女優3 第7話 〜女優VSアイドル〜






都内某所。


そこでは、裏芸能史に残る一大イベントが今まさに開催されようとしていた。


今や国民的アイドルグループとなったOTK38によって行われる「OTK38興行」で、ノンタイトルながらa−1(アーティスト・ワン)王者とA−1(アクトレス・ワン)王者がシングルマッチで激突するというのである。


OTK38の人気メンバーの一人でa−1新王者の大島裕子と、人気清純派女優で現A−1王者の荒垣結衣。


かつて芝咲コウと中島美歌が戦って以来、数年ぶりに行われる“エーワン”王者対決とあって、OTK38ファンはもちろんの事、多くの関係者がこの世紀の一戦に注目していた。






控え室で自分の出番を待つ裕子は、あまりの緊張に身体を震わせていた。



『ホントにこれから、結衣さんと戦うんだ・・・・』



以前、荒垣結衣と井上真緒とのA−1王座決定戦を見て感動していた自分が、まさかその本人と戦うことになろうとは、夢にも思っていなかった。


前回の興業で結衣から対戦相手に指名された時、裕子は正直ビビッてはいたものの、実際に対戦が実現するとは思ってなかった。



というのも、a−1(アーティスト・ワン)王座とA−1(アクトレス・ワン)王座はそれぞれ異なる組織の管理下にある為、交流戦を行うとなると様々な弊害が生じるのである。


かつて芝咲コウと中島美歌が対戦した時も、アーティストとしての実績を認められた芝咲がa−1王座の挑戦権を得て、当時の王者である中島美歌に挑戦するという、芝咲の持つA−1王座は無関係の、単なるa−1王座のタイトルマッチという扱いであった。


しかし今回、裕子達を取り巻く状況、関係者達の様々な思惑が一本の線へと繋がり、今回の対戦にいたったのだ。




a―1王座復活の立役者、秋本靖は自身の多忙さゆえ、タイトルマッチなどの運営を、信頼できるスタッフやOTK38のメンバー達にある程度任せていた。


例えば以前の興行で荒垣結衣のVTRを流したのも、「a―1王座を“真のエーワン”にしよう」という秋本が掲げたスローガンに触発された一部のメンバー達が考えた事で、秋本が指示した訳ではない。


そして今回の結衣の参戦についても、スタッフの中にはA―1王座陣営との『紳士協定』を第一に考え、結衣の参戦に反対する意見もあった。


しかし協賛スポンサーや他のa−1関係者達が現A−1王者結衣を招く事による興行的なメリットがいかに大きいかを訴え、「ノンタイトル戦」とする事でA−1王座サイドとの関係悪化の心配もなくなるとして、反対派のスタッフ達を説き伏せてしまったのである。



