「リベンジ-1

 

「王様と奴隷」大会が終わって数日が経過した頃、この大会の波紋が意外な所へ広がった。

 

「夕子お姉ちゃんをこんな目に合わせるなんて、許せない!」

大会で芳野 紗香に右足脛を椅子で殴られて骨折した小倉 夕子であったが、地下リング

医療チームによる手当てにより、数日の入院後ようやく自力で歩けるまでには回復した。

しかし、右脛のダメージは外から見ても明らかで、しばらくの間水着は勿論、生足を

出すことも無理であった。

この様子に心配したのが、事務所の後輩でもある櫻木 睦子であった。

夕子より4つ年下,まだ15才の彼女は夕子を尊敬する人物に挙げ、普段から姉の様に

慕っていた。睦子自身も過去に地下リングへは数回上がっていたが、夕子より小さい

156cmの身長に公称78-58-80と子供っぽいスリムな体型の上、パワー,テクニック共に

乏しく、結果的にその度散々な目に合わされていた。

恐らく夕子の怪我の原因もそうであろうとは思ったが、本人からその内容を聞き、

紗香への怒りがこみ上げてきたのであった。

リングの上の出来事だからと言う夕子であったが、睦子の決心は固かった。

お姉ちゃんを酷い目に合わせた人は許さない。絶対、仕返ししてやる!

次の参加に備えトレーニングを積んでいた睦子は、そのペースを更に上げ、チャンスが

来るのを待った。

 

また、もう一人夕子の惨事を聞き、怒りに肩を振るわせる女性がいた。

加東 美佳であった。

夕子より1つ年下,18才の彼女は以前一緒に仕事をした時に夕子と意気投合し、(夕子の方が

美佳を一方的に気に入った、という話も有るが。)その後メール交換等、友達付合いを

続けてきたのである。扱い難いと言われ、あまり芸能界に友達のいない夕子にとって

美佳は大事な存在であり、美佳にとってもそれは同じであった。

その夕子からの、普段なら毎日鬱陶しい位に来るメールが数日途絶え、不審に思っていた

美佳のもとに、夕子が大怪我をしたという知らせが入った。驚いた美佳は事情を聞こうと、

夕子の妹分である睦子に電話して、その情報を得たのであった。

地下リングの存在を薄々知ってはいても、参加した事の無い美佳には睦子の話は当初

信じられなかったが、事実で有る事を知ると睦子同様、紗香への怒りが込上げてきた。

 

この二人はこれまでは直接の面識は無く、夕子を通じての知合いであったのだが、奇しくも

テレ旭エンジェルの2002 (美佳)2003 (睦子)にそれぞれ選ばれ、その引継ぎ会場で

顔を合わす事となった。

最初は単なる世間話をしていた二人だったが、次第に話題が夕子のこととなり、そして

地下リングの話となっていったのは必然と言って良いだろう。

睦子「私、紗香さんに仕返ししたいの。だから今度また大会に出るつもりなのよ。」

美佳「それって、私も出れるの?私も睦子ちゃんのお手伝いしたい。」

睦子「じゃあ、タッグを組みましょうよ。二人の方が心強いし。」

164cmと自分より大きく、83-57-88と比較的ガッチリした体型の美佳は睦子からは

逞しく見えた。

美佳「OK。じゃあ、一緒にトレーニングしましょう。」

睦子「了解。頑張りましょう。二人で夕子ちゃんの仇を取りましょうね。」

意見が一致した二人はお互いにマネージャーを通じ、大会エントリーをした。

地下リング関係者も既に人気者となっていた睦子に加え、新たなアイドル,美佳の参戦は

大歓迎で、直ぐに紗香とのタッグマッチが組まれることとなった。

しかし、紗香へのリベンジしか頭に無かった二人は、もしかすると最も大事なことが

抜けてしまっていた。タッグマッチということは、紗香にもパートナーがいるのである!

また、試合ルールについても地下リングにお任せで、全く確認してなかった。
それが彼女達に地獄を見せることとなってしまった。

 

試合の連絡を受けた紗香は、当初少々戸惑った。頭の中には、自分を磔にした7人への

リベンジしか無かったからである。また、この二人が自分を狙う理由も分からなかった。

しかし、もはや悪魔に心を支配されていた紗香は頭の切替えが早かった。

自分のリベンジを邪魔する者は叩き潰すのみ!

