プロダクションバトルその5




大須賀プロモーションとブルーキャブの因縁のキャットファイトイベントから数年が過ぎ、ブルーキャブの乃田社長は『所属タレント達のストレス解消の為に』という、昔の因縁とは全く別の名目で独自に地下プロレスを開催していた。

 ブルーキャブの地下プロレスには、色々な事務所のタレント達がマットに上がっていたが、ブルーキャブのタレント達とまともにはりあえる実力を持った者はほとんどいなかった。

 なかでも、主力級である大池栄子、佐藤江利子の対戦相手を努める事が出来る者は皆無で、この二人がリングに上がった試合は全て短時間で決着が着いていた。

 地下プロレス開始からブルーキャブ勢は連戦連勝。参加するタレント達のあまりの腑甲斐なさに業を煮やした栄子は、『もっと歯応えのある相手と試合がしたい。』と乃田社長に直談判する。

 そこで乃田が選んだのが、かつて対抗戦で苦杯をなめさせられた大須賀プロモーションの中島文恵だった。




 「大池栄子ちゃんと試合をしてくれないかって言われたの。本来なら事務所を通すのがスジなんだけど、多分ウチの社長が今さらワタシに・・・ほら、ワタシもいいトシだし、そんな仕事させないんじゃないかって。でも乃田さんは『栄子が強い人と試合したい』って言ってるから是非ワタシにって・・・」




 文恵にオファーが来たのは、まだ乃田が大須賀プロに地下プロレス参戦を打診する前の出来事だった。

 
乃田はその後、大須賀プロの社長に地下プロレス参戦の話を持ちかける事になるのだが、その時点では乃田の頭に大須賀プロのタレントを地下プロレスに呼ぶという考えは無かった。

 というのも、参加レスラーとなるタレントを集める名目が『勝てば仕事を回す』という事だったので、大手である大須賀が話に乗ってくるとは全く思っていなかったのである。

 確かに、過去に因縁のある大須賀にいつかリベンジしたい、という思いはあったものの、乃田自身はそれほど大須賀に敵意を持っている訳ではなかった。
 その時やられたタレント達にしてみれば大須賀は『憎き存在』なのだが、乃田はむしろ、あの対抗戦で大須賀のメンバーが見せた『勝利への執着心』は、タレントが芸能界で生き残る為に必要なものだと賞賛した位である。

 だから乃田にしてみれば、『借りを返す』というよりも、純粋に栄子と互角に戦えるレスラーとして文恵を選んだのである。

 そして文恵も、社長に申し訳ないと思いつつも、非礼を承知であえて直接自分に頼んできた乃田に答えてやろうと、その申し出を快諾。
久々に地下プロレスのリングに上がる事を決意した。




 「まあ言ってみれば、『勝ち逃げ』してるみたいなモンじゃない、私たちって。だから上がるべきだって思ったのよ。」




 「大池栄子対中島文恵」というビッグカードに、その時会場に集まった観衆は大きな期待を寄せていた。
 それまでブルーキャブの地下プロレスでは、ブルーキャブのタレント達による一方的な制裁ファイトになる事が多かっただけに、やっと試合らしい試合が見られるのでは、という事であろう。

 リング上、互いを睨みつけながらゴングを待つ文恵と栄子。

 “私が負けるわけが無い”

口には出さないものの、栄子の眼は間違いなくそう語っていた。

“このコは強い”

文恵も、第一印象で栄子の事をそう感じていた。

身長はわずかに文恵の方が勝っているものの、その恵まれた体格と鋭い眼光は、戦う前からレスラー栄子の強さを十分感じさせるモノであった。

試合開始のゴングが鳴り、リング中央でがっちり組み合う両者。文恵はいきなり栄子を力任せにロープに押していくと、ブレイクと見せかけて栄子の横っ面に思い切りビンタを浴びせる。

 “ほんのアイサツ代わりよ!”とでも言うかのように涼しい表情を見せている文恵に対し、栄子は大きな眼を開けて睨み返すと、文恵につかつかと歩み寄り、同じように文恵の頬を張り返す。

