プロダクションバトル外伝 −中編−





 
 今から2、3年程前、ブルーキャブがまだ地下プロレスをやってなかった頃の話である。

その頃恵美はある仕事がきっかけで自信を失い、一人思い悩む日々を送っていた。



「全く・・・いやんなるよなあ・・・」


恵美の憂欝の原因になっていたのは、当時行なわれたあるグラビア撮影の仕事だった。


それは某雑誌のスペシャル企画として行なわれたもので、グラビア界のリーダー的存在であるブルーキャブのトップスリー、大池栄子、佐藤江利子、恵美がグラビアで共演する、という企画であった。


別に恵美がその撮影で何か失敗したとか、出来栄えに納得出来ないとかいう事ではなく、恵美自身はむしろベストを尽くした納得のいく仕事が出来たと思っていた。


問題は、その時一緒に仕事をした栄子と江利子だった。
 無論、その二人が撮影中に恵美に嫌がらせしたとかそういう訳でもない。


「大体反則だよ、あの二人・・・」


恵美が反則だといっているのは二人のプロポーションの事である。
スリーサイズで比べれば、恵美も決して二人に劣ってない。バストに関していえば、恵美が三人の中で一番大きい。
しかしこれが「身長」となると話が違ってくる。


 恵美が身長158センチなのに対し、栄子が166センチ、江利子に至っては173センチと、三人が並ぶと恵美は際立って小さく見える。

 最近日本人女性のスタイルが欧米化している、なんて事がよく言われているが、この二人はまさにその代表例で、撮影中も恵美は「外国人の中に紛れ込んでしまった日本人」のような感覚を受けていた。


確かにデビュー前から二人の事は知っていたし、デビュー後も事務所の先輩後輩として付き合ってきた訳だから、「何を今さら」という感じではあるが、二人と一緒に撮影した事で改めて自分と二人の「スタイル」の違いを思い知らされたのである。


 「二人ともカッコ良かったなあ・・・背ぇ高いし、脚長いし、ボン、キュッ、ボンだし・・・」


自分の場合は男性誌の水着グラビアしか出来ないが、あの二人だったら女性誌のファッションモデルだって出来るだろう。
これから身長が伸びる訳ないし、そんな事を考えてもしょうがない、と自分に言い聞かせようとしたが、 どうしても撮影の時の二人の颯爽とした姿が頭に焼き付いて離れない。


三人が共演したグラビアは、その雑誌の「次号予告」で告知された途端に話題となり、発売と同時に大きな反響を呼んだ。
 しかしその評判の高さとは裏腹に、当の恵美はそのグラビアがきっかけでひどく落ち込んでしまっていたのだ。


そんな恵美の精神状態は仕事にも影響を及ぼし始め、現場でもらしからぬNGを出したりして社長やマネージャー、先輩タレント達から叱られる事が増えていた。

 思い起こせば、それは恵美にとってデビュー以来初めて体験する「チョー最悪」の時期であった。




その雑誌が発売されてからしばらく経ったある日の事。
 恵美はテレビの特番の収録で都内のスタジオを訪れていた。


その番組は、何百人ものタレントが一同に会し、生放送で数時間に渡ってクイズを行なうという番組改編期恒例の人気番組である。

 恵美も出場経験があったので、番組の段取りは大体把握していたし、普段あまり会う事の出来ない色んなタレント達に会えるという事で楽しみにしている仕事なのだが、今回は例のグラビアの事をひきずっていて、いつもような気持ちのノリは無かった。

それでも恵美は、他の出演者にその事を悟られまいとばかりに、収録開始から精一杯、不自然なくらいに明るく振る舞っていた。


この番組では収録が長時間に及ぶ為に、途中で休憩タイムが設けられていた。
スタジオの中には縁日のような特設屋台が用意され、タレント達が軽い食事をとる事が出来るようになっている。
番組が生放送の為、当然休憩タイムの間もカメラが回っていて、画面はおでんなどをほうばりながら談笑するタレント達の姿を映し出していた。



「はあ・・・」

大勢のタレント達が特設屋台の前でたむろする中、恵美は少し離れた場所で食事もとらず、一人たたずみながらため息をついていた。

 クイズをやっている間は気持ちが張っていたので良かったが、休憩タイムに入った瞬間に急激にテンションが下がってしまい、恵美は余計な事、つまり例のグラビア撮影の事を思い出してしまっていた。


