プロダクションバトルその3



大須賀プロモーション所属の人気女優、上戸綾は都内のスポーツジムに来ていた。

 「ショニ〜ン!」

 綾は友人である歌手のショニンの姿を見つけると、大きな声で彼女の名前を呼び、嬉しそうに近づいていった。

綾がこのスポーツジムを訪れるようになったのは、ドラマで共演して以来の友人であるショニンが、このジムで肉体改造に取り組んでいる事を知ってからであった。

 綾とショニンはとても仲が良く、ドラマの撮影の合間も良く二人でじゃれ合っていた。
 そしてある日、綾はショニンの二の腕が異様にたくましいことに気づき、そこで初めてショニンの肉体改造の事を知ったのだった。



ショニンは元々『A.A.YOUNG』というユニットでデビューしていた。

 A.A.YOUNGとは、関西出身の売れっ子プロデューサーすんくが仕掛け人のユニットで、関西弁の「ええやん」という言葉をもじってその名をつけられていた。
 メンバーはショニンともう一人、幽鬼という少年の二人で、幽鬼は姉が国民的アイドルグループ猛娘のメンバーという、いわゆるサラブレッドであった。

 A.A.YOUNGはデビュー直後は特別パッとしなかったものの、シングルをリリースする度に着実に売上げを伸ばし、人気アイドルの仲間入りを果たす。
 しかし順調に来ていたA.A.YOUNGも、メンバーの幽鬼が仕事をボイコットするという不祥事を起こし、活動休止を余儀なくされる。

 その後幽鬼の謹慎が解け、A.A.YOUNGは活動は活動を再開するが、またも幽鬼が、今度は未成年のくせにキャバクラに行っている所を写真誌にスクープされ、芸能界引退に追い込まれてしまい、A.A.YOUNGは解散することになった。

 解散後、ソロになったショニンはそれまでとはうってかわってセクシー路線で勝負するようになり、衣装もかなり露出の多い物を着る様になった。そこで自分の体型を気にしたソニンは話題作りも兼ねて、肉体改造に乗り出したのだ。



 「あやーっ!」

 綾に気づいたショニンは満面の笑みを浮かべると、近づいてきた綾とふざけ半分に抱き合う。この二人の様子を見れば、傍目に見てもこの二人が仲がいい事が伝わってくる。


 「割れてる〜!」

 綾はそういいながら、いきなりショニンのヘソの辺りを指でなぞり出す。ショニンは『ちょっと、ヤダー!』と口では言いながらも、温かい目で無邪気に振舞う綾の事を見守っている。その視線はまるで妹を見る姉のようである。

 他愛も無い会話をした後、一緒にトレーニングを始める綾とショニン。綾も最初はショニンのトレーニング風景を見学しにきていただけだったのだが、ショニンのトレーナーのケビン川崎に進められ、トレーニングに取り組むようになったのだ。


 綾とショニンのトレーナーを努めるケビン川崎は、この世界では有名で、プロレス、相撲、プロ野球とあらゆるジャンルのアスリート達に支持されている。そしてその活躍はスポーツ界だけにとどまらず、最近では俳優が役作りの為のダイエットやビルドアップに、彼の力を借りていた。

 この日ケビン川崎はジムに姿を見せていなかったのだが、綾とショニンは時折無駄話をしながらも、トレーニングメニューをこなしていく。


 「綾もさあ、結構引き締まって来たよねえ。」

 「ええっ、ショニンと比べたら全然だよー。」

 「ほらあ、すねない、すねない!」

 ショニンは綾が膨らませたほっぺたを楽しそうに指でつついている。
 この時、そんな和気あいあいの様子をじっと見つめる視線がある事に、二人は気づいていなかった。





彩がショニンのいるジムを訪れている頃、都内の別のジムにはトレーニングの真っ最中である局山えりの姿があった。
 大池栄子から送られたビデオを見て地下プロ参戦を決意したえりは、それ以来仲間達の敵をとるために、オフの時間のほとんどを地下プロレス参戦の為のトレーニングにあてていた。


『許せない・・・特にあの三人は・・・絶対許せない・・・』

 えりの頭の中に、大池栄子、左藤江利子、北河友美の三人が無抵抗の北河弘美を袋叩きにするシーンが映し出される。
 しかしそのビデオを見た事で、ブルーキャブのタレント達の卑劣さだけでなく、彼女達のレスラーとしての実力が本物である事もえりは感じ取っていた。


 『これアタシの勘だけど、アナタさっきの子達よりも全然強いでしょう。』

 ビデオの中で栄子はえりの印象をこう語っているが、それは決して間違いでは無かった。
 おそらく大須賀の同世代のタレントの中で一番地下プロレス向きなのはえりだろう。そしてえり自身も口には出さないものの、もし事務所の他の仲間達とケンカする事があっても、まず自分が負ける事は無い、と思っている。

