女優3 第2話 〜トーナメント始まる〜








某月某日某所。


そこではA―1王座の次期挑戦者決定トーナメントの1回戦が行われようとしていた。


この日最初のカードは



「仲璃依紗VS井上真緒」



女優として急成長を遂げた璃依紗と、王者荒垣結衣へのリベンジに燃える真緒。


コスチュームは、璃依紗がエンジのオーソドックスなタイプの競泳水着で、真緒はかつて結衣と対戦した時と同じ、Tシャツとデニムのショートパンツというスタイルである。


二人の対決は試合開始早々からヒートアップしたものとなった。





『・・・気に入らねえな・・・』



リング中央で璃依紗と向き合った真緒は、璃依紗の挑むような目付きに軽く苛ついていた。


しかし真緒自身もそうであるように、王座を狙っている者であれば、それはある意味当然の態度であろう。


『この世界の厳しさ教えてやるよ・・・』



レフェリーのルール説明を受け、璃依紗がニュートラルコーナーに行こうと真緒に背を向けた瞬間、真緒がその背中にドロップキックを放った。



 ビシイイィーーッ!!



ドロップキックを不意討ちで受けた璃依紗はその勢いでコーナーに激突し、真緒はそんな璃依紗を休ませまいと直ぐ様掴みかかり、璃依紗を場外に放り出していく。


場外戦に持ち込んだ真緒が、まだ動きの硬い璃依紗を鉄柱にぶつけていくと、ようやく試合開始のゴングが鳴らされる。



 カーン!!!



真緒は鉄柱のそばでうずくまってる璃依紗の背中を蹴りつけながら、余裕の表情を浮かべている。



「どうしたぁ!新進気鋭のヒロインさんよぉ!!」



身長158センチの真緒が、自分よりも6センチも大きい164センチの璃依紗をキャリアにモノを言わせて圧倒している。


現王者結衣と死闘を繰り広げた経験を持つ真緒と、実力未知数の璃依紗では、決して不思議ではない展開だが、この真緒の持ち味といえるラフファイトが、璃依紗の中に眠っている「何か」を覚醒させる事になるとは、真緒も予想だにしていなかった。



