女優3 第9話 〜王者の力〜





『裕子ちゃん・・・・早くリングに上がって来て・・・・』



裕子との対戦を望んでいた結衣の想いが通じたのか、試合前にリングから逃げ出した大島裕子が再びリングに姿を現し、もはやグロッキーに近い結衣に容赦のない強烈なケンカキックを浴びせていく。


ようやく裕子との対戦がかなった結衣だったが、それまでのダメージの蓄積が大きく、ついにマットに倒れてしまう。





「あううぅ・・・・・」


マットに倒された結衣は、裕子のキックを受けて不思議な感覚にとらわれていた。


そのキックは小柄な裕子の姿からは想像もつかない強烈なキックで、さすがにa−1の王者だと感じさせるものだった。


しかしそれだけのキックだったにも関わらず、結衣は大きなダメージを受けたというよりも、何か気合を注入されたような感じがしてならなかった。



ダメージで朦朧としながら結衣がそんな事を考えていると、裕子が倒れている結衣に向かって声をかけた。




「おい・・・・テメエ何やってんだよ・・・」



『・・・・えっ!?』













OTK38の控室には、椅子に座って泣き続けている大島裕子の姿があった。


そしてその控室の前では、渡部麻友がドア越しに中にいる裕子に声をかけていた。




「裕子ちゃん・・・やっぱり、リングに戻った方がいいよ・・・」



麻友がいくら声をかけても、ドアの向こうからは延々と繰り返される裕子の嗚咽が聞こえてくるだけで、全くラチのあかない状態であった。


するとそこに一人の女が姿を見せ、そんな状況にほとほと困り果てている麻友に声をかけてきた。



『えっ!?・・・・こっ、この人って・・・・』






控え室に閉じこもった裕子は顔をぐしゃぐしゃにしながら延々と泣き続けていた。




 “a−1王者の裕子ちゃんがOTK以外の人に『負ける』って事があっちゃいけないの!!”


 “自分がOTKの中で一番強いと思ってるの?本当に荒垣さんに勝てると思ってるの!?・・・・裕子ちゃんも、本当は分かってるんじゃないの?・・・・”


 “裕子!いい加減目を覚ましなよ!!”




メンバー達に言われた言葉は全て、裕子の胸に深く突き刺さっていた。


仲間である他のメンバー達に王者として“ダメ出し”をされた事がとてもショックであった。


そしてそれだけでなく、王者としての責任感から結衣と戦う決意をしていたはずなのに、結衣との対戦が流れてしまった事に、どこかホッとしている自分がいる事が裕子にとって一番ショックであった。




『ワタシは結衣さんにビビッてたんだ・・・本当のヘタレ王者はワタシの方だ・・・こんなワタシ、みんなから試合をするなって言われて当然だ・・・ワタシに結衣さんと戦う資格なんてない・・・a−1王者を名乗る資格なんて無い・・・ワタシは最低の弱虫だ・・・・』



