プロダクションバトルその9
リング上では江利子と友美が綾に合体パワーボムをきめようとしていた。
しかし江利子が綾の体を半分位持ち上げたところで急に動きを止め、綾をマットにおろしてしまう。
「江利子?!」
友美は突然技をやめた江利子に声をかけるが、江利子はこれに答えずに友美の後方をじっと眺めている。
その江利子の視線をたどるように友美が背後を振り返ると、ロープをくぐってリングに入ってくる怪しげな人物の姿が。
『?!』
リングに入ってきたのはTシャツにジーンズ姿の女性で、何故かタイガーマスクの覆面を被っている。
その女タイガーマスクは、スレンダーではあるが出るところは出ていて、Tシャツにジーンズというスタイルが抜群のプロポーションを際立たせていた。
「よっ!」
女タイガーマスクは軽く右手を挙げ、馴々しい感じで江利子と友美に声をかけてくる。
「何だテメエ?」
友美がいらついた感じでそういうと、タイガーマスクの女は『まあまあ』といいながら両手を上下させて、友美をなだめようとする。しかしマスクから覗いている口元がにやついていて、それが友美を苛立たせていた。
『誰だこいつ?オカムラにしちゃあデカいし・・・ていうか、どう見ても女だもんなあ・・・』
江利子がいらついている友美の背後で女タイガーマスクの正体を考えていると、女タイガーマスクが友美の肩越しに覗き込むようにして江利子に話かけてくる。
「おー江利子じゃん!久しぶりぃ!」
『えっ?!』
女タイガーマスクの言葉に驚く江利子。
“ワタシの事知ってるの?”
江利子は捕まえていた綾から手を離し、友美の背後から友美の横に並ぶように出てくると、覗き込むようにして女のマスクから見えている目と口元を確認する。
“何か見覚えがあるような・・・”
江利子が考えていると、女タイガーマスクがじれったそうに口を開く。
「ほらあ!わかんないかなあ?ワタシよ!ワ・タ・シ!!」
『!!!』
女タイガーマスクが自分を指差しながら江利子に向かってそう言った瞬間、その女の声が江利子の記憶の中の、CMで共演したある女優の声と一致し、たちまち江利子の表情が凍り付く。
「・・・ヨ、ネ、ク、ラ、さん・・・?!」
江利子が目を点にしてつぶやくようにそう言うと、女タイガーマスクは江利子に顔を近づけ、嬉しそうにニヤリと笑った。
「・・・正解!!!」
女タイガーマスクは人気クイズ番組の司会者のようにいきなりそう叫ぶと、被っているマスクを脱ぎ捨て、唖然とする江利子の腹をトーキックで蹴りあげる。そしてその場でクルッと反転して江利子に背を向けると、前のめりになった江利子の頭を肩に乗せてストーンコールド・スタナーを決めていく。
『!!!』
二人のやりとりを見ていた友美は、一瞬の出来事にあっけにとられていた。目の前で江利子の頭が跳ね上がり、弧を描くようにしてマットに沈んでいく。そして振り向いた女の素顔を見て絶句する。
『米蔵・・・涼子?!』
女タイガーマスクの正体は大須賀プロモーションの人気女優、米蔵涼子だった。
江利子を倒した涼子は唖然としている友美にも同じようにトーキックからストーンコールド・スタナーをきめていく。
「涼子さん?」
「米蔵さん?」
「米蔵涼子?!」
「米蔵だあ?!」
リング下にいる栄子やはるみ、そしてえりと冴香も、涼子の登場に驚いていた。
人気女優のまさかの登場に、たちまちヒートアップする観客達。
「オイ!!よくもウチの可愛い箱入り娘をこんな風にしてくれたなあ!覚悟はできてんだろうなあ!!」
気を失っている綾のそばに立ち、場外にいるブルーキャブのタレント達にアピールする涼子。
これを聞いた栄子は、たちまち怒りの表情に変わっていく。
「おい!ヨネクラ潰せ!!」
栄子の声が合図となり、リング下に陣取っていたブルーキャブのタレント達が次々にリングに上がっていくが、涼子の鋭い眼光を見ただけで、攻撃を躊躇ってしまう。
