「王様と奴隷」-5:第三試合,最下位チーム決定戦

 

第三試合、最下位決定戦に出場する4選手が入場してきた。負けチームはパートナー同志が

闘うこととなってしまい、更にそれに負ければ 奴隷となる。

いよいよ磔台が、現実味を帯びてくる訳である。

先に入場したWヒトミは今回も手をつないでの入場であったが、流石に緊張した表情で

笑みもお喋りも無かった。第二試合で一回戦を闘っており連戦となるが、若さの為か、

前の試合であまりダメージを受けていない瞳は勿論、相当のダメージが残っている筈の

仁美も元気な表情であった。

遅れて反対側の花道から前に夕子、後ろに紗香が入場してきた。弱みを見せない為、敢えて

夕子を前に入場させたのであるが、その足元のおぼつかない歩き方からだけでも、

前の試合で受けたダメージがまだ残っている事は、観客の目からも明らかであった。

また一部の注意深い観客は、夕子が前の試合と同じ水着を着たままであることにも

気付いていた。

その様子を見ながら、瞳が仁美に囁きかけた。

「作戦通り行くわよ。」

「了解。」

4選手がリングに揃った所でアナウンスが流れた。

「これより 王様と奴隷第三試合,最下位チーム決定戦を開始致します。赤コーナー

芳野紗香,小倉夕子、青コーナー伊藤仁美,藤原瞳。」

レフェリーの簡単な注意と確認の後、Wヒトミが握手を求めたが、紗香が拒否。それを見た

夕子も手を出さなかった。

「それじゃ、今度はあたしから行くからね。」

紗香がリング内に残り、夕子はコーナーへ出た。

カーン

ゴングの音に振り返った紗香に、仁美と瞳が同時に突っ込んでいった。

エッ!

戸惑う紗香の顔面に仁美、胸元に瞳のドロップキックがほぼ同時に命中した。

「ウワッ!」

たまらず場外に転落する紗香を瞳一人が追った。紗香を捕らえると髪の毛を掴んで、近くの

机に額を連続で打ち付ける。前の試合のテクニシャンぶりから一転したラフファイトである。

瞳が紗香をリング側に向けた。そこへリング上で充分に助走を取った仁美がトップロープと

セカンドロープの間を通り、頭から突っ込んできた。トペ・スィサイダー,

通称ドラゴンロケットと言われる飛び技である。この仁美の怖い物知らずの攻撃に紗香は

大きく吹っ飛び、それを見た観客と瞳は大きな歓声を上げた。

Wヒトミの作戦は、まず紗香を痛めつけ、その後に夕子を狙うという物であった。

勿論、最初の控え室での 二人でやっつけましょう。という約束もあったのだが。

ここまでそれは成功した様であったが、一つ計算違いが有った。仕掛けた仁美も無傷では

無かったのだ。

スィサイダー=自殺者の名が示す通り、この技は仕掛けた方もダメージが大きいのである。

「仁美ちゃん、大丈夫?」

動けない仁美に瞳が心配して駈け寄り、声を掛ける。

「大丈夫よ。アッ、後ろ!」

思わず振り向く瞳。これまでどうして良いか分からずオロオロしていた夕子が、ようやく

紗香の救出をする事に決め、エプロンから飛降りながら、組んだ両手を瞳の背中に

振り下ろした。

「イタッ!」

思わず叫ぶ瞳に、夕子が更にパンチを打ち込んだ。しかし、元々非力な上に前の試合で腰に

ダメージを残す夕子のパンチは、殆ど効果が無かった。

「なに!そのパンチ?そんな物、効かないよ!」

先程の試合でも効果を見せた瞳のローキックが、夕子の細い足に連続して炸裂した。

ヘナヘナといった感じで座りこむ夕子。更に瞳は座り込んだ夕子の側頭部へも蹴りを決めた。

ガツーン!