興行の成功(早い話が金勘定)を第一に考えるスポンサー。


実力者結衣と人気先行の裕子を戦わせる事で、秋本主導となったa−1王座の権威の失墜を目論む反秋本派のa−1関係者。


秋本不在の状況でビッグマッチを開催して自らの地位向上を図ろうとする一部のスタッフ。


防衛戦が流れたA−1王者結衣と、防衛戦の決まっていないa−1王者裕子。



全ての状況がこのスペシャルマッチを実現させる方向に向かっていたのだ。




『でも・・・・ワタシは結衣さんに・・・・』


裕子自身、正直なところ、A−1王者として充実期に入った結衣にとても勝てるとは思っていなかった。


実力差がどの程度かはわからないが、どう考えても自分が結衣よりも実力が上という事はありえないだろう。


そんな裕子の不安を見透かしたかのように、この試合が決まってからも、他のメンバー達は『本当に結衣と戦うのか?』という意思確認を裕子に求め続けていた。


「自分はa−1王者なんだから当然戦う」と強がって答えた裕子だが、その不安は試合直前となった今でも消えることはなかった。



『結衣さんはA−1王者のプライドを賭けてこの試合に臨んでる・・・・だからワタシはa−1王者として結衣さんの思いに応えなきゃ・・・・』


裕子は自分の中の怯えの気持ちを打ち消すかのように、自分にそう言い聞かせていた。





A−1王者荒垣結衣が花道に姿を見せると、会場は怒号と歓声が入り混じった騒然とした空気に包まれた。


今回の「OTK興行」は結衣が参戦するとあって、純然たるOTK38ファンだけでなく、女優プロレスのファンの姿も多く見られた。


それでも大半はOTK38のファンで、結衣に対する声援とブーイングが五分五分といった感じではあるが、あくまでA−1王者の結衣に敬意を表したという感じで、純粋な結衣の応援
というのは決して多くは無いだろう。


相手よりも先に入場するというのもチャンピオンになってからは初めての事で、結衣はここが「アウェイ」である事を改めて感じていた。



『でも・・・・真緒さんはこんな雰囲気の中で私と戦っていたんだ・・・こんな状況の中でトーナメントを勝ち抜いていたんだ・・・』


結衣は再戦を果たす事が出来なかった宿敵真緒の事を思いながら、表情をキリリと引き締め、静かにリングに上がった。





 「皆さんお待たせしました!赤コーナーより新a−1王者、大島裕子の入場です!!」



場内アナウンスが流れた瞬間、会場のボルテージは一気に上昇し、結衣の入場の時よりもさらに輪をかけて大きな歓声が沸き起こる。


花道に姿を現した裕子は、普段の「OTK興行」と違い、ガチガチに緊張した様子で、声援に応える余裕も感じられない。


a−1王者としての責任感と、強敵を迎えたプレッシャーが裕子をそうさせているのだが、そんな裕子の心中にお構いなく、観客達は大きな声援を贈っている。


そしてその大きな声援が、裕子の緊張をより大きなものに変えていった。




『落ち着け・・・ワタシ・・・落ち着け・・・』


まるで呪文のように自分に言い聞かせながら、裕子は花道を抜けると、大きく深呼吸をしてリングに上がった。


しかしリングに入った裕子は、相手コーナーの結衣の姿を見て、さらに大きなプレッシャーを感じる事となる。





『結衣さん・・・・・』


裕子は結衣の姿を見た瞬間、“ある事”に気付いた。



『!!!』


それは裕子に大きなプレッシャーを与えただけでなく、結衣の並々ならぬ“決意”を感じさせるもので、裕子は戦う前から結衣に飲まれてしまっていた。



『結衣さんは本気だ・・・本気でワタシを潰しに来る・・・・・』


裕子の身体が緊張に震え、その尋常ではない様子は周りにいる他のメンバー達にも伝わっていた。


それでも裕子は会場から贈られる大きな声援を胸に、必死に自分の気持ちを落ち着けようとしていた。



『ワタシはa−1王者・・・みんなの期待に応えなきゃ・・・結衣さんの“想い”に応えなきゃ・・・』


勝ち負けはともかく、自分の全てを出し切ろう。


裕子がそう腹をくくった瞬間、リング下からメンバーの声が聞こえてきた。





「ちょっと待った!!!」


そう叫んだのは裕子とも仲の良いチームTのリーダー、秋本才加だった。


すると才加の声を合図に、才加をはじめ、チームOのリーダー高橋南、チームKの柏木雪、前a−1王者の前田厚子とその前の王者篠田真里子が次々とリングに上がり、それに続いてさらに数名のメンバーがリングに上がると、まるで裕子の防御壁となるかのように、裕子を覆い隠すようにして相手コーナーの結衣と向き合った。



『えっ・・・みんなどうしたの?』


予期せぬメンバー達の行動に裕子が戸惑っていると、才加がマイクを取り、結衣に向かって話しかけた。



「ちょっと荒垣さん・・・約束が違うんじゃないですか・・・・」


才加は丁寧な言葉遣いをしているものの、その口調は怒りに満ちていて、明らかに結衣を挑発するような口調であった。



『何?・・・・一体どういう事なの・・・・』


裕子は才加の言葉の意味が理解できなかった。


相手コーナーの結衣は声をかけられても全く表情を変える事無く、才加と対峙している。


結衣は才加の言葉の意味が分かっているのだろうか?


