プロダクションバトルその7



ブルーキャブの地下プロレスで行なわれた「局山えり対根元はるみ」の一戦は、はるみの猛攻に耐えたえりがフロント・ネック・ロックで勝利を収めた。
えりは試合終了後、マイクアピールで大池栄子、佐藤江利子、北河友美の三人にリングに上がる事を要求する。
このえりのアピールに応じた三人がリング上に上がり、会場のボルテージは一気に沸き上がっていた。



リング上ではえりと栄子、江利子、友美の三人が向かい合っていた。
 えりに“リングに上がれ”と命令された三人は敵意むき出しの表情でえりを睨みつけている。
そんな一気触発の緊張感が漂う中、リングに上がる際にスタッフから受け取ったマイクを手にした栄子が口を開いた。


 「見事だったわ、局山さん・・・あなた強いのね。」

 冷静な口調でえりの勝利を称える栄子。しかしその態度は決して友好を示すものでは無い。
 江利子と友美も両手を腰に当て、じっとえりの事を睨みつけている。


 「ねえ、ワタシ達とやりたいんでしょ!」

 三人を呼び出したまま、黙っているえりに問い掛ける栄子。観客もこの緊迫した雰囲気にざわめいている。


「どう?よかったら次の大会にこない?局山さんの試合、組んであげるわ!」

 栄子のアピールに観客から再び大きな歓声が沸き上がる。


 3対1という今の状況でえりを叩きのめすのは簡単であるが、栄子達にしてみれば、試合を終えたばかりのえりをここで3人がかりで潰したところで自分達の力を誇示する事にはならないし、何より自分達のプライドがそれを許さなかった。

 今までのような弱い相手ならともかく、久々に登場した実力者だけに同等の条件で戦って、その上でえりを叩きのめしたいというのが、栄子達の正直な気持ちだった。

 
 「相手はアナタが選んで!もちろん、ワタシでもいいわ!」 

 栄子の逆アピールが続き、さらに会場が盛り上がる中、黙っていたえりがようやく口を開いた。


 「次の大会?・・・何で?・・・今からよ!!」


 栄子の計らいを無視し、今ここで試合をやろうというえり。
 会場に歓声とざわめきが混じりあう中、リング上ではえりのコメントに怒った江利子と友美がえりに歩み寄ろうとするが、栄子が手を広げてこれを制止する。


 「局山さん、冷静になって?!アナタ試合が終わったばかりなのよ。それでワタシ達と戦えると・・・」

 「ワタシが怖いの?!」 

 
 栄子の言葉を遮る様に挑発の言葉を口にするえり。
そんなえりの言葉に、栄子達三人の表情は見る見るうちに殺気を帯びていく。


普段の姿からは想像できない強気の姿勢を見せているえりだが、いくらはるみとの短時間で終わっているとはいえ、ダメージがない訳ではない。
ガードしていたとはいえ、はるみの強烈な打撃を受け続けていただけに、その手足は相当痛んでいる。
えりは今栄子達三人を前にして平静を装っているものの、実は腕を上げたり、歩いたりするのも辛い状態である。
冷静に考えれば、えり一人でこの三人を相手にするなんて事は、たとええりが万全の状態であったとしても厳しい事なのに、はるみ戦のダメージが残った今の状態で三人に戦いを挑む事は自殺行為に近い。

 えりは決して相手をなめている訳でも、自分の力を過信している訳でもなかった。
栄子から送られたビデオレターを見て以来、憎むべき敵となった三人が目の前にいる今の状況で、高ぶった気持ちがおさえられなくなっているのだ。


 えりのアピールで、リング上に更なる緊張感が漂う中、突然花道から女性の叫び声が聞こえてくる。


「待って、えりさん!!」

いきなり名前を呼ばれ、驚いたようにえりがふりむくと、長身の美女がリングに入ってくる。

 「冴香ちゃん・・・」

リングに上がってきたのは、大須賀プロモーションの後輩タレント、藤井冴香であった。 冴香は173センチの長身を、タンクトップとデニムのショートパンツに身を包んでいる。

