女優3 第3話 〜挑戦者は?〜








芸能関係者達の注目が集まる中、その熱戦の火蓋が切られたA―1王座挑戦者決定トーナメント。


1回戦では、王者結衣へのリベンジに燃える真緒が新鋭璃依紗との死闘を制し、大本命メイサが注目株の奈々を相手にその圧倒的な力を見せつけた。


それから一夜明けたこの日。


ついに現A―1王者、荒垣結衣の次の防衛戦の相手が決定するのである。





『もう始まったのかな・・・』


ようやく仕事を終えた結衣は、やはりこの日行われる決勝戦の行方が気になっていた。



『昨日のメイサさん、凄かったなあ・・・』



結衣は、前日観戦したメイサとの奈々の試合に大きな衝撃を受けていた。


自分を王者にしてくれた永沢まさみの意志を継いでリングに上がった奈々を、完膚なきまでに叩き潰したメイサの姿は結衣だけでなく、多くの関係者達に衝撃を与えていた。


トーナメント前から「本命」の呼び声が高かったメイサは、奈々との試合でより一層、その声を強くしていた。



『真緒さんはどう戦うんだろう・・・』



そのメイサと対戦する真緒は、かつて結衣が新王者決定戦で最後の最後まで苦しめられた相手である。


体格、パワーに恵まれず、それでもしっかりと基礎を身に付け、様々な凶器攻撃と勝負に対する飽くなき執着心で活路を見出す真緒。


王者決定戦で、もはや自力で立てないにも関わらず、最後まで戦おうとした真緒の姿を、結衣は今でも忘れていなかった。



『私の相手は・・・メイサさん・・・それとも・・・』







トーナメント決勝戦会場。


花道に黒樹メイサが姿を現すと、会場は異様などよめきに包まれていた。



1回戦での戦いぶりがあまりに衝撃的だった為に、この決勝の舞台でも何か見せてくれるのでは、という期待感があるのだろう。


そんな会場の雰囲気とは裏腹に、花道のメイサは落ち着き払っていて大舞台に挑む緊張感など微塵も感じさせなかった。


むしろふてぶてしささえ漂うその佇まいは、それだけで並みの新人ファイターとはかけ離れている事を見る者に感じさせた。



そしてメイサがリングの手前まで来た瞬間、何者かが突如現れ、リングに上がろうとするメイサに襲いかかった。





『!!!』



メイサを襲ったのは対戦相手の井上真緒だった。


真緒は手にした特殊警棒でメイサを殴り付けると、その場に倒れ込んだメイサに何度も警棒を振り下ろしていく。




 バシィーッ!バシィーッ!バシィーッ!・・・・



完全に虚をつかれたメイサは、真緒の攻撃にされるがままになっていた。


しかし攻撃を仕掛けている真緒も、額の絆創膏をはじめ身体中に手当ての跡が見られ、璃依紗戦でのダメージが残っているのが明らかで、むしろその姿はメイサよりも痛々しく感じられる。


本来メイサよりもキャリアの長い真緒は、メイサの後に入場するはずなのだが、自分のダメージとメイサの実力を考えてこの奇襲攻撃に出たのだ。



真緒はメイサを何度も警棒で殴った後、倒れたままのメイサを置いてリングに上がるとすぐさまコーナーを上り始める。


コーナー最上段まで上がった真緒は、リング下のメイサが立ち上がるところを見計らって、プランチャを放っていった。





『くっ・・・・』



真緒のプランチャを受けたメイサは、1回戦ではほとんど見せなかった苦悶の表情を浮かべている。


ゴング直前ならまだしも、まさか真緒が入場時に奇襲を仕掛けてくるとは思ってなかっただけに、全く受ける体勢が出来ていないのだ。



そしてプランチャをきめた真緒はさらに、倒れているメイサの額を、メリケンサックを装着した拳で殴り付けていく。


まだゴング前だというのにメイサは早くも額から流血し、ここでレフェリーやスタッフ達が割って入った為に真緒はようやくリングに上がっていく。



しばらくして流血したメイサがようやくリングに上がろうとするが、リング内で待ち構えていた真緒がエプロンに立ったメイサの頭を捕まえ、切れた額目掛けて再びメリケンサックパンチを見舞っていく。


