「ガオホワイト」

 

「始めまして。今日からこちらに御世話になります新人の古池 栄子です。コイケといっても、

 別に毛が濃い訳ではありませんので、間違えないで下さい。」

ジョーク交じりに自己紹介しているのは古池 栄子。無論新人などではなく、グラビア,バラエティ,

ドラマと現在超売れっ子のタレントである。

元々は「黄色いキャブ」に所属していたのだが、事務所の方針という奴で子会社の「ストーンズ」へ

移籍することになり、今日はその挨拶にやってきたのである。

以前から交流も有り、また持ち前の明るさ,人なつっこさに、定評の有る頭の回転の良さも手伝って、

アッというまにスタッフや所属タレント達と馴染み、人気者となる栄子。

しかしその中に二人、どうも元気の無いタレントがいることに栄子は気付いた。フトした時に

見せる表情が何とも大きな悩み事を抱えている様に、カンの良い栄子には思えたのである。

数日後、栄子はその二人を夕食に誘った。

その二人は背戸 早妃と渡辺 麻由であった。

 

「さあ、今日はお姉さんの奢りだからどんどん食べていいよ。沢山食べてアタシみたいな

 ナイスバディになれば、仕事なんて向こうからドンドンやってくるからね。」

喋り上手な栄子につられて、喋り,笑う二人の少女であったが、時折見せる陰鬱な表情が消える事は

無かった。

暫らく喋った後、ついに栄子が切り出した。

「早妃ちゃん、麻由ちゃん。あなた達、何か悩み事が有るんじゃないの?この栄子お姉さんが

 力になって上げるよ。大丈夫、誰にも言わないから話してみな。」

と言う栄子であったが、二人は言葉を濁し、結局その夜はそのまま別れることとなった。

 

翌日、事務所の会議室に早妃と麻由は栄子を呼出した。

そこで二人は、前日栄子と別れた後二人で話し合い、総ての悩みの理由を栄子に伝える様決心した

ことを告げた。

二人の悩みの理由は先日の「ヒロインショー」であった。

武内 実生を加えた三人のユニット ラズベリーとして参加した地方ホテルのショーで偽の台本に

より、プロレスラー嵐死を含む3人の大男に痛め付けられた挙句全裸にされ、中年男達のなぶり者に

されたことは、年頃の少女達にとっては耐えられない屈辱であり、極限とも言えるショックであった。

またその後事務所がそれを了承していたことを知り、その事が更に二人を大きく傷つけていた。

無論、ショーの内容が予め事務所が聞いていた内容を大きく逸脱していた為、ホテル側が後日

違約金を払うことになってもいたのだが、そんな事が二人にとって救いとなる筈も無かった。

また、早妃と麻由の二人はそれでも気持ちを入替えて仕事を続けて行くこととしたが、その時自分達

二人を守れなかった責任を感じたリーダーの実生が現在引退状態となり、ユニット ラズベリー

必然的に活動停止となっていることも、二人の気持ちを沈ませる原因となっていた。

更に早妃にとっては、成行きとはいえ麻由を自分の手であわや殺しそうになったことは、その後

麻由からいくら慰められても大きな心の傷として残っていた。

 

