プロダクションバトル その2

 
 ここは都内のレコーディングスタジオ。この日スタジオではガールズユニットpeachのレコーディングが行われていて、そのメンバーの中に女優兼グラビアアイドルの局山えりの姿があった。


 peachとは大須賀プロモーションに所属するグラビアタレント集団、グラビアガールズのメンバー八人の中から選ばれた四人によって結成されたユニットで、メンバーは局山えり、北河弘美、石橋那美、小林香奈の四人。今後CDリリースを始め、色々な活動が予定されていた。


 この日のレコーディングも、和気あいあいとしたムードの中順調に行われ、四人とも自分達のCDが出来上がるのが待ち遠しくてしょうがないといった様子である。しかしえり以外の三人は表面上とは裏腹にそれぞれに悩みを抱えていた。そしてその原因は三人共同じものであった。
 

 
 このレコーディングの数日前、メンバーの北河弘美は地下プロレスでブルーキャブのタレント達に屈辱的な目に遭わされていた。弘美は同姓の北河友美と対戦し、試合で惨敗した挙句に乱入してきた大池栄子、佐藤江利子の手によってリング上で全裸にされてしまったのだ。


 そして石橋那美と小林香奈も、弘美が地下プロのマットに上がる以前に、同じように地下プロレスでブルーキャブのタレントと対戦、那美は河合かおりに、香奈は矢幡悦子に敗れ、弘美のように全裸にはされなかったものの、セコンドについていたタレント達に袋叩きにされている。


 このように弘美、香奈、那美の三人は同様に地下プロレスに上がり、そこでひどい目に遭わされたという事、そしてそれがいまだに尾を引いているという事で共通していた。特にその中でも弘美は、地下プロ参戦からまだ日が浅く、裸にまでされていたので他の二人に比べ、そのショックの度合いも大きかった。


 そんな悪夢を振り払うべく、三人はそれまで以上に仕事に没頭し、表面上は明るく振舞っていたのだが、三人と共に行動しているえりは、彼女たちの異変を感じ取っていた。


 peachの四人の中で唯一、えりだけは地下プロレスに参戦していなかった。そしてえりは他の三人が既に地下プロレスを経験している事、そこで悲惨な目に遭っていた事も、この時点では知らなかった。


 ただここ最近peachのメンバーの様子がおかしい事に気づいていた。顔に青あざを作っていたり、どこか怪我をしていたり、仕事の合間に憂鬱な表情を見せていたりと、状況はそれぞれ違っているものの、えりは自分の知らないところで何かが起こっているのでは、とおぼろげながら感じていたのだった。



 「お疲れ様でしたあ!」


 レコーディングも無事終了し、peachのメンバーの顔は充実感に満ちていた。リラックスした様子でメンバーが談笑していると、プロデューサーがやってきて彼女達にねぎらいの言葉をかける。
 レコーディング中とは打って変わって、スタジオは完全になごやかムードになっていたが、プロデューサーの何気ない一言がメンバーの表情を一変させる。



 「ほら、そういえばこの前ブルーキャブの子達がCD出したじゃない。XCTだっけ?」


 XCTの名前が出た瞬間、それまで笑顔を見せていたえり以外の三人の表情が一斉にこわばった。XCTとはブルーキャブに所属するグラビアアイドルが組んだユニットで、peachより一足先にCDデビューを果たしていた。


 「どう?おんなじグラビアアイドルとしては負けられないって感じ?」


 プロデューサーが冗談ぽくそう続けると、三人は平静を装うように矢継ぎ早に言葉を返す。


 「そうですね!」

 「私達のライバルだよね!」

 「XCTに、負けるかー、オー!」

 最後に那美がそういって握りこぶしを上げると、弘美と香奈も続いてこぶしを上げる。そして一番最後にえりがためらいながらこぶしを上げると、スタジオ内が笑い声に包まれる。
 この後四人はプロデューサーに礼を言い、スタジオを後にした。



 スタジオを出た四人は、那美と香奈、弘美とえりの二手に分かれた。
 弘美と二人になったえりは、さっきスタジオで自分以外の三人が、XTCの名前を聞いた時に見せた暗い表情が心に引っ掛かっていた。


