プロダクションバトル外伝 −前編−

 


 「地下プロレスかあ・・・」

 “所属事務所のブルーキャブが地下プロレスを開催する”

 そのニュースを聞き、恵美は他のタレント達以上に、地下プロレス出場に意欲を燃やしていた。



 男性誌のグラビアに登場するや、たちまち人気グラビアアイドルになった恵美。
 他の先輩タレント達と同じようにバラエティ番組に進出し、トークも出来る事をアピール。これがきっかけで男性だけでなく女性からも支持されるようになり、ついには人気ドラマで女優デビューも果たした。

 タレントとしてはまさに順風満帆の道を歩んでいた恵美だが、本人は決してその状況に満足していはいなかった。

 そしてその原因となっているのは、同じ事務所の仲間である大池栄子、佐藤江利子、根元はるみの存在であった。


 水着グラビアをほとんどやらなくなったにもかかわらず、未だにブルーキャブの代名詞のような存在である栄子。

 173センチの長身に加え、すらりと伸びた長い手足に、88・58・88という抜群のプロポーションの持ち主で、スタイルの良さは芸能界ナンバーワンとまでいわれている江利子。

 栄子と江利子がグラビアの仕事を減らし、自分がそのままグラビアクイーンの座に就くはずだったところ、そこに突然現われた驚異のアイカップバストの持ち主、はるみ。


 三人はまさに「目の上のタンコブ」であり、恵美の嫉妬の対象であった。


 野球選手に例えるならば、攻走守三拍子揃っていて、ベストナインやゴールデングラブには選ばれるが、打撃タイトルには無縁の選手といった感じで、恵美はこれだけ活躍しているにもかかわらず、自分がトップだと実感した事は一度としてなかった。


 そんな恵美にとって、地下プロレスの話はまさに朗報であった。
 グラビア、バラエティ、女優とどれをとっても二番手以降に甘んじている自分をアピールする絶好のチャンスであり、地下プロレスで暴れる事で、これまでの積もり積もった欝憤をはらす事ができるのでは、と恵美は思ったのだ。


“地下プロレスで活躍して周囲の人間を見返してやる。”

そう決意した恵美は来るべき地下プロレス出場の日に向けて、早速通っているジムでプロレスのトレーニングを開始した。


 

 そしてブルーキャブ主催の地下プロレスが始まって二ヵ月程経った頃、恵美にとって待望のデビュー戦が行なわれる事になった。
 しかしこのデビュー戦が、恵美の今後を大きく左右する事になる。



 恵美のデビュー戦の相手はあの菊河怜と同じT大出身という事で話題のタレント、六条花であった。
 T大出身というだけでなく、172センチ、92・63・95というダイナマイトボディの持ち主で、最近グラビアやバラエティ番組で見かける事が増えているタレントである。
 

 リング上、六条を目の前にした恵美は明らかに不機嫌な態度を見せていた。


 『それにしてもむかつくよな〜、このデカ女!大体何でT大出たヤツがタレントやってんだよ?今日だってどうせ興味本位でリングに上がってんだろうし・・・』

 花に対して敵意むき出しの恵美。しかし花の方は自分より14センチも低い恵美が相手とあって、余裕の表情を見せている。そんな花の態度が恵美の闘志に一層火をつける。


 『なめんなよー、インテリ姉ちゃん!』

 恵美はゴングと同時にコーナーから飛び出し、花につかみかかっていく。しかし組み合ってみると172センチの花のパワーはすさまじく、恵美はあっという間にロープにつめられてしまう。
 ブレイクを命じられた花は、すんなり応じたものの、直後にあるパフォーマンスを見せる。


 「カモ〜ン!」

 花はにやにやしながらジェスチャー付きで恵美に向かってアピール。完全に小馬鹿にされた恵美の怒りは頂点に達していた。


 『・・・このヤロー!!』


 恵美は顔を真っ赤にして花に襲い掛かっていくが、反対に突き飛ばされてマットに尻餅をついてしまう。
 それでも恵美は立ち上がって再度花に向かっていくが、花がその長い足でキックを出して牽制してくるので近づく事ができない。
 全く思い通りにいかないこの展開に冷静さを失った恵美は、低い体勢から強引なタックルを仕掛ける。


 “バキッ!”


