「リベンジ-4

 

「保田の奴は、お前達と闘う気は無いみたいだな。」

「エッ?」

ここは都内の某プロレスジム。壁にもたれて話をしているのは、先日の試合でラリアットを鉄柱に

誤爆して痛めた左腕にまだ包帯を巻いている大池 栄子と、その恋人と噂されるプロレスラーの

阪田 亘であった。

阪田「噂では有るけど、保田の奴は芳野って子からの連絡を避けて、どっかに隠れていて、それで

   困った彼女が、あちこちのプロモーターにパートナーを見つける様頼んでいるらしい。

   何を思ったか、俺の所に電話してきた奴もいたぞ。」

栄子「ヘー、じゃあ亘ちゃん。私達と試合する?」

阪田「冗談じゃない!お前一人でも持て余しそうなのに、あの左藤って子がまた凄い。見ろよ、

   ウチの若手が圧倒されてるぞ。」

二人が見上げるリング上では左藤 江梨子がジムの若手選手とスパーリングを行なっているが、

若手選手の方が下になって大息を吐いていた。

「阪田さん、この子じゃ弱すぎてダメよ。もっと強い人を御願い。」

リング上から叫ぶ江梨子は、呼吸一つ乱れていない様に見えた。

「分かった。おい××、代わってやれ。」と阪田。

「オッケー、さあ、かかってらっしゃい」は江梨子。

それを見ながら阪田が話を続ける。

「とにかくタッパが有る上に、身体が柔らかくてパワーも有る。それに何よりも飲込みがいい。

 ウチの若い連中も最初はアイドルと取っ組み合える、とか言って喜んでいたけど、今じゃ

 練習相手にもなりやしない。ありゃ本格的に鍛えたら、お前より強くなるぞ。」

その言葉にジロっと睨む栄子に、阪田が慌てた様子で言葉を継ぎ足す。

「勿論、お前にはここが有るから、試合なら負けはしないだろうけどな。」と頭を指差す。

栄子が無表情のまま、阪田の方を見ずに話す。

「そんなことは分かってたよ。だから、あの子にはこれまでちゃんとしたトレーニングを

 させなかったんだ。だけど、今回はいずれにしても強い相手になる事を覚悟してるから、

 パートナーの奴も鍛えとかないとね。私もあと2, 3日で包帯が取れるから、そしたら本格的に

 練習しなきゃ。亘ちゃん、相手してね。」

「まあ、そうだな。ウチの若手がみんな壊されても困るしな。」

リング上では、代わった選手も江梨子に圧倒されていた。

ポツリと阪田が呟いた。

「誰が対戦相手になるか知らないけど、ホント同情するよ。」

 

一方、ここは都内マンションの一室。電気も消された暗い部屋の中、芳野 紗香が一人膝を

抱えて座り、携帯電話が鳴るのを待っていた。栄子,江梨子,保田の手を借りて自分を磔にした

6人を処刑したまでは良かったが、その試合での金の支払いを巡るトラブルから栄子,江梨子との

タッグマッチを闘うこととなってしまったが、そのパートナーは未だに決まっていなかった。

阪田が言っていた通り、その試合後逃げる様に去った保田とは、その後全く連絡が取れなくなって

いた。また、以前組んだダンプ松元からも、現役復帰してしまったことと、その試合での後味の

悪さからか断られてしまっていた。

何とかパートナーを見つけるべく、相当怪しげな者も含む数人のプロモーターにも声を掛けて

いたが、この二人が相手の実質ハンディキャップマッチとあっては、タレントは勿論現役

プロレスラーですら受ける者はいなかった。あの北王すら尻ごみしたらしい。

紗香は自らがトレーニングするつもりは全く無かった。今更、付け焼刃のトレーニングをした所で

歯が立つ相手ではないことは明らかであったからである。

仕事にも身が入らず、このまま失踪して芸能界を引退することも考え出した頃、ついに一本の

電話が紗香の元に入った。その主は、頼んでいたプロモーターの中でも最も怪しげな一人、

X氏であった。

「紗香さん、こんばんは。どうだい、パートナーは見つかったかい。そうか、まだか。じゃあ、

 今晩ここへ来てくれるかな。あなたの望む人が待っていると思うよ。後はそこでお話ししよう。」

 