真緒はうずくまっている璃依紗の髪を掴んで無理やり立ち上がらせると、再度璃依紗を鉄柱に叩きつけていく。



「ううっ・・・」


まだ試合が始まったばかりだというのに、璃依紗は真緒の鉄柱攻撃で額は割られ、早くも流血してしまっている。



「どうだ・・・流血なんて初めてだろ!」


真緒はそう言いながら、再び鉄柱の側にうずくまった璃依紗の背中を蹴りつけていく。


するとそれまでされるがままだった璃依紗が、エプロンサイドにしがみつくようにしてゆっくりと立ち上がると、背後の真緒を振り返る。



「!!!」



璃依紗は額から流血しながらも、鋭い眼光で真緒の事を睨み付けている。


その表情はついさっき、リング上で睨みあった時とは比べものにならない程殺気に満ちていて、さすがの真緒も思わずたじろいでしまう。



「うおらあぁぁーーっ!!!」



璃依紗は大声で叫ぶと、怯んだ真緒を捕まえ、逆に鉄柱に叩き付けていく。



「あうっ!!」



鉄柱に激突した真緒がその場に崩れ落ちると、璃依紗は間髪入れずに真緒を引きずり起こし、もう一度真緒を鉄柱に叩き付けていく。

これで真緒の額も割れてしまい、試合は早くも流血戦となってしまう。


自分と同じように真緒を流血させた璃依紗は、真緒をリング内に押し戻し、リング上での勝負を挑んでいく。



「おらあぁ!どうしたぁ!!」



戦場がリング上に移ってからも璃依紗の優勢は続き、璃依紗は真緒の割れた額目掛けてパンチやキックを繰り出していく。



『この野郎・・・本性表しやがったな・・・』



真緒は自分の持ち味であるラフファイトでペースを掴もうとしたが、試合は完全に璃依紗のペースになっている。


体格に勝る璃依紗は動きの止まった真緒に対し、ラリアットやパイルドライバーといった技で容赦なく畳み掛けていく。


一方、対する真緒も時折反撃を見せるものの、完全に勢いで璃依紗に押されてしまっている。



『やるじゃねえか、この野郎・・・』



真緒はここまでの攻防で素直に璃依紗の力を認めていた。


確かに実力未知数の璃依紗をなめていたところはあったが、流血してもひるむどころか逆にエンジンがかかったようなファイトを見せる璃依紗は、明らかに並みの新人とは違うところがあった。



『だからって、お前なんかに負けてる訳にいかねえんだよ!』


真緒は何とか形勢を変えようと、かつて結衣との試合でも使った、隠し持っていた小型のスタンガンを取り出し、不用意に近付いて来た璃依紗に押し当てた。




 “バチイィーッ”




リングに破裂音が響き、電気ショックを受けた璃依紗はたまらず動きを止めてしまう。



『フッ・・・調子に乗ってんじゃねぇぞ・・・』



真緒はこれでようやく自分のペースに持ち込めたと確信し、一気に畳み掛けようとロープに走る。


しかし真緒がロープから返ってきた瞬間、動きがとまったかに見えた璃依紗が反射的に上体を下げると、ロープからやってきた真緒を抱えあげてデスバレーボムにきめる。




 ドオオォーーン!!



スタンガン攻撃を受けた璃依紗のまさかの反撃に、真緒だけでなく観客達も驚いている。


前回結衣との試合でもスタンガンを使っていた真緒は、その時自分も痛い目にあった為、今回電流を弱めに設定していたのが裏目となり、璃依紗の反撃を許す事になってしまった。




『くっ・・・まっ、マジでやべぇ・・・』



全く反撃を予想してなかっただけに、デスバレーボムを受けた真緒のダメージは大きく、マットに倒れたままなかなか動く事ができない。


もし璃依紗がカバーに入れば間違いなくスリーカウントが数えられる状況だか、技をかけた璃依紗の方も、スタンガン攻撃とここまでのダメージが大きく、真緒の傍らで同じように倒れている。


両者流血、ダブルノックダウンという壮絶な試合状況に、観客達もこの試合が間も無くクライマックスを迎ようとしている事を予感していた。


リング上では、レフェリーの呼び掛けに応えるかのように、両者がダメージの大きい身体にムチを打ってほぼ同時に起き上がろうとしていた。


しかし二人ともその動きは緩慢で、もはや出来る攻撃もわずかであろうと、見る者にも容易に感じられた。



『はぁっ・・・はぁっ・・・』



真緒は起き上がりながら、自分に残された最後の武器であるメリケンサックを右手に装着していた。



そして、ほぼ同時に立ち上がった璃依紗が自分の方に歩み寄ってきたところ、そのメリケンサックの拳を璃依紗のボディに打ち込んだ。



「グフッ!?」



真緒のボディブローは弱々しいものだったが、ダメージの大きい璃依紗の動きを止めるには十分だった。


さらに真緒はその場で一回転すると、棒立ちになった璃依紗の顔面にバックハンドブローを見舞った。



 パアアァーーン!!!



バックハンドブローが見事にクリーンヒットしたものの、やはり真緒のパワーが不十分で、璃依紗をダウンさせるまでには至らなかった。


しかしまだ立っているとはいえ、朦朧としている璃依紗を見て真緒はその背後に回り込み、チョークスリーパーを極めるが、二人はもはや立っている事が出来ずにその体勢のままマットに崩れ落ちていく。


真緒は倒れてからも必死に両足を璃依紗の胴に絡めながらチョークスリーパーで締め上げようとするが、思うように腕に力が入らない。


しかしもはや璃依紗に抵抗する力はなく、レフェリーはしばらく様子を伺った後、ついに試合終了のゴングを要請した。




 カンカンカンカン!!!



