プロダクションバトルその4



  
 藤森裕子と雛型明子の対決で幕を開けた大須賀プロモーションとブルーキャブのキャットファイト対決。
テレビでは絶対に見られない裕子の狂乱振りと雛型の哀れな姿に、会場に集まった観衆は予想以上にヒートアップしていた。
 そして観衆の期待がさらに高まる中、リング上では第2試合の「中島文恵VS細川文江」が始まろうとしていた。
 
 

 「相手は細川文江ちゃんだったの。正直言って、負ける気はしなかったわ。別に文江ちゃんだからって訳じゃなくって、あの頃『私がタレントの中で一番強いんだ』って本気で思ってたの・・・」
 


 リング上、恐らく両方の事務所で一番強いと思われる2人が向かい合っていた。
 しかし文恵本人はもちろん、会場の誰しもが、この試合の展開を文恵のワンサイドマッチと予想していた。
文江も身長163センチと、女性として決して小柄な訳ではないのだが、身長170センチを誇る文恵の前ではどうしても見劣りしてしまう。
 自慢のFカップバストは負けてはいないものの、文恵のがっしりとした肩幅、エアロビで引き締められた長い脚を見ると、第1試合の雛型同様に、文江がマットに沈められる光景が目に浮かんでくる。
 



 「それでさあ、リングアナの人が、『さあ、どちらが芸能界最強のフミエか?!』とか言っちゃってさあ、私思わず笑っちゃったの。相手の文江ちゃんは真剣な顔してんのにさあ。」

文恵は話を聞いているえりの表情があまりにも暗かったので、笑わせるつもりで明るく言ったものの、えりは相変わらず悲しそうな顔をしている。その様子を見て文恵は申し訳なさそうに、一度咳払いをした後、再び話を始める。

「それでね、ゴングが鳴って組み合った瞬間、『勝てる。』って思ったの。」

文恵の言葉にえりは心の中でうなづいていた。 聞いた話では、文恵は普通の男性と腕相撲してもあまり負けた事が無いという。プロレスラーなどのスポーツ選手でも無い限り、同じ女性で文恵に勝てる人間はそうそういないだろう。

「だけどね、文江ちゃんすごいの!組み合ってみて、パワーは間違い無く私の方があるんだって解ってるんだけど・・・何か体全体で私に向ってきてるって感じで、ねじ伏せようとしても全然下がらないの!強かったなあ、文江ちゃん・・・」




ゴングが鳴り、リング中央でロックアップする両者。この時、パワーは自分の方が上だと確信した文恵は、手四つから力まかせにねじ伏せていこうとするが、文江は必死の形相で文恵の手を押し返してくる。

この文江の抵抗に対し文恵は『なめんじゃないわよ!』とばかりに一層腕に力をこめ、自分の上背を活かして文江を押さえ付けにいく。 
 しばらく膠着状態が続いた後、ようやくパワーの差が出始め、だんだん文江の体が沈んでいく。        

 しかしここで文江は、文恵の脇の下に潜り込み、何とリバーススープレックスで文恵を後方に投げ飛ばす。

予想外の出来事に会場がどよめき、投げられた文恵はすぐに立ち上がったものの、驚いた表情で自分を投げ飛ばした文江を振り返る。
文恵はしばらく間をとった後、『それならば』とばかりにタックルを仕掛けるが、これも文江につぶされてしまい、逆にバックをとられてしまう。第1試合とはまるで違う正統派のレスリングを展開する二人。それまで冷やかし混じりの声援を送っていた観衆も固唾を呑んで
この攻防を見守っている。

 一旦ロープブレイクに逃れた文恵は、不利な状況を立て直そうと色々仕掛けようとするが、文江はなかなか隙を見せない。
 相手が強敵だという事を判って、とてつもない集中力を発揮している文江。一方の文恵は一人で空回りしていて、その実力を出し切れていない様子。 



