「ひどすぎる・・・・ゆ、許せない・・・・」

呟く香織の横には恵がひとり。未央は前の試合以来病室にはいったまま姿を見せない。
紀子も未だに意識が戻らないと言う。今は辛うじてここにいる恵も、つい最近までショッ
クで口がきけなかったほどだ。

「香織さん、もう貴女しかいない。ど、どうか・・・お願い・・・。」

 恵の言葉にうなずく香織。しかしその表情は強張ったままだった。

      ☆第7戦「野島香織 vs 怪力女」

 香織は口を一文字に結んだまま、早足で花道をリングへと進んだ。黄色の小さなビキニ
が胸のふくらみと局部をわずかに覆うのみ、同じ黄色のリボンで結んでポニーテールにし
た長い髪を揺らしながらリングへと駆け上がった。

 香織がリングに上がると同時に反対側の花道に対戦相手の怪力女が現れた。深緑のボデ
ィースーツに巨体を包み、ものすごい歓声の中を回りを威圧するかのように睨みつけなが
らリングへ歩いてくる。そして巨体に似合わず軽がるとロープを越すと、仁王立ちになっ
て香織を見下ろすように睨みつけた。

「ゆ、ゆるさない・・・」

 香織も負けずに睨みつける、緊張感の高まる中、ゴングが響き渡った。

「そりゃああ!」

 スピード勝負が原則、掴まれては勝てない。香織は怪力女の周りを素早く動き回る。隙
を見て背後から勝負をかけようとの作戦だ。しかし怪力女は微動だにしない。思ったより
動きが鈍い、そう感じた香織は渾身のローキックを怪力女の膝下めがけて繰り出した。

「きゃん!」

 しかし怪力女はそれでもびくともせず、むしろ跳ね返されたのは香織だった。しかしす
ぐに起き上がると再び怪力女の周りを動き回る。そして再び背後に回ると、怪力女の首に
飛びつき、しがみついたまま自らの体重をかけて引き倒そうとした。
 これにはさすがの怪力女もバランスを崩してそのまま倒れた・・・・と思ったのもつか
の間、実は見事なボディーコントロールをしていたのだった。ひっくり返ったように見せ
かけておいて、実は香織が逃れようとする方向へ自らの身体を預けていたのだった。

「ぐううっ! あああ!」

 香織はのしかかられた状態でマットに叩きつけられた。しかも倒れる瞬間、怪力女は巧
みにも香織の腹にエルボーを決めていたのだった。120kgの体重が見事に載ったエルボー
を腹に喰らい、香織はむせながら身体をくの字にしてのたうちまわる。

ドスン!

「ああああ・・・」

 怪力女は身軽に立ち上がり、マットを転げまわる香織の横腹に再びエルボーを喰らわし
た。

「ぎゃん!」

 香織は飛び跳ねるようにマットに叩きつけられうつ伏せに横たわる。怪力女は香織の背
中を片足で踏みつけると、ポニーテールを掴んで引っ張りあげた。

「いやあああ!いた〜い!」

 怪力女は海老反りになった香織の上半身を容赦なく引き上げる。香織の背骨がきしむ。
香織は苦痛に顔を歪めながら手足をばたつかせて必死に抵抗する。怪力女は香織の髪をつ
かんだまま、今後は香織の顔面を激しくマットに叩きつけた。

「ああああ・・・」

 何度も何度も香織の顔面をマットに打ちつける。10回も続いたとき、香織の額が割れ鮮
血が端正な顔を染める。

「ああん・・・」

 怪力女は香織の髪を掴んだまま引き上げると自分の方を向かせ、渾身のパンチを香織の
腹に浴びせ掛けた。

ドボッ!

「あううっ!」

 ささくれだった拳が香織のへその辺りにめり込む。血の混じった痰を吐き出す香織。怪
力女はさらに香織の白い腹と、へそ下の柔らかく膨らんだ下腹部をめがけて激しいパンチ
を連続して浴びせ掛ける。

「あああああん・・・・」

 力が抜けマットに膝をつく香織。怪力女はうな垂れる香織の下腹部を太く重いつま先で
蹴り上げた。

「あああん!」

 香織は空中で半回転し背中からマットに落ちる。間をあけず仰向けに横たわった香織の
腹を大きな脚で踏みつけこね回す。そして香織の腹に乗せた脚を軸足に飛び上がると、香
織のへその下のあたりをめがけて120kgのフットスタンプを浴びせた。

「あぐう!」

 腹を押さえながらくの字になって必死に腹をかばう香織。顔が苦痛にゆがむ。しかし怪
力女は無情にも香織を仰向けに戻すと何度も何度も腹を踏みつけた。

「ああああ・・・・」

 もはや気を失う寸前の香織、しかし怪力女の容赦ない腹攻撃にも必死の思いで耐えつづ
ける。香織はふらつきながらも立ち上がった。

「ぐうう!」

 しかし怪力女は容赦しない。立ち上がった香織の髪を掴んで引き付けながら、腹に膝蹴
りの5連発。さらに力のこもった膝蹴りを香織の股間に浴びせ掛ける。続いてパンチの嵐
が香織の腹に襲い掛かる。香織はなすがままに打たれつづけ、コーナーにぐったりとより
かかった。

