〜人気レースクイーンの危機〜

チャンピオン藤原紀華の復活で大盛況を極めた地下プロレス興行。ここ都内某所では組織委員会による次回興行についての定例会議が行われていた。
 そして今回、出場レスラーとして候補に挙がったのは、過去に参戦経験のある大野愛と守下知里であった。

 「それじゃあ、大野愛対カメラ小僧という事で…。」
大野と守下の出場が決まり、会議の話題はその対戦相手へとかわっていた。
 大野は前回の参戦で、素人レスラーのザ・オタッキーと対戦して圧勝したものの、試合後急遽組まれたエキシビジョンマッチで同じく素人レスラーのカメラ小僧にフォール負けを喫していた。今回はいわばそのリベンジマッチともいえるカードが組まれたことになる。大野愛の試合が決まり、次はレースクイーンの守下千里の相手を決める事に。しかしここで委員の一人から守下の試合はタッグマッチにしては、という案がでる。

 「あの、守下の試合なんですが、タッグマッチなんてどうですかねえ?」
 大野も守下も過去に出場している選手なので、地下プロレスの新鮮味を保つ為にも、誰かもう一人新しい選手を出場させては?というのがその委員の意見であった。
 「じゃあ、パートナーもレースクイーンがいいねえ。」
 「だったらこのコなんてどう?」
 ある委員が一人のレースクイーンの名前を挙げると、資料として用意された写真集とビデオが委員達に見せられる。
 「いいねえ!キャラ的にも地下プロに合ってそうだし。」
 「どうせならこのカッコで試合に出てほしいねえ!」
 「早速事務所に打診しましょうよ。」
 守下千里のパートナーとして、そのレースクイーンの参戦が決定した。 

 人気レースクイーンの印林は撮影の仕事を終え、帰路につくところであった。
 『千里ちゃんどうしたんだろ?』
 印林はこの日、現場で一緒だった守下千里の事を気にかけていた。印林と千里は所属チームが違うものの、人気レースクイーンとしてサーキット以外でもグラビアや撮影会で一緒に仕事する機会が多く、会えば話をする間柄であった。
 『この前足をくじいたって言ってた時からかなあ。何か元気ないんだよねえ!』
 印林はここ最近、千里の様子がおかしい事に気づいていた。二人で喋っていたり、カメラを向けられている時には笑顔をみせているのだが、撮影の合間とか一人になった途端に憂鬱そうな表情を浮かべるのである。そして人の気配を感じるとまたすぐに笑顔を見せるのだが、印林は何か千里が悩み事を抱えているのでは、と思っていた。
 『後でメールいれとこっかなっ!』
 印林がそう思った瞬間、携帯から着メロが流れる。
 『事務所からだわ。』
 それはまさしく、千里の憂鬱の原因と同じ内容のものであった。

 第一試合

 第6回地下プロレス興行会場。
 リング上には第1試合で大野愛と戦うカメラ小僧の姿があった。
 『ホントに大丈夫かなあ…』
 先に入場したカメラ小僧は不安な面持ちで愛の入場を待っていた。
 本来ならば、スタイル抜群の水着姿の10代のアイドルとプロレスの試合が出来るとなれば、普通の中年男は無条件に喜ぶだろう。しかし大野は柔道の経験があり、前回地下プロレスに参戦した時もカメラ小僧の仲間であるザ・オタッキーを一撃で仕留めている。そしてなお悪い事に、カメラ小僧はその試合後乱入し、オタッキーと二人がかりで愛の体を弄り回していたのだ。実力的にも適わない上に、明らかに恨みをかっているとなれば、心中穏やかではいられないところだろう。
 そんなカメラ小僧の心配をよそに、反対側の花道から大野愛が姿を見せる。

 『もう、絶対に許さないんだから!』
 花道を歩いてくる愛はすでに怒りモードに入っていた。
 所属事務所の名物社長Nから二度目の地下プロ参戦を言い付けられた時、愛はすぐに参戦をOKした。勝気な性格の愛は、前回参戦した時に素人レスラー達に体を弄り回された事が悔しくてしょうがなかったらしく、この仕事が来る事を密かに心待ちにしていたようだ。しかも対戦相手がその当事者とあって、愛にとっては願ったり叶ったりといえるであろう。
 そして愛がリング下にやって来たところ、何者かが愛を背後から襲った。

