「王様と奴隷」-7:第五試合,奴隷決定戦,そして…

 

「芳野、試合だ。」

黒服の声で控え室の固く閉ざされていたドアが開かれ、紗香が出てきた。

前の試合後からの思い悩んでいた状況から一転、妙にスッキリした表情であった。

紗香はようやく結論を出していた。

それは、とにかくこの試合はヒールとして振舞って簡単に夕子を倒し、その後の夕子の磔は

怪我を理由に何とか延期させようという物であった。一旦延期させてしまえば、後は別途

良い知恵も浮かぶと考えていた。

計算通りに行く可能性は少ないかもしれないが、とにかく、それで自分を納得させていた。

花道に立つ紗香。その紗香に観客から激しいブーイングが浴びせられた。その激しさに

一瞬身をすくませた紗香で有ったが、気を取り直し、一直線にリングへと歩を進めた。

 

一方の控え室でも

「小倉、試合だ。」

別の黒服が声を掛けた。前の試合の後、ずっと看護を続けていた仁美と瞳が涙ながらに

黒服に訴えた。

「試合なんて無理です。骨折してるかもしれないですよ。」

「お願いです。延期して下さい。」

「早く治療して上げて下さい。」

「私が、代わりに試合します。」等々

しかし当然ながら、どれも受入れられる筈は無かった。

尚も食い下がる二人に黒服が

「小倉に試合をさせないつもりなら、お前達二人も同じ罰だな。」と冷たく言い放つ。

言うまでも無く、罰とは芸能界追放を意味する。何も言えず、ただ泣きながら黒服に

取りすがるだけのWヒトミ。

そこへ、かすかな声が聞こえた。

「私、試合します。リングに上がります。」

横になったままの夕子であった。

「夕子ちゃん、気が付いてたの?」仁美の問いに

「少し、前から。でも、声が…」と囁くような夕子の声。

「無理だよ、夕子ちゃん!」と瞳。

「でも、あなた達にまで迷惑は…」

「行くぞ、小倉。それとも試合放棄か?」

黒服の声に夕子がベッドから起上ろうとするが、身体が動かない。

その夕子の態度に、仁美がついに決心した。

「分かった、夕子ちゃん。私達がリングまで連れていって上げる。」

「仁美ちゃん。そんな…」と、非難混じりの目を向ける瞳。

「もし瞳ちゃんが夕子ちゃんの立場だったら、どうする?」と仁美。

新たな涙を浮かべ、大きく頷く瞳。

二人が肩を貸し、夕子を何とか立ち上がらせようとする。そこへ黒服が、

「これだけは貸してやる。」と仁美に何か渡した。サポーターであった。夕子の痛む右脛に

何とか装着した。二人が肩を貸し、一歩一歩花道へ向かっていった。

 