 「どうして・・・」

えりは突然の後輩タレントの登場に驚いていた。


 「えりさん、私も戦います。」

冴香は戸惑うえりの目を真っすぐ見つめながらそういった。




冴香に地下プロレス出場の話が来たのは一ヵ月程前の事であった。

ただあくまでそれはマネージャーとの雑談中に冗談混じりに聞かされた話で、冴香は『そんな事やるわけないじゃないの!』と笑い飛ばして、断るというよりもまともに相手にしなかった。

しかし実はそれは気の強い冴香に対する気の弱いマネージャーの苦肉の策で、そういう風にしか話が出来なかったのである。
実際冴香は腕っぷしも強く、マネージャーも出来れば冴香に地下プロレスに出場して欲しかったのだが、冴香が怖くてそれっきり地下プロレスの話をする事は無かった。

しかし冴香が事務所に顔を出した時に、たまたま後輩タレントの本多真歩と顔を合わせた事から状況が一変する。


冴香と真歩は同じ繊維メーカーのキャンギャルの先輩、後輩でもあり、その関係で冴香は普段から真歩を可愛がっていた。 その日も冴香はいつものように笑顔で真歩に話かけるが、真歩はどこか元気の無い様子である。


 「真歩、どうしたの?」

真歩にそう問い掛けた時、冴香は真歩の口元に青あざがある事に気付く。


 「真歩?!」

 ただ事ではないと察した冴香が真歩に詰め寄り、その二の腕をつかむと、真歩は『痛い!』と声をあげ、表情を歪める。


 「何よ、ケガしてるの?!」

 その時、冴香はマネージャーの話を思い出した。


「もしかして真歩・・・地下プロレスに・・・」


真歩は冴香に説得され、前の日に出場した地下プロレスの事を話し始めた。

佐藤江利子にコテンパンにやられた事、試合後ブルーキャブの他のメンバーに袋叩きにされた事、思い出すのかイヤで冴香に話すのをためらった事。


確かに真歩は身長174センチと長身で、それだけなら佐藤江利子にもひけはとらないのだが、見るからにおっとりしていて、地下プロレスには全く向かないタイプである。
そんな可愛い後輩を、試合で痛め付けるだけでなく、大勢で袋叩きにするなんて・・・
 えりが栄子のビデオレターを見た時と同じように、真歩の話が進むにつれ、怒りがこみあげてくるのを感じる冴香。
すると真歩が突然、何かを思い出したかのように、はっとした表情をみせる。


「そういえば・・・」

「何?!」

「キャブの人達にメチャメチャにやられて半分意識が無かったんだけど、誰か私に話し掛けてきたの。多分大池さんだと思うんだけど、『今度局山がうちのリングに来るから、悔しかったら局山に仇を取って下さいって言っとけ!』って・・・」

「えっ?!」

「私怖くて、思い出さないようにしてたんだけど、確かそう言ってた。局山って、えりさんの事ですよね?もしかして、えりさんもリングに・・・」

話をしているうちに、真歩の表情に怯えの色が浮かんでくる。

真歩の話に唖然とする冴香。
 自分か断った地下プロレスのリングに真歩だけでなく先輩えりまでもが上がろうとしている。・・・
そもそも自分がリングにあがっていれば、真歩だってこんなひどい目に遭わなかったのかも知れない。
真歩だけでも申し訳ないのに、先輩えりまで同じ目に遭わせる訳にはいかない。

 冴香はしばらく考えた後、真歩を置き去りにして事務所を飛び出した。


 冴香が向かったのは自分がいつも通っているジムであった。
 普段そのジムにはプロポーションの維持を目的に通っているのだが、冴香はその日から早速メニューを切り替え、プロレスの為のトレーニングを開始。さらに同じジムに通っているブルーキャブの新人タレントを捕まえて、次の地下プロレスの開催日と会場を脅迫まがいに聞き出すと、マネージャーに電話して開催日まで“急な仕事は絶対入れない”事を無理やり了承させる。