 「きゃああっ!」
 いきなり背後から殴られた愛は悲鳴をあげてその場に崩れ落ちる。愛を襲ったのは前回愛にやられたザ・オタッキーであった。まともに試合をしたら勝ち目が無いと思ったカメラ小僧はオタッキーにセコンドにつくように頼んでいた。そしてさらにそのセコンドのオタッキーが、試合が始まったら自分の時みたいにあっという間に終わってしまう可能性があると思い、独断で愛に奇襲をかけたのである。
 カメラ小僧は驚いたものの、すぐにオタッキーの目論見を理解し、リング下に下りて愛の元に近づいていく。

 「うへへへへ!』
 素人コンビは不意打ちを受けて倒れている愛を無理矢理立ち上がらせると、羽織っているバスローブをあっという間に剥ぎ取ってしまう。
 「うおーっ!」
 素人コンビは黒の小さ目の三角ビキニで覆われた愛の88・60・86のボディを目の当たりにし、思わず感嘆の声をあげると、すかさず両脇から一斉に愛のバストをつかんでいく。
 「いやあっ!」
 悲鳴をあげる愛に構う事無くバストの感触を楽しむ素人コンビ。しばらくしてレフェリーに促されて二人がかりで愛をリングに押し上げると、カメラ小僧だけでなくセコンドのオタッキーも一緒にリング内に入っていく。そしてこの二対一の状況のまま、試合開始のゴングが打ち鳴らされる。

 「カアーン!」
 ゴングがなった後もセコンドのオタッキーはリングから降りようとせず、愛をマットに押し倒し、その88センチのバストを揉み始める。
 「ちょっとあなた関係ないでしょう!」
 愛がそう言いながらのしかかってくるオタッキーを押しのけようとしていると、カメラ小僧が愛の下半身の方に回り、愛の足をとって四の字固めの態勢に入る。愛はオタッキーともみ合いながらも足をばたつかせて技から逃れようとするものの、さすがに二人の男を相手にすることは難しく、足四の字固めに捕らえられてしまう。
 
 『痛ーい!』
カメラ小僧に足四の字固めをきめられ、愛はリング中央で苦悶の表情を浮かべていた。
 セコンドのオタッキーはレフェリーの注意を受け、すでにリングから降りているものの、不慣れなプロレス技にきめられ、愛にとっては苦しい展開である。
 愛はカメラ小僧のつま先をつかんで無理矢理技を外そうとするが、なかなか思うようにいかず、どんどん脚にダメージが蓄積されていく。
 しばらく膠着状態が続き、観客達の空気がトーンダウンし始めた頃、カメラ小僧が自ら技を解く。

 ようやく足四の字から解放された愛だが、足の痛みからなかなか立ち上がることができない。
 カメラ小僧は品定めをするかのように、立ち上がろうとしている愛の全身を舐めまわすようにして見つめている。
 愛はカメラ小僧の嫌らしい視線を感じ、警戒しながらゆっくりと立ち上がる。しかし愛が立ち上がった瞬間を見計らって、カメラ小僧が愛の脚をつかんでいく。

 「ちょっといやっ!」
カメラ小僧に片足をつかまれ、片足立ちの状態で叫ぶ愛。カメラ小僧はそんな愛の様子を楽しみながら、つかんだ片足を引き寄せるようにして肩を使って愛を押し倒していく。
 「きゃあっ!」
 再びマットに倒され思わず声を上げる愛。カメラ小僧は愛の太ももに顔をすりよせ、その感触を楽しもうとするが、ここで愛が逆にカメラ小僧の腕をつかみ、三角締めの体勢に入る。

