「ジェラシー-1

 

「嫌よ!私、そんな所で闘いたくなんかない!」

「何言ってんのよ!じゃあ、バカにされたままで、あなたはいいの?」

「ケンカしたのはアンタじゃない?何で私まで巻込むのよ?」

「分からないの?!これは、個人の問題じゃないのよ!会社全体の問題よ!」

二人の大柄な女性が激しく言い争っているのは、モリ・エージェンシーの事務所であった。

ここは大手モリ・プロの子会社にあたり、親会社同様多数のアイドルを抱えているが、

どうしてもマスコミに対する影響力が低い為か、TV等での扱いもモリ・プロに比べ悪いと

所属タレント達自身も劣等感を感じている部分は有った。

そして言い争っているのは、共に有力所属タレントである三津屋 葉子と宮路 真緒であった。

この二人はユニットを組んでの写真集やトレカを出しており、色白で165cmの長身に

公称87-59-88よりもフックラして女性的な印象の18才,葉子と、浅黒い肌に葉子を上回る

167cmの長身、そして公称87-58-85とスリムでボーイッシュながら豊かなバストを持つ

19才,真緒のコンビは対照的で、ファンを二分していた。

しかしここへ来て、MHK朝の連ドラ『晴天』に主演して全国区の知名度を得、女優への道を

進みつつある真緒と、相変わらず水着グラビアとバラエティ中心の葉子との間に差が

付きつつあるのも事実であった。

その焦りも有ったのか、葉子は番組の控え室で一緒になったモリ・プロ所属のアイドル

西畑 さおり,浜内 順子と、ちょっとした事から言い争いになってしまった。

普段からのモリ・プロ コンプレックスも有って感情的になる葉子に、さおり,順子も

興奮して、あわや21の掴み合いになろうかという所へ現われたのが、同じく

モリ・プロ所属の堀腰 のりであった。

体力自慢で、過去に地下リング参加経験も有るのりの提案により、決着を地下リングで

タッグ或いはのりも含めた6人タッグの形で行なうこととして、その場は一応収まった。

しかし、そうなると当然葉子はその試合の為のパートナーを探さなくてはならなくなった。

まず葉子は、ユニットを組んでいた真緒を、長身でボーイッシュなその体型がいかにも

格闘に向いていると思われた事もあって、パートナーに誘った。

しかし、現在順調に女優への道を進んでいる真緒は、今更地下リングへ上がる必然性に

疑問を持ち、何とか断ろうとしていた。

葉子「大体モリ・プロの連中は大手だと思って威張ってるのよ。可愛くもないのに、

   グランプリとか言って仕事を貰って。いつも私達エージェンシーの人間をバカに 

   してるし。」

真緒「そんなこと無いって。冷静になってよ。葉子ちゃん。」

葉子「大体見てよ、堀腰や浜内のデブに、西畑のチビに。顔だってブサイクだし、何処が

   いいの、あの子達?モリ・プロじゃなかったら、仕事なんか絶対無いよ!」

真緒「だから…。それぞれ、魅力的な子じゃない。そんな事言っちゃ駄目だって。」

葉子「あんたまで、そんなこと言うの!朝ドラのヒロインになったからって調子に

   乗ってるんじゃないの!それとも、モリ・プロの肩を持つなんて、モリ・プロに

   移籍でも考えてるのかしら?」

真緒「………!」

顔色を変え、睨みつける真緒。流石に葉子も言い過ぎたと感じたか、

葉子「ゴメン、今のはちょっと言い過ぎた。でも試合は約束してきたから」

真緒「知らないわよ!あなたが勝手に約束してきたことなんか!誰か他の人を誘えば

   いいでしょ。怜ちゃんでも、えりちゃんでも、さやかちゃんでも、いるじゃない!」

背を向け、去って行く真緒。

険悪になってしまった雰囲気に、ついに葉子もこれ以上真緒を誘うことは諦めた。

 

