女優3 第8話 〜追い込まれた王者〜
『裕子ちゃん・・・アナタも王者だったら、このリングに戻ってきて・・・』
最初の相手、宮澤紗江を短時間でノックアウトした結衣は、リングから姿を消した大島裕子に心の中で呼びかけていた。
すると、いつの間にかコーナーポスト上に上がっていた板野知美が、結衣の背中めがけてミサイルキックを放っていった。
『!!!』
全く予期していなかった背後からの攻撃に、結衣はたまらずつんのめるようにしてマットに倒れてしまう。
ミサイルキックをきめた知美は休む間もなく、倒れている結衣にストンピングの集中砲火を浴びせていく。
カァーーン!!
2人目の登場となった板野知美は、最初に登場した宮澤紗江とはまた違ったパターンでの奇襲攻撃を結衣に仕掛けていった。
154センチと小柄な知美は、まともに行ったら長身の結衣とは勝負にならないことを十分自覚していた。
それでも初期からのメンバーでもある知美は、やはり自分が所属している「OTK38」を守りたいという意識がメンバーの中でも人一倍強く、自ら出番を買って出たのだ。
『ワタシの勝敗なんてどうでもいい・・・ちょっとでもダメージを与えて後のメンバーに繋ぐんだ・・・』
知美も最初の紗江と同じく、自分が犠牲になってでもOTKの名前を守ろうとしていた。
そしてその気迫は相対する結衣にも十分伝わっていた。
知美は一旦ストンピングをやめると、結衣が立ち上がろうとするのを確認してロープに走り、結衣の背後から飛びついてフェースクラッシャーをきめていく。
「ううっ・・・」
マットに顔から叩き付けられた結衣の動きが止まると、知美は再び結衣を立ち上がらせないようにとストンピングを速射砲で浴びせていく。
小柄な知美だけに、大きなダメージは与えられないものの、結衣は小回りの利いた知美のスピーディーな動きに完全に振り回されている。
結衣が何とか起き上がろうとすると、知美はすぐさま再びロープに走り、今度は起き上がろうとする結衣の顔面にケンカキックを浴びせていく。
「あうっ!!」
結衣は顔面を蹴られながらも、知美のパワーが無いのが幸いして何とか倒れずに踏みとどまるが、知美が間髪要れずに再びロープに走り、今度は立ち上がりかけた結衣にドロップキックを浴びせていく。
この知美の連続攻撃で結衣が再びマットに倒れてしまうと、知美はさらに大きなダメージを与えようとコーナーに行き、素早くポストを駆け上がっていく。
結衣は知美の動きについていけず、立ち上がったものの完全に知美の姿を見失っていた。
そして結衣がようやくコーナーポスト最上段にいる知美の姿を発見した瞬間、知美は結衣を目掛けてミサイルキックを放っていく。
しかし知美はコーナーから飛んだ瞬間、標的である結衣の目がキッと見開いたことに気付いた。
『!!!』
知美は瞬時に「しまった!!」と思ったものの、時既に遅く自分の身体は空中に浮かんだ不安定な状態となっていた。
知美の姿を捉えた結衣は、咄嗟に知美のミサイルキックの軌道から外れると、自分に向かってくる知美の顔面を目掛けて右の掌底を突き出した。
パアァーーーン!!!
結衣の掌底がトップロープから飛んできた知美の顔面を的確に捉え、リング上に乾いた音が鳴り響く。
不安定な状態でカウンターの掌底を受けた小柄な知美の身体は、まるで車にはねられたかのように宙に舞っていた。
バタン!!