 栄子の予想以上に強烈なビンタに思わずたじろぐ文恵。
 そして文恵が顔を上げた瞬間、栄子がその喉元にラリアットを叩きこみ、強引にマットになぎ倒していく。
さらに栄子は、倒れている文恵の喉元にジャンピングエルボーをきめると、すぐさま文恵の上に乗り、クロー攻撃で文恵の喉を締め上げる。

文恵は苦悶の表情を浮かべながら栄子の腕を両手でつかみ、必死にクローを外そうとするが、栄子が早くも決めてしまおうかという位に力をこめているのでなかなか外れない。
 文恵は『ならば』とばかりに下半身をばたつかせ、その長い脚を伸ばしてロープに逃れる。
 ブレイクを命じられた栄子は素早く立ち上がり、トップロープをつかみながら倒れている文恵の顔面を容赦なく踏み付けていく。
長いブランクのせいか、なかなかカンの戻らない文恵に容赦無く襲い掛かる栄子。意外にも序盤から一方的な栄子ペースで試合は進んでいく。




「考えが甘かったのよねえ。文江ちゃんと対戦してた頃の自分をイメージしてたから。栄子ちゃんは強さだけだったら、文江ちゃんとそんなに変わらないと思うんだけど、性格が完全にファイターの性格なの。それが文江ちゃんとの大きな違いかな・・・」



文恵のいう通り、確かに昔の文恵だったら栄子と互角以上に渡り合えるだろう。
しかしいくらトレーニングをしているとはいえ、文恵ももう30代であり、リングに上がるのも久々である。一方の栄子は現役バリバリの地下プロレスラーで、文恵よりも10才若い。

 とはいえ、普通の相手だったら文恵が苦しめられる事は早々無いだろう。しかし相手はブルーキャブの現在のエースである。
 下り坂の文恵と今一番油が乗っている栄子。その差はそのまま試合展開に現れていた。


 試合開始からスタミナ配分を全く考えず、暴走列車のように技を畳み掛ける栄子。文恵は単発で技を返すものの、栄子のパワフルな攻撃に押されっぱなしである。

 
  リング上、栄子のDDTが炸裂し、文恵は脳天からマットに落とされる。栄子がカバーに入るが文恵はかろうじてツーで返す。
『しぶといわね・・・』

 文恵を追い詰めてはいるものの、なかなかカウントスリーが奪えず苛立つ栄子。
 ここで栄子は粘りを見せる文恵にとどめを刺そうと、ラフファイトに転じる。 


栄子は倒れている文恵を置き去りにしてコーナーに行き、コーナーマットを外すと、再び文恵の元へ。立ち上がろうとする文恵の髪をつかんでコーナーに連れていき、むき出しになった金具に文恵の頭を何度もぶつけていく。
この攻撃で文恵の額が割れ、ついに文恵は流血してしまう。
栄子はもはやグロッキー気味の文恵を対角線上にホイップし、反対側のコーナーに叩きつける。


「いくぞー!!」


栄子は大きな声で観客にアピールした後、コーナーにもたれかかっている文恵に向かってダッシュ。串刺し式のジャンピングニーアタックが文恵の顔面を直撃する。
さらに栄子は前のめりに倒れそうな文恵を抱きとめると、そのままブレーンバスターの体勢に入る。


 「うおおらあああ!!」


栄子は会場中に響き渡るような大きな声をあげると、自分より大きな文恵を一気に持ち上げ、背中からキャンバスに叩き付ける。

 “コレで終わりよ”とでも言うかのように、栄子は右腕を振り下ろし、大の字になっている文恵をカバー。
 しかし文恵がこれをカウント2、8で跳ね返し、会場からどよめきの声があがる。
 この文恵の粘りに、栄子は唖然とした表情を見せている。 
 
 
 「おらあ、もう一回!!」

栄子は気を取り直して大声で観客にアピールすると、倒れている文恵を引きずり起こし、再度ブレーンバスターの体勢に入る。 一度目と同じように息を整えた後、一気に文恵を持ち上げる栄子。しかし文恵が宙に舞った瞬間に体を反転させ、栄子の背後に着地すると、逆にスリーパーホールドにきめていく。