指定されたホテルのロビーに紗香が到着すると、X氏が赤ら顔の外人の大男を連れていた。

「紗香さん。どうだい、この男。…と言って、現役のプロレスラーだ。これなら大丈夫だろう。」

紗香はその名前を聞いた事は無かったが、その体付きを見て自分のツキがまだ無くなっていない

事を確信した。

「Xさん、有難うございます。これなら絶対大丈夫です。」

紗香は半ば涙ぐみながら頭を下げた。しかし、X氏は

「頭を下げて貰うのは嬉しいけど、まだ少し早いな。彼から一つ条件が出ているんだ。」

「何でしょう?お金なら幾らでも、とは言えませんが、ある程度は出せますが。」

「いや、お金じゃないんだ。彼は日本女性に偉く興味が有ってな、是非一晩を共にしたいと

 言っているんだ。それさえ、クリア出来れば闘うそうだ。」

流石に紗香も一瞬戸惑ったが、OKするしか無かった。だが、そんな女性の当てが有る筈も無く、

選択は一つしか無かった。

「分かりました。私が今晩お相手をします。本当にそれでパートナーになってくれるのですね?」

X氏が大男に確認した。当初小柄でスリムな紗香を子供だと思っていた大男は当惑していた様だが、

彼女が二十歳を過ぎていることを知るとニヤっと笑い舌なめずりをすると、紗香の全身を舐め回す

様に見た。そして大きく頷くと、紗香に近付きいきなり軽々と抱上げた。

「契約は成立だよ、紗香さん。」

動転する紗香にはX氏の声も聞こえておらず、悲鳴を堪えるのが精一杯であった。

そのまま大男は紗香を部屋まで運び込み、一晩中責め続けた。

朝、ベッドの上でグッタリと体力を使い果した紗香で有ったが、朝日と共に自分にも希望の光が

見えた気がしていた。

 

試合当日を迎えた。

ちなみにこの日の第一試合で、因縁の大本とも言うべき小倉 夕子が怪我からの復帰戦を行なって

いた。アイドル同志ということで仲根 霞と闘い結局敗れはしたものの、以前の様な全く闘争心の

感じられないファイトでは無く、関係者をそれなりに感心させるものであり、その結果彼女の

CDデビューが決定した。

 

そしてついに、メインの試合を迎えることとなった。

まずリングに、事務所のイメージカラーである黄色のスポーツビキニ姿で、オープンフィンガー

グローブを着用した栄子と江梨子が上がった。久し振りにタッグを組む二人の表情や体付きが

以前以上に鍛えられていることに、観客だけでなく関係者達も驚いていた。

次いで、反対コーナーから対戦者が登場した。2m近いと思われる大男が黒のワンピース水着姿の

紗香を横抱きにしたままの登場であった。しかし、紗香の顔は歪んでおり大男の顔からなるべく

遠ざかろうとしていた。その理由は観客にも直ぐに分かった。大男が異常に酒臭いのである。

通路近くの観客もまた皆顔を背け、遠ざかろうとしていた。

ついに二人がリングインしたが、その時には栄子達にもその匂いは伝わっていた。

江梨子「ウワッ、酒臭っ!何なのあいつは。栄子、知ってる?」

栄子「知らないよ、あんな奴。私も外人レスラーはあまり知らないのよ。でも、何処かで見た気は

   するわね。名前を聞けば分かるかも。」

江梨子「嫌だな〜 あんなのと、闘うの?紗香もひどいの連れてきたわね。よほど、パートナーの

    成り手がいなかったのかしらね〜?」

栄子「と言っても油断しちゃ駄目よ。あれだけの身体なんだから、例え素人だとしても怖いよ。」

江梨子「了解。油断は勿論してないから、安心して。」

 

アナウンスが入った。

「本日のメインイベント、スペシャルタッグマッチを行ないます。赤コーナー,大池 栄子,

 左藤 江梨子、青コーナー,芳野 紗香,スコッチ・ホール。

 この試合の決着は、チームの二人共がKO若しくはレフェリーストップで失格となった場合

 のみです。尚、二人同時のリングインも認められており、失格した選手は退場となり、その後は

 二対一での試合となります。」

完全決着ルールである。そして、ただの酔っ払いかとも思えた大男の正体が明らかになった。

スコッチ・ホール,かつて真日本への来日経験も有り、その後アメリカでWDW, 更にWWGでも

NWUの一員として大暴れした超一流レスラーであった。

ただ、WWGではその酒癖の悪さがワンマン会長に嫌われ解雇されてはいたが。

解雇後仕事を探していた所へ、X氏から日本で「女性アイドルタレント」二人との試合をやれば

大金が手に入り、更に日本女性を抱けるということで大喜びでこの試合をOKしたのであった。

ただ、酒好きは変わらず、今日の試合前も紗香が止めるのも聞かずに直前までウィスキーを

ラッパ飲みしており、その結果酒の匂いをさせながらのリングインとなった訳である。

無論、ホール自身は女性二人を叩きのめす位、酔払っていても何の問題も無いと思っていた。

このアナウンスにより大男の正体を知った観客が騒ぎ出した。

そして、栄子も正体を思い出したらしく、江梨子に話しかけ、江梨子の表情も硬くなった。

その騒ぎの中、唯一ホールに抱かれた紗香だけが満足顔だった。

どう、栄子,江梨子、この男に勝てるかしら?一流プロレスラーよ。叩きのめされて、アタシに

土下座して謝るのよ。それでも許してあげないからね。今日はアンタ達が裸で磔になるのよ!

そして、この男に抱かれるのよ!そう、アンタ達もアタシと同じ目に遭わせてあげる!