「クゥーーー」

崩れ落ちる夕子。

その間に自らの技のダメージから回復した仁美は、大ダメージで動けない紗香に近づいて

いった。

「小さいからって、なめないでね。」

顔を一回踏みつけた後、髪の毛を掴んで引き起こすと、瞳を呼び二人で紗香を机の上に上げ

仰向けに寝かせた。瞳が首筋にエルボーを一発,二発と打込み、更に両手を押さえて

固定する。そして、リングからコーナーポストへと登った仁美が片足をコーナーポスト,

もう片足を鉄柱の上に乗せ、紗香を乗せた机との距離を測っていた。

「何するつもりなんだ?」

観客がざわめく中、仁美が飛んだ。そして、背中から正確に紗香の上に落ちた。

ドーン,バッキーン!

この軽量を高度でカバーするセントーンで、何と紗香を乗せていた机が真中から折れた。

「アッ・・・・・」

激しい衝撃でもはや虫の息の紗香。無論、この命知らずの攻撃は仕掛けた仁美にも大きな

ダメージを与えていた。

「仁美ちゃん!大丈夫?」

仁美に駆け寄り、再度問う瞳。それに対し仁美は苦しそうではあったが、しっかりとした

口調で

「大丈夫よ。それより、早く勝負を決めちゃいましょ。私、瞳ちゃんと闘いたくないの。」

連戦ということもあり、既にこの段階でほぼ無傷と言えるのは瞳だけであった。

「ヨシッ!」

瞳は紗香を引き摺り起こし、リング上に放り上げた。本来の作戦は最後は夕子狙いだったが、

この状態ならこのまま紗香で決めてしまうつもりになっていた。

ダウンしたままの紗香に、瞳が馬乗りになりパンチを振り下ろした。

このまま紗香がKOされるかと思ったところへ、夕子が飛び込んできて瞳にキックを入れ、

紗香を救出した。

「紗香ちゃん、頑張って。」

声を掛ける夕子だが、紗香は

何が「頑張って」だよ、お前が弱いからこうなってんだろ!

と、怒りの矛先をパートナーへも向けていた。

瞳は今度は紗香の後ろへ回り、スリーパーを仕掛けた。再度飛び出す夕子。しかし、それを

読んでいた瞳は、紗香を離すと夕子に向かっていった。夕子と正対した瞳は

「殴られたくないなら、コーナーへ戻りなさいよ!」と身長差の有る分、下から鋭い目で

睨み付けた。油断も有ったか、紗香への注意が途切れたその瞬間、

「ウグッ」

瞳の股間から脳天へ衝撃が抜けた。横になったままの紗香が、瞳の女性にとっても急所で

ある股間を蹴り上げたのであった。股間を押さえ、その場へうずくまる瞳。

「瞳ちゃんに何するのよ!」

「うるさい!お前もだ!」

飛び出した仁美の股間に対しても、紗香のアッパー気味のパンチが入った。

「ウッ」

瞳同様、股間を押さえて崩れ落ちる仁美。チャンスと思った紗香で有ったが、先程からの

ダメージで身体の方がまったく言う事を聞かない。

「何とかして!」

コーナーへ戻り、夕子に交代した。

このチビども、強い上にコンビネーションまで出来てる。本当に今日初めて組んだのか?