先に花道からリングへ上がった紗香には、観客から相変わらず激しいブーイングが

浴びせられていた。気丈な紗香も、覚悟はしていたがここまでとは思っておらず、

さすがに少々精神が参ってきた。

もう一方の花道から夕子が、いや三人が姿を現した。それまで激しいブーイングを紗香に

浴びせていた観客達が息を飲み、静まりかえった。夕子の状態は彼等の予想以上であった。

Wヒトミに肩を借りた夕子は既に憔悴しきっており、歩くというより小さな二人に

引き摺られるように入場してきたのである。

「夕子ちゃん、しっかり。」

「夕子ちゃん、あと少しだよ。」

声を掛け励ます二人だが、夕子には殆ど聞こえていなかった。リングまでのわずかな距離が

夕子には無限の長さに感じられた。

リング上の紗香は目を背けたかったが、ヒール演技の為敢えて目線は逸らさなかった。

静まり返った観客の中を、夕子がようやくリングまで到着した。リングに上げる時だけは

黒服が力を貸した。リングに上げられた夕子であったが、立つ事は出来ずコーナーを背に

足を前に投げ出して、眠る様に座っていた。意識が有るかどうかすら分からなかった。

Wヒトミがそのまま夕子のセコンド位置につき、アナウンスが流れた。

「これより 王様と奴隷第五試合,奴隷決定戦を開始致します。赤コーナー芳野紗香、

青コーナー小倉夕子。敗者が 奴隷となります。」

アナウンスと共に、リング上方の磔台にスポットライトが当てられた。

観客から再度紗香へのブーイングが起こった。ただその中、夕子に投票した観客達だけは

黒い期待に胸と股間を膨らませていた。

レフェリーの注意が始まったが、夕子の状態に変化は無かった。更にレフェリーは

セコンド位置にいるWヒトミに対し、乱入した場合はペナルティーが課される旨を

再確認した。

「何もしちゃいけないんだよね?」瞳が呟く。

何も言えない仁美はただ唇をかみ、じっとリング上を見ていた。

カーン

ついにゴングが打ち鳴らされた。しかし、夕子は動かない。いや、動けなかった。リングへ

到着するのに力を使い果たし、脱力感から気を失っていたのである。

このままでは試合放棄扱いになりかねない。

紗香もどうすればいいのか、戸惑っていた。

このままじゃまずいな。とにかく意識を戻させなくっちゃ。

夕子が座っているコーナーまで近付くと、夕子の頬に張り手を入れた。

パッチーン

「ンッ」

夕子が何とか意識を取り戻した。

フー、手間の掛かる奴だ。

これで、どうやら試合放棄は避けられたが、どうやって試合らしくするか悩む紗香。

「サッサと立上がれ、この弱虫野郎!地獄へ落としてやる!」

紗香の叫びに、観客からの激しいブーイングが起こる。

夕子はようやく頭がハッキリしてきた。無論、それと同時に右脛を始めとした全身の痛みも

甦ってきたのだが。

何でリングの上にいるんだろ?そうだ、奴隷決定戦だ。

身体が動かないよ。どうしよう。

どうやって、ここまで来たんだろ?誰か連れてきてくれたのかな?アッ、そうだ。

仁美ちゃん達だ。

右足が痛いよー。何でだっけ?何でだっけ?何でだっけ?

何かで殴られたんだ!誰にだっけ…?

紗香ちゃんだ! 

アッ、紗香ちゃんが目の前にいる。動けないよ!誰か助けて!

意識を取り戻した夕子の胸元に、紗香が一発ストンピングを入れた。

「ギャッ」

蹴られた胸元より、その振動が伝わった右脛の痛さに小さな悲鳴を上げる夕子。

それを目の前で聞いた瞳が耳を押さえ、リング下にしゃがみこむ。

「何だ、チビども。こいつの味方か?残念ながら、こいつが 奴隷だ!

リング下のWヒトミにも毒づく紗香。必死にヒールを演じているのだが、仁美達にも

観客にも 本音としてしか、伝わっていなかった。そして、夕子に対しても。

それが、悲劇を更に大きくした。

夕子を引起こそうとした紗香の顔が夕子の顔に近付いたその時、

「ペッ」

何と、夕子がツバを紗香の顔に吐きかけたのであった。

負けを、そして磔を覚悟した夕子の、最後の抵抗であった。

紗香には一瞬何が起こったのか、分からなかった。

そして、その事に気が付いた瞬間、明らかに形相が変わった。再び、悪魔が降りて来た。

何だ、コレは?

お前が弱い上に、言う事を聞かないからこうなったんだろ!

あたしは、お前を何とかしようとしてやってんだぞ。

あたしはな、あたしはなー…

フザケルナ!このガキ!