「ぐう!ああん!あうっ!ぐあっ!あああ!ああん!」

コーナーに寄りかかる香織に激しい責めの数々が襲い掛かる。怪力女は香織の顔面、胸、
腹、下腹部、股間・・・あらゆるところに激しいパンチを浴びせ掛ける。もはや香織は単
なるサンドバッグ状態とかしていた。何十発ものパンチを身体に受け、顔面を血まみれに
しながら倒れていった。

 しかし今日の香織は気合の入れ方が違っていた。もはや限界を超えているはずなのに再
び立ち上がる。意識は完全に朦朧としているものの、打たれても打たれても、倒れても倒
れても立ち上がってきた。そんな状況に怪力女も困惑の表情を隠しきれない。

「ま、ま・・・だ・・・」

 ふらつきながらも立ち上がってくる香織。怪力女はリングサイドに軽く合図をすると、
控えていた別の選手から3本の蛍光灯を受け取った。そして3本をひとまとめに握って振
りかぶると、香織の胸から腹をめがけて叩きつけた。

「いやあああ!!」

 香織の身体に直撃した蛍光灯は激しい音を立てて粉々に砕け散る。破片のうちいくつか
は香織の柔肌に突き刺さり、白い身体を血に染める。残りの破片は白いマットの上を覆っ
ていく。

「あああああああああ!」

 怪力女は何本も何本も蛍光灯を受け取っては香織の頭、背中、胸、腹、身体中を叩きつ
ける。いつのまにか30本近くの蛍光灯が香織の身体に叩きつけられ、無数の破片がマッ
トを覆っていった。そして怪力女はさらに3本の蛍光灯を受け取ると、ぐったりと四つん
ばいになった香織の背中をめがけて叩きつけた。
 香織の背中の上で蛍光灯が砕け散る。背中が鮮血に染まっていく。香織はそのままマッ
トを覆う蛍光灯の破片の上にうつ伏せに倒れこむ。そして怪力女はそんな香織の背中にド
スンと足を載せると、香織の身体を蛍光灯の破片に擦りつけるように激しく揺り動かした。

「きゃあああああああああああ!!」

 香織の悲鳴が響き渡る。マットの上の無数の蛍光灯の破片が、剥き出しになった香織の
腹に突き刺さり、その柔肌を引き裂いていく。一部は薄い布地をも引き裂き、香織の丸い
二つの膨らみをも傷つけ、黄色の三角形の布を赤く染めていった。

「ああ・・・・あああああ・・・」

 怪力女はぐったりとした香織を仰向けにひっくり返すと、血に染まった腹に足を載せ、
さらに背中を傷つけていく。白いマットの上の赤く染まった部分がだんだん広がっていく。

「あん・・・・・ああ・・・」

 もう完全にぐったりと横たわった状態の香織。怪力女はにやりと笑うと、香織の胸のビ
キニを引きちぎろうと手を伸ばす。全く抵抗できない香織。怪力女は三角形の黄色い布地
に手をかける。その瞬間だった。怪力女がふいにふらつき、尻餅をつく。

 一瞬の出来事だった。花道からトップロープまで一気に駆け上がった白いビキニ姿の少
女が怪力女の後頭部に飛び蹴りを食らわせたのだった。

「め・・・め・・恵・・」

「香織さん!今のうちに!」

 香織は難を逃れたものの、怪力女へのダメージは十分ではなかった。怪力女はブルブル
と数回首を振り、すぐに立ち上がった。但し彼女の冷静さを奪う効果はあったようだった。
怪力女はこれまでの攻撃を忘れたかのように、ものすごい形相で思わぬ闖入者の方へと歩
み出した。そしてその闖入者、深田恵の腕を掴んで引っ張りあげると、ものすごい勢いで
まだ前回の試合でうけた傷跡も痛々しい恵のボディーに激しいパンチの連打を打ち込んだ。

「香織さん!早く!!あああああ!」

 今は怪力女の意識から自分は消えている。今がチャンス・・・・頭の中では香織は分か
っていた。しかしあれだけのダメージを受けた身体はなかなか言うことを聞いてくれない。
香織の頭の中で未央や紀子、恵の顔が浮かび上がる。意識はロープへ駆け上っている、が
身体はマットに横たわったまま。香織は必死に手足を動かそうとした。

「か、香織さん・・・・・」

 怪力女は容赦なく恵を痛めつける。口から血混じりの痰を吐き出し、サンドバッグ状態
の恵、しかし瞳だけはしっかりと香織のことを見つめていた。

「ま、負けない・・・・」

 香織の身体がゆっくりと動き出した。信じられないような力が湧きあがる。観客も信じ
られないような顔をして静まり返る。香織はよろよろと立ち上がると、一歩一歩コーナー
へ歩みを進める。裸足の足が蛍光灯の破片を踏み抜き、血が流れ出しても、まったく表情
を変えずに香織はコーナーへたどり着き、一段ずつロープを上る。