 細川文江といえば、当時そのFカップバストばかりが話題になっていたが、実はかなりの運動神経の持ち主である。その頃テレビで放映されていた水泳大会を見ても、確かにカメラは文江のバストを中心に追い掛けているが、その動きの機敏さは他のタレント達に比べ際立っていた。

とはいえ、戦闘能力で上回っているのは、間違い無く中島文恵の方だろう。

ただ、『自分がタレント最強』だという文恵のおごりがスキを作り、負けた雛型と事務所の為に必死な文江に実力プラスアルファの力が働いている事で、この予想外の展開になっていた。



なかなかレスリングで優位に立てない文恵は、どうにか流れを変えようと、鋭い視線で文江を牽制すると、呼吸を整えてゆっくり文江に近づいていく。
文江はこの文恵の気迫を警戒し、なかなか前に出る事ができない。するとそれを察知した文恵は急に動きを早め、文江を捕まえると首相撲からニーリフトを連発し、文江の動きを止めていく。


重量感あふれる文恵の蹴りに苦悶の表情を見せる文江。文恵はチャンスとばかりに、一旦文江から離れると、棒立ち状態の文江のFカップバストめがけてミドルキックを放つが、文江がこれをキャッチし、逆にドラゴンスクリューをきめる。


 マットに倒された文恵はひざを痛めてしまい、すぐに動く事ができない。それでも、近づいて脚をとろうとする文江に向ってもう一方の脚で必死にキックを出し、何とか近づかせないようにする。
文江も抵抗する文恵に対し、あまり深追いせずに一旦距離をとり、様子を伺う。

もともと気の優しい文江は、文恵が痛めた脚を必要以上に攻める事が出来なかった。しかしこの行動がこのあと試合の行方を左右する事になる。



 “何で攻めて来ないの?”

 文恵はここまでの攻防で文江の実力を充分感じていただけに、この絶好のチャンスに攻めてこない文江に疑問を抱いていた。
 
今の自分なら怪我した場所を攻めなくても勝てるとでも思っているのだろうか?

 “ナメた真似してくれんじゃないの!”

 その本心も知らずに、ひざを痛めた自分に対して攻めてこない文江に対して怒りを覚える文恵。

そして負けず嫌いの文恵は勝機を見出だすべく、ある行動にでる。




「それで私は、文恵ちゃんのヒザを思い切り蹴ったの。」

「えっ?」

「ヒザを蹴ったの。前から思いっ切り・・・」




ロープに捕まりながら立ち上がろうとする文恵を、じっと見つめる文江。その哀れみを帯びた視線に気付いた文恵は鬼のような形相で文江をにらみ返し、脚を引きずりながらゆっくりと歩み寄っていく。

その鬼気迫る様子の文恵を見て、文江はその場に立ち止まったまま、動く事ができない。


「どうしたの・・・来ないの・・・来ないならこっちから・・・」


文江を挑発しながらゆっくり近づいていく文恵。文江は有利な状況にもかかわらず相変わらずその場から動こうとしない。
そして文江の下半身が全く無防備な事に気付いた文恵は、文江のヒザをめがけてキックを放った。



「ぐうっ・・・」

鈍い音がした直後、ヒザに激痛が走り、たまらずうめき声をあげる文江。それもそのはず、関節に逆方向から思い切り衝撃が加わったのだから、同じヒザとはいえそのダメージは文恵が受けたものよりもはるかに大きい。

文恵は今しかないとばかりに、文江に接近すると、今度はナックルパートを文江の顔面に向けて連発する。

 文江も最初は本能的にガードしていたが、次第に文恵のナックルが顔面を捕らえはじめ、一気に形勢が逆転する。

 ヒザのダメージでその場から動く事が出来ない文江に、文恵のパンチやキックが面白いように決まり、文江はボクシングで言うスタンディング・ダウン状態に。

文恵は文江の動きが止まったのを見て、マットに押し倒していくと、マウントポジションから再び文江の顔面にパンチをたたき込んでいく。  

 必死にガードする文江に容赦無くパンチをたたき込む文恵。もはや時間の問題かと思われたが、ヒザを痛めている文恵のマウントが甘く、文江が脱出しようと懸命に身をよじっているうちに、だんだん体勢がくずれていく。文恵はパンチをあてる事に懸命でその事に気付いてなかった。