先程考えた結論も何も無かった。怒りだけが紗香の全身を満たしてしまった。

ゆっくりと顔のツバをぬぐうと、夕子の投げ出された両足を持ち、リング中央へと運んだ。

そのことだけで、経験したことも無いような激しい痛みが夕子の全身をつらぬく。紗香は

夕子の顔面、ボディとストンピングを浴びせ掛ける。ただ、なされるがままの夕子。

右脛の痛みが気を失うことすらも許さない。

「紗香ちゃん!もう、止めてー!」

涙声で叫んだのは、再びリング上を見てしまった瞳であった。一方の仁美は、凍りついた

様にリング上をじっと無表情で見つめたまま動かない。

更に紗香はついに右足への攻撃を開始した。脛を覆っていたサポーターを取去る。

どす黒く変色し、腫れあがった右脛が明らかになった。流石の紗香もその箇所だけは

攻撃出来ない様で、太腿へのキックを連発する。それでも、これまで以上の痛みに

全身を痙攣させ、脂汗と涙を流す夕子。声は全く出せない。ただ口が空き、荒い不規則な

呼吸だけが聞こえる。

「仁美ちゃん、私もう我慢出来ない。夕子ちゃんを助ける。」
瞳がリング上に飛込もうとするが、仁美が必死で制止する。

「ダメッ!瞳ちゃん。あなたもペナルティーよ!」

「かまわない!あの人だけは許せない!」

リングに上がろうとする瞳を、後ろから押さえる仁美。

リング上では全く動けなくなった夕子に、紗香がとどめをさそうとしていた。

夕子の態勢をうつ伏せにすると背中に乗り、キャメルクラッチを決めた。

「さあ、ギブアップしろ!お前が 奴隷だ!お前が だ!」

夕子はもはや、何処が痛く、何処が辛いのかも分からない状態であった。

ただ、ギブアップしちゃいけない、という気持ちだけが何処かに有った。

なかなかギブアップしない夕子に業を煮やした紗香が、再度右足を攻めた。

変色し、腫れ上がった右足を取り、逆片エビ固めの態勢に持っていった。

「ギャーーーーーーーーー………

断末魔の様な夕子の叫びが、段々小さくなっていった。

失神するのは時間の問題と思えた。失神すれば流石に試合終了である。

リング下では瞳と仁美が揉み合っていた。

「助けに行くの!仁美ちゃん、止めないで!」

涙声で喚きながらリングに上がろうとする瞳のお腹に、仁美が一発パンチを入れ、そして

リング下へ引き倒した。

「私が行く!アンタはここにいな!」

仁美は瞳に叫び、コーナーに上がった。そして、鬼の形相で紗香を睨み付け、叫んだ。

「許せない!」

紗香がその叫びに気付いた。夕子の足を放し、身構える紗香。

ペナルティがなによ。人間としてほっとける訳無いじゃない!