キャンバスに叩き付けられた知美はそのまま転がり落ちるようにして場外に落ちていく。
「知美ぃーーっ!!!」
知美の身を案じたメンバー達が大声を上げ、リング下に落下した知美の元に駆け寄っていく。
知美は先ほどの紗江と同じように脳震盪を起こしていて、さらには掌底の衝撃で口の中を切ってしまい、口元から血を流している。
「はあっ、はあっ・・・」
リング上の結衣は、荒い息遣いで必死に呼吸を整えようとしていた。
知美の攻撃によるダメージも確かにあるが、その知美のスピーディーな動きに振り回された事、そして「OTK38」の名前を必死に守ろうとする知美の気迫に飲まれないようにと、自身の感情を高ぶらせたことによる精神的疲労も大きかった。
『やっぱりただ者じゃない・・・』
OTKのメンバー達はわずかの時間で紗江と知美を戦闘不能に追い込んだ結衣に恐怖を感じていた。
いくら現A−1王者とはいえ、このまま10人も20人も相手に勝ち続けるとは考えられない。
しかし今の段階で結衣に挑んでいって、紗江や知美のような目に遭うのは誰だって嫌に違いない。
かといって、今真里子や才加のようなメンバーきっての精鋭が出て行って、それでもし結衣に敗れるようなことがあれば、それは大変な緊急事態である。
それでもいずれは結衣の連勝はストップするであろうが、その時はさすがの熱狂的信者達も、OTKブランドに対して疑いの気持ちを抱きかねない。
メンバー達は考えれば考えるほど、目の前の“たった一人の敵”から受ける強烈な圧力を実感していた。
しかし3人目のメンバーが早く出ないことには、せっかく紗江と知美が結衣に与えたダメージがどんどん回復していってしまう。
OTK38のメンバー達にそんな迷いが生じる中、リング上の結衣がリング下に陣取っているOTK38のメンバーに声をかけた。
「ねえ・・・そこのアナタ・・・」
結衣が声をかけたのは、メンバーの中で人気ナンバーワンの前田厚子だった。
「前はアナタがチャンピオンだったんですよね・・・でも今はタイトルを持ってない・・・」
結衣に見つめられた厚子は、完全に結衣の迫力に飲まれていた。
「もう、失うものはないですよね・・・だったら、リングに上がってくれませんか?タイトルを獲った実力を、ワタシに見せてくれませんか?」
静かな口調で対戦を要求する結衣に対し、厚子は何も言い返すことが出来なかった。
はっきりいって、厚子はこの日のリングに立つ意思はなかった。
以前真緒が乱入した時は、A−1王者だった厚子を、メンバー達が守ってくれていた。
しかし王者でなくなった今、厚子にはその後ろ盾がない。
結衣から直接対戦を要求されてそれを断わるのは、もはやただの「逃げ」でしかない。
かといって結衣の強さをまざまざと見せ付けられた今、厚子にはそのリングに上がる勇気はなかった。
厚子は結衣の鋭い視線から逃れるように俯いてしまい、何も言い返すことが出来ない。
するとそんな厚子に助け舟を出すかのように、チームKのキャプテン、柏木雪が口を開いた。
「・・・・次はワタシよ。荒垣さん。アナタに相手を選ぶ権利なんてないわ・・・」
「雪ちゃ・・・」
厚子が雪に声をかけようとすると、雪は「何も言わなくていい」とばかりにすっと厚子に手の平を見せる。
雪はキャプテンとしての責任感で、OTKの顔である厚子を守ろうとしていた。
厚子はリングに向かう雪の背中を見つめながら、自分の不甲斐なさを痛感していた。
「さすがに、大きな口を叩くだけの事はありますよね・・・・」
リング上で結衣と向き合った雪は、結衣に向かって挑発的な口調でそう言い放った。
結衣はこの時、キャプテンの一人として他のメンバーを引っ張っている雪から放たれる、他のメンバーにはない独特のオーラを感じていた。
「この『OTK興行』で、ワタシ達は余所者のアナタに負ける訳にはいかないの・・・例えどんな手を使ってもね・・・女優のアナタには、こうやっていつもファンの目の前で活動しているワタシ達のプレッシャーなんてわかりっこない・・・・これから、アナタの『甘さ』を思い知るが良いわ・・・・」
雪の言葉に結衣は、さっき対戦した二人とはまた違った種類のプレッシャーを感じていた。
一体雪はどんなファイトを見せるのだろうか?
結衣がそんな事を考えていると、突然結衣の背中に衝撃が走った。
バチバチイィーッ!!!
『なっ・・・・・』
全く予期していなかった衝撃を受け、結衣はたまらずマットに崩れ落ちる。
そんな結衣の背後には、携帯用スタンガンを手にしたOTK38のメンバーの一人、高城亜紀の姿があった。
「荒垣さん・・・さっき言ったでしょ・・・どんな手を使っても負ける訳にはいかないって・・・・」
雪はスタンガン受けてマットに跪いている結衣に向かってそういうと、紗江も使っていた特殊警棒を取り出し、結衣を殴りつけていく。
そしてさらにもう一人、倉持飛鳥がリング上に上がり、ニュートラルコーナーに向かうとコーナーマットを外し始める。
亜紀と飛鳥は、雪を含めた3人でOTK38の派生ユニット「ディープ・キス」を組む仲間である。
何としても結衣を止めたい雪は、2人に声をかけて協力を求めていたのだ。
カアーーン!!!