裕子がそんな事を考えていると、才加は予想だにしない言葉を口にした。



「なあ・・・さっき情報が入ったんだけど、“王座を返上した”ってどういう事なんだよ・・・・」




  えっ!!?



裕子は才加の言葉に耳を疑った。


そして裕子の視線の先には、全く動じる事無く才加と睨み合っている結衣の姿があった。






結衣は前回の「OTK興行」に登場した時、A−1の実行委員会に「a−1王者とのマッチメーク」を打診していた。


真面目な性格の結衣だけに、委員会にはきちんと筋を通したい、と考えての行動だった。



しかし自分達が業界最高峰のタイトルである事を自負するA−1の実行委員会は、はっきりいって「a−1」のタイトルを完全に「格下」とみなしていて、全く相手にしていないようであった。


結衣は真緒の乱入の件で「A−1」の名に傷がついたのなら、自分がa−1王者と対戦する事でその信頼を回復できるのでは、と実行委員会にマッチメークを訴えたのだが、委員会は一向に結衣に取り合おうとしなかった。


そんな事をしなくてもA−1王者結衣の実力は多くの人間が十分認知しているし、向こうから頼むならまだしも、こちらからわざわざ「格下」の「a−1」に頭を下げて頼む事ではない、というのが委員会の見解であった。




『ワタシが負けたら困ると思ってるの・・・だったら自分達だけで盛り上がって好き勝手な事言っているa−1王座と何も変わらないじゃない・・・』


元々真緒への処分で委員会に不信感を抱いていた結衣は、自分の主張に取り合おうとしない委員会にさらに不信感を募らせ、結局a−1の実行委員会の方にその話を持ちかけ、今回の対戦にこぎ付けたのだ。



『トーナメントに勝った真緒さんと防衛戦を戦わないで王者を名乗るわけにはいかない。今回王座を返上して、自分はまた改めてA−1王座に挑戦する』


結衣はそんなコメントを添えて、この試合の直前に、実行委員会に「A−1王座返上」の届出を提出していた。



A−1王座の実行委員会は現王者からのまさかの申し出に大騒ぎし、その騒ぎは程なくa−1関係者やOTK関係者の間にも広まっていったのだった。







「この前アンタいったよなあ!!『“アクトレス・ワン”の王者の力を、あなた達に見てもらう』って。そんな大層な口利いといて、試合になったら『王座を返上しました』だと?ノンタイトル戦だって言うのに、それでも負けたら王座に傷がつくってビビッたのか?この“ヘタレ”チャンピオンがよぉ!!」


才加の言葉に場内は騒然となり、会場はたちまち結衣に対する大きなブーイングに包まれる。


しかし結衣はそんな状況にも動じる事無く、ゆっくりと口を開いた。



「・・・返上はしたけど、まだ正式に受理されてないわ・・・それに、ワタシはタイトルとってから誰にも負けてないから、実質的な王者に変わりはない・・・返上が正式にきまったとしても、ワタシはもう一度王座に挑戦して必ずタイトルを手にしてみせる・・・それに・・・ワタシは“アーティスト・ワン”の王者に負けたりしない。」