 えりと栄子は互いの存在は知っているものの、まだ実際にあった事はない。“本当に強い者は、相手が強いがどうかもすぐにわかる”とよくいわれるが、この二人はまさにそれにあてはまっていた。

 
 ブルーキャブの兵(つわもの)達に対抗する為に、黙々とトレーニングに没頭するえり。
 そこに一人の長身の女性が姿を現し、トレーニング中のえりに向かってゆっくりと近づいていく。



 「えりちゃん・・・」
 
 いきなり声をかけられ、驚いたように声のする方へ振り向くえり。

 「文恵さん・・・」
 
 えりに声をかけたのは事務所の先輩タレントの中島文恵であった。
 地下プロレスに上がる為にトレーニングしている事は誰にも言っていなかっただけに、この場所に文恵が姿を見せた事にえりは驚きを隠せない様子。
 
 「ちょっといいかな?」

 文恵は遠慮がちにえりに声をかけるが、声とは裏腹にそのまなざしには有無をもいわせない力強さが感じられた。
 えりは黙ったまま頷き、トレーニングを中断して文恵の方に近づいていった。

 


 トレーニングルームの壁際には、休憩用のパイプ椅子が並べてあった。まず文恵がその椅子に座り、えりも文恵に促されてその隣に座った。


 「話って・・・」

 先に口を開いたのはえりの方だった。文恵は少し間を置いた後、問いかけてきたえりに用件をきりだした。
 

 「えりちゃん、地下プロレスに出るつもりなの?」

「・・・」

 いきなり核心にふれる文恵の質問に、動揺を隠せないえり。一瞬白を切ろうとも思ったが、目の前にいる文恵の目が『わかってるのよ』と語っていて、何も答える事が出来ない。文恵はそんなえりの心中まで察したかのように、笑みをうかべると、答えを待たずに自分から話をはじめる。


「私もね、あがった事があるの。地下プロレスのリングに。」

「えっ・・・」

予想外の文恵の告白に戸惑うえり。文恵はえりのあっけにとられたような表情が面白かったらしく、くすっと笑った後、ごめんごめんと謝りながら、過去に参戦した地下プロレスの事を話しはじめた。

「もう何年も前の事なんだけど・・・」




文恵の話では、今から数年前、芸能界のスポンサー達が裏のイベントとして、タレント同士のキャットファイトを企画したのが始まりだったのだという。


スポンサーというと聞こえはいいが、早い話が金持ちのスケベ親父である。

“金にモノをいわせてタレント達の『テレビではちょっと見せられない恥ずかしい姿』を見てみたい”

という一人のあるスポンサーが酒の席で口にした浅はかな妄想が他のスポンサー達に飛び火し、それからトントン拍子にこの企画が進められていった。


スポンサー達は折角裏でやるんだから、じゃれあいを見てもしょうがないという事で、参加するタレント達を本気で戦わせる為に、事務所同士の対抗戦形式にして、勝った方に多額の賞金と、ブランド品や海外旅行、長期のオフといった女性タレントが飛び付くような商品を用意した。


 そしてキャットファイトだけに水着の似合うタレントがいい、という事で声がかかったのが、現在まさに抗争を繰り広げているブルーキャブと大須賀プロモーションという2つの芸能事務所であった。


 ブルーキャブから選出されたメンバーはグラビアアイドルとして人気を集めた加藤礼子、細川文江、雛型明子の三人。
 対する大須賀プロモーションからは当時のBBガールズのメンバーから青田紀子、藤森裕子、そしてシェイプアップルガールズの中島文恵の三人。
 試合はシングルマッチで3対3の総当たり形式という事になり、こうして大須賀プロモーションとブルーキャブという二つの大手プロダクションによるキャットファイトイベントの幕が切って落とされた。





 「一番最初の試合は、裕子ちゃんと雛型明子ちゃん。明子ちゃんはまだ高校生くらいだったんじゃないかなあ・・・あの頃コンビニとかにいくと、やたらと明子ちゃんが表紙の雑誌が並んでて・・・でも私らからしてみたら『まだまだ子供じゃない』って感じで、裕子ちゃんもリングに上がる前に『ちょっとお灸をすえてくるわ!』なんて言ってたっけ・・・」





 その時のオープニングカードは「藤森裕子対雛型明子」だった。
10歳の年齢差、今が旬のグラビアアイドルとアダルトな魅力が売りのセクシータレントという構図が、試合前からすでに観る者の妄想心をかきたてていた。