予想以上の内容に流石の栄子も総てを聞いた後、暫らくは言葉が無かった。

重い沈黙の後、まず口を開いたのは早妃だった。

早妃「すいません、栄子さん。こんなこと聞かせてしまって。でも、話す事が出来ただけでも

   すっきりしました。これまでは打明ける相手もいなかったんです。私達にはどうすることも

   出来ないですよね。これからは暗い表情は見せない様にして仕事頑張ります。」

栄子「…、ちょっと待ちな。今のままじゃ、頑張ると言ったって難しいよ。私が力になると言った

   以上は力になるよ。それに、どうすることも出来ない訳でもないんだよ。アンタ達、

   地下リングって知ってるかい?あそこで、その嵐死とかいう奴と闘って、倒すんだよ。

   そうすれば嫌な思いなんか消えるから。」

麻由「そんなこと言ったって、無理ですよ。もうあんな目になんか合いたくありません!」

早妃「2m近い大男なんですよ。本物のプロレスラーなんですよ。私達二人が束になったって、

   かないっこないじゃないですか!」

栄子「何で二人なんだよ?力になるって言っただろ。私も一緒に闘うから三人だよ。それに

   アンタ達も一緒にトレーニングするんだよ。そうすれば大丈夫。絶対勝てるから。

   その代わり、相当厳しいトレーニングになる事は覚悟しなよ。」

売れっ子タレント古池 栄子のもう一つの顔は、地下リング現役有数の実力者,更に言えば

No. 1ヒールであった。

この栄子の提案には流石に即答出来ない二人。

栄子「いいよ、また二人で相談しな。とにかく、私がどうこう言ったってアンタ達がその気に

   ならなきゃ、始まらないんだから。勿論、強要する訳じゃないからね。

   ヨシッ、もっと食べようぜ。ビールも…おっと、アンタ達は未成年だから駄目か。」

 

翌日、仕事場の栄子の携帯にメールが入った。早妃と麻由からの一緒に闘いたいとの返事であった。

すぐさま栄子は、二人にある場所へ行く様指示した。

その場所へ行った二人は驚いた。何とそこは本物のプロレスジムであった。

戸惑う二人をジムの中から一人のゴツい男が招き入れた。

「背戸 早妃さんと渡辺 麻由さんだね。栄子から話は聞いているよ。まあ、中入んな。」

男は二人を中に招き入れ、自己紹介した。

「自分は阪田 亘。職業は見た通りのプロレスラー。栄子とは いい友達って奴かな。

 トレーニング相手でもあるけどね。」

二人も栄子がプロレスラーと付合っているという噂は知っていたが、その相手の顔は今初めて見た。

「嵐死だったら知ってるよ。酷い事する奴だな。もし試合が有ったら叩きのめしてやる。でも、

 チャンスはなさそうだけどな。ともかく、お二人さんは徹底して鍛えろと栄子から言われて

 いるからな。もう一度聞くが、覚悟は出来ているんだろうな?中途半端な気持ちだと、

 大怪我しても不思議じゃないんだからな。過去にも何人もトレーニング中に大怪我したり、

 死んだ奴だっているんだから。」

「覚悟は出来ています。厳しく鍛えて下さい。お願いします。」

声を揃えて頭を下げる二人。

「ヨーシ、それじゃすぐに着替えろ。今日から開始だ。」

「ハイッ!」

「駄目だ、声が小さい!」

「ハイッ!」

「ヨーシ!」

 

その日から二人のまさに決死のトレーニングが始まった。事実、トレーニングは壮絶を極め、

早妃も麻由も何度も気絶しては水を掛けて起こされ、また気絶した。また、トレーニング中反吐で

リングを汚し、自らそれを掃除することも度々であった。

しかし、阪田も驚くほどの頑張りにより、二人とも体付きも目付きも別人の様に鍛えられてきた。

忙しいスケジュールの合間を縫ってはジムに顔を出す栄子も、二人の成長振りには驚かされた。

当初は場合によってはキャブの誰かを助っ人にしようとも考えていた栄子であったが、これなら

本当に三人で闘おうという気持ちに変わっていた。移籍後最初の大仕事のつもりであった。

試合の日程も決定した。形式も31のハンディキャップマッチで了承された。

後は、その日を待つだけの三人と迎え撃つ嵐死であった。

 

しかし、その日を待っていたのはその四人だけではなかった。

 

