そこは都内某所にある秘密クラブ。


  数多くの映画関係者が集うそのクラブの会場の中央にはプロレス用の特設リングが設けられていて、
  この日はクラブ主催イベントの一つである、若手女優によるプロレスマッチが行なわれていた。


  この秘密クラブでは様々なイベントが開催されていて、中でも「女優プロレス」は
  最も関係者の注目を集めている“ドル箱”イベントである。


  現在映画やテレビで活躍中の女優達が、「出演料の大幅アップ」「(映画・ドラマの)優先オファー」
  といった特権を賭け、本気の戦いを見せるのだから、それも当然の事だろう。

 
しかもファイトマネー自体、それなりの額が支給されている為、多くの関係者達が見守る中、
  やる気の無さが見えたり、不様な負け方をすれば、「女優プロレス」はもちろんの事、
  本業の方にも大きな影響を及ぼす事になる。


  「女優プロレス」はいわば、彼女達の「女優魂」が試される場でもあるのだ。




  この日行なわれていたのは、A−1王座と呼ばれるタイトルが賭かったタイトルマッチで、
  A(actress)−1、つまり女優最強の座を決める戦いである。


  リング上では今回挑戦者に抜擢された新進気鋭の若手女優、青井優が泣き喚きながら相手から逃げ惑っていた。

  青井の身体には既に至る所に青アザが出来ていて、口元からは血が流れだしている。

  青井はもはや精神、肉体共に戦える状態ではなくなっているのだが、現A−1王者の相手には全く容赦する様子はない。

  王者はそんな青井を捕まえてマットに薙ぎ倒した後、マウントから強烈なパンチを青井の顔面目がけて連打していく。

  青井は必死に両手で顔を覆い、パンチの嵐から逃れているが、もはや戦意の欠片さえ感じられない。

  レフリーは試合続行不可能と判断し、試合終了を告げるゴングが乱打されるものの、王者は構わずに攻撃を続けている。

  ここでリングに上がった秘密クラブのスタッフが数人がかりでようやく王者を取り押さえると、
  試合終了を意味するアナウンスが場内に響き渡った。



  “勝者、現A−1王者、佐和尻えりか!!”








  「ワタシが・・・その・・・A−1王座に・・・挑戦・・・ですか?」


  人気女優永沢まさみは、あっけにとられたような表情を見せながら、そうつぶやいた。


  その日まさみはマネージャーに呼び出され、マネージャーと共に所属事務所の社長の邸宅を訪れていた。

  事務所の社長室ではなく、わざわざ家に招かれたとあって、これはただ事ではない、と感じていたまさみは、
  社長から告げられた「女優プロレス出場」の話に困惑を隠せなかった。


  まさみはこの話を聞かされるまで、「女優プロレス」の存在すら知らなかった。

  事務所の方にはずっと以前から、まさみに「女優プロレス」に出て欲しい、という打診があったのだが、
  事務所側は今日の今日まで頑なにそれを拒否し続けていた。


  今後日本の映画界をしょって立つ「金の卵」に、そういう事をさせたくない、

  というのが事務所側の言い分だったのだが、
   「女優プロレス」には過去にまさみ以上の大物女優が何人も出場しているだけに、
  主催者側も簡単に引き下がろうとはしなかった。


  それでも今まで断ってこれたのは、映画界に多大な影響力を持つ、事務所の為せる業だったのだが、
 今回はその事務所を以てしても、どうにもならないところまで事態は切迫していたのだ。




  社長邸の応接間でまさみは、マネージャーと共に、社長から手渡された「女優プロレス」に関する資料に目を通していた。


  女優プロレスの歴史を紐解いてみると、今の映画界を支える大女優の多くが、
  若かりし頃に女優プロレスのリングを経験している。


  今回、まさみが挑戦する「A−1王座」は若手女優最強の座を争うもので、歴代王者には草々たるメンバーが並んでいて、
  まさみの大先輩にあたる沢口康子もその中に名を連ねている。