とにかく、ダメージを回復させなきゃ。夕子ちゃん、なんとか粘って。ここを誤魔化せば

何とかなるかもしれない。

だが、紗香の思いとは裏腹に、最初は二人に、その後仁美が場外に逃げてからは瞳一人に

キックを浴びせていた夕子だったが、腰の痛みもあってあまりダメージを与えることは

出来ず、攻めが一息付いた所を股間攻めのダメージから回復した瞳に足を捕まれ、

倒されてしまった。

「クソー、やりやがったなー!」

叫んだ瞳にも、もはや普段のアイドルの面影は無かった。足を取ったままだった瞳は

アキレス腱固めに移行した。

「イターーー」

痛がる夕子。暫らく極めてから、瞳は仁美にスイッチした。

ダメージの残る仁美であったが、ここまで来れば気迫勝負と思っていた。

素早いストンピングを夕子に浴びせ掛ける。そこで仁美は、腰を蹴った時に夕子が酷く

痛がることに気が付いた。

「夕子ちゃん、腰が痛いみたいよ。」

「そうみたいね。だから彼女のパンチは効かなかったのかな?」

こんな事は前の試合を見ていれば分かっていた筈だが、実はこの二人、第一試合の間中

控え室でずっとお喋りに夢中で、全然その試合を見ていなかったのである。

それならと、夕子の腰に集中攻撃を始めるWヒトミ。

仁美のストンピングの後うつ伏せにすると、瞳がコーナー最上段からニーを腰の当たりへ

落とした。

「イタッ!」

更に瞳が夕子に弓矢固めを極めた。瞳の膝で腰を極められ、もがく夕子。そのもがきで、

技が崩れた。何とか逃げようとする夕子だが、代わった仁美に今度はキャメルクラッチを

極められた。

「アッ、オオオオッ」

腰の痛みに声を出せない夕子。しかし、ここは初めて紗香が飛び出し、キックでカットした。

「有難う、紗香ちゃん。」

感謝の気持ちも有り、何とか反撃したい夕子で有ったが、身体が動かない。

交代した瞳が近付いて来た。何とかしたい一心から、夕子は先程紗香がやった股間への

パンチ攻撃を瞳に仕掛けた。

「イターーー!」

力は弱かったが、意表を突いたこともあり瞳をダウンさせた。自コーナーへ逃込む夕子。

またタッチしてもらえないのでは、という不安半分で手を伸ばすと紗香はすんなり交代した。

「チャンス!」

ダメージを大分回復させた紗香が飛込み、ダウンしたままの瞳を攻撃した。馬乗りになると

さっきのお返しとばかりに顔面にパンチを数発打込み、更にギロチンチョークを狙った。

しかし攻撃に気を取られ、仁美に背を向けてしまっていた。

「覚悟ー!」

またもコーナーポストに登った仁美が、ミサイルキックを紗香の背中にヒットさせた。

吹っ飛ぶ紗香。

「大丈夫?瞳ちゃん。」

今度は仁美が心配する番だった。顔を幾分腫らした瞳だが、元気に立ちあがった。

「大丈夫。行きましょ!」

OK

二人で紗香に向かうと、ロープへ飛ばしクロスラインを決めた。更に両方のロープへ飛び、

ダウンした紗香の首筋とお腹にニードロップを落とす。レフェリーに注意される前に仁美は

コーナーへ戻った。残った瞳は紗香の左腕を取り、腕ひしぎ逆十字を狙う。必死に右手で

左手を握り堪える紗香。飛び出した仁美が紗香のお腹を一発蹴った後、グリップしている

手を蹴り上げた。このキックでグリップが外れ、逆十字が完成した。

「ギャーーーーー!」

左腕の筋を伸ばされ、絶叫する紗香。ここで、ようやく夕子が飛出してきた。瞳を

踏みつけると、何とか逆十字が外れた。

「遅いよ、バカ。」

紗香が呟く。その左腕のダメージは大きかった。

代わった仁美が紗香をコーナーへ投げ、ニーアタックを狙ったが、紗香は何とかこれを

かわし、夕子へタッチした。

「イテー、クッソー」

コーナーで左腕を押さえ、うずくまる紗香。

リング内は夕子と仁美の局面になった。約15cmの身長差をカバーすべく横へ横へと動き

廻る仁美。夕子はその動きに付いていけない。ふと気が付くと、コーナーにいる瞳の

目の前に来て背中を向けていた。

「ヨッシャ」

コーナーから手を伸ばし、夕子を捕らえる瞳。そこへ仁美が得意のドロップキックを放った。

本当は胸当たりを狙った仁美だが、流石に疲れとダメージでジャンプ力が落ちており、

