「暴君復活-2」

『地下プロレス史上最強の暴君』輪田 アキ子が地下リングに復活するという噂はあっと言う間に業界へ広まり、その日の
会場はいつも以上の賑わいを見せていた。特に輪田の現役時代を知る各プロダクションやTV局のお偉方が多く足を
運んだ為、何とも妙な雰囲気が漂ってもいたが。
しかし彼等はその日のカードを知って、一様に首を傾げた。
それは 輪田 アキ子,宮路 真緒組vs.磯野 さやか,三津屋 葉子組であった。
極一部の事情を知る者以外にとっては、何とも必然性の無いカードであったのだ。

時間は数ヶ月遡るが、地下リングで一つの試合が行なわれた。
モリ・プロの堀腰 のり,西畑 さおり,浜内 順子組vs.モリ・エージェンシーの宮路 真緒,磯野 さやか,三津屋 葉子組の
キャプテンKOマッチであり、結果はモリ・エ側のキャプテン真緒のKOによりモリ・プロ組の勝利であった。
しかし、その実情はパートナーの葉子を中心に仕組まれた、人気者真緒に対するジェラシーからのモリ・プロ側3人による
公開リンチとも言える物であり、真緒はその試合で受けた肉体的,精神的ダメージにより約1ヶ月入院、しかも、その間に
試合の記憶を消されるという処置までが取られていた。
その事を知り激怒した輪田は、のり,さおり,順子とプロダクション内のリングで制裁マッチを行ない、三人をKOした。

その後、元気に仕事を再開した真緒を見て安心した輪田では有ったが、将来的な事を考えると作られた記憶のままでずっと
いさせる訳にも行かないだろうし、同じ事務所の葉子やさやかとの仲をこじらせたままにしておくのも良くないと考えた。
そして、輪田は遂に真緒を事実に向かわせる事を決意した。
地下リングで再び闘わせる事で、総てを明らかにさせようとしたのである。
その気持ちの中には、予想以上であった自身の強さを再び地下リングで見せたいとの思いも勿論有ったのではあるが。

決意を決めた輪田は地下リングに前述のマッチメイクを申請し、それからホリ・エへ向かった。
真緒,さやか,葉子の三人に出場の命令をすると共に、真緒に対しては自分と一緒のトレーニングを命じた。
それぞれに戸惑った三人では有ったが、彼女達がこの世界の実力者である輪田の命令に逆らえる筈も無かった。

真緒は訳が分からなかったが、ともあれこれも仕事の一環と考え輪田とのトレーニングを開始した。
トレーニングは基本的なテクニックと受身、それに体力作りを中心とした地味でしかも予想以上に厳しい物であったが、
持ち前の素直な性格と天性の高いアスリートの資質により、真緒は輪田も驚く程にメキメキ実力を増していった。
真緒自身も自分が強くなって行く事を楽しんでいた。輪田の真の狙いは勿論理解していなかったが。

一方のさやかと葉子は、のり達が輪田にKOされたという噂は勿論聞いており、遂に来るべき物が来たか、と考えざるを
得なかった。それでも、地下リングで闘う以上恥ずかしい試合をする訳には行かない。再度トレーニングジムに通い始めた。
また同時に、のり達には輪田と闘う上でのアドバイスを求めたのだが、彼女達も思い出したくないのか、口は重かった。
もっとも、あの試合内容ではアドバイス出来る筈も無かったのだが。
ようやく聞けたのは
「輪田の目を見るな」
「輪田の声を聞くな」
という物だけであった。
この役に立たなさそうな情報に「一体どうやって、試合しろと言うのよ!」と怒るさやかと葉子であったが、その意味を
知るのは当日になってからであった。

試合当日を迎えた。
片方の花道からさやかと葉子が、共に赤のセパレーツ水着で入場してきた。
試合に備えたのか、二人とも先日の試合より更に一回り横幅が増した様に見えており、そのグラビアでも定評の有る
ムッチリとした水着姿には主として若い男性からの多くの歓声が上がっていた。
しかし、二人にはその歓声に応える余裕は無かった。笑顔を見せる事も無く、固く唇を噛締めての入場であった。
ちなみに
葉子:身長165cm B87−W59−H88
さやか:身長155cm B91−W60−H87
の公称であるが、特に葉子に関しては実際には相当の+αが必要そうであった。

次いで反対側の花道から輪田と真緒が入場してきた。真緒は白のセパレーツ水着、輪田はTシャツに短ジーンズの
ストリートファイトスタイルであった。本当は輪田自身は先日の試合で気に入ったスポーツビキニで登場したかったのだが、
地下リングサイドからの「それだけは、止めてくれ」という願いにより、渋々そのスタイルにしたのであるが。
ちなみに
真緒:身長168cm B87−W58−H85
の公称で、輪田に関しては174cmという身長のみが公表されていた。