そう考えた紗香はタッグパートナーの人選に入った。そしてそれは、本人も驚く位

スムーズに決定した。また、試合当日までには二人と夕子の関係も分かった。

あのバカの後輩と友達なのね。だったら、なおさら痛めつけてやらなきゃ。

 

試合当日を迎えた。

一方の花道から、睦子と美佳がお揃いの白いワンピース水着に身を包み、緊張した面持ちで

入場してきた。入場と共に起こる大歓声。無論、その多くはこの愛らしいアイドル二人が

相手に痛めつけられ、ボロボロにされることを期待しての黒い歓声であるが、彼女達は

それに気が付いてはいなかった。リングに上がり、観客の歓声にアイドルらしく両手を

上げて、にこやかに応える二人。

そして、もう一方の花道から紗香が大きな影を連れて入場してきた。その影は覆面を

している為、表情は分からないが、100Kgは超えていると思われる体型と共に、

堂々とリング慣れした態度から、アイドルとはとても思えなかった。

「誰なの、あれ?絶対アイドルじゃないよね?そんなの、有り?」

「分からない。でも狙いは紗香だけ。誰であろうが邪魔はさせない。」

美佳の問いに睦子が強がってみせるが、二人の不安は隠せない。

四人がリング上に揃ったところで、アナウンスが入った。

「本日のスペシャルマッチ。時間無制限完全決着タッグマッチを行ないます。赤コーナー,

加東 美佳,櫻木 睦子、青コーナー,芳野 紗香,ミスX。尚、今日の試合の決着は、

チームの二人共がKO若しくはレフェリーストップとなった場合のみです。」

実際にはレフェリーストップは殆ど無いので、実質的にKO決着のみである。つまり、

ギブアップすら認められない上に、睦子達は聞き逃したが反則負けも無いのである。

夕子のリベンジと先程までは気合が入っていた二人だが、紗香のパートナーの巨大さ,

不気味さに加え、想像もしていなかった過酷なルールにすっかり気持ちが萎え、背筋には

冷たい物が流れ出しているのを感じていた。あのパートナーをもKOしない限り、

自分達に勝ちは無いのである。

特に初めて参加した美佳は、

何なの、このルール?なんて所へ来ちゃったの。と後悔し始めていた。

二人とも既に顔は蒼白であり、膝が震え出していた。しかし、総てはもう遅かった。

ここで試合を捨てて逃出すということは、芸能界からの完全追放をも意味するのである。

紗香をコーナーに下げ臨戦態勢の巨漢ミスXに対し、赤コーナーは一応経験有りと

いうことで、睦子が気丈にも先発を買って出た。

両コーナーに離れていてもその圧倒的な体格差は明らかで、観客達はこれから間違い無く

起こるであろう美少女達の公開処刑への黒い期待に、胸を高鳴らせていた。

カーン

ついにゴングが鳴った。

ゴングと共に、巨体に似合わぬ素早い動きで飛び出すミスX。一直線に睦子へ向かってきた。

避けようにもその勢いに足がすくんでしまった睦子は、その体当たりをまともに食らって

しまった。恐らく3倍以上と思われる体重差は強烈であった。

ドォーン

「キャーーーーーー!」

バァーーン

吹っ飛んだ睦子は自コーナーに背中から叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。

睦子の髪の毛を持って立たせたミスXはそのまま髪の毛を引っ張り、ヘアーホイップで

リング中央へ投げ付けた。

睦子の黒く長い髪の毛が何十本も引きちぎれ、ミスXの手の中に残った。

睦子は投げられたことより、女性の命とも言われる大事な髪の毛を引きちぎられたことに