 

レフェリーのチェックと注意の際に、ようやく紗香はホールから開放された。

ホールからの抱擁とキスを受けた後、コーナーに控える紗香。その表情には嫌悪感が露骨に

現われていた。

一方リング上には、栄子,江梨子と対峙するホールの三人が残った。

カーン

ゴングの乾いた音色が響いた。

ゆっくり千鳥足で中央へ進むホールに対し、江梨子が右,栄子が左と分かれた二人は両サイドから

ホールへ近付いていった。

相手が分かっていなかったとは言え、予想されていた大男との闘い方は阪田からしっかりと

二人には伝授されていた。特に捕まらないこと、正対しないことは徹底して叩き込まれていた。

両サイドに分かれた二人に対しホールは大振りのパンチを出すが、二人ともそれを軽く交わし

パンチは空しく空を切った。そして、バランスを崩すホールの太ももに二人の長い足からの

ローキックが小気味よく炸裂する。

「ピシッ!」

「ピシッ!」

その威力に驚くホール。とても、X氏から聞いていた「アイドルタレント」の蹴りでは無かった。

顔色を変えたホールは栄子に正対し組合おうとしたが、栄子は素早く横へ逃げ、それを嫌う。

そして後ろに回った形となった江梨子がキックに続き、後頭部へのパンチを叩き込んだ。

振返り、今度は江梨子へ襲い掛かるホールであったが、江梨子もまた素早く身をかわし、後方から

栄子がキックを叩き込む。

その後も何とか捕まえようとするホールを二人は素早い動きで翻弄しつつ、ローキックを中心に

ミドルキックやパンチを叩き込んでいった。

無論、二人にも決して余裕が有る訳では無かった。この大男にもし捕まれば、或いはそのパンチを

一発でも貰えば形勢が一転する事は明らかである。一瞬も緊張を切らすことは出来なかった。

 

とは言え、千鳥足のホールに二人を捕まえる事は難しそうであり、徐々にスタミナをロスし、

そして少しづつダメージがその身体に蓄積されていった。

更に、アルコールを飲んでの激しい運動が危険で有ることは、いかに酒を飲み慣れている

ホールにとっても同じであった。呼吸が荒くなり、動きが鈍くなってきたのは観客の目からも

明らかになってきた。そこへローキックのダメージも重なり、足がもつれはじめてきた。

それを見て取った栄子がホールの足元へ飛込み、カニバサミを狙った。倒れまいともがくホールの

胸元に江梨子がドロップキックを叩き込んだ。

ドォーーーーン!

大きな音と共にホールがあお向けにダウンした。カニバサミのまま、栄子が足を固定する。

ホールのボディに江梨子がジャンプ一番、フットスタンプを叩き込んだ。

「グアーーー…」

それに続いて素早く立ちあがった栄子も、ホールのボディにフットスタンプを叩き込んだ。

「グッ…」

お腹を押さえ叫ぶホールはそのまま場外へ転がって落ちた。

転落したホールはその場にしゃがみ込むと何と嘔吐し始めた。

そのあまりの異臭に場外まで追おうとした江梨子も足を止め、栄子と共に反対コーナーまで

下がった。

 

お腹の中身を吐出し、呼吸も整えたホールがリングに上がって来た。

その顔からは赤味が消え、そしてその眼はついにレスラーのそれとなった。

お腹の中の物を出し、どうやらスッキリすることが出来たらしい。

その動きは場外転落前とは変わっていた。フットワークも繰り出すパンチも別物であった。

しかし、栄子と江梨子は顔を見合わせるとニヤッと笑った。むしろこうなる事を期待していたかの

様であった。

二人は以前同様に左右に分かれるとホールへの正対を避け、廻りを周る様にしながらヒット&

アウェーの作戦を継続した。

一時的に動きの良くなったホールであったが、それでも結局二人を捕らえることも、一発の

パンチを浴びせる事も出来なかった。

そうこうしている内に再びホールの顔に赤味が差し、足元がもつれ始めてきた。

胃の中味を出したとはいえ、身体からアルコールが抜けた訳ではなかった。身体を激しく動かす

事で再び廻ってきたアルコールが、彼の動きを再度不自由な物とし始めていた。

「ウォーーー!」

大声を上げながら栄子へ襲い掛かろうとするホールで有ったが、そこに栄子はおらず後ろへ回った

二人からのローキック攻撃を受けるだけであった。

振り返ろうとしたホールの足がもつれ、その場へうつぶせにダウンした。

素早く背中に飛乗った栄子がホールの左腕を取り、アームロックを極めた。

同時に江梨子はホールの暴れる右足を取ると、ヒールホールドに固めた。

「ギャーーーーー!」

会場に響き渡るホールの悲鳴。

会場の観客達は固唾を飲んでリング上の信じられない光景を見つめていた。いかに油断して

酔っ払っていたとはいえ、一流レスラーが二人のアイドルタレントに固められて、悲鳴を

上げているのである。

信じられない目でその光景を見つめているのは、コーナーの紗香も同様であった。

文字通り身体を張って手に入れたパートナーが一方的にやられ、悲鳴を上げている。

紗香にとっては悪夢としか思えなかった。

だが、最大の悪夢を味わっているのは勿論ホール自身であった。

アイドル二人を叩きのめすだけで大金が手に入り、あわよくばその二人を自由にすることも

出来ると聞いて参加した試合であった。

しかし、そこにいたのは恐らくWWGのどの女子レスラーよりも圧倒的に強い二人であった。

試合前、紗香から「油断するな。」「酒を飲むな。」と言われても無視していた事を悔やんだが、

時は既に遅かった。

左腕と右足の激痛は悪夢ですらない、現実その物だったのだ。

自由な右腕でタップしてギブアップの意思表示をするホールであったが、この試合にギブアップは

無い。レフェリーは無視するだけであった。

 

