女優3 番外編 〜a−1〜
国民的アイドルグループ、OTK38が開催するOTK38興行には、この日も多くの観客が集まっていた。
この日行われるのは、女性アーティストのプロレス最強の称号、a−1王座を争うタイトルマッチで、現王者大島裕子にとって初めての防衛戦である。
挑戦者はOTKメンバー最強といわれている、元王者の篠田真里子。
同じメンバーの前田厚子に敗れてタイトルを失ったものの、メンバー最強という声は未だに変わっていない。
そんな挑戦者と、152センチしかない小柄な王者との対決とあって、「篠田真里子が王座に返り咲く」というのが、大方の予想であった。
大歓声に包まれたリング上では、身長差15センチの2人が、「同門対決」とは思えぬほどの厳しい表情で向かい合っていた。
『裕子・・・容赦するつもりはないからね・・・・』
王座奪還を狙う真里子は、以前厚子に敗れた時とは違い、本気で裕子の事を潰そうと考えている。
『まともにやったら真里ちゃんに勝てっこないって分かってる・・・でもタイトルは絶対渡さない・・・』
一方王者裕子は、内心メンバー最強の真里子との勝負にビビッていたものの、必死にその気持ちを表に出さないようにしている。
『えりかさん・・・結衣さん・・・ワタシに力を下さい・・・』
裕子は神頼みをするかのように、心の中で元A−1王者えりかと現A−1王者結衣に声をかけていた。
“カアーーン!!”
試合開始のゴングが鳴り、会場がまさにヒートアップしようとした瞬間、何と王者裕子が挑戦者真里子に向かって、グリーン・ミストを浴びせていく。
『!!?』
全く無警戒だった真里子は視界を塞がれてしまい、裕子の事を見失ってしまう。
一方裕子は、隠し持っていたメリケンサックを装着すると、真里子のわき腹辺りを集中的に殴りつけていく。
“バシッ!バシッ!バシッ!!・・・・”
真里子は先日の結衣との試合で強烈なニーリフトを受けた為にわき腹を傷めていた。
その事を知っていた裕子は、試合開始から容赦なくその弱点を狙っていく。
そして裕子の手に装着されているのは、その時にえりかから譲り受けたメリケンサックだった。
会場はたちまちOTK興行には珍しいブーイングに包まれるが、裕子は全く意に介することなく凶器攻撃を続けていく。
『ワタシが真里ちゃんに勝つにはこうするしかないんだ・・・勝てる方法があるんだったら、例え反則でもやるべきなんだ・・・そうですよね、えりかさん・・・』
会場のファンを敵に回すことを承知で、裕子は悲壮な覚悟で真里子に挑んでいる。
裕子はさらにメリケンサックで真里子の額を殴りつけると、その切れた額に噛み付いていく。
「ああああぁぁぁぁーーーー!!!」
裕子を叩き潰すつもりでいた真里子だが、やはり心のどこかで小柄な裕子をなめていたところがあった。
その油断が、この先制攻撃を許す結果に繋がったのだ。
『裕子、よくわかったわ・・・それならワタシも容赦しないからね・・・・』
試合は中盤にさしかかり、リング上では真里子のビッグブーツが裕子の顔面に炸裂していた。
序盤こそ、いきなり流血させられて動きを止められた真里子だったが、次第に本来の力を発揮し始めていた。
一方の裕子は、最初こそ相手の虚をついたラフファイトでペースを掴んだものの、所詮は付け焼刃の攻撃で、真里子に決定的なダメージを与える事までは出来なかった。
そして今では、真里子の圧倒的なパワーの前に防戦一方となっていて、反撃のきっかけすらつかめずにいた。
“バキイィーーーーッ”
真里子の強烈なジャンピングニーアタックが小柄な裕子の顔面を直撃し、裕子は豪快に吹っ飛ばされてしまう。
『あっ・・・・』
急に息苦しさを感じた裕子は、ニーアタックの衝撃で自分が鼻血を出している事に気付いた。
試合で流血するのは裕子にとって初めての経験で、自分も真里子を流血させたにもかかわらず、その事実に急に恐怖心を感じ始めていた。
『真里ちゃんを本気で怒らせちゃった・・・ワタシ、本当に勝てるの・・・・』
鼻血を流す裕子の目には涙が浮かんでいた。
その事に気付いた真里子は、弱気な王者の態度に苛立ちを隠せなかった。
「何泣いてんだよ・・・・それでもお前はチャンピオンかあぁーーーっ!!」
真里子はそういいながらロープに走ると、動きの止まった裕子の顔面にケンカキックを見舞う。
“ドゴオォーーーーッ!!!”
強烈なキックで小柄な裕子は簡単に吹っ飛ばされてしまい、リングにうずくまったまま動けなくなってしまう。
真里子はゆっくりと倒れている裕子に歩み寄り、得意技ペディグリーの体勢に入る。
“ドオォーーーン!!!”
