「行くわよ、みんな。次の二人が来たらもう勝ち目は無いと思って。」

「分かった。」

玲子はともかく、Wヒトミはまだ良く状況が飲みこめていなかった。しかし、その玲の口調から

ただならぬ雰囲気は感じた。

玲はこの時、後の二人も根元 はるみ等 タクシーのメンバーだと思っていたのだが、いずれにせよ、

44の状況になったら勝ち目は無いのは明らかである。せめてこの42の有利な状況でこの

二人だけにでもダメージを与えなければ、と思ったのであった。

玲が先陣を切りリング下へ降りた。後の3人も続く。玲と玲子が栄子に、Wヒトミが江梨子に

それぞれ襲い掛かった。

しかし、玲の目論見通りにはいかなかった。栄子と江梨子の長い手足はそれだけで、小柄な四人の

接近を許さなかった。

意識的に攻撃はせず受けのみの二人であったが、四人の攻め手が無くなってしまった。

結局、お互い睨み合うだけの状況で次のゴングを迎えてしまったのであった。

 

カーン

三度目のゴングと共に次の二人が花道から入場してきた。大男ともう一人は小柄な、どうやら

女性の様である。

拍手で迎える栄子と江梨子。

その姿を見た瞳と仁美にまず衝撃が走った。

「あの大きい男の人って!まさか北王!?」瞳の呟きに仁美が反応する。

「違うみたいだけど…瞳ちゃん!何で北王のこと知ってるの!?」

「エッ!仁美ちゃんも知ってるの!?」

知ってるも何も、二人とも以前ここで北王にボロボロになるまで一方的に痛めつけられたという、

共通の忌まわしい過去が有るのである。二人とも忘れたい過去で有る為、ここまで共に触れずに

いたのであった。

栄子が笑いながら四人に話しかける。

「紹介したげるよ。あれは北王じゃなくって保田 忠夫さん。別名『闘う借金王』。お金の為なら

 何でもする人よ。ほんの二日前にも山田 もえと戸向 美奈子をKOして、二人ともまだここの

 病院にいるらしいよ。」

「もえちゃんと美奈子ちゃんを!じゃあ、あの小さい人は!」

玲の叫びに、栄子が答える。

「そう、吉野 紗香さん。今日の私達のスポンサーよ。」

呑気だったWヒトミも流石に事の重大さに気付いた様だ。最悪の展開に背筋を寒くする四人。

アナウンスが入った。

「第四チーム,保田 忠夫,吉野 紗香」

全選手が揃った所で、レフェリーがリングインを促した。

「さあ、皆さん、リングへ行きましょ。」

まるで、ピクニックへでも行くような口調の栄子がリングインし、江梨子も続く。

仕方なく四人もリングインし、同じコーナーに固まる。

更に、保田と紗香もリングに上がり、栄子達と同じコーナーへ集まった。

流石に八人が上がると、狭く感じられるリング。

4ウェイタッグの筈が8人タッグの様相に変わっていたが、レフェリーからも黒服からも特に注意は

無かった。いずれにせよ、大きな違いは無いということか。

しばし44で睨み合うが、いずれも小柄でひ弱そうな4人と巨大な男子プロレスラーまでいる

4人の優劣は誰の目から見ても明らかである。観客からも黒い歓声が上がる。

沈黙を破り、まず紗香が口を開いた。

「逃げずに良く来たわね、四人さん。今日はあなた方にあの日のアタシと同じ目に合わせたげる

 からね。覚悟しててよ!」

「同じ目って、あれは正規のペナルティじゃない!」

反論する玲だが、

「うるさいよ!アンタ達がアタシを襲わなきゃ、小倉のバカが磔だったんだ。アンタ達を許せる訳

 ないだろ。あのバカが頼んだのか?いくら貰ったんだ、お前ら!?どうせ、磔の時はみんなで

 アタシを笑い物にしてたんだろ!」

紗香の邪推に玲が言い返そうとしたが、紗香の声が遮った。

「やっちゃって、お願い。時間はタップリ有るから。でも作戦通りにね。」

その声にまず栄子が動いた。

「さーてっと、誰とやりますかね?玲とはこないだやったしねー。久し振りにレイコチャン、

 遊びーましょ?」

指名された玲子は過去のプロダクション同志の抗争で何度か栄子と当たり、そのケタ外れの強さは

文字通り身に染みている。

しかし、ここは行くしかない。

「ウワーーー」

玲子は大声を上げて頭から突っ込んでいった。しかし、それを苦も無く受け止める栄子。

自らの腰に玲子を乗せると、軽々と投げつけた。

更に起こした玲子をニュートラルコーナーへ叩き付けると、ダウンした所へキックを入れた。

「玲子ちゃん!」

助けに行こうとする玲の前に江梨子が立ちはだかった。

「おっと、玲ちゃん。あなたの相手はワ、タ、シ。」

長い手からのパンチが玲を進ませない。更に前蹴りが玲に炸裂した。その場にダウンする玲。

江梨子は玲を踏み付けると、次に栄子とは対角のニュートラルコーナーへ軽々と叩きつけた。

玲の両腕をロープに引っ掛けると、無防備になったボディにまるでサンドバッグを蹴る様に

長い足からの回し蹴りを連発する。

 