場内に真緒の勝利が告げられ、リング上では両陣営のスタッフ達が力尽きた二人を介抱に当たっていた。



惜しくも敗れた璃依紗は意識を失っており、勝った真緒も意識はあるものの、動く事はおろか、スタッフ達の呼び掛けに受け答えする事も出来ず、その姿はとても勝者の「それ」には見えなかった。



『あの野郎・・・手こずらせやがって・・・』



勝つには勝った真緒だが、その表情に勝利の爽快感は全く感じられなかった。








真緒と璃依紗の死闘の余韻も冷めやらぬ中、リング上は既に新たな2人の女優の姿があった。


黒樹メイサと永倉奈々。


挑戦者決定トーナメント1回戦の第2試合を戦う2人である。


この2人の勝った方が次の日、この同じ会場で行われる決勝戦で、先程の試合の勝者、井上真緒と対戦する事になるのだ。



170センチのスレンダーな肢体を鮮やかな水色の競泳水着に包んだ奈々と、身長では僅かに奈々に及ばないものの、その分鍛え抜かれた感のある身体を、名前通り黒の競泳水着に包んだメイサ。


長身の美女2人がリング中央で向かい合う様は見るからに壮観で、「このカードが事実上の決勝戦」と語る関係者が多いのも無理のない事のように思えた。


そして会場の中には、仕事を終えて駆けつけた現王者、荒垣結衣の姿もあった。




『1試合目終わっちゃったんだ・・・』


翌日の決勝戦が仕事で見れない為、結衣としては今日の1回戦の4人のファイトを見ておきたかったのだが、結衣が会場に着いた時にはちょうど真緒と璃依紗の試合が終わった直後だった。


かつて王座を争った真緒が勝利した事を知り、その瞬間「真緒との再戦」という考えが結衣の頭の中を過ったものの、試合後のとても勝者とは思えない大きなダメージを負った真緒の姿を見て、その可能性が薄い事を感じざるを得なかった。


翌日の決勝戦迄のたった1日でそのダメージが癒えるとは思えないし、その相手がこれから行われるメイサと奈々の試合の勝者となると、どちらが勝ち上がってきても真緒にとっては非常に厳しい戦いになるに違いない。




『奈々さんかメイサさん・・・この2人のどちらかかも・・・』


結衣はリング上で対峙する2人を見つめながら、多くの関係者達と同じ考えを持ち始めていた。


結衣と同郷のメイサと、結衣の“妹弟子”と言える存在の奈々。


結衣が2人に対し様々な感情を抱く中、試合開始のゴングが鳴らされた。





 カーン!!!



ゴングが鳴り、しばらく睨みあっていた両者がリング中央でがっしり組み合うと、メイサがそのまま力任せに一気に奈々をコーナーに押し込んで行く。


奈々をコーナーに詰めたメイサはいきなり腕を振りかざして奈々を殴り付けていくが、奈々が冷静にこれをかわし、メイサから距離をとる。


空振りさせられたメイサはコーナーに激突しながらも素早く振り返り、コーナーから離れた奈々を睨み付けてその動きを牽制している。


どうやらこの最初の攻防を見るだけでも、パワーではメイサの方に分があるようである。



いきなり気勢を削がれたメイサはイラついた表情で再び奈々に掴みかかると、今度は奈々を一気にロープ際迄追い詰めていく。


するとメイサは、今度は逃げられないようにと奈々のボディを蹴りあげ、その動きを止めるとロープを背にした奈々の頭を捕まえ、首筋辺りを力任せに何度も殴り付けていく。


非常に単純な攻撃ではあるものの、一撃毎に奈々の身体が揺らぎ、メイサのパワーが並外れている事が観る者に充分過ぎるほど伝わってくる。



メイサは一旦攻撃を止めると、奈々を強引にロープに振っていこうとするが、奈々がふらつきながらも踏んばって逆にメイサをロープに振っていく。


しかし奈々はロープから返ってきたメイサの強烈なタックルを浴び、逆に倒されてしまう。


メイサは再びロープに走り、奈々の起き上がり様にラリアットを決めようとするが、奈々はこれを冷静にかわし、振り返ったメイサにドロップキックを見舞う。


 

 ビシイイィーーッ!!!



