「ひさしぶりのリング……ちゃんと試合できるかしら?」
 不安そうに眉を寄せたのは、あの清純派女優、鈴本京香だった。
 京香は第5回大会で大澤舞子を相手に屈辱の半裸失神KO負けを喫したが、今ではようやくそのトラウマも癒え、ふたたびリングに上がれるコンディションになっていた。ちょうど東北新幹線「はやて」が八戸まで開通し、そのテレビCMがオンエアされていることもあって、地下プロレスへの復帰には絶好のタイミングだった。
 試合にこそ出なかったものの、京香はひそかにプロレスのトレーニングを積んでいた。サブミッション、関節技や寝技を中心とするスタイルに切り替えることによって、感情むき出しのファイトができない部分を補おうとしたのである。
「これまでトレーニングしてきたんだもの、きっと大丈夫よね」
 だが、そんな京香に、今日の相手はまだ知らされていなかった。

「フフフ……日本の男、小さい」
 葉巻をくゆらせながら邪悪な笑みを浮かべているのは、あの暴走するチリ人妻ことアリータ・アルバラードだった。このアリータが、今夜の京香の相手なのである。
 日本人の男に10数億円ものカネを横領させたアリータだったが、母国チリで国会議員選挙に打って出るとあって、カネはいくらあっても足りない状態である。そのため、今夜は鈴本京香の復帰戦の相手として名乗りを上げたのだ。
「ケド、日本の製品、大きくて性能いい……」
 そういいながらアリータが取り出したのは、末広涼子を地獄に送りこんだスタンガン機能つき特大バイブレーターだった。
 最強最悪の凶器を手にして、アリータは舌なめずりをするのだった。

『ただいまより〜、鈴本京香の地下リング復帰戦を行います。赤コーナー、本日カムバック、鈴本ォ〜京香ァ〜!』
 両手をあげて歓声にこたえる京香。初心に返るという意味あいもあってか、純白のワンピース水着、同じく白のリングシューズに身を包んでいる。

『青コーナー、暴走チリ人妻〜、アリ〜タ〜、アルバラ〜ドォ〜!』
 だが、相手のアリータはいっこうに姿を現さない。
「おかしいわね?」
 京香が首をひねったその時。
 アリータが、するりと京香の足もとから現れた。すでに入場前から、リングの下に隠れていたのだ。
「フフフ……」
 不敵な笑みを浮かべて、アリータは葉巻の先端を京香の太腿に押しつけた。
 ぢゅっ

「ギャーッ!?」
 いきなり感じた熱さに、驚きの悲鳴を上げる京香。
「油断大敵ね、ベイビー!」
 アリータは京香の髪をつかむと、リング下に引きずりおろした。
ゴギム!
 まずは鉄柱に京香の頭を叩きつける。
「いやあ……ああっ……!?」
 クリーンなファイトでいこうと考えていた京香はすっかりペースを狂わされて、アリータのなすがままになっている。
「オラーッ!」
 アリータはパイプ椅子を振り上げて、京香の脳天に叩きつけていく。
 ガスッ!

「あうっ」
 頭を押さえてのたうち回る京香。
『汚いぞ、アリータ!』
『勝負はリングの上でやれ!』
 京香ファンから野次が飛ぶ。
「フン! 小さいものしか持ってない日本人の男ども!」
 アリータは怒りにまかせて京香の腹にストンピングを見舞った。
「げふ……うっ」
 少量の胃液を吐き出す京香。第5回大会での悪夢が甦る。
 うめきながら身をよじる京香を尻目に、アリータはさっさとリングに上がった。周囲から浴びせられるブーイングをものともせず、ガッツポーズを取っている。
「う……ううっ」
 その頃、京香はようやく身を起こし、エプロンに肘をついていた。
「これくらいじゃ……負けないんだから!」
 ここでやられたら、自分は何のために今までトレーニングに励み、復帰に賭けてきたのかわからない。
 アリータは京香が立ち上がったのに気づいていた。悠然とコーナーに退がり、両肘をロープにかけて待ちかまえている。
 京香がすばやくリングイン。身を起こそうとするところへ、アリータが襲いかかった。
 ガスッ! ガスッ! ガスッ!
 ケンカキックの連発。だが、京香はひるまない。
 4発目が顔面にくるのをキャッチした。
「えいっ!」
 一瞬の隙をついて、身をひるがえす。ドラゴン・スクリュー。
「アウッ?」
 これにはアリータもたまらない。マットに叩きつけられて、膝を押さえて苦しみもがく。
「まだまだこれからよ!」
 京香はうっすら微笑んで、アリータの両脚を取った。
 ガキィッ!
 がっちり決まった足4の字固め。

