「デスマッチ」(第三話)
「いよいよ始まったな」
スポーツ紙のプロレス欄を見ながら宅見営業本部長がつぶやいた。すでにマスコミにも、そして関係する会社等にも手を回している。後はこのアングルが成功するかどうかは当の本人たちの活躍次第になった。
「響子を呼んでくれ」
事務員に伝えると宅見は小柄な身体を深々と大きな椅子に埋めた。そして個室の扉がガシャリと閉められた。
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「高田クン! 調子はどうだね。」
道場での練習中、一息入れていた由香梨に宅見が話しかける。宅見が道場に姿を現すことは珍しい事ではなかったが、それでも突然の重役からの言葉に緊張の色を隠せない。
「やっぱり緊張しているか? まぁ大丈夫だから。響子は強いだけじゃなくて上手さでも天下一品だ。今度の試合は大船にでも乗ったつもりでやればいい。」
「あ・・・・はい・・・」
「期待してるぞ。あ・・・それから手合わせはしておいた方がいいな。」
「え・・・・あ・・はい・・・」
由香梨が我に返る頃にはすでに宅見の姿は消えていた。戸惑いながらも、しかしもう一度気持ちを入れなおし、再びトレーニングマシンに向かうのだった。
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「由香梨!道場へ来な!」
試合もあと数日後となったある日、由香梨は響子に道場に呼び出された。次の対戦相手でもあり、団体の重鎮ともいえる格上のレスラーからの突然の呼び出しに、不安を隠しきれないまま道場へ向かう由香梨。ジャージのまま道場に入ると、一足先に同じくジャージ姿の響子が立っていた。もちろんブラックカイゼルではない、ノーメイクの姿だ。
「お・・・おはようございます!!」
深々と礼をする由香梨、一瞬厳しい目を見せた響子だったが、すぐに表情が和らいだ。
「何緊張してるんだい! 別に大したことじゃないよ。あの禿チャビンがやれやれってうるさくてな。」
「・・・って・・もしかして・・・手合わせ・・ですか・・」
「別にそんなもの必要じゃないよ。ただ一言言っておきたいことがあってな。」
「は・・はいっ・・」
「今度の試合は一方的にいくからな。しっかり受け身だけやってくれ。大怪我されたらこまるからな。」
「はい・・・お・・お願いしますっ!」
「あまり深く悩まなくていいからな。こっちのやるようについてきてくれさえすればいい。後はいつものように得意の『演技』をしてくれたらいいから。上手くつくってやるからよっ。」
「あ・・ありがとうございますっ!」
「それだけだ。楽しみにしてるよ。」
「はいっ・・・よろしくお願いしまっす!!」
深々と礼をしたままの由香梨。道場の扉を開きながら響子は由香梨の方に振り向き声をかけた。
「おっ、そうだ。由香梨はジュースは初めてだったか?」
「え・・・はい・・・」
「そうか、まぁ覚悟しときな・・・・な〜んて、心配すんなって、上手くやってやるから。ハハハハ・・・」
高らかに笑いながら立ち去って行く響子を由香梨はじっと見送っていたのだった。
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そして試合当日、由香梨はロッカールームで着替えていた。この試合の話題性もあって、会場は満員御礼、すでにかなりの盛り上がりをみせている。そんな喧騒が漏れ聞こえるロッカールームの中で、由香梨は試合にむけて気持ちを高ぶらせていた。
ジャージと下着を脱ぎ、コスチュームを身につける。例のビキニタイプのコスチューム。しっかりと装着すると、しばし大きな鏡に映った自分の姿をじっと見つめる。コスチュームがほとんど水着のビキニと変わらない形でもあり、健康的とはいえくびれたウエストに腕などもそれほど筋肉質ではなく、知らない人が見ればプロレスラーではなくグラビアアイドルとしか見えないような由香梨の美しい身体が映し出されている。
「ジュースか・・・・とうとうこの身体も傷モノにされちゃうのか・・・・誰かお嫁にもらってくれるのかな・・・」