パンチが入る度にメイサの身体がふらつき、それを見た真緒は何とロープ越しにブレーンバスターを仕掛けていく。




「ううわああぁーー!!!」



真緒は雄叫びを揚げて気合いを入れると、自分より大きなメイサを一気に抱え上げ、ブレーンバスターでメイサをリング内のキャンバスに叩き付ける。


意外にパワフルな真緒の攻撃に場内から歓声が沸き起こると、ここで両者がリングインしたという事でようやく試合開始のゴングが鳴らされた。





 カーン!!!



ゴングが鳴るとブレーンバスターをきめた真緒がいきなりカバーに入り、カウントスリーを狙うが、メイサは「なめるな!」とばかりにカウントワンが入る前に真緒をはねのけていく。


あまりにも早いカバーリングに場内から驚きの声が上がるが、璃依紗戦のダメージで長時間のファイトが厳しい真緒にしてみれば、偶然でも勝ちが拾えれば、というのが本音だろう。



カバーを返された真緒はすぐさまロープに走り、まだ座り込んだままのメイサの顔面にケンカキックを浴びせていく。


顔面にキックを受けながらもメイサが歯を喰いしばって真緒をにらみ返すと、真緒は再びロープに走り再度メイサの顔面にケンカキックを見舞っていく。



しかし2発目のケンカキックでもメイサは倒れず、それどころかメイサはゆっくりと立ち上がり、大声をあげて真緒を威嚇し始める。


このメイサの気迫に気圧されそうになった真緒はもう一度ロープに走るが、真緒がロープで返った瞬間メイサも走り出し、真緒の顔面に強烈なビッグブーツを見舞う。





 ドゴオォーーン!!!



メイサのビッグブーツがカウンターで直撃し、小柄な真緒はいとも簡単に場外まで吹っ飛ばされてしまう。




『っつう・・・何だよ今の・・・』



リング下に転がり落ちた真緒は、想像以上のメイサのキックの威力に驚いていた。


試合が始まってから初めてメイサの攻撃を受けた真緒だが、そのダメージは決して軽くはなかった。




『アイツを調子に乗せたらまずい・・・・』


リング下で真緒がメイサへの警戒心を強めていると、何と真緒の目前に突如メイサの姿が現れた。




『!!!』



何とリング上にいたメイサが、場外の真緒に向かってトペを放ったのである。




『ううぅ・・・・マジか、この野郎・・・・』


無警戒でメイサのトペを受けた真緒のダメージは相当なものであった。


真緒もゴング前の奇襲でメイサにプランチャをきめていたが、体格に勝るメイサが仕掛けた分、その威力も大きかった。



トペをきめたメイサは真緒を無理やり立たせると、そのまま鉄柱まで連れていき、真緒を鉄柱にぶつけていく。



「あぐっ!」


頭から鉄柱に激突した真緒は一発で額が割れてしまい、試合は璃依紗戦の時と同じく両者流血という展開になってしまう。


場外戦で形成逆転したメイサは、自ら真緒をリングに押し戻し、再びリング上に戦場を戻していく。



リング内に戻ってからもメイサの勢いは変わらず、真緒にスリーパーホールドを極めると、奈々戦と同じようにスイング式スリーパーで小柄な真緒を振り回していく。



『ううぅ・・・化け物か、コイツは・・・・』


なすすべなくメイサに振り回されている真緒は、その桁違いのパワーに驚かずにはいられなかった。


さらにメイサは真緒をキャンバスに放り出すと、休ませる事なく真緒を捕まえてブレーンバスターの体勢で抱え上げ、長い滞空時間の後、自分は立ったままで反転し、小柄な真緒の身体だけをマットに叩きつけていく。




 ズバアアァーーン!!!