仁美が夕子を救う為、リングインしようとした。

しかしその時、違う方向から紗香に別な影が襲い掛かった。

ドオーン

紗香に体当たりしたのは、水着姿のままの玲子だった。この後の 王様表彰式の為、

控え室で待機していたのだが、最下位決定戦での紗香の暴挙を聞き、更にこの試合を見て

ついに玲と共にペナルティのことも忘れ、飛出してきたのだった。

この体当たりで倒れ、夕子の上から落ちる紗香。

更に玲子と一緒に飛込んできた玲が、

「あんたは許せない!」

叫ぶとストンピングを開始した。

驚いた仁美だが、やはりリングインし玲に加勢する。更に玲子もそれに加わった。

暫らくこの状況をリング下から見ていた瞳だったが、彼女もまたリングインした。しかし

紗香への攻撃には加わらず、失神寸前の夕子へ向かう。

「大丈夫?しっかりして!夕子ちゃん。」

一方では紗香への攻撃が続いていた。

何だよ?こいつら。

三人掛かりのストンピングに、たまらず場外へ逃げる紗香。

「お前等…」

一息付き、何か言おうとした紗香だったが、場外も安全ではなかった。こちらでは既に

水着から私服に着替えていたもえと美奈子が襲い掛かった。

彼女達も前の試合の話と、この試合の展開とで怒りのあまり、控え室から飛出してきたので

あった。

まず、ジーンズ姿のもえが紗香に殴りかかった。ダウンした紗香にミニスカート姿の

美奈子がストンピングを加える。激しい動きでスカートが捲れ、下着が丸見えになって

いるが、そんなことにはおかまいなく蹴り続け、更にもえも加わる。二人とも、第一試合で

痛め付け足らなかった鬱憤を晴らしている様でもあった。

「美奈子ちゃん。」

玲がリング上からリング下へ呼びかけ、紗香をリング上に上げる様合図した。

紗香を二人でリングに上げ、もえと美奈子もリングへ上がる。

夕子の様子を見ている瞳を除く5人が、ダウンしたままの紗香を取り囲み、見下ろす。

「あんたのした事は許せない。」

「あんたなんか人間じゃない。」

「あんたが地獄へ落ちなさい。」

口々に紗香をなじる五人。

違う。わざとじゃない。

言訳しようとする紗香だが、とても聞いて貰える状況ではない。

夕子の様子をチラッと見た仁美が、攻撃の口火を切った。

「この野郎!」

ストンピングを浴びせる。他の四人も続こうとしたが、玲が美奈子の格好に気付いた。

「美奈子ちゃん!スカート!」

ようやく自分の姿に気付いた美奈子が、真っ赤な顔でスカートの裾を押さえる。

それでも四人掛かりのストンピングである。逃げ様の無い紗香の意識が段々遠ざかってきた。

わざとじゃないのに…

何で、あたし一人を…

お前ら、おぼえてろよ!オヨ………

半失神状態の紗香を無理やり引きずり起こした四人は、まず玲ともえが協力して紗香に

パワーボムを決める。

ドォーーン

これで紗香がほぼ完全に失神した。しかし、更に攻撃が加えられた。もえが

パイルドライバーの形に紗香を持ち上げ、コーナーポストの両側に登った玲子と仁美が

紗香の足一本づつを持った。

「せーの。」

二人が同時にジャンプし、もえが尻餅をつく。三人掛かりのデッドリーパイルドライバーで

ある。

ズドーン

ダウンした紗香が白目をむき、口から泡を吹いた。完全に失神してしまった。4人は紗香の

手足を持って夕子の傍まで移動させ、玲が意識を取り戻した夕子に声を掛ける。

「夕子ちゃん。後は自分でね。」

瞳も含め、六人がリングから降りる。

残された夕子は痛みを堪え、腕の力だけで紗香に近付く。そして、ようやく届いた右手を

紗香の身体の上に置いた。

「ワン、ツー、スリー。」

カーン

レフェリーのカウントが入り、ゴングが打ち鳴らされた。

観客も歓声を上げていいのか、戸惑っている。

アナウンスが入った。

「只今の試合は小倉選手が芳野選手をフォールしまして、勝利致しました。従いまして、

奴隷は芳野選手となります。同選手に投票されたお客さんの内、当選しました6名の方、

リングに上がって下さい。それでは当選発表を致します。……さん,……さん,…」

アナウンスが流れる中、再度意識を失った夕子であったが、黒服に担架に乗せられ

今度こそはちゃんと医務室へ運ばれていった。

「尚、最終戦に乱入した六選手に対するペナルティーは現在本部で検討しておりますので、

後ほど正式発表致します。王様の表彰も正式に裁定が出てからと致します。」

運ばれる夕子に付き添い、医務室へ入って行くのを見届けた後、一つの控え室に

集まっていた選手たちもこのアナウンスで我に返り、背筋に冷たい物が流れた。

顔を見合わせる六人。

「なんだろ、ペナルティーって。」

「気にしても仕方ないよ。なる様になるだけ。」

「リングに上がった時から覚悟はできてるよ。」

開き直ってはいても、不安は隠せない。

 