その後葉子は事務所の数人を誘ってみたものの、個人的な争いに巻き込まれたくないとの

思いからか、吉江 怜からは病気からの体力回復が不充分であること、喜多川 えりからは

年齢的にもうきついことを表向きの理由として断られた。その中、唯一磯野 さやかだけが

興味を示し、パートナーになる事を了解した。

地下リング未体験のさやかは真緒と同じ19才。155cmと小柄ながら、91-60-87

グラマラスなボディの持ち主で既にグラビアでは相当な売れっ子となっているが、現在は

単なるグラビアアイドルからの脱皮を図っており、その為にこの闘いを利用したいと

思っている様だった。

その翌日から葉子とさやかは近くのジムへ行き、トレーニングを開始した。

その中で葉子は、ホリ・プロとの試合に勝つ事は勿論であるが、良きパートナーと

信じていたのに誘いを断った真緒を、何とか闘いに巻込みたいとも考えていた。

 

一方、こちらはモリ・プロ内のトレーニングジム。そう、外部のジムを借りなくては

ならないエージェンシーと違い、流石に老舗の大手だけあって自前のジムを自社ビル内に

持っているのであった。サンドバッグ等を含む各種トレーニング器具に、立派なリングまで

揃えた部屋の壁には、もはや伝説となりつつある山口 百重や森 雅子といったかつての

スターから、坂木原 郁恵や山勢 まみといったファイトからは既に引退してしまった現役の

スター達のパネルが飾られていた。そして、その中央に最も大きく立派なパネルとして

飾られているのは、かつてあまりの強さに女性は勿論、男性の対戦相手さえもいなくなり、

熊やゴリラとの闘いが本気で検討された、という伝説の持ち主であり、別名『地下リング

史上最強の暴君』とも言われる輪田 アキ子であった。

ちなみに、このジム自体も別名 輪田 アキ子ジムと関係者からは呼ばれている。

それらのパネルが見つめる中、リング上では地下リング経験者である堀腰 のりのコーチの下、

初参加となる西畑 さおりと浜内 順子が来たる闘いに備え、スパーリングを行なっていた。

そして、実力者として知られるのり自身も、勿論闘う気持ちは充分に持っていた。

「ホラッ、さおり,順子、しっかり練習するんだよ!三津屋の奴が誰を連れて来るか

 知らないけど、絶対叩きのめしてやるんだからね!大体、子会社のタレントのくせに

 アタシ達に逆らおうなんて、10万光年早いんだよ!」

のりの激に 『光年』は距離の単位じゃなかったっけな?などと思いながらも、黙々と

そして懸命にトレーニングに励むさおりと順子。

さおりは18才。156cmと比較的小柄で、80-56-82とスリムな体型である。

グラビアよりは歌手の道を目指しているが、アイドル歌手不毛の時代と言うことも有り、

なかなかヒットには結びついていなかった。これまでは身体に恵まれないこともあって、

地下リングは敬遠していたのだが、スカウトツアー優勝の金看板だけでは仕事も

取れなくなりつつあり、この試合で何とかブレイクのきっかけを掴みたいとも思っていた。

一方の順子はスカウトツアーではさおりの2年後輩の優勝者となり、現在17才。167cm

85-59-84となかなか立派な体格をしている。現在モリ・プロのリングではエース格ののりも、

彼女の地下リングデビューチャンスを狙っていた。順子の方はグラビアとバラエティを

中心に活動したいのだが、このジャンルは何しろライバルが多い。件の葉子もそうなのだが、

特にリング上でも宿敵である ホワイトキャブのタレント達が現在猛威を奮っており、

その中で苦労していた。順子の方は、この試合をきっかけに地下リングへの本格参戦,

キャブのタレントとの直接対戦,そして当然、その後の表でのブレイクを狙っていた。

ちなみに、コーチ役となっているのりはこの中では最年長の現在21才。165cmの身長に、

公称は87-57-89であるが、実際は闘いに有利とすべくウェイトアップを図っている為、

明らかにそれよりも12回り大きな横幅の、逞しい体型の持ち主である。天然ボケと