怒りを感じた。

「コンチクショー!」

アイドルの姿を忘れ、果敢にミスXに殴りかかる睦子で有ったが、その攻撃はパンチも

キックもまったく効果が無かった。巨漢のミスXの脂肪に覆われた下には、鍛えられた

硬い筋肉が隠されているようであった。

逆にミスXのパンチ一発で、ニュートラルコーナーまで吹っ飛ばされる睦子。ミスXは

再度ヘアーホイップで睦子をリング中央へ投げた。再び大量にちぎれる睦子の長い黒髪。

そのままミスXは、リング中央でダウンした睦子の首筋を片足で踏みつけた。

100Kg以上と思われる体重を掛けられ、足をジタバタさせる以外には全く身動き出来ない

睦子。ミスXはコーナーにいる美佳を睨みながら、

「弱すぎて話にならん。21でやってやる!お前も出て来い!」と手招きした。

呼ばれた美佳であったが、生まれて初めて経験するリングであり、まだ今自分の目の前で

起こっている事が現実とは思えなかった。更に、自分を呼込むミスXの声と、覆面から

覗く目つきの恐ろしさに身体がすくみ、立っているのが精一杯で、まったく動けない状態と

なっていた。

まさに 蛇に睨まれた蛙そのものであった。

全く動かない (本当は動けないのだが)美佳を見て、

「なんだ、お前のパートナーはやる気がないのか?それじゃ、仕方ないな。」

睦子の首筋から足を降ろしたミスXは咳込む睦子の髪の毛を掴んで立たせると、またも

パンチを叩き込んだ。吹っ飛びコーナーで崩れ落ちる睦子。再度立たせると、コーナーの

両側のロープに睦子の両腕を掛けて、丁度コーナーポストを背負う形に身体を固定した。

そして、反対側のコーナーまで下がると低い態勢となり、助走をつけて肩から睦子の細い

お腹にぶつかった。

ドォーーーーン

「ウグッ、ウップ」

お腹に凄まじい衝撃を受けた睦子は、胃液と共にお腹の物を戻してしまった。

「何、試合前に食事してたの。そんな常識も無いのね。じゃあ、その罰としてもう一発ね。」

再び、反対コーナーへ下がるミスX。態勢を低くし、助走を取った。その時、今まで

コーナーにいた美佳が勇気を振り絞り飛び込んできた。そして、走り込むミスXに

練習してきたドロップキックを打込んだ。が、

バーン

「キャーーーーー」

ドーン

睦子よりは一回り大きいとはいえ、美佳の身体でもミスXとの体格差は有り過ぎた。

まるで、走ってくる自動車にぶつかった様なものである。美佳は撥ね返され、悲鳴を

上げながら場外まで転落した。受身をきちんと取れずに、約1mの高さから転落した美佳は

そのまま動けなくなってしまった。

「何だ、今のは?」

一方のミスXは突進こそ止められたものの、ダメージはかけらも無い様子であった。

場外でダウンしている美佳にチラッと目をやった後、コーナーで磔状態の睦子へゆっくりと

近付いていったミスXは、膝蹴りをその細く柔らかなお腹に二発,三発と叩き込んだ。

再度、睦子の口から反吐が溢れ出し、目からは涙がこぼれ落ちる。

更に睦子の顎を掴み、顔を上げさせるとその首筋に無造作にラリアットを打込んだ。

後頭部をコーナーポストに激しく打ちつけた睦子は、磔状態のまま早くも失神してしまった。

「おい、レフェリー。こいつは立っているからKOじゃないぞ!」

ミスXがレフェリーに怒鳴る。まだ、痛めつけ足りない様である。勿論、レフェリーも

まだKO扱いにするつもりは無い。

ミスXは、今度は場外でダウンしている美佳にゆっくりと近寄っていく。意識だけは

しっかりしている美佳は何とか逃げようとするが、身体が動かない。

た、助けて!