ともあれ、輪田の入場と共に起こる会場を揺るがす様な大きな歓声と拍手。久し振りに感じるこの雰囲気に輪田は満足気に
両手を振って応えていたが、一方の真緒の様子がおかしくなっている事に観客が気付き始めていた。
リングに向かう足取りが重くなり、その顔色から徐々に血の気が引いてきていた。
輪田に促されて何とかリングに上がった真緒であったが、真っ青な顔でコーナーに頭を抱えたうずくまってしまった。
その時、真緒は激しい頭痛に襲われていた。
そう、この雰囲気により甦りつつある真の記憶と、洗脳により植え付けられた記憶が激しくせめぎあっていたのである。
『私、ここは初めてじゃない。この声援,このリングに記憶が有る。』
『そんな筈は無い。何時、こんな所へ来たのよ?初めてに決まっているわよ。』
『違う。私はここへ来た事が有る。でも、何時?何の為に?』
『何言ってるの!気のせいよ!デジャヴよ!』

アナウンスが流れた。
「本日のメインイベント、スペシャルタッグマッチを行ないます。赤コーナー,磯野 さやか,三津屋 葉子、青コーナー,
 輪田 アキ子,宮路 真緒。
 この試合はイリミネーションルールで行なわれ、フォール,ギブ・アップ,KO,レフリー・ストップ等により失格した
 選手は退場となり、二人が失格した時点で試合終了となります。尚、二人同時のリングインは反則となります。」
アナウンスに続き、レフリーチェックが行なわれたが、真緒の様子は変わらなかった。
真緒を先発させるつもりの輪田であったが、その様子を見て自らが先発することにし、真緒を場外へ一旦降ろした。
一方は葉子がコーナーへ下がり、さやかが先発してきた。

"カーン"
ゴングの乾いた音色が響き、再度の大歓声がそれをかき消した。
対峙する輪田とさやか。その身長差は20cm近かった。
「さあ、かかってこい!」
その歓声の中で響き渡る輪田の咆哮。その瞬間、観客の歓声が静まり返った。
一方リング上のさやかは、その声にのり達のアドバイスの意味を理解したが、既に遅かった。
身体を竦ませ、動きが取れなくなったさやかに輪田が襲い掛かる。
「さやかちゃん!」
葉子の声に我に返ったさやかであったが、そこへ輪田の前蹴りが炸裂した。葉子の控えるコーナーまで吹っ飛ぶさやか。
葉子が交代しようとしたが、輪田の方が素早かった。さやかの腕を掴んで立たせると、今度は自軍コーナー方向へ
投げ捨てる。
ようやく正気を取り戻したさやかで有ったが、輪田の鋭い動きはその反撃を許さなかった。
立ち上がろうとしたさやかを左右のパンチで再度ダウンさせると、馬乗りとなり胸元,ボディとパンチを叩き込む。
更に袈裟固めの姿勢で上に乗り、締め上げる。
もがくさやかであったが、全く逃げる事が出来ず徐々に動きが鈍くなってくる。
飛び出した葉子のカットでようやく逃れたさやかであったが、立ち上がることは出来ず既にKO寸前である。
輪田は再度さやかを引き摺り起こすと、ボディスラムでリングに叩きつけた。
無論、しっかり身体をグリップし受身の取り辛い必殺ボディスラムである。
これで殆ど意識を失ったさやかに、輪田はとどめのストンピングを叩き込んだ。
かつて、このリングで数知れぬ相手をKOした彼女の最大の必殺技である。
"ドカーーーン!"
大きな音と共にリングが揺れ、そこには完全に意識を失ったさやかが横たわっていた。レフリーがゴングを要請する。
"カーン"
黒服達により担架に乗せられて退場させられるさやか。観客席からは総立ち状態での拍手が輪田に送られる。
それに両手を上げて応える輪田。

しかし長いブランクも有り、そこにスキが出来た。
リングに飛び込んだ葉子が渾身のタックルを輪田の後方から叩き込むと、輪田はその一撃によりバランスを崩して場外まで
転落した。
「この野郎!」
急いでリングへ戻ろうとする輪田であったが、落ちた際に腰を強打しており直ぐには立ち上がる事が出来ない。
上手く立ち上がれずもがく輪田の姿に、流石に年齢と長いブランクを感じた観客からは励ましの輪田コールが起き、
後輩タレント達からも悲鳴にも似た声が上がっていた。