『あっ?!』  

 よもやの反撃に驚いた栄子は、あわてて文恵のみぞおちにエルボーを連発。たまらず文恵が技を解くと、栄子はロープに走り、ジャンピングニーアタックを狙う。
しかし文恵は冷静に半身をひねってこれをかわすと、再びスリーパーホールドをきめる。
さらに文恵はそのまま栄子をマットに引きずり倒して胴体に脚を絡め、かつて細川文江を破った胴締めチョークスリーパーをリング中央で完成させる。


『はなせ・・・こ・・・の・・・』

脱出不可能の技にきめられた栄子は必死にスリーパーを外そうとしているが、手に思うように力が入らない。ブレイクするにしても、ロープまでは距離が離れている。
文恵の逆転勝利か、と誰もが思った瞬間、見兼ねた佐藤江利子がリングに乱入してくる。

「放せよコノヤロー!!」

リングに上がった江利子は、技をきめている文恵に罵声を浴びせながら、その割れている額を何度も蹴りつける。
やがてセコンドについていたキャブの他のタレント達もリングになだれこみ、文恵を栄子から離れさせると、一斉に文恵に襲い掛かる。



「キャブのコ達にボコボコにされておもったの。『因果応報』ってこういう事なんだなって・・・」




試合終了のゴングが乱打される中、リング上ではかつて大須賀プロのタレント達が細川文江をそうしたように、ブルーキャブのタレント達が文恵を袋叩きにしている。

 
 「オバサンが調子にのってんじゃねえよ!」

 江利子の捨て台詞を合図に、ようやくブルーキャブの集団が引き上げようとすると、ここでなんと山田万里矢がリングに姿を現わし、集団をかき分けるようにして文恵に向かっていく。

 リングに上がった万里矢は大の字になっている文恵の上にまたがり、大声でわめきながら血ダルマの顔面を何度も殴り付ける。文恵は万里矢にされるがままになっていて、全く抵抗する気配を見せない。
 これを見てさすがにマズイと思った栄子達があわてて万里矢を止めに入る。


「万里矢さん、これ以上はヤバいって!!」

ブルーキャブのタレント達によって文恵から引き離された万里矢は、それでも文恵に向かって罵声を浴びせ続けている。 文恵は意識がもうろうとする中、その万里矢の言葉を聞いていた・・・



「『文江さんが許しても、私が許さない!』って、泣きながら言ってたわ・・・栄子ちゃんと試合して、キャブのコ達にボコボコにされて・・・でも、万里矢ちゃんに殴られたのが一番効いたな・・・」


栄子や他のブルーキャブのメンバー達の攻撃よりも、あの小さい万里矢のパンチが効いた。
どう考えてもありえない話だが、えりは文恵の言っている事がわかるような気がした。




文恵との対戦後、栄子はそれまでにも増してトレーニングに取り組むようになった。
 江利子達の乱入がなければ恐らく栄子はギブアップしていたであろう。
 それまで苦戦した経験が無く、する事も考えて無かった栄子にとって、文恵戦は大きな教訓となり、その栄子の姿勢は他のメンバー達にも影響を与える事になる。

 それ以来その強さにさらに磨きをかけ、ますます手がつけられなくなったブルーキャブ軍団。
文恵戦以降、地下プロレスでは敵無しという圧倒的な強さを誇るその最強軍団に、えりは立ち向かおうとしている・・・
 



 「ハイ、ワタシの話はここまで!」
 
 全てを打ち明けた文恵は、何かふっきれたような表情を見せていた。

 
「実はね、私も昔、このジムに通ってたの。」

「えっ?!」

「でね、2、3日前にその時仲良くなった友達、このジムの人なんだけど、久しぶりに会って、その人が言ってたのよ。最近えりちゃんがよく来てるって。確か一緒の事務所だよねって。」

「そうだったんですか・・・」

「だけど、ジムって他にもあるのに何でここなのかなって・・・で昨日ね、仕事先で多分地下プロの関係者の人だと思うんだけど、その人達が話してるのがたまたま耳に入ったのよ。『地下プロレスがどうだ』とか『ブルーキャブがどうだ』とか『大須賀がどうだ』って。それを聞いて『ああ、今うちの事務所のコがキャブのリングに上がってるんだ』って・・・それでよく考えてみたら、ここのジムってリングがあるでしょ。」


