二人の秘密 〜第2話〜








  20××年

  ここは日本のとある離島。



  この離島でドラマ「煌めきの島」の続編、『煌めきの島スペシャル』の撮影が行われていた。



  ドラマの本編である『煌めきの島』もこの島で撮影されていたので、スタッフ、出演者達は以前長期滞在していた時の事を思いだし、島の風景を懐かしんでいた。


  しかし中には今回の『煌めきの島スペシャル』から参加したスタッフ、出演者もいて、上木隆之介もその内の一人であった。



  それだけに隆之介は最初、その輪の中にとけ込めるか不安を感じていたが、「煌めきの島」のスタッフ・出演者達は本当の離島の住民ように温かく、隆之介ら新しいメンバーを迎え入れてくれた。



  中でも、主役を演じる鳴海璃子は隆之介と同じ中学生とあって、一つ年下の隆之介に積極的に話しかけ、隆之介を弟のように可愛がった。




  「煌めきの島スペシャル」の撮影は順調に進み、隆之介は充実した日々を送っていた。


  離島ならではの不便さはあったものの、自分の出番の時も、撮影の合間も、食事の時間も全てが楽しく、この撮影が何時までも続けばいいのに、と隆之介は思っていた。




  そんなある日、隆之介が撮影現場になっている町を散策していた時の事。

  撮影はまだ続いていたが、その日の自分の出番は終わっていたので、隆之介は空いた時間を利用して町を見学していた。

  中学生の男の子が興味を持つような施設は見当たらないものの、離島ならではの風情のある風景を隆之介なりに楽しんでいた。





  「璃子さんも誘いたかったなあ…」



  璃子はまだ出番が残っていたので、隆之介は一人で町を見学していた。

  散々歩いて町の外れに差し掛かった時、隆之介はある古びた施設を発見する。




  「あれっ、なんだろう?」



  近付いて見てみると、木の看板に、かすれて見にくくなってはいるが『○○町公民館』と書かれている。

  しかし隆之介がこの離島を訪れた時、公民館は違う場所にあって、決して新しい建物ではなかったが、この建物程古びてはいなかった。

  どうやら随分以前に公民館として使われていた場所らしい。


  扉には鍵がかかっていて中には入れないものの、中の様子はガラス窓から確認する事が出来た。

  中を覗いて見た隆之介は、そこにある予想外のモノを見て驚く。




  「これって…」



  そこにあったのはプロレスやボクシングで使われるリングだった。


  見た感じ所々汚れていて、決して新しいものではないが、それでもこの古すぎる公民館にはそぐわない感じがする。


  それだけでなく、リングの周りには空き瓶や何かのチラシが散乱していて、公民館としては何十年も使われていないはずなのに、結構最近まで人が出入りした形跡が感じられる。


  しばらく中を覗いた後、隆之介は現場に引き返したが、その日ずっと、頭の中からこの公民館の事が離れなかった。







  『煌めきの島スペシャル』の撮影が順調に進む中、舞台である離島とは別の、駐留基地のある離島で一件の交通事故が発生した。


  駐留基地の兵士が運転する乗用車と若いカップルの乗った乗用車との接触事故。

  互いに怪我はなく、原因は兵士が運転する車の信号無視。


  警察と保険会社に連絡をとれば、すぐに解決するような事故である。



  しかしこのよくあるような事故によって、『煌めきの島スペシャル』の出演者が、あるトラブルに巻き込まれる事になる。


  