 「ねえ、弘美ちゃん。」

 「ん、何?」

 えりに声をかけられ、振り向いた弘美は最初は笑顔だったが、えりの心配そうな表情を見て一瞬表情を曇らせる。


 「あ、あの…ごめんね。この前。」

 「えっ?」

 「ほら、約束ドタキャンしちゃって…」

 えりはXCTの事を聞くつもりだったのだが、弘美の不安そうな表情を見て、とっさに別の話題にした。


 「ああ、だってしょうがないじゃない。えりちゃん急の仕事が入っちゃったんでしょう。そんな謝ることないよ!」

 謝るえりに笑顔で答える弘美。その後も他愛も無い話が続き、結局えりは肝心な事を聞かないまま、弘美と別れた。



レコーディングの日から数日たったある日の事、えりは都内のある場所で雑誌の取材を受けていた。peachの活動やドラマ出演等、忙しい日々を送るえりはレコーディングの時の他のメンバーの異変の事を半分忘れかけていた。 
 しかし取材が終わった後、その事を思い出させる人物が、えりを待ち構えていた。



 『あの子って確か…』


えりの前に姿を見せたのは、ブルーキャブ所属のタレント、根元はるみであった。現在人気ナンバーワンのグラビアアイドルで、先日のpeachのレコーディングの時に話題に出た、XCTのリーダーでもある。えりは、はるみとは初対面だったが、売れっ子グラビアアイドルだけに顔ぐらいは知っていた。


 「はじめまして。peachのリーダーの局山えりさん。私、XCTのリーダーの根元はるみです!」

 えりに歩み寄りながら自己紹介をするはるみ。言葉は丁寧だが、その言い方と態度は明らかに挑戦的であった。
 

「あっ、どうも…」

 えりははるみが突然自分を尋ねてきた事に戸惑っていた。しかしそんなえりに構う事無く、はるみは用件を切り出した。


 「あのね、栄子ちゃんから頼まれたんだ。これをあなたに渡すようにって。」

 「栄子ちゃんって大池さん?」

 「そっ!大池さんから局山さんに!」


 はるみは、えりの丁寧な言葉遣いをからかうようにそう言うと、持っていた紙袋をえりに渡した。中には一本のビデオテープが入っていた。


 「これは…」

 問いかけようとするえりをさえぎるように、はるみは言葉を続ける。

 「他の人には見せないように!これが大池さんからの伝言。というより、多分他の人には見せられないんじゃないかなあ…」

 含みのある言い方をするはるみは、明らかに悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「あの…」

「あ、あたし仕事あるから、これで失礼するわ!」

 はるみは再び問いかけようとするえりを無視して踵を返すと、えりを残して歩き始める。

 「ちょっと!?」

 「ちゃんと最後まで見て下さいね!」

 はるみは背を向けたまま、えりの方を振り返らずにそう言い残してその場から立ち去った。




仕事を終え、自分のマンションに帰ったえりは、早速はるみから渡されたビデオテープを見る事にした。
 最初に画面に映し出されたのは、えりにこのテープを送ってきた大池栄子だった。



 「局山さん、見てますか?大池栄子です。今回、局山さんにどうしても見て欲しい物があったので、こんなビデオを作って見ました。必ず最後まで見てくださいね!」

 栄子の挨拶が終わった後、ビデオに映し出された光景を見てえりは愕然とした。



 「何よこれ…」

 それはえりと同じ大須賀プロモーションのタレント達が地下プロレスのリングで痛めつけられているシーンのダイジェストだった。相手は全てブルーキャブのタレントで、みんな同じようにフォール、ギブアップをした後に、ブルーキャブの数名のタレント達に袋叩きにされていた。


 「どうしてこんな事を…」

 えりは自分の仲間達が酷い目に遭わされているのを見て言葉を失っていた。そしてビデオはさらにショッキングなシーンを映し出す。


 「弘美ちゃん?」

 ビデオは一番最近行われた弘美の試合を映していた。弘美がギブアップした後、栄子達が出てきてマットに這いつくばっている弘美に声をかける。


 『そういえばさあ、アンタのところに局山っているでしょう?』

 いきなり自分の名前が出て来た事に驚くえり。しかしその後の弘美と栄子のやりとりを聞いて、えりはさらにショックを受ける。

 『えりちゃんは・・・優しい子だから・・・こんな野蛮なことさせられない・・・』

 『何、聞こえないわよ!』

 『えりちゃんはアンタ達みたいな下品な女じゃないっていってんのよ!』
 


 「弘美ちゃん…」

 えりは弘美がこの状況の中、その場に居合わせていない自分の事をそう言う風に言ってくれた事が嬉しかったが、それ以上に心を痛めていた。しかしブルーキャブの連中はそんな弘美に容赦無く襲い掛かっている。