自分の身体を見ながら一瞬溜息をつくも、すぐに口元を引き締める。
「そんな事関係ない、絶対強くなるんだし、今回はせっかくのチャンスなんだから・・・・よし!いくよっ!!」
自分の頬をパンパンと叩き、入場用の衣装や髪飾りを身につけた。
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「続いて30分一本勝負! ブラックカイゼル VS 高田由香梨!!!」
会場にアナウンスが鳴り響くと一気に歓声が響き渡る。
「高田由香梨選手の入場です。」
会場が暗転し、一筋のスポットライトが花道の奥を照らす。シンセサイザーのリズムがフェイドインしてくると同時に、リズムに合わせて手拍子の輪が徐々に大きくなっていく。湧き上がったところでディスコ調のテンポのいいリズムに合わせて奏でられるストリングスによるバロック調のメロディ・・・・大歓声の中、花道に現れた少女の姿を色とりどりのスポットライトが照らし出す。
肩くらいまでのストレートの黒髪を飾る派手な髪飾りがスポットライトに照らされて七色に輝く。ピンクを基調とする浴衣柄の和服をイメージした衣装に身を包み、大きな瞳をしっかりと見開き、口元を真一文字に引き締めたやや緊張した表情で、一歩一歩踏みしめるように花道をリングへと近づいてくる。そしてリングの手前で一旦立ち止まり、軽く一礼をすると、しばらくリングを見つめ、気持ちを集中させたところで一気に梯子を駆け上り、リングのロープをくぐりぬけ、会場に響き渡る声援に応えるかのようにリングを回りながら何度も拳を突き上げる。
大歓声に包まれながらリング内を一周し、青コーナー前に立ち、まず髪飾りを取り外す。その瞬間会場を覆い尽くす「ゆぅ!かぁ!りぃ!!」の掛け声、と同時に帯の結び目を自らすっと引き解き、由香梨の身体を覆っていた衣装をハラリと落とす。大歓声とともに現れるリンコス姿の由香梨、ピンクのグラデーションカラーの紐ビキニそのものと言ってもいい露出度の高いコスチュームに白いリングシューズ、形の良い胸に引き締まったウエスト、半分以上は露出したムッチリ健康的なお尻、グラビアアイドルと比べても遜色のない美しく健康的な姿に一際観客も盛り上がる。
「続いてブラックカイゼル選手の入場です。」
興奮さめやらない会場の中、リングアナの声が響き渡る。
再び暗転する会場、暗闇の中、雷鳴が響き渡り、それを合図にパイプオルガンの荘厳な調べが鳴り響く。真っ赤なレーザービームが壁面に大きく映し出されたヨーロッパの王家風の紋章の上を走りまわると、その紋章が崩れ落ちるように真っ赤な血となって流れ落ちていく。そして花道に焚かれるスモークの奥に、全身黒づくめのブラックカイゼルの巨体が現れる。真黒な甲冑風の兜をかぶり、全身を覆う真黒なマント、荘厳な音楽とスモークの中を、一歩一歩ゆっくりとリングに近づいてくる。そしてゆっくりと梯子を上り、ロープをくぐると、コーナーの前で佇む由香梨と対角線上のコーナーの前に仁王立ちになる。マントの中から太い右腕を突き出し一本指をさし頭上に高く突き上げると同時に再び鳴り響く雷鳴、そしてその右腕をゆっくりと降ろし、由香梨を指さすと、その指先から発せられる真っ赤なレーザービームが、由香梨の顔から首、胸、お腹、太ももと、由香梨の身体にまるで鮮血のラインを描くかのようにゆっくりとなぞっていく。
ブラックカイゼル入場の儀式が終わり、レフリーもリングインしリングがライトで明るく照らされる。兜とマントを脱いだブラックカイゼルは、金髪のパーマヘアにペイントされた顔の上半分を黒に銀色でふちどりされたマスクで覆い、筋肉質の大きな身体も、銀色の模様が若干ある以外は全身黒づくめのコスチュームとリングシューズに覆われている。レフリーの注意説明の間、リングの中央でにらみ合う二人・・・・身体の小さな由香梨はかなり緊張した表情ながらも、一歩も譲らずしっかりと目を見据えてブラックカイゼルを見上げるように睨み、逆にブラックカイゼルは微動だにせず仁王立ちのまま由香梨を見下ろしている。
カーーーン!!