顔面からマットに叩きつけられ、ピクリとも動かない裕子。
真里子はそんな裕子の身体を裏返し、静かにカバーに入った。
“ワン・・・!ツー!!・・・・”
会場のファンもレフェリーに合わせてカウントを数えながら、真里子の王座返り咲きの瞬間を見ようとしていた。
しかしそのファン達のカウントが、意識朦朧としていた裕子の耳に届いた。
『ハッ!!!』
レフェリーが今まさにスリーカウントを数えようとした瞬間、裕子の右肩が微かに上がり、レフェリーはオーバーアクション気味にカウントをストップする。
この裕子の粘りに場内からも惜しみの無い歓声が贈られる。
『そうだよな・・・チャンピオンだったら、それぐらいの粘りは見せねえとな・・・』
カバーを返された真里子は、ファン達の反応とは裏腹に、意外に冷静な反応を見せている。
しかし目の前の裕子は完全に虫の息で、次の技がフィニッシュとなる事を確信していた。
真里子はグロッキーの裕子を無理矢理立たせると、もう一つの必殺技、フィッシャーマンズ・バスターの体勢に入る。
会場のファン達も、「いよいよか」とばかりに、目を凝らしてリング上の攻防を見守っている。
そして真里子が小さな裕子の身体を抱え上げようとした瞬間、裕子が最後の抵抗を見せる。
“パシッ!”
裕子の右手が小さく動き、装着したメリケン・サックが真里子の痛めたわき腹に叩き込まれる。
真里子は一瞬動きを止めたものの、そのパンチはあまりに弱々しく、動きを止めるまでには至らない。
『裕子。無駄な抵抗なよしな・・・・』
仕切り直しとばかりに、真里子が再度裕子を持ち上げようとすると、再び弱々しいパンチがわき腹に叩き込まれ、真里子は裕子をリングに下ろしてしまう。
『うっ・・・』
真里子はこの時、自分の身体に異変が生じている事に気付いた。
試合序盤にわき腹を責められたものの、その後は大した攻撃を受けていなかったので、自分ではそれ程ダメージがあるとは思っていなかった。
しかしその後予想以上に裕子に粘られたことで、平気だと思っていたわき腹のダメージが自分の予想以上に進行していたのである。
そして真里子の動きが止まったことに気付いた裕子は、メリケンサック・パンチを連続で真里子のわき腹に叩き込んでいく。
『パシッ!パシッ!パシッ!・・・』
これまでのダメージで大した力は出ないものの、必死にパンチを連打する裕子。
しかしこの弱々しいパンチが真里子の身体にダメージとして刻み込まれていく。
「ううっ・・・」
裕子のパンチが効いてきたのか、わき腹を襲う痛みにたまらず顔をゆがめる真里子。
やがて裕子の脚を抱え込んでいた真里子の腕が解けると、逆に裕子がDDTで動きの止まった真里子の頭をマットに叩きつけていく。
“ドオォーーーン!!!”
起死回生のDDTが決まり、真里子はうつ伏せにマットに倒れこんでしまう。
チャンスと見た裕子はすかさず真里子の腕をきめると、前田厚子からタイトルを奪ったラ・マヒストラルで真里子を丸め込んでいった。
“ワン!・・・・ツー!!・・・・”
裕子の逆転技に場内から大歓声が起こるものの、真里子はカウント2.5で何とか返していく。
この白熱した攻防に場内は大裕子コールと大真里子コールに包まれる。
『そんな・・・・』
場内の盛り上がりとは裏腹に、裕子はスリーカウントが入らなかった事に落胆していた。
フィニッシュを奪うために最後の最後まで取っておいた得意技を、最高のタイミングで使ったはずなのに、それでも仕留められなかった。
『もうワタシには、真里ちゃんに勝てる技はない・・・』
ハッキリ言って、自分のスタミナはもはや限界である。
自分より大きな真里子を抑えるには返し技しかないだろう。
しかしその手の内も既に見られてしまっている。
裕子がそんな風に悩んでいるうちに真里子はわき腹を押さえながらも、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
『ワタシにはやっぱり無理なの・・・・結衣さん・・・えりかさん・・・』
弱気になった裕子の頭に、結衣とえりかの顔が浮かんだその時、
『!!!』
何かを思いついた裕子は、必死にその場で立ち上がると、わき腹を押さえて立ち上がろうとしている真里子を置き去りにしてロープに走っていく。
『はっ!!?』
走る裕子の姿を見た真里子の脳裏に、先日えりかや結衣と戦った時の記憶が蘇る。
『シャイニング・ウィザード・・・・』
ロープから返ってきた裕子が近づいてきた瞬間、真里子は両腕を上げ、しっかりと自分の顔面をガードする。
真里子だけでなく、会場の誰もが裕子の技が失敗に終わったと思ったが、裕子は全く予想外の行動に出る。
『えっ!!?』
裕子は何と真里子の横をすり抜けていき、逆側のロープまで走っていく。
2度のロープワークでトップスピードまで加速した裕子は、背後から真里子の後頭部にヒザを突き立てていった。
“ゴキイィーーーーッ!!!”