 「うぐうっ!」
 訳の分からない内に三角締めに捕らえられたカメラ小僧はうめき声をあげながら脱出を試みるが、完璧にきまっていてもはや脱出不可能の状態。これを見たセコンドのオタッキーが慌ててリング内に入ろうとするが、カメラ小僧がそれよりも早くタップしてしまう。
 「カンカンカンカン!」
 試合終了のゴングが鳴らされ、アナウンスが愛の勝利を告げると、場内はたちまちブーイングの嵐。
 リング内では腕を押さえて倒れているカメラ小僧をオタッキーが心配そうに見つめている。
 ここで勝ち名乗りを受けた愛が、これじゃあ気が収まらないとばかりに、オタッキーにつかみかかっていく。

 「うわっ!」
 いきなり近づいてきた愛に驚くオタッキー。愛はそんなオタッキーを捕まえると、得意の大外刈りでオタッキーをマットに叩きつけていく。
 「バーン!」
 大きな音をたててマットにたたきつけられたオタッキーは全く受身が取れず一発で失神してしまう。さらに愛はカメラ小僧に近づき、脇腹を思いきり蹴り上げて悶絶させると、さっさとリングを降りてしまう。
 前回地下プロマットで素人コンビに受けた屈辱を倍返しにした愛。やはり素人コンビでは荷が重かったようだ。

 第二試合

 今回地下プロ初参戦となる印林は控え室で自分の出番を待っていた。
 「いつ出番がくるんだろう…」
 すでに水着に着替え、体を動かしながら出番を待つ印林。するとドアの向こうからスタッフの男達の話し声が聞こえてくる。
 「えーっ!まだ守下千里が来てない?」
 「はい、今事務所に確認してるんですが…」
 「まさか前に出た時のショックが大きくてドタキャンっていうんじゃ…」
 スタッフ達は印林とタッグを組む予定の千里がまだ会場に来ていないのでかなり慌てている様子。その会話を聞いて唖然とする印林。
 『千里ちゃん、地下プロに上がってたんだ…』
 印林はこの時初めて今日千里とタッグを組む事、以前千里がこのリングに上がった事を知る。そして同時に、最近千里の様子がおかしかった原因がこの地下プロレスだという事を確信した。
 『よっぽど嫌なことがあったんだわ…』
 まだ会場に姿を見せないタッグパートナーの千里を気遣う印林。ドアの向こうではスタッフの男達の会話が続いている。
 「大野にもう一試合戦ってもらうとか…」
 「大野はもう帰っちゃいましたよ!」
 「えーっ!」
 「もう、何やってるんだよー!」
 なかなか会場にこない千里に苛立ちを覚えるスタッフ達。ここで印林は意を決して控え室のドアを開け、スタッフの男達に告げる。
 「いいわ。私一人でやる!」

 リング上、印林は一人で対戦チームの入場を待っていた。
 今日出場するはずの守下千里が会場に姿を見せない為、これ以上観衆を待たせるわけにはいけないと困っていたスタッフに印林は自分一人でファイトすると直訴。印林本人が了承したのであれば、という事で千里の到着を待たず、第二試合を始める事にしたのだ。
 『千里ちゃんの分までがんばるからね!』
 印林はリング上でまだ姿を見せない千里に心の中で語りかけていた。最近千里の様子がおかしかった事や、控え室で聞いたスタッフの会話で千里が地下プロで辛い思いをしていたと確信した印林は、千里がドタキャンしたにせよ、到着が送れているにせよ、自分が一人でがんばれば千里がリングに上がる必要が無くなると考え、一人で出ると言ったのだ。
 しかし会場にいる誰もがそんな印林の気持ちを知る由も無く、ほとんどの人間が印林の痛めつけられる姿を期待している。そして一人で頑張る覚悟をきめた印林の前に、対戦チームである白覆面、黒覆面の覆面コンビが姿を現した。