ホールの抵抗が鈍くなってきた。

ここまでの攻撃が充分に効果を上げた事を感じた栄子と江梨子は、一旦技を解いた。

そしてホールを仰向けにすると、今度はその右腕に江梨子が逆十字を極めた。

左腕の自由が効かぬホールは、簡単に右腕を伸ばされてしまった。

「ギャーーーーーーーー!」

再び会場にホールの悲鳴が響き渡る。

栄子は残る一本、左足をターゲットとした。まず足首を踏み付けると、太ももから膝にかけてを

蹴りまくった。

そして、アキレス腱固めを極める。

その間に江梨子はホールの右腕を外すと、首四の字に移行した。

身体を上下から引っ張られる形となり苦しむホールであったが、総ての手足の自由が利かない

状態であり、ただ小さくのたうつしかなかった。

二人は再度技を解くと、栄子は左足を取ると先程の江梨子と同じヒールホールドを極めた。

テコの原理で小さな力で大きなダメージを与えられる技である。二人とも阪田からしっかりと

伝授されていた。

その間、江梨子も休んでいた訳ではなく、ホールの首筋を踏み付け固定し、更には後頭部へ

キックを浴びせていた。

栄子が技を解き、江梨子と顔を見合わせると、二人はまたしてもニヤっと笑った。

その時、その足元には一流レスラー,スコッチ・ホールが、全く動けない状態で全身の痛みに

耐えながら転がっていた。

二人はホールの両側頭部に同時に蹴りを叩き込んだ。

「ガツーン!」

会場に響き渡る大きな鈍い音。これがとどめとなった。口から泡を吹き、白目となったホールに

レフェリーは確認する必要も無かった。

カーン

ゴングが鳴らされた。ホールはその大きな身体を多数の黒服達によりタンカに乗せられ、

医務室へと連れられて行った。

 