涼子はそんな『蛇に睨まれた蛙』状態のキャブのタレント達に対し、次々にストーンコールド・スタナーを見舞っていく。
圧倒的な数的不利にもかかわらず、『格の違い』でセコンド達を蹴散らしていく涼子。
この状況に業を煮やした栄子とはるみもリングに上がり、孤軍奮闘する涼子に襲い掛かっていく。
「調子に乗んなよババア!!」
「何だとホルスタイン!!」
互いに罵声を浴びせながら、感情をむき出しにして殴り合う栄子と涼子。
ここではるみが栄子に加勢し、涼子の背後からハンマーパンチを振り下ろして動きを止めていく。
栄子とはるみが二人がかりで涼子をロープに振り、ダブルのクローズラインを狙っていくが、涼子がこれを伏せてかわす。
涼子はそのまま反対側のロープに走り、両腕を広げてダブルラリアットで逆に二人を倒してしまう。
しかしここで涼子が一息ついたところに、蘇生した江利子がビッグブーツを見舞っていく。
油断したところで顔面に強烈な一撃を受け、吹っ飛ばされる涼子。
最初は突然乱入してきた涼子に動揺していた江利子もようやく我に返った様子である。
さらに江利子に続いて蘇生した友美がキャンバスに倒れた涼子にエルボードロップを落としていく。
そして先程涼子にダブルラリアットで倒された栄子とはるみも怒り心頭といった様子で涼子に近づいてくる。
「オバサンが調子にのってんじゃねえぞ!!」
栄子達は倒れている涼子に罵声とともにストンピングを浴びせていく。涼子も負けじと立ち上がろうとするが、四人がかりでこられてはどうする事も出来ない。
リング内の綾は相変わらずダウンしたままで、場外のえりと冴香も大勢のセコンド達を振り切る事が出来ずに捕まっている為、涼子は孤立無援状態になっている。
四人がかりのストンピング攻撃のあと、江利子と友美が涼子を無理矢理引きずり起こすと、先程綾にきめそこなった代わりとばかりに、合体パワーボムをきめていく。
この強烈な一撃で孤軍奮闘していた涼子もついにダウンする。
「おらあー、大須賀潰すぞー!!」
勝利を確信し、大声で観衆に向かってアピールをする栄子。
栄子達四人は二言三言かわした後、江利子が涼子に、友美が綾に近づいていき、栄子とはるみがそれぞれ対角線上のコーナーポストに上っていく。
そして江利子が涼子を、友美が綾を肩車し、江利子が栄子の待つコーナーに、友美がはるみの待つコーナーに近づいていく。
どうやらブルーキャブ軍はダブルインパクトを涼子と綾の二人同時にきめようとしている様子。肩車された涼子と綾は二人とも朦朧としていて全く抵抗する様子がない。
今度こそ万事休すか?
しかしここで突如両コーナー付近に白煙が立ちこめる。
「ゲホッ、ゲホッ?!・・・」
白煙がたちこめたリング上で、たまらずむせこむ栄子達。白煙はリング下にまで広がっていて視界が完全に閉ざされてしまっている。
『何なの、いったい?!』
突然起こった異常事態に戸惑う栄子。すると白煙の中からいきなり手が伸びてきて、コーナーポスト上の栄子の腹部にパンチを浴びせてくる。
『ぐふっ!』
予期せぬボディブローにうめき声をあげる栄子。さらに謎の手は栄子を捕まえると、そのままデッドリードライブでキャンバスに放り投げていく。
『・・・?!』
マットに叩きつけられた栄子は頭が混乱していて状況が全く把握できていない。目を凝らして辺りを見回すと、江利子と友美がひざまづいていて、対角線コーナーでははるみが栄子と同じように何者かにデッドリードライブで放り投げられている。
『一体どういう事・・・?!』
リング上の異変に戸惑う栄子。そして異変はリング下でも起こっていた。
リング下では、視界を奪われたキャブのセコンド達が、この予期せぬアクシデントでパニック状態になっていた。捕まっていたえりと冴香はそのおかげで解放されたものの、全く状況が飲みこめていない。
「あうっ!」
「ううっ!」
白煙の中からキャブのセコンド達のものと思われる変なうめき声が聞こえてくる。
“一体何が起こっているというのか?”
