「ふん! 今日の相手はジャップの小娘ですって?」
 対戦相手を知らされてニンマリ笑みを浮かべたのは、あのサンドラ・プロックだった。
 サンドラは『速度』『速度2』などのアクション映画でブレイクしたハリウッド女優だが、この頃は出演作に恵まれず、くすぶっていたところをパリの地下プロレスにスカウトされ、観光気分で出かけてきたのである。
 アクション物を得意とするサンドラだったが、最近は文芸路線の映画で演技力ばかり要求されて、不満がつのっていた。このあいだミスコンに潜入する女FBI捜査官の役で主演した『デンジャラス・ビュゥティ』では、格闘技訓練のシーンで憂さを晴らしたのだが。
「楽しみね。本場パリの地下プロレスの恐ろしさ、じっくりと叩きこんでやるわ」
 そういいながらサンドラはいつもより入念にストレッチを始めたのだった。

「まったく、なんでパリまで来て地下プロレスをやらなきゃいけないのよ!」
 イライラしながらタバコをふかしているのは、日本とフランスの合作映画の撮影でパリまでやって来た日本のアイドル女優、末広涼子だった。
 涼子はすでに試合用のワンピースの水着に着替えて、リングシューズも履いていた。そして試合前の緊張をほぐすために一服していたのだった。

 以前、涼子は同じように控室で一服しているところをスタイリストに盗撮され、その映像が流出したこともあったが、今では20歳を過ぎているので人目をはばかることなく紫煙をくゆらせている。
「ハリウッド女優だかなんだか知らないけど、もう30過ぎたおばさんじゃないの。スタミナ切れで息が上がってきたところを一気に攻めてやるわ!」
 などと試合前から勝利のイメージを構築していく涼子だった。

「レディーズ&ジェントルメーン! ただいまより時間無制限デスマッチを行います! 青コーナー、サンドラ〜・プロック〜!……赤コーナー、末広〜涼子〜! ……なお、この試合ははいつものように敗者水着剥ぎのルールです!」
 胸の大きく開いた黒い水着をまとったサンドラが、リング中央に進み出た。
 身長は、涼子の160センチに対してサンドラが173センチ。10センチ以上の差がある。
 サンドラは涼子を見おろして、にんまりと笑みを浮かべた。
「たっぷりかわいがってやるよ、ジャップ・ガール!」
 英語はさっぱりわからない涼子だったが(共演するフランス人俳優の個人レッスンで、フランス語のセリフはどうにはしゃべれるようになっていたが)サンドラのいっていることはなんとなく理解できた。
「なにいってんのよ、おばさん! あんたの垂れた胸を、パリのお客さんに晒してやるからね!」
 カァーン!
 ゴングの音。
 涼子とサンドラは同時にコーナーを飛び出した。
 ガキッ!
 サンドラの力強い両腕が、涼子の頭を抱え込んだ。強烈なヘッドロックだ。
「んああッ……!」
 思わず涼子は呻き声を漏らした。万力のようにギリギリ締めつけられて、頭が割れそうに痛む。
「くっ……なんて馬鹿力なのよ……離せ、このクソババア!」
「ふふふっ、活きがいいわねジャップ・ガール!」
 サンドラは中指の関節を立てた拳を涼子の脳天にぐりぐりとねじこんでいった。

「ああああああっ!?」
 たまらず悲鳴をあげる涼子。
「いい声で泣いてくれるじゃないの!」
 サンドラは反動をつけてジャンプしてから、涼子の顔面をマットに叩きつけた。ブルドッギング・ヘッドロックだ。
「ぐあっ」
 ちょっぴり大きめの鼻を打ちつけて、キャンバスの上をのたうち回る涼子。
 すばやくサンドラが馬乗りになって、指先無しの黒い革手袋を深くはめ直す。
「ふふふっ、ジャパニーズ・アクトレス(女優)さん、ハリウッド流の整形手術をやってあげるわよ、特別無料サービスでね」
「いや! やめて……顔だけは!」
 懇願する涼子に耳を貸さず、サンドラが拳を振り上げる。
 グシャッ! バキッ! ベシッ! ガスッ!
 サンドラの左右のパンチが炸裂!