会場内の全ての視線が注目する中ゴングが鳴り響く。しかしゴングがなってもお互い微動だにせず、小柄な由香梨と巨漢のブラックカイゼルの両極端な二人の不思議な睨み合いが続く。
「おいおいっ!!試合は始ってるぞぉ!!」
緊迫していた会場からも野次が出始める頃、由香梨は相手を睨み続けながら数日前に響子の言った言葉を心の中で繰り返していた。
『心配すんなって、上手くやってやるから。ハハハハ・・・・・・・おっとそれからよっ!最初だけ決めとこか!最初はよっ、あたしにビンタかましてみなっ!受けてやるから、思いっきりこいよっ!!!』
次の瞬間、由香梨の右手の掌がブラックカイゼルの左頬を捉えた。プロレス界を代表するトップヒールに対する無謀とも思える行動に観客席からどよめきの声が上がる。しかり会場を覆うどよめきとは裏腹に、由香梨の精一杯のビンタに対してびくとも動かないブラックカイゼル、気を取り直し今度は左手の掌が右頬に命中する。微動だにしないブラックカイゼル、さらにもう一発右の掌が左頬に、少しぐらついたかに見えたその瞬間、会場中が息をのむことになった。ブラックカイゼルの大きな右の掌が由香梨の頬を見事に捉えたのであった。
「きゃあああん!!!」
比べようもなく重たい一撃に、思わず悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ由香梨。一瞬唖然とした表情で頬を押えてマットに倒れこむが、すぐに立ち上がり、中央に仁王立ちのままのブラックカイゼルに向けてファイティングポーズをとる。じりじりと間合いを計りながら飛び上ってのドロップキックをブラックカイゼルの胸元へ浴びせる。おもわずグラつくブラックカイゼル、間髪を入れず再度立ち上がり華麗な跳躍からのドロップキックを浴びせかける由香梨、かなり体勢を乱しながらも耐えるブラックカイゼル。
「いっくぞおぉぉぉ!!」
気合いのこもった叫びとともに回わりこみ、ロープを駆け上るとコーナーのトップロープからのフライングボディプレスが体勢を立て直したばかりのブラックカイゼルに炸裂する。スピード感あふれる由香梨の攻撃にさすがの巨岩のようなブラックカイゼルもマットに崩れ落ちる。そしてそのままブラックカイゼルの左足を抱えるようにフォールの体制に入る。
「ワン!!・・・・ツー!!・・・」
さすがに簡単に返されるものの、自分より一回りも二回りも大きな相手に一歩も引かない戦いぶりに、観客席から大きな歓声が沸き起こる。
そして再びリング中央でにらみ合う二人。しかし今度はブラックカイゼルも単なる仁王立ちではなかった。隙をみながらもう一度スピード感あふれる動きでロープをクッション代わりにしながら果敢に挑みかかる由香梨、しかし今度はブラックカイゼルも機敏な動きでかわすと、反対側のロープをクッションに戻ってきた由香梨にラリアートを浴びせかけた。
「あああんっ!!」
もんどりうってマットに倒れこむ由香梨。ブラックカイゼルはすかさず由香梨の髪の毛を掴み引き上げると、脚をすくうようにボディスラムで由香梨の小さな体をマットに叩きつける。
「ぐはぁぁっ!」
受け身を取ったものの、これまでにない激しい衝撃に詰まらせた息を整える間もなく再び軽々と持ち上げられれてのボディスラム2連発。そしてまたもや髪を掴まれ引き上げられ、無防備なお腹へ重いナックルパンチが突き刺さった。
「はううぅっっ!・・・あああ・・・」
ガクンと膝の力が抜けた由香梨の腕を掴むとコーナーに向けて振り回すように投げつける。鈍い音を立てて背中からもろにコーナーバックルにぶち当たり、そのままズルズルと寄りかかるように座り込む由香梨、ブラックカイゼルは由香梨の喉元に大きな足をのせ、グリグリと踏みにじるように苦しめる。
