「王様と奴隷」-3 :一回戦第一試合

 

観客達の投票も終わり、熱狂の中第一試合の4選手が入場してきた。

先に入ってきたもえ,美奈子組は、短い待ち時間の間にキャリア豊富な美奈子が、年上では

有るが経験の浅いもえに対し闘い方のアドバイスを充分にしており、リングへ上がって

からもその確認をしている様であった。

一方の紗香,夕子組は殆ど会話も噛合わぬ間に開始時間を迎え、一向に闘志が感じられない

夕子に対する「とにかく頑張って!」「あっさり、ギブアップしたら承知しないわよ!」と

いう紗香の叫びだけが総てであった。

アナウンスが入った。

「これより 王様と奴隷一回戦第一試合を開始致します。赤コーナー芳野紗香,小倉夕子、

青コーナー山田もえ,戸向美奈子。」

レフェリーの簡単な注意と確認の後、両コーナーに分かれた。当初の作戦通り美奈子が先発

する青コーナーに対し、それすら決めていなかった赤コーナーは既にもめ始めていた。

「あんたが、先に出て感触を掴んできな!」と強引にコーナーに下がる紗香にお尻を

押されて、夕子が渋々といった感じで先発した。

カーン

ゴングの乾いた音と共に試合が開始された。

まずはリング中央で組合う両者。

 ワッ!何この子、弱い!

レスラーは組合った瞬間に相手との力関係を知るというが、豊富な経験の中で、いつしか

美奈子もその能力を身に付けていた。そして、今組合った夕子は明らかに今まで闘った

誰よりも格段に弱いことが分かった。

コーナーまで押していった美奈子は、そのまま夕子をコーナーポストに叩きつけた。

「痛〜い。」

力なく崩れ落ちる夕子に観客からも失笑が漏れ、コーナーの紗香は再度頭を抱えた。

夕子を引き摺り起こした美奈子は、今度は手四つの態勢に持っていった。これも相手との

力関係を図るのには最適であるが、ここでも美奈子が少し力を入れると夕子からは悲鳴が

上がった。半ばあきれた美奈子は手を離さず夕子のボディに前蹴りを一発,二発と叩き

こんだ。身体を折って苦しむ夕子に手を離した美奈子が飛び込み今度は膝をボディに入れた。

「グゥー」

これだけで既に嘔吐感に苦しむ夕子を自軍コーナーへ引っ張り込むと、美奈子はもえを

呼びこみ、二人で夕子の背中をコーナーに思いっきり叩きつけてからスイッチした。

代わったもえも夕子のボディ狙いであった。尻餅をつく形になった夕子の無防備なボデイに

蹴りを数発入れると引き摺り起こし、今度はボディスラムで投げ付けた。受身をきちんと

取れず苦しむ夕子のボディに強烈な衝撃が走った。

「グエー。ウェー。」

夕子の胃袋当たりへポスト最上段から飛び降りた美奈子の右足が着地したのだった。この

ダイビングフットスタンプにより、ついに夕子の胃液が逆流してしまった。ニヤッと笑った

美奈子は再度もえにスイッチした。

そう、美奈子組の作戦は「クイックタッチ」と「一点集中攻撃」という言わばタッグマッチ

の基本であったが、夕子は完全にその手の内に落ちてしまっていた。

引き継いだもえはダウンしている夕子を引きずり起こすと、ボディに今度は廻し蹴りを

連発で叩き込んだ。再度ダウンした夕子は既に口からは胃液とよだれを流し、目は完全に

涙目になっていた。

「もえちゃん。」

美奈子がもえを呼び、一言、二言耳に囁いた。頷いたもえは夕子を引っ張り起こすと、

紗香のいるコーナーへ放り投げた。既に半ば勝利を確信した美奈子は、さっき控え室で

馬鹿にされた紗香を痛めつけようと考えたのであった。

「もー、だらしないんだから。」

強引にタッチした紗香がリングへ入り、もえと向かい合おうとした瞬間、美奈子が飛び込み

ラリアットを紗香の首筋に叩き込んだ。

「何するのよ!」

不意を付かれてダウンした紗香に、二人掛かりのストンピング攻撃が加えられた。試合の

権利が無い美奈子がレフェリーに注意され下がった後も、もえのストンピングが紗香の

全身を襲った。

「もえちゃん。こっち。」

その声でもえは紗香の身体を自軍のコーナーへ持っていき、美奈子にスイッチした。

「誰がグラビアしか出来ないデブだってー!」

バチーン!