  最近では広末良子を破って王座に就いた芝咲コウの長期政権が続いて、「誰が芝咲を止めるか?」が
 関係者の間の話題となり、実はまさみも「ストップ・ザ・芝咲」の有力候補としてリストアップされていた。


 結局その時もまさみの出場は実現せず、もはや芝咲が返上しない限り、「A−1王座」の移動はありえないのでは、
  といわれた矢先、その難攻不落の芝咲を破って王座に就いたのが、現王者の佐和尻えりかであった。






 芝咲コウと佐和尻えりかのA−1王座戦は、女優プロレス史上類を見ない壮絶な試合だった。

 長期政権で風格を身につけた芝咲と、まだ幼い面影を残す佐和尻。

 相対する二人の印象を見た関係者の大方の予想は、下馬評通り「芝咲の圧勝」であったが、
  リング上の芝咲の見方は全く違っていた。


   “このコ、ワタシと同じ匂いがする・・・・”


  えりかが持つ「危険なオーラ」を察知した芝咲は、ゴングと同時にえりかに掴み掛かると、
  そのままリング下に放り出し、試合開始早々から場外戦を仕掛けていく。

  実はえりかも全く同じ事を考えていたのだが、まさか芝咲の方から仕掛けてくるとは思っていなかっただけに、
  この奇襲で完全にペースを乱されてしまう。

  芝咲はえりかの頭を本部席の机に何度も叩きつけた後、鉄柱攻撃を仕掛け、早くもえりかを流血させてしまう。


  “このコを調子付かせたら、こっちがやられてしまう・・・”


  えりかと向かい合った時に、その「本性」を見抜いた芝咲の“英断”であった。


  王者の、後輩に対する「手荒い洗礼」を関係者達が固唾を飲んで見守る中、
  芝咲が見抜いた通り、えりかも黙っていなかった。


  芝咲のワンサイドマッチという雰囲気が漂う中、えりかは隠し持っていた「メリケンサック」を着用すると、
  ボディーブロー一発で芝咲の動きを止め反撃を開始。
 
  なりふり構わぬ「メリケンサック」攻撃で、自分同様に芝咲を流血させてしまう。

  しかし数多くの修羅場を潜り抜けてきた芝咲は、動じる事無く応戦し、えりかからメリケンサックを奪いとると、
  逆にそのサックで殴り返していく。

  それでも王者の意地か、芝咲はメリケンサックを多用せず、そのサックを外してリング外に放り投げると、
  自らの拳で再びえりかに殴りかかっていく。

  えりかは、メリケンサックを外した芝咲が逆に圧力を増したように感じ、
  それに呑み込まれてはいけないと必死に拳を出して応戦する。


  お互い、額から流血しているにもかかわらず、血飛沫を撒き散らしながら、オープンガードで殴り合う両者。

  その姿に関係者達がエキサイトする中、まるで漫画や映画のシーンのように、
  二人が出した拳が同時に互いの顔面を捕らえ、全く同じように両者が仰向けにマットに倒れてしまう。


  両者ダブルノックダウン状態となったリング上で、レフリーがゆっくりとしたテンポでKOカウントを始めるが、
  二人とも全く起き上がる気配を見せない。

  タイトルがかかった試合だけに、灰色決着を避けたいレフリーは、度々KOカウントを止めて二人に声をかけるが、
  相変わらず二人は反応しない。


  しばらくその状態が続いた後、諦めたレフリーが、「両者KO」の裁定を本部席に伝え、
  ゴングを要請するが、本部席の男達は目を点にしてリング上を凝視したまま固まっている。


  さらに観衆が騒ついている事に気付いたレフリーが後ろを振り返ると、そこには顔面血染めのえりかが立っていた。

 
  一方の芝咲は、相変わらず大の字のまま動く気配が無く、ここでレフリーが改めて裁定を本部席に伝え、
  ようやく試合終了のゴングが鳴らされる。



   “勝者!挑戦者、佐和尻えりか!!”


