「デスマッチ」(第二話)

 

「由香梨っ!何か『禿チャビン』が部屋に来いだってよ!!」

 

 会社の重役である宅見営業本部長からの直々のお呼び・・・午前のトレーニングを終えクールダウン中であった由香梨はとりあえず汗を拭き、手櫛で髪を整えるとジムの隣に立つ事務棟の中にある営業本部長室へと向かった。

 

「失礼します・・・・」

 

「やぁやぁよく来た。最近はよく頑張ってるね、活躍を頼もしく見ているよ。まぁ座りたまえ。」

 

 人懐っこい笑顔で小柄な男がソファーを勧める。恐る恐るソファーに移動する由香梨の目に入ったのは、すでにソファーに腰掛けている先客の姿・・・・波多野響子・・・・団体のトップヒールであるブラックカイゼルの素顔の姿であった。思わず固まってしまう由香梨。

 

「座んなよ」

 

「あ・・・はい・・・」

 

 一気に緊張を最高に高めながらソファの隅に小さくなって座る由香梨。そんな由香梨の緊張感をよそに、事務の女性社員にお茶を出すよう指示しながら、ひょいひょいとした動作で二人の対面のソファに座る宅見。

 

「どうだい、最近は高田クンの試合の時も盛り上がりがすごいね・・・・」

 

 気楽な表情で世間話をする宅見。

 

「あ・・・いや・・・はい・・・」

 

 緊張が解けず言葉につまる由香梨、やがて事務社員がお茶を持ってくる。

 

「さあ、では本題に入ろうか。ちょっとドアを閉めておいてくれたまえ。」

 

 宅見は退出する事務社員に命じ、個室の重厚な扉が閉められた。

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

ガチャリ・・・

 

2時間もたっただろうか、やがて扉が開かれる。

 

「失礼しますっ!」

 

 部屋に入ったときと打って変わって、力強い言葉を発しながら、部屋を出る由香梨。緊張した面持ちは変わらないながらも、不安そうな表情から、何かを決心したような引き締まった表情に変身し、力強い足取りで事務室を後にする。その後にはくつろいだ表情で言葉を交わす宅見と響子の姿があった。

 

「由香梨はいつまでもあんなイロモノをさせておいてはもったいないですよ。あいつならやれます。」

 

「そうだな、長丁場になるけど頼んだぞ。」

 

 力強い拳を見せた響子が宅見の部屋を後にした。

 

 

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 その後しばらく、由香梨は以外に忙しい日々を過ごした。アイドル的な人気のある由香梨はプロレス雑誌関係の取材も多い。あわせて発売が予定されている写真集の撮影もあった。もちろん来るシリーズに備えトレーニングにも余念が無い。

 

 そしてシリーズが開始、由香梨も主力選手の一員としてハードな日々が始まった。但しアイドルとして絶大なる人気を誇るとはいえ、プロレスラーとしての実績はまだ半人前、出番としては中盤でのシングルマッチまたはタッグマッチが主であり、戦績としても4〜5試合に一回何とか勝てるか、というくらいのものであった。

 

 そんなシリーズ途中のとある会場では、今日も由香梨の登場に会場が沸いていた。

 暗くなった会場に華やかなスポットライトが動き回り、リズミカルなダンスミュージックが響き渡る。そして動き回るいくつものスポットライトが会場の一点に集中し、スモークが焚かれる中、その輝かしいライトに照らされながら由香梨が現れ、ファッションショーのようにリズムに乗せながらゆっくりと花道をリングへ近づいてくる。ライトに照らされきらめく金銀の髪飾りに、YOSAKOIのハッピ風を思わせる和風にアレンジされた、白にピンクの柄が入ったガウンで身体を覆い、ゆっくりとロープをくぐりリングへと入場する。そしてアイドル顔負けの笑顔で四方に礼をすると、コーナーで身体をほぐしながら対戦相手を待つ、これがいつもの由香梨の入場シーンであった。

 

 そして別の音楽が会場に流れると、同じようにスポットライトに照らされながら今日の対戦相手であるスパイダー・ジェニーが入場してくる。ブラックカイゼルを頂点とする帝王軍の中堅選手である覆面レスラー、体格的には小柄な方でそれほどの強さはないが、えぐい責めに定評があるヒールの選手である。体格面、実力面からも、比較的由香梨との対戦がよく組まれる選手である。

 