裕子は激しい自己嫌悪に陥り、泣いても泣いても涙が止まる気配が無かった。


すると突然控室のドアが開き、それまでドア越しから裕子に声をかけていた麻友と一緒に、一人の女が控室の中に入ってきた。





『えっ!?・・・・なっ、何でこの人が・・・・・』



顔を上げた裕子は女の顔を見て、驚きのあまり声を失っていた。


その女の横には麻友が怯えた表情で立っていた。



「よお・・・」


入ってきた女はいきなり馴れ馴れしい口調で裕子に声をかけてきた。



「お前、荒垣の相手なんだろ?・・・何でこんなトコにいるんだよ・・・・」


「なっ、何でって・・・・」


裕子が言葉に窮していると、女は構わず言葉を続けた。



「荒垣、今他の奴等と試合してんぞ・・・お前の事、待ってんじゃねえのか・・・・」



女の言葉が裕子の胸に突き刺さる。



「ワタシは・・・リングから、逃げ出したんです・・・そんなワタシに・・・結衣さんと戦う資格は・・・・」



女はすっかり落ちこんでしまっている裕子の態度を見て、両手の平を上に向けて呆れたような表情を見せながら、首を左右に振った。



「なあ・・・もし、リングに上がるつもりがないんなら、ちょっと頼みがあるんだけど・・・・・」










「おい・・・・テメエ何やってんだよ・・・」



『・・・・えっ!?』


マットに倒された結衣は、声を聞いて驚いた。



『裕子ちゃんじゃ・・・ない・・・・』


結衣は自分を蹴り倒したのが裕子では無い事に気付くと、あわてて上体を起こし、その人物を確認した。




「よお・・・・久しぶりだな・・・・・」



結衣にそう声をかけた女は、確かにOTK38のミニスカートのコスチュームに身を包んでいたものの、キャップとサングラスでその顔を隠している。


そして決して大きな身体ではないが、間違いなく152センチの裕子よりも大きい。


さらに結衣は、その女が自分の知っている人物だという事に気付いた。



『なっ、何で・・・・』



結衣は、その女がこの会場にいる事に、そしてOTKのコスチュームを着ている事に驚いていた。


女はその結衣のあっけに取られたような表情を見て、にやりと笑い、言葉を続けた。



「全く・・・・面白い事してくれるよな・・・・王座返上とか、OTKのリングに上がるとか・・・・お前の事、関係者の間ですごい騒ぎになってるぜ・・・・」





そしてOTKのメンバー達も、裕子が偽者である事には気付いたのだが、それと同時に放送席でマイクをとった麻友の事が気になっていた。



『裕子がリングに上がるって、さっき麻友が言ってたけど、あれは一体・・・・』



リング下にいる秋本才加はその事が気になり、放送席の方に目を向けると、そこには怯えたように震えている麻友の姿が。



『麻友・・・アンタ一体・・・・』



麻友の怯え具合は尋常ではなく、その麻友の姿は、リングに上がった女が『ただ者ではない』事を意味していた。






「大体さあ、こんな大勢相手するのに道具の一つも持ってないなんて、お前、お人よしにも程があるぞ・・・・」



リング上では、相変わらず“偽”裕子があきれ返った様子で結衣に声をかけていた。



「まあ、そんなお人よし野郎のお前の事だ・・・前にこのリングでボコボコにされたヤツの敵をとろうとでも思ったのか?」



「えっ?どっ、どうして、その事を・・・・」



自分の心を見透かされた結衣は、思わず“偽”裕子に向かって初めて口を開いていた。



「ワタシ今結構暇でさあ・・・色んな話が耳に入って来るんだよ・・・でもよぉ、敵討ちに来てそのザマじゃあ、全く世話ねえよな・・・」



結衣は図星ともいえる“偽”裕子の言葉に、何も言い返すことが出来なかった。



「まあ、ワタシは別にソイツの事なんか知ったこっちゃないけど・・・“A−1王者”がこんな所で寝っ転がってんのを、黙って見てるわけにはいかねえんだよ・・・」



“偽”裕子はそう言った後、放送席にいる麻友にマイクを要求し、麻友が投げ入れたマイクを受け取ると、観衆に向かってマイクパフォーマンスを始めた。






「なあ・・・アンタ等は今日、チャンピオン同士の対決を見に来たんだよなあ?それなのに、こんな私刑みたいな試合見せられて、それで満足なのかよ!?」



“偽”裕子の得意気なマイクパフォーマンスにOTKファンからブーイングが起こるものの、そのブーイングはこれまでに比べて弱弱しいものであった。



それはさすがの熱狂的なOTKファン達も、内心では“偽”裕子の言い分に賛成しているという証拠でもあった。



「・・・・っていうか、この試合・・・『A−1王者』の名前が出てる以上、ワタシも黙って見てる訳にはいかねえんだよ・・・・」