この日3度目となる試合開始のゴングが鳴らされると、結衣を特殊警棒で殴りつけていた雪は、亜紀と二人がかりでニュートラルコーナーに結衣を連れて行き、先ほど飛鳥がコーナーマットを外した為にむき出しになった金具に、結衣の頭を打ち付けていく。
ゴッ!・・・ゴッ!・・・ゴッ!・・・・
スタンガンと警棒でダメージを負った結衣は、この攻撃に抵抗することが出来ず、たちまちのうちに額が割れてしまう。
さらに雪は首投げで結衣をリング中央に転がしていくと、亜紀と飛鳥とともに3人がかりで倒れている結衣にストンピングの集中砲火を浴びせていく。
この「ディープ・キス」の3人の暴挙に、会場に集まった結衣を応援している一団からブーイングが起こるものの、大多数のOTKファンからの「ディープ・キス」の3人に対する声援にかき消されてしまう。
本来力となるはずの声援も届かず、流血しながら3人がかりの攻撃を受けている結衣は必死に自分の意識を駆り立てていた。
『ダメっ・・・このくらいで負けてちゃ・・・裕子ちゃんがリングに上がってくるまで、ワタシはここに立っていなきゃ・・・』
さっきまでとは比べ物にならない位動きの鈍くなった結衣に対し、ディープ・キスの3人は容赦のないストンピング攻撃を続けている。
しばらくしてようやく3人がストンピングをやめると、雪が結衣から距離をとり、亜紀と飛鳥が二人がかりで結衣を無理矢理立たせていく。
結衣を捕まえておいてそこに雪が攻撃を仕掛ける、という目論みだったのだが、俄然有利な状況になった事で、この時3人の心に隙が出来てしまう。
『ワタシは裕子ちゃんと対戦するのよ・・・うっとうしいから邪魔しないで!!』
ディープ・キスの3人にイラついた結衣は、小柄で力の無い飛鳥の腕を強引に振り払うと、その手でもう一方の腕を掴んでいる亜紀の顔を張っていく。
パアァーーーン!!!
その平手打ちは紗江に放ったものと同じで、掌底が思いっきり亜紀の顎を打ち抜いた為、亜紀はその場で腰砕けになってしまう。
さらに結衣は身体を元通りに戻すように反転し、背後であっけに取られている飛鳥の顔面に、真緒を意識したかのようなバックハンド・ブローを叩き込む。
パシイィーーーン!!!
この一撃で小柄な飛鳥も吹っ飛ばされ、結衣から距離をとっていた雪はあわててロープに走り、亜紀と飛鳥を蹴散らした結衣の顔面にビッグ・ブーツを見舞っていく。
これにはさすがの結衣も身体をぐらつかせるものの、何とか踏ん張って倒れないように踏みとどまると、雪の顔面に掌底の連打を叩き込む。
この掌底で雪の動きが止まると、結衣は雪の首を捕まえ、得意のニーリフトで雪のボディを突き上げた。
ドスッ!!!