 恵美がタックルを仕掛けた瞬間、花が反射的に出したひざが偶然恵美の顔面を捕らえる。
 恵美がマットに崩れ落ちるとあわててレフェリーが駆け寄り、恵美の様子をうかがうが、恵美は鼻血を流していて目には涙をにじませている。


 「大丈夫、大丈夫だから・・・」

 恵美は心配顔のレフェリーに向かって強がってそういうものの、なかなか立ち上がる事ができない。
 すると花が恵美に近付き、顔を覗き込みながら恵美に声をかける。


 「あ〜らどうしたの、恵美チャン!だいじょうぶ?」

 花は言葉では気遣っているものの、完全にからかっている口調で、明らかに目が笑っている。


 「うるせえんだよ、このデカ女!!」

 花の態度に怒った恵美がそう言い返すと、ここで急に花の表情が変わった。


 「何だとこのヤロウ・・・」

 花はつぶやくようにそう言うと、いきなりひざまづいている恵美の顔面に強烈なキックを浴びせる。
 小柄な恵美はその一撃で吹っ飛ばされてしまい、さらにマットに倒れたところ、花が馬乗りになって恵美の両頬に平手打ちを連発していく。


 「いい気になってんじゃねえぞチビ!チビのくせにこんなデカパイしてるからタックルもできねえんじゃねえのか?!」

 平手打ちを連発した後、花はそう言いながら恵美のHカップバストを鷲掴み、クロー攻撃のようにして爪を立てていく。

 恵美はその痛みに表情を歪め、抵抗しようとするが、172センチの花に乗っかられてしまってはどうにもならない。

 花は一旦マウントを外すと、恵美の髪の毛をつかんで無理矢理立ち上がらせ、恵美を軽々と抱え上げる。
 さらに花はそのまま恵美をコーナーに連れていき、コーナーポストに逆さ吊りにすると、身動きのとれなくなった恵美の顔面を踏み付けていく。


 「おらあ!どうしたデカパイ!!」

 花は大声で恵美を罵倒しながら、逆さ吊りになった恵美の顔面にリングシューズをぐいぐい擦り付けていく。
 花は試合の中で「女王様モード」にスイッチが入ったらしく、恵美を痛ぶるその表情は生き生きとしていて、才女タレントの面影は全く感じられない。

 レフェリーも何とか止めようとするが、花は完全に興奮状態で全く言うことを聞かない。
 キャブのセコンド達もリングに上がり花を押さえようとするが、この日は栄子ら主力メンバーが不在で新人タレントしかきていなかった為に、暴走状態の花を誰も止める事が出来ない。

 結局、レフェリーに従わなかった花の反則負けという裁定が下されるが、恵美にとってはあまりにも悲惨なデビュー戦となった。





デビュー戦で悔しい思いをした恵美は、次回出場に向けて猛トレーニングを積んでいた。


 「もっとパワーをつけなきゃ・・・」

 ハードスケジュールの合間をぬってトレーニングを重ねてきた恵美は、テクニックだけは相当なものを身につけていた。

 そうでなくても、これまでに地下プロにあがったタレント達が相手だったら十分恵美は勝てたはずなのだが、それまでで一番強いと思われる六条花が相手だったという事が恵美の不運だった。

 しかし花にしても所詮は素人で、確かにパワーで恵美を圧倒したものの、タックルを防いだヒザは偶然出たものであった。
 もし試合途中のタックルが決まっていたら、展開は全く違っていたであろう。


 “もうあんな悔しい思いはしたくない!”