“偽”裕子のこの言葉に何かを感じたのか、さっきまで起こっていたブーイングはおさまり、観衆がざわめき始める。


そしてOTK38のメンバー達も、“偽”裕子に対し、これまでにはない「警戒心」を感じていた。




「おいっ!!こいつ等を応援しているお前らに特別サービスだ!!王者対決の代わりに良いもん見せてやる!!」



“偽”裕子はそう言うと、被っていたキャップを脱ぎ捨てた。



「なあ、そこにいるノッポとハーフのネエちゃん!お前らもリングに上がった方がいいんじゃねえか!!?」



“偽”裕子がそう言って指差したのは真里子と才加だった。



真里子と才加は“偽”裕子を睨み返しながらも、一瞬で自分達がOTKの中で実力者である事を見抜いたその女が『ただ者ではない』事を確信した。



『こいつ、一体・・・・』





「こんなもん、めったに見れねえぞ!!お前らが応援しているOTKと・・・・“A−1王者”タッグのスペシャルマッチだ!!」



“偽”裕子がそう言って顔を隠していたサングラスを投げ捨てた瞬間、特設ビジョンにその顔が映し出され、会場が大きくどよめいた。









控室にはいってきた女はOTKのコスチュームに着換えていた。


そしてそんな女の姿を、裕子と麻友が不思議そうな顔で見つめていた。



「お前の衣装、小っせえなあ・・・・」



「あのぉ・・・・一体、何を・・・・」



女は裕子が持っていた予備のコスチュームを借りて着換えている。



「なあ・・・今日来てる客は、お前と荒垣の試合を見にきたんだろ・・・」



「・・・・・」



裕子は女の言葉に答える事が出来なかった。



「まあ、どうせワタシも暇だからよ・・・お前が出ないっていうんなら、代わりにサプライズ用意してやるよ・・・」



「サプライズ・・・」



「お前にも見せてやるよ・・・・王者のファイトってヤツを・・・・」








特設ビジョンに映し出されたOTK38のコスチュームに身を包んだ前A−1王者、佐和尻えりかの姿に会場は大きくどよめいていた。



『佐和尻・・・えりか・・・』


OTKのメンバー達も、『悪名高き』前A−1王者の登場に動揺を隠せない様子である。



「荒垣ぃ、下ってろ!!」


えりかに怒鳴りつけられた結衣は、思わず言われるがままにコーナーに下っていく。



「おい、ゴング鳴らせ!!」


えりかが麻友に声をかけると、麻友が放送席に置いてあるゴングを鳴らした。





 カアーーン!!!




ゴングが鳴らされると、えりかの登場に危険を感じたのか、先程一旦コーナーに下がった高橋南が再び出てきて、リング内に残っていた峰岸みなみと二人がかりでえりかに掴みかかっていく。



久々にリングに上がったえりかは一瞬虚をつかれてしまい、南とみなみに捕まえられてしまう。



二人はえりかにパンチやキックを見舞った後、えりかをロープに振ってドンピシャのタイミングでWドロップキックを見舞っていく。




  ビシイィーーッ!!




Wドロップキックを受けたえりかはたまらずよろよろとロープまで後ずさるが、ロープにもたれかかると、その反動で2人に向かってダッシュする。




「なめんじゃねえーーーっ!!」




ダッシュしたえりかは両腕を広げ、何とドロップキックをきめた2人にWラリアットを見舞い、逆に2人をマットになぎ倒していく。




  バシイィーーーーッ!!!



いくら相手が小柄な2人とはいえ、まるでスーパーヘビー級の選手のようなムーブを見せる160センチのえりかに、場内からも驚きの声があがる。


さらにえりかは峰岸みなみを引きずり起こすと、ボディスラムで思い切りマットに叩きつけ、その顔面を踏みつけていく。



「ううぅ・・・・」


みなみは自分を踏みつけているえりかの足をどけようとするが、えりかの足はビクとも動かない。


えりかも決して身体が大きい訳ではないので、単純な力というよりも、えりかという存在の“圧力”に、みなみは押し潰されているようである。


するとここで、倒された高橋南が特殊警棒を取り出し、みなみを踏みつけているえりかに一撃を加えていく。




  バシイィーーーッ!!



この一撃でえりかが頭を下げたので、南はさらに殴りつけようとするが、えりかはすぐに顔を上げ、平然とした表情で南を睨み付ける。



「ひっ!!?」



えりかに睨まれた南は怯んでしまい、警棒を振り下ろす勢いが急に弱まった為に、その警棒をえりかに片手でキャッチされてしまう。



「お前、こういうのは躊躇ったらアウトだぞ・・・」


えりかはそういいながら片手のまま南の警棒を奪い取ると、逆に南を警棒で殴りつけていく。



  バッシイィーーーーン!!!!