「あっ! ああっ! あっ! ああっ!!」
 たまらず悲痛な叫びをあげる涼子。たちまち鼻血が吹き出してくる。
「やめてええ、明日の撮影ができなくなっちゃうう……」
 今回の映画『WANABI』では、涼子はフランスの俳優ジャン・リノが演じる刑事の娘ということになっている。ジャンの特徴ある大きな鼻が、娘である涼子の鼻に受け継がれている、という設定なのだ。その鼻を潰されては、たしかに映画の撮影に支障をきたすことだろう。
「ふん! いくら日本語でわめかれたって、こっちは一言もわかんないのよ!」
 英語でいいながら、なおもパンチを振り下ろすサンドラ。その美しい顔は残酷な喜びにいろどられている。
「うふふ、ずいぶん可愛くなったじゃない?」
 ようやくサンドラがパンチをやめた時には、涼子の顔は血まみれになっていた。
「まだ、おねんねは早いよ!」
 サンドラは涼子の髪を引っつかんで起きあがらせた。腕を捕え、勢いをつけてロープに振る。
 帰ってきたところを、みぞおちへ膝を叩きこんだ。強烈なキッチンシンク。


「ほげえええっ!?」
 涼子は胃液をマットにぶちまけた。身体をくの字に折り曲げて、ごろごろと芋虫のように転げ回る。
「汚いわね、チビのイエロー・モンキー! 水着にシミがついたらどうしてくれるのよ!?」
 罵声とともに、サンドラは涼子をストンピングを見舞っていく。
「ひいぃっ?」
 息も絶えだえの涼子をうつぶせにすると、サンドラはその背中にまたがった。
「みぞおちをやられて息ができない時は、おなかを伸ばしてやるといいのよ?」
 涼子の顎に両手をかけて、ぐいっと弓なりに逸らしていく。キャメルクラッチ、ラクダ固めの激痛が涼子をぎりぎりと絞りあげていく。
「ああああああんんんっっ……!」

 背骨と腰骨が折れて砕けそうだった。しかもサンドラは指を使って涼子の顔面を変形させていく。
「や、やめてえっ……お願い、変な顔にしないでえっ……」
 哀願する涼子をよそに、観客たちは勝手な野次をとばしている(もちろんフランス語や英語で)。
「それ行けサンドラ! もっといたぶれ!」
「ジャップの水着をひんむいちまえ!」
 女性客たちもサディスティックな期待に小鼻をふくらませて試合に見入っていた。
「その生意気なイエロー・モンキーをへし折っておしまい!」
「行かしてこの地下プロレスのリングから返すんじゃないわよ!」
 リングの上では、サンドラがなおも涼子をギリギリと絞りあげていた。
「うふふふ……苦しいかい? 苦しかったら降参するんだよ」
 そして、人差し指で涼子の鼻を上に向け、小指で唇の両脇を真横へ引っ張ろうとしたが……
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 いきなり、すさまじい叫び声が響きわたった。サンドラが技を解いて、マットの上を転げ回っている。
「ふふふふふふ……」
 ゆらり、と涼子が立ち上がった。口もとを手の甲でぬぐっている。
 涼子は、口の中に入れられたサンドラの指を思いきり噛んだのだった。
「この末広様をよくも痛めつけてくれたわね……」
 ガスッ! と、反則のトーキックをサンドラの脇腹へえぐり込む。
「OH!」
 サンドラが、蹴られた箇所を押さえて芋虫のようにゴロゴロと転がる。
「まだ腹の虫がおさまらないのよ!」
 涼子はサンドラの髪をつかんで、リング下へ飛び降りた。
「そら! 鉄柱でも食らいなっ!」
 サンドラを突き飛ばして、額を鉄柱へ打ちつける涼子。さらに、リングのまわりで優雅に食事を楽しんでいた観客のテーブルからフォークを持ち出すと、
「あんたも血まみれになりな!」
 鉄柱に打ちつけた額めがけて、フォークの先端を突き立てていく。

「オラ! オラ! オラ! オラ! ハリウッドだからってなめてんじゃねえぞ!!」
 たちまちサンドラの額がぱっくりと割れ、鮮血が吹き出してきた。
「OH、Noooo!」
 信じられないといった様子で茫然とした表情のサンドラにキックをかましておいて、涼子はすばやくリングの上に戻った。
 コーナーで、ビール瓶の水を含んでうがいをすると、気力が少し回復したのを感じる。
(まだまだ勝負はこれからよ!)
 そう思いながら、涼子はサンドラの様子を探った。が、その姿はどこにも見当たらない。
「?」
 疑問に思った瞬間、何者かが涼子の足首をガッとつかんだ。
「あっ!」
 いつの間にか、サンドラが涼子のいるコーナーの下に忍び寄っていたのだ。
「なにすんのよ!?」
 もがく涼子の足首を、サンドラはしっかりつかむ。
「くたばれ、ジャップ!」
 かけ声もろとも、サンドラは勢いよく後方へ身を反らせた。
 ガシィッ!! 涼子の股間が、コーナーの鉄柱に激突した。