  撮影も後半に差し掛かったある日の夜。


  隆之介は一人で例の公民館に向かっていた。


  その日の撮影は終了していて、スタッフ・出演者揃って夕食をとりおえた後、隆之介は誰にも気付かれないようにこっそりと抜け出してきていた。


  元来隆之介は、どちらかといえば「優等生タイプ」で、普段は規則を破ったりとかそういう事はあまりしないタイプである。


  しかし13歳というのはまだまだ好奇心旺盛な年頃で、離島に滞在してのロケという日常とはかけ離れた環境がさらに拍車をかけ、隆之介にそういう行動をさせたのだろう。


  璃子や他の人間に声をかけなかったのも、少年ならではの「秘密基地」的なモノに対する憧れと、自分以外はさほど興味を持たないのでは、という判断からであった。



  しかし隆之介は後にこの時の軽率な行動を“死ぬほど”後悔する事になる。






  「あれっ?明かりが点いてる…」


  前に隆之介が来た時とは違い、その公民館には照明が灯り、まだ距離があるにもかかわらず人の気配が感じられる。


  さらに公民館に近付いていくと、人の声らしきざわめきが耳に入り、ただ人がいるというだけでなく、何かイベント的なモノが行われている雰囲気が感じられた。




  『一体何やってるんだろう…』



  すぐ近くまでやってきた隆之介だが、中から聞こえてくるのが人の怒号や罵声とわかり、それまで興味本位の気持ちで一杯だった頭の中に「恐怖心」が湧いてくる。


  隆之介は急に怖くなり、一瞬中を見ずに引き返そうかと考えるが、せっかくここまでやって来たという気持ちと好奇心が勝り、思い切って公民館のすぐ脇まで近付いていく。


  中の人間に気付かれないように、しゃがみこんでガラス窓の下にすり寄って行き、中から聞こえてくる声を確認すると、罵声や怒号だけでなく、歓声や悲鳴やら色々な声が混じっている事に気付く。


  声を聞いているうちに余計に恐怖心が増したのと同時に、「怖いもの見たさ」の気持ちが高ぶってきた隆之介は、意を決してそっとガラス窓越しに中を覗いて見る。



  そして隆之介は窓越しに見た光景に思わず言葉を失ってしまう。






  『!!?』



  公民館の中では、前に来た時に見つけたリングでプロレス“らしき”事が行われていた。


  しかしリングに上がっているのは、20歳位の若い女性とスキンヘッドの外国人男性で、女の方はごく普通の160センチ位の体格だか、男は身長180以上はあり、体重も150キロ位あるのでは、という本当のプロレスラー並みの巨漢である。


  しかも、男はTシャツに迷彩柄のパンツと、レスラー的な出で立ちをしているものの、女の方は下はジーンズだが上はブラジャーだけという妙なスタイルで、口から血を流していて顔も体もアザだらけである。


  おそらく普通の私服でリングに上がって衣服を剥ぎ取られたという事は、13歳の隆之介でも容易に想像がつく事であった。



  リングの周りには大勢の観客もいて、リング上があれだけ凄惨な状況にも関わらず、客達は笑顔でやんややんやと歓声をあげている。


  その観客達も様々で、日本人と外国人が入り雑じっている上に、中にはボトルで酒をかっくらっている者や、試合もろくに見ずに抱き合うカップル等、観客達の雰囲気も普通のプロレスとは全く異なるモノであった。


  さらに客席の隅の方に目を向けると、2、3人の外国人が気だるそうな表情でヘラヘラ笑いながら何かをしているのが見え、隆之介はそれが『クスリ』だという事にまでは気づかないものの、普通の状況ではないという事は充分に理解できた。



  再びリングに目を向けると、巨漢の男が泣き喚く女を捕まえ、リング下に放り出していた。




  『チャンスだ!逃げて!』



  隆之介は心の中で女に声をかけるが、場外に放り出された女は隆之介の予想に反してリング下にいる一人の男に駆け寄っていく。



  『!!?』



  隆之介はさっきまで気づいていなかったが、リング下に一人の若い男が倒れていて、女と同じように服がボロボロにされていて、顔もアザだらけで所々から血を流している。


  男に駆け寄った女は必死に何か叫んでいるが、男はとても動けるような状態じゃない。

  どうやらその男は女の彼氏のようである。


  やがて観客の数人がやって来て女を捕まえると、そのままリングの方に引きずっていく。


  倒れている男は泣き喚く女の声に反応し、必死に片手を女の方に伸ばしているが、当然それで助けられる訳もなく、近くにいた観客の一人に蹴り倒され、再び動かなくなってしまう。





  『ひどい…』



  隆之介は目の前の光景に怒りを覚えずにいられなかった。


  若いカップルが何をしたのかは分からないが、それにしてもこの私刑はあまりにもひどすぎる。


  しかしここにいるカップル以外の者は観客を含め、全てこのカップルの敵なのだろう。



  リングでは再び連れ戻された女が巨漢の男の強烈なビンタを喰らって吹っ飛ばされている。




  『どうしよう…』



  何とかカップルを助けてあげたいが、隆之介一人では到底無理な話である。


  警察に通報すべきか?

