宮嵜宣子に圧勝した結城真緒美は呼吸を整えてからほどなく青コーナーに戻る。
試合会場のタイマーは15分にリセットされた。
次の対戦相手が赤コーナーへ姿を現す。白い競泳水着を着た仔林麻耶だ。
妹の麻央がドミネーション同然のリンチ制裁を受け、
地下リングで惨敗を喫したときに妹がきていた水着を着ようとも考えたが、
妹の方が体格が大きく自分のサイズに合わずそれにボロボロになっていたため、
自分のサイズに合わせた同じデザインの水着を着ることにした。
「お姉ちゃん、負けないからね」
こうつぶやいてリングイン。そして、リング下に改めて視線を送る。
視線の先にはセコンドの麻央だ。不安に満ちた表情をしている。

麻耶こそ真緒美にとって短時間で圧倒してやりたい相手だった。
実は、真緒美と麻耶は同じ放送局の試験を受験しており、麻耶だけ合格している。
そして、麻耶の後輩である青樹裕子が
何一つの苦労をせずにアナウンサーになれたと自慢げに真緒美の前で語ったことについても恨みを抱いていた。
だからこそ、麻耶を圧倒したいというのだ。
 
麻耶にも麻耶なりの思いがあってがリングに上がった。
会社を辞めてまで念願の報道系番組のキャスターの座をいとめたのに番組は大コケ。
その責任は麻耶ひとりに擦り付けられてしまい、仕事が大幅に減った。
そこで、妹も上がったことのある地下リングを名誉挽回の舞台に選んだわけだ。
妹は味わった苦しい思いを姉が味わうことに賛成できない。
しかし、姉の信念に満ちた表情を見た妹は姉の背中を押した。

無言のにらみ合いが数秒続いたあと、レフェリーが割って入る。
そして、ゴングが鳴ったとともにタイマーが動き出した。
タックルをいきなり繰り出すことはない。お互い距離を取り合っている。
先に手を出したのは・・・麻耶だ。真緒美のすねにローキックを一発。真緒美は弾かれた様な表情を見せる。
1試合目では宣子がほとんどガードするようなそぶりも、組み合おうとするようなそぶりも見せることがなかった。
だから真緒美は早々に先制攻撃ができた。
しかし、妹の麻央とプロレスの練習をしていたこともあり麻耶の構えは堂に入っていた。
だから、真緒美は麻耶に先制攻撃を食らわすことができなかった。
ただ、麻耶の攻撃はあまり効いていない。
麻耶が2発目のローキックを放とうとしたときに真緒美はあっさりとよけた。振り向きざまに麻耶をロープにふる。
そして水平チョップが摩耶のあまり大きくない胸に命中した。それでも麻耶は倒れない。
顔をしかめてはいる。その後も真緒美は何発もチョップを繰り出すが麻耶は歯を食いしばりたち続ける。
反撃のタイミングを伺う暇はない。ただただ耐えている。
真緒美は切り替えてロープに麻耶をもう一度振らせたが、麻耶はタイミング良く自らの体を投げ出した。
真緒美にとっては不意打ち。意識しない一撃が入り、真緒美の背中はマットに叩きつけられた。
麻耶は真緒美の長い髪をグイとつかみ、たたせる。真緒美は下から麻耶をにらみつけ、張り手を一発!
麻耶は両足で踏ん張る。真緒美は何度も攻撃を加えるが、ただただ麻耶は踏ん張る。
痺れを切らした真緒美は麻耶を両脇から抱えあげる。
そこをチャンスと見たか、麻耶は彼女らしい「ぶりっ子」の笑顔を見せて真緒美に頭突きを食らわした。
真緒美は思わず両膝をついた。頭から血が垂れるようなことはなかったが、くらくらしてたてない。
麻耶はかまわずサッカーボールキックでまおみを転がす。
摩耶の表情は「ぶりっ子の笑顔」から「悪魔の笑顔」にすっかり変わっていた。
もうしばらく真緒美を転がし続けようと思ったが、遠くから誰かの声が聞こえる。
「時間ないから、もう押さえちゃって!」麻央だ。
ゴングを聞いてから10分が過ぎている。
真緒美が息絶え絶えになっているようなところで無駄に体力を使うわけにはいかないと麻央は考えた。
麻耶は声のする方向に顔を向けると麻央の訴えかける顔が見えた。思い直して真緒美を押さえ込む。
1・2・・・・真緒美ははっと立ち上がった。
「やってくれたわね・・・。今度は私の番」
真緒美は麻耶と違い、相手をにらみつけた。笑みを浮かべていた摩耶を心から憎く思っているようだ。
麻耶を両脇から高々と持ち上げ、勢いよくたたきつけた。
ボディスラムでマットに背中をたたきつけられた麻耶は息ができず苦しい表情を浮かべる。
かまわず真緒美はもう一度ボディスラムを麻耶に食らわす。
背中を打ち付けられた麻耶の体はポーンと弾む。 
すぐさま真緒美が押さえ込んだ。摩耶が抵抗することなく3カウント奪った。
締め技がまったく見られない打撃戦は12分40秒続いた。
麻耶はリングの上では全く意識が戻らないまま、担架でリングの下におろされる。
妹は目線を担架に乗せられた姉に合わせるので精一杯になっていたか、言葉も表情を失った。
勝ち名乗りを受けた後すぐに真緒美は両手を膝に当てた。息は荒くなかなか整わない。

そんな状態にも関わらず最後の一人がリングインする。
そう、「台場の絶対女王」と呼ばれる世代最強の彼女が。


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