最初に登場した紗江の時と同じように雪の身体が宙に浮かびあがり、雪はそのままマットに崩れ落ちてしまう。
するとディープ・キスの3人が倒れている輪の中心にいた結衣も、急に力が抜けたかのように、その場にがっくりと跪いた。
「はあっ、はあっ・・・・」
窮地に立たされた結衣はアドレナリンを全開させてディープ・キスの3人を蹴散らしたものの、3人を倒した瞬間に警棒とスタンガンで負ったダメージを身体が思い出したのだろう。
そしていくら格下の相手ばかりとはいえ、慣れないアウェイのリングで5人も相手にしてただけに、それ程長時間は闘っていないものの、周りの想像以上に結衣は体力を消耗していた。
もし今の結衣に勝負を挑めば、どんなに弱いOTKのメンバーでも簡単に倒せそうである。
しかしあまりに凄まじい結衣の戦いぶりを見せ付けられた事で、再びメンバー達の中に、リングに上がる事への「迷い」が生じていた。
結衣の繰り出す一つ一つの技には「重み」が感じられ、結衣が戦う姿を見る度に、OTKのメンバー達は自分達がいかに「ぬるま湯」につかったファイトをしていたかを思い知らされるばかりであった。
ただ結衣にしても、いつもいつもリング上でここまでの集中力を発揮しているわけではない。
しかしOTK38のメンバー達にしてみれば、今の結衣の姿が結衣の全てなのだ。
『これが、A−1王者の力・・・・』
結衣はここまでの攻防で既にOTKのメンバー5人をマットに沈めていた。
皆形の上ではピンフォール、ギブアップ、ノックアウトといった『プロレス的な敗戦』のジャッジは下されていないが、それは「OTK主催の興行」ゆえに「メンバーの敗戦」という事実を公式に発表していないだけで、誰がどう見ても内容的には「結衣の圧勝」である。
こんな無茶苦茶な試合形式を続けていれば、いずれは結衣が負けるのだろうが、もはやその勝利には何の価値も無いだろう。
今OTKを応援している熱狂的なファン達は、そんな勝利でも無条件に喜んでくれるだろうが、それ以外の他の外部の人間達に対してはこの試合を続けること自体、もはや「恥の上塗り」でしかないのではないか。
リング上で跪きながらも、次の対戦相手の登場を待っている結衣の姿を見ながら、メンバー達はそんな思いに駆られている。
そんな中、チームOのキャプテン、高橋南が次の対戦相手として名乗りを上げた。
リング上には南だけでなく、南とともに派生ユニット「キャミソール」を組んでいる峰岸みなみと児島陽菜も姿を見せていた。
さっきのディープ・キスと同じように「3対1」で勝負を挑もうというのだが、ディープ・キスのような小細工はせず、始めから3人で結衣と戦おうという姿勢を明らかにしている。
ディープ・キスとの対戦が終わってからも、相変わらず跪いたまま立ち上がろうとしない結衣をじっと見つめる3人に対し、結衣の応援団だけでなく、一部ではあるがそれまで無条件にOTKを応援していたファン達の間にもざわめきが起こり始めている。
それでもOTKに対する声援の方が圧倒的に大きかったのだが、リング上の南はその変化を実感していた。
「何言われたっていい・・・ワタシはOTKが勝つところをファンのみんなに見せたい・・・」
身長が150センチにも満たない南は、これだけグロッキー気味の結衣に対しても、勝てる自信はなかった。
それでも、チームを率いるキャプテンとして、みなみと陽菜の力を借りてでも結衣の息の根を止めたいのだ。
『このコ・・・他の人達とは違う・・・・』
結衣は前回の興行に乱入して初めて南と会った時から、南の事が気になっていた。
OTK38の初期からのメンバーである南は、人気ランキングでも常に上位に入っていた。
しかし単なる人気だけなら厚子や裕子には及ばないのだが、OTK38に対する愛着が人一倍強く、その姿勢がファンの共感を呼び、二人とは違う意味でOTK38の顔的な存在となっている。
おそらくレスラーとしてのポテンシャルでいえば、OTKのメンバーの中でも大した部類には入らないが、他の誰よりもOTK38の勝利を願っているのはこの南だろう。
『でも・・・・ワタシは裕子ちゃんと対戦しに来たの・・・・それまでは誰にも負けない・・・・倒せるものなら倒してみなさいよ・・・・』
結衣はそんな自分の意思を伝えるかのように、跪いたままの状態で南を睨み付けている。
しかし身体の方はいう事が利かず、なかなか立ち上がることが出来ない。
するとリング外に設けられた放送席にOTKの人気メンバーの一人、渡部麻友がやってきて、マイクを取ると試合中にも関わらずスピーチを始めた。