体力が売りではあるが、こちらも キャブ勢他に押され一部のバラエティ以外では殆ど

活躍出来ておらず、年齢的に岐路に立たされつつあった。

さて、その三人がトレーニングで汗を流しているジム内へ、一人の女性が入ってきた。

「オッ、三人とも頑張っているな。」

声を掛ける女性の姿を見て、三人が同時に弾かれた様に立上がり、そして直立不動の姿勢を

取った。そして深くお辞儀しながら、声を揃え挨拶した。

「おはようございます。輪田さん。」

入ってきたのは、かつての『史上最強の暴君』輪田 アキ子、その人であった。

「あーいいよ、楽にしてて。今度、西畑と浜内もリングに立つんだってな。いいことだな、

 それは。しっかり頑張れよ。それで、堀腰は今回はコーチ役だけなのか?」と輪田。

「いえ、相手がまだ2人か3人か連絡が無いので、もし3人なら6人タッグにして自分も

 闘います。」

楽にと言われても出来る筈も無く、直立不動のまま答えるのり。

「なるほどな。ところで、相手は誰なんだ?分かっているのか?」と輪田。

「三津屋 葉子と、あとモリ・エージェンシーの誰かです。」相変わらず直立不動のまま

答えるのり。

その答えに輪田が怪訝な顔をした。そして

「何でエージェンシーの奴等と試合するんだ?地下プロも妙な試合を組むな?」

輪田の疑問にさおりが、こちらも直立不動のまま口を挟む。

「いえ、輪田さん。これはこちらから希望した試合なんです。」

「何でそんな試合を希望したんだ?ちょっと説明しろ!」

怒気を含んだ輪田の質問に、三人とも心臓の鼓動が早くなると共に、喉が乾いてくるのを

感じた。それでも何とかのりを中心に、試合へ至った経緯を説明する。

聞き終わった輪田が、三人に対し

バカヤロー!!!!!!!!

 地下リングをそんな私憤に使ってどうするんだ!お前等の相手は キャブ

 オスカルもいるんだろ。エージェンシーとは兄弟みたいな物だ。協力はしても、

 仲間割れしちゃいかん!」

輪田は最近モリ・プロ勢が、新興ライバル事務所の  ホワイトキャブ オスカル

仕事でもリングでも押されている事を、かつての自分達と比べ苦々しく思っていた。

その中で、さおりと順子が新たにリングに立つと聞き、嬉しくなってジムまで激励に

来たのであった。そして場合によっては自らトレーニング相手に成り、その経験を

伝えるつもりでもあった。ところが、その相手,そして理由を聞き、小さな喧嘩から

仲間割れの様な試合をする彼女達が許せなかったのだ。

怒鳴られた三人は、普段は優しい輪田の怒りに初めて直面したあまりの恐ろしさに、

直立不動のまま顔面は蒼白となり、喉はさっきより更に乾き、心臓は破裂しそうになって

いる。そして膝はガクガクと震え、立っているのがやっとである。

その三人を前に、輪田が更に続ける。

「今回の試合はもう組まれているし、仕方が無いから許可する。真剣に闘って絶対に勝て!

 だが、試合が終わったらノーサイドだ。恨みは忘れて、今後は協力するんだ。分かったな!」

ハイッ!

三人は返事をしたつもりだったが、喉がかすれ実際には口を動かしただけだった。

「三津屋へもアタシから電話しておこうか?」

と言う輪田に対し、のりがつばを飲みこんでから、必死に返事をした。

「イ、イ、イ、ヤ。ワ、ワ、ワ、輪田さん。ジ、自分でやります。」

「そうか、じゃあアタシは電話しないから、自分でしっかり決着付けるんだぞ。」

次いで、輪田はニッコリ笑って付加えた。

「試合、頑張れよ。」

緊張と恐ろしさのあまり、何も言えない三人に輪田が、

「ホラッ、返事はどうした?!」

「ハイッ!」

今度は、かろうじて声が出た。

「ヨシッ、じゃあアタシは帰るから。しっかり練習しろよ。」

輪田が部屋から出ていった。

ドアが閉まるまで直立不動を続けていた三人は、ドアが閉まった瞬間その場にへたり込み、

大きな溜め息をついた。三人とも何か喋るどころか、顔を見合わせる事も出来なかった。

勿論その後のトレーニングを続ける気力が湧く訳も無く、それぞれ力無い足取りで寮の

自分の部屋へと帰っていった。

 