強烈な警棒の一撃を受けた南はその場に倒れこみ、そのまま転がるようにしてリング下に逃げてゆく。


するとこのやりとりの隙にみなみがえりかの足から脱出し、必死に逃げるようにしてコーナーに戻り、児島陽菜にタッチした。





「才加・・・・行くよ!」


「えっ!?」


今の攻防をリング下で見ていた篠田真里子は、隣にいる秋本才加に声をかけた。


ゴング前、えりかに「リングに上がれ」と指名されていた2人である。



「佐和尻だよ・・・ワタシ等が行かないと、洒落になんないかもよ・・・」


真里子の言葉に才加が頷き、2人は峰岸みなみが戻ってきたエプロンサイドに上がった。






リング上では、えりかが南から奪い取った警棒を『こんなモン、必要ねえ』とばかりに場外に放り捨て、みなみからタッチを受けてリングインした児島陽菜に真正面から組み合っていく。



『さっきの2人よりかはマシなようだな・・・』



小柄なメンバーが多いOTKの中で、164センチの陽菜は大きい方で、実力的にも上位に入るだろう。


えりかはロックアップしながら、そんな陽菜のポテンシャルを感じ取っていた。



『何で・・・ビクともしない・・・』



陽菜は上背に勝る分、えりかを力で押さえつけようとしていたが、えりかが全く動じない事に驚いていた。


永沢まさみや上野朱里ら、自分よりも大きい相手に防衛を重ねて来たえりかにしてみれば、陽菜の力はそのレベルまでには及んでいなかった。



『こうなったら・・・』



陽菜は力で押していくのを諦め、えりかのボディをトーキックで蹴り上げていく。


久々のリングでまだ調子の上がらないえりかはこのキックで動きが止まってしまい、陽菜はさらに立て続けにえりかのボディを蹴り上げていく。



「くっ・・・・」


ボディへの執拗なトーキックでえりかが動けなくなると、陽菜はロープに走り、えりかの顔面にビッグブーツを見舞っていく。



 バシイィーーーッ!!!



顔面を思いっきり蹴られたえりかは身体を仰け反らせたものの、歯を食いしばって倒れずにその場に踏みとどまる。


その様子に陽菜があっけにとられていると、えりかはその場で回転し、陽菜の顔面にバックハンド・ブローを叩き込む。



 バキイィーーーーッ!!!!



えりかのバックハンド・ブローは強烈で、陽菜は一発でマットに崩れ落ちてしまう。


そのえりかの拳には何時の間にか、代名詞ともいえるメリケンサックがはめられていた。



「テメエもまだまだ甘ちゃんだなあ!!」


えりかは崩れ落ちた陽菜の髪を掴むと、その額にメリケンサックを叩き込んでいく。



「ううっ・・・・」


陽菜はビッグ・ブーツをまともに喰らっても平然と反撃してくるえりかに完全にうろたえている。


さらにえりかはエンジンがかかったのか、メリケンサックで殴った陽菜の額に歯を立てていく。



「ああああああっ!!!」


えりかの噛み付き攻撃にたまらず悲鳴を上げる陽菜。


ここで真里子がリング内に入り、陽菜に噛み付いているえりかをビッグ・ブーツで蹴散らしていく。


これにはさすがにえりかも倒されてしまうが、すでに陽菜は流血していて、真里子はそんな陽菜をコーナーに連れ戻していく。


真里子に連れられてコーナーに戻った陽菜は、コーナーで待ち構えていた才加とタッチを交わした。



「佐和尻いぃーーーっ!!!」


陽菜を流血させられた怒りからか、才加はそう叫びながらリングインすると、えりかの立ち上がりざまに強烈なドロップキックを浴びせていく。




 ビシイィーーーーッ!!!


不意をつかれたえりかは吹っ飛ばされてしまい、才加は休む事無くえりかを追いかけて捕まえると、そのままえりかをコーナーに振り、その後を追うようにダッシュしてコーナーに叩き付けられたえりかに串刺しラリアットを見舞っていく。


さらに才加は間髪いれずにコーナーにもたれかかったえりかを捕まえると、高速ブレーンバスターで投げ捨ててカバーに入るが、えりかはカウントを待たずに才加を跳ね上げていく。



「こぉんの野郎ぉーーっ!!」


カウントワンも取れず、プライドを傷つけられた才加は怒り心頭の様子でえりかに掴みかかっていくが、逆にえりかが才加の顔面にメリケンサックのバックハンド・ブローを叩き込む。



 バキイィーーーーッ!!!!



「ぐおふぅっ!!!」


カウンターになったバックハンド・ブローで迎え撃たれた才加がたまらずうめき声を上げると、えりかはすかさずロープに走り、動きの止まった才加の背後から飛びつき、フェイス・クラッシャーをきめていく。



 ズバアァーーーン!!!