奈々のドロップキックはその場でジャンプしたにもかかわらず打点が高く、170センチの長身が綺麗に伸びた美しいフォームで放たれていた。


強烈なドロップキックを受けたメイサはリング下に弾き飛ばされてしまい、それを見た奈々はロープに走ると、何とリング下のメイサに向かってトペを放っていった。



 ガッシャーン!!



トペをくらったメイサが客席に弾き飛ばされ、観客達から大きな歓声が沸き起こる。



ドロップキックといいトペといい、奈々の技からは規格外のパワーを持つメイサとはまた違った、非凡な能力が感じられた。



トペを決めた奈々は深追いはせず、倒れたメイサを置き去りにしてリングに戻り、メイサが戻って来るのを待っている。



冷静な奈々に対し、空回りしている感の強いメイサ。


“事実上の決勝戦”といわれる試合は、そんな印象の序盤戦から始まった。







ゴングから数分後。



 カンカンカンカン!!!



試合終了のゴングが鳴り響く会場は大きなどよめきにが起こり、何ともいえない異様な雰囲気に包まれていた。


そして観戦していた結衣も、リング上の光景に言葉を失っていた。



『こっ、こんな事って・・・』








メイサにトペをきめた後、リングに戻った奈々は順調な立ち上がりを見せながらも、メイサの事を警戒していた。



『パワーはまさみちゃん並みだわ・・・気を付けないと・・・』



奈々のスパーリングパートナーを務めたのは、かつて前王者佐和尻えりかを苦しめ、現王者結衣の誕生の立役者となった永沢まさみだった。


奈々はまさみとスパーした時、その並外れたパワーに驚かされたが、メイサと組み合った時、そのまさみにも引けをとらないパワーを感じたのだ。



『調子に乗っちゃダメ!慎重にいかないと・・・』


奈々は自分にそう言い聞かせながら、エプロンサイドに上がってきたメイサに近付いていく。


するとエプロンに立ったメイサが、逆にロープ越しに奈々の髪を掴まえ、強烈なエルボーを放つ。



 バキッ!!!



エルボーを受けた奈々がたまらず後ずさると、メイサはすかさずリングに入り、再び奈々にエルボーを叩き込む。



「あうっ・・・」



2発目のエルボーも強烈で、奈々はたまらずリング中央まで後退ってしまう。


奈々との距離が出来たメイサは、ロープで反動をつけると奈々の顔面に強烈なビッグブーツを見舞っていく。



 バシイィーーン!!!



ビッグブーツでマットになぎ倒された奈々は、あまりの衝撃に苦悶の表情を浮かべている。


しかしメイサは全く容赦する事なく、奈々を引きずり起こすとスタンディングでスリーパーホールドに極めていく。



『ううぅ・・・苦しい・・・』



順調な立ち上がりをみせた序盤戦と違い、奈々はメイサの驚異的なパワーの前に防戦一方の状態になっている。


するとここでメイサは、会場の誰もが想像もつかない行動に出る。



「うおぉらあぁーーっ!!!」



メイサは雄叫びをあげると、何とスリーパーを極めたままジャイアントスイングのように回転し始めた。



『えっ!!?』



奈々は自分の身に何が起こっているのか全く把握出来ていなかった。


ただでさえ珍しい技なのに、170センチもある奈々をスイング式スリーパーで軽々と振り回すメイサの姿に、会場中が驚嘆の声に包まれる。




 ダダーン!!!