 『恵美、何考えてんだよ・・・仕事中だぞ!もっと集中しろ!』

 心の中でもやもやしている自分自身に喝を入れる恵美。

その時、恵美は一人の女性タレントが自分に近づいて来ている事に全く気付いてなかった。




「うわあ〜、すご〜い・・・」

突然、女の声が聞こえたかと思うと、いきなり手が伸びてきて恵美の胸を触ってくる。


『えっ、何?!』

いきなり胸を触られ、驚いた恵美が顔をあげると、目の前に一人の女性が立っていた。

その女性は恵美の胸に右手を置いたまま、恵美の顔をじっと見つめている。

恵美も、あまりに突然の出来事にあっけにとられていて、胸を触られたままの状態でその女性の顔を見つめている。



「・・・あっ、ごめんなさい!!」

しばらく二人で見つめあった後、その女性は我に返ったのか、謝りながら恵美の胸に置いていた手をあわてて引っ込める。


「あの・・・恵美ちゃん・・・だよね?」

女性は恐る恐るといった感じで恵美に話しかけてくる。


 「あっ、はい・・・」

 唖然とした表情で恵美が返事をすると、その女性は何か探りを入れるかのようにゆっくりと言葉を続ける。


「はじめまして・・・だよね・・・あっ、私・・・」

 その女性が自己紹介しようとすると、それを制するように恵美が口を開いた。

 

 「局山・・・えりさんですよね。・・・大須賀の。」


恵美に名前を呼ばれた瞬間、その女性はニッコリと笑った。




恵美の胸を触ってきた女性は、大須賀プロモーションに所属している女優の局山えりであった。

えりとは今回が初対面の恵美だが、実は以前からえりの事は知っていた。

 恵美はこの世界では有名な写真集マニアで、表情やポーズのとり方を研究する為、多くのグラビアアイドルや女優の写真集をコレクションしている。

 えりは今は女優業が主であるが、デビューのきっかけが水着のキャンペーンガールだっただけに、これまでに幾つもの写真集やDVDをリリースしていた。
恵美は当然えりの作品も持っていたので顔は知っていたし、何よりも写真集を見た時に、自分のまわりにいるブルーキャブのタレント達とは全く違うキャラだと感じたので、余計に印象が強かったのだ。





「私の事知っててくれたんだあ。嬉しいなあ〜・・・」


えりは恵美が名前で呼んでくれた事が嬉しかったらしく、その顔に満面の笑みを浮かべている。
一方恵美はえりの独特の朗らかな雰囲気に調子を狂わされている感じで、少し戸惑っている様子。


「あっ、そうだ!私見たの!ほら、あの大池さんとサトエリさんと三人で撮ったグラビア!」


「あっ・・・どうも・・・」


 えりがいきなりあのグラビアの事を口にしたので、恵美は一瞬表情を曇らせたものの、すぐに平静を装って生返事をした。


「でもスゴいなあ・・・」


「えっ?」


「だって恵美ちゃんこんなに小柄なのに、あのグラビアではすっごい存在感があるんだもん!」


「あっ、はあ・・・」


「それに、テレビとかで見てて、恵美ちゃんてサバサバした感じのコって思ってたけど、でもグラビアだと何ていうか、男を誘うような表情、っていうのかな。女のワタシが見てもセクシーだなって・・・」


「あっ、ありがとうございます・・・」


自分の事をほめちぎるえりに対し、恵美はまだ警戒心を取りのぞく事ができず、ぎこちない返事しかできない。

 そんな恵美に対し、今度はえりが表情を曇らせる。


「恵美ちゃん?」


 「はい?」


恵美は気の無い返事を続けていたので、えりの機嫌を損ねてしまったのでは、と思ったところ、えりは予想外の言葉を口にした。

 「どこか・・・カラダの具合でも悪いの?」


「えっ?」


「さっき恵美ちゃん見かけて声かけようと思って近づいたら何か元気なさそうだなって・・・あっ、ひょっとして胸さわった事、怒ってる?」


そう語るえりは本当に悲しそうな表情を見せていた。
どうやら恵美の胸を触ったのも、元気のなさそうな恵美を見て、笑わせようとふざけてやったらしい。


「あっ、いや、全然元気!あっ、元気です!ホントに・・・」


心配そうなえりの様子を見て、滑稽なぐらいにあわてて否定する恵美。


「ホントに?」


「うん、あっ、ハイ、ホントホント・・・本当・・・です・・・」


恵美がムキになって否定すると、えりの表情に安堵の色が浮かぶ。


「よかったあ・・・」


えりがそう言ってニッコリ微笑んだ瞬間、休憩タイムがまもなく終わるというアナウンスが聞こえてくる。


「あっ、それじゃあ恵美ちゃん、また!」


「あっ、ハイ・・・」


恵美が返事をすると、えりは小走りにその場を去っていった。





 番組は休憩タイムが終わって、クイズが再開されてから最初のCMに入るところだった。


『それにしても、いきなり胸触ってくるんだもんなあ・・・』


恵美はさっき声をかけてきた局山えりの事を考えていた。
自分とは全く反対の、見るからにおっとりした印象のえりがあんな突拍子もない事をするなんて・・・
その事が今さらながら可笑しくなった恵美は思わず「フフフ」と、思い出し笑いをしてしまう。