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!?」
 この世のものとは思えない叫びが上がった。アリータが上げたものだった。
 地下リングにデビュー以来暴走し続け、ありとあらゆる対戦相手を破壊し続けてきたアリータあるバラード。そのアリータが、初めて正統派のプロレス技に悲鳴を上げているのだった。
「うふふ……どう、アリータさん? これが足4の字固めよ」
 観音様のような笑みをたたえつつ、ギリギリと脚を絞る京香。
「こういう技を味わうのは初めて見たいね?」
 声は優しいが、技には容赦がない。グイグイ腰をゆさぶるたびに、激痛がアリータを襲う。
「ち……ちきしょう、このジャップ女!」
 食いしばった歯のあいだから罵声が飛び出す。
「お前なんか、日本の男の小さいもので我慢してればいいんだ!」
「あらぁ、いってくれるじゃない?」
 くいっと腰を浮かせる京香。
「ぎゃああああっ!?」
「そんなへらず口を叩けるようじゃ、まだまだ元気みたいねえ?」
 小刻みに脚を絞りあげていく京香。「ぐううううううっ!」
 獣のような悲鳴を上げながら、両手をばたつかせるアリータ。ロープ際で技が決まってしまったこともあって、その手がサード・ロープに触れる。
「ブレイクだ、京香! ブレイク!」
 レフェリーが指示する。
 ルール無用の地下プロレスではあったが、感情むき出しのラフ・ファイトを見せるという意味合いから、関節技のロープ・ブレイクは厳しくチェックされていた。その反面、凶器攻撃やトーキック、ナックルパートでの攻撃についてのチェックは甘いのだが。
「ちっ」
 舌打ちして、足4の字をほどく京香。
 アリータは足に受けたダメージから回復しておらず、立ち上がることができない。
「ほら、立ちなさいよ!」
 容赦なくストンピングを浴びせていく京香。
「ううう……」
 うめき声を上げるアリータは、コーナーを背にすると、いきなり京香に向かって手を合わせた。

「お、お願い! もう許して!」
 その目には、涙をうっすら浮かべている。
「何いってるの、あなた? 地下プロレスのリングにいったん上がったからには、勝負がつくまで降りることはできないのよ」
「そ、そこをなんとか、京香さま……」
 なおも哀願するアリータ。だが、その手はすばやく自コーナーに置いてあったものへと伸びていた。
「しょうがないわねえ、そこまでいうんだったら、土下座したら許してあげないこともないわ……」
 思案顔でつぶやく京香。アリータを見おろす顔には女王の風格が漂っている。
 と……
 バチバチバチバチバチッ!!
 青白い閃光。

「いやああああああああああああああああああああっっっ!!」
 突然、京香は股間を押さえて倒れ込んだ。マットの上をごろごろと転げ回る。
「アハハハハハ! 日本の製品、大きくて性能いいね! 日本の男は小さいけど!」
 笑いながら立ちあがるアリータ。その手には、末広涼子を悶絶させた凶器、スタンガン機能つきバイブレーターが。
 バチバチバチバチバチィッ!!
 アリータがスイッチを入れると、火花がバイブ全体に飛び散る。
「ううう……」
 なおも股間を押さえながら、上目遣いにアリータを見あげる京香。
「さっきはずいぶん可愛がってくれたじゃないの? ええ?」
 ガスッ! 京香の顔面にケンカキックを見舞っていく。
「ぐあっ」
 たまらず、京香が後方へ吹っ飛んだ。
「ふふん。地下プロレスのリングは、テクニックだけじゃやっていけないんだよっ」
 手にしたバイブを京香の股間に押し当て、ふたたび電撃を浴びせていく。
「ああああああああっ! いやああああああっ!?」
 強烈な電撃の洗礼を受けて、グロッキー状態の京香。
「ウフフ……ジャパニーズ・ガールはもうおねんねの時間かい?」
 アリータはコーナーポストに登るとポーズを取った。
「行くぞーっ!!」
 と叫ぶ。
 たちまち観客席から浴びせられたブーイングをものともせず、トップロープから飛ぶアリータ。
 両脚をそろえて、京香の腹に着地。強烈なフットスタンプだ。