  それとも現場に戻ってスタッフの誰かを呼ぶか?



  隆之介が混乱する頭の中を必死に整理していると、背後から何者かが隆之介の肩を叩く。





  『!!?』



  隆之介が恐る恐る背後を振り返ると、そこには屈強な体格をした黒人の男性が立っていた。


  黒人の男は怯える隆之介に冷やかな視線を投げかけると、白い歯を見せてニヤリと笑った。






  『煌めきの島スペシャル』の舞台となっているこの離島では、

 以前『煌めきの島』のロケで訪れた時には無かった「ある問題」が起こっていた。



  この地域には無人島も含め大小様々な離島があるのだが、その数々の離島の中の一つには外国人の駐留基地がある為、この離島地域には様々な外国人が出入りしている。



  その中には日本では手に入らない違法な薬物や、盗品等を独自のルートで仲介している『不届きな輩』の存在があった。


  『不届きな輩』がいる所には『不届きな輩』が集まるもので、当然外国人だけでなく、日本人の『不届きな輩』達も仲間となり、その集団は次第に一つの組織となって機能し始めた。


  そうなると一つの島の中だけでは活動が制約されてくる為、彼らは近隣の離島にアジトを設け、その活動範囲を広げていった。


  そのアジトは『売春宿』『マリファナパーティーの会場』『ヤミ取引市場』等、島毎に活動内容が違っていて、活動日時も不定期な為、なかなか警察もシッポを掴む事ができなかった。


  それに例えバレそうになっても『駐留基地』絡みという事で、警察的にも簡単に動けないという背景があったので、組織はほぼ野放しのような状態で、それぞれの島民はアジトに近付かないようにするという自衛手段をとる事で精一杯だった。



  そしてその魔の手は『煌めきの島』の舞台であるこの離島にも伸び、かつての公民館が組織に占拠され、新たなアジトが設けられる事となる。



  新たなアジトは組織の人間の『娯楽施設』として作られ、闇ルートで調達してきた「リング」があるのが大きな特徴だった。


  そのリングではブロンド美女同士のキャットファイトや、組織を裏切った人間や組織ともめた一般人への公開私刑が行われ、集まった組織の人間がそれを見て楽しむ、という何とも悪趣味な施設であった。




  『煌めきの島スペシャル』のロケの話が決まると、島側はそのアジトとのトラブルを危惧し、組織と内密に連絡を取り、ロケ期間のアジトの使用を控えてもらうように打診する。


  組織側もこれを了承し、『煌めきの島スペシャル』のロケは滞りなく行われるはずだったのだが、『一件の交通事故』によって、その出演者がトラブルに巻き込まれる事態になろうとは、誰にも予測できなかった。







  その問題のアジトのリング上には、不安そうな表情を浮かべた上木隆之介の姿があった。



  アジトを覗いていた隆之介は、黒人の男に捕まった後、アジトの中に引きずり込まれ無理やりリングに上げられたのだ。




  「さあ、ここで飛び入り参加のボーヤが我らがボビーとスペシャルマッチを行います!」



  このアジトの進行役らしき軽薄そうな男がマイクで叫ぶと、場内は大きな歓声に包まれる。


  観客達は新たな標的の登場に盛り上がり、まだあどけない少年が犠牲になる事に同情の眼差しを向けているのは、既に血祭りにあげられている若いカップルだけである。


  その独特の異様な雰囲気から、ここでは一般的な倫理観は全く通用しないのだという事を、リング上の隆之介は改めて感じていた。



  そして隆之介の目前には先ほど隆之介をアジトに連れ込んだ黒人男性が、準備運動がわりに、軽くジャンプを繰り返している。


  ボビーと呼ばれた上半身裸に迷彩パンツという姿のその黒人は、先程の白人より背が高いものの、横幅はそこまで大きくなく、190センチ、110キロといった感じの体格である。


  しかしまるで相撲取りのような体つきだったさっきの白人と違い、裸になった上半身は筋骨隆々で、軽く飛び跳ねる姿を見るだけで、全身がバネのようになっているのが素人目にも伝わってくる。