型を全く無視したブレーンバスターをきめたメイサは、マットで背中を強打して起き上がる事の出来ない真緒を冷やかに見下ろしている。


両者共に流血しているものの、ゴング前のアドバンテージは全く無くなってしまい、完全に回復した感のあるメイサに対し、真緒はもはや青色吐息状態である。




『こっ、こいつ・・・もしかすると、荒垣より・・・強いかもしんねえ・・・・』



メイサの圧倒的な強さを前に、真緒はかつての宿敵、結衣の姿を思い出していた。


結衣は非凡な能力はあったものの、その大人しい性格ゆえ受けに回りがちで、付け入る隙があった。


1回戦の璃依紗も精神力の強い強敵だったが、結衣やメイサ程のパワーは無かった。


しかし今対戦しているメイサは、璃依紗のハートと結衣の能力を併せ持っていると言っていい。





『だけど・・・・だからって、負ける訳には・・・・』



メイサが倒れている真緒にゆっくりと近付き、その髪をつかんで無理やり引きずり起こしていく。


するとここで真緒がいきなり顔をあげ、メイサの顔に向かって緑色の霧を吹き付けた。




「なっ!?」



突如視界を塞がれ、思わず声を出してうろたえるメイサ。


荒垣結衣と戦った上野朱里が得意とするグリーン・ミスト(毒霧攻撃)を真緒が使ったのだ。



グリーン・ミストでメイサの動きを止めた真緒は、ふらつきながら半身を翻し、メイサの顔面にメリケンサックのバックハンドブローを叩き込んでいく。



 パシイイィーーン!!!



真緒のバックハンドブローがクリーンヒットし、メイサは倒れはしないものの、頭を下げて動けなくなっている。


既に大きなダメージを負っている真緒は、今が畳み掛けるチャンスとばかりにメイサの頭を抱え込むと、そのまま近くのコーナーを駆け上り、スイング式DDTを狙っていく。


しかしパワーに勝るメイサが視界を塞がれながらも危機を察知し、強引に踏ん張って真緒を払い除けるようにキャンバスに叩き落としていく。




『ううっ・・・・なんてパワーだよ・・・・』



キャンバスに投げ出された真緒は驚異的なメイサのパワーに呆れ返っていた。


しかしグリーン・ミストの効果で、目前のメイサはまだ視界か開けていない様子である。




『やっぱ毒霧ぐらいじゃコイツは止められねぇ・・・・』



意を決した真緒は、隠し持っていた小型のスタンガンを取り出すと、まだ前が見えていないメイサに向かっていく。



しかしその気配を感じたのか、真緒が近付いた瞬間メイサの足が反射的に上がり、逆にビッグブーツの餌食となってしまう。


そしてビッグブーツを喰らった真緒が身体を仰け反らせて後ずさると、手にしていたスタンガンが近くにいたレフリーに誤爆してしまう。



 バチバチィーッ!!!



「ぐわあぁっ!」


スタンガンを受けたレフリーのうめき声に真緒が一瞬気をとられると、ようやく視界が戻ったコーナーのメイサがタックルで真緒を倒し、手に持っていた頼みの綱であるスタンガンが弾き飛ばされてしまう。


さらにメイサは倒れた真緒を引きずり起こすと、真緒の左手首をクラッチしながら、起き上がりこぼし式にラリアットを連発で真緒に叩き込んでいく。



 バシイィッ!バシイィッ!バシイィッ!・・・・



小柄な真緒の身体が何度もキャンバスに叩き付けられ、ヒールとはいえ会場から真緒の身体を気遣うようなどよめきが起こるものの、スタンガンを受けたレフリーはうずくまったまま動く事が出来ない。


最後のラリアットを振り抜いたメイサは、倒れている真緒を置き去りにしてコーナーに行くと、そこから真緒に向かって走っていく。


メイサは倒れている真緒の手前で高々とジャンプすると、真緒の胸板あたりにダブルニードロップを落としていく。




 ドオオォーーン!!!