その夜、三人はのりの部屋に集まった。

さおり「どうしよう?のりさん。」

のり「ともかく明日、三津屋の奴には電話するよ。試合が終わったら手打ちして、

   仲直りしようって。」

順子「でも、元々は奴が仕掛けた喧嘩なんだよね。何かムカツク。」

さおり「確かにね。何か奴にやって貰わないと、仲直りすると言ってもね。」

順子「31にしたい位なんだけどね。」

のり「そうはいかないよ。ルールも大体決まってるし。」

順子「だけど、ただ普通に試合しました,勝負付きました,ハイ、仲直りじゃあね。

   いくら輪田さんに言われたといってもね。」

さおり「三津屋の奴が何らかの形で詫びを入れてくれれば、それで良いんだけどね。」
のり「分かったよ。電話の時に何とかする。輪田さんの名前も借りようかな?」

さおり「良いんじゃない?仲直りが輪田さんの望みなんだし。」

のり「う〜ん。でも、どうしようかな?」

消灯時間になり、自分の部屋へ戻るさおりと順子。のりはどう電話するか、一晩悩んだ。

 

翌日の昼過ぎ、ジムでトレーニングする葉子の携帯が鳴った。相手がのりと知り怪訝に

思う葉子であったが、何はともあれ電話を取った。

試合前の挑発かと思っていた葉子にとって、その内容は意外な物であった。

1. 輪田 アキ子から仲直りする様言われ、そうしたい。

2. その為、試合はするが試合後は手打ちしたい。

3. その為にこちらも頭を下げるが、葉子からもさおりと順子に詫びを入れて欲しい。

葉子としても1, 2は問題無かった。特に輪田の名前は、エージェンシーの人間にとっても

絶対的であった。だが、3についてはやはりすんなり認めたくはなかった。

そこで一つ案が浮かんだ葉子は、後でこちらから連絡するとのりに告げ、一旦電話を切った。

そして、まずは一緒にトレーニングしていたさやかに電話の内容と共に、自分の案を伝えた。

葉子「輪田さんの言う通り、仲間割れしてもしょうが無いから、試合後の仲直りはしようと

   思うのよ。でも、頭を下げるのもしゃくだし、それでこうすることで 詫び

   いう事にしようと思うんだけど。」

さやか「いいんじゃない。私も賛成。でも向こうがそれで納得するかな?それに、彼女が

    それをOKするかだよね。」

葉子「そこが最大の問題ね。でも、何とかなるんじゃないかな。とにかく電話してみる。」

そして、葉子は携帯を手に取った。しかし、その相手は何故か真緒であった。

葉子は真緒に対し、闘わなくてもいいから試合にセコンドとして付いて欲しい旨を伝えた。

葉子との仲をこれ以上険悪にしたくない真緒は、流石にこれまでは断りきれず、渋々OKした。

「よし、こちらはOK。次はこっち。」

葉子は次にのりに電話をし、自分の考えを伝えた。

葉子「こういう事で 詫びとしたいんだけど、どう?」

のり「ウーン。とにかくさおりと順子に聞いてみるけど、そちらはそれでいいの?

   随分酷い気がするけど。」

葉子「こちらはいいよ。あの人は少し痛い目に合えばいいの。」

のり「分かった。じゃあ、後でまた電話する。」

 

1時間程して、のりから葉子に電話が有った。葉子の提案にさおり、順子共了解したとの

ことであった。

そのまましばらく電話で話す二人。

その後、葉子はさやかに、のりはさおりと順子に相談結果を伝えた。

その後も、葉子とのりは電話で何度か細かい部分の相談を続け、その都度他の三人に

伝えていった。

そうして、五人の意思は統一されていき、真緒一人だけが何も知らされていなかった。

 