 『えっ、男の人が相手?』
 覆面コンビの姿を見て印林は戸惑っていた。今回地下プロに参戦するにあたって何の予備知識も無かった印林は、男性レスラーが相手だということは全く考えていなかった。しかし印林はこれで千里が地下プロでどんな目にあったかという事を容易に想像することが出来た。
 リングに上がった途端、印林に対しマスクの中から好色な視線を向けてくる白覆面と黒覆面。リング下にはセコンドとして今日試合の無い関取仮面がスタンバイしている。そして黒覆面は往年の悪役、植田馬之輔のように右手に竹刀を携えていた。普通の女性であれば三人の男と相対して、しかもそのうち一人が竹刀を持っているとあれば完全におびえてしまうところだが、勝気な性格の印林は強気の表情で覆面コンビの二人をにらみつけている。
 『何よ、良く見たらどっちもただの出っ腹の中年親父じゃないの。あんなのに負けないわ!』
 印林は最初は男が相手という事に驚いたものの、二人のしまりの無い体を見て自信を持った様子。しかし覆面コンビの二人もこれまで実力のある芸能人レスラーと対戦しているだけに、今まで出た選手の中で一番小柄な162センチの印林を見て、今日は思う存分楽しめるぞ、と心の中で思っていた。
 リング上に3人のレスラーがそろったところでリングアナが選手紹介をしようとすると、印林がここで覆面コンビに注文をつける。

 「ちょっと、大の男が女のコ相手に二人がかりでヤルつもり?」
 覆面コンビを挑発するかのようにアピールする印林。口調は強気だが、男二人を相手にするのは無理だと冷静に考えてのアピールであった。しかしそんな印林の考えとは裏腹に、覆面コンビの二人は開き直った様子で言葉を返す。
 「何いってんの、一人でヤルって言ったのは君の方でしょ。」
 「俺達みたいな中年親父が君みたいな若いコを相手にするのは大変なんだよ。」
 そう語る覆面コンビの口調は完全に印林をからかっていた。これに怒った印林は、鋭い視線をレフェリーの山本大鉄にむけるが、大鉄もウンと頷くだけで印林のアピールに応じる気配を見せない。
 「わかったわよ!やればいいんでしょ!」
 結局その場の雰囲気に流され、ハンディキャップマッチを飲む事になった印林。千里の事を思うがばかりに、自ら危険な橋を渡ることになってしまった。

 「本日の第二試合、ハンディキャップマッチ60分一本勝負を行います。青コーナー、165パウンド、黒覆面。210パウンド、白覆面。赤コーナー、100パウンド、印林。レフェリー山本大鉄。」
 リングアナのコールが終わり、印林が羽織っていたバスローブを脱ぎ捨てると、場内から大きなどよめきが起こる。印林は162センチ、86、59、86のボディーを黒のTバックビキニに身を包んでいて、そのキュッと引き締まったヒップは男なら誰もが目を奪われるであろう。そしてリング上の白覆面、黒覆面、大鉄、セコンドの関取仮面もご多分に漏れず、Tバックビキニ姿の印林に釘付けになっている。
 黒覆面がコーナーに下がり、リング内印林と白覆面の顔合わせで試合開始のゴングが鳴った。

 「カーン!」
 ゴングが鳴り、白覆面がいきなり印林に抱き着いていこうとするが、印林はこれを察知し、近づいてきた白覆面の鼻っ柱にグーパンチを叩き込む。
 「ぐわっ!」
 印林のパンチがカウンターでもろに顔面に入った為、白覆面はたまらず顔を押さえて後ずさってしまう。さらに印林は白覆面の背後に回ると、背中に飛びついてチョークスリーパーをきめていく。
 「ぐええっ!」
 印林をおんぶするような格好でうめき声をあげる白覆面。それもそのはず印林の腕が完全に首に入っていて、ほうっておけば危険な状態である。これを見た大鉄はあわてて印林にブレイクを命じるが、印林は白覆面に密着したまま全く離れる気配を見せない。
 これまではゴング前に奇襲を仕掛けたり、ボディチェックで体を触りまくったりしていた覆面コンビと大鉄だが、今回小柄な印林を見て完全になめてしまい、普通に試合を始めて試合中にじっくり楽しもうと考えたのが完全に裏目に出てしまった様子。
 「さあ、ギブアップしなさいよ!」
 白覆面にチョークスリーパーをきめたまま大声で叫ぶ印林。大鉄は印林を無理矢理白覆面から引き離そうとするが、印林は白覆面の首に絡めた腕を放そうとしない。ここでコーナーにいた黒覆面がセコンドの関取仮面から預けていた竹刀を受け取り、リング内に入る。