ホールを完全KOした二人は次のターゲットである紗香がいる筈のコーナーを見たが、そこには

誰もいなかった。

怪訝がる二人に会場一角の騒ぎが伝わって来た。

そこではゴングの音で我に帰り、会場から逃げ出そうとする紗香が黒服と揉み合っていた。

「助けて!そこを退いて!殺される!引退してもいい!だから、助けてー!退いてーーー!」

叫びながら、何とか黒服から逃げようとする紗香の肩が叩かれた。

反射的に振返った紗香が見た物は、自分を睨み付ける江梨子の大きな身体であった。

江梨子は逃げようともがく紗香を軽々と担ぎ上げるとリングへと戻った。そこには、こちらも

臨戦態勢の栄子が待ち構えていた。

「ドサッ」

まるで荷物を投込むかの様に、江梨子が紗香の小さな身体をリング上に放り投げた。

四つんばいのままコーナーへ下がり土下座する紗香に、栄子と江梨子がゆっくりと迫った。

次の瞬間、紗香が顔を上げた。そして、口から黒い毒霧を吐出した。これまでの試合でも

美奈子や瞳に浴びせ掛け、自らのピンチを救った紗香最後の手段である。

しかし、今日はそうはうまくいかなかった。

江梨子「ねっ、栄子。やっぱり仕込んでたでしょ。」

栄子「なるほど、江梨子の言った通りだ。アンタもたまには役に立つのね。」

江梨子「『たまには』は余計よ。」

前の試合での紗香の毒霧攻撃を見ていた江梨子のアドバイスにより、二人とも目を手で

しっかりとガードした状態で紗香に近づいていたのであった。

紗香の最後の手段は彼女達の手を汚しただけであった。

江梨子「さあてっと、紗香ちゃん、じゃあプロレスやりましょか?」

栄子「ゆっくり、遊んであげるわよ。でも、人の手を汚した罰受けないとね。」

江梨子「大丈夫、一人づつ相手したげるから。まずは私からね。さあ、掛かってらっしゃい。」

江梨子が一歩前へ踏み出し、栄子はニュートラルコーナーへ戻った。

「クソーーー!」

叫びながら体当たりする紗香で有ったが、江梨子はビクともしない。

逆にベアハッグの態勢にがっちりと捕えられ、20cm近い身長差も有って身体が空中に浮いて

しまった。逃げようと、必死に手足を振り回す紗香であったが、何の効果も無かった。江梨子は

紗香の身体を更に高く持ち上げると、股間を膝に叩きつけた。

「ギ、ヤーーーーー!」

このマンハッタンドロップ一発で股間を押さえのたうち回る紗香。

なんとか転げ回って場外へ逃げようとするが、それは栄子が許さない。

「相手はこっちよ」

江梨子は紗香の首筋を掴んで引きずり起こすと、膝蹴りをボディへ叩き込む。

更に前屈みになった紗香をリフトアップし、そのまま無雑作にリングへ叩き落し、ポーズを

決め観客にアピールする。

「交代よ。」

叫んだ栄子が攻撃を引き継ぐ。

栄子も紗香の小さな身体を引き起こすと、自らの腰に乗せ軽々と投げ飛ばす。

「起きな!」

叫んでも起きてこない紗香にいらついた栄子はその全身を蹴りまくる。

そして、紗香の片腕を取ると三角締めを極める。

「グゥーーー!」

情けない声だけで、何一つ紗香は抵抗出来ない。

「はい、時間よ。」

江梨子の声で栄子が技を解く。どうやら短時間の交代で紗香をいたぶり続けるつもりらしい。

江梨子は紗香をコーナーへ運び、トップロープを使って固定すると、その長い足からのキックを

無防備となったボディへ連発する。

ビシッ、ビシッ

「はい、交代。」

代わった栄子は、そのままの状態の紗香に素早いパンチを浴びせ掛ける。

サンドバッグ状態を続けるしかない紗香。

「交代よ。」

江梨子は助走をつけるとジャンプ一番、ひざを紗香の顔面に炸裂させた。

シャイニング・ウィザードである。紗香の鼻から鼻血が噴出す。

「もう一発!」

再度、助走を取った江梨子がラリアットを叩き込む。

「交代。」

栄子は紗香を両腕の固定を外し、崩れ落ちそうな紗香の髪の毛を掴んで立たせると、

ブルドッキング・ヘッドロックでリングに叩きつけた。

次いで、足を取ると足四の字固めを極める。この足の激痛で、それまでの攻撃で飛びそうだった

紗香の意識が戻った。

「ギャーーー、痛ーーい!」

足の激痛に頭を抱える紗香の脳裏に、一つの顔が浮び上がってきた。

それは、紗香の四の字固めによる激痛で泣き叫んでいる加東 美佳であった。

美佳って言ったっけ、夕子のバカのリベンジしようとしてたんだよな。弱い癖にね。

 友達とか言ってたな。今も仲良いのかな?

「交代よ。」

江梨子の声で四の字が解かれた。そして、代わった江梨子は紗香を起こすと首に両手を掛け、

ネックハンギングで吊り上げた。いかに紗香が軽量とは言え、恐るべきパワーである。

くっ、苦しい…

首吊りの苦しさに意識が消えかかる紗香の脳裏に、また別の顔が浮かび上がった。

保田の手によって首吊りにされ、失神状態となった山田 もえであった。

もえか、あれもバカな子だったよね。私の口車になんか乗って、パートナーの美奈子を半殺しに 

 しちゃうんだもんな。もう、みんなと仲良くなんか出来る筈無いよね…

しかし、紗香は失神寸前にリングへ叩き付けられ、意識を取り戻させられる。

「交代ね。」

その後も二人の手により、抵抗も出来ず殴られ,蹴られ,投げられ,極められ続ける紗香。

その脳裏には走馬燈の様に、自分が処刑した者達の顔が次々に浮かんでは消えていった。

そして、どの顔も総て紗香を恨みのこもった眼で睨んでいた。

 

ダンプによって血だるまにされ、精神異常を起こした櫻木 睦子。

睦子だっけ?夕子の妹分って言ってたね。ちっちゃくて弱いくせにリベンジしようなんて、

 バカな子。頭おかしくしてたけど、今は大丈夫かな?

 

パートナーだったもえの手により血だるまにされた戸向 美奈子。

美奈子の奴、ずっと「噛ませ犬」だったくせに最近、ヒールに目覚めたらしいけど、あの時の

 影響も有るのかな?パートナーにやられるなんて、凄いショックだったんだろうな?

 

観客達からの恥辱に耐える藤原 瞳。

瞳か。あのガキも自分だけ助かろうと思えば、助かれたのに、なんで意地張ったんだろうな?

 まだ中学生なのにあんな目に会って、大丈夫だったのかな?

 

保田におもちゃにされている伊藤 仁美。

仁美のチビ、最後まで瞳をかばっていたよな。休業するって聞いたけど、あの事がショック

 だったのかな?ちゃんと、カムバック出来るのかな?  

 

観客達にいたぶられている大盛 玲子。

玲子の奴、不良の癖に、玲や瞳のこと一生懸命かばってたな。小さくって、弱くって、自分の

 事だけで一杯だった筈なのにな。

 

そして、自らが首を絞め、更に殴り付けて失神させた吉井 玲。

玲か。皆の為に、自分だけが犠牲になろうとしてたよな。

 あいつが生きる為にあんな事になってたなんて知らなかったよ。そんな奴の首を絞めて

 殺しそうになるなんて、アタシどうしてたんだろ?

 あいつ、アタシに「うらやましいんだ」って言ったよな…

 そうだよ、羨ましかったんだよ。

 何で、あんなに仲が良いんだよ?

 何で、自分だけが助かろうとしないんだよ?

 何で、自分が犠牲になって人を助けようとするんだよ?