こんな状況の中、力強い口調でコメントする結衣に、裕子は完全に飲まれていた。


以前自分の話を優しく聞いてくれた、ちょっとオドオドしたとても王者には見えなかった結衣とは違う、紛れもないA−1王者荒垣結衣の姿であった。



「ヘッ・・・随分大層な口利いてくれんじゃねえか?そんな『屁理屈』聞かされて、ここにいるお客さんが納得できると思ってるのか!!?」



才加の言葉にあおられる様に、会場に集まった多くのOTKファン達から才加に対する大きな声援が贈られていた。


結衣にとっては完全アウェイの状況だけに、結衣の言葉に賛同する声は全くといって良いほど聞こえてこなかった。



「なあ・・・ウチの大島裕子は正真正銘の“アーティスト・ワン”王者なんだよ・・・“アクトレス・ワン”王者に敬意を表してこの試合を組んでやったって言うのに、タイトルも持ってないヤツがどの面下げてこのリングに上がってるんだ・・・お前なんかにウチのチャンピオンと戦わせる訳にはいかねえんだよ!」



『えっ?・・・・才加何言ってるの?』


裕子が才加の放った言葉の意味を意味を図りかねていると、さらに才加は言葉を続けた。



「荒垣さんよぉ・・・今のアンタに、ウチのチャンピオンと戦う資格なんかないんだよ・・・それでも試合がしたいって言うんなら、ここにいる他のメンバーを倒してみろよ・・・そしたら、考えてやっても良いんだぜ・・・」



『!!!』


才加の言葉を聞いた裕子はあわてて目の前に並ぶメンバーの中に割って入ると、他のメンバー達に向かって声を上げた。



「ちょっと待ってよ!今日はワタシと結衣さんの試合よ!ワタシは王者なんだから、結衣さんと戦う責任があるわ!?」


思ってもいなかった才加の言葉に、裕子は熱い口調でメンバーに語りかけるが、メンバー達はそんな裕子とは対照的に冷静な態度をとっている。



「待ちなよ裕子・・・アンタ王者なんだから、戦う相手もアンタにふさわしい相手じゃないといけないんだよ。タイトルを持ってないコイツに裕子と戦う資格なんてないんだよ・・・」


「でっ、でも・・・・」


裕子を諭そうとする才加に裕子が言い返そうとすると、チームOキャプテンの高橋南が口を挟んだ。



「裕子ちゃん、このOTKのリングではチャンピオンであるアナタが主役なの!そんなアナタが軽々しく試合を安請け合いしちゃいけないし、それに・・・『万が一』って事は絶対許されないの・・・わかるよね?a−1王者の裕子ちゃんがOTK以外の人に『負ける』って事があっちゃいけないの!!」


「南ちゃん・・・」



裕子は南の『負ける』という言葉にショックを受けていると、さらに追い討ちをかけるように前王者の前田厚子が声をかけた。



「裕子ちゃん・・・ワタシに勝ったからっていって、自分がOTKの中で一番強いと思ってるの?本当に荒垣さんに勝てると思ってるの!?・・・・裕子ちゃんも、本当は分かってるんじゃないの?・・・・」