無造作にキャンバスに投げ出された奈々はようやく技から解放されたものの、平衡感覚を失ってパニック状態になっていた。


一方メイサは奈々を置いてコーナーに向かい、コーナーマットを外した後、立ち上がる事の出来ない奈々を無理やりコーナーに連れていくと、奈々の頭を剥き出しになったコーナーの金具に叩き付けていく。



 ゴッ!!・・・ゴッ!!・・・



メイサは奈々の頭を掴んで力任せに何度もコーナーに叩き付けていく。


メイサのパワーは凄まじく、奈々は抵抗も出来ずされるがままになっていて、たちまち額が割れてしまう。




『ああぁ・・・』



あっという間に流血した奈々は、コーナーにもたれかかったままなかなか動く事ができなかった。


メイサはそんな奈々をコーナーから強引に引き剥がすようにしてマットに倒していくと、左手で倒れた奈々の右手首を掴み、奈々の身体を引き起こしてその喉元にラリアットを叩き込んでいく。



 バシイイィーーッ!!!



170センチの奈々を豪快になぎ倒すメイサのラリアットに、会場から再び驚嘆の声が沸き上がる。


そしてさらに驚く事に、メイサは奈々の手首をクラッチしたまま、倒れる度に引きずり起こし、起き上がりこぼし式にラリアットを連発で決めていく。



 バシイイィッ・・・バシイイィッ・・・バシイイィッ・・・



2発、3発とラリアットが決まる毎に、会場は大きなどよめきに包まれ、メイサが振り抜いた5発目のラリアットで、後頭部から叩きつけられた奈々の身体が一回転するようにうつ伏せにマットに崩れ落ちていく。


もはや完全なワンサイドマッチの様相となったリング上だが、メイサは相変わらず無表情のまま、キャンバスに倒れたままの奈々を冷ややかに見下ろしている。


一方の奈々はかろうじて意識をつなぎ止めているものの、もはや虫の息といった感じで反撃は望めそうにもなかった。





『こっ・・・このまま・・・じゃ・・・終われ・・・ない・・・』




奈々はほとんどグロッキーになりながらも、必死に活路を見出だそうとしていた。


メイサの強さは圧倒的だが、このまま敗れてしまってはスパーリングパートナーを務めてくれたまさみに申し訳ない。


奈々が朦朧と顔をあげると、目の前には近付いてくるメイサの足が見える。



『こうなったら・・・』


奈々はここで拳を握り締めると、何とその拳でメイサの股間を突き上げた。



 ゴッ!!!



「うぐっ!?」



全く予期していなかった奈々の攻撃に、メイサは思わずうめき声をあげてしまう。


奈々のまさかの反則攻撃に観客達が驚く中、ふらふらと立ち上がった奈々は動きの止まったメイサのバックに回ると、起死回生のジャーマンスープレックスでメイサをマットに叩き付けた。




 ドオオォーーン!!!



リング上に見事な人間橋が描かれると、会場からはこの日最高とも思われる大歓声が沸き上がり、ドラマチックな逆転劇を期待するカウントが一斉に数えられる。



 ワン!!!・・・ツー!!!・・・


しかしまだ余力を残したメイサがカウント2で返すと、会場は大きな溜め息に包まれる。



「うっ・・・」



メイサはカウントスリーは逃れたものの、したたかに打った後頭部に手をやりながらマットに座り込んでいる。


そんなメイサを見て、会場から奈々を後押しする声援があがるが、当の奈々はマットに倒れたまま動く気配がない。


恐らく余力がない事を自覚して、最後の力を振り絞って自分のフェイバリット・ホールド(必殺技)を繰り出したのだろう。


すると、座り込んでいたメイサが頭を振りながらゆっくりと立ち上がり、倒れている奈々に歩み寄っていく。


メイサはもはや自力では立てない奈々を捕まえると、無理やり引っこ抜くように奈々の身体を高々と抱え上げ、高角度のパワーボムでマットに叩き付けた。




 ズドオオォーーン!!!