その頃、リングには黒い期待を胸に、当選した観客六人が上がってきていた。そして、

上空に有ったX字磔台がリング上に降ろされた。紗香はまだ失神したままである。

「どうすればいいんだよ?」

10分っていつから?」

興奮状態の当選者の疑問に黒服が答える。

「では、まず芳野選手の水着を脱がして、磔台に固定してください。」

その声に、紗香に群がった六人が我先に水着に手を掛け、脱がせていく。

小振りな乳房が、可愛いおへそが、そして秘部を覆ったヘアーが次々とあらわになっていく。

水着を脱がし終わった六人は、次に磔台に皮バンドで紗香を固定していく。

X字型に全裸の紗香が固定された。

「芳野選手が意識を取り戻したら、ゴングを鳴らしますのでそこから10分です。それまでは

触れないで下さい。また最初に言いましたが、ホンバンだけは遠慮して下さい。」

頷きながら、生ツバを飲む、紗香を取り囲んだ当選者達。

なかなか意識を取り戻さない紗香に、黒服がバケツの水を頭から掛けた。

「ウンッ、冷たい。エッ、何これ?」

意識を取り戻した紗香は、自分が全裸でX字に固定され、目をギラギラさせた男達に

取り囲まれていることに気付いた。

「イヤーーーーー」

悲鳴を上げた。普段の気の強い紗香とは別人となっていた。

カーン

紗香の悲鳴に、ゴングが重なった。

我先に紗香へ群がる男達。紗香の身体中が撫で回され、舐め回される。

目を硬く閉じ、唇を噛んで耐えながら、ただ時間が経過するのを待つしかない紗香。

 

「紗香ちゃんの罰ゲームが始まったみたいね。」

ゴングの音と観客の様子からそれに気付いた玲子が口を開いた。

「ちょっと、見ていい?」

恐い物見たさの瞳が覗こうとする。

「ダメーーーー!」

他の五人全員が、同時にストップを掛けた。

「子供が見るものじゃないの。」

と、またも隣で手をつないでいる仁美がたしなめる。

「アンタだって子供じゃない。」

と最年長のもえ。確かに25才のもえからすれば、14才の瞳も16才の仁美も変わりは無い。

玲が皆に対し、

「とにかく、見ないでおきましょう。それが 武士の情けという物よ。それより、

シャワー浴びちゃいましょ。仁美ちゃん達、診察も受けて無いんじゃないの?」

試合後の診察はダメージの自覚に関わらず、義務付けられているのである。

その声に促され、それぞれ自分たちの控え室へ一旦戻っていった。

「ねえねえ、仁美ちゃん。武士の情けって何?私達武士になっちゃったの?

だったら、…で御座る、って喋らなきゃいけないよね。」

変な瞳の質問に

「あー、もー。後で、説明したげるからこっちおいで。とにかく、見ちゃ駄目だよ!」

強引に瞳を控え室へ引っ張り込む仁美。

 

リング上では磔台が下まで降ろされ、紗香はX字のままリング上に仰向けにされていた。

紗香を弄び、興奮した当選者達は今は紗香を囲んで見下ろしながら、それぞれ自分の物を

取出し、しごき始めていた。

その気配を感じた紗香は更に固く目を閉じ、唇を噛み、別な事を考えようとしていた。

別な事、それは一つしかなかった。自分をこの様な目に合わせた七人へのリベンジであった。

「残り時間1分」

10分という時間の短さに焦る男達はペースを上げた。そして、ついに男達の白濁液が紗香の

華奢な身体を汚し始めた。紗香の顔に、胸元に、下腹部に飛び散る白濁液。

カーン

再びゴングが鳴り、罰ゲームが終了した。

数人の黒服が飛込み、名残惜しそうな当選者達をリングから降ろした。同時に紗香の

戒めを解き、全裸の身体にバスローブを掛けた。

唇は噛んだまま、目は今度は見開いて、わき目も振らず控え室へ一人で帰っていく紗香。

アナウンスが流れた。

「これにて、罰ゲームを終了致します。

続いて、先程試合に乱入した6選手へのペナルティーを発表致します。まず、最初に手を

出した吉井,大盛両選手の 王様の権利は剥奪します。よって、この後予定されていました

表彰式も有りません。また、全6選手のファイトマネーは一旦没収し、後日この

ファイトマネーを掛けて試合に参加することとなります。その相手、試合形式等は後日

決定致します。」

要するに、今日の死闘は只働きとなった訳である。

観客からは、可哀想、という感想も上がったが、玲と玲子の 王様権利剥奪はともかく、

ファイトマネーについては次の試合で手に入れられる可能性を残しており、また本来の

仕事に関しても現状維持にはなる訳で、比較的甘い裁定と言えるかもしれなかった。

本部でも、紗香の暴挙には批判が有った様で、試合形式も見直しが検討されるらしい。

 