「げふうっ!?」
 たまらず唾液を吐き出す京香。
「目が覚めたみたいだねえ?」
 薄笑いを浮かべるアリータは、もがき苦しむ京香を尻目に、ふたたびコーナーポストへ。
 だが、アリータが背中を向けた隙に、京香はすばやく立ち上がっていた。
(フットスタンプの洗礼は、前の試合で受けているわ)
 アリータの背中に組みついていく京香。
(だから腹筋はしっかり鍛えておいたの……!)
「あ! 離せ!」
 わめくアリータにかまわず、後方へブリッジする京香。

 ズガガーン! 雪崩式に近いジャーマン・スープレックスの衝撃が、アリータの後頭部を襲う。
「ぐうっ」
 つぶれたカエルのような声をあげて、ぐったりとなるアリータ。
「まだまだ、こんなものじゃすまないわよ」
 微笑みながら、京香はアリータの頭部と腕を取り、すばやく身をひるがえした。
「う……ぎゃあああああ〜〜〜〜〜っ!?」
 すさまじい悲鳴が地下プロレス会場に響きわたる。

 京香のストラングルホールドγ(ガンマ)が、アリータにがっちり決まったのだ。それもリング中央で。
 アリータがもがいても、決まった技はほどけない。
「うぐぐ……ぐぎぎッ……」
 血走った目でロープを見るアリータ。だが、そのロープは先ほどの足4の字の時とは違い、あまりにも遠い。
(アアア……もっとプロレス技を研究しておけば……)
 薄れゆく意識の中でアリータは後悔した。だが、それももう遅い。
「どう、アリータさん? ギブアップする?」
 観音様のように慈悲深い笑みをたたえて問いかける京香。
「の、ノオオッ」
 だが、この期におよんでもアリータはしぶとかった。眉間にたて皺を寄せ、小鼻をふくらませて苦痛に耐え、ギブアップを拒否し続ける。
「あぁら、それじゃしかたがないわねえ。もう少し苦しんでもらおうかしら……?」
 脚の角度を微妙に変えて、アリータの頸椎をいたぶる京香。
「ううう……」
 苦しみながらもアリータは起死回生の策を練っていた。親指をまっすぐに立てると、その先端を……
 ズボッ! 無防備になっていた京香のアヌスめがけて突き立てる。
「あおぉぉおおっ!?」
 たちまち悲鳴を上げて技を解く京香。アヌスばかりは腹筋と違って鍛えようがないのだった。

「アハハハハ……日本の女も上品な顔してるケド、ここはクサイね!」
 親指のニオイを嗅ぎながら、高笑いするアリータ。
「くッ……」
 うっすらと目に涙をにじませながら、京香がアリータをにらむ。
「フン! いつまで寝てるんだい?」
 京香の両足首をつかむアリータ。
「地下プロレスには、おままごとみたいなテクニックはいらないんだよ! こういう技さえあればね!」
 つま先を京香の股間にあてがい、グリグリと踏みにじっていく。電気アンマの荒技だ。