残ったWヒトミに保田が近付いていった。それぞれ北王戦の悪夢が甦る二人。しかし、今日は

二人である。目を合わせ頷きあうと、勇気を振り絞り二人同時のドロップキックを打ち込んだ。

保田の胸元に仁美,お腹に瞳の両足が炸裂する。

しかし、相手は壁であった。全く揺らぐこともなく、そのまま立っている。保田の足元に墜落した

二人。保田は右手で瞳,左手で仁美の頭を鷲掴みにして、力を入れた。

「イタタタタタター!」

頭蓋骨が割れそうな痛みに叫ぶ二人。瞳はそれでも必死にローキックを仕掛けるが、蹴った足が

痛くなるだけで、保田の太く硬い足にダメージを与えることは出来ていなかった。

保田は二人の頭を暫らく締め上げた後、二人を対角に軽々と投げ捨てた。

「イタッ!」

「イタッ!」

叫んだのは、玲子を踏みつけていた栄子と、玲にパンチを浴びせていた江梨子であった。

投げ捨てられた瞳と仁美が、その足元にぶつかったのであった。

「狭いなー、下に降りるか。」

と言った栄子は玲子をリング下に蹴落とすと、自らもリング下へ降りていった。

それを見た江梨子も、

「私も下行くか。」

と言って、玲を軽々とリフトアップすると

「軽いねー、アンタ。羨ましい。」

と言い、そのまま玲のお腹がトップロープにぶつかる様に叩きつけた。

トップロープにお腹を打ち、バウンドした玲は場外へ叩きつけられた。

うまく受身の取れなかった玲は、起きあがれずただうめくだけであった。

 

リング下に降りた栄子は玲子を立たせると、そのボディにアッパー気味のパンチを打ち込む。

更に前屈みになった玲子の首筋を押さえると、ボディに膝を叩き込む。何とか反撃のスキを

見つけたい玲子であるが、スピードとパワーを兼ね備えた連打に文字通り手も足も出ない。

栄子はうつ伏せに倒れた玲子の両腕を背中の方に取ると、更に足を玲子の背中に押し当て、

サーフボードホールドの態勢を取った。

抵抗出来ぬ玲子は自らの無力さが悲しくなってきた。また、そういう気持ちにさせる技でもあった。

 

江梨子はエプロンから玲目掛けて飛び降り、その腰当たりを踏みつけた。

「ウッ」

思わず声が出る玲を起こした江梨子はボディスラムで叩きつける。リング上と違い、マットだけで

クッションが無いだけにダメージはより大きい。

再びエプロンに上った江梨子は、リング下の玲のお腹に膝を落とした。

「グエッ」

声だけで身体の動かぬ玲を立たせた江梨子は、パイルドライバーの態勢を取った。

逆さに持上げた状態で暫らく置いた後、自らもジャンプして玲の脳天をマットに叩きつけた。

ドォーーン!

叩きつけられた玲は白目をむき意識を失っていた。

「ハイ、一丁上がり。」

パン、パンと両手を叩く江梨子は、汗一つかいていない様に見えた。

そして江梨子は、残るリング上とリング下の闘いを楽しそうに見始めた。

 

リング上では小柄な少女二人が大男と必死に闘っていた。

投げつけられダウンした仁美と瞳に代わる代わるキックを入れる保田。

動けない二人の頭を両手に持って立たせると、その頭同士を激突させた。

ガーン

大きな音と共にダウンするWヒトミ。

更に保田は仁美のボディに膝蹴りを入れると、ダウンした仁美をコーナーへ放り投げた。

次に保田は瞳を立たせ、その頭を自らの両太股で挟み込んだ。パイルドライバーの前段階の態勢で

あるが、保田はどうやらそのまま瞳の頭を締め付けるつもりのようである。

側頭部を締付けられた瞳は、徐々に気が遠くなっていった。

一方、コーナーに投付けられた仁美は徐々に復活していた。

目の前では瞳が大男に頭を締付けられている。腕の動きが段々鈍くなり、ダラッと垂下がってきた。

失神寸前の様である。

何とか、瞳を助けたい仁美は思い切った反撃に出た。

保田目掛け走り込むと、何と瞳の背中を踏み台にして右膝を保田の顔面に叩きつけたのだ。

本人は意識していなかったが、あたかも武藤のシャイニング・ウィザードの様であった。

ガツーン!

ドォーーーン!