 真歩の敵討ちの為に、そしてえりを助けるために、短期間ながらも冴香はハードなトレーニングをこなしていった・・・




 「何だよ、てめえは・・・」
 
 突如乱入してきた冴香に友美が声をかけるが、冴香はこれを無視して江梨子に声をかける。


 「よくも真歩をやってくれたわね!!」

 「真歩?・・・ああ、あのでっかい割に弱っちい姉ちゃんか!」

 「今日はワタシが相手よ!!」

 「何だ?テメエも同じ目に遭いたいのか?!」


 えりや栄子をさしおいてリング中央でにらみ合う冴香と江梨子。
 突然のハプニングに観客達は無責任な盛り上がりを見せるが、リング上のえりはまだ状況が把握できていない様子。

 『一体どういう事?真歩って、真歩ちゃんもリングに・・・』

 そしてさらにえりを戸惑わせる人物が登場する。



 「すいませーん!ちょっと待って下さーい!!」

リング上の緊迫した雰囲気に全くそぐわない間延びした少女の声が会場に響き渡り、ブルーの競泳水着に身を包んだ一人の少女が花道を走ってくる。えりと冴香はリングに向かって走ってくる声の主の姿を見て、二人同時にその名を呼んだ。


 「綾ちゃん?!!」

リングに上がってきたのは、大須賀プロモーションの人気アイドル、上戸綾であった。
全く予期せぬ人物の登場にえりと冴香だけでなく、観客やブルーキャブのメンバーまでもが目を丸くして驚いている。


 『何で綾ちゃんまで・・・』

 今回えりがリングに上がる事を事務所は知らないはずであった。
 冴香が来ただけでも驚きなのに、今や事務所を代表するトップアイドルになった綾までこのリングに来るなんて・・・

 えりの戸惑いをよそに、目の前の綾は屈託の無い笑みを浮かべている。
 そして冴香も綾が来る事は知らなかったらしく、えりと目が合うと「ワタシ知らない」といった感じで首を横に振る。


 『どうなってんだ、おい・・・』

 綾の登場にえりと冴香が戸惑っているのを見て、江利子と友美も『ワケわかんねえよ!』といった感じで顔を見合わせている。
 するとここで栄子がえり達にある提案をする。

 
 「ねえ、ちょうどいいじゃない。あなた達三人、私らも三人。どう?三対三、タッグでやるっていうのは?」

綾と冴香の登場に戸惑うえりに対し、六人タッグを提案する栄子。
するとえりよりも先に冴香がこれに答える。


 「いいわよ!三対三で!!」

 「冴香ちゃん・・・」

 「そうですよえりさん!私達大須賀の仲間じゃないですか!」

 「綾ちゃん・・・」

えりは綾の言葉がたまらなく嬉しかった。

地下プロレスに出ると決めた時から絶対に他の仲間を巻き込みたくないと考えていたえり。
 しかしえりは弘美達の敵をとる為にこのリングに来ているのだから、負ける訳にはいかない。
 冷静に考えてみれば、今の自分が一人で栄子達三人に立ち向かう事は難しい。
 
 二人の言葉を聞いてえりは腹をくくった。

 
 「わかったわ・・・冴香ちゃん、綾ちゃん、よろしくね!」

 えりの言葉を聞いて冴香と綾は嬉しそうに頷いた。


 『何だよ、青春ドラマじゃあるまいし・・・』
 
『ここはブルーキャブのリングだぞ・・・』

 『大須賀が何で主役面してんだよ・・・』


 栄子達はえり達三人の会話を苦々しく聞いていた。
 そして三人共自分達が同じ事を考えている事を直感で感じていた。
 栄子、江利子、友美の三人は互いに顔を見合わせた後、一斉に大須賀の三人に襲い掛かる。


