをオン。…コッ…コッ…コッ…コッと緩やかに、しかし

はっきりと微かではあるが心音が響き始める。

すると、ユニット上部のハッチが2つ同時に開き、それぞれから円筒状の物体が

ゆっくりとせり上がって来る。

円筒内部には、充填された液体、絶え間無く湧き上がる気泡、そして…

 

身長20cmにも満たない少女が、浮かんでいる。

 

窓に目を向け、夜空を見上げた。

 

 

満月だ…。

 

 

第一夜 了。 

    第二夜に続く。

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