 リング中央でゴング前から互いを睨み合う両者。しかしゴングを待たずに裕子が雛型に歩み寄り、『お前生意気なんだよ!』とばかりにいきなりその頬に平手打ちを浴びせていく。
 会場に『バチーン!』とものすごい音が響きわたり、騒然となる観衆。そして叩かれた雛型も、鋭い視線を裕子に向けると、同じように
平手打ちを返す。そしてこの雛型の強気の行動が藤森に火をつける事になる。



「最初はね、裕子ちゃんも会場を盛り上げようと思ってやったんだろうけど、明子ちゃんがすっごいおっかない顔でやり返したの。後で知ったんだけど、あのコすっごい気が強いんだって。まあ事務所対決って事で彼女も必死だったんだと思うけど、それで裕子ちゃんが本気で怒っちゃって・・・」




 雛型にやりかえされた裕子は、それでスイッチが入ってしまったのか鬼のような形相で雛型に掴み掛かり、そのままマットに押し倒していく。ここでようやくゴングが鳴らされるものの、二人の耳にはもはや届いていない様子。
 裕子はマウントポジションから明子の髪をつかんで、その頭を何度もマットに叩きつける。一方の明子は足をジタバタさせるだけで裕子のされるがままになっている。

 さらに裕子は一旦マウントを解くと素早く立ち上がり、続いて立ち上がろうとする明子にものすごい勢いでストンピングを連発。明子がアイドルであるにもかかわらず、藤森の脚は時折明子の顔面を捉えていく。
 立ち上がる事すら許してもらえない明子。その表情に、次第に怯えの色が浮かび始める。




「もうその時点で勝負はきまってたのよ。後はどうやって試合を終わらせるか、そんな感じだったわ・・・」




ヒートアップする会場の雰囲気にのせられ、『女王様』化した裕子は、戦闘意欲を失いかけている明子に容赦無く襲い掛かる。
 とはいっても技らしい技はほとんど無く、髪の毛を引っ張るとか、顔面へのビンタ、蹴り、といった単純な攻撃を繰り返すだけなのだが、裕子のその鬼気迫る表情と、発する罵声が迫力十分で、明子はおろか会場に集まった観衆までもが圧倒されてしまう。

 途中、明子が無我夢中で出したキックが偶然裕子の下腹部をとらえ、裕子が動けなくなる場面があったものの、そんな千載一遇のチャンスにも明子は攻撃をたたみかける事ができない。
そんな明子のファイトぶりがさらに裕子の怒りを呼ぶ事となり、リング上はもはや試合というよりも半リンチ状態に。

最後は裕子が、口から血を流して泣きじゃくる明子をキャメルクラッチに捕らえたところで試合終了のゴングが鳴らされる。
  

裕子は技を解くと、俯せに倒れている明子の頭を踏み付け、両手を腰にあてて完全勝利をアピール。
この裕子のパフォーマンスに対し、確かにブーイングする客はいるものの、会場全体はむしろ裕子の非情なファイトぶりを歓迎しているような雰囲気になっていた。


普通のプロレスで考えれば、ブーイング一色になりそうなものなのだが、これがまさにキャットファイトならではの反応なのだろう。
そして会場がその異様な雰囲気に包まれる中、大須賀対ブルーキャブの対抗戦は続けられた。




 「そんな・・・藤森さんが・・・・・・」


えりがまだデビュー間もない頃、隣にいる文恵と同じように、気さくに声をかけてくれた、いかにも姉御肌という感じの頼れる先輩。
それがえりの中での「藤森裕子像」である。
 しかし話の中の藤森裕子は、えりが知る裕子とはまるで別人であった。


 あの裕子がそんなひどい事を・・・
 文恵もそのリングに上がったというのか・・・
 まさか文恵も裕子みたいに・・・
 
 えりの頭の中でどんどん疑問が膨らんでいく。


 「ほらあ、何ていうのかなあ、もう会場全体が異常な感じになってたのよ。それで裕子ちゃんも、テンションが上がり過ぎちゃったっていうか・・・」

 えりの戸惑いを察したかのように、文恵はあわてて裕子の事をフォローするが、えりは黙ったままである。
えりが思った以上にショックを受けている事に気づき、一旦話を中断する文恵。
 二人の間にしばらく沈黙の時間が流れた後、えりが思い立ったように口を開く。
 
 
 「文恵さん・・・」

 「うん?」

 聞かない方がいいんじゃないか?
 でも文恵は自分に聞いて欲しいんじゃないか?

 えりは言葉を絞り出す様にして文恵に問いかける。

 「文恵さんの・・・文恵さんの試合は・・・」

 えりが明らかに聞きにくそうにしているのを見て、文恵が口を開く。

 「その次。その次が私の試合だったの。・・・」

 文恵はそう言って、自分の試合について語り始めた。

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