試合当日を迎えた。試合前の控え室、緊張する早妃と麻由に栄子が話しかける。

「作戦は分かっているわね?絶対に恨みとかといって暴走しないこと。リングに上がったら冷静さを

 失った方が負けよ。いいわね?」

「ハイ、栄子さん。」

「あんな厳しい練習に耐えてきたんだから、大丈夫よ。自信を持って。さあ、行くわよ!」

「ハイッ!」

「ヨーシ、いい返事だ。行くぞー!」

お揃いの白のセパレーツ水着で小走りにリングへと向かう三人。

リング上では既に嵐死が臨戦態勢であった。

その姿に一瞬身をすくませる二人。先日の記憶が甦った様だ。それに気付いた栄子が声を掛ける。

「大丈夫だって。今日は私が付いてるし、アンタ達だってあの時とは違うんだから。」

「ハイッ!」

リングに上がる三人。観客からの声援が上がる。嵐死を応援する黒い声援に混じり、自分達を

応援する声に力付けられる二人。あの時は、自分達の味方は誰一人いなかったのだ。

アナウンスが流れた。

31、ハンディキャップマッチを行ないます。赤コーナー,古池 栄子,背戸 早妃,渡辺 麻由。

 青コーナー,嵐死。尚、この試合の決着は嵐死選手はKO, ギブアップ及びレフェリーストップの

 場合。三人はリング内で同時にKO或いはレフェリーストップとなった場合のみです。」

三人にとっては、有利とも過酷とも取れる変則的なデスマッチルールである。 

レフェリーのチェックの後、両コーナーに別れる選手達。

栄子側は三人同時のリングインもOKなのだが、栄子は敢えて麻由のみに先発を命じた。

勿論、早妃も栄子も臨戦態勢は取っている。

 

カーン

ゴングの乾いた音が会場に響いた。

グッと腰を落とし身構える麻由。ファイティングポーズも堂に入っている。とにかく正面は避け、

横へ廻り込む。踏込んで捕まえにかかる嵐死の腕の下を潜り抜け、ローキックを入れる。

ピシーン

小気味良い音が会場に響き渡る。

尚も廻り込もうとする麻由だが、嵐死のプレッシャーにニュートラルコーナーへ追い詰められた。

コーナーを背にした麻由に嵐死が襲い掛かる。

「まずいっ!」

「麻由ちゃん!」

ドォーン!