リング上に大きな衝撃音が鳴り響き、レフェリーがカウントを数え始める。


見ている誰もがこれで試合終了だと思ったが、カウントスリー直前でレフェリーがカウントをストップし、会場が大きなどよめきに包まれる。


それはカウントスリーを許さない奈々の驚異的な粘りを賞賛する声だったのだが、実際は不十分だったホールドの体勢が崩れたに過ぎなかった。


まだスリーカウントが入ってないと解ったメイサは、それならばと奈々を無理やり抱え上げ、トーチャー・ラック(アルゼンチン・バックブリーカー)に極めていく。



「うおぉらあぁーーっ!!!」



長身の奈々を豪快にトーチャー・ラックで締め上げながら雄叫びをあげるメイサの姿に、会場はさらなる驚嘆の声に包まれる。


メイサが身体を揺する度に、奈々の長い手足がぶらぶらと動き、まるで生気が感じられないその奈々の姿を見て、レフェリーは慌て試合終了のゴングを要請した・・・






『こっ、こんな事って・・・あるの・・・』



結衣が見つめるリング上では、流血して意識を失った奈々が、スタッフ達に介抱されていた。


そしてその傍らには、特に勝利の喜びを表す事なく憮然とした表情で勝ち名乗りを受けるメイサの姿が。



『ここまで一方的になるなんて・・・』



確かにメイサはこのトーナメントの本命という呼び声が高かったが、奈々との試合は「事実上の決勝戦」と評される程、評判の高いカードだった。


その試合がこれだけ一方的な内容になるとは、結衣だけでなく会場の他の観客達も思わなかったに違いない。


確かに奈々は「キャリア不足」である事は否めなかったし、師匠のまさみや姉弟子の結衣に比べ線の細い感はあるが、随所でまさみや結衣とは違った非凡な能力を発揮していた。


決して奈々が「期待外れ」だったのではない。


メイサが凄すぎるのだ。



『何だか・・・まさみちゃん見てるみたい・・・』



驚異的な強さを見せたメイサではあるが、技も試合運びも荒削りで、奈々と同様明らかに「キャリア不足」である事をこの試合で露呈していた。


しかしそんな弱点を補って余りあるその圧倒的な身体能力の高さは、弟子である結衣や奈々以上に、未冠でありながらも「この年代最強」の呼び声が高い「永沢まさみ」の姿を彷彿とさせるものだった。




『それじゃあ、真緒さんとメイサさんが…』



この試合でメイサが勝ったので、翌日の決勝戦は結衣へのリベンジに燃える井上真緒と、トーナメントの本命黒樹メイサという興味深い顔合わせになった。


しかし試合を終えたばかりのリング上のメイサが今すぐにでも試合が出来そうな程余力十分なのに対し、1試合目で璃依紗と死闘を繰り広げた真緒は1日で回復するとは思えないダメージを負っていた。


それにメイサに敗れた奈々と違って、158センチしかない真緒は体格的にも大きなハンデを負っている。


キャリアの点では真緒の方に分があるかも知れないが、果たして真緒はメイサとまともに戦う事が出来るのだろうか?


メイサの強さを目の当たりにした事で、結衣がかつての宿敵の事を気にかけていると、それまで客席の事など全く気にしてなかったリング上のメイサが、自分の姿を見守っている結衣の存在に気付く。



『!!!』



リング上のメイサと視線が合った瞬間、結衣は不思議な感覚にとらわれていた。


自分がいる客席は決してリングから近くはないし、さっきまで試合に集中していたメイサも、自分の存在には気付いていなかったはずである。


恐らくリング上のメイサも、表情には出さないものの、これだけ距離が離れたところにいる結衣の存在に気付いた事を、メイサ自身不思議に思っているに違いない。



『メイサさん…』



自分はメイサと相まみえる事になるのであろうか?


結衣がそんな事を考えているとは知ってか知らずか、メイサは表情を変えぬまま結衣から視線を外し、リングを後にした。

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