 そりゃ羨ましいよ、何でアタシだけ…

 

そんな紗香の意識も途切れ途切れとなっていき、一方の栄子と江梨子は抵抗の無い紗香を

痛め付けるのに流石に飽きてきた。

江梨子「どうしよう、もう飽きちゃったね。そろそろカタ付ける?」

栄子「そうね。これじゃ、練習にもならないしね。これだけやったらもういいか。」

江梨子「じゃあ、とどめ差そうか?どうやろうかな?」

栄子「その前に、水着取っちゃおか?こんな貧相な身体、見たがる奴がいるとも思えないけどね。」

江梨子「本当、私達みたいなナイスバディならお客さん達も喜ぶんだろうけどね。」

栄子「でも、色んな人がいるからね。じゃあ、脱がすか。」

二人が無抵抗の紗香の水着に手を掛けた。暫らく静かだった観客の歓声が大きくなる。

 

肩紐を下ろそうとした時、誰も予想していなかった声がリング下から掛かった。

「もう止めて!もう紗香ちゃんを苛めないで!」

リング上の二人と観客の目が、一斉にリング下の声の主に集まる。

そして、誰もがその正体に驚いた。

声の主は小倉 夕子であったのだ。

「もういいでしょ。水着を脱がしたりしちゃ可哀想じゃない。」夕子が続けた。

リング上から江梨子が声を掛ける。

「何だ、お前は。関係無いだろ、引っ込んでな!」

夕子が言い返す。

「関係無くない!紗香ちゃんとは友達だもん!大事なパートナーだもん!」

栄子と江梨子は怪訝な顔を見合わせた。確か紗香の話では、最後の 奴隷を決める試合で、

夕子が玲達に頼んで紗香を襲わせたということだった。

栄子が夕子に声を掛けた。

「相変わらず、訳の分からん奴だな。それじゃ、お前が紗香の代わりに闘うか?

 その気が有るなら上がって来い!」

「いいよ。」と夕子。まさに、即答であった。躊躇わずにリング上に上がる夕子。既に着替え

終わっており、ミニのワンピース姿であった為、リングインの際に一部の観客には下着が見えて、

それへの歓声が上がった。

「よーし、掛かって来い!」

「えーい。」

 パチーン

叫ぶ栄子に殴りかかる夕子で有ったが、全く効果は無かった。

「なんだ、それは!」

 バーン!

逆に栄子のパンチで吹っ飛ぶ夕子。倒れた拍子にワンピースが捲れ上がり、下着が丸見えとなる。

慌てて隠す夕子。

「今度はこっちだ、キックでもいいぞ。」

「えい。」

江梨子にキックを仕掛ける夕子だが、下着が気になるのか中途半端なキックになってしまった。

「何やってんだ!」

お返しの江梨子のキックが夕子の胸元に炸裂した。またも吹っ飛ぶ夕子。そして、またしても

下着が丸見えとなった。

「そんな格好しているからダメなんだよ。脱いじまえ!」

栄子が押え付けた夕子のワンピースを江梨子が脱がす。夕子はブラとパンティだけの姿とされて

しまった。観客から大歓声が起こる。

「それなら、動き易いだろ。掛かってきな。そうだな、、ラリアットでも打ってこい。」

再度、必死の形相で栄子に突進し、ラリアットを打ちこむする夕子。しかし結果は同じであった。

全く効果は無く、栄子のお返しのラリアットにより派手に吹っ飛ばされる。

「固め技ならどうだ。ほら、ヘッドロック掛けてみな。」

夕子が江梨子にヘッドロックを掛けるが簡単に外される。

「ヘッドロックってのは、こうやるんだよ。」

今度は江梨子が阪田直伝のポイントを付いたヘッドロックを夕子に仕掛ける。頭が割れそうな

激痛が夕子を襲った。

「ギャーーー!」

「次はスリーパーだ。さあ、掛けてみろ!」

夕子のスリーパーは簡単に外され、代わって栄子の強烈なスリーパーが夕子を襲う。

「アキレス腱固め、やってみな。」

「アームロックなら分かるだろう。」

その後も色々な技で、同様の事が繰り返される。

栄子と江梨子にとって夕子は、紗香に飽きた二人に飛び込んできた新しいおもちゃでしかなかった。

先程の紗香同様二人が交代でやんわりと、しかし確実に夕子を痛め付ける。

 

その間に、混濁状態だった紗香の意識が徐々に戻ってきていた。

そして、目の前で起こっていることも徐々に理解出来てきた。

誰が、あの二人と闘っているんだ?馬鹿な奴だな〜 やられてるだけじゃないか。

 今の内に逃げ出せないかな〜?ダメだ、身体が動かないよ…

 だいたい、誰なんだ、あれ? しかも、水着じゃなくて、下着じゃないのか?

 そして、紗香がその正体に気付いた瞬間、紗香の全身に衝撃が走った。

…! 夕子!!!……… 

 何やってんだ、あのバカ!?何の為に、あの二人と闘っているんだ??? 

 

二人は夕子をおもちゃにするのにも飽きてきた様子だった。そして、紗香が意識を取り戻したのに

気が付いた。

栄子「オッ、紗香ちゃん、気が付いたみたいだな。ちょっと、話を聞いてみるかな。」

栄子が紗香に近付いて行く。江梨子もフラフラになった夕子の首筋を掴まえて、紗香の元へと

近付く。

栄子「おい、紗香。気が付いたみたいだな。どういう事か説明して貰おうか?

   お前は確か、こいつが玲達に頼んで、お前を襲わせたって言ってたよな。

   それから、お前が磔になっている時にはみんなで、笑って見てたとも言ってたな?

   そんな奴が何でお前を助けに来るんだ?一体、どういうことなんだ?」

紗香「………そ、それは、………」

答えられぬ紗香に代わり、夕子が叫んだ。

「夕子、そんなことしてない!みんなも、そんなことしてない!