えりが戸惑っていると、いきなり誰かがえりの腕を引っ張ってきた。
「えり!こっち!!」
聞き覚えのある声に促され、えりは腕を引かれるまま歩いていく。
「ここは・・・」
えりはいつのまにか自軍コーナーに戻っていた。
ブルーキャブのダブルインパクトから逃れた涼子は、リング下にいた。
いきなりリング上が白煙に包まれ、自分を肩車していた江利子が突然崩れ落ちるようにひざまづいた為、その反動でマットに投げ出された涼子は、そのまま転がるようにしてリング下にエスケープしたのだった。
しかし涼子も他のタレント達と同じで相変わらず状況が飲み込めていない。
やがて白煙が収まり、周りの視界が開けてくると、キャブのタレント達がリング下でうずくまっていて、近くに消火器が転がっていた。 そして倒れているキャブのタレント達の傍に、ガスマスクを被った三人の姿が。
『?!』
不思議そうに眺める涼子の前で、三人はガスマスクを外した。
「・・・怜?亜沙美?・・・麻紀?!」
涼子達の危機を救ったのは、同じ大須賀プロの菊河怜、石河亜沙美、多丸麻紀であった。
三人はガスマスクを被り、消火器を片手に乱入。亜沙美と麻紀がリング上に消火器を噴射し、肩車していた江利子と友美に股間蹴りを見舞い、コーナーポスト上の栄子とはるみをデッドリードライブでキャンバスに叩きつける。
そして怜はリング下で消火器を噴射し、えりを大須賀コーナーに連れていく。さらに亜沙美と麻紀がリング下に降りてきて、白煙で視界を奪われたキャブのタレント達を背後から次々に襲ったのだ。
三人の顔を見て唖然とする涼子。亜沙美と麻紀がダメージで立ち上がれない涼子を両脇から支えるように抱き起こす。
「涼子さん何やってんですかあ、あんな覆面かぶって!」
「アンタ見てたの・・・だったら・・・もっと早く・・・助けに来なさいよ・・・」
「そんなあ!本当はすぐにでも行きたかったのに、涼子さんの顔を立てて三人共我慢してたんですよー!だいたいこれだけの人数に一人で向かってく方が無茶ですよ!もっと頭使わないと!」
「いったい・・・消火器のどこが・・・アタマ使ってんのよ・・・アンタホントにT大出身?!」
涼子はリングに乱入した自分も顔負けの暴挙を繰り広げながらも、あっけらかんとしている怜にただただ呆れ返っていた。
「ちょっとアンタ達、なめたマネしてくれんじゃないのよ!」
そういいながら涼子達四人の前にやってきたのは、麻紀にデッドリードライブで投げられた根元はるみだった。はるみの後ろにはXCTのメンバーを始め、闇討ちにされたセコンド達が数人従えている。手負いの涼子と怜達三人ではどう考えても不利は明らかである。
「局山の前にアンタ達からやってやるよ・・・」
はるみはそう言って後ろを振り返ると、セコンド達に「やれ!」とでも言うかのように、アゴをしゃくるポーズを見せる。これが合図となり、キャブのタレント達が一斉に涼子達に襲い掛かろうとしたその時、
「ちょっと待ったー!!!」
半グロッキー状態の涼子が声を絞りだすにそう叫ぶと、その声の迫力にはるみ達は思わずその場に立ち止まってしまう。
涼子は麻紀と亜沙美に抱えられたまま、ふらつきながら前に出てくると、その鋭い視線ではるみをにらみつけ、静かに話し始める。
「・・・オイ・・・やるんだったらやれ・・・その代わり・・・オマエら全員、顔覚えたからな・・・いつか必ず・・・アイサツさせてもらうよ・・・何ヶ月・・・いや、何年かかっても・・・必ず、おまえら、全員のトコロにいくからな・・・アイサツに・・・来て欲しくなかったら・・・ここでワタシを潰すか・・・黙って引き下がるか・・・どっちか選ぶんだな・・・」