 スパイダーマン風の覆面に、全身を赤と緑の極彩色のコスチュームで覆われたスパイダーがリングに上がると、独特のポーズで身体をくねらせながら由香梨を挑発する。由香梨はコーナーでじっと相手を見つめながら、髪飾りを外しセコンドに渡すと、ゆっくりとガウンの結び目を解き、颯爽とガウンを脱いでセコンドに放り投げる。上から下に向けて段々濃くなっていくローズピンクのグラデーションの三角形の布で胸の膨らみを覆うだけのブラと、同様のローズピンクのグラデーション模様で股間とお尻の中央部を覆っているだけのパンティ、ブラの背中と首の部分、パンティの腰脇の部分はローズピンクの紐状になっており、首、背中、左右の腰脇には結び目がある、実は紐自体はワイヤで補強されていて結び目そのものはダミーでしかないのだが、一見するとまるで普通の紐ビキニにしか見えない過激なコスチュームに、白地にピンク模様のリングシューズという由香梨のセクシーな姿に、会場はいつものように大いに沸きあがるのであった。

 

 二人のにらみ合いが続く中、ゴングが鳴り響く。軽量級同士の試合にふさわしく、開始早々から互いにロープを利用した激しくスピーディな動きでの技の応酬が繰り返される。二人の掛け声と、マットを打つ軽やかな音が会場に心地よく響き渡る。

 4〜5分くらいスピーディでリズミカルな技の応酬が続いた頃、試合の流れが一転する。連続技からスパイダーを怯ませた隙にコーナーへ駆け上がり、コーナーからのフライングボディアタックを仕掛ける由香梨。しかしその瞬間、スパイダーは何やら口に含むとダイブしてくる由香梨の顔をめがけて何かを吹きかけたのだった。

 

「きゃああん!!」

 

 顔に白い粘り気のある半固体状のものを吹きかけられ、顔を押えながら体制を崩しマットへ落ちる由香梨。そう、スパイダーの得意技のひとつ、『毒霧殺法』であった。顔を押えてマットにうずくまる由香梨のボディにスパイダーの激しいフットスタンプが何発も炸裂する。

 

「あん、あぁ、ああん、ああぁぁ・・・」

 

 由香梨の苦しげな声が響く。スパイダーはヨロヨロと立ち上がる由香梨の手首を掴むと反対側のロープへ投げ、反動で戻ってくる由香梨の胸元へドロップキックを決める。そしてそのまま半回転して倒れる由香梨の身体に乗りかかり、由香梨の右足首を掴むと、そのまま脇へ抱え込むようにして片足エビ固めの体制へともっていく。

 

「あああああああんっ!!ああああっっ!!!痛いいいっっ!!!」

 

 可愛い顔を苦痛に歪めた由香梨の悲鳴が響き渡る。片足のみを極められたため、大きく開いて曝け出された由香梨の股間のあられもない姿と苦しげな表情、そして悲鳴に観客がおおいに盛り上がる。

 

「ああああああんん!!痛ああああぁぁいぃ!!!」

 

 大げさな動作で苦しみもがきながら必死にロープへ逃れようと手を伸ばす由香梨。歯を食いしばりながら少しずつ身体をずらし、そしてやっとの思いでロープへ辿り着く。

 

「ブレイク!!」

 

 レフリーの声で技が解かれ立ち上がるも、スパイダーはダメージの残る由香梨の手首を再び掴むとコーナーに向かって投げつける。

 

「あううっ!!」

 

 バチンという音と共にコーナーバックルに背中からぶち当たり、寄りかかった状態の由香梨の両腕をスパイダーはトップロープに絡ませる。そしてぐったりと磔状態にされた由香梨のお腹へナックルパンチを叩き込む。

 

「ああん!あうっ!!あん!!ああああ・・・」

 

 無防備な裸のお腹への攻撃に再び可愛い顔を歪めて苦しむ由香梨。そしてスパイダーは今度は由香梨の胸を集中的にサンドバッグのように殴り続ける。小さなブラに包まれただけの由香梨の健康的な胸のふくらみが上下左右に揺れる姿に、再び観客が大いに盛り上がる。

 

「ああああ・・・・ああん!!痛いっ・・・・痛ああああああいぃ!!」

 

 毎度お決まりの展開といえ、セクシーコスチュームの美少女レスラーが一方的にいたぶられるシーンに、それを求めてきた人が大多数と思われる会場全体が湧き上がり、そして酔いしれる。一方的な責めにぐったりとした状態の由香梨、スパイダーは反対側のコーナーに行って一本指をさし上げ観客にアピールすると、コーナーの対角線上に由香梨にトドメを刺すべく走りこむ。由香梨の身体に勢いをつけたスパイダーが突き刺さろうかとする瞬間、するりと回転し攻撃をかわす由香梨、勢いの止まらないスパイダーはそのままコーナーバックルに向かって激突し、崩れこむようにコーナーに寄り掛かる。

 

「このやろー!!!」

 

 反撃とばかり由香梨は叫び声を上げると、コーナーに寄り掛かったスパイダーの後ろから腰をしっかり抱え、下半身のバネを利かせ勢いをつけるとバックドロップを見事に決めた。思わぬ大技にどよめく観衆。そしてそのまま軽やかに入ったフォールは切り返されるものの、素早い身のこなしからスモールパッケージホールドを決める。

