4話 炭酸系
 
「本当、調子に乗ってるよね」
控室でモニター観戦していた女が憎々しげにつぶやいた。
モニターにはリング上で自分の歌をうたう響子の姿が映し出されている。
 
「周りへの配慮っていうか、敬意ってのが見られないっていうか。
あんな歌なんて誰も覚えてないし、第一、華緒璃ちゃんに失礼じゃん
立ち上がると、セコンドのミットめがけ、イライラをぶつけるようにパンチを放つ。
バーンと良い音が控室に響きわたった。
その音もさることながら、パンチを打つ動作からはかなりの練習を積んできたことが見て取れる。
 
…だいたいさあ、私がこんなのに参加することになったのも、そのために猛練習させられたのも、もとはアイツの我儘のせい…。
 
女は思わず、口に出してしまいそうだったが、セコンドの顔を見て慌てて、言葉を喉の奥へグッと飲み込んだ。
 
「まあ、いいかげん、私もあの態度にはうんざりしてたしね。
思いしらせるにはいい機会かも。
わかってる…まずは次の試合、KOで勝たなきゃ。」
 
 
 
 
「さて皆様、まもなく二回戦を開始いたしますが、その前にご連絡いたします。
只今、四社のお飲み物を無料で配布しておりますが、敗北した選手のメーカーのお飲み物は、サービスストップとなります。
一回戦で仲村選手が敗北したため、薩掘のものは以後お求めできませんのでご了承ください。」
 
アナウンスが流されると、会場からはブーイングが起きたが、それをかき消すかのように闇が会場を包み込み、悲壮感漂う音楽が観客の中へ届く。
 
光が花道を切り裂いて、真っ白な白衣に身を包んだ一人の女性の姿に衆目が集まる。
今年出演した、ドラマで演じた役を意識しているのか、勝ち気そうな目と真一文字に結ばれた口からは、その胸中に秘められた意志の強さがはっきりとみてとれた。
 
「まずは青コーナーの香藤愛選手。
っと、これはドラマで演じた救急医姿での登場です。
一回戦では同級生で、また親友といわれる深多選手が、素晴らしいKO劇を見せました。
恐らくかなり意識はしているでしょうが…。
さあ、今、リングにあがり、白衣を…脱ぎ捨てました。
やはり、救急医の青い服をイメージしているのか、上下青色のスポーツブラとショーツで固めています。
はたして、その華麗な手技で周りを納得させることができるのかっ」
 
実況の声が終わると同時に、いったん会場の光が消える。
軽快な音楽が鳴り響くと、花道の入り口に光が集まった。
白い羽が一つついた黒い帽子を深々とかぶり、赤いマントを翻した一人のナイトの姿が照らしだされる。
 
かつて某生命保険のCMで、人気を博したコスプレだ。
高々と挙げた拳には剣ではなく、真っ赤なグローブ。
観客に向けての笑顔の中で、しかし唯一真剣な眼差しは、その先の闘いの場に向けられている。
騎士の前後を固めるのは、あきらかに只者ではない雰囲気を持つ、ごつい体をした男二人。
 
「四選手の最後を飾るのは、ご存じ、伊子原聡美選手です。
騎士の凛々しい姿が、非常に似合っています。
やはり、ナイトだけに一番でナイトダメなんでしょか…
…ゴホン。失礼しました
 
セコンドにつく二人も、これまた説明不要ですね。
生きるプロレス界のカリスマ、調野、無藤さんのお二人です。
CMで共演したお二人が、共演者の窮地を見てはおれず、トレーニングを自主的に買って出てくれたそうです。
プロレスとボクシングは違うとはいえ、学ぶものは多かったことと思います。
さあ、はたして、先輩に続いて決勝への切符を手に入れることができるのか。」
 
 
セコンドの一人、調野がロープを体でおしひろげ、闘いの場への入り口を開くと、リング上に深紅のマントがひらりと舞う。
 
「おおっと、伊子原選手は赤いブラとショーツですね。
さあ、それぞれ、青と赤で身を包んだ、対照的な二人が、レフリーに呼ばれます。
香藤選手が勝ち、決勝は、運命の同級生対決になるのか。
それとも、伊子原選手が勝ち、禁断の同事務所対決になってしまうのか。
 
 
リングの上で向き合い、レフリーの注意を聞く二人。
香藤はじっと聡美の顔を見るが、なぜか伊子原は下を向き目を合わせなかった。
 
 
怖いのかな。
そう思った愛は、少し可哀想に思い、レフリーの話が終わると、右手を前に突き出した。
「お互い、頑張ろうね」

愛のその言葉を聞き、ようやく、聡美は愛の顔を見たが…

 

 

愛は一瞬とまどった。

聡美の両目には恐怖の色どころか、怒りの炎が見て取れたからだ。

 

聡美はバシンと愛のグローブを払いのけると、小さい声で、愛にだけ聞こえるようにささやく。

「あんたのせいでもあるんだから。」

それだけ言うと、頬をプーッと膨らませ、あっけにとられている愛を置いて、さっさと自分のコーナーに戻ってしまう。

 

…さっきのあの態度は何なのよ?

やっぱり、あいつの後輩だけはある。

わかった…徹底的にやってやるから。

最初はポカンとしていた愛だが、自分のコーナーに戻ると、次第に腹が立ってきた。

その怒りをぶつけるように何度もコーナーにパンチを叩きつける。

 

 

 

「はたして先手を取るのはどちらか…

さあ、試合の鐘が…今…、打ち鳴らされようとしています…」

 

カーン

 

 

「さあ、試合開始です。っと、ゴングと共に猛然とダッシュ。

これはまさか、一回戦と同じ展開かっ」

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