「こら!怪力女!お前の相手はそっちじゃない!後ろだ!」

 リングサイドから声がかかる。しかし怪力女は完全に冷静さを失っていた。香織には目
もくれず、恵を血祭りにあげる。身体中を腫らしながら半分気を失っている恵。こちらも
気力だけで辛うじて自分を支えていた。

「か・・・香織さん・・・・」

 香織がコーナーのトップロープに立ち上がる。スポットライトに神々しく照らされる血
まみれの美少女。香織の視線はただ一点、背中を向けている怪力女の後頭部だけを狙って
いた。
 
 怪力女はさらに恵を殴りつづける。にらみつける香織。観客も静まりかける。そして香
織は膝とロープをばねに反動をつけると宙に待った。華麗な軌跡。香織は宙を舞いながら
身体をひねると、両足を揃えて甲まで伸ばす。全ての神経を集中させた足先は鋼と化し、
絶妙のタイミングで、絶妙のボディーコントロールと共に怪力女の後頭部に直撃した。

「・・・・・・・」

 怪力女が振り向いたかに見えた。しかしそれもほんの一瞬のことであった。怪力女はま
るで崩れ落ちるかのようにマットの上にその巨体を沈めたのであった。

「あう・・・・・」

 全ての力を出し尽くした香織も同様に蛍光灯の破片と血にまみれたマットに倒れ落ちた
まま動かない。両者動かないまま、会場は静まり返る。

 まったく動きの無いまま、数分間が過ぎた。香織の血まみれの背中がピクリと動くと、
やがてゆっくりと持ちあがり、そして立ち上がった。例の鋲付バイブが放り込まれる。香
織はそれを手にするとゆっくりと怪力女に近づき、しばらく睨みつけた。

「・・・・や、やれるものなら・・・・やりな・・・さいよ・・・」

 目は開いたものの動くことの出来ない怪力女が呟く。香織はなおもバイブを持ったまま
睨みつけていたが、やがてそのバイブをリングの外へ放り投げた。

「あんたも女でしょ・・・」

「お・・おんな・・・・」

 怪力女の目から涙がこぼれる。香織はそれに背を向け、リングサイドに陣取るバッファ
ロー斎藤を睨みつける。

「・・・・・・・」

 無言のにらみ合いが続く。誰一人として微動だにしない緊迫した時間が流れる。

「ゴング!」

「えっ?」

「ゴングだ!」

 バッファロー斎藤の低い声が響き渡る。一瞬遅れて会場にゴングが響き渡った。その瞬
間弾けるかのように静まり返った会場が大歓声に包まれる。誰が用意したのか座布団が舞
う。 

「恵・・・ありがとう」

 香織はぐったりとしながらも笑顔で涙を流す恵を抱きかかえるように起こすと、再びバ
ッファロー斎藤の前に立つ。

「約束よ。私達4人を解放して!」

 バッファロー斎藤はガウンを2着投げ与える。

「約束だ。早く消えな。」

「未央と紀子は」

「大丈夫だ。今のお前たちじゃ彼女等まで一緒に連れては行けまい。私が責任を持って開
放する。」

「信じられないわ・・・」

 恵が不安そうに呟く。

「大丈夫よ恵。バッファローさんは大丈夫。バッファローさん! 約束よ!」

「ああ。お前らも早く行きな。ここにはややこしいのが沢山いるからな。」

 バッファローはそばにいた部下の男に案内を命じる。

「し、しかし」

「いいから言う通りにしろ!」

 バッファローの声が響き渡る。

「恵、行くよ。」

 香織はガウンを羽織り、恵に肩を貸しながら男の後に続く。

「それから香織、お前強くなったよ。」

「バッファローさん・・・・」

 香織が通り過ぎるときに一瞬見せた表情は香織の記憶にもある優しい表情だった。しか
しあっという間に厳しい表情に戻ると、大声で叫んだ。

「いいか! 彼女らをちゃんと送り出さなかったら承知しないぞ!」

 香織は一度も振り向かず、この悪夢の会場を後にした。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

「元女子プロレスラー射殺体で発見」

○○日午後11時頃、△△町大字◇◇の竹やぶで女性が死んでいるのを車で通りかかっ
た男性が発見し、警察へ通報した。
 殺されていたのは元女子プロレスラーで現在はタレントの斎藤佳壽子さん(33)。斎藤
さんは胸など数箇所を拳銃で撃たれ即死の状態。警察では殺人事件として捜査を開始した。
斎藤さんは暴力団関係とも交友があるとの噂もあり、警察では関連も含めて調査している。
 斎藤さんはバッファロー斎藤のリングネームで悪役として活躍。一時はブームも引き起
こした。引退後はタレントとしてTVなどで活躍していたが、1年ほど前から一切のスケ
ジュールをキャンセルしていた。


  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

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