試合当日を迎えた。

大歓声の中、赤コーナーからジャージ姿の真緒をセコンドに、葉子とさやかが入場してきた。

二人の選手はお揃いの白いセパレーツ、といってもビキニとは違って露出は少なく、

動きやすくする目的でお腹の部分を開けた水着に身を包んでいた。

一方、素っ気無い真緒のジャージ姿はかえって彼女のスタイルの良さを強調し、丸顔,

丸い鼻,厚ぼったい唇と決して美人とは言えないが、男心をそそる顔立ちと相俟って、

彼女の清潔な色気を観客にアピールしており、真緒に対する声援は明らかに葉子,さやかを

上回っていた。

一方の青コーナーからは、こちらもジャージ姿ののりをセコンドにさおりと順子が

入場してきた。こちらの選手は二人とも黒の水着で、さおりはワンピース,順子は葉子達と

同様のセパレーツであった。

選手紹介が始まろうとする前に、のりが突然マイクを取り、叫んだ。

「おい、そこにいる宮路さん。折角ここまで来たんだからアンタとアタシも入って33

 試合しようよ。セコンドだけじゃお客さんが納得しないよ。」

今日は試合無しでセコンドだけって聞いたから来たのに。何てこと言うの、この人。

その言葉にショックを受けた真緒はどうして良いのか分からず、ともかくリング下から

反論した。

「そんなこと言ったって、トレーニングもしてないし、水着も持ってきてないし…」

しかし、のりの挑発は尚も続く。

「トレーニングがなんだよ。水着が無いならそのままでもいいよ。何だ、エージェンシーの

 奴は、やっぱり腰抜けの腑抜けばかりだな。だからダメなんだよ、お前等は。所詮は

 子会社,泡沫会社のタレントだよな!モリの名前が汚れるから、おまえ等は二度とモリの

 名前を使うな!分かったか!」

ドガーン!

のりがマイクをリングに叩きつけた。そのマイクを葉子が拾う。

「真緒ちゃん、一緒に闘おうよ。こんなバカにされて、あなたは平気なの?」

泣き出しそうな顔で真緒に訴える。横のさやかも同様、目に涙を浮かべている。

観客から『真緒』コール。更には『晴天』コールが起き、モリ・プロの三人がそれを

煽り立てる。葉子とさやかはリング下の真緒の所まで行き、共闘を涙ながらに訴える。

もはや真緒に選択の余地は無かった。

「分かった。一緒に闘う。」心ならずも、ついに口にしてしまった。

「でも、水着が」という真緒に対し、葉子が

「大丈夫、私が予備の水着を持って来てるから、それを使って。私のバッグ分かるよね?」

どうしてこうなったのだろう、と疑問を抱えながらも着替える為に控え室へ戻る真緒。

場内の『晴天』コールがそれを後押しする。

一方のコーナーではのりがリング下でジャージを脱ぎ捨てた。観客から歓声が起きたが、

勿論、その下には既に水着を着込んでいた為、歓声は直ぐに消えた。のりの水着は

パートナーの二人と同じ黒で、順子よりも露出の多いスポーツビキニタイプであった。

そして、その腕や足の太さ,逞しさは他の4人を圧倒していた。

次いでのりと葉子が本部へ行き、何か相談を始めた。どうやら試合ルールについて、何か

言っている様子である。

一方、なかなかリングに戻ってこない真緒に対し、再び『晴天』コールが起きた。

その中、そのコールに押される様にようやく真緒が出てきたが、ジャージを着たままで

あった。リングに上がり、レフェリーに言われてようやく渋々といった感じでジャージを

脱いだ。観客が一瞬息を飲み、次いで口笛と共に大歓声が起こった。

観客が一瞬下着とも見間違えた真緒の水着は、パートナー二人と同じ白。しかし何と

グラビア用の超ビキニであった。浅黒い肌に白いビキニが映え、そのずば抜けたスタイルの

良さと共に観客の目を奪っていた。しかも真緒自身は気付いていなかったが、他の5人の

水着と違い、本来なされるべき脱げ難くする為の補強もされていなかった。ともあれ、

こんな水着で激しい動きをすればどうなるかは、試合経験の無い真緒にも明らかであった。

「葉子ちゃん!こんなんじゃ、試合なんか出来ないよ。」半泣きで葉子に訴える真緒。

しかし、葉子は

「御免ね、それしか無かったのよ。大丈夫、気にしないで。」と、まったく他人事の様である。

口元には薄ら笑いさえ、浮かべている。ふと、さやかを見るまた同じ表情であった。

そして、反対コーナーの三人は明らかにニヤニヤ笑いながら自分を見ている。

まるで、こうなる事が分かっていた様に真緒には感じられた。

何なのこれは?成り行きと偶然なの?それとも全部仕組まれた事?何で?誰が?

真緒は何とも言い様の無い不安を感じ、背筋が寒くなった。再び葉子に問い質そうとしたが、

アナウンスがそれをかき消した。

「皆様、大変お待たせ致しました。只今よりモリ・プロ,モリ・エージェンシー対抗戦、

 6人タッグマッチを行ないます。赤コーナー、モリ・プロ所属,堀腰 のり,西畑 さおり,

 浜内 順子。青コーナー、モリ・エージェンシー所属、宮路 真緒,磯野 さやか,

 三津屋 葉子。尚、この試合はキャプテンKOマッチと致しまして、いずれかのチームの

 キャプテンが戦闘不能となった時点で試合終了となります。それ以外の選手がKO,

 ギブアップ及び反則負けの場合は試合から退場して、残りの選手で試合を続行致します。

 尚、両チームのキャプテンは赤コーナーは堀腰 のり、青コーナーは宮路 真緒となります。」

この内容にも真緒は耳を疑った。

「チョ、チョット、葉子ちゃん。何で私がキャプテンなの?誰が決めたのよ?