「うおらああっ!!」  


「きゃああっ!」

キャブトリオのいきなりの奇襲に驚く大須賀トリオ。江利子がえりを、栄子が冴香をそれぞれ場外に放り出し、後を追っていく。 そしてリング内に残った友美が綾を捕まえたところで試合開始のゴングが鳴らされる。


「カアーン!!」

場外では江利子がうずくまっているえりにストンピング攻撃をみまっている。えりの動きは見るからに悪く、やはり前の試合のダメージが残っている様子。
一方の栄子は冴香を鉄柵に叩きつけた後、えりと江利子の方に向かっていく。


「江利子っ!!」

声をかけられた江利子が倒れているえりを引きずり起こして羽交締めにすると、栄子が身動きのとれないえりに強烈なラリアットをきめていく。


「うっ・・・」

 栄子の豪腕ラリアットをもろに受けたえりは、喉元をおさえてうずくまっている。


 「調子にのってんじゃねえよこの野郎!!」

倒れているえりに捨て台詞を吐いて、自軍コーナーに戻っていく栄子と江利子。そこに入れ替わるようにして冴香がやってくる。


 「えりさん、大丈夫ですか?!!」

「私はいいから・・・綾ちゃんを・・・」

えりの弱々しい声に促され、冴香は心配そうな表情を浮かべながらしぶしぶコーナーに戻っていく。

リング内では友美が彩をボディスラムでマットに叩きつけていた。さらに友美は間髪入れずにエルボードロップを落としていくが、綾がこれを寸前でかわして自爆させる。


『この野郎!!』

自爆した友美はカッとなって素早く起き上がるが、綾がその立ち上がりざまを狙ってドロップキックを放つ。


「うおおっ?!」

倒された友美は、彩のドロップキックの予想以上の威力に驚いている。
 一方、コーナーで待ち構えている冴香も、綾のファイトぶりに驚いている。


 『彩ちゃん凄い・・・』

 リング上、ドロップキックで友美を倒した綾はロープに走り、友美の起き上がりざまにフライングボディアタックを見舞う。  友美がカウントツーであわてて返すと、キャブコーナーにいる江利子が友美にタッチするようにアピール。綾が調子づく前に流れを変えたいのだろう。
そして冴香も綾にタッチするように指示を出す。友美と綾がほぼ同時にそれぞれのコーナーに戻ってタッチを行ない、リング内は江利子と冴香という顔合わせになる。

 円を描くように歩いた後、リング中央でロックアップする両者。
二人とも173センチという長身なだけに、組み合う姿だけでも迫力十分である。
先に仕掛けたのは江利子の方で、冴香をコーナーに押していくと、ブレイク際にビンタを浴びせていく。
バシーンと乾いた音が会場に響き渡り、まるでそれが合図になったかのように、冴香の表情が鬼の形相に変わっていく。


 「・・・このヤロー!!!」

 冴香は大声をあげると、物凄い勢いで江利子に殴りかかっていく。
 江利子も負けじとこれに応戦し、大型タレント同士のド迫力の殴り合いに会場もヒートアップ。コーナーの綾もその迫力に圧倒されている。


 「うわあ、凄い・・・」

 綾が冴香と江利子の攻防をじっと見つめていると、さっきまでリング下でダウンしていたえりがふらついた足取りで大須賀コーナーにやってくる。


 「えりさん!大丈夫ですか?!」

 「大丈夫よ。ごめんね、綾ちゃんと冴香ちゃんに負担かけちゃって・・・」

 「えりさん・・・」

 えりは大丈夫といっているものの、ダメージを抱えているのは明らかであった。さっきまで綾は気付かなかったが、よく見るとえりの腕と脚はアザだらけである。それは全てはるみとの試合でつけられたものであった。


 『えりさんとっても痛そう・・・やっぱり綾が頑張らなくっちゃ!』

 えりの姿を見て気合いを入れ直す綾。
 しかしこの後、予期せぬアクシデントがえり達を待ち構えていた。

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