二人の心配を他所に麻由はうまく態勢を入れ替えた。その結果、嵐死の巨体がコーナーへ激突し、

リングが揺れる。

チャンスとばかりに蹴りを入れる麻由であったが、その態勢は嵐死にとってもチャンスとなった。

蹴られながらもその身体を麻由にぶつける。

飛ばされる麻由に嵐死が襲い掛かる。

「早妃!」

栄子が指示する前に早妃が飛び出した。横からそのボディにキックを入れる。嵐死が早妃に気を

取られた隙に麻由も立ちあがり、両サイドに分かれて嵐死の両足にローキックを入れる。

更に前屈みになった嵐死の首を二人で捕らえ、DDTを狙う。

「無理するな!」

栄子の叫びを無視して技を仕掛けようとするが、まだ元気な嵐死はグッと腰を落とし堪える。

逆に二人の首に片腕ずつを巻付け、二人一緒に後方へ投げつけた。

叩きつけられた二人に嵐死が襲い掛かる。

ここでついに栄子が飛び出した。

助走を付けたキックが嵐死の顔面に炸裂する。その威力の違いは観客からも明らかであった。

嵐死がパンチを狙うが、上半身の動きでそれをうまくかわす栄子。ここは二人が回復するまでの囮と

なるつもりであった。

栄子の狙い通り、まずは早妃が復活してきた。立ち上がった早妃がまだダウンしている麻由の介抱へ

向かおうとした時、栄子が叫んだ。

「倒れている奴はほっとけ!そんな暇が有ったら攻撃しろ!」

その声で、嵐死へ向かう早妃。

後方から近より、再びローキックを入れる。

そのキックに振り向くと、今度は栄子がキックを入れる。翻弄される嵐死。そうこうしている内に

麻由も立ち上がり、戦線に参加する。

たまらず、嵐死が場外へエスケープした。リング下へ追おうとする早妃と麻由を栄子が制止する。

ゆっくりと嵐死がリングへ上がってきた。そして、コーナーを背に仁王立ちとなった。後ろからの

攻撃を嫌う態勢の様である。

一方の三人は栄子を中心に右に早妃,左に麻由の隊形を取った。

早妃が嵐死の左足,麻由が右足にローキックを打ち込むが、嵐死はその態勢を崩さない。しかし、

正面の栄子からのパンチ,キックはしっかりガードする。あたかも、早妃と麻由はいないようである。

嵐死はしっかりと作戦を固めた。早妃と麻由がいかに実力を上げたとはいえ、自分をKOする力が

有るとは思えない。その可能性が有るのは栄子のみである。栄子からの攻撃をガードし、後の二人の

攻め疲れを待つ。そして我慢比べをして、一人ずつ潰す。まさに「肉を切らして、骨を断つ。」

作戦である。

当初は前回同様に無傷で勝つつもりだった嵐死も相手を認めたといえる。

逆に栄子は内心焦り出していた。この強敵に腹を据えられては、そう簡単に倒せるものではない。

二人に頑張ってもらうしかない。栄子もまた、覚悟を決めた。

早妃と麻由もこの状況は全く想定外であったが、とにかく自分達は嵐死の足を蹴るしか無い。

阪田から教わったローキックをひたすら打ち続ける。それに総てを掛けていた。

 

この一見膠着状態とも思える状況は10分近く続いた。

嵐死の両足も変色し腫れてきたが、仁王立ちは崩さず、また栄子の攻撃は総てガードしていた。

その一方で麻由の動きが悪くなってきたのが、観客からも目に見える様になってきた。

練習を積んできたとは言え、試合の緊張感は別物であり、攻め疲れの疲労が出てきたのである。

そして、それ以上に丸太の様な嵐死の足へのキックである。蹴っている麻由の左足へのダメージも

蓄積してきた。蹴る度に自らの足の痛みが脳天まで響き、涙がこぼれそうになる。

その為、キックのスピードが落ち、正確性も欠いてきた。

その足の痛みは早妃もまた同様であった。蹴る度に右足に激痛が走る。

しかし、二人とも涙をこらえ、歯を食いしばってキックを入れ続けていた。

それが勝つ為の手段と信じて。自分達の、そして実生の恨みを晴らす為に。

この闘いの為に、辛い訓練に耐えてきたのである。二人とも今日に総てを賭けていた。

栄子にも二人の、特に麻由の辛さは伝わってきた。しかし、この作戦を続けるしかなかった。

相手も苦しくない筈がない。どこかに突破口が有る筈、と信じて動いていた。

そして栄子はまた、このまるで怪物の様な男と一騎打ちをしなくてはならなくなった実生のことを

思っていた。その恐ろしさ,辛さ,無念さはどれほどだったのか。そう思うと、どうしてもこの男を

倒したかった。栄子自身も気付いていなかったが、初めて人の為に闘おうという気持ちが沸上がって

きていたのだ。

嵐死にもまた麻由が限界に近づいている、或いは既に限界を超えていることは伝わっていた。

そして、自分の足もまた限界に近づいている。

 