小柄な裕子の全体重を乗せて加速したヒザが真里子の後頭部を直撃し、真里子はたまらずマットに崩れ落ちる。
咄嗟の判断で思いついた技“ボマイエ”をきめた裕子は、倒れた真里子の長い右足を両腕で抱え込むと、背中から真里子の上に倒れこんで片エビ固めの体勢に入った。
“ワン!!・・・ツー!!!・・・・スリイィーーッ!!!!”
“カンカンカンカン!!!!”
ファン達がスリーカウントを大合唱し、試合終了のゴングが打ち鳴らされる。
場内の歓声は最高潮となり、セコンドについていたメンバー達が一斉にリングに駆け上がった。
「裕子!!裕子!!!」
裕子側のセコンドについていた秋本才加が興奮した様子で裕子に声をかける。
その声に振り返った裕子の表情を見て、才加はあっけにとられてしまう。
『裕・・・子?』
目の前の裕子は、まるで幼稚園児のように、鼻水と鼻血と涙の入り混じったぐしゃぐしゃの顔で号泣していた。
「びえーーーん・・・・ばっ、ばいやんい、がっら〜!!!」
意味不明の言葉を発する裕子に顔をしかめる才加。
すると裕子はもう一度、才加に向かって叫んだ。
「ばっ、ばりやんに、が、がっら〜!!!」
その言葉が“真里ちゃんに勝った”という言葉だと気付いた才加は、たまらず裕子に抱きついていく。
「ちょっとアンタ、タイトル獲った時より号泣してんじゃない・・・チャンピオンがそんなに泣いてちゃ恥ずかしいでしょ!!」
才加は裕子にそう怒鳴りつけながらも、自分も同じように涙を流していた。
正直言って才加も、裕子が勝つとは全く思っていなかったのである。
おそらく才加だけでなく、メンバーや観客の殆どは、この結果に驚いているに違いない。
しかも返し技ではなく、真里子をKOしての完全なスリーカウントだけに、その驚きも大きかった。
「真里ちゃん!!真里ちゃん!!!」
一方、敗れた真里子のセコンドについていた厚子は、倒れたままの真里子を心配して必死の形相で声をかけていた。
真里子は目は開いているものの、焦点が合っていない様子で、厚子の呼びかけにもなかなか反応しなかった。
「真里ちゃん!!!!」
厚子の執拗な呼びかけで、真里子はようやく意識を取戻したが、自分が敗れたという事をなかなか理解することができなかった。
試合の興奮も覚めやらぬ中、ボマイエのお陰で自分のヒザにも大きなダメージを負った裕子が、他のメンバー達に肩を借りて何とか立ち上がろうとしていた。
裕子は相変わらず鼻水と鼻血と涙で顔をぐしゃぐしゃにしていて、ファンから大きな声援が贈られているものの、とてもそれに応えられる様子ではなかった。
やがてリング内にa−1王座のベルトが持ち込まれると、セコンドの才加がそれを受け取って、裕子の方に歩み寄っていく。
そして才加がまだ泣き止む様子の無い裕子の腰にベルトを巻こうとした瞬間、それを阻止するかのように、才加の肩に手をかける者が。
「!!!?」
才加が振り返ると、そこには厳しい表情をした真里子の姿があった。
真里子は才加を睨み付けると、持っていたベルトを奪い取ってしまう。
「ちょっと真里子!!」
試合の結果に納得がいかないとでもいうかのような真里子の態度に思わず怒りの声をあげる才加。
すると真里子は、ボマイエのダメージでよろよろしながらも裕子に歩み寄り、何と自ら裕子の腰にベルトを巻き始めた。
「ばりや〜ん・・・・」
この真里子の潔い態度に再び号泣する裕子。
「何泣いてんだよ。チャンピオンのクセにみっともない・・・・」
悪態をつきながら裕子の腰にベルトを巻く真里子。
「えぐっ・・・えぐっ・・・」
ベルトを巻かれながら、号泣し過ぎでえずいている裕子に、今度は厚子が歩み寄っていった。
「ワタシ、秋本さんにタイトルの挑戦をお願いしたの・・・でも、他にも挑戦者の申し込みが来てるから、何時になるか分からないって・・・」
「えぐっ・・・えぐっ・・・」
「でも・・・どれだけ待たされても・・・その時ベルト持ってるのは裕子ちゃんだって、思ってるから。」
「!!!」
「真里ちゃんに勝ったんだから、他の人に負けるはずないよね?ワタシと試合する前に、他の人にタイトル取られたらタダじゃ置かないからね!」
それだけいうと厚子は裕子に背を向けてその場から離れていく。
「あどぅごあ〜ん!!」
厚子の手荒い激励にさらに号泣する裕子。
もはや話す事も出来なくなった小さなa−1王者を、会場の大裕子コールが暖かく包んでいた。