 紗香ちゃん… やっぱり、ショックでおかしくなっちゃったのね。

 そうよ、やっぱり私が磔になれば良かったのよ…

 分かった。紗香ちゃん。私が今磔になる。だからそれで許して、それで正気に戻って!」

叫んだ夕子は江梨子の手を振り解いて立ち上がると、何と自分の僅かに身に付けていた下着を

脱ぎ始めた。

躊躇いも無く、アッというまに全裸の身体を観客に曝す夕子。

栄子も江梨子も紗香も、そして観客も呆気に取られるだけであった。

「それからX字になるんだったよね。」

呆気に取られる観客達や紗香を他所にマイペースの夕子。その姿はバラエティで見せるマイペース

その物であった。流石に恥ずかしいのか、固く眼を閉じたまま両手両足を大きく広げる夕子で

有ったが、観客は未だに訳が分からず、歓声もまばらであった。

夕子は更に続ける。

「そうだよね。これだけじゃ駄目なんだよね。紗香ちゃん、観客の人達に身体を触られていたん

 だよね…

 観客の人達!誰でもいいから、私を触って!私を自由にして!」

叫ぶ夕子であったが、流石の観客達もこれには呼応出来ず、リングへ上がろうとする者は一人も

いなかった。

誰もリング上に上がって来ないのに気付いた夕子は、自らリング下へ降りると再び叫んだ。

「誰でもいいから、私を触って!私を自由にして!」

そして、花道の通路に大の字となった。しかし、その目は固く閉じられ、そして唇が震えて

いるのが近くの観客には見て取れた。

そのまるで殉教者の様な姿に観客達は遠巻きに眺めてはいても、やはり手を出そうとする者は

いなかった。

再度、夕子が震える声で叫んだ。

「誰か来て!誰か私を触って!そうしないと紗香ちゃんが…」

「もう、止めてーーーー!」

今度は、リング上で紗香が叫んだ。

「夕子ちゃん、もう止めて!もうリングに戻って!お願い、服を着て!もう、そんな事しなくて

 いい!お願い!止めてーーーー!私が悪かったのーーーーーーーーーー…」

最後は泣き声であった。

その声が合図で有ったかの様に江梨子がリング下に降り、黒服から受取ったバスタオルを夕子に

巻き付けると、リングへ連れ帰った。

 

「おい、紗香。一体どういう事なのか、今度こそはちゃんと説明して貰おうか?」

栄子の問いに、またしても紗香より前に夕子が叫んだ。

「夕子、そんなこと頼んでないよ!玲ちゃん達だって、紗香ちゃんの事見てなかったって

 言ってたよ!お願い、紗香ちゃん、正気に戻って!」

「大丈夫、正気だよ。」紗香が落着いた口調で話し始めた。総ての覚悟が出来たらしい。

「そう、この子の言った通りだよ。私が嘘をついたんだよ。

 知ってたよ。あいつらが、誰に言われた訳でも無いのに、ペナルティーだって有るのに、

 こいつを助けたんだって事は…

 私は羨ましかった。でも、それ以上に憎かった。だから、リベンジしたかったんだ。

 でも…」

それから先は涙で言葉にならなかった。

顔を見合わせる栄子と江梨子。

栄子「なるほどね。」

江梨子「バカだね、私達も。こんなのに騙されていたんだ。」

栄子「ま、いいか?どっち道、アタシらはヒールなんだから。お金もまあ貰えたし、今日は

   いい経験もさせて貰ったし。」

江梨子「でも紗香、あんたは、」

栄子「許すわけにはいかない!」

江梨子は尚も紗香をかばおうとする夕子のボディにパンチを一発入れた。

その一発で動けなくなった夕子をそのままリング下へ降ろし、黒服に渡す。夕子はそのまま

医務室へと運ばれて行った。

リング上では栄子が引き摺り起こした紗香のボディにパンチの連打を入れていた。

ドスッ、ドスッ、ドスッ

お腹を押さえ、吐き気に耐える紗香。

栄子が紗香を突き飛ばす。バランスを崩した紗香の後頭部に江梨子のキックが炸裂した。

バシーン!

この一撃でマットに前のめりで倒れる紗香。その非常に危ない倒れ方に、レフェリーが紗香の

状況を確認しようとするが、先回りした栄子がそれを邪魔する。

そして、栄子は紗香の水着を簡単に剥ぎ取った。意識を失っている紗香が抵抗する筈も無かった。

「とどめだ!」

OK!」

江梨子が全裸となった紗香を軽々と担ぎ上げ、パワーボムの態勢を取る。

そして、叩き付ける時には栄子も協力した。

ドカーーーーン!