ついに嵐死が動いた。

一瞬の栄子の隙を付き、麻由に飛び掛かった。疲れで緊張感が切れ気味だった麻由は、嵐死の

体当たりをまともにくらってしまった。

そのまま、麻由を自分の身体の下敷きにしようとする嵐死。

慌てて救出に掛かる栄子と早妃。早妃が足の痛みを堪えて顔面にキックを入れ、栄子はボディを

蹴って麻由から引き離そうとする。

立ち上がった嵐死は今度は早妃を狙う。パンチ攻撃を仕掛ける嵐死。うまくかわしていた早妃だが、

足の痛みでフットワークが不充分で一発入ってしまった。ダウンする早妃。

麻由の方は、その間に場外へエスケープしていた。今回のルールなら、場外にいれば負けとは

ならない。これもまた、作戦の一つであった。

尚も早妃に襲い掛かる嵐死であったが、後頭部へ衝撃が走った。栄子の回し蹴りが炸裂したので

有った。頭を押さえる嵐死。その間に早妃も場外にエスケープし、ダメージの回復を図る。

リング内には栄子一人が残った。うつ伏せ状態の嵐死のわき腹にキックを連発する。立ち上がろうと

する嵐死であったが、二人から食い続けたローキックのダメージが大きくなかなか起きあがれない。

その間に回復した早妃がリング内へ戻り、戦線に復活した。自らの足の痛みを堪え、嵐死の太ももへ

キックを叩き込む。手で栄子の蹴り足を捕まえようとする嵐死であったが、栄子も動き回りそれを

許さない。更には麻由もリング内に戻ってきた。辛さに目に涙を浮かべながらも、必死に嵐死の

太もも当たりを蹴りまくる。

三人の大きなチャンスと見えたが、そこにスキが出来た。嵐死がタイミング良く身体を仰向けに

変え、更に三人の足を自らの足ですくった。ダウンする三人。そのスキに今度は嵐死が場外へ

エスケープした。

場外でも立ち上がれぬ嵐死。ローキックによる両太もものダメージは自身の予想を大きく上回って

いた。栄子だけでなく、早妃,麻由の実力も認めざるを得なかった。無論、彼女達のリベンジの

気持も並外れた物であり、それが実力以上の物を出させている事も事実であるが。

リング内から嵐死を呼込む三人。そして、レフェリーもリングインを促す。

嵐死は転がる様にリングインし、コーナーにもたれる様に立上がった。そして、その目は普段の

試合以上に厳しいものであった。

「さあ、来い!」叫ぶ嵐死の声は手負いの野獣が発する咆哮とも思えた。その声に、早妃,麻由

だけでなく百戦錬磨の栄子までが背筋に寒気が走った。

しかし、ここで弱みを見せる訳には行かなかった。栄子にうながされ、勇気を振り絞って痛む足を

引きずりながらも徐々に距離を縮める三人。

今度は嵐死が先に動いた。腕を一杯に広げると三人に体当たりを敢行した。虚をつかれダウンする

三人。嵐死はここでは栄子を狙った。栄子の上に乗ると顔面にパンチを振り下ろす。必死にガード

する栄子。一方、素早く立上がった早妃が嵐死の顔面に、麻由がボディにキックを入れる。

しかし、栄子狙いは嵐死の作戦で有った。スピードの鈍っている早妃と麻由の蹴り足を掴むと次々に

ダウンさせ、まずは早妃,次に麻由にパンチを落とす。

しかし、その間に立上がった栄子がロープへ飛ぶと、ケンカキックを嵐死に浴びせた。

「早妃,麻由、場外!」

その声に再度場外へ転がる様にエスケープする二人。そして、栄子は更にケンカキックを嵐死の

顔面に連発で浴びせる。

そして、コーナーポストへ登った栄子はフライングラリアットを狙った。

しかし、こちらも力を振り絞った嵐死が足の痛みを堪えて立上がると、飛んで来る栄子に自らの

身体をぶつけた。

嵐死もダウンしたが、約1mの高さから墜落した栄子もダウンした。

リング下の二人もなかなか動けない。

この死闘に対し観客からは、両者への声援が贈られている。

 