「どうしたあ!国民的アイドルの実力ってこんなもんなのかあ!!?」


えりかはマットにうずくまっている才加に罵声を浴びせ、エンジン全開になった事をアピールしていた。





『えりかさん、すごい・・・・』


コーナーに下っていた結衣は、初めて目の当たりにするえりかのファイトぶりに驚いていた。


テクニックやパワーで飛びぬけている訳ではないが、相手の技をまともに受け、それに対し必ず攻撃を返すそのファイトスタイルは、相手に対し『お前には負けない』というメッセージを伝えているようであった。


史上唯一の統一王者芝咲コウを破り、その後自ら王座を返上するまで無敗で防衛し続けた伝説の先輩A−1王者のファイトに、結衣はいつしか心を奪われていた。






そして熱狂する観客の後方には、結衣と同じようにえりかのファイトに目を奪われている大島裕子の姿があった。



『えりかさん・・・・・』



  “お前にも見せてやるよ・・・・王者のファイトってヤツを・・・・”



『ワタシ・・・えりかさんのファイト、目に焼き付けておきます・・・・』





リングでは、えりかの登場で押されっぱなしのOTKのメンバー達が、なりふり構わない手段に出始めていた。


高橋南がリング内に入り、才加を攻め立てているえりかに背後から近づくと、もはやOTKのメンバーおなじみとなったスタンガンを押し付けた。



 バチバチイィーッ!!!



破裂音がリング上に響き渡り、さすがのえりかもその場に崩れ落ちてしまう。



「ちょっと南・・・・」


才加は自分とえりかの対戦に水を注されたのが不服だったのか、明らかに不機嫌な表情で南に声をかける。



「才加ちゃん・・・アナタもキャプテンならOTKを守る事を第一に考えて!!」


南が力強い口調でそう言い返すと、才加は舌打ちしながらも、携帯している伸縮式の特殊警棒を取り出していく。



「えりかさん!!!」


この状況に結衣はたまらずリングに飛び込もうとするが、ここでリング下にいたOTKのメンバー葛西智美と北原理恵が掴みかかり、リングインしようとした結衣をリング下に引きずりおろしていく。


どうやらOTKは、二人を分断して戦いを優位に進める作戦を取ったようである。



「ちょっと邪魔しないで!!!」


結衣は必死に抵抗しようとするが、智美と理恵以外にも数人のメンバーが集まってきて身動きが取れなくなっている。



「みんなぁ!荒垣を行かせるなあ!!」


結衣がもがいているとそんな号令がかかり、メンバー数人が特殊警棒を取り出して結衣に殴りかかっていく。



『まずい・・・・』


結衣がそう思った瞬間、突如聞き覚えのある声が聞こえてきた。






リング上ではスタンガン攻撃でダウンしたえりかを南と才加が警棒で殴りつけていた。


「ううっ・・・・」


孤軍奮闘していたえりかも、さすがにこの状況では反撃する事が出来ずにいる。



えりかが動けなくなったのを確認すると、才加はコーナーに戻り、篠田真里子にタッチした。







「うわあ〜、本物のOTKの人達だ〜!!」



『えっ!!?』


OTKのメンバー達をかき分けるようにして現れたのは、結衣が防衛戦を戦った上野朱里だった。



「OTKのみなさ〜ん、握手して下さいよ〜!!」


朱里はそう言いながら、強引に戸惑う智美の手をとって握手している。


すると次の瞬間、



 バチバチイィーーーッ!!!



乾いた破裂音が響き渡り、智美がその場に崩れ落ちる。



「あれ〜、どうしちゃったんですか〜!?」


わざとらしい口調で驚いている朱里の手には、いつの間にかその場にいたメンバーから奪っていたスタンガンが握られていた。



「アイドルの人がこんな危ないモノ持ってちゃいけないです〜!!」


朱里はそういいながら、スタンガンを片手に他のメンバーに近づいていくと、今度は同じくメンバーから奪った特殊警棒を取り出し、その場で振り回してOTKのメンバー達を殴りつけていく。