「ちょっと何よめぐみぃ、気持ち悪いわねえ!」


急に笑いだした恵美を見て、隣の席に座っている大池栄子がすかさず突っ込んでくる。


「えっ、あっ、・・・」


思い出し笑いを栄子に指摘され、うろたえる恵美。
すると栄子の隣に座っていた佐藤江利子も、興味津々といった顔で、恵美の方を覗き込んでくる。


「そういえば、アンタさっきいなかったよねえ。男と待ち合わせでもしてたの?」


「そんな訳ないじゃない!」


「あっ、じゃあいいオトコいないか探してたんだ?!」


「ちょっとお!!」


「恵美ちゃん、抜け駆けはダメだよ!後でワタシと栄子ちゃんにも紹介してよね!」


 「あのねえ!!」


的外れなツッコミに付き合ってられないとばかりに、声を荒げる恵美。栄子と江利子は「お〜怖っ!」とおどけて、恵美の方を見ながら二人でヒソヒソ話をし始める。


 CMが終わってしばらくクイズが行なわれた後、またCMに入ったところで恵美は再びえりの事を考えていた。


 『わざわざ向こうから声かけてくれたのに・・・悪い事したなあ・・・』


恵美はえりにそっけない態度をとってしまった事を後悔していた。
ブルーキャブの中にはいない、「優しいお姉さん」タイプのえりにどう接していいかわからなかったのだ。


『何かワタシの事マジで心配してたもんなあ・・・』


えりが見せた悲しそうな表情が脳裏に浮かんでくる。


『グラビア見てくれてたんだよなあ・・・』


えりは恵美の事をセクシーだといってくれた。
当然社交辞令も含まれているのだろうが、少なくともえりがあのグラビアをしっかり見てくれた事はその話し振りからも伝わってきた。

『ずーっと触ってたもんなあ・・・』


恵美は視線を落とし、自分のHカップバストをしげしげと眺める。



『そうだよ・・・ワタシには二人に負けないこの胸があるじゃない・・・二人よりもHな表情が出来るじゃない・・・』

えりとの会話を思い出しているうちに、恵美は自分を見失っている事に気付いた。


 “何で栄子達の事をひがんでいたんだろう?”


今まで落ち込んでいた事が馬鹿らしく思えてくる。

胸のつかえがとれた恵美の顔には自然に笑みが浮かんでくる。



「ちょっとちょっとめぐみぃ!アンタいい加減にしなさいよ!!」


「あっ、いや、・・・」


思わずにやけてしまったところを再び栄子に突っ込まれ、激しく狼狽する恵美。
 江利子もすかさず身を乗り出して恵美の顔を覗き込んでくる。


「やっぱいいオトコ見つけたんでしょう!!あ、わかった!今流行りのイケメンヒーローだ!!」


「そうなんだあ!ねえねえ、恵美ちゃんの心を捕らえたのは何レンジャー?!それともライダー何とか?!」


「だからもお!違うってば!!」


この時恵美は自分でも気付かないうちに、コンプレックスを抱いてた二人に対し、自然な態度で振舞っていた。




番組の収録が終わった後、恵美はえりを探そうとしたが、何しろ人が多すぎてなかなか姿が確認できない。
 
 
『ちゃんとアイサツしたかったのになあ・・・』

 結局恵美はえりを見つけることが出来ず、後ろ髪を惹かれる思いでスタジオを後にする。


これが恵美と局山えりの最初の出会いだった。

 そしてこの二人の出逢いが、この先起こる「ある出来事」の行方を大きく左右する事になる。





ここは都内某所のあるスポーツジム。
 有名人が多く通う事で知られるこのジムでは、スポーツ選手、文化人、歌手、俳優、タレントとあらゆるジャンルの有名人がほぼ毎日のように日替わりで訪れている。

 特にここ最近、肉体改造で有名なトレーナーのケビン川崎がこのジムを訪れるようになってからは、彼のレクチャーを受けたいという有名人が次々に現れ、これまで以上に有名人を見る事が多くなっている。

 そしてこの日も、ケビン川崎の門下生である歌手のショニンと女優の上戸綾がジムに姿を見せていた。



「綾、休憩しよ!」

 トレーニングが一段落したところで、ショニンが綾に声をかけると、綾は汗をぬぐいながら頷き、ショニンの後を追うように休憩室の方に歩き出す。
 するとそれを見計らって、一人の女性がこの二人の後を追うようにして、同じように休憩室に向かっていく。


そして休憩室で二人が雑談をしているところに、その人物はやってきた。


「ねえ、上戸綾ちゃん、だよね?」

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