一方、私服に着替え終わり、試合後の診察,治療も終わった6人は、最初の控え室に

集まっていた。

瞳「アーア、只働きになっちゃったね。」

仁美「何言ってんのよ。『かまわない。』とか言ってた癖に。」

瞳「確かに、あの時はそう思ったけど。」

玲子「瞳ちゃん、そんなこと言ってたんだ。」

瞳「だって、もう我慢出来なかったの。でも仁美ちゃんに止められて。」

仁美「あたしが止めなきゃ、この子絶対真っ先に飛び出してたよ。」

美奈子「私達4人は、前の試合を見てなかったの。自分達の試合後に聞いたんだけど、

とにかく腹が立って。少し出遅れたけどね。」

玲「とにかく、許せなかった。こんな仕事だから、お互いに足を引張りあうことが無いとは

言わないけど、あれは酷すぎる。」

仁美「でも、玲ちゃん達は折角の 王様の権利まで剥奪されて。あたしがもう少し早く

飛び出して、最初に手を出してれば。」

玲子「そんなこと無いって。それに仁美ちゃんが最初だったら、何か別のペナルティーが

有ったかもしれないよ。紗香ちゃんと同じ目に有ってた可能性だって。」

玲「玲子ちゃんの言う通り。私達が最初で良かったのよ。それにね、私は今ここで

生きていられるだけで充分幸せ。」

この言葉は他の5人の胸に染みた。

玲子「何か仕事が貰えたかもしれないけど、やっぱり実力で取らなきゃね。」

玲「そうそう、この子だって首になってても不思議じゃないんだから。」

玲子「玲さん、その話はもういいよ。充分反省しています!」

もえ「あれー、玲子ちゃん。何か問題起こしたことが有ったのー?」

玲子「だから、その話は許してってば。」

あせる玲子の姿に、皆から笑いがこぼれる。

 

すっかり和やかな雰囲気になった6人の控え室のすぐ近くの控え室へ、紗香が戻ってきた。

戻るやいなや、紗香はバスローブとシューズを脱捨て、シャワーへ飛び込んだ。

熱いシャワーで、全身に浴びせられた男達の白濁液を洗い落としながら、これまで

堪えていた涙がその目から溢れ出してきた。それは、いつまでも、いつまでも流れていた。

悲しさと、悔しさと、苛立ちがその涙を止めなかった。そして、紗香に三度、悪魔が

降りてきていた。

絶対、あいつらにリベンジしてやる。

何であたしだけが、こんな目に会わなきゃいけないんだよ。

何が、王様だ。ふざけるな!

絶対、同じ目に合わせてやる!  

玲達の 王様剥奪を含むペナルティーを、紗香はこの時は知らなかった。

シャワーを浴び終わった時には、涙も止まっていた。そして、リベンジの気持ちはもはや

確定的な物となっていた。完全に悪魔が紗香を支配していた。

 