お腹当たりに当たってしまった。ところが、前の試合でお腹にも集中攻撃を受けていた

夕子にはかえって堪えた。その場にダウンする夕子。

仁美が夕子の位置をずらし、そのお腹へタッチを受けた瞳がコーナー最上段から飛び降りる。

先程の試合では玲子を痛めつけた連続フットスタンプ攻撃である。

「グェーーー」

元々前の試合でのダメージが有っただけに、再度胃液がこみ上げ苦しむ夕子。

そこへ、情け容赦無く仁美も続けて飛び降りる。苦しさだけで吐く物も無い夕子はお腹を

押さえ、もはや動く事も出来ない。口からは胃液と涎が流れ落ちていた。

「とどめだ!」

「ヨシッ!」
二人でリング中央近くに夕子を戻し、瞳が片足を取って身体を返し逆片エビ固めを決めた。

腰を痛めている夕子には両足を取っての逆エビより、ねじりが入る分きつい技であった。

「イター、イター、イタッ」

動く事が出来ず、叫ぶしか無い夕子。望みは紗香が助けてくれることだけだった。

だが、苦しさの中ふと見た自コーナーに、またも紗香の姿は無かった。

紗香ちゃん。また、夕子を見捨てたの?

違う、そんなことはない。今度は絶対夕子を助けてくれる。だからギブはしない。

レフェリーの問いに、今回も首を横に振り続ける夕子。

一瞬楽になったと思ったが、今度は腰を逆にねじられた。攻め疲れた瞳が仁美に交代し、

仁美が逆の足を持っての逆片エビ固めを引き継いだのであった。

「ウッ、ウッ、イタイイタイ…」

紗香ちゃん、早く助けて。夕子はもう駄目。

首を振る以外、何も出来ず苦しみにあえぐ夕子。

再度交代した瞳が、また最初の足を取り逆片エビ固めを決める。

紗香がコーナーにいないことは、Wヒトミも気が付いていた。

「夕子ちゃん。もうギブアップしな。相棒は見捨てて、いなくなっちゃったよ。」と仁美。

夕子は声を出すことも出来ない。ただ、心の中で

違う!紗香ちゃんは絶対夕子を助けに来てくれる。絶対、絶対ゼッタイ…

その意識さえも薄くなりかけたその時、

「このチビガキども、いい加減にしろ!調子に乗ってんじゃねー!」

叫びながら紗香が、片手に折り畳み椅子を持ってリングへ飛び込んできた。

紗香は椅子の足を両手に持ち、まずは立っていた仁美に横殴りで叩きつけた。

「アーーーー」

腰の当たりを椅子で殴られ、吹っ飛ぶ仁美。

次いで紗香は椅子を大上段に振りかぶると、逆片エビ固めを決めていた瞳の脳天にまともに

叩きつけた。

バァーン

「………」

声も無く崩れ落ちる瞳。

「ハァー、ハァー、ハァー」

興奮状態で息も荒い紗香に

「止めるんだ!」

と、レフェリーが椅子を取り上げようとした。が、

「うるさい!」

バァーン

反射的に紗香がレフェリーをも椅子で殴りつけてしまった。

しまった!

一瞬にして興奮が冷め、血の気の引いた顔でリング上に横たわっているレフェリーを含む

4人を見下ろす紗香。

いかに地下リングといえども、レフェリーに対する暴行は即座に反則負けである。

「紗香ちゃん、やっぱり夕子を助けに来てくれたのね。ありがとう。」

まだ状況を把握出来ていない夕子が、うつ伏せの姿勢のまま目に涙さえ浮かべ呟く様に

紗香に感謝する。

しかし、それを聞いた紗香は

何が「やっぱり」だ。何が「ありがとう」だ。反則負けだぞ。どちらかが 奴隷

なるんだぞ!

再度、怒りを夕子に向けていた。その瞬間、悪魔が紗香に降りてきた。

どちらか「一人」が 奴隷

次にこいつに勝てば、それでいいんじゃない!

だったら、こいつをここでもっと痛めつけておくか。

ヤッチマエ!ヤッチマエ!ヤッチマエ!

ダメージから回復したレフェリーが、本部にゴングを要請しているのが紗香の目に入った。

ゴングが鳴る前にと思った紗香は再び椅子を振り上げ、夕子の痛めている腰を狙った。

だが、先程逆十字で痛めた左手の握力が落ちており、左手が椅子の足から外れた。

右手一本で振り下ろされた椅子は丁度振り子の様になり、紗香がバランスを崩したことも

あって、狙った腰ではなく夕子の右足脛、殆ど骨が剥き出しになっている所へ、しかも

ほぼ直角にパイプの部分が激突した!