「ギャーー」

ミスXのキックが美佳の全身を襲った。顔面,胸元,背中,お腹,太腿と身体中の

あらゆる場所が蹴られまくる。何十発とキックを浴び、うつぶせのまま動けなくなった

美佳の背中の上にミスXが無造作に腰を下ろす。全体重を掛けられ苦しむ美佳は、

まったく動けない。

「フッ。」と一息ついたミスXは美佳を引きずり起こすと、頭を膝に挟みこみそのまま

パイルドライバーを決めた。

場外の硬いマットに頭頂部を叩きつけられた美佳は、白目をむきダウンした。

こちらも完全に失神した様子である。

「おい、レフェリー。こいつは場外だからKOじゃないな!」

再度、レフェリーに怒鳴るミスX。事実、こちらもまだKOとはならなかった。

リング上に戻ったミスXは攻め疲れたのか、肩で大きく息をしていた。そして、コーナーで

じっとこの状況を見ていた紗香に二言,三言話しかけた。それに頷いた紗香は控え室へ

一旦戻っていった。何かを取りに行かされた様であった。

リング中央に仁王立ちとなったミスXは、そこでなんと自ら覆面を脱ぎ始めた。

「こんな物してたら、鬱陶しくってしようがないや。」と言いながら、覆面を脱ぎ終わる。

だが、そこに現われた物も素顔ではなかった。凶悪さを感じさせるメークに覆われた顔が

そこにあった。そして、それを見て一部の観客がその正体に気付いた。

『おい、あれはダンプじゃないのか?』

『そうだよ、ダンプだ。ダンプ松元だよ!』

そう、巨漢ミスXの正体は、かつて女子プロレス史上最大のヒールと称されて一世を風靡し、

フラッシュギャルズ等と共に女子プロ全盛期を支えたダンプ松元であった。

引退後はタレントとしてバラエティ等にも出ていたが、ここへ来てなんと現役復帰を

目指していたのである。今日はかつてバラエティで競演したことのある紗香に誘われて、

リングの感触を取り戻す為、そして最大の理由は倒産状態にあるかつての所属団体に、

今日のファイトマネーで少しでも資金援助し、恩返しする為に参加したのであった。

そして今、ダンプは相手のあまりの弱さ,だらしなさに怒っていた。

控え室から紗香が戻ってきて、手にした物をダンプに手渡した。それは竹刀であった。

竹刀を手に四方へ見栄を切るダンプ。その姿は彼女の若き日の姿をダブらせていた。

ダンプは一旦竹刀を紗香に預けると、コーナーでまだ意識を失っている睦子へ向かった。

まず、睦子に張り手を入れて意識を取り戻させると、頭上高々と軽量の睦子を持上げ、

リング中央へ叩き付けた。

充分に受身が取れず苦しむ睦子に、紗香から竹刀を受取ったダンプが近寄った。

「プロレスをなめるな!」

バシーン

ダンプの叫び声と共に、竹刀が睦子の華奢な身体に打ち下ろされた。

「ギャーーーー」

睦子の悲鳴が上がる。

「リングに上がるなら、ちゃんとトレーニングしてこい!」

バシーン

「ギャーー」

再び上がる睦子の悲鳴。

「受身もちゃんと出来ないなんて、ふざけるな!」

バシーン

「ギャー」

「リングの上ではレスラーもアイドルも有るか!」

バシーン

ギャー

睦子の悲鳴が段々小さくなる。

「何一つ、まともな技が出来ないのか!」

バシーン

「………」

「プロレスをなめる奴は許さん!」

バシーン

「………」

悲鳴を上げる事も出来なくなり、ただ丸くなる睦子。

かつて、男子より厳しい、とまで言われたトレーニングを積んで、ようやくデビュー出来た

ダンプである。それなりにトレーニングはしてきたとはいえ、素人同然の睦子と美佳に

対するその怒りは強烈であり、今それが睦子に向けられていた。