「ちょっとやめて下さい!!」


メンバー達は必死に抗議の声をあげるが、167センチという長身の朱里がスタンガン片手に警棒を振り回している為、近づく事が出来ずにいた。


この朱里の行動に危険を感じたメンバー達は、あえなくその場から引き下がっていった。




「朱里さん・・・・」


「ガッキーさんの試合、見に来ました〜!でも、えりかさんを助けるのは、ガッキーさんの役目ですよ〜!!」


「えっ・・・」


「えりかさんが“A−1王者タッグ”って言ったからですぅ〜!ワタシはチャンピオンじゃないから、リングには上がれないんです〜!!」


朱里のこの言葉に、結衣は改めて王者としての責任感を感じ、力強く頷いた。




「ああっ、えりかさんが大変ですぅ〜!!!」


リング上では、真里子がえりかをフロントスープレックス気味に投げ捨て、才加が宙に浮かんだえりかの頭をキャッチしてリングに叩きつけていた。




 ズドオォーーーーーン!!!



以前乱入した真緒がKOされた合体技3Dが炸裂し、えりかはうつ伏せに倒れたまま動かなくなっている。


そして才加からタッチを受けていた真里子がロープに走り、えりかの手前でジャンプすると、倒れているえりかの後頭部にギロチンドロップを落としていく。


  

 ドオォーーーーーン!!!


真里子の全体重がえりかの後頭部に突き刺さり、真里子はぐったりしたえりかの身体を裏返してカバーに入る。




「えりかさん!!!」


リング下にいた結衣がエプロンに上がろうとした時には、既にレフェリーがカウントの体勢に入っていた。


しかしカウントワンが入るかどうかというところで、何とえりかがカバーに入った真里子の身体を跳ね上げていく。



『まっ、マジか・・・・』


3Dとギロチンドロップで手ごたえを感じていた真里子は、カウントワンも許さないえりかに驚いていた。



「それぐらいでくたばると思ったかぁ!?」


カバーを返したえりかはそう叫ぶと、あっけにとられている真里子の顎をアッパーで突き上げた。



「あぐっ!!!」


アッパーカットで真里子が仰け反ると、えりかはその隙に受身を取るように一回転しながら軽やかに結衣の待つコーナーに戻ってくる。



「ちょっとは休んだかあ、荒垣!!」


えりかの声に結衣が頷き、二人はタッチを交わした。





コーナーに下がったえりかは両手でトップロープを掴むと、頭を下げて激しい息遣いを見せていた。



「はあっ、はあっ・・・・」


「えりかさん大丈夫ですかぁ?無理し過ぎですよぉ・・・・」


「はあっ、はあっ・・・・」


えりかは何も言わなかったが、朱里の言っている事は図星だった。


相手にプレッシャーを与える為、結衣を一人で頑張らせない為、そして自分のプライドの為に平気な顔をしていたが、今の攻防で結構なダメージを負っていた。


久々のリングというだけでなく、警棒やスタンガン、合体技を含めた様々な攻撃を受け続けていたので平気であるはずが無かった。



「今のうち休んでくださいね〜えりかさん・・・あっ、そのカッコ、似合ってますよぉ・・・」


「はあっ、はあっ・・・ぅるせえよ・・・(ったく、コイツだけは・・・)」


朱里にOTKのコスチュームに触れられ、えりかは思わず不機嫌な態度になっていた。


さすがの“えりか様”も、朱里の事は苦手なようであった。




リングインした結衣は真里子に駆け寄ると、立ち上がりざまを狙って掌底アッパーを叩き込んでいく。



 バシイィーーーッ!!!



強烈な掌底が真里子の顎にヒットし、真里子はその場でふらついたものの、倒れずにその場に踏みとどまっている。


結衣の掌底の威力が落ちている上に、OTKで一番大きい真里子だけに、そこまでのダメージは与えられないようである。


しかし結衣はふらつく真里子をロープに振り、カウンターの「ヒザ」を狙うが、ロープから返ってきた真里子が寸前でジャンプし、逆にジャンピングニーパッドをきめて結衣をマットに倒していく。