 決意を新たにトレーニングに燃える恵美。

 偶然花のヒザがあたった事で、散々なものとなったデビュー戦。
 しかしその代償は恵美の考えている以上に大きなものとなっていた・・・




「やっぱ恵美じゃ無理か・・・」


 大池栄子はビデオを見ながらそうつぶやいた。


 その日、ブルーキャブの事務所の一室で、地下プロレスに関するミーティングが行なわれていた。
 このミーティングは定期的に行なわれていて、カードの編成、試合内容の反省、トレーニング用のジムや試合会場の情報交換等、様々な事が話し合われる。

 そして話の中で先日行なわれた恵美のデビュー戦の事が話題にあがり、集まったタレント達がそのビデオを見ながら意見を言い合っていたのだった。


 「あのコ小さいから、ああやってパワーで押されるとどうにもできないんだよ・・・」

 ビデオの中で六条花にコテンパンにやられている恵美の姿を見て同情するかのように栄子が言うと、他のメンバーも一様に頷く。



 実は栄子は前々から恵美の地下プロ出場に反対していた。

 しかしそれは決して恵美が嫌いだとか、そういう理由ではない。

 最近のタレントはみんなスタイルが良く、地下プロレスに出場するタレント達を見てもほとんどが160センチ以上で、恵美と対戦した花のように、170センチ以上というのも珍しくはない。
 そうなると、158センチしかない恵美はそれだけで不利である。

 しかも恵美はレギュラー番組をいくつも持っていて、今や栄子よりも忙しい位である。
 ただでさえ体格的に不利な恵美なのに、トレーニングもろくに出来ない今の状況でリングに上がっても、地下プロレスの目的である『ストレス解消』はおろか、かえって恵美が辛い思いをするんじゃないか、と栄子は考えていたのだ。



 「そうだよねえ。でもさあ、あのコ負けず嫌いなところあるから、身長差があるからしょうがない、なんていう風に割り切れないと思うよ、絶対。多分試合中も、歯痒い思いしてたんじゃないかなあ・・・」


 そう言って恵美を気遣っているのは先輩タレントの山田万里矢であった。

 万里矢はリングには上がらないが、後輩達より業界事情に精通しているので、アドバイザーという形で地下プロレスに関わっていた。


万里矢は恵美のデビュー戦を見ていて、自分がデビュー直前に「研修」という名目で、地下プロレスの見学に連れていかれた時の事を思いだしていた。

 出場していた先輩タレント達が次々にやられていくのを見て、悔しさのあまりリングに乱入した万里矢は、相手に一太刀も浴びせる事が出来ずにリングから放り出されてしまう。
その時「自分が小柄であるがゆえの無力感」を痛感した万里矢は、今回の恵美の事は他人事に思えなかったのだ。



「だけど出てくるコがみんなおっきいって訳じゃないからさあ、小さいコが相手の時に出してあげればいいんじゃないかなあ・・・」

恵美の地下プロレス参戦に否定的な意見が続いたところで、思わず佐藤江利子がフォローを入れるが、すかさず栄子が反論する。


「ちょっと江利子!リングに上がりたいのは恵美だけじゃないんだよ!レギュラーどころか、なかなかグラビアの仕事1本まわってこない、せめて地下プロレスでも、ってコがいくらでもいるの!わかるでしょ?!」

「そりゃそうだけど・・・」

栄子にダメ出しされた江利子は口を尖らせ、すねたような表情を見せている。
半分思い付きで言った意見を完全に否定された為、江利子はそれ以上何も言わなかった。


「だからワタシだって、出るからにはみんなに文句言わせないようなファイトしなきゃ、って思ってる。江利子だってそうでしょ!ねえ見た?あの花って女の得意そうな顔を!地下プロレスはブルーキャブの為にやってんのよ!あんなヤツの為にやってんじゃないの!地下プロレスがこんなモンだってなめられる訳にはいかないのよ!」

 熱弁を奮う栄子に対し、もはや異を唱えるものはいなかった。



 最初は恵美に対する「思いやり」から地下プロ出場を反対していた栄子。
 しかし地下プロレスが始まってからブルーキャブ勢の圧倒的勝利が続いた事で、単なる「ストレス解消」の場だった地下プロレスは、いつのまにか「ブルーキャブの力を誇示する」場に変わっていた。
 それ故、栄子は今回の恵美の試合振りがどうしても許せなかったのだ。
 