 ねえ、葉子ちゃんったら!」
試合までの経緯から、当然自軍のキャプテンは葉子で有るべきと真緒は思った。

このルールでは、相手が自分を狙ってくるであろうことはプロレス未経験の真緒にも、

直ぐに理解出来た。しかし、このルールの本当の恐ろしさはまだ理解出来ていなかった。

「真緒ちゃんが着替えで時間が掛かっている間に、本部が決めたのよ。私達が守って

 上げるから心配しないで。とにかく、もう試合が始まるから集中しましょうよ。」

葉子に代わりさやかが答えたが、その半ば嘲笑している表情から真緒にはその言葉を

信用することが出来なかった。

理由は分からないが、この試合に何かが仕組まれていると真緒は感じた。殆ど確信に

近かった。

「あたし、帰る!こんな試合出来ない!一体あなた達、何を企んでるの!?」
真緒が、葉子とさやかに怒鳴り、リングを降りようとする。

それに対し、葉子が冷たく言い放つ。

「何言ってるの?真緒ちゃん。私達何も企んでなんていないよ。

 それに、ここでリングを降りたら、麻理奈ちゃんや沙緒理ちゃんみたいになっちゃうよ。

 そう言えば茉絵ちゃんもそうらしいね。」

リングを降りようとした真緒の足が止まった。

ここで試合から逃げ出せば会社はクビになり、芸能界からも引退,いや追放されるであろう。

昨年同じモリ・エージェンシー所属の久慈 麻理奈,那良 沙緒理が相次いで引退した裏には、

地下ファイトを拒否したことが有る、との噂は聞いた事が有った。そう言えばつい最近

良川 茉絵も突然引退した。また、一方のモリ・プロでも最近では仁志田 夏や岩品 麻由子、

古くはスカウトツアー優勝者の西邑 まゆ子,田中 洋子等が不可解な引退へと追いやられた

理由も、噂として聞いていた。

更に今の真緒の様にコール後のキャンセルとなると、それ以上のペナルティが課される

可能性も有る。その場で公開レイプされたアイドルがいるという噂さえ聞いた事が有る。

もはや真緒には、例えそこに何があろうと試合に参加するしかないのだった。

大きな溜め息をつき、首を振りながらリング中央へ向き直る真緒。眼には涙さえ

浮かんでいる。僅かな望みは葉子とさやかが本当にその言葉通り、自分を守ってくれる

ことだけだった。

「葉子ちゃん,さやかちゃん。お願い!本当に私を守ってね!」

「分かった、分かった。安心してな。あいつらには指一本触れさせないから。」などと言う

葉子であったが、相変わらずのニヤニヤ笑いに真緒の不安は増すばかりであった。

 