 「大鉄さん!」
 竹刀を手にしてリング内に入った黒覆面は、レフェリーの大鉄を印林から離れさせると、チョークスリーパーをきめている印林の背中をめがけて竹刀を叩きつけた。
 「バシーン!!」
 背中に一撃を受けた印林はたまらず表情を歪めるが、それでも白覆面の背中にしがみついている。そんな印林に対し黒覆面は立て続けにその背中めがけて竹刀を振り下ろす。
 「バシーン!バシーン!」
 一発目は何とか耐えた印林だったが、三発目の竹刀攻撃でついに腕を離し、たまらずマットに崩れ落ちる。一方、ようやくチョークスリーパーを逃れた白覆面はひざまずいてのどを押さえてむせこんでいる。もうちょっとフォローが遅れていたら本当に危なかったに違いない。
 
 「調子にのるなよ、この野郎!」
 白覆面を助けた黒覆面は倒れている印林に向かってそういうと一旦コーナーに戻り、白覆面にタッチするように指示。のどをおさえながらコーナーに戻ってきた白覆面とタッチを交わして再びリングインした黒覆面は、倒れている印林に近づくと、Tバックから剥き出しているヒップを撫で回し始める。
 「いやあっ。」
 いやらしい手つきでヒップを触られ、声を上げる印林。しかしその手から逃れようと思っても竹刀攻撃のダメージで思うように体が動かない。印林の抵抗が弱い事をいい事にここぞとばかりに印林のボディをいじり回す黒覆面。この間にコーナーの白覆面も呼吸を整え始める。
 
 「やめてよ、この変態!」
 印林は下半身に抱き着いている黒覆面の頭を両手で押しのけようとしていたが、黒覆面は全く離れる気配を見せず、ヒップを鷲掴んで太ももの辺りに舌を這わせている。やがてコーナーで待機していた白覆面もリング内に入り、黒覆面に捕まっている印林のバストを揉み始める。
 「ちょっと卑怯よ!いやあっ!」
 二人がかりでまとわりついてくる覆面コンビに対し、印林は声をあげて抗議するが当然聞きいれてもらえない。レフェリーの大鉄も、一応注意はするものの二人を止める気配を見せない。
 「もういい加減にしてよ!」
 覆面コンビに対し必死に抵抗する印林。ここで覆面コンビの二人は一旦印林を立ち上がらせると、黒覆面が背後から印林を羽交い締めにし、白覆面がその印林の腹の辺りにボディブローを連発で叩き込む。
 「うっ、ううっ!」
 無防備でボディブローを受け、苦悶する印林。印林はさらに覆面コンビに交互にボディスラムでマットに叩きつけられ、完全に動きを止められてしまう。

 『いた…い…』
 腹を殴られ、さらに竹刀で殴られた背中をマットに叩きつけられた印林はあまりの痛みに声をあげる事も出来ない。覆面コンビの二人はそんな印林の姿を楽しそうに見つめている。
 「さあ、次はどうしてやろうか。」
 試合序盤の元気さを失ってしまった印林に対し、もはや余裕の表情を見せる覆面コンビ。
 「ほら、休んでる場合じゃないよ!」
 黒覆面が完全にからかった口調で語りかけながら、印林の髪の毛を引っ張り、無理矢理立ち上がらせようとすると、印林はその腕をつかみ、黒覆面の指に噛み付いた。

 「ぎゃあああっ!」
 いきなり指に噛み付かれ、たまらず叫び声をあげる黒覆面。
この声に驚いた白覆面が慌てて印林に掴みかかるが、印林は全く離す気配を見せない。
 「痛い痛い痛い痛い!!」
 予想だにしなかった印林の噛み付き攻撃に声をあげてうろたえる黒覆面。印林は一旦黒覆面の腕を離すと、今度は掴みかかってきた白覆面の急所にひざを入れる。
 「おうっ!」
 膝蹴りをもろに急所に受けた白覆面はうめき声をあげ、その場にひざまづいてしまう。印林は噛まれた指を押さえている黒覆面に再び近づくと、今度は耳に噛みついていく。
 「うぎゃああ!」
 噛まれた指を気にしていたところ、今度は耳を噛まれ、大声で悲鳴をあげる黒覆面。覆面コンビはこの印林の狂乱ファイトに完全に圧倒されている。この状況にここまで手を出していなかったセコンドの関取仮面がたまらず竹刀を持ってリング内に入り、黒覆面に噛みついている印林の背中に思いっきり竹刀を振り下ろした。