  新王者の誕生に会場が沸き返る中、当の佐和尻は全く反応する事なく、数秒後再びマットに大の字に倒れた。

 
 



  それから数日後、秘密クラブではこの裁定をめぐって臨時会議が開かれていた。

  両者がダブルノックダウン状態になった後、えりかが一旦立ち上がったので、
  レフリーは「えりかのKO勝ち」という裁定を下していた。


  しかしその直後、えりかが再びマットに倒れてしまった為、タイトルの授与は後日改めて、という事になったのだが、
  その後ある事実が判明し、それがきっかけでこの会議が開かれる事となった。


  驚くべき事にえりかは、自分が立ち上がった事を全く記憶していなかったのだ。


  このえりかの無意識の行動を、“恐るべき闘争本能の為せる技”と称賛する声があがったのと同時に、
 
  “ボクシングでいうスタンディングダウンではないか?”

  “ダブルノックアウトで「芝咲の防衛」が妥当”

  と、裁定に異議を唱える声が上がり始めた。


  関係者の意見は「えりかの勝利」と「芝咲の防衛」の二つに分かれ、

  会議の中で試合のVTRを繰り返し再生して検証を行なうものの、

  双方の意見は平行線をたどったまま、まとまる気配がなかった。


  結局、王座を「一時預かり」として、二人の再戦を行い、勝った方を王者とする、という案でまとまるが、
  会議の直後、大会本部に届いた一通のFAXがその決定を覆す事になる。


  そのFAXは芝咲の所属事務所から送られてきたもので、内容は芝咲の「女優プロレス引退」声明であった。


  「女優プロレスでの自分の役割は終わった。」

  「A−1王座長期防衛によるダメージの蓄積」

  「後輩女優達に道を譲りたい」



  引退声明にはさまざまな理由が書き連ねてあり、大会本部は女優プロレスの功労者である芝咲の意志を尊重し、
  その申し出を受諾する事に。

  こうして、佐和尻えりかが正式にA−1新王者となったのだが、これが「悲劇」の幕開けであった。






  かつて芝咲が広末良子を破ってA−1王座に就いた頃、
  関係者の中には新王者芝咲をあまり歓迎していない雰囲気があった。

  というのも、芝咲はデビューの頃からその素行の悪さが指摘されていた。

  そんな芝咲がA−1王者になった事で、傲慢、わがまま、傍若無人といった、
  悪い意味での「女優らしさ」に拍車がかかってしまうのでは?というのが関係者達の心配であった。


  本部側は武内結子、伊藤美咲、中谷美樹、仔雪、田中玲奈、深田今日子といった強豪女優達を挑戦者に迎え、
  芝咲をA−1王者から引きずり降ろそうと画策するが、芝咲は次々にその挑戦者達を撃破し、防衛を重ねていく。


  あまりの芝咲の強さに、本部側に諦めムードが漂い始めた頃、
  芝咲に本部側の思惑とは裏腹の、ある変化が起こり始めていた。



  圧倒的な王者と思われがちだった芝咲だが、実はその裏でA−1王座を守る為に血のにじむような努力を続けていた。


  “自分の事を快く思っていない人間が沢山いる”


  その事を自覚していた芝咲は、

  “折角獲得したA−1王座を簡単に明け渡したりしたら、誰も自分に見向きしなくなるのでは?” 
 