そして文江がマウントから脱出し、文恵の腕をとると、そのまま腕ひしぎ逆十字固めをきめていく。

何とかギブアップを奪おうと必死に文恵の腕を締めあげる文江。その顔には青あざができ、口からは血が流れ出していて見るからに痛々しい。しかし文恵以上にヒザにダメージを抱える文江は、その激痛のために思ったように力をこめる事が出来ない。

 技をきめられながらも、力任せに上体を起こしていく文恵。一方文江はヒザの激痛を我慢するのに精一杯で、もはや腕ひしぎではなく、腕をつかんでるだけの状態。

 やがて文恵が上半身を起こし、腕をとられたままの状態で立ち上がると、そのまま文江に覆いかぶさっていく。

これで腕のロックが解けた文恵はほとんど余力の無い文江の顔面に再びパンチを浴びせる。そして文江がたまらず顔をそむけた瞬間、文恵はチョークスリーパーをきめていく。

さらに文恵はその長い脚を文江の胴に絡めていき、脱出不可能な胴締めチョークスリーパーを完成させる。

もはや文江に意識は無く、ここでレフェリーが試合終了のゴングを要請。技を解いた文恵はその場で立ち上がった後、足元で意識を失っている文江に声をかけた。





 「その時私、何ていったと思う?・・・『ざまあみろ、シロブタ!』って言ったの。ひどいよねえ。私の脚を攻めて来なかった文江ちゃんに対してよ!ヒザを蹴るわ、グーで殴るわ、シロブタ呼ばわりするわ・・・ホント・・・ひどいよねえ。」
 自分のした事を自嘲気味に語りながら、文恵は乾いた笑みを浮かべている。


 『文恵さんがそんな・・・』

えりは文恵の告白がにわかに信じられなかった。
文恵が苦戦を強いられた事もそうだが、それ以上に反則では無いとはいえ、文恵が勝つ為にそこまでやったという事が。

「とにかく負ける事がいやだったの。今考えると、そこまでしなくてもって思うんだけど、あの時は体力勝負でシェイプアップルガールズが他のタレントに負けるわけにいかないって、本気で思ってたから・・・」





 『フミエ対決』が壮絶な幕切れとなり、大須賀VSブルーキャブのプロダクションバトルは大将戦『加藤礼子対青田紀子』を残すのみとなった。

 すでに大須賀の勝利は決定していたものの、会場は両事務所を代表するセクシータレントの登場にヒートアップしていた。
ゴングと同時に取っ組み合いになり、リング上を転げ回りながら、感情むき出しに互いの髪を引っ張り合う両者。
中島・細川戦とはうってかわって、典型的なキャットファイトが繰り広げられる。

何としてもブルーキャブの全敗は避けたい加藤と、自分だけ負けるわけにはいかない青田。両者の意地がぶつかり合い、試合は一進一退の展開となる。
力量的にはほぼ互角の両者。しかしこれまでの芸能人生で潜り抜けてきた修羅場の数の差が勝敗を分ける事になる。


 下積み時代はあったものの、改名後有名音響メーカーのキャンペーンガールに選ばれ、人気グラビアアイドルになった加藤。一方無名時代にヌードグラビアを撮っていたり、自ら整形している事を告白したりと、芸能界の裏街道を通って来た青田。生き残る方法を知っているのは青田の方であった。


このままでは埒が明かないと思った青田は、文恵と同じようにナックルを使い始め、加藤の顔面を狙いだす。

私生活で喧嘩とは無縁な加藤は、この青田のラフファイトに全く対応できず、たちまち鼻血を流し始める。

 これで一気に青田が有利になり、加藤は完全にサンドバッグ状態に。

それでも加藤は、ふらふらになりながらも青田を倒そうと一か八かのタックルを狙うが、ここで青田が出したヒザが礼子の顔面にカウンターで入り、粘りを見せていた礼子もついに力尽きる。