 『ねえアンタ、試合で何にもできなかったんだからさあ、少しはお客さんを楽しませていったら?』

 ビデオの中では栄子が冷ややかに笑いながら、弘美に声をかけている。その光景にえりは嫌な予感を覚える。
 

 「まさか…」

 えりの嫌な予感は的中し、ビデオの中の弘美は水着を脱がされて一糸まとわぬ姿にされてしまう。


 『いやああああっ!』

 悲鳴をあげる弘美のあられもない姿を、えりはもはや直視する事ができず、頭を抱え込んでうつむいてしまう。しかしそんなえりの耳には栄子の罵声と弘美の悲鳴が容赦無く聞こえてくる。


 「もうやめて、お願い!」

 頭を抱えたままそう叫ぶえりの前の画面には、リング中央で全裸で横たわる弘美の姿が映し出されていた。
 


 「どう、楽しんで頂けたかしら?局山さん。」

 画面から聞こえる栄子の声に反応し、顔をあげるえり。試合のダイジェストが終わり、VTRは最初と同じように椅子に座って話す栄子の姿を映し出していた。

 「ねえ、あなた一体どう言うつもりなの?仲間がこんな目に遭っているのに、よく平気でいられるわねえ。」

 VTRの栄子は乾いた笑みを浮かべながら、画面の前のえりに語りかけてくる。

「そんな事言われても・・・」

 思わずビデオの栄子に向かって言い返すえり。しかし実際のところ、えりはビデオを見て初めて地下プロレスの事を知ったのだから無理も無いところだろう。実はこれまでえりに地下プロレスの話が来なかったのには理由があった。



 peachのリーダーを努めるえりは、持ち前の優しい性格で、他のメンバーやスタッフ達にも非常に好かれていた。
 ブルーキャブから大須賀プロに地下プロの話が来て、peachのメンバーがリングに上がる事に決まった時、たまたまえりは別の仕事が入っていてその話を聞いていなかった。もしその事をえりが聞いていたらリーダーの責任感から、まず自分が上がると言い出したに違いない。

 しかし他のメンバー達はえりに地下プロの事を話さなかった。自分達が好きなえりに、地下プロレスのような事をさせたくなかったのだ。社長もそんなメンバー達の意思をくみ取り、えりにだけはこれまで地下プロレスの話がされなかったのだ。
 


「まあ局山さんはそんな人じゃないわよねえ。聞いたでしょ?『えりちゃんにこんな事させられないわ』だって。あんまり泣かせる事言うから、あの子だけ大サービスですっ裸にしちゃった。お客さん喜んでたわよ〜!」


 レコーディングの日の帰り、弘美が見せた悲しそうな表情がえりの脳裏をよぎる。そんな弘美の辛い出来事を、全く悪びれる様子も無く語る栄子に対して、普段穏やかなえりもさすがに怒りを覚え始めていた。


 「ねえ、局山さん。あなたもひょっとして大須賀だからっていい気になってない?さっき出てたコ達も勘違いしてるといけないと思って、アタシ達がお灸を据えてあげたの。わかってるでしょ?」

 栄子の身勝手な言い草に、えりは唇を震わせて怒りを現わしていた。試合シーンでは目を背けていたえりも、ビデオの栄子の態度にはさすがに我慢ならないと言った様子である。


 「大須賀っていっても、みんなが知ってるのは、米蔵ってオバサンと、T大いってたっていうだけで仕事もらってる菊河って女だけ!アノ二人仲悪いんだってねえ!あとあのコ、何だっけ?ほら、全然視聴率が取れないコ・・・そうそう、上戸とか言うコ。その三人だけでしょう?他のコなんて誰も知らないっつーの!」

 挑発的な言葉を繰り返す画面の中の栄子。この時、えりの中でブルーキャブに対する確かな敵意が芽生えていた。
 

 「局山サン、リングに上がってくれるわよねえ。これアタシの勘だけど、アナタさっきの子達よりも全然強いでしょう。うちのコみんな退屈しちゃってるから、ちょっとは楽しませてよね!あんまり待たせると、さっきの弘美ってコのビデオ、関係者にばらまくわよ!でもアノ子そんな有名じゃ無いから、対した話題にはならないかなあ。ねえ、どうせなら、米蔵サンか上戸って子も連れてきなさいよ!大須賀プロのプライドに賭けても負けられないんです、とか言ってさ。待ってるわよ!キョ、ク、ヤ、マ、サン!」


 不敵な笑みを浮かべた栄子のアップを最後に、ビデオは終わっていた。何も映し出してない画面をじっとみつめるえり。しかしその頭の中は、既に対ブルーキャブの戦闘モードに突入していた。

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