無論、これらの言葉は紗香にとっても耳が痛かったのであるが。

味方で良かった。

紗香は心からそう思っていた。

睦子への竹刀による制裁は、尚も続いた。

バシーン

バシーン

バシーン

バシーン

バシーン

その小さな背中に、何度も何度もダンプの振り下ろす竹刀が叩きつけられる。

殴られる度に身体が痙攣する以外は、何の反応も無くなってきた。

竹刀が徐々にささくれ立って薄い水着の生地を破り、更にその水着に覆われていた睦子の

背中の皮も破ってきた。白かった筈の水着が段々赤く染まり、そしてボロボロになって行く。

バッキーン

何十発目かで、ついに竹刀が折れた。折れた竹刀を不機嫌そうに場外へ放り捨てるダンプ。

睦子はピクリとも動かない。ただ、大きく開いた口から荒い息だけが聞こえてくる。

KOを確認しようとするレフェリーに、またしてもダンプが詰め寄る。

「まだ、大丈夫。KOなんかになっちゃいないよ。」

睦子を無理やり立たせ、先程同様コーナーを背に、手足をロープに掛け固定する。

「ほーら、自分で立ってるだろ。」

レフェリーもその剣幕に押されたか、試合を続行する。

「さてと、次はあっちか。」

大きな息をしながら、場外へ下りて行くダンプ。美佳もまだ失神していたが、こちらも

張り手で意識を戻させる。意識は戻っても、自分では立てない状態の美佳を持上げると

リング上に放り上げる。

自分もリングへ上がり、美佳を立たせようとするが身体に力が入らないのか、起き上がって

こない。怒ったダンプは力ずくで美佳を起こすと、そのままリングへ叩き付けた。後頭部を

強打して吐き気をもよおす美佳。ダンプはジャンプして、そのお腹に膝を落とす。

「グェーーーーー」

美佳もまた、胃の中の物を吐出してしまった。

「こいつも、試合前に何か食ってたのか。しょうがない奴等だな。」

お腹を押さえ、のたうち回る美佳に対しまたもキックを連発する。再度引き起こすと

アトミックドロップで尾骨を叩き付けた。美佳のお尻から脳天へ衝撃が通り抜ける。

「クゥーー」

ダウンする美佳。ダンプは睦子と別のコーナーに美佳を連れて行き、両足をトップロープに

掛け、逆立ち状態に固定した。反対のコーナーまで下がると身体を低く構え、助走を付けて

肩から美佳のボディに体当たりした。

ドッカーーンリングが大揺れに揺れた。

「グァ、グプッ、ゴボッ」

逆立ち状態の美佳の口から、またも胃の内容物が溢れ出てきた。一方、この激突の

ショックで睦子の身体がロープから外れ、崩れ落ちた。

「邪魔だな。」

ダンプは睦子を場外へ蹴落とす。落ちたショックで睦子の意識が戻った。

リング下の睦子の目の前に、先程ダンプが放り投げた折れた竹刀が見えた。なんとか手を

伸ばし、それを手に取る睦子。

これが有れば。せめて一発でも夕子お姉ちゃんの仇を。

手にはしたが背中の痛みも有り、身体は動かない。何とか必死で呼吸を整える。

一方リング上では、美佳への攻撃がまだ続いていた。

今度は先程の睦子と同じ様にコーナーに両腕を固定し磔状態にすると、ダンプがパンチを

ボディ,顔と入れ続けていた。ダンプにとっては感触を取り戻す為の軽いジャブ程度の

パンチなのだが、美佳には生まれて初めて味わう辛さであった。顔を殴られ気を失いそうに

なると、今度はボディを殴られ息を吹返させられて、また殴られる。

美佳は生きているサンドバッグとなっていた。

痛いよー,苦しいよー,何でこんな目に合わされるの?もう許して!誰か助けて!

このままじゃ殺されちゃう!