 「バシーン!」
 乾いた音がリング内に響き渡り、背中に一撃を受けた印林はたまらず黒覆面から離れてしまう。関取仮面はすかさず印林を捕まえ、豪快に喉輪落としをきめる。
 「ズバァーン!」
 思いきりマットに叩きつけられ、息も絶え絶えの様子の印林。ここまで孤軍奮闘していた印林もさすがに限界が来ている様子。しかし三人の覆面レスラーはそんなことに構わず容赦無く印林に襲いかかっていく。
 「小娘が!調子に乗りやがって!」
 「なめんじゃねえぞ!」
 「たっぷり可愛がってやる!」
 三人の男達は倒れたままの印林を取り囲み、口々に罵っている。ここで黒覆面が何かを思いつき、他の二人に指示を出す。
 「ううっ…」
 印林は頭ではヤバイと感じていたものの、ダメージが大きく動くことができない。そんな印林を関取仮面が引きずり起こしてアトミックドロップの体勢で高々と抱えあげると、その目前では竹刀の両端を持って待ち構える白覆面と黒覆面の姿が。
 
 『ちょっと、やめてよ!』
 印林は男達の考えを察知したものの、もはやどうすることも出来ない。関取仮面は印林の体を竹刀の上に持っていき、そのまま竹刀をまたがらせるようにアトミックドロップホイップをきめる。
 「ぎゃああっ!」
 股間に衝撃を受け、奇声を上げて悶絶する印林。しかしこれだけでは収まらず、覆面コンビが竹刀を上下させ、まるでロデオマシンのように印林の体を激しく何回もバウンドさせる。
 『ううっ…千里…ちゃん…』
 激痛で薄れ行く意識の中で、姿を見せないパートナーに呼びかける印林。その願いが通じたのか、花道に守下千里が姿を現す。


 「どうしよう…」
 守下千里は住んでいるマンションの一室で悩んでいた。
 事務所から二度目の地下プロ参戦を言い渡された千里は大会当日を迎えてもまだ踏ん切りをつけることが出来なかった。
 「もうあんな目に会うのはいやだわ…」
 前回地下プロに出場した時、散々素人レスラーにいたぶられた記憶が思いだされる。しかしもしここでドタキャンしたら事務所をクビになるかもしれない。それだけならまだしも事務所と地下プロに多大な迷惑がかかるに違いない。
 「やっぱりいかなきゃ。」
 時間ぎりぎりまで考えた千里は結局会場に向かうことにした。

 時間ギリギリに間に合うように会場に向かった千里だったが、途中渋滞に巻き込まれ、予定時間より遅れて会場入りした。
 控え室に行くと、千里の到着を待っていたスタッフの姿が。 
 「申し訳ありません、遅くなりました!」
 「いいから早く着替えて!」
 スタッフに促され、急いで水着に着替える千里。
 「さあ、早くリングへ!」
 着替えを済ませ、控え室から出てきた千里は、スタッフに指示されるがままリングに向かう。
 「えっ、もう試合始まってるの?」
 今一つ状況が飲み込めないまま花道を進む千里。リングの近くまでやって来た千里はリング上の信じられない光景を目にして言葉を失った。
 
 「印林…?」
 リング上ではレースクイーン仲間の印林が男達に三人がかりで痛めつけられていた。
 『もしかして私のせい…』
 千里は自分が遅れてきた為に、印林が一人でリングに上がっている事を直感していた。
 幸いなことにリング上の男達は印林をいたぶる事に夢中で、リング下の千里の姿に気づいていない。
 『早くしないと!』
 千里はあわててエプロンに上がると、そのままコーナーポストに上り、竹刀を動かしている黒覆面めがけてミサイルキックを浴びせる。
 