涼子は息を切らせながらそれだけしゃべると、はるみを睨みつけたままニヤリと笑う。
この涼子の口上を聞いたはるみ達はその場で凍りついていた。
麻紀と亜沙美に支えられてやっと立っているような状態にもかかわらず、その鋭い眼光と言葉だけではるみ達を圧倒する涼子。
これがまさに「格の違い」というものであろう。
「・・・お、おい!・・・行くぞ!」
結局、はるみ達は涼子達に手を出さずにその場を離れていった。
怜達の乱入騒ぎでキャブのセコンド達から解放された冴香は、ようやく白煙がおさまり始めたリングに上がり、倒れている綾に駆け寄っていく。
「綾ちゃん大丈夫?!」
冴香の声を聞き、力無く頷く綾。キャブ勢の猛攻で受けたダメージから多少は回復している様だが、そのボロボロになった姿は冴香の怒りを爆発させるのに十分であった。
「うあああーっ!!」
冴香は会場に響き渡るような雄叫びをあげると、股間蹴りをくらってすぐそばにひざまづいている友美の顔面に江利子ばりの強烈なビッグブーツを見舞っていく。全く無防備だった友美はこの一撃で吹っ飛ばされてしまい、転がり落ちるようにして場外に転落。さらに冴香は立ち上がろうとしていた栄子にもビッグブーツを見舞っていく。
大将格の栄子までもマットになぎ倒し、アドレナリン出まくり状態になった冴香は、自分のターゲットである江利子に向かっていく。
「おらあー、佐藤!!!」
冴香はひざまづいている江利子を引きずり起こしてロープにふり、強烈なドロップキックを見舞っていく。そのバズーカ砲のような一撃で江利子を場外まで吹っ飛ばすと、冴香はロープに走り、場外の江利子に向かってトペを敢行する。
173センチの冴香の豪快なトペに沸き上がる観衆達。場外では江利子と冴香が折り重なるようにして倒れている。
江利子のダメージも相当だが、冴香もそれまで受けたダメージが一気に吹き出したようで、両者とももはや戦闘不能の状態の様子。
冴香が暴れ回ったリング上には試合の権利者である綾と栄子だけが残っていた。
さっきまでダウンしていた綾もようやく意識を取り戻したらしく、ロープに捕まりながら立ち上がろうとしている。
一方栄子はすでに立ち上がってはいるものの、先程の冴香のビッグブーツが効いているのか、口元から血を流しながらコーナーにもたれかかって休んでいる。
そして綾がようやくトップロープに捕まりながら立ち上がると、背後からえりの声が聞こえてくる。
「綾ちゃん!!!」
綾が振り返ると、大須賀コーナーにえりが立っていた。えりは綾に向かって手を伸ばし、タッチを求めている。
そしてコーナーにもたれかかっていた栄子も、えりの声を聞いた瞬間にガラリと目付きを変え、タッチを求めているえりをじっとにらみつける。
「えりさん・・・」
綾は自分を支えているロープから手を放すと、よろめきながらコーナーに向かっていく。
そして栄子も腹をくくったのか、あえて妨害にはいかずにえりと綾がタッチするのをじっと待っている。
「えりーっ!!!」
突然リング下にいる涼子に声をかけられ、えりが涼子の方を見ると、涼子がえりに向かって親指を立てた拳を突き出してくる。
この涼子の無言のエールに答えるようにえりはコクリと頷き、コーナーに戻ってきた綾とタッチをかわした。