声にならぬ声を上げるだけの美佳。

その時、

「お姉ちゃんのカタキー!」

息を整えた睦子が残った力を振り絞り、折れた竹刀を持ってコーナーにいた紗香に

襲い掛かった。だが、残念ながら気付いた紗香は睦子の竹刀から逃げ、睦子渾身の一打は

空しくリングを叩いた。尚も追おうとする睦子であったが、大ダメージの残る身体では

無傷の紗香に追いつける筈もない。リング上まで追った睦子の前にダンプが立ちはだかった。

「お願いです。退いて下さい。せめて、一発。」涙を流しながら迫る睦子に、

「退いて欲しかったら、アタシを倒すんだな!」と睦子の目の前に仁王立ちのダンプ。

「ウワーーーーーーー」

半鳴きで奇声を発しながら、ダンプに折れた竹刀を振り下ろす睦子。ダンプは左手一本で

それを受け止めた。

パアーーーーン

大きな音が会場に響き渡る。

「エッ?」と睦子。

ニヤッと笑ったダンプはその姿勢のまま、前蹴りを睦子のお腹に入れた。

「グウッ」

崩れ落ちる睦子。頼みの竹刀も手から離れてしまった。

「今だけは、いい根性を見せてくれたな。」

その折れた竹刀を拾い、手にしたダンプが呟く。いかに非力な睦子とは言え、全力で

振り下ろした竹刀である。ダンプと言えども痛くない筈が無い。しかし、睦子の根性を

認めた彼女は敢えて避ける事はせず、それを受けたのである。その痛みがリングに上がって

いる実感をダンプに甦えらせた。

だが、ダンプの腕を傷つけた報いを睦子は当然受けなくてはいけなかった。

ダンプの目に、うずくまる睦子の赤く染まったボロボロの水着に包まれた背中が入った。

「根性の御褒美に、竹刀の使い方を教えてやるよ。」

そう言ったダンプはその竹刀の折れた部分を、そのまま睦子の傷ついた背中に突き刺した。

「ギャーー」

睦子の口から、これまでで最大の悲鳴が上がった。更に、背中に突き刺したまま体重を掛け、

そして竹刀をこねくり回す。

「…………」

あまりの痛さに声が出ない睦子。口だけが大きく開いていた。

ようやく竹刀が引き抜かれた。ささくれ立った折れ口が睦子の血で赤く染まっていた。

次にダンプは睦子を仰向けにすると、その後頭部を膝まずいた自分の太腿の上に乗せた。

そしてその睦子の額に赤く染まった竹刀の折れ口を突き刺した。

ガスッ

「アッ………」

ガスッ,ガスッ

立て続けに叩き付けると、睦子の額に多くの傷が付き、傷口から流れ出す血が顔面から

水着の上半身に掛けてを、どんどん真っ赤に染めていった。

アー、アタシの顔が!血が!血が!血がー!………

「アハッ、アハッ、アーハハハハハハッ」

顔を真っ赤に染めた睦子が突然笑い出した。流石のダンプも攻撃の手を止める。

初めて体験する大流血と痛みで、精神状態がおかしくなってきた様だ。

これを見て、レフェリーがゴングを要請した。

カーン

リング内へ慌てて飛込むドクター。止血の応急処置をすると共に、睦子に鎮静剤を注射した。

そのまま睦子は、黒服に担架に乗せられ医務室へ運ばれて行く。

その睦子を見ながら、紗香は内心舌打ちをしていた。

ダンプさん、やり過ぎだよ。これじゃ、あいつを晒し者に出来ないじゃない。

ま、あと一人いるからいいか。

紗香はこの二人が夕子の知合いと知り、この試合をもリベンジの一環と捉えていたのである。

そう、この試合は睦子達だけでなく、紗香にとっても リベンジだったのである。

その為には、この二人を先日の自分同様、全裸にして観客の晒し者にしようと思っていた。

しかし、既に退場した睦子に対してはそれが出来なかった。自分の気持ちをダンプに

充分伝えておかなかった事を悔やむ紗香。

それはまた、多くの観客にとっても残念だったのかも知れないが。

ともかく、こうなると紗香のターゲットは、コーナーに磔にされたままの美佳だけとなった。

なんとか意識は有るが、身体は全く動けない。紗香がダンプに何か耳打ちし、ダンプが

それに頷いた。

ダンプは美佳の両腕をロープから外す。力なく崩れ落ちる美佳。ダンプは美佳の右足足首と

膝の下当たりを持ち、高々とその身体を持ち上げた。そして、そのまま脛の部分を自らの

太腿に叩きつけた。

「アイタッ!」

ニークラッシャーという名前であるが、むしろ脛を痛めつける技である。

右足の脛を押さえ苦しむ美佳。

右足脛そう、先日夕子が骨折させられたのと同じ箇所である!