「ああ・・あああん・・・あああ・・・・・」
由香梨の苦しげなうめき声が響く。ブラックカイゼルはさらに由香梨の顔面に足を乗せ踏みにじる。アイドル並の可愛い顔が無残に踏みにじられる姿に観客席が盛り上がる。そして由香梨の胸元目がけてフットスタンプが叩き込まれると、そのまま崩れ落ちるようにマットに倒れこんだ。苦しげに表情を歪めながらロープに逃れようとする由香梨の脚を掴んでマット中央へ引きずり、うつぶせに横たわる由香梨の背中に重たいフットスタンプが何発も叩き込まれる。
「あああっ!・・・ああ・・・うぁああっっ!!」
フットスタンプが叩き込まれる度、悲鳴と共にピクンピクンと跳ね上がる由香梨の小さな身体、ブラックカイゼルは次に由香梨の背中に馬乗りになると、由香梨の首に太い腕を回し、そのままグイっと引上げた。
「ああああああああっっ!!!あああん!!痛いっっ!!ああああ!!!痛いいいぃぃっっ!!!」
由香梨の身体が大きく弓なりに反らされる。苦痛に歪む顔、響き渡る悲鳴。しかしブラックカイゼルは容赦なく、前から見ると由香梨のお腹が全て露になるくらい大きく反らされる。身体の柔軟性には定評がある由香梨にとっても、さすがに一気にこれだけ反らされれば、激しい痛みが全身を襲い、顔を振り乱してあられもない悲鳴を上げるばかりである。
「ああああん・・・ああ・・痛いぃぃ・・・・」
「ギブアップ?」
「ああ・・・ノ・・ノーォ・・・・ああああああああっ!!!」
ブラックカイゼルは左手に持ち替えると由香梨の額の部分を掴みそのままさらに引き上げる、そしてその瞬間、右手でコスチュームから銀色に光るフォークを取り出すと、大きく振りかぶる。観客席が息をのむ。
「いやあああああああああっっ!!!あああああああっっ!!!」
2回ほど左手で覆った額の部分にフォークが叩きつけられると、そのままグリグリとこねまわす。その瞬間響き渡る由香梨の悲鳴、そして額を覆っていた左手をもう一度首のところまでずらすと、真っ赤な鮮血が由香梨の額から流れ出し、苦痛に歪む可愛い顔を流れ赤く染めていった。
「うぉおおおおお!!」
由香梨のデビュー以来初めての流血に観客席にどよめきが広がる。凶器使用を咎めるレフリーをあざ笑うかのように素早くコスチュームにフォークを隠したブラックカイゼルは、今度はナックルパンチを由香梨の額に傷口に叩きこむ。鮮血が飛び散りうめき声が上がる。さらには由香梨の髪を掴んで顔面をマットに叩きつける。何度か繰り返すうち、由香梨の顔面もマットも鮮血で赤く染めあがっていく。
「ああああ・・・あ・・・」
傷つけられた額を押えながらうずくまる由香梨の髪を掴んで再び立ち上がらせると、そのままコーナーへと引きずっていく。そしてコーナーバックルに向けて由香梨の顔を何度も何度も叩きつける。
「ああん!!ぐぁあっ!!ああうっ!!」
金具の鈍い音と由香梨の苦しげな声に合わせるかのように赤い血飛沫が飛び散る。何度となく力が抜けたようにコーナーへ寄りかかる状態になる由香梨の身体を引き上げては、さらにコーナーバックルへ額を叩きつける。そしてその横のトップロープへ由香梨の額を押しつけると、そのまま横方向へと擦りつけていったのだった。
「ああああああああああああああああんん!!!」
断末魔の悲鳴とともに顔を押えながらマットへ倒れこむ由香梨。身体を丸めるようにしながら横たわる由香梨の身体を、ブラックカイゼルの強烈なフットスタンプが何発も襲う。そして仰向け状態になったのを見計らうかのように抑え込みに入った。
「ワーーン!!・・・ツーーー!!!・・・ス・・」
「ノォォォッ!!」
その瞬間に辛うじて残った力を振り絞るかのように必死に肩を浮かせる由香梨。ブラックカイゼルはおどけたように肩をすくめるとうずくまる由香梨の小さな身体を簡単に頭上に担ぎあげ、アルゼンチンバックブリーカーを極める。