 恵美は当然、このミーティングには出席していなかった。
 というよりも恵美にはこのミーティングがある事さえ、伝えられていない。

デビュー戦で散々な目に遭った恵美を気遣って、といえば聞こえはいいが、早い話が「欠席裁判」である。


このミーティングで、「恵美を地下プロレスに出すな」というのがブルーキャブ内での暗黙の了解となり、恵美は自分の知らないところで、地下プロレスへの出場資格を失う事になった。




デビュー戦から一ヵ月以上経ったある日の事。
 ミーティングの事を全く知らない恵美は、オフを利用して都内のジムで、パワー不足を解消する為に始めたウェイトトレーニングを行なっていた。

 そのジムは他にも芸能人が多く訪れていて、タレントだからといちいち声をかけられる事もほとんど無いので、恵美はそれが気に入ってこのジムへ通い続けている。


 『あ〜、試合に出たいなあ・・・』

 あれからずっと地下プロレス出場を希望しているのに、なかなか2試合目が組んでもらえない。
売れっ子の恵美だけに、なかなかスケジュールが合わないという事もあるのだが、地下プロレスの日に予定がなくても、大抵出場するタレントが決まってしまっている。
そのほとんどが、普段仕事のないタレント達なので、仕事を沢山もらっている恵美としては譲らざるを得なかった。


『ワタシばっかり、ワガママ言えないもんなあ・・・』

自分にそう言い聞かせながら黙々とトレーニングを続ける恵美。
 多くのタレントが訪れるこのジムだが、ブルーキャブで利用しているのは恵美だけであった。

仲間達の知らないところでトレーニングを積んで試合でみんなアッと言わせようと、恵美は考えていた。

もし、このトレーニングに励む恵美の姿を事務所の仲間が見ていたら、出場停止は解かれていたかも知れない。

よもや自分がとっている行動が自身の首を絞める事になっていたとは、この時恵美は知る由も無かった。




それからさらに半年が過ぎたある日の事。
恵美は、事務所の一室で自分が出演した番組のVTRをチェックしていた。

恵美のVTRチェックは事務所内では有名な話で、一旦始まると部屋の鍵まで閉めて何時間もテレビを独占するので、他のタレント達からも不満の声が揚がっている。
しかし当の恵美本人は「仕事の為だから」と、全く聞く耳持たずで、あの栄子でさえも諦めて何も言わなくなった程である。

 恵美はその恒例のVTRチェックを済ませた後、部屋でくつろぎながら地下プロレスの事を考えていた。


 「そういえば最近全然地下プロレスやらなくなったよなあ・・・」


 ブルーキャブの地下プロレスは毎月、少ない時でも数試合は定期的に行なわれていたのだが、ここ数ヵ月全く試合の予定が組まれて無かった。
 恵美自身もあの屈辱的なデビュー戦以来、相変わらず地下プロレスに出場していない。


『結構パワーついてきたのになあ・・・』

“今度こそはちゃんとした試合を”

そう決意した恵美は、多忙なスケジュールにもかかわらず、少ないオフのほとんどを地下プロレスの為のトレーニングに費やしてきた。
もしこのまま地下プロレスが開催されなかったら折角の努力が無駄になってしまう。


『まあ、ここで悩んでもしょうがないか。』

そう思った恵美は、気分転換に何かビデオでも見ようと、部屋の中を物色しはじめる。


「今日は他に誰もいないから、ゆっくり見れるぞ〜。」


恵美のいる事務所の一室はホームシアターのようになっていて、部屋には事務所のタレントが出演しているモノ以外にも映画や音楽等、色々なビデオ、DVDが置いてある。
この日事務所には恵美以外のタレントは来ていなかったので、気兼ね無く時間をつぶす事ができる。

恵美が鼻歌を歌いながらソフトを選んでいると、一本のビデオテープが恵美の目にとまる。


「・・・何だろ、このビデオ・・・」


白いケースに入ったそのビデオテープにはラベルも何も貼ってなかった。
恵美はそのビデオを手に取り、中身を出して確認するがやはり何も書かれていない。


「Hなヤツかなあ・・・」


恵美は何気なく手にしたそのビデオテープが妙に気になり、それをビデオデッキにセットした。

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