厚子にそう言われた瞬間、裕子は厚子の後ろにいる篠田真里子と目が合った。


真里子は何も言わなかったが、その視線はまるで厚子と同じ事を言っているように感じられた。




『確かに・・・OTKで一番強いのは真里ちゃんだと思うけど・・・』


裕子自身、内心では分かっていた。


形の上では厚子に負けて王座から陥落したものの、メンバー内で最強なのは篠田真里子だと、裕子だけでなくメンバー全員がそう思っているはずである。


もしOTKの中で、シングルで結衣と互角に勝負が出来るとしたら、それは真里子以外には考えられない。



「でも・・・ワタシはチャンピオン・・・」


裕子は目に涙を浮かべながらうわ言の様にそうつぶやいていた。


メンバー達もそんな裕子を気の毒に思いながらも、必死に冷静な表情を装っている。


そして裕子の親友でもある才加が裕子の両肩を捕まえ、とどめとなる一言を放った。



「裕子!いい加減目を覚ましなよ!!」


才加が激しい口調で裕子に語りかけると、裕子の目はたちまち涙であふれそうになっていた。


裕子は涙が流れそうになるのを必死にこらえると、肩をつかんでいた才加の手を振り切り、リングから出て行った。



「裕子!!!」


才加は声を張り上げて裕子の名を呼んだものの、裕子は振り返ろうともせず駆け足で一目散に花道を引き返していく。



『裕子・・・アンタもOTKの一員なら、分かってくれよ・・・』



裕子に厳しい言葉をかけた才加も、思わず一瞬切ない視線を見せてしまっていた。


そしてその反対コーナーでは、結衣が小さくなっていく裕子の背中を、やるせない表情で見つめていた。




『裕子ちゃん・・・・』


結衣はリングから逃げ出してしまった裕子の心中を察していた。


きっと信頼していたはずの仲間に、裏切られてしまった気分を味わっているのだろう。




「なあ、荒垣さんよぉ!どうするんだ?さっきも言ったように、お前とウチのチャンピオンを戦わせる訳にはいかねえんだ!だけど、ここにいるメンバーを倒すことが出来たら考えてやってもいいぜ!どうするよ?“元”A−1王者の荒垣さん!!」


さっきまで結衣と同じように、裕子に対し胸を痛めていた才加だが、気を取り直して結衣に挑発の言葉をかけていく。


ハッキリ言って「無茶苦茶」な要求なのだが、結衣は平然と才加に向かって言い返した。



「・・・ここにいる人達を倒せばいいのね。」


あまりにさらっとした口調で結衣がそういったため、場内は騒然となり、才加をはじめリングに上がったOTKのメンバー達の表情が一瞬にして険しいものに変わってしまう。


明らかにOTKのメンバーをなめ切った発言なのだが、結衣は決して相手をなめているわけではない。


行きがかり上、弾みで言った台詞であり、引っ込みが付かなくなったための台詞である。


そして何より、王座を返上したとはいえ、結衣がわざわざこのリングに上がる事を決意した以上、どんな事があっても逃げる訳にも、負ける訳にもいかないという、責任感から出た台詞であった。



「面白え。そこまで言うからには、覚悟はできてんだろうなあ!!」


才加の言葉に結衣は何も言い返さず、ただ黙って睨み返す事で自分の決意をアピールした。






OTK38から最初に登場したのはボーイッシュな魅力で人気の宮沢紗江だった。


小柄なメンバーの多いOTKの中にあっては164センチの紗江は大きい方で、長身の結衣に対抗できるという事で出てきたのだろう。


リング中央で結衣と対峙した紗江は、「A−1王者」の肩書きに飲まれそうになっている自分を見せないようにと、鋭い視線で結衣を睨み付けていく。



『いくらA−1王者が相手でも、OTKが負けるところをファンに見せちゃいけない・・・どんな手段を使ってでも・・・』


レフェリーが紗江のボディチェックを済ませると、今度は結衣の方をチェックしようと結衣に近づいていく。


そして結衣の視線が近づいてきたレフェリーの方に向いた瞬間、紗江は隠し持っていた伸縮式の特殊警棒を取り出して素早く手で伸ばし、それでレフェリーの背後から結衣に殴りかかっていった。





「!!!?」


結衣は一瞬の事に判断が遅れ、紗江の警棒による一撃をまともに受けてしまう。



「うぐっ!!」


警戒していなかった分ダメージも大きく、紗江はさらに手にした警棒で殴りかかっていく。


やはり「OTK興行」だけあって、レフェリーのチェックもメンバーには甘いようである。




 カーーン!!!