「ああ・・・・・ああ・・・・・」
柔軟性には定評があるとはいえ、由香梨の細い身体がブラックカイゼルの肩の上でギリギリと限界まで反り上げられる。真っ赤に染まった顔面から鮮血がポタポタとマットに滴り落ちていく。
「あう・・・ああああああっ!!・・・・あああっ!!」
上下に揺さぶられる毎に、苦しげな悲鳴が響き渡る。そしてそのまま後ろへ放り投げるかのようにマットへ落とされる由香梨、そのままぐったりと横たわる。
「あ・・・ああ・・・・」
必死に気迫だけで顔を上げながらロープへ手を伸ばそうとする由香梨、ブラックカイゼルは由香梨の左脚を脇に挟み込むと、そのまま片逆エビ固めに入ろうとする。
「い・・・いやあ・・・・」
必死に耐える由香梨、しかしあっという間に身体をひっくり返されると、由香梨の背中に座り込むように腰を落としたブラックカイゼルが、そのまま由香梨の下半身をひねり上げるように極めた。
「あああああああああああっっ!!!!あああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
会場に響き渡る由香梨の悲鳴、それでもレフリーの問いかけには必死に首を振って答える。ブラックカイゼルはその度にさらに締め上げる。さらに響き渡る断末魔の悲鳴・・・・・・
「ああああああああああっっ!!!!あああ・・・・ぎ・・・ギブ・・ギブ・・・・」
数分が経過したのだろうか、悲鳴の声もかすれ出してきた頃、ついに由香梨の手がマットを叩いた。
カンカンカーーーーーン!!!
ゴングが鳴り響く。技を解かれてもマットにうつ伏せに横たわったまま動けない由香梨、ブラックカイゼルは立ち上がると腕を組んで上から由香梨をじっと見下ろし続ける。
「アイドルか何か知らねえが、無様な姿だ。・・・・・・・・プロレスの真似事なんかやめて、とっとと帰んなっ!!!」
やおらマイクを取り上げると由香梨に対して厳しい言葉を浴びせかける。その言葉に反応するかのように由香梨がふらつきながらもゆっくりと四つん這いの状態まで身体を必死に持ち上げると、血まみれの顔をあげて訴えかけるような瞳でブラックカイゼルを見上げる。
「ま・・・・真似事なんかじゃ・・・ない・・・・・し・・・真剣・・・で・・・す・・・」
由香梨の大きな瞳から涙がこぼれる。
「お・・・お願い・・・です・・・も・・・もう一度・・・・た・・・闘って・・・ください・・」
そして土下座をするように顔をマットに擦りつける。ブラックカイゼルはしばらく由香梨を睨みつけると、眉を吊り上げながら由香梨の身体を蹴りつける。
「なめんじゃねぇよ!!」
哀れな姿でマットに転がる由香梨、しかし必死に再び土下座の体制になりブラックカイゼルに頭を下げる。睨み続けるブラックカイゼル、沈黙が会場を覆う。やがてブラックカイゼルがマイクを手にする。
「・・・・・本当に勇気があるのなら・・・・デスマッチで挑戦してみろ!!!」
「・・・・・・・」
しばらくの間・・・・やがて由香梨が顔を上げ、マイクを唇に近づける。
「デスマッチ・・・・やります・・・・」
観客席に歓声が響き渡る。マントを翻して由香梨に背中を向けるとゆっくりとリングを後にするブラックカイゼル。力を出し切ったように崩れ落ちる由香梨の周りをセカンドが囲む。
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「由香梨・・・なかなかやるじゃないの・・・・」
控室に戻り、マスクを脱いだ響子がつぶやいた。
「よしっ・・・」
そしてスタンドの一角では、宅見営業本部長が満足そうな表情を浮かべていた。