マットが揺れ、叩き付けられた紗香は口から泡を吹いていた。

カーン 

レフェリーの要請により、ゴングが鳴らされた。

次いで、アナウンスが流れる。

「只今の試合はホール,芳野両選手が共にKOとなりましたので大池,左藤組の勝ちと決定

 致しました。」

勝ち名乗りもそこそこに、不機嫌そうな顔で花道を引き上げる栄子と江梨子。

リング上には完全に失神した全裸の紗香が残されたが、黒服たちにより担架で医務室へ運ばれて

いった。

 

治療を終えた紗香であったが、ダメージが大きく一晩そのまま入院することとなった。

その紗香がベッドに横たわる病室をノックする者がいた。

まだ意識を取り戻していなかった紗香からの返事は当然無かったが、その者はそのまま入って来て、

紗香のベッドの横に座った。

小倉 夕子であった。

夕子はそのまま紗香が意識を取り戻すまで、そこでずっと待ち続けた。

相当の時間が経過し、ようやく紗香に意識が戻ってくる気配が見えてきた。

「良かった。」

ポツッと口にする夕子。

しかし、紗香が夕子の存在に気付くまでには、まだ暫らく時間が必要で有った。

 

ようやく、紗香がそばに誰かいることに気付いた。

紗香「誰、そこにいるの?」

夕子「あっ、紗香ちゃん。目が覚めた?どう、気分は?」

紗香「やっぱり、お前か…いい訳無いだろ。身体中痛いし、頭も痛いし、吐き気もする。」

夕子「でも、良かった。あのまま、目が覚めなかったらどうしようかと思った。」

紗香「縁起でも無いこと言うな。だけどお前、何時からここにいたんだ?」

夕子「ずうーっと前から。でも大丈夫、気にしないで。今日はもうお仕事も無いし。」

紗香「別に、気にはしないけどな。」

夕子「ウフッ…」

暫らくの沈黙の後、紗香が口を開いた。

紗香「お前さあ、何で乱入してきたんだ?アタシを助けようと思ったのか?お前があいつらに

   歯が立つ訳無い事位分かるだろう。」

夕子「だって、紗香ちゃんは夕子の大事なパートナーだから。友達だから。苛められてるのが

   可哀想だったの。」

紗香「お前に可哀想って言われてりゃ、世話無いよ。それに、パートナーったって、あの時だけ

   だし、そこでアタシがお前に何したか、忘れた訳じゃないんだろ?」

夕子「勿論、試合の事は覚えてるよ。でも、リングの上ではみんな一生懸命やらなきゃいけないし、

   何が有っても恨みっこ無しなんだよ。」

紗香「恨みっこ無しか………

   誰がそんな事言ったんだ?」

夕子「玲ちゃんや美奈子ちゃんや仁美ちゃんが教えてくれたの。あの試合の後でね。そうか、

   紗香ちゃん、あの時いなかったんだ。」

紗香「… そうか、あいつらが…

 

   ところでお前、さっきアタシのこと、『友達』って言ったか?」

夕子「言ったよ。一緒に闘ったんだから、友達じゃない。

   それに、紗香ちゃんって友達がいないって聞いたから、夕子がなって上げる。」

紗香「『友達がいない』って…、はっきり言うやつだな。

   ま、確かにそうだけどな。でも、お前だって友達がいないって、聞いたこと有るぞ。」

夕子「そんな事無いよ!美佳ちゃんだっているし、睦子ちゃんは『お姉ちゃん』って言って

   くれるし!それからね、えーっと?」

紗香「やっぱり、その二人だけじゃないか。でも、あいつらにも酷い事しちゃったんだよな。

   ゴメンヨ。」

いつしか、紗香もすっかり夕子のペースに巻込まれていた。『ゴメン』の言葉が素直に口から

出た事にも、本人は気付いていない様である。

夕子「大丈夫だよ。二人とも今はすっかり元気だし、リングの上の事は恨みっこ無し。」

紗香「お前と話してると調子が狂ってくるよ。一体、何者なんだよお前は?」

夕子「夕子はね、本当は『りんこ星』の『ももこ姫』なのよ。」

紗香「ヘ…………、アハ、アハハハハハハハ、ア、痛っ、痛っ、アハハハハ、痛っ、痛っ、痛…」

真面目な顔で答える夕子に、大笑いする紗香。しかし笑った為、痛めた身体のあちこちの痛みが

甦ってきた。それでも痛みを堪えて大笑いする紗香。こんなに笑ったのはいつ以来なのか、

自分でも分からない位だった。

夕子「紗香ちゃん、大丈夫?なんで、そんなに笑うの?夕子、何か変な事言った?」

紗香「ハー、ハー、大丈夫じゃないけど、大丈夫。もう、アタシを休ませて。お前と一緒に

   いたら直る物も、直らなくなっちまう。」

夕子「分かった。じゃあ、夕子帰るね。」

椅子から立ち上がり、部屋から出ようとする夕子に紗香が声を掛けた。

「夕子ちゃん…有難う。嬉しかったよ。本当に有難う。」

夕子はニッコリ笑った顔を紗香に見せると、そのまま出ていった。

 

残された紗香の眼からは涙が溢れ出してきて、枕を濡らした。

そのままシーツを頭からかぶって嗚咽を続ける紗香。

そして、泣き疲れた紗香はいつしか眠りについた。

これもまた、いつ以来か自分でも分からぬ安らかな眠りであった。

その脳裏には、またもや9人の女性が次々に現れては消えていった。

美佳,睦子,美奈子,もえ,瞳,仁美,玲子,玲,そして夕子。

しかし今度の彼女達は、皆笑顔であった。笑顔で優しく紗香を見つめていたのだった。

―「リベンジ-4」― ()

王様と奴隷シリーズ ()

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