文恵のいう通り、今二人がいるジムには、プロレスで使うようなリングがあり、元プロレスラーを招いて、定期的にスパーリング教室を行なったりしていた。


「だから、えりちゃんも地下プロに出るのかなって・・・でもえりちゃんみたいにおとなしいコがリングに上がるなんて事、私には考えられなかったから正直半信半疑だったんだけど、えりちゃんがリングに上がるって、よっぽどの事があったのかなって・・・」

「・・・」


 えりはさすがにビデオで見た事を口にはできなかった。


「あ、別に詮索してるわけじゃないのよ!それに私、えりちゃんが地下プロレスに出る事を止めようと思ってこの話をした訳じゃないの。ただ、あなたには聞いておいて欲しかったっていうか・・・ほら・・・えりちゃんは迷惑かも知んないけど、あんたって私の・・・妹みたいなモンだから、あんまりこういう事を隠しておきたくないっていうか・・・」

文恵は喋っているうちに恥ずかしくなったらしく、えりから顔をそむけている。


 「文恵さん・・・」

“妹みたいなモンだから”

 文恵がぶっきらぼうに言ったその言葉が、えりは嬉しかった。


 「と、とにかく、そういう事!ほら、いくよ!」

文恵は照れ隠しにそうまくしたてると、両ひざをポンと叩いて立ち上がる。


 「いくって・・・」

 「リングにきまってるじゃない!スパーやるわよ!」

 「文恵さん・・・」

 文恵の心配りに感激し、思わず涙ぐむえり。


 「一人でやっててもしょうがないでしょ!キャブのコは強いわよ!」

文恵に促され、えりは涙をぬぐいながら立ち上がる。


 「あ、それと・・・私が勝手に地下プロレスに出てた事、社長にイウナヨ!」

 ふざけた口調でそう言っておどける文恵に、えりはこの日初めての笑顔を見せた。

 




 えりと文恵がスパーリングを行なっている頃、地下プロレスのリングでは大須賀プロモーションのタレントがまた一人、新たな犠牲者となっていた。


この日大須賀からリングに上がったのは、水着メーカーのキャンギャルに選ばれた現役女子大生モデル、本多真歩であった。
 真歩はコーナーにへたりこんでいて、その顔面にはリングシューズが押しつけられている。


「・・・お願いです、もうやめて下さい。・・・」

 相手に許しを乞う真歩の目には涙が浮かんでいた。
 試合は真歩があっけなくギブアップしてすでに勝負が決しているのだが、対戦相手の佐藤江利子はまだまだ物足りないといった感じで、ゴングが鳴ってからも真歩をいたぶり続けている。

 栄子と同様、スケジュールの関係でなかなかリングに上がれない江利子にとっては久々の試合であった。その為、真歩は江利子のストレス解消の格好の相手となってしまった。


 「それにしてもアンタの事務所って、女子大生が好きだよねえ。大学行ってんのがそんなに偉いのかっつーの!私なんか大学行ってないけど小説書いてるっつーの!オマエ書けるか?書けねえだろ!」

真歩の顔面にリングシューズをこすりつけながら、小馬鹿にした口調で真歩を罵倒する江利子。その江利子のセリフにセコンド達も爆笑している。



「あ〜あ。やっぱあんなお嬢ちゃんじゃ江利子の相手にはなんないか。」

リング下で試合を見ていた大池栄子がそうつぶやくと、隣で見ていた北河友美も栄子の言葉に頷く。
 すると友美が、何かを思いだしたかのように口を開いた。


 「そういえば、今度いよいよ来るんだよね・・・アイツが。」

 アイツというのは、栄子が参戦を呼びかけていた大須賀プロモーションの局山えりの事だった。
 数日前、えりサイドから申し出があり、この日ついに次の地下プロレス大会でのえりの出場が決定したのだ。


 「いよいよ主役のお出ましね!期待外れじゃない事願ってるわ。わざわざ私が呼んだんだから・・・私の顔に泥を塗るような真似だけはしないでね。キョクヤマさん!」

 栄子は独り言のようにそう言いながら、リング上で江利子の餌食となっている真歩を見てニヤリと笑った。

 
 

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