試合終了のゴングが鳴ると、文恵や裕子、セコンドにいたBBとシェイプの他のメンバーがリング上に姿を現わす。  
 失神している加藤礼子の横で紀子とハイタッチをかわし、完全勝利を祝う大須賀プロのメンバー達。それはブルーキャブにとってあまりにも屈辱的な光景であった。





「その時ね、中学生くらいの小さい女の子がいきなりリングに入ってきたの。その子、泣きながら『この野郎!』とかいって紀子ちゃんに向かっていったんだけど、逆にビンタされてエンエン泣いてたわ。そしたら細川文江ちゃんがリングに入ってきたの。顔中にバンソウコウ貼って足ひきずってよ!『万里矢ちゃんに手を出さないで!』って。」


「万里矢ちゃんて、もしかして・・・」

「そう。山田万里矢ちゃん。まだデビュー前だったんじゃないかなあ。きっと悔しかったんだろうね。先輩達が目の前でボコボコにされて。」


えりにはその時の万里矢の気持ちが痛いほどよくわかった。


「だけど私達にしてみたら、何か水をさされたって感じで、『お前らうっとうしいんだよ!』とかいって、助けに来た文江ちゃんを袋叩きにしたの。万里矢ちゃんも必死になって文江ちゃんを助けようとするんだけど、全然相手にならなくって・・・」




全ての試合が終わっているにもかかわらず、リング上は完全に修羅場と化していた。
万里矢を助けに来た文江を袋叩きにする大須賀プロのタレント達。その文江を助けようとした万里矢は場外に放り出され、自分の無力さを痛感しリング下で泣きじゃくっている。

青田紀子にKOされた加藤礼子は担架で運ばれ、第1試合で藤森裕子に敗れた雛型明子もダメージと精神的ショックですでに会場を後にしていた。

孤立無縁になっている文江を何とか助けようと、ブルーキャブの新人タレント達がリング上に上がるが、BB、シェイプアップルという大須賀プロを代表する猛者達には全く太刀打ちできない。この大須賀プロのタレント達の暴挙に、ヒートアップしていた観衆達もさすがにひいてしまい、場内が殺伐とした雰囲気になるが、リング上の大須賀プロのメンバー達だけは、相変らず盛り上がっていた。
こうして大須賀プロ対ブルーキャブの第一次抗争は、大須賀の圧勝という形で幕を閉じたのである。





えりは言葉を失っていた。
今度戦おうとしているブルーキャブの連中と全く同じ事を、自分の先輩達がやっていたなんて。
 面倒見が良く、後輩みんなから慕われる頼れる先輩。えりは文恵の事をずっとそう思っていた。
しかしその文恵までもが、その時の中心メンバーだったなんて・・・


「言い訳にもならないけど、あの時の私達、どうかしてたんだよね。文江ちゃんや万里矢ちゃんに『悪い事したなあ』ってホント思ってる。今更そんな事言ってもしょうがないんだけど・・・ひどいでしょう、私って。」

「文恵さん・・・」

「ひどいよね。・・・ホント・・・ひどいよね・・・」


そう語る文恵の目から涙が流れていた。

えりはそんな文恵にかける言葉がみつからなかった。

文恵のした事を攻める言葉も、その事を悔いる文恵を慰める言葉も。

 
 
 

 二人が無言になって数分が経ち、落ち着きを取戻した文恵が唐突に口を開いた。
 

「実はね、半年くらい前に、乃田社長から電話があったの。」

「えっ、乃田社長って・・・」

「ブルーキャブの乃田社長。」


乃田から文恵にかかって来た電話。それは新たに始まった地下プロレスへの参戦のオファーの電話であった。

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