お喋りを続ける6人の所へ、医務室での治療がようやく終わった夕子が、移動式のベッドに

乗せられてやってきた。彼女達が帰らなかった理由はこれであった。

「夕子ちゃん、大丈夫?」

「もう、痛くない?」

「しばらく、入院するの?」

「紗香ちゃんて、酷いよね。」

「紗香なら、やっつけたからね。」

口々に話しかける6人。

「ちょっと、一緒に喋ったんじゃ、夕子ちゃんも訳が分からないでしょ。」

たしなめたのは、何となくリーダー役になっていた玲だった。

「みんな、ありがとう。」

夕子が口を開いた。

2, 3日、入院しなくちゃいけないみたい。本当は今も安静にしてなきゃいけないんだけど、

お礼がしたくて少しの時間だけって、無理言って出てきたの。本当にありがとう。」

「そんなこと無いって。」

「当たり前のことをやっただけ。」

「気にしないでよ。」

「また、頑張ろうね。」

「これから、仲良くしようね。」

また、一斉に喋り出した6人。それに気付き、お互いに顔を見合わせ笑い出す。夕子も

つられて笑い出した。笑いが治まり一瞬の静寂の後、夕子が口を開いた。

「ねえ。みんなに一つ聞いていい?」

「なーに。」と瞳。

「みんな、こんなに仲が良いのに、どうして闘えるの?嫌いでも無い人をどうして、

殴ったり、蹴ったりできるの?夕子には出来ないの。社長さんやマネージャーさんから

『やれ』と言われても、どうしても出来ないの。」

あまりに本質的な問いに、答えを返せない6人。夕子は更に、

「今日も出来なかった。だから、紗香ちゃんをあんな目に合わせちゃって。私が罰を

受けた方が良かったのよ。可哀想な紗香ちゃん。」

涙声で話す夕子の意外な言葉に、何も言えなくなった6人。

しばらく沈黙が続いた後、言葉を選んでいた玲がようやく口を開いた。

「違うのよ、夕子ちゃん。私達だって、相手が嫌いだったり、憎かったりして闘っている

訳じゃないのよ。これも仕事なのよ。これも自己表現の場なのよ。私たちには、リングに

上がって闘うのも、ステージで歌うのも、ドラマで演技するのも同じなのよ。同じ様に

真剣に頑張らなくちゃいけない物なのよ。」

「そうだよ。ラブシーンだって相手が本当に好きでやる訳じゃないでしょ。それと同じよ。」

と、もえ。この例えが正しいのか、言っている本人も疑問なのだが、夕子は頷いていた。

更に、美奈子が続けた。

「勿論、相手が憎くて闘うことも有るし、試合中は相手が嫌いになることもあるよ。

私なんか、夕子ちゃんの何倍も痛い目や恥ずかしい目に合わされてるんだから。」

玲子も続く。

「正直言って、最後の紗香ちゃんは憎かったよ。でも、他の試合はそうじゃなかった。

試合が終わった後はノーサイドだったんだよ。握手して終わってるんだよ。」

再度、美奈子が

「決勝戦で玲ちゃん達に負けた時は、本当に悔しかった。涙が出てきたよ。でも、それは

憎しみとは違うの。だから、素直に二人を祝福出来たのよ。本当だよ。」

もえも頷く。更に仁美が

「私、今日瞳ちゃんといいお友達になれたと思う。でも、もし夕子ちゃん達との試合で

負けたらその時は全力で闘おうねって、試合の前に二人で話してたんだよ。そこでどちらが

負けても、恨みっこ無しってこともね。勿論、闘いたかった訳じゃ無いよ。」

「そうだよ。でもきっと、あたしが勝ったと思うけどね。」と瞳。

「言ったなー。」と仁美。軽くファイティングポーズをとる。

「コラコラ、もめないの。」と玲。そのまま、話を続ける。

「今日も、もし紗香が正々堂々と闘っていたら、誰も夕子ちゃんを助けなかったし、もし

夕子ちゃんが一生懸命闘っていなかったら、やっぱり助けてなかったと思う。」

「夕子ちゃん、なかなかギブアップしないんだよね。技は、ちっとも効かないけどね。」と、

相変わらずの調子のもえ。

「本当、粘り強いんだよねー。」これは瞳。実感がこもっている。

「だって、いつも一生懸命頑張れってマネージャーさんから…」

久し振りに口を開いた夕子は、完全に泣き声になっていた。

「みんな、ありがと。分かった。夕子、これからも頑張る。」

「泣かないでよ。」

「一緒に頑張ろうね。」

「もっと強くなろうね。」

「今度はシングルマッチで闘おうね。」

「早く、身体直してね。」

また、一斉に喋り出す6人。そしてまた顔を見合わせ、笑い出す。

予定時間が過ぎ、夕子が病室へ戻って行った。残った6人もそれぞれ帰路へ着いた。

予定されていた権利やお金は得られなかったが、それぞれに友人や自信を得た7人は

充実した気持ちに満たされていた。

 

しかし、その彼女達をこの後悪魔が襲う事は、勿論この時は誰も知らなかった。

その小さな悪魔は、まだ控え室でリベンジの計画を練り続けていた。

 

−「王様と奴隷」− ()




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