敢えて、そこを攻めるようダンプに指示した紗香。痛みにもがく美佳に、ダンプがもう一発

同じ技を掛けた。

「アッ………」

あまりの痛さに声が出せない美佳。更にその箇所にダンプが数発ストンピングを加える。

声も出せず、ただ右足を押さえ、大きく口を開けてあけぐだけの美佳。

ここでついに、紗香がダンプを制止して美佳に近付き喋り出した。

「ミカさんじゃなくて、ヨシカさんだったのね。アタシはヨシノだけどね。アハハハハハ…。

あのバカ夕子の友達なんだってねー。あのバカにも友達がいたんだ。信じられないね。

でも、その友達もやっぱりバカだったのね。さっき頭がおかしくなった後輩もバカだしね。

わざわざタッグマッチにしてくれるなんて、アタシがアンタ達みたいな弱い人を

パートナーにするとでも思ってたの?やっぱり、バカはバカを呼ぶって本当なんだね。」

自分ばかりか、夕子や睦子までもが馬鹿にされ悔しさに涙を流す美佳。しかし殴りかかる

ことはおろか、言い返すことすら出来ない。紗香が続ける。

「友達だったら、まずは同じ痛みを味あわないとね。」

右脛を押さえながら、夕子のことを思い出す美佳。

「今日はあのバカのリベンジがしたかったらしいわね。じゃあ、チャンスを上げるよ。

今からはアタシとアンタのシングルマッチ。ダンプさんは手を出さないよ。」

何とかパンチ一発でも夕子の仕返しがしたい美佳であるが、身体が全く動かない。無論、

それを確認した上での紗香の提案であるが。

「どうせなら、水着剥ぎマッチにしましょうか?負けた方が水着を脱いで、観客の見世物に

なるの。いいでしょ?決定ね。じゃあゴング。カーン。」

紗香の一方的な提案と口でのゴングで、水着剥ぎマッチが始まってしまった。

水着剥ぎの言葉にうろたえる美佳。それにはお構いなく、紗香が怒鳴った。

「ホラホラ、試合は始まったのよ!さっさと立上がりなさいよ!」

その声に力を振り絞り、何とか立上がろうとする美佳。しかし、全身の大きなダメージが

それを許さなかった。何とかゆっくりと上半身を起こしたが、立上がろうと右足に重心が

掛かった瞬間に、支えられず再度身体が崩れ落ちてしまった。

悔し涙が再び美佳の頬を濡らす。

クヤシイ、でも身体が動かない…。夕子ちゃん、睦子ちゃん、力を貸して。お願い!

うつ伏せに倒れたままの美佳に紗香が、

「ナーンダ。立たないんだ。それじゃ仕方無いわね。アタシから行くわよ。」

後頭部にストンピングを打込む。頭を押さえる美佳。すると紗香は今度はボディに

トーキックを入れる。頭とお腹を守る為、カメの様に丸くなると、今度は痛めた右脛に

キックを入れる。

一発一発の威力は勿論ダンプとは比べ物にもならない紗香のキックであったが、同じ所を

正確に何度も何度も蹴ってくる為、美佳の苦痛はそれはそれで大きかった。

イタイ、イタイ、もう止めて!

一体、どうすれば終われるの?

お願い、誰か助けて!

散々キックを浴びせた後、紗香はダンプのアドバイスを受けながら、足四の字固めを極め、更に右脛への攻撃を加えた。

「ギブアップ!ギブアップします!もう止めて!イタイ、イタイ。ヤメテー!ユルシテー!

イタイー!ギブアップー!お願いー!誰かタスケテー!イターーーイ!アーーーーー!」

最後の力を振り絞り、必死に泣き叫ぶ美佳だが、実質的にKO決着のみの今日のルールでは

ギブアップの言葉には何の意味も無かった。痛みのあまり、声も出せなくなってくる。

「アウッ、アッアシッ、アウッ、マッ、パッ…

イターイ,足が折れちゃう。誰か、ヨシカを助けて!ママー、パパー…

無論、美佳の心の叫びに答えてくれる者は、ここには誰一人としていなかった。

「そろそろとどめを差してやるか。」

足四の字固めを解いた紗香は、美佳の後ろへ廻り込み上半身を起こすと、その首筋に腕を

差込み、チョークスリーパーで締上げる。全く抵抗できない美佳。

ウーー、クルシイ、アタシ死んじゃうのかな?

でもこれで、楽になれそう

チカコちゃん、力になれなくてゴメンネ…

ユウコちゃん。何もできなかった………ンネ………  

夕子と睦子の顔を思い浮かべながらも、薄らいでいく美佳の意識。

美佳の頭がガクッと折れた。

それを確認したレフェリーがゴングを要請した。

カーン

続いてアナウンスが入った。

「只今の試合は櫻木,加東両選手が共にKOとなりましたので芳野,ミスX組の勝ちと

決定致しました。」

試合終了で飛出そうとする黒服に、紗香が制止を掛ける。

「さっき、水着剥ぎマッチって言ったでしょ。だから、それが終わってからよ!」

黒服達も戸惑ったが、観客からの『水着剥ぎ』コールに、紗香の行動を黙認することとした。

「それじゃ、脱がさせてもらうよ。アララ、お漏らししちゃったの?」

確かに、白かった美佳の水着の股間部分が、黄色く湿っていた。チョークスリーパーで

失神させられた時に、失禁してしまった様だ。

「こんな汚い物、脱がなくっちゃねー。」

意識を無くし、グッタリした美佳のワンピース水着の紐を肩から外し、何の躊躇いも無く

どんどん脱がせていく。

83cmの美形のバストが、57cmとくびれたウェストが、88cmと割としっかりしたヒップが、

そしてグラビアアイドルらしく綺麗に手入れされたヘアーが覆い隠すことなく、

露わになっていく。

「やっぱり、意識は有った方がいいよね。」

紗香はリング下から持ってきたバケツの水を全裸の美佳の顔に掛ける。これも、先日

自分がやられたことであった。

イヤーーーー!