今度は美奈子の張り手が紗香の頬に炸裂した。

「あなたのことよ!バラエティに出たって、喋らず笑っているだけじゃないの!」

口だけはまだ元気な紗香が言い返した。

「言ったなー!この貧乳!」

痛い所を付かれた美奈子が怒り、紗香を前蹴りでコーナーへ押し込むと助走を取って

ニーアタックを敢行した。

「グウーッ」

「もえちゃん、押さえてて。」

崩れそうになる紗香を後ろからもえが押さえ、美奈子が再度助走を取り串刺しラリアットを

打込んだ。

「ウプッ」

「その貧乳をもっと潰してやる!」

更に美奈子が水平チョップを紗香の胸目掛けて連発して叩き込んだ。

バァーン,バァーン

「ほんと、どこがオッパイだかも分からないよ。」

「イテーナ!デブ!」

女性の急所の一つでもある胸を痛めつけられ、紗香が叫んだ。

一方、美奈子は再び「デブ」と言われ形相が変わった。

「コノヤローー!」

珍しく感情をムキ出しにすると、紗香の頬に再び張り手を入れた後、数歩下がって助走を

つけたドロップキックを紗香の胸目掛けて叩きつけた。

「イテー!」

「クッションが無いから、さぞ痛いでしょうね。」

美奈子も毒づく。そこへもえから声が掛かった。

「美奈子ちゃーん。もえにもやらせてー。」

もえも、先程トロいと言われた紗香には恨みを持っているのであった。

「よし、交代。」

タッチしてもえが入ったが、その一瞬の隙に紗香が場外へエスケープした。

「お前みたいなトロいのに捕まってたまるか!」

口だけは相変わらず元気な紗香であったが、控え室で悪い癖を出した事を悔やむと共に、

この試合に関しては勝利をほぼ諦めかけていた。

この二人、強い。次の試合に賭けた方が得策だな。その為にはーっと。

結論が出たのか、自軍コーナーへ戻ると夕子にスイッチした。そして、まだダメージが残る

様子でロープをくぐる夕子の耳元に囁いた。

「さっさとギブアップしてきな。」

「エッ?」

紗香の真意を図りかね、問い返そうとしたところへもえが襲い掛かった。もえの後ろからの

パンチでまたも崩れ落ちる夕子。

「こいつはいいから、紗香出てこい!」

珍しくきつい口調でもえが叫び、夕子を紗香のコーナーへ放り投げる。

「やだねーだ!」

しかし、紗香にはタッチする気は無く、そのまま夕子の腰当たりを押してもえの待つ

リング中央へ戻した。

「どうしよう?」

ひざまずく夕子を前に自コーナーを振替ってもえが問うと、美奈子がややあって返事した。

「仕方ないね。もう一試合あるし、片付けちゃおうか。」

「そうしますか。」

もえが、夕子に再びボディ攻撃を開始した。頭を押さえつけた状態で膝蹴りを連発し、更に

夕子の細い身体を軽々と持ち上げると、自らの膝の上に胃袋当たりが当たる様に落として

いった。

「ゴボッ」

大技ストマックブロックにより、夕子の口から大量の反吐が流れ落ちた。夕子は苦しさと

共に頭の中では混乱が起こっていた。

紗香ちゃん、今確か「さっさとギブアップしろ」って言った?

試合前は「あっさり、ギブアップしたら承知しないわよ!」って言ってたのに??

だって簡単にギブしたら、ペナルティなのに???

だが、悩んでいる余裕は無かった。交代した美奈子が残ったもえと共にダウンしている夕子

の全身にストンピングを加え出したのだった。その後もえは下がったが、美奈子が殆ど

虫の息の夕子の首筋にギロチンドロップを落とし、更にお腹を押さえていた腕が思わず首に

行き、がら空きになってしまったボディにエルボーを落としていった。

「グプッ」

再度、胃液が逆流し夕子の口から流れ出した。

「さーて、仕上げと行くか?」

スイッチを受けたもえが夕子の両足を持って身体を裏返し、逆エビ固めの態勢に入った。

「イターイ!」

夕子の身体が逆向きにしなっていった。

夕子は紗香が助けてくれると思っていたが、当の紗香は夕子が指示通り直ぐにギブアップ

して次の試合に備えると思い、もはやコーナーからリング下へ降りていた。

「イタイ!イタイ!イタイ!」

悲鳴を上げながらも、なかなかギブアップしない夕子にむしろ紗香が焦ってきた。

何やってんだ。さっさとギブしないのかよ?次の試合の事、考えていないのか?