 「うおっ!」
 千里のミサイルキックを受け、弾き飛ばされる白覆面。千里はほとんど素人なので、はっきりいって勢いだけでメチャクチャなフォームのキックなのだが、全く無警戒のところにきめていったので、予想以上に効いている様子。突然現れた千里の姿に、あっけにとられる白覆面と関取仮面。
 「印林!」
 ミサイルキックをきめた千里は立ち上がって竹刀責めから解放された印林に声をかけるが、印林はすでに気を失っていて起きる気配をみせない。
 『ごめんね、私が遅れてきたばっかりに…』
 意識を失っている印林に心の中で詫びる千里。しかしそんな千里を我に返らせるかのように、白覆面が印林に気を取られている千里の腕を掴む。

 『!!』
 「遅かったねえ。みんなまってたんだよ。」
 白覆面は腕を掴まれてうろたえる千里にスケベ心丸出しの口調で語り掛けると、千里がまとっているバスローブを一気に剥ぎ取っていく。
 「いやあっ!」
 千里は166センチ、88、56、88のボディをセクシーな豹柄ビキニに身を包んでいた。白覆面は千里を力づくで抱き寄せると、そのボディを欲望のままに触りまくる。
 「やめてえ!」
 白覆面に自慢のボディをいじり回され悲鳴をあげる千里。元々それほど強い訳ではないので自分より大きな男に捕まってしまってはどうすることもできない。この状況を見て、まだリング上にいた関取仮面はとりあえずフォローの必要は無いと考えたのか、倒れている印林をリング下に放り出し、自分もリング下に降りて通常のセコンドに戻る。そしてレフェリーの大鉄も、この際試合の権利者が誰かという事はどうでもいいと考え、そのまま試合を続行させている。
 「いやっ、離して!」
 千里は自分にまとわりついてくる白覆面に抗議するが当然聞きいれてもらえない。何とか反撃のきっかけをつかみたい千里は白覆面の急所に膝蹴りをいれる。

 「ほうっ!」
 千里の急所攻撃を受け、うめき声をあげる白覆面。さらに千里は白覆面の横っ面に平手打ちを浴びせていく。
 「パシーン!」
 リング上に乾いた音が響き、白覆面がたまらずマットにひざまづく。ここでリング内で倒れたままだった黒覆面が起き上がり、反撃を見せる千里の背後から襲いかかろうとするが、気配を察知した千里に間一髪でかわされ、誤って白覆面に激突してしまう。さらに千里は、この覆面コンビの同士討ちを見てフォローに入ろうとエプロンにあがった関取仮面に体当たりを浴びせ、関取仮面をリング下に転落させる。
 印林の敵討ちとばかりに実力以上の頑張りを見せる千里。しかしさすがに男三人を相手にしていては体力の消耗も激しく、リング上の千里は肩で息をしている状態。覆面コンビと関取仮面が倒れている間に少しでも休みたいところだが、そんな千里に絶望感を味合わせるかのように、第一試合で大野愛にこっぴどくやられた素人コンビがリング内に乱入してくる。

 「うわー、本当に千里ちゃんだあ!」
 「久し振りだねえ!」
 リング上に現れたオタッキーとカメラ小僧は千里の姿を見て興奮していた。大野愛にやられた後、控え室で休んでいた二人は以前対戦した千里がリングに上がっていると聞いて、まだダメージが残っているにもかかわらず乱入してきたのだ。
 『まさかこの人達…』
 二人の姿を見て愕然とする千里。前回地下プロに参戦した時にこの二人に恥ずかしい目に合わされた事は当然忘れていないだけに、千里の目に動揺の色が浮かぶ。
 『どうしよう、このままじゃ…』
 目を血走らせて自分に近づいてくる素人コンビに気をとられていた千里は、背後から近づいてくる黒覆面に全く気づいてなかった。