意識を取り戻した美佳は、自分が全裸にされていることに気付き悲鳴を上げようとしたが、

さっきのチョークで喉が潰されており、声にはならなかった。

「起きたみたいね。じゃあ、ダンプさんお願い。」

ダンプは美佳を引きずり起こして羽交い締めにすると、四方の観客に見える様、ゆっくりと

リング中央で回った。向けられた方向から観客の歓声が沸き起こる。

美佳は目と足を出来るだけ固く閉じ、恥ずかしさに耐えるしかなかった。

しかし、それでは物足りなさを感じた紗香は、再度ダンプに囁き掛けた。

「エッ、本当にいいのか?」

「いいんです。やって下さい。」

一瞬ためらったダンプだが、今度は動けない美佳の両太腿を後ろから手を回して持ち、

足を開かせた状態で抱え上げた。丁度、赤ん坊にオシッコをさせる姿勢である。美佳の

秘部が観客にあからさまになった。そのまま、再度四方の観客に見える様一回りする。

先程より更に大きな歓声が上がった。今度もただじっと目を閉じ、晒し者にされる

恥ずかしさに耐えるしかない美佳。

「もういいか?」

黒服が紗香に問い掛け、紗香も渋々了解した。全裸の美佳にバスローブが掛けられ、担架に

載せられて、既に先程睦子が運ばれていた医務室へ連れていかれた。

リングに残った紗香とダンプは観客の声援に一度手を上げた後、控え室へ戻っていった。

その後リング上では何事も無かったかの様に、次の試合が始まろうとしていた。

 

「今日はどうも有難うございました。」

着替え終わった紗香が、こちらも着替え終わりメークも落としたダンプに深々と頭を下げ、

自分の分も合わせた二人分のファイトマネーを手渡す。これが、今日の条件だったのだ。

「実はまだリベンジしたい奴がいるんです。力を貸して下さい。勿論、今日と同じ様に

私のファイトマネーも渡します。」

今日のファイト振りに、紗香は最高のパートナーを得た気になっていた。

しかし、メークを落とし、すっかり穏やかな表情になったダンプの返事は、

「紗香ちゃん。申し訳無いけど、お断りするわ。お金は勿論欲しいんだけど、今日みたいな

試合じゃ、レスラーダンプ松元のプライドが許さないの。それに、同性の水着を脱がせる

のって、すごく抵抗があるし。」

何とか説得しようとした紗香だったが、その意思は固く、動きそうに無かった。

いくらヒールであっても、ダンプはそれ以前に一流のプロアスリートであったのだ。

「でも安心して、紗香ちゃん。私が責任を持って他の選手を探して上げる。心当たりが

一人いるのよ。お金の為なら、何でもする人。」

最強と思えたパートナーを失い一度はガッカリした紗香だったが、その言葉に目が輝いた。

「それじゃ、お願いします。」

「いいよ。じゃあ、当たってみる。了解してくれたら、連絡するよ。」

「本当に有難うございました。」

再度深々と頭を下げる紗香。その心の中では、これからのリベンジにも目処が立ったことで、

悪魔が笑い声を上げ始めていた。

 

一方医務室では、睦子と美佳が並んでベッドに寝かされていた。二人とも肉体的ダメージに

加え、精神的ダメージも大きいとの理由で外科治療の後、精神科の治療も受ける予定と

なっているのだが、現在は外科治療が終わって、鎮静剤や痛み止めにより眠りについている

所であった。

二人にようやく訪れた安息の時間であった。

 

診察の結果、睦子の額の傷は数は多いがそれぞれは意外に浅く、12週間でメークによって誤魔化せるまでにはなりそうだが、背中の傷は深く大きい為、暫らくの間ビキニは無理との

ことであった。

また、顔を傷付けられた事と初体験の大流血により、精神的にも一時的な障害を

起こしており、数回の精神科のカウンセリングが必要との診断も受けていた。

一方の美佳は、右脛は幸い骨には異常が無かったものの内出血が酷く、またその他全身にも

青痣が出来ており、水着は勿論、洋服でも素肌を出すことはしばらく無理であった。

また、全裸開脚状態で観客の晒し者にされたことも、18才の少女には大きな精神的衝撃を

与えたと推定される為、睦子同様後日の精神科カウンセリングが必要とされた。

 

いずれにせよ、二人の少女による夕子のリベンジ計画は、無惨な返り討ちに終わって

しまった。

一方、紗香に乗り移った悪魔の牙は、既に次のターゲットを狙っていた。

 

―「リベンジ-1」― ()



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