  と本気で考えていた。


  よくよく考えてみれば、芝咲に王座を奪われた広末も、防衛戦を戦った女優達も早々簡単に勝てる相手ではない。

  王者になってからも、芝咲の無礼なところは相変わらずだったのだが、
  女優業も女優プロレスも本気で取り組んでいる芝咲の姿が、その周辺の人間を変化させていく。

  「芝咲負けろ」と思っていた関係者達が芝咲を応援しはじめ、
  「芝咲を怒らせないように」ビクビクしながらご機嫌を伺っていたスタッフは、
  「芝咲が仕事をやりやすいように」という風に考えるようになった。

  そんな周囲の変化が芝咲にも伝わり、ぶっきらぼうながらもスタッフにねぎらいの言葉をかけるようになったりと、
  少しずつその態度が変化していく。

  芝咲が長きに渡ってA−1王座の防衛を重ねた事が、芝咲の人間的な成長にも繋がっていたのだ。




  佐和尻えりかが新王者となり、関係者達はその姿を、王座に就いたばかりの頃の芝咲とダブらせていた。

  「礼儀を知らない」「態度が悪い」と、今は悪評の多いえりかも、
  芝咲がA−1王座のおかげで成長していったように、王者になった事で変わっていくのでは、
  と淡い期待を抱いていたのだが、その期待は大きく裏切られる事になる。
 



  えりかが初防衛戦に迎えた相手は、大須賀プロモーション所属の上戸綾であった。


  前王者芝咲に破れて以来、2度目の挑戦となる上戸は、

  “今回のチャンスを逃したら、次は無い”
 
  と、気合い十分でえりかに挑んでいったが、えりかはそんな上戸を嘲笑うかのように、
  凶器攻撃を交えたラフファイトでペースを掴むと、一気に上戸を攻め立てていく。

  終わってみれば、えりかの圧勝で、上戸は流血させられた上にほとんど何もさせてもらえず、
  試合後、悔しさのあまり、リング上で人目をはばからずに大号泣してしまう。

  そんな上戸を冷ややかな目で見つめていたえりかは、リングを降りる間際、泣き続ける上戸に向かって、こう声をかけた。


  “ウゼエんだよ!てめえは!!”



  初防衛を飾った「凶悪王者」えりかは、関係者達が最初に危惧したように、その「素行不良」ぶりに磨きをかけていった。

  その後もえりかは、上野朱里、戸田江里香、石原里美、宮崎葵、といった挑戦者達を退け、
  A−1王座を防衛し続けるが、防衛を重ねる度に、「凶悪キャラ」はエスカレートしていった。


  芝咲とえりかの最大の違いは、「同世代に自分を脅かす相手がいない」という事であった。

  ケンカだけでは勝てない事を知っていた芝咲と、ケンカだけで勝ってしまうえりか。

  もし、数年前にこの二人が対決していたら、芝咲が負ける事はなかったのだが、
  長期政権で積み重なったダメージが、えりかの暴走を許す結果となり、
  女優プロレスを「暗黒の時代」へ導く、政権交代に繋がってしまったのだ。


  先日えりかに破れた青井優も、将来的にはA−1王座を狙える逸材なのだが、
  他にえりかと戦える女優がいないばかりに、経験を積まないまま挑戦者に抜擢され、屈辱的な惨敗を喫してしまった。


  “凶悪王者”佐和尻えりかを何とかして止めなければいけない!


  佐和尻の存在に頭を悩ませている関係者達から、その「最後の砦」として名前があがったのが、
  これまで女優プロレスに出場した事のない“未知の強豪”、永沢まさみであった
 






  A−1王座への挑戦が決まったまさみは早速、オフを利用してプロレスの練習を始めていた。

  父親がスポーツ選手だけあって、その身体能力は非凡なものがあったものの、
  プロレスのリングに上がるのは初めての事だけに、その練習にも熱が入った。


  “多くの関係者達が、まさみがA−1王者になる事を願っている。”


  社長から言われたその言葉を胸に、まさみは日々プロレスの練習に励んでいた。







  A−1王座の試合が間近に迫ったある日の事。

  まさみは、プロレスの練習の為に、いつものジムを訪れていた。

  いつも通りの練習を終え、更衣室で着替えを済ませたまさみがジムの入り口に向かっていると、
  その背後からものすごい勢いで迫ってくる足音が聞こえてくる。



   「ねえ、ねえ!ちょっとちょっと!!」


  足音と一緒に聞こえてきたいかにも“オバサン”といったトーンの叫び声は、明らかにまさみに向けられたものである。

  まさみが通うジムは、いわゆる「上流階級」の会員が多く、芸能人だからといって声をかけられる事はほとんどない。

  しかしごく稀に、ミーハーなオバサンにサインや写真をねだられる事があった。


  “ファンは大事にしなさい”