「ぐおふぅっ!!!」


メイサの全体重を乗せたニードロップをまともに受け、真緒はたまらずうめき声を上げて悶絶している。



『ぐっ・・・キツ過ぎるぜ・・・・コイツの攻撃は・・・・』



一回戦を戦った璃衣紗や、かつて王座を争った結衣の攻撃も厳しいものがあったが、今対戦しているメイサの攻撃はそれ以上に感じられた。


さらにメイサは、もはやグロッキー状態の真緒を抱え上げると、必殺技であるトーチャー・ラックを極めていく。




「うおぉらあぁーーっ!!!」



トーチャー・ラックが完全に極まり、メイサは雄叫びをあげて真緒の身体を絞り上げていく。


普通であればレフリー不在の状況はピンチの真緒にはありがたいはずなのだが、今の場合それがむしろ危険な状態を招いている。




『こっ、コイツやっぱり・・・荒垣より・・・・強い・・・・』



トーチャー・ラックに極められた真緒は朦朧とする意識の中、メイサの実力を素直に認めていた。


しかし、だからと言ってそれは、自分が目指している「A―1王座」を諦める理由にはならなかった。



『ワタシは・・・アイツに・・・借りが・・・あるんだ・・・・』



何としてもタイトルマッチで結衣との再戦を実現させたい真緒は、必死に手をばたつかせ抵抗するが、それはもはや無駄なあがきにしか見えなかった。


そしてスタンガンを受けたレフリーがようやく立ち上がろうとしていて、会場の誰もが試合終了になると思ったその瞬間だった。




「あうっ・・・・」



真緒が必死にばたつかせていた手が偶然技を極めているメイサの目の辺りに触れ、それをメイサが嫌がる内に技のフックが甘くなる。


その事に気付いた真緒が必死に足をばたつかせてトーチャー・ラックから脱出し、メイサの背後に着地すると、背中合わせになってメイサの両腕に自分の腕を絡めていく。




『!!?』



メイサは急に自分の身体が逆さになったその状況が理解出来なかった。


真緒が咄嗟の判断で繰り出したバックスライド(逆さ押さえ込み)がきまり、レフリーがカウントを始めた。






「ワン!ツー!・・・・スリーッ!!・・・・」





 カンカンカンカン!!!





突如鳴り響いた試合終了のゴングに、観衆達もすぐに状況を把握出来ずにいた。


リング上ではそのゴングを聞いて慌てて立ち上がるメイサの姿と、その傍らでぐったりとうつ伏せに倒れている真緒の姿があった。





「・・・ただいまの勝負・・・・逆さ押さえ込みで井上真緒の勝利!」



真緒の勝利を告げるアナウンスが鳴り響くと、大本命メイサの敗退という予想だにしなかった結果に会場から大きなどよめきが沸き起こる。





「おい、どういう事なんだよ!!」



リング上では自分の敗戦という事態を理解できないメイサが興奮した様子でレフリーに掴みかかっていた。


レフリーは必死にメイサにスリーカウント決着を説明するものの、まだまだ体力が有り余っている様子のメイサは全く引き下がる気配がない。



そんな敗者とは思えない姿を見せるメイサの傍らには、精魂尽き果てたかのようにマットに崩れ落ちたままの、勝者とは思えない真緒の姿があった。








「真緒さんが・・・・」



次の挑戦者が井上真緒に決まった事を聞いた結衣は、驚きを隠す事が出来なかった。


トーナメントの1回戦でメイサの圧倒的な強さを目の当たりにした結衣は、正直「真緒との再戦」はないだろう、と思っていたからだ。


真緒が万全のコンディションでないのは明らかだったし、何より結衣自身、今の自分がメイサとやって勝てるのかどうか疑問だと感じたからである。




『メイサさんに勝ったんだ・・・・』



かつて真緒と対戦した事のある結衣は、十分にその怖さをわかっているつもりだった。


しかしあれだけダメージを抱えた状態で、あのメイサを破って挑戦権を勝ち獲るとは。


トーナメントを勝ち残った真緒の、A―1王座と結衣へのリベンジに賭ける想いが並大抵のモノでは無い事が結衣にもひしひしと伝わってきた。



『もしかしたら、メイサさんよりも手強い相手かも・・・・』



井上真緒との再戦となる防衛戦は約1ヶ月後。


結衣は防衛戦に向けて改めて自分の気持ちを引き締めていた。








それから3日後。


結衣の元にあるニュースが届いた。



「えっ・・・・」



そのニュースは単に結衣を驚かせただけでなく、後に結衣を思ってもいない舞台に向かわせるきっかけとなるのであった。





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