その時、第一の異変が起こった。

観客席から二人の覆面を被った大柄な男が飛び出してきたのであった。

二人は場外でダウンしている早妃と麻由にそれぞれ向かった。意識は持っていた二人は近付いてくる

覆面男の正体を直感した。忘れようとしても忘れられるはずもない、あの時の戦闘員A, Bである。

リベンジの気持ちと共に恐怖が甦る。

向かってくる戦闘員に対し立ち向かいたい二人であったが、ここまでのダメージで立つ事すらも

おぼつかない。突っ込んで来た戦闘員Aはダウンしたままの早妃に対し、キックを数発浴びせた後

引きずり起こすと、ボディに膝蹴りを叩き込んだ。更に崩れ落ちそうになる早妃の首を足に挟み込み

パイルドライバーを決めると、固い床に脳天を叩きつけられた早妃はそのまま意識を失ってしまった。

一方、麻由もまたBの手により殆ど抵抗する事も無くKOされてしまった。

次に二人はリングに上がると栄子へと向かった。何とか臨戦態勢を取った栄子ではあるが、流石に

ダメージを負った身体で大男二人にはかなう筈もない。自らのパンチ,キックは空を切り、逆に

彼等の的確なパンチを顔面やボディに受け遂にダウンしてしまった。更に二人の戦闘員はダウンした

栄子にキックを浴びせ掛ける。最初は何とか頭部だけはカバーしていた栄子であったが、背中から

お腹、更にはバストへのキックを食いガードが甘くなった所で、頭部へもキックを食ってしまい、

意識が遠ざかってきた。

半失神状態の栄子を引きずり起こした二人は、交代で一人が羽交い締めにしてもう一人がバストへの

パンチを打ち込んだが、栄子の抵抗は全く無かった。そして、最後は二人掛かりのパワーボムで

完全KOしてしまった。

ここまでレフェリーは正体の分からぬ乱入者ということで、特に注意はしなかったが、観客からは

大きなブーイングが起こり、ここまではほぼ五分だった声援が栄子,早妃,麻由に集中してきた。

しかし、その声援が失神状態の三人に届く筈もなかった。

戦闘員A, Bは嵐死に一声掛けるとリング下へ降り、Aが早妃,Bが麻由へそれぞれ向かった。

嵐死にとっても二人の乱入は予想外で有ったが、レスラーとしてのプライドより勝利を優先として

歓迎することとした。

そして二人はまだ意識の戻らぬ早妃と麻由のブラをそれぞれ外しだした。リング上では嵐死が栄子に

対し同様にブラを外し始めていた。

激しいブーイングの中、意識の無い三人のブラが外されそれぞれのバストが露わになった。

嵐死も戦闘員の二人も先日は脱がすだけで、いい所は中年男達に攫われた不満をここで晴らそうと

している様であった。

そして、彼等の手が水着の下に掛かった。

 

その時、第二の異変が起こった。

全身白尽くめの影が花道を駆け抜けリングへ向かった。そして、その手には剣を模した武器と

思われる物が握られていた。

その服装,そしてマスクに一部の観客が気が付いた。

「あれはグオホワイト!麗しの女豹!」

「じゃあ、武内 実生?彼女は引退したんだろ?」

「そう言えば、あの二人とはユニット組んでたよな。」

「助けに来たのかな。でも、仮面で誰だか分からない。」

「誰でもいいよ。頑張れ、グオホワイト!」

掛け込んだグオホワイトは、まず早妃の水着を脱がせようとしていた戦闘員Aに襲い掛かった。

全く油断していたAのまず後頭部、次いで脳天に硬質プラスチックと思われる剣を叩きつける。

そのまま、崩れ落ちるA

次いでグオホワイトはBに向かう。異変に気付いたBは麻由から手を離し迎え撃つが、予想外の

展開に動揺したのか大振りのパンチは空を切り、飛込んだグオホワイトの剣がボディを捕らえた。

そして、身体を二つ折りにしてお腹を押さえるBの後頭部へ剣が叩きつけられる。

Bもまたその場へ崩れ落ちた。

そして、グオホワイトはリング上に上がると臨戦態勢の嵐死と向かい合った。

「誰だ、貴様!」叫ぶ嵐死をグッと睨み付けるグオホワイト。仮面の中の表情は分からないが、

その凄まじい気迫は観客へも伝わった。

「まさか貴様、あの時のミオレンジャーか?」

その問いには答えず間合いを詰めるグオホワイト。先程の二人を止めなかったレフェリーは、勿論

こちらも黙殺である。

飛込んだグオホワイトは剣をフェイントに使うと嵐死の左足へローキックを打込んだ。

ピシッ!

小気味の良い音が会場に響き、これまでさんざん受けてきたダメージも有り、嵐死の顔が苦痛に

歪む。更にグオホワイトは嵐死のパンチを巧みなフェイントでかわすと次々に両足からローキックを

打ちこんで行く。その華麗な動きに会場から思わず拍手が起こる。

ついに耐えきれず嵐死が膝を着いた。グオホワイトのキックが今度は嵐死の側頭部へ炸裂する。

そして、嵐死の意識が蹴り足に向いたその瞬間、グオホワイトの剣が嵐死の脳天へ振り下ろされた。

ガツーン!!!