ここでゴングが鳴らされたものの、紗江はまだ警棒で結衣を殴り続けている。




「くっ・・・・」



スロースターターである結衣はその欠点が出てしまい、紗江の警棒攻撃から逃れられない状況が続いている。



一方紗江も、最初から勢い込んで警棒を振りかざした分少し疲れたようで、一旦小休止してから再び結衣につかみかかっていく。



「うわああああっ!!」


紗江は声をあげながら自分の身体を結衣に預けるようにして強引にコーナーに押し込んでいくと、コーナーに詰まった結衣にパンチやキックを浴びせていく。



『ワタシが勝たなくてもいい。とにかく少しでもダメージを与えなきゃ!!』


いってみれば「百人組み手」のような試合方式なので、どこかで結衣を止めれさえすればいい。


しかしたった一人を相手に数多くのメンバーが出ることになってしまっては、さすがにOTKの沽券に関わってくることになる。



「どうしたんですか?まさか一人目で終わっちゃうんですか!!?」


紗江はなかなか反撃に出れない結衣を挑発するかのように、そんな声をかけていく。


しかし完全に出鼻をくじかれ、それまでされるがままだった結衣にここでようやく火が点いた。



『何よ・・・それぐらいの攻撃でワタシを倒せると思っているの!?』


防戦一方の状態にイラついた結衣は、鋭い視線で紗江を睨み付けると、その視線の迫力だけで紗江をひるませてしまう。



『うっ・・・・』


紗江は結衣の持つ大人しい清純派のイメージとは裏腹な冷ややかな視線にビビッてしまい、思わず攻撃の手を止めてしまう。


結衣はその一瞬を逃さず、平手で思いっきり紗江の顔面を張っていった。





  パアァーーーーーン!!!



ただの平手打ちとは思えないほどの大きな破裂音が場内に響き渡り、その音に驚いた観客達から大きなどよめきの声が上がる。




『あっ・・・・』


顔面を張られた紗江は、突如訪れた自分の身体の変調に、パニック状態になっていた。


急に身体の力が抜け、頭の中がボーっとなっている。


結衣の放った平手打ちは、掌底部分がまともに紗江の顎を打ち抜いていた為、紗江は脳震盪を起こしてしまっていた。



さらに結衣は、その場で崩れ落ちそうになる紗江の体を支えると、もはや結衣の代名詞ともなった“ヒザ”を紗江のボディに突き立てた。





  ドゴッ!!!!




結衣のニーリフトがきまった瞬間、決して小柄ではない164センチの紗江の身体が浮き上がり、紗江はそのままキャンバスに崩れ落ちていく。



結衣はそれ以上畳み掛けようとはせず、異変に気付いたレフェリーがあわてた様子で紗江に駆け寄っていく。




「紗江えぇーーーっ!!!」



場外で試合を見守っていた他のメンバー達も、ただならぬ紗江の様子に悲痛な叫び声をあげていた。


リング上、腹を抱えてうずくまっている紗江の身体は、痙攣で小刻みに震え続けている。





『すごい・・・・』



OTKのメンバー達は、紗江とのわずかな時間の攻防で、A−1王者結衣の実力を思い知る事になってしまった。


確かにまだまだ経験の浅い紗江ではあるが、メンバーの中では決して弱い部類ではない。


冷静に考えれば、いくら結衣が実力者でも一人でOTKの精鋭達を相手するのは不可能である。


まだまだメンバーの中には篠田真里子や秋本才加、児島陽菜といった実力者達も残っている。


しかし今のファイトでその実力をまざまざと見せつけられた事で、圧倒的有利な状況にも関わらず、結衣に向かっていく事を躊躇う意識がメンバー達の中に生まれていた。





『後何人出てくるんだろう・・・でもワタシは負けない・・・』



ニュートラルコーナーの手前で佇む結衣は、改めて自分の気持ちを引締めていた。


そんな結衣の目の前では、自力で動けなくなった紗江がスタッフ達の手によってリング外に運び出されている。



『裕子ちゃん・・・アナタも王者だったら、このリングに戻ってきて・・・』



結衣は心の中で、リングから逃げ出してしまった大島裕子に呼びかけていた。


この時結衣の背後では、コーナーポストに上った板野知美が結衣の姿をうかがっていた。

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