『くっ・・・・この人、強い・・・』



マットに倒された結衣は、OTKで最強といわれる真里子の実力を感じ取っていた。


真里子と他のメンバーとの大きな違いは、事務所の先輩、藤原紀華のコーチを受けている事である。



藤原紀華は171センチという恵まれた身体と、格闘技番組のレギュラーを持っていた経験から、当時芸能界最強と噂されていた。


しかしメジャー展開したのが20代後半と遅く、女優業で興行的・視聴率的に実績の無かった紀華は実力がありながらもA−1王座には縁が無かった。


それだけにa−1王座に挑む後輩真里子を人一倍気にかけ、167センチという恵まれた素材の真理子を、OTK最強と言われるまでに鍛え上げたのだ。




真里子は倒れた結衣を引きずり起こすとロープに振り、返ってきたところにカウンターのビッグブーツを見舞っていく。


再びマットに倒された結衣は、えりかのおかげで多少の回復は見られるものの、明らかに本来の調子には及ばない様子である。


真里子は再び結衣を起こしていくと、結衣の頭を自分の両脚の間に挟みこみ、結衣の両腕を抱え込むと、その場でジャンプした。



ドオォーーーン!!!



真里子の必殺技の一つ、ぺディグリーが炸裂し、結衣はうつ伏せにマットに崩れ落ちてしまう。


真里子は結衣の身体をひっくり返してカバーに入るが、結衣はかろうじてカウントツーで返していく。





「ガッキーさん、大丈夫ですかねえ〜?・・・・」


いつの間にか結衣、えりかのセコンドになっていた朱里は、心配そうにリング上の結衣の様子を見つめている。



「あの程度では潰れねえよ、荒垣は・・・・“アイツ”の魂引き継いでんだから・・・・」


えりかはそうつぶやきながら、かつて自分を後一歩のところまで追い詰め、王座返上を決意させた好敵手「永沢まさみ」の姿を思い出していた。



『でも・・・今の状態の荒垣じゃ・・・あのノッポの相手は・・・・』


えりかは真里子に十分なダメージを与える事無く結衣にスイッチした事を悔やんでいた。


しかし自分自身のダメージを考えれば、それも無理のない展開であった。


えりかがそんな不安を感じていると、それを察したかのように朱里がえりかに声をかけた。



「えりかさん、あの・・・・」





「くっ・・・・」


何とかぺディグリーをカウントツーで逃れた結衣だったが、形勢不利な状態には変わりなかった。


相手は万全の結衣とでもいい勝負が出来そうな真里子だけに、ダメージの大きい結衣には荷が重いようである。



『正直、万全の状態のお前とやりたかったよ・・・でもいいわ・・・この試合、OTKが勝てばいいんだから・・・・』



複雑な心中にありながらも、真里子は倒れている結衣を引きずり起こし、その頭と足を抱えこんでいく。


真里子は168センチの結衣を軽々と抱え上げると、真里子のもう一つの得意技であるフィッシャーマンズ・バスターが炸裂した。




  ドオォーーーン!!!



頭から垂直に落下した結衣は、そのままマットに大の字に崩れ落ちていた。


自分の技に十分な手ごたえを感じた真里子がゆっくりと結衣に覆いかぶさり、レフェリーのカウントが始まった。




『荒垣、お前チャンピオンだろ!サシの勝負なら、自分で返せ!!』



自分自身のダメージのせいもあるが、同じ王者である結衣の事を信じて、えりかはあえてカットに入らなかった。


すると、そんなえりかの期待に応えるように、結衣はかろうじてカウント2.5でカバーを返していく。




『この野郎・・・虫の息のくせに・・・・』


真里子は必殺技2連発を耐え抜いた結衣に対し、苛立ちを感じ始めていた。


するとここで才加が真里子に声をかける。



「真里ちゃん!!!」



 “荒垣、潰すよ!!”



才加が口に出したわけではないが、才加と目があった真里子はそのメッセージを受け止めていた。


才加がリングに入ったのを見て、2人の狙いが合体技3Dだと気付いたえりかがリングに入ろうとすると、OTKコーナーにいる高橋南、峰岸みなみ、そして流血している児島陽菜がいち早くリングに入り、えりかの方に向かってくる。


2人を分断して、もはや虫の息である結衣に3Dをきめるつもりなのだろう。




「邪魔すんじゃねえ!!!」


リングに入ったえりかは、向かってきた3人に対し、さっき朱里から手渡された特殊警棒とスタンガンを持って3人に応戦する。


その間に孤立していた結衣が、真里子と才加の合体技、3Dの餌食となってしまう。




  ドオオーーーン!!!