鈍い音が会場に響き、嵐死は前のめりにダウンした。

まだ、意識の残っている嵐死にとどめを差すかと思われたグオホワイトだったが、剣を仕舞うと

栄子の元へと向かった。

失神状態だった栄子を揺さぶり,活を入れて意識を戻させると剥ぎ取られていたブラを剥き出し

だった胸の上に乗せる。

「…ウーン、エッ、アンタ誰?」

栄子が意識を戻したことを確認すると、無言のままリング下へ降りるグオホワイト。しかし、栄子は

ダメージが大きく動けない。

リング下へ降りたグオホワイトは、こちらも失神状態の麻由へと向かった。栄子同様に意識を

取戻させるとブラを渡す。そして、麻由の耳元で何か一言,二言呟いた。だが、まだ充分覚醒して

いなかった麻由に伝わったかどうかは分からなかった。

必死に起き上がろうとする麻由を残したグオホワイトは早妃へと向かった。同じ様に意識を戻させ

ブラを渡す。そして、早妃へも何か囁きかける。こちらも伝わったかは分からないが。

早妃の意識が戻った事を確認して花道を立去ろうとするグオホワイト。

そこへ、意識を取戻した麻由が叫んだ。半泣きの声であった。

「実生ちゃん!あなた、実生ちゃんでしょ。待って!」

その声に一瞬足を止めたグオホワイトだったが、そのまま足を速め立去って行く。

「待って、実生ちゃん!」

後を追おうとする麻由に早妃が叫んだ。

「追うな!試合中だ!リングへ戻れ!」

追おうとした足を止めた麻由は非難交じりの目を早妃に向けた。

しかし、その早妃の目もまた涙に濡れているのを見て、その足をリングに向け直した。

「麻由、その前にこいつらにとどめを。」

OK!」

早妃がAに、麻由がBに向かうと、既に半失神状態の二人の股間へキックを叩き込んだ。

「ギャー!」

「グゥ!」

変な声と共に完全に失神した二人は黒服に医務室へ運ばれて行った。

そして、リングへ上がる二人。その形相はアイドルのそれでは無く、闘争本能剥き出しの獣で

あった。

半失神状態の嵐死へ向かう麻由。そして、早妃は栄子に向かい叫んだ。

「栄子さ…、いや栄子!いつまで、寝てるんだ!サッサと起きろ、とどめを差すぞ!」

それを聞いた栄子は腹の中から笑いが込上げてきた。そして、それと共に全身にアドレナリンが

湧いてきた。徐々に身体に力が戻ってきた。

コラ、栄子!こんなガキにカツを入れられてどうするんだ。しっかりせんか!

「ウオォーーーー!」

一声叫ぶと栄子は立ち上がった。その形相もまた鬼となっていた。

「行くぞー!早妃!麻由!」

「もう、行ってます!」

確かに既に麻由はキックをうつ伏せにダウンしている嵐死に浴びせ掛けていた。早妃も続く。

二人とも足が痛くない筈は無い。疲労やダメージが無い筈は無い。しかし、闘争本能とリベンジの

気持ちが身体を動かしていた。

栄子はキックを嵐死の後頭部へ打込む。嵐死は両腕でカバーし、決定打はなんとか防ごうとする。

栄子の指示で三人は嵐死を仰向けにした。そして、早妃と麻由が腕を一本ずつ押さえ、栄子が

顔面にキックを浴びせる。

顔面へのキックを受け、KO寸前かと思われた嵐死で有ったが、こちらも意地を見せる。

「グワーーーー!」

獣の咆哮と共に両腕を押さえていた二人を弾き飛ばすと、栄子に殴りかかった。

バシーン!

その予想外の反撃で、嵐死のパンチが攻めに集中していた栄子の顔面に炸裂した。吹っ飛ぶ栄子。

更に顔を腫れあがらせた嵐死は膝立ち状態で早妃の顔面へもパンチを入れる。

バシーン!