「皆さん、まだ試合中ですが、どうしても皆さんに伝えたいことがあります!」
麻友が話し始めると、それまでリング上に注がれていた関心の目が一斉に麻友に向けられる。
そしてOTKのメンバー達も、麻友の話す内容に注目していた。
試合前、リングから逃げ出した大島裕子は会場から出て行った訳ではなく、控え室に閉じこもってしまっていた。
試合に出るかどうかはともかく、人気メンバーである裕子がこのまま興行に顔を出さないのはまずいと、他のメンバーが裕子を説得する為に向かわせたのが渡部麻友だった。
そんな麻友が放送席にやってきたというのは、裕子から何らかのアクションがあったことを意味していた。
「試合前、a−1王者でもある裕子ちゃんが・・・気持ちの迷いがあって、リングから出て行ってしまいました・・・・でもさっき、裕子ちゃんが、言ってくれたんです・・・リングに上がるって・・・・」
麻友がそうコメントをした瞬間、会場からはこの日一番といえる大きな歓声が沸き起こる。
『裕子ちゃん・・・リングに上がる気になったんだ・・・・』
結衣は麻友のコメントを聞いて、ホッとした気分になっていた。
しかしそんな結衣とは対照的に、他のOTK38のメンバー達は複雑な表情を浮かべている。
「裕子、ホントにリングに上がるつもりなの・・・・」
メンバー達は裕子がこの場に戻って来る事を望んではいたものの、決してリングに上がって欲しいと思ってるわけではない。
「裕子ちゃん、みんなに『ゴメンなさい』って謝ってました・・・だけど、準備が出来たらリングに上がるからって、言ってくれました・・・だから皆さん、裕子ちゃんがリングに戻ってくるまでもう少しの間、お待ち下さい!」
麻友が話し終えると、場内からは再び大歓声が沸き起こる。
『裕子ちゃん・・・早くリングに来て・・・ワタシ待ってるから・・・』
麻友のコメントを聞いた結衣は、重くなった身体に鞭打つように、立ち上がろうとしていた。
しかしそんな結衣の姿を見た南は、立ち上がりかけた結衣の顔面にケンカキックを見舞っていく。
バシィーーーッ!!!
小柄な南のキックはそれほど大した威力ではなかった。
それでも結衣は、ここまでのファイトで積み重なったダメージのおかげでいとも簡単に倒されてしまう。
「アナタの相手は裕子ちゃんじゃない・・・・ワタシがアナタを倒す・・・・」
結衣が顔を上げると、そこには厳しい表情で立ちはだかる南の姿があった。
キックの威力はともかく、南のOTK38を守ろうとする強い意志は結衣にもひしひしと伝わってきた。
カアーーン!!!
4度目の試合開始のゴングが鳴らされると、南は再び立ち上がろうとしている結衣の胸板にキックを連発で浴びせていく。
一緒にリングにあがったみなみと陽菜は一旦コーナーに下がり、南の戦いぶりを見守っている。
さっきのディープ・キスとは違い、タッグマッチのように3人でスイッチしながら結衣と戦う作戦のようである。
結衣はダメージでふらつきながらも、必死に踏みとどまり、南のキックを受けながらも何とか立ち上がろうとしていた。
そしてこの時、花道付近の観客から大きな歓声が沸きあがった。
『裕子ちゃん・・・来たのね・・・・』
結衣は視界の片隅に、花道の奥から走ってリングに向かってくるOTKのコスチュームに身を包んだ裕子の姿を捉えると、立ち上がれずに跪いたまま、キックを浴びせてくる南の顔面を掌底アッパーで突き上げる。
パアァーーン!!
リング上に乾いた音が鳴り響き、結衣が片膝をついたまま放った掌底アッパーにも関わらず、小柄な南は後方へ弾き飛ばされてしまう。
『な、何なの、一体・・・・』
マットに尻餅をついた南は、結衣の想像以上の破壊力に驚いていた。
しかし結衣もダメージが大きいだけに、ここまでのように相手を一発で仕留めるほどの威力はなかった。
結衣は掌底を放ちながらも、倒れた南を追いかけられずに、その場に跪いたままの状態であった。
「南!!!」
ここでコーナーで待ち構えていた峰岸みなみが南に声をかけ、手を出してタッチを求めていく。
この声で熱くなっていた南も冷静になり、コーナーに戻ってみなみとタッチをかわす。
するとその瞬間、吹っ切れた様子の裕子が勢いよくリングの中に入ってくる。
「裕子ちゃん・・・・」
タッチを受けたみなみとほぼ同時にリングインした裕子は、対戦を望んでいた結衣の思いに応えるかのように、跪いたままの結衣に強烈なケンカキックを見舞っていく。
裕子との対戦を望んでいた結衣だったが、裕子のケンカキックを受けた瞬間、力尽きるようにマットに大の字に倒れていった。