  万が一にも隆之介に勝ち目がない事は、誰の目にも明らかであった。




  『どうしよう…』



  隆之介は今さらながら、すぐに警察かスタッフに連絡をとらなかった事を後悔していた。


  このままでは自分もあのカップルも助からないだろう。

  そう考えた隆之介は一か八かの賭けに出た。




  「あの…ちょっと、いいですか?」



  今まさに試合開始の合図をかけようとしていた進行役の男に隆之介が声をかけると、男が大袈裟にずっこけるリアクションをとった為、場内が笑い声に包まれる。


  どうやら隆之介がまだ子供だという事で、会場全体にさっきまでとは違う『ゆるい』空気が蔓延しているようである。


  隆之介はその「ゆるい」空気にいちるの望みを感じ、進行役の男が差し出したマイクに向かってこう言った。




  「もし僕が5分間、ギブアップとかしなかったら、僕とあの人達を解放してもらえますか?」



  隆之介そう言いながら指差した場所には、観客に取り押さえられた、先程までリングに上がっていた若い女とその彼氏の姿があった。


  この隆之介の一言に観客がざわつき、場内に一瞬不穏な空気が流れたものの、それを打ち消すかのように進行役の男が再びマイクをとった。




  「よ〜しわかった!!勇敢な少年よ!君の願いを聞いてあげよう!!」



  男がそう言うと、観客のざわめきが再び歓声へと変わり、隆之介に対しても冷やかし混じりながら声援が贈られる。

  そして取り押さえられた女も、隆之介の勇気ある発言にたまらず涙を流していた。

  それは具体的な作戦や勝算があるからで無く、隆之介なりの正義感、責任感から出た言葉だった。


  たった5分間だ。
  
  死にもの狂いで逃げよう。

  どんなに痛い目にあっても我慢しよう。


  隆之介は必死に自分言い聞かせるが、すぐに自分の考えの甘さを思い知らされる事になる。




  カーン!!




  試合開始のゴングが鳴った瞬間、風切り音と共に隆之介のこめかみ辺りに軽い衝撃が走る。

  この衝撃で隆之介は立ちくらみを起こし、思わずマットに尻餅をついてしまう。




  『えっ!?』



  ゴングの直後、ボビーが牽制のつもりで放ったキックが隆之介の頭部をかすめていたのだ。

  隆之介は自分の身に何が起こったのか、全く理解出来ていなかった。

  キック自体のダメージはそれほどでもなかったが、ボビーの動きが全く把握出来ていない事で精神的に追い込まれてしまう。



  ボビーは尻餅をついたままパニック状態になっている隆之介に歩み寄ると、無理やり立たせて強烈なニーリフトを見舞って行く。




  「ゴフッ!!」



  隆之介の小柄な体が大きく浮き上がり、隆之介は口から反吐を吐きながら悶絶している。

  しかしボビーは全く構う事なく、今度は隆之介の顔面に膝を突き立てていく。



  ゴキッ!!