「ガツーン!」

会場に鈍い大きな音が響いた。そして、一瞬間を置いて

「ギャーーーーーーーーーーー」

とても、大人しい夕子の口から発せられたとは思えない絶叫が会場に響いた。

「イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ」

動けなかった筈の夕子が右の脛を押さえ、のたうち回る。混乱の中、

カーン

ゴングに続き、アナウンスも入った。

「只今の試合は芳野選手がレフェリーに暴行を働いた為、伊藤,藤原組の反則勝ちと決定

致しました。これにより伊藤,藤原組が3位,芳野,小倉組が最下位となります。芳野,

小倉両選手は 奴隷を賭け、第五試合で対戦することとなります。」

紗香は既に控え室へ帰り、ドアを固く閉ざしていた。混乱の為か、足早に引き上げる紗香の

顔が蒼白であったことに気付いた者は、誰もいなかった。

一方、リング上の夕子は体力を使い果たしたのか、もはや動く事も叫ぶ事も出来ず、痛む

右足を押さえたまま口を大きく開け、あえいでいた。

この様子を見て、夕子がもう一試合出来ると考える者は誰一人いなかった。

勝ち名乗りを上げようとするレフェリーを無視して、仁美が腰を押さえながら、少し遅れて

瞳が頭を押さえながら夕子に近付いてきた。

「大丈夫?夕子…」

あまりに無意味な問いであることに気付いた仁美は、途中で黙ってしまった。半失神状態の

夕子に答えられる筈もなく、例え答えられたとしても大丈夫の筈がなかった。

黒服に担架に乗せられた夕子に、Wヒトミが付添い彼女達の控え室へ連れて帰った。

「どうしよう?瞳ちゃん、とにかく医務室へ行ってみて。私、ここで出来るだけの事はする。」

仁美に言われ、医務室へ行った瞳であったが 試合の残っている選手に対する医療行為は

一切行なわれない。というルールが決められていた以上、瞳がいくら医務室の前で

泣き叫んでもそのドアは固く閉ざされ、中からの反応は全く無かった。そう、本来であれば

即座に治療されるべき夕子の足であったが、応急処置はおろか痛み止めの手当てすら

施されることはなかったのである。瞳は力無く控え室へ戻るしかなかった。

そこでは、仁美がこちらも半泣きになりながら、濡れタオルで夕子の頭や足を冷やしていた。

「どうだった?」

仁美の問いに首を横に振り、涙で答える瞳。

「やっぱり。」

泣き続ける瞳に仁美が

「泣いてても仕方ないから、手伝って。まず、夕子ちゃんになんとか、水を飲ませて上げて。

それから、タオルを濡らして頭と脛と………」

自らのダメージや疲れも気にせず、汗だらけの水着のまま泣きながらも必死に看病する

Wヒトミ。しかし、その甲斐も無く夕子の意識は戻らず、そして椅子で殴られた右足の脛は

青から、どんどんどす黒く変色し腫れ上がっていった。

 

そして、もう一つの固くドアが閉ざされた控え室の中では、紗香が蒼白な顔で頭を抱えて

じっと座りこんでいた。

何てこと、しちまったんだ。

骨折させちゃったのかな?

次の試合、どうすればいいんだろ?

裸で磔なんて絶対やだよ。

あいつが弱いからいけないんだよ。

あたしが悪いんじゃないよな。

反則負けって、ペナルティ有るのかな?

わざとじゃ無いんだよ。

左腕を痛めつけられてなきゃなー。

次、わざと負ける訳にもいかないよな?

もし試合放棄だったら、あいつ追放かな?

あたしもこのままここにいて試合放棄したら、どうなるのかな?あたしも追放かな?

みんな、あたしがわざとやったと思っているんだろうな?

あいつ、あたしのこと憎んでんだろうな?

もっと酷い事やった奴も沢山いるのにな。

レイプ、悲しかったな…

何で、こんなことしなきゃいけないんだろ?

あたし、何やってんだろ?

誰か、助けて!

混乱で考えもまとまらぬ紗香。そこにいるのは気の強さも毒舌も無い、只のまだ20才の

女性にすぎなかった。

そんな中、リングでは決勝戦が始まろうとしていた。




inserted by FC2 system