「ぎゃあああああああっ!!」
 すさまじい衝撃に、気を失いそうになる涼子。だが、サンドラは失神を許さない。リングに上がるとビール瓶を取りあげ、中の水を涼子の顔にぶちまける。
「うう……うぅん……」
 意識を取り戻す涼子を、サンドラの次の攻撃が待ちかまえていた。
 涼子のバックを取って、身体を持ちあげ、尾低骨を膝の上に叩きつけるアトミック・ドロップが炸裂。

「ギャッ!」
 悲鳴をあげてマットに倒れこむ涼子。
「こうなったら、徹底的に壊してやるからねえ……!」
 サンドラは涼子のつま先を脇の下に抱えこむと、くるりとからだを引っくり返してうつぶせにした。両手を取って、高く吊りあげる。吊鐘を思わせる体勢になることから『カンパーナ』と呼ばれる、メキシコのルチャ・リブレ系の拷問技だ。
「う……ぎゃあああああああああああああ〜〜〜〜っ!!」
 さっきのキャメルクラッチとは比べものにならない激痛が涼子の全身に襲いかかった。
「ほらほら……!」
 ニヤニヤ笑いながらサンドラが腰を前後にゆさぶるにつれて、涼子の身体も吊鐘のようにゆれる。

「ああっ……いやあっ……ひぃぃっ……!」
 髪の毛を振り乱して、悶え苦しむ涼子。
 うっすらと笑みを浮かべていたサンドラは、子供がおもちゃをポイ、と投げ捨てるように技を解いた。
「これしきのことで気絶されちゃおもしろくないのよ!」
「うううっ……」
 意識朦朧とした涼子は、もはや恥も外聞もなく四つん這いになってリングから逃れ出ようとしていた。だが、サンドラはそれを許さない。
「ほぉら、どこへ行こうっていうのよ、ジャップ!」
 涼子の髪をワシづかみにして引き寄せる。
「も……もう許して……!」
 涼子が手を合わせて哀願する。だが、サンドラは冷たく笑って、
「泣いたって駄目なんだよ!」
 そして、涼子の頭部を太腿の間に挟みこんだ。

「むぐぐっ……ぎゅっ……うぐふ……!」
 サンドラの太腿が、強烈な力で締めつけてきた。たまらず涼子は窒息してしまう。
「どうだい、ジャップ・ガール? サンドラ・プロックさまに締めつけられる気分は?」
 サンドラは両の太腿に、さらに力を込めていった。涼子の頸動脈が締めつけられて、脳への血液供給が絶たれる。
 じょじょに涼子の意識は混濁していった。最初のうちはジタバタ手足を動かして脱出しようとしていたが、やがてぐったりと動かなくなる。
『落ち』てしまったのだ。
「ふん、ジャップの実力なて所詮こんなものね」
 サンドラは首4の字固めを解いて、涼子のそばにひざまずいた。
「さあ、あんたの貧相なボディを見てあげるわ……」
 涼子の白い水着を脱がせていくサンドラ。
 やがて涼子は、リングシューズ以外は産まれたままの姿となった。落ちた時に失禁したのだろう、恥毛がかすかに濡れている。
「小便くさい小娘のヌードなんか、だれも見たくはないかもしれないわね」
 サンドラは涼子の両足を抱えこむと、コーナーへずるずると引きずっていった。失神した涼子をボディスラムの体勢で抱えあげると、両足をコーナーポストそばのトップロープに引っかけて、逆さ吊りにする。
「お客さんのだれか、このサンドラの勝利を祝福してワインを瓶ごとプレゼントしてくださらない?」
 ハリウッドのトップスターの頼みとあって、すぐに一本のワインがサンドラに手渡された。すでにコルク栓は抜いてある。
「ふふふ、気前がいいのね、今日のお客さんは」
 笑みを浮かべながら、サンドラはワインをラッパ飲みした。そして、まだだいぶ中味の残った瓶を高く掲げる。
「さあ、これで仕上げよ!」
 瓶の口を、逆さ吊りになった涼子の秘裂へねじり込んだ。

 観客は固唾を飲んでリング上の光景を見守っている。
 涼子のそこからあふれ出したワインの赤黒い滴りは、まるで血のように見えた。
 こうしてパリ地下プロレスでの第1戦を屈辱の失神負けで終えた末広涼子。
 だが、それはこのあとも続く試練のはじまりに過ぎなかった……。



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