「ウー,ウー」

もはやうめき声だけになった夕子だが、レフェリーの「ギブアップ?」の問いには首を横に

振っていた。その粘りにもえが攻め疲れ、逆エビをほどくと美奈子にタッチしていった。

一瞬楽になった夕子だが、腰のダメージが大きく、動くことは出来なかった。その夕子に

ゆっくりと近付いていった美奈子は、夕子を一旦仰向けにすると足を交差させてから再度

裏返し、サソリ固めを完成させていった。

「ウギャー!」

初めて掛けられた技に、先程までのダメージが加わり夕子は悲鳴を上げた。もはや、夕子の

口からギブアップの言葉が出るのは時間の問題と思われた時、

「ウワーーーーー!」

いわゆる火事場の馬鹿力というやつか、夕子が異様な叫び声と共に腕立ての要領で上半身を

突然起こした。その勢いで美奈子の技が崩れ、身体が前方へ投げ出された。何処にそんな

力が残っていたのか、鬼気迫る表情の夕子は紗香が待つ筈の自軍コーナーへ膝立ち状態で

近付いていった。しかし、夕子の目に映った物は誰もいないコーナーだった。

「紗香ちゃん?」

紗香はリング下にいた。ようやく見付けた夕子がタッチしようと近付いていったが、紗香は

タッチを拒否し、代わりに叫んだ。

「何やってんだ!サッサとギブアップしろと言っただろ!」

「紗香ちゃん!?」

未だ真意を掴めぬ夕子であったが、既に後ろにはタッチを受けたもえが近付いていた。

腰の当たりに一発キックを入れると、助けを失った絶望感で力の抜けた夕子はそのまま

ダウンした。夕子をリング中央に戻したもえは再び逆エビを仕掛けていった。

「アーーーー。紗香ちゃーん。ア、ア、ア…

うめき声すら徐々に小さくなっていながらも、レフェリーの確認には首を横に振り続ける

夕子。その様子にリングインした美奈子が夕子に近付いていき、観客や黒服に聞こえぬ様

囁きかけた。

「夕子ちゃん、お願いギブアップして。まだ試合があるんだから、これ以上無理しちゃ駄目。

もう充分頑張ったから、誰も何も言わないから。ねっ。」

気付いたもえも、廻りに気付かれぬ程度に力を抜いた。

「ホラッ、サッサとギブアップしな!」

美奈子が今度は皆に聞こえる様、大声で叫んだ。それを合図についに夕子がレフェリーに

向かい

「ギブアップです。」と力無く口にした。

カーン

レフェリーの合図でゴングが鳴らされ、アナウンスが入った。

「只今の試合は小倉選手のギブアップにより、山田,戸向組の勝利と決定致しました。」

ゴングと共に紗香はサッサと控え室へ戻っていった。一方、ダメージの大きい夕子は暫らく

立ち上がることも出来ず、もえと美奈子に腰をさすられていた。

「大丈夫?」

「一人で歩ける?」

結局、二人は夕子を控え室まで肩を貸して送っていった。

「それじゃ、私達も次の試合が有るのでこれでね。」

「次の試合は頑張ってね。」

優しい声を掛けて去っていく二人に夕子は更に混乱していた。

何であの二人は夕子に優しくしてくれるの?試合中はあんなに酷い事したのに?

紗香ちゃんは何で夕子を見捨てるの?何で助けてくれないの?

フラフラと夕子が控え室に入った時、紗香は早々とシャワーを浴び終わり、次の試合用の

水着へと着替えていた。

「何で夕子を助けてくれないのー?」
半泣きの弱々しい声で、夕子が紗香に問いただす。

「助けるったって、あの二人に勝てっこないのはお前だって分かるだろ?だったら、少し

でもダメージを少なくして、次の試合に備えるのが今日は得策なんだよ!お前がバカ

みたいに無理するから、次の試合も危なくなったぞ!」

紗香が怒鳴り返す。

「だって、いつも頑張れってマネージャーさんから言われてるし、すぐにギブしたら

怒られるんだよー。」つぶやくような夕子の反論に紗香が返す。

「お前は場を読む事が出来ないのか?だから生放送では使えないって言われるんだよ!」

図星であった。何も言えなくなった夕子に紗香が更に言った。

「あたしは次の試合の様子を見てくるから、とにかくここでダメージを回復させてろ。次の

試合こそはギブアップしたら承知しないからな。分かったな!」

ベッドで横になり、恨めしい目で自分を見る夕子に紗香が少しだけ優しい口調で付加えた。

「あたしだって負けたかないんだよ。次の試合はあたしが頑張るから、足を引っ張る様な

真似だけはしないでよ。お願いだから。」

これには頷く夕子。

紗香は組合わせが決定した時から、次の試合に負けた方となら一試合分多く休めることも

有り、何とかなるのでは無いかと思っていた。しかし、肝心のパートナーが予想以上に弱い

上に既に大きなダメージを受けてしまい、最悪一人で闘うことになるかと思うと気持ちが

焦り、必要以上にきつい事を言っているのは自分でも分かっていた。

これ以上夕子を見ているとイライラして更に何か余計な事を言ってしまうと思い、紗香が

控え室を出ていった。

一人残された夕子は痛さと情けなさに不安が加わり、いつしか涙ぐんでいた。

二人の頭の中にそれぞれあの磔台が浮かんできた。紗香はそれを振り払う為、観客席の後ろ

からリングに視線と意識を集中させることとした。

そこでは第二試合が始まろうとしていた。

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