  普段から社長に口酸っぱくそう言われている為、まさみが渋々ながら後ろを振り返ると、そこには全く予想外の人物の姿が。



  「・・・・・凛花さん?」





  まさみを追い掛けてきたのは、モデル出身のバラエティタレント、凛花だった。

  凛花の事はよくテレビで見ていたので、知ってはいたものの、実際に会うのは初めてだった。

  よほどあわてて走ってきたのか、凛花は待ち構えていたまさみの目の前に来たものの、
  俯いたまま、息を切らしてゼエゼエ言っているだけで言葉を発する事ができない。


  「あのぉ・・・だいじょうぶ・・・ですか?」


  まさみが心配そうに声をかけると、息を整えた凛花がようやく顔をあげ、まさみを見てニヤリと笑った。


  「ねえ、ちょっとつきあってくれない?!」








 凛花に連れられてやってきたのは、ジムからそう遠くない場所にあるカフェだった。


  「ゴメンねぇ、忙しいのに〜」


  凛花はいきなり誘った事をまさみに詫びた後、簡単な自己紹介をし始めた。
 
  どうやら凛花も、ついさっきまでいた、まさみと同じジムに通っているらしい。

  凛花が話を終えると、二人の間にしばらく沈黙の時間が訪れた。



  “なんでワタシを誘ったんだろう・・・・”


  ジムで声をかけられた時からずっと、まさみの頭の片隅には、そんな素朴な疑問が引っ掛かっていた。

  まさみは黙って俯いたまま、時折上目遣いに凛花の方を見るが、目の前の凛花は、
  そんなまさみに構う事なく何やら楽しそうに鼻歌を歌っている。



  「あのぉ・・・・」


  まさみが意を決して話し掛けようとすると、突然凛花がテーブルに両手をついて身を乗り出し、
  まさみに顔を近付けてきた。



  「ねえ?!今度えりかとやるんでしょ!!」

  「えっ?!・・・・・・」




 凛花がいきなり「女優プロレス」の話題を切り出してきた事に、まさみは戸惑っていた。

 どうやら凛花と佐和尻えりかは、同じ事務所の先輩・後輩らしい。

 そしてさらに驚くべき事に、凛花は後輩のえりかではなく、まさみに勝ってほしいと言い出したのである。


  「まさみちゃんも分かると思うけど、同じ事務所っていっても、普段あんまり顔合わす事ってないじゃない!

  それでこの間、たまたまえりかと同じ局で収録があったわけ!で、ワタシあいさつにいってあげたのよ!

  先輩のワタシからよ!!そしたらあのコ、何ていったと思う?」



  凛花の問いかけに、まさみは首を傾げる。



  「『ジャンルが違うから。』ですってえ!一体どういう意味よ!自分は“売れっ子女優”で、

  ワタシは“女芸人”とでも言いたいわけ?!まさみちゃんも知らないかもしれないけど、

  これでも昔は“カリスマモデル”だったのよ!!」



  テレビで見るイメージ通り、ものすごい剣幕でまくしたてる凛花に、まさみは完全に圧倒されていた。

  “女芸人”のところで思わず吹き出しそうになったもの、まさみは必死にこらえて凛花の話に耳を傾けた。



  「だからさあ!まさみちゃんに是非勝ってほしいのよ!!

  応援してるからさあ!えりかの事、コテンパンにやっつけてよ!!」




  まさみは黙って凛花の話を聞いていたものの、「自分を応援する」という凛花の真意が分からなかった。

  いくら「ムカついたから」といっても、そんな他愛の無い理由で、さほど面識の無い対戦相手にわざわざ声をかけてまで、
 後輩の敗戦を必死に願うものなのだろうか?