宙に舞った結衣の身体がマットに叩きつけられ、結衣はその場で動かなくなってしまう。


ここまで5人を相手に戦い、さらにこの試合でダメージを負っていた結衣だけに、えりかが3Dを喰らった時よりも明らかに事態は深刻である。


そして真里子がロープに走り、うつ伏せに倒れている結衣の後頭部に、とどめのギロチンドロップを落としていく。



「荒垣ぃーーっ!!」


得意のラフファイトでどうにか3人を蹴散らしたえりかは結衣の名前を叫んでカットに向かおうとするも、自分もダメージがあるので、その場に跪いてしまう。


その間に真里子がうつ伏せに倒れている結衣のカバーに入り、レフェリーがカウントを始める。




 ワン!!・・・・ツー!!・・・・



跪いてしまったえりかが立ち上がろうとした時には、レフェリーがスリーカウントを数えようとしていた。


しかしレフェリーの手がマットに触れる直前に結衣がカバーを跳ね返していく。



「ちっきしょーっ!!!」


またもやスリーカウントを奪えなかった真里子は声をあげると、グロッキー状態の結衣を起こし、ダメ押しとばかりに再び得意技ぺディグリーの体勢に入る。


ここでえりかが立ち上がっている事に気づいた才加がえりかを押さえに行こうとするが、えりかは向かってきた才加にカウンターのトラース・キックを見舞っていく。



 ビシイィーッ!!!



えりかのトラース・キックが喉元に直撃し、才加はその場に倒されてしまう。


さらにえりかは真里子の方に向かってダッシュすると、ぺディグリーの体勢に捕らえられた結衣の背中に飛び乗り、今まさに技をきめようとしていた真里子にシャイニング・ウィザードを見舞う。



 
 バキイィーーーッ!!!




えりかのヒザが真里子の顔面を直撃し、真里子はその場に倒されてしまう。


えりかのおかげで難を逃れた結衣が立ち上がろうとしていると、えりかが倒れた真里子を起こしてブレーン・バスターの体勢で抱えあげていく。



「荒垣いぃーーーっ!!」


167センチの真里子を抱えあげたえりかは結衣の名前を叫ぶと、ブレーン・バスターの体勢から前方に真里子の身体を落としていく。


名前を呼ばれた結衣は反射的に、落下してきた真里子のボディめがけてヒザを突き立てていった。




 ドゴオォーーッ!!!!




即席タッグとは思えないえりかと結衣の合体技が炸裂し、真里子はそのままマットに崩れ落ちてしまう。


強烈な結衣のニーリフトをまともに喰らった真里子は、身体を痙攣させていてもはや戦闘不能の状態である。




『そんな・・・・真里子が・・・・』



才加はOTKの実力者真里子の無残な姿に言葉を失っていた。


間違いなく結衣と互角に戦える実力を持つ真里子だが、その最大の弱点は、これまでに結衣やえりか程の強敵との対戦経験がなかった事である。


それだけに、二人が繰り出した必殺技、シャイニング・ウィザードとニーリフトにその身体が耐え切れなかったのだ。



他の3人もえりかの凶器攻撃の餌食となり、OTKサイドはもはや才加しかまともに戦えない状態である。


しかしたった今、真里子をノックアウトしたA−1王者チームの結衣とえりかも、積み重なったダメージのせいで疲労困憊の状態である。



全く試合の行方がわからなくなったスペシャルマッチに、会場も声援とどよめきの入り混じった異様な雰囲気に包まれている。


その異様な雰囲気の中、才加はリングに向かってくる2人の人物の姿に気づく。




「えっ・・・・秋本さん?・・・・・」



リングサイドに姿を見せたのは、OTK38のプロデューサー、秋本靖であった。


今までOTK興行のプロレスに姿を見せたことが無かっただけに、突然のボスの登場にOTKのメンバー達も驚きを隠せずにいる。


その一方で結衣は、秋本と共にやってきた全く予想外の人物の姿に驚いていた。




「めっ、メイサさん・・・・」



秋本靖と共に姿を見せたのは、タイトルマッチの井上真緒の代役を辞退した黒樹メイサだった。


場合によっては、結衣と対戦していたかもしれない相手である。


一体2人が会場に姿を見せた目的は何なのか?


結衣やOTKのメンバー達がそんな事を考える中、秋本に見守られながら、黒樹メイサがゆっくりとリングに上がった。

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