 

「ワン!!ツー!!スリー!!!」

 

 僅かに早くブリッジで逃れるスパイダー。しかし由香梨は素早く身体を入れ替え再び覆いかぶさるようにフォールに入る。しかしこれは体勢が不十分だったためカウントツーで返されるものの、由香梨はさらに素早い動きでコーナーの上に駆け上がると、天井を指さしながら湧き上がる観客に向かって叫んだ。

 

「行っくぞぉ〜!!!」

 

 ふらふらと立ち上がりかけたスパイダーに全身を浴びせかけるフライングボディプレス、スピーディな動きを身上とする由香梨の得意技、そのままフォールに持ち込むが、惜しくもスリーカウント寸前で逃れられるものの、再び軽やかにコーナーに駆け上がり観客にアピールしながら叫んだ。

 

「もう一丁!行っくぞぉぉぉ!!!!」

 

 再び湧き上がる会場の中、横たわったままのスパイダーを目がけて由香梨の身体が華麗に宙を舞う。見事な放物線を描きマット上のスパイダーに覆いかぶさったかと思った瞬間、しかし咄嗟に立てたスパイダーの膝が勢いをつけて落ちてくる由香梨のお腹に決まったのだった。

 

「あ・・あうっ・・・」

 

 跳ね返されるようにマットに転げ落ち、一瞬息を詰まらせながらお腹を押さえ身体を丸めてうずくまる由香梨、スパイダーは由香梨の髪の毛を引っ張り上げて立ち上がらすと、そのままボディスラムで由香梨の身体をマットに叩きつける。さらに髪を掴んで立ち上がらせてもう一発ボディスラム、そして無防備に晒された由香梨のお腹を目がけてフットスタンプの連打を浴びせかけた。

 

「あん・・ああ・・ああん・・」

 

 由香梨の悲鳴が響き渡る。必死に身体を捩り何とかロープへと逃れる由香梨。しかりスパイダーはふらふらと立ち上がる由香梨の腕を掴むと反対側のロープへと振り、そして戻ってくるところを目がけて身体ごと浴びせかけるようなラリアートを命中させたのだった。そのままもんどりうって仰向けに倒れる由香梨、スパイダーはそのまま由香梨の片足を極めながら覆いかぶさるようにフォールに入る。

 

「ワン!!ツー!!スリー!!!」

 

カンカンカンカーーン!!!

 

 動けないままスリーカウントが入り、ゴングが鳴り響く。スパイダーの片腕がレフリーに掲げられる。ざわつく会場、そしてしばらくするとそれまでマットに横たわっていた由香梨がゆっくりと立ち上がり、リングの四方に向かって一礼をして、リングを降りようとする・・・・・いつもと同じような試合後の風景が続くかとおもった瞬間、会場のどよめきと共に全ての動きが止まったのだった。

 

「おいっ!スパイダー!!ちんけな試合してるんじゃねぇよっ!!!」

 

 ドスの利いた声が会場に響き渡る。黒いマスクに全身黒づくめの巨体がいつの間にかリングサイドにそびえたつ。圧倒的存在感に会場の目が惹きつけられる。JLW、いや、現在の日本の女子プロレス界のトップヒールともいえるブラックカイゼルが現れたのだった。

 

「そしてオマエ!!アイドルか何だか知らねえが、無様な試合しやがって!!!プロレスをなめんじゃねえよっ!!!」

 

 今度はロープをくぐろうとした由香梨を指さし叫ぶ。硬直したまま立ち尽くす由香梨。

 

「オマエ、ホントにプロレスやる気あんのかよっ!!!」

 

 これまでは試合上ではほとんど接点のなかった二人だが、珍しくしつこく由香梨に絡んでくるブラックカイゼルの姿に会場が驚きに包まれる、が、その後の由香梨の言動に会場中が大きく沸き立ったのだった。

 

「なめてなんかないわよっ!わ・・私だって一人前のプロレスラーよっ!!その・・・証拠に・・・・わ・・・私と試合をしてくださいっっ!!!!」

 

 いきなりマットにひざまずき、頭を下げる由香梨。一瞬呆気にとられ、そして大歓声とともに沸き立つ会場。

 

「なんだとぉ!このチビがぁ!!」

 

「お願いです!試合をしてくださいっ!」

 

 さらに頭を下げ土下座する由香梨、しばらく沈黙が続く。

 

「・・・・・・面白れえ、オマエが本気かどうか、見せてもらおうじゃねぇの!!」

 

「ありがとうございますぅ!」

 

 さらに頭をマットに擦りつける由香梨、そして会場が大歓声に包まれたのだった。

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