 「きゃあっ!!」
 背後から黒覆面に体当たりされ、よろめいた千里は素人コンビに捕まってしまい、そのボディを好きなようにいじりまわされる。
 「いやあああっ!」
 素人コンビに体を触られ、悲鳴をあげる千里。素人コンビが千里をマットに押し倒していくと、覆面コンビと関取仮面がその回りを取り囲む。
 「さあ、トップレースクイーンの身体検査だ!」
 そういうとまず関取仮面が千里の両手を押さえつけ、黒覆面と白覆面が千里の両足をそれぞれ片方ずつ持って開脚させていく。そして全く身動きのとれなくなった千里の開脚した股間にカメラ小僧が顔をうずめていき、上半身に回ったオタッキーが千里の顔を舐めまわしながらバストを揉み始める。
 「いやあああっ!」
 五人の男達に捕まってしまい、どうすることも出来ない千里。男達は持ち場を代わりながら千里のボディを好き放題楽しんでいる。
 「やめてえ、お願い!」
 もはや悲鳴をあげることしか出来ない千里。ここでリング下で意識を失っていた印林がこの千里の悲鳴に反応する。

 「ん、んん…」
 リング下で倒れていた印林は千里の悲鳴を聞き、意識を取り戻していた。印林はゆっくりと立ちあがり、リング上の光景を見て驚く。
 『!!』
 リング上では千里が白覆面に逆エビ固めにきめられ、他の四人が逆エビにきめられた千里の股間を覗きこんだり指でいじり回したりしている。印林は千里がリングにきた時にはすでに気を失っていた為、千里がどうしてリングにいるのか理解できなかったが、千里のピンチだという事は一目瞭然である。そして印林は足元に転がっている竹刀に気づく。
 『千里ちゃんを助けなきゃ!』
 印林は足元にある竹刀を拾い上げると、リング内に入り千里を取り囲む男達に向かっていった。

 「お前らああ!」
 印林は手にした竹刀を振りかざし、声をあげて千里を取り囲んでいる男達の輪に突っ込んでいく。いきなり聞こえてきた罵声に驚く男達。印林はまず逆エビをきめている白覆面に一撃を加えると、次々に千里をいたぶった男達をメッタ打ちにする。
 「おい、ちょっと待て!」
 印林の暴挙を止めようと近づいたレフェリーの大鉄も竹刀で殴られ、たまらずダウン。もはや完全にキレてしまっている印林を誰も止めることが出来ない。ここでただ一人殴られていない関取仮面が竹刀を取り上げようとして印林の背後から近づいていく。
 『このお、調子に乗りやがって!』
 関取仮面が竹刀を取り上げようとした瞬間、気配を察知した印林が振り返り、関取仮面をにらみつける。ここで力づくで竹刀を取り上げれそうなものだが関取仮面は印林の鬼のような形相を見て、金縛りに合ったように動けなくなってしまう。
 「バシーン!」
 竹刀を側頭部に受けうずくまる関取仮面。印林はそんな関取仮面を容赦無く竹刀で殴りつけていく。
 「うおりゃあああっ!」
 ほとんど無抵抗になっているにもかかわらず関取仮面を竹刀で殴り続ける印林。他のレスラー達はすでにリングから逃げ出していて誰も関取仮面を助けに行こうとしない。ゴングが乱打され、スタッフ達が止めに入ろうとするが、だれかれ構わず竹刀を振り回す印林に近づくことが出来ない。関取仮面もリングから逃げ出し、リング内が印林と千里だけになったところで、正気を取り戻したのか印林は竹刀を振り回すのをやめ、千里に近づいていく。

 「遅かったじゃん、千里ちゃん!」
 さっきまでとは違い、満面の笑みで千里に語りかける印林。
 「印林…」
 印林の狂乱ぶりを目の当たりにした千里は怯えたような目で印林を見つめていた。印林はそんな千里を安心させようとばかりにもう一度にこっ、と微笑み、千里にこう言った。
 「さあ、帰ろっか。」
 この印林の言葉で、ようやく千里の顔に笑みが戻る。
 二人がリングから降り、竹刀を手にした印林が足取りのおぼつかない千里に肩を貸す様にして花道を引き返していく。会場にいる全ての人間はただ黙って二人の背中を見送るしかなかった。
 

inserted by FC2 system