流石の保田もたまらずダウンした。それにより瞳も技から解放された。

保田の鼻から鼻血が流れ落ち、顔面を赤く染める。

「瞳ちゃん、大丈夫?」

意識も怪しい瞳に駆け寄る仁美。しかし、その足を引き摺っていた。保田に大きなダメージを

与えた攻撃は自分自身の膝をも傷つけていた。この膝のダメージにより、仁美は彼女最大の武器で

あるジャンプ力を失ってしまった。

仁美の介抱により意識を取り戻す瞳。しかしその間に保田も復活していた。鼻血が出ていることに

気付いた保田は更に強暴さを増していた。

「このチビがー!」

仁美を後ろから捕えた保田は軽々とリフトアップすると、マットへお腹から叩き付けた。

更に体重を掛け仁美を踏みつける。

「ウグッ」

思わず声が出る仁美。保田は仁美の首に手を掛け、そのまま軽々とネックハンギングで吊り上げた。

空中でもがく仁美の動きが鈍くなってきたその時。

「ギャッ」

今度は瞳が仁美を救出した。後方から保田の股間の急所を蹴り上げたのだった。

ミックストマッチの経験が多い瞳ならではの反撃であった。

しかし、2m近い高さから墜落することになった仁美のダメージは大きかった。

「仁美ちゃん!大丈夫?」

今度はさっきと立場が入れ替わった。しかし、苦しい息での仁美の返事は、

「私は大丈夫…だから瞳ちゃん、お願い、私はいいから紗香の奴を攻撃して。今しかチャンスは

 無いよ。」

仁美が大丈夫では無いことは、瞳から見ても明らかだったが、確かに保田がダウンしている今しか

紗香を襲うチャンスは無い。

「分かった!」

方向転換し、紗香のいるコーナーへ向かう瞳。

しかし、結果は一昨日の美奈子と同じであった。

近付いて攻撃しようとする瞳に対し、紗香の口から吹付けられる今日は赤い毒霧。にわか盲の瞳に

紗香を攻撃する術は無かった。

 

それを見てあきれたのはリング下の江梨子であった。状況によっては紗香を助太刀しようと

構えていたのだが、その必要は無かった。

「そこまでやるかね、しかし?」首を捻り、苦笑する江梨子。

 

一方場外の栄子と玲子であるが、あっさり短時間で玲をKOした江梨子と違い、栄子はゆっくりと

まるで猫が鼠をいたぶる様に玲子を痛めつけていた。

サーフボートホールドを自ら外した栄子は玲子をヘッドロックに取り、その頭を締付けた。

阪田からコーチを受けている栄子は、相手を痛めつけるコツを周知していた。

急所を締めることで軽い力で充分ダメージが与えられるのである。玲子は格好の練習台であった。

今度はスリーパーに移行した。やはり力はあまり掛けず、玲子を苦しめる栄子。

 

リング内では紗香が仁美の痛む膝に一発キックを入れた後、相変わらず股間を押さえダウンしている

保田へと歩を進めた。保田の顔面に張り手を入れる紗香。

「もー、いい加減にしてよ、保田さん!これじゃ、この前と全く一緒じゃない。後はあの二人に

 任せるから、もう帰っていいよ!お金もあの二人で分ける!」

それを聞いて飛び起きる保田。そして、本当に紗香に対し土下座をした。

「ご免なさい。それだけは許して下さい。何でも言う事は聞きますから。本当にご免なさい。」

その様子に観客から笑いが漏れ、リング下の江梨子は大笑いであった。

自分の親と変わらぬ年齢の保田から土下座され、流石に紗香も参った。

「分かったから頭を上げて、保田さん。じゃあ、とにかくこの二人のチビをKOしちゃって。」

OK!」

保田は本気でWヒトミに襲いかかった。本気になった保田の攻撃に対し、膝を痛めた仁美と

目が良く見えない瞳はもはや敵ではなく、一方的に痛めつけられるしかなかった。

激しいパンチ,キックが二人を襲い、代わる代わる何度も軽々と投げ飛ばされていった。

 

場外に異変が起こった。

そろそろ決着を付けようとした栄子は、玲子を立たせるとその身体を鉄柱を背にして立たせた。

そして助走を取ると、利き腕である左腕でのラリアットを狙った。

こんなの食ったら殺される!玲子は必死に避ける術を考えた。

ガツーン

「アーーーーーッ!」

鈍い音に続き、会場に栄子の悲鳴が響いた。寸前、玲子が座る様にしてラリアットを避けた為、

栄子の左腕が鉄柱を直撃してしまったのだ。左腕を押さえ、その場にうずくまる栄子。

一方、ここで少しでも反撃したい玲子であったが、これまでのダメージが大きく身体が動かない。

そしてようやく呼吸を整え立ち上がった玲子の目の前にあったのは、反対コーナー下から回ってきた

江梨子の大きな身体であった。

絶望感を漂わせる玲子に対し、江梨子の鋭いキックがボディから顔面、更に後頭部と襲う。

ダウンした玲子を江梨子が机の上に乗せた。自らも乗ると、パワーボムの態勢を取る。

軽量の玲子を高々と持上げ、そのまま隣の机の上に叩きつける。

ドーン,バッキーン!

玲子が叩きつけられた衝撃で机が真っ二つに折れた。机の上に仁王立ちする江梨子の姿は、まるで

ダッドリー・ボーイズの様であった。そしてこれにより、玲子もまた完全に意識を失った。

「サンキュー、江梨子。」

左腕を押さえながら助太刀に感謝する栄子に対し江梨子は、

「そうね、焼肉がいいかな。上カルビに上タン塩でしょ,後何にしようかな?勿論、ビール付きね。」

「ハイハイ、分かりました。じゃあ、今日これが終わってからね。お金も貰えるし。」


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