  鈍い音がリング上に響き渡り、隆之介の体が力無くマットに崩れ落ちていく。

  ボビーの強烈な膝を二発喰らった隆之介は、鼻からおびただしい血を流し、体をひくひくさせている。

  しかし隆之介がそんな状態なのにも関わらず、観客からはやんやの歓声ばかりで、隆之介の事を気遣う声は全く聞こえて来ない。




  『痛いよ…怖いよ…』



  ダウンした隆之介は痛みと恐怖で体を震わせていた。

  ボビーの攻撃は強烈だったが、明らかに「加減している」事が隆之介にもわかった。

  あの体であれだけ俊敏な動きをするのだから、本気で蹴っていたら間違いなく「内臓破裂」「顔面骨折」は免れないだろう。

  しかし手加減されているのにも関わらず、自分の体は早くもボロボロにされている。

  観客もさっきまでと違い、こんな自分に同情する雰囲気は微塵も感じられない。

  5分間位なら頑張れると思っていたが、ギブアップするとか以前に自分の体がどうなっているかが分からない。



  リング上でうずくまったまま、動く事の出来ない隆之介に観客は容赦の無い罵声を飛ばしていく。


  するとダウンしている隆之介を見つめていたボビーが、突如奇声を上げて笑いだし、倒れている隆之介の上着を無理やり脱がし始める。



  「ヒャッハハハハーッ!!」



  隆之介の上半身が露になると、先程まで罵声をあげていた観客達が口笛を吹きながら再び歓声をあげ始める。


  筋骨隆々のボビーの褐色の肌と、頼りない隆之介の色白の肌とのコントラストは、それだけで観る者の加虐心を増幅させるものであった。



  隆之介を上半身裸にしたボビーは自分の腰から革ベルトを抜き取ると、再び奇声をあげて笑いだし、その革ベルトで隆之介の背中をしばき始めた。




  ビシイィィーッ!!!



  背中に激痛が走り、たまらずうめき声をあげる隆之介。


  実はボビーは大の「美少年好き」のサディストで、今場外でダウンしているカップルの男を血祭りにあげたのもボビーだった。


  苦痛に歪む隆之介の表情を見て、スイッチが入ったボビーはさらに大きな奇声を上げて隆之介の背中を何度も革ベルトでしばきあげていく。



  ビシイィィーッ!!!ビシイィィーッ!!!ビシイィィーッ!!!・・・



  隆之介の背中はみるみるうちに真っ赤に腫れ上がり、隆之介は激痛のあまり、声もあげられなくなっている。


  リング上で繰り広げられる拷問ショーに会場はさらにヒートアップしていて、観客達はおろか、隆之介自身も「5分間ギブアップしなかったら…」という約束を忘れかけている。


  これだけ苦しいのなら、むしろ失神させられていた方がよっぽど楽に違いない。

  どうやらボビーもさっきの巨漢の白人も、そういったさじ加減まで十分心得ているようである。



  「もうやめてよ!その子まだ子供じゃない!!」



  ボビーの鞭攻撃はもはやエンドレスの様相を帯び、見兼ねたカップルの女が取り押さえられたまま必死に抗議するものの、何ら状況が変わるはずもない。



  革ベルトの鞭を受け続け、もはや意識朦朧の隆之介が場内の無慈悲な歓声に絶望感を抱いたその時、





  「隆くん!!」




  聞き覚えのある少女の声が耳に入り、隆之介は失いかけていた意識を辛うじて繋ぎ止める。


  隆之介が虚ろになった目を場外に向けると、リングに向かって走ってくる一人の少女の姿が。




  『…璃子さん?』



  リングに現れたのは撮影中のドラマ『煌めきの島スペシャル』で共演している鳴海璃子だった。


  璃子はボビーや観客の目を全く気にする事なく、一目散に倒れている隆之介の元に駆け寄って行く。


  璃子は隆之介の姿が見当たらない事に気づいて町中を探し回っていたのだ。




  「隆くん大丈夫!?しっかりしてっ!!」



  グロッキー状態の隆之介に必死に声をかける璃子。

  隆之介は璃子に返事をしたいのだが、あまりのダメージに声を出す事も出来ない。



  観客達は予期せね乱入者の登場にざわめき出し、リング上のボビーも、あっけにとられたような表情で二人の事を見つめている。

  会場がさっきまでと違った空気に包まれる中、進行役の男が再びリング上に姿を現した。




  「おやおや〜、勇敢なボーヤの次は、勇敢なお嬢ちゃんの登場ですか〜!今夜はハプニングが続きますね〜!」



  進行役の男が相変わらずの軽薄な口調で璃子に語りかけると、璃子は涙目になりながらもキッと男を睨み付ける。


  しかし男はそんな璃子の様子に構う事なく、言葉を続けていく。



  「お嬢ちゃん、そのボーヤを返して欲しいんだよね?いいでしょう!お嬢ちゃんが、今からボーヤの代わりに戦ってくれたら、ボーヤを返してあげよう!」



  男がそう言うと、ざわついていた会場が再び歓声に包まれる。


  しかしこんな状況にも関わらず、リング上の璃子は全く動ずる事なく、進行役の男を睨み付けている。



  「お嬢ちゃん?もう逃げられないよ〜!」



  男は璃子の視線を意にも介さず、ニヤニヤしながら璃子に声をかけていく。


  璃子は黙ったままだったが、傷だらけの隆之介の姿が璃子に戦う事を決意させていた。

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