カーン

本部が真緒の戦闘意思を確認した所で、ゴングが鳴らされた。

先発はさおりとさやかであった。身長は同じ位であるが、身体の厚みはさやかの方が大分

上である。まずはリング中央でガッチリと組合う。パワーで上回るさやかがニュートラル

コーナーへさおりを押して行き、ポストへ叩きつけた。

更にキックを狙うさやかだが、さおりも素早く立上がり、寸前キックを避ける。そのまま

素早く後ろへ廻ったさおりだったが、さやかが肘をそのボディに打込む。

「ウグッ」

苦しむさおりのボディに、向き直ったさやかが膝を突上げる。ダウンするさおりの上に乗る

さやかであったが、これはさおりの誘いであった。下から腕を絡めるとさやかの腕を極めて

態勢を入れ替え、今度は自分が上に乗る。腕を極めたままお返しとばかり、さやかの

ボディに膝を立て続けに落とすさおり。

「さやかちゃん!」

コーナーで心配する真緒だが、葉子は

「大丈夫、大丈夫。あの子は、充分トレーニングしてるから。」と、平然としている。

確かにさやかは、タイミングよく両足でさおりの顎を蹴って技を解くと立上がった。

しばし睨み合った二人だが、共にコーナーへ戻り順子と葉子にそれぞれ交代した。

今度は大型の二人の対戦となった。自らロープへ飛ぶ順子に葉子も応じる。そして、

リング中央で二人が激突した。

バシーン

タックルが相討ちとなり、二人ともダウンするが直ぐに同時に立上がる。再度ロープへ

飛んだ順子がリング中央で仁王立ちの葉子にラリアットを打込む。

バーン

グッと堪えて倒れない葉子。今度は葉子がロープへ飛び、お返しのラリアットを打込む。

バーン

順子もグッと堪えて倒れない。

お互いに更に二回ずつラリアットを打合うが、ダウンはしない。

ならばと順子がロープへ飛び、体重を乗せたパンチを葉子に打込む。下がった葉子であるが

ダウンはせず、逆にロープの勢いを借りてパンチを順子に叩き込む。

バーン

ドーン

ついに順子がダウンした。拍手を送るさやかと真緒。更にエルボードロップを狙う葉子だが

順子が避けた。今度はダウンした葉子に順子がエルボードロップを狙うが、こちらも葉子が

避ける。

ダウンした順子を葉子が引きずり起こし、コーナーへ叩きつける。更にニーアタックを

狙ったが、これもまた順子が避け葉子の膝はコーナーへ激突した。

避けた順子はそのままコーナーへ戻り、のりに交代した。

一方の葉子も膝を押さえながら自コーナーへ戻り、真緒に手を伸ばす。初めて見る闘いの

迫力に見入っていた真緒だが、手を伸ばされて我に返った。自分の手を後ろに回す。

葉子は真緒がタッチを受けようとしない為、仕方なくといった感じでさやかに交代した。

「何でタッチ受けないのよ!」と、エプロンで怒る葉子に対し、真緒は

「さっき、『指一本触れさせない』って言ったじゃない!何度も言うけど、私は全然

 トレーニングなんてしてないんだから、あなた達みたいに試合出来ないのよ。技も

 知らないし、受身だって出来ないのよ。お願い、分かって!」

真緒の訴えも聞いているのか、いないのか、葉子は真緒の方は見ずに呟く。

「分かったわ。あなたは私達に23で闘えというのね。よーく、分かったわ。」

「違うってば!葉子ちゃん。」

一体どうすれば良いのか悩む真緒。蜘蛛の糸にがんじがらめにされていく気がした。

一方リング上はのりとさやかの闘いになっていたが、体格でも実力でも上回るのりが徐々に

有利となってきていた。一発一発のパンチ,キックの威力が全く違う。キックから更に

ラリアットと叩き込み、ダウンしたさやかをのりが自軍コーナーへ連れていく。

コーナーのさおりと順子がさやかを固定し、そのボディへのりが助走を付けたタックルを

入れる。

「グウッ」

のりの肩がボディに食込み、苦痛にうめくさやか。

次にのりがボディスラムでさやかを叩き付け、そこへさおりがロープ最上段から

ニードロップをお腹に落とす。更に順子も続く。さおりより大分体重が多いだけに威力が

大きい。吐き気に苦しむさやかのボディに、次はのりが膝を落とした。ウェイトアップした

だけに、破壊力は抜群である。

「グエーー」

ついに、さやかがその口から反吐を吐き出した。地下リングでは珍しくない光景であるが、

初めて見る真緒にとっては大きなショックであった。同い年のアイドルであるさやかが、

人前で反吐を吐く事など到底考えられなかった。顔が真っ青になる真緒。

さやかへの攻撃は更に続いた。強引に立たせるとさおりが押さえ、のりと順子が

サンドイッチラリアットを決める。更にのりが得意のブレーンバスターの態勢に入った。

慌てて飛びこむ葉子。察したのりはさやかを放し、葉子へ向かいラリアットを首筋に

炸裂させた。葉子もまたダウンする。

その間にリング内へ飛び込んだ順子がさやかに逆エビ固めを決める。そのさやかの背中に

ストンピングを入れるさおり。葉子はのりに袈裟固めの態勢で上に乗られ動けない。

リング内は確かに23の状況となっていた。二人を助けたい気持ちは勿論有る真緒で

あるが、入っていけばどうなるか、それを考えるととても闘いに加わる勇気は出ない。

カーン

ここでゴングが鳴らされた。




続き〜

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