早妃もまた吹っ飛ばされる。しかし、後方から麻由が襲い掛かった。嵐死の後頭部へ飛込みざまの

エルボーを入れる。

振返った嵐死の凄まじい形相を気丈にもにらみ返す麻由。一瞬、両者の動きが止まる。嵐死が麻由に

向かい一歩進もうとした瞬間、こちらも顔を腫らした早妃が嵐死の背中に体当たりした。

バランスを崩し前のめりに倒れそうになる嵐死。そこへ、麻由が飛び込みエルボーを嵐死の鼻っ柱に

打込んだ。

「グッ!」そのまま、横へ倒れる嵐死。噴出した鼻血が顔面を染める。

「アーーーーーー!」技を仕掛けた麻由も衝撃の大きさに肘を押さえ、その場へ崩れ落ちる。

しかし早妃は痛み苦しむ麻由には眼もくれず、鬼の形相のまま嵐死に馬乗りになるとその顔面に

パンチを叩き込む。

何とか早妃を払い落とそうとする嵐死の右腕を栄子が腕ひしぎに捕らえた。それを見た早妃は嵐死の

左腕を同様の腕ひしぎに捕らえる。伸ばされまいと必死にもがく嵐死。

その時、麻由が立上がった。右肘を押さえ、左足を引き摺りながらも嵐死に近付いて来る。その顔は

涙で濡れてはいたが、鬼気迫る物であった。そして、麻由は自らのヒップを嵐死の顔の上に尻餅を

つく様に落とした。

「グァッ!」

腕にも足にもダメージを負っている麻由の苦し紛れとも言えるこの攻撃が、本人も予想外の

ダメージを嵐死に与えた。一瞬腕から力が抜け、栄子と早妃の腕ひしぎが共に決まった。

「ギャーー、ウグッ…」

嵐死の断末魔の悲鳴が鼻血で赤く染まった麻由のヒップに消される。

勝負の趨勢が見えて来た。三匹の猟犬が巨熊を倒す時がやってきた。

栄子の指示により、腕ひしぎを解いた早妃が嵐死に馬乗りとなり、空いた腕を麻由が膝で押さえる。

早妃は自らの腕を嵐死の首筋に差込み体重を掛けた。所謂ギロチンチョークである。

嵐死の顔色が変わり、もがく動きに力が無くなってくる。

レフェリーが嵐死の状態を確認し、ゴングを要請した。

カンカンカンカン…

アナウンスが流れる。

「只今の試合、嵐死選手KOにより、古池 栄子,背戸 早妃,渡辺 麻由組の勝ちと決定致しました。」

崩れ落ちそうになる身体ながら、誇らしげに勝ち名乗りを受ける三人。

三人はダメージが大きいこともあり、担架に乗せられた嵐死共々医務室へ直行した。

 

医務室での検査と治療を終え一足先に控え室へ戻った栄子は、自分達を救った乱入者について

考えていた。

あれは誰だったんだろう?本当に彼女達が言ってた実生って子?それとも、今日試合が有る事を

知っていた誰か?江梨子?はるみ?それとも…

そこへ早妃と麻由が共に足を軽く引き摺りながら戻ってきた。麻由の右肘に施された大きな包帯が

痛々しい。

「大丈夫、痛くない?」

栄子の問いに答えるより先にその場に土下座する早妃。そして、深々と頭を下げる麻由。

「栄子さん、どうも有難うございました。お陰でリベンジする事ができました。なのに、試合中

 生意気な事を言ってしまいました。呼び捨てにした事を許して下さい。」と言う早妃に対し、

栄子はニッコリ笑い、

「何、言ってるのよ。今日の勝利はあなた達二人が頑張ったからよ。それに、リングの上では先輩も

 後輩も無いの。あれで、私も気合が入ったんだから。とにかく、二人とも顔を上げて。」

栄子は、尚も土下座し続けようとする早妃の肩を抱き、立たせた。早妃の顔も麻由の顔も涙で濡れ

クシャクシャになっていた。

「なんて顔してるの。あんた達、アイドルでしょ。」

などと言う栄子であったが、彼女もまた思わず涙ぐみ、そして二人を抱きしめた。

三人が部屋の片隅に置かれていた手紙に気付くまでには、まだ暫らくの時間が必要で有った。

それには「頑張ってね」と一言だけ書かれていた。

 

結局、彼女達の危機を救ったグオホワイトの正体が実生だったのか、キャブの誰かだったのか、

それとも状況を見かねた第三者だったのかは遂に分からずじまいであった。

だが、雑誌のミスコンにも選ばれ本格的に活動を開始した早妃と、中学卒業後の本格デビューを

目指し学業に励む麻由は、その正体が今は連絡を取る事も無くなった実生で有ると堅く信じていた。

そして勿論、以前彼女達に有った暗い影は跡形も無く消え去っており、二人の間に残っていた

気まずい雰囲気もまた綺麗に消え去っていた。

―「グオホワイト」―  ()



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