 まさみがそんな事を考えていると、さっきまで熱く語っていた凛花がまさみと自分の“温度差”に気付き、
  咳払いをした後、まさみから視線を外して黙り込んでしまう。



  「凛花さん?」


  まさみが声をかけても、凛花はすねたような表情で、そっぽをむいたまま、ちっともまさみの方を見ようとしない。


  “凛花さん、怒ったのかなあ?”


  とまさみが心配していると、黙っていた凛花が急にポツリと呟いた。




   「あのコ・・・最近評判悪いのよ・・・」



 凛花の話し方は、さっきとまでとは明らかにトーンが違っていた。

  それに気付いたまさみが、俯きかけた顔を再びあげると、
  凛花はまさみをチラっと見た後、視線を外して再び話をし始める。



  「“態度が悪い”“礼儀を知らない”って言われてるのは、前から聞いてたけど・・・

   そんなの、若いタレントだったらよくある事で、別にあのコに限った事じゃないじゃない?

   まさみちゃんは違うかも知れないけど、ワタシだって多分昔はそう言われてたんだろうし・・・・」



  まさみは凛花の方をじっと見つめたまま、黙って話を聞いていた。

  凛花は相変わらずまさみから視線を外したまま、話を続けていく。



  「あのコ、主演映画がヒットしてから天狗になった、ってよく言われてたけど、
 
  プロレスの・・・A−1だっけ?そのチャンピオンになってから、もっとひどくなったって・・・・

  確かにあのコは“主役”かもしれないけど、“周りのスタッフ”あっての“タレント”だからね・・・・

   このままじゃあのコ、ダメになっちゃう・・・・才能あるのにさ・・・・ダメになっちゃうよ・・・・・」



  最初はえりかの事を“ムカつく”と言っていた凛花も、やはり後輩の事が心配なのだろう。

 そんな凛花の気持ちはまさみにも十分伝わっていた。


  「だから・・・まさみちゃんに・・・勝ってほしいんだ・・・

   “今のままじゃダメだよ”って・・・えりかに教えてあげてほしいんだ・・・・・」


  凛花の話を聞いているうちに、まさみは切ない表情になっていた。

  するとさっきまでまさみから目を逸らしていた凛花が急に、まさみの方に視線を向けてくる。



   「・・・・・なんてね!ヘヘヘヘッ・・・・・」



  凛花は冗談っぽくそういうと、顔をくしゃくしゃにしてまさみに笑いかける。

  この凛花の笑顔のおかげで、終始堅かったまさみの表情にもようやく笑みが浮かんだ。






  「ゴメンねぇ、遅くまで付き合わせちゃって!」

  「あっ、いえ!」


  店から出てきた時二人には、最初のようなよそよそしさは無くなっていた。

  凛花は事務所に忘れ物をしたので、これから取りに行くという。

 どうやら凛花の事務所はこの近辺らしい。



   「じゃあね〜!」


 凛花は一礼するまさみに向かって軽く手を振り、足早にその場を離れていく。

  まさみはしばらく凛花の背中を見送った後、帰路につく為、凛花とは逆方向に歩いていく。

 しかしまさみは数メートル歩いたところで立ち止まると、何かを思いついたかのように後ろを振り返る。

 まさみの視線の先には、小さくなった凛花の後ろ姿が。




  「凛花さ〜ん!!!」


  まさみが大声でそう叫ぶと、凛花は驚いた様子でまさみの方を振り返る。


   「ワタシ!がんばりますから!・・・えりかさんに勝てるかどうかわからないけど・・・・がんばりますから!!」


 まさみの言葉に凛花はニッコリ笑い、「応援してるよ〜!」と大声で叫びながら、
まさみに向かってガッツポーズを作って見せた。

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