「あっ……ああああああああああああああああああああああ…………!」
 息も絶えだえに悲鳴を上げる京香。
「ほら、どうしたのさ、ジャパニーズ・ガール?」
 もがきながら手を振り回す京香。苦しまぎれに伸ばした手が、さっきアリータの放り捨てたバイブに触れる。
(しめた!)
 思わず笑顔になる京香。すかさずバイブをつかみ、アリータの太腿に先端を当てた。
 バチバチバチバチバチィッ!!
 スタンガンの電撃がアリータを襲う。
「ウギャアアアアアアアアアアッ!?」
 絶叫をあげて吹っ飛ぶアリータ。偶然にも京香が電圧のレベルを最大にしていたのだ。
 京香はすばやくアリータに飛びかかった。背後に回り、左腕をアリータの首に巻きつける。
「あ……がっ……!?」
 アリータがもがいても、もう遅い。がっちりとスリーパーホールドの体勢になった。
「ぐぅ……」
 唇の端からよだれを垂らしながら苦しむアリータ。
「ふふふ……もう逃げられないわよ、私のスリーパーからは……」
 アリータの耳もとに、京香がそっとささやく。その声はぞっとするほど優しかった。
 以前からあまり男の噂がないこともあって、京香はレズではないかといわれていた。観客たちはアリータをじっくりなぶる京香の姿を見て、あの噂は本当だったのかと納得する者もいた。
「スリーパーでオチたらどうなるか知ってる? 体中の力が抜けて、おしっこが漏れちゃうのよ」
「あうう……ノー……ノォォ……!」
 もがき苦しむアリータ。その口もとに、スタンガン機能つきバイブを持っていく京香。
「さっきみたいに妙なことしたら、これを口の中に突っこんでスイッチ入れるからね?」
 脅されても、何も反抗できないアリータ。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「さあ……オチて無様な姿をみんなに見てもらいましょうか?」
 京香が首に回した腕に力をこめた。 
「ああ……やめて……許してぇ……京香さまぁ」
 悲痛な声をあげるアリータ。
「そうねえ。許してあげないこともないわ」
 京香が微笑んだ。
「今ここで、みんなお前でオナニーしたら、オトすのは堪忍してあげる」
「お……オナニー……?」
 ぶるっと身を震わせるアリータ。

「そうよ。日本の男のじゃ小さくて満足できなかったんでしょ?」
 いいながら、京香がアリータの耳たぶをそっと噛む。
「んああッ……します、しますからオトすのは堪忍してください!」
 必死になっていいながら、指を股間に滑らせるアリータ。その卑屈な姿には、かつて何人ものアイドルレスラーを屈辱のどん底に叩きこんできた暴走チリ人妻の面影はない。
「んっ……あっ……ああッ……」
 あえぎながら指遣いを速めていくアリータ。
「アリータさん、いつもオナニーする時のネタは何なのかしらねえ?」
 と、京香が問いかける。
「そ……そんなこと……いえない……っ」
 アリータがあえぎながら首を横に振った。さすがのアリータもそこまで恥知らずではないようだった。
「荒、いえないの? だったら……」脅しのつもりで、京香はバイブのスイッチをONにした。だが、たちまち発するはずの火花が飛び散らない。
「?」
 京香は一瞬のうちに事態を悟った。電圧を最大にしていたために、早くもバッテリーが切れてしまったのだ。
「フン!」
 アリータが鋭いエルボーを京香の脇腹に放つ。
「うっ」
 隙をつかれてスリーパーを解いてしまう京香。
「こんな試合、やってられるか!」
 ガスッ! と、アリータがトーキックを京香にめりこませる。

「冗談じゃないヨ!」
 アリータはさっさとリングを降りてしまった。黒服の男たちがリングへ押し戻そうとするが、アリータは、
「フン! 小さいものしか持ってない日本人の男が!」
 わめきながら男たちを蹴散らし、花道を引き揚げていく。黒服たちも、将来外国の国会議員になるかもしれないアリータに対して、すっかり腰が引けてしまっていた。
「な、なんて自分勝手な女なの……?」
 あっけに取られて、アリータの後ろ姿を見送る京香。
『ただいまの試合、12分57秒、アリータ・アルバラードの試合放棄により無効試合と裁定いたします!』
 カンカンカンカンカン……と、試合会場にゴングがむなしく響く。

「お姉さま? 今の試合、どうご覧になって?」
 会場のVIPシートでは、完璧なボディーを誇る美女が、かたわらに座るもう1人の美女にささやきかけていた。
「悪くないわね。鈴本京香さん……あの方も、私達の美の世界に招待してさしあげなくては……」
 と、もう1人の美女が夢見るような口調で答える。
 これから先の展開は、一体どうなってしまうのか?


inserted by FC2 system