そのコールに励まされる様に立ち上がった輪田に、突然3つの影が襲い掛かった。
その3人はいずれも相当な体格の持ち主であったが、動きは早かった。
後方から殴り掛かった三人は、輪田をダウンさせるとそのまま全身に激しいストンピングを浴びせ掛けた。
更に輪田を引き摺り起こすと、3人掛かりのパワーボムで床のマットの無い部分に叩きつけた。
そして、とどめとばかりに3人が順番にボディプレスを仕掛け、最終的には重ね餅状態に3人分の体重を浴びせた。
観客達、特に輪田の全盛期を知る者達に取っては、信じられない姿であった。いかに不意打ちされようと、例え三人相手で
あろうと、かつて輪田がこうまで一方的にやられる事は無かったのだ。
その間、リング上の葉子は正に呆気に取られていた。彼女等に加勢すべきなのか、輪田を救出すべきなのかも
分からぬまま、ただその状況を見詰めているしかなかった。
一方の真緒もこの騒ぎに気付き、輪田がやられている方に眼をやったが、見た事により更に頭痛が激しくなり、
とても救出に行ける状況では無かった。
『輪田さんが襲われてる。助けなきゃ。』
『こんな事も前に有った。やられていたのは輪田さん?』
『違う。やられたのは私?』
『そんな事は有る筈が無い!』
三人が輪田の上から退いたが、輪田は動けなかった。完全に失神状態となっていたのである。
再度起こる輪田コールにもその状況に変化は無かった。

輪田をKOした3人はマイクを掴み叫んだ。
「お客さん!リング関係者の皆さん!我々3人、山元 早織,塁家 明日香,芳川 綾乃は『肉体こそ真の凶器』を
 合言葉に軍団を結成しました!今日は手始めにこのロートルをKOし、そしてそこにいる三津屋 葉子を軍団員と
 して迎え入れたいと思います!」
三人の正体は
山元 早織:19歳 165cm B98-W60-H86
塁家 明日香:19歳 165cm B97-W62-H89
芳川 綾乃:17歳 162cm B93-W58-H87
であった。ちなみにこのプロフィールは公称で有るが、ファンですらそのサイズが真実では無く、少なくともウェストに
関しては最低+5cm必要で有ることに気付いていた。
呼び掛けられた葉子も確かに彼女達に劣らぬ体型の持ち主では有ったが、あまりに突然の、しかも試合中の呼び掛けに
返答できず、戸惑った表情を見せていた。

場内が騒然とする中、モリ・プロのタレント席からこちらも3人のタレントが近付いてきた。
堀腰 のり,西畑 さおり,浜内 順子であった。
彼女達に気付いた早織が
「何、あなた達も仲間に入りたいの?のりちゃんはまあ合格かな。でも後の二人は駄目ね。モリだと後入っていいのは、
 深打 恭子ちゃん位かな…」
しかし、のりはそれには答えず
「貴様ら、輪田さんに何て事をするんだ!」
そう叫ぶと早織に襲い掛かった。次いでさおり,順子もそれぞれ明日香,綾乃に殴り掛かっていった。
先日は輪田にKOされた三人であったが、その思いは伝わっていた。それだけに不意打ちという行為が許せなかったのだ。
激しい闘いが場外で開始された。

葉子はどちらに加勢する事も出来ず、相変わらず表情に戸惑いを浮かべたまま、リング上に立ちすくんでいた。
そして、真緒はその闘いを見ながら、徐々に頭痛が収まってくるのを感じていた。
『のりちゃん達が闘っている。間違い無い、これは前にも見た事が有る。』
『でも、誰が相手だったの?葉子ちゃん達?』
『そう、葉子ちゃんとさやかちゃんが闘った。でも、私も闘ってる。』
『いや、闘ったなんてもんじゃなかった。やられたのよ、一方的に。』
『殴られた。蹴られた。投げられた。極められた。裸にされた…』
『そう、裸にもされた。そして、恥ずかしい目に合わされた。』
『誰かが、それを笑って見てた。お客さん達?』
『さやかちゃんと葉子ちゃんよ。彼女達が私の事を笑って見てた。』
『何で…?』
『…! 思い出した!全部、思い出した!』
遂に、彼女の真の記憶が甦った。真緒は立ち上がると、その目をリング上の葉子に向けた。

早織達はこの時に備え、相当のトレーニングを積んでいた様であった。実力者ののりこそ早織と互角にやりあっていたが、
さおり,順子は徐々に明日香,綾乃のパワーに圧倒され始めていた。

得意の間接技に持ち込みたいさおりであったが、明日香は接近戦を許さずパンチやキックで追込んでいった。
何とか腕に絡み付こうとしたさおりを明日香は高々と持ち上げると、机の上に叩きつけた。
「グウッ…」
これで息が詰まったさおりに対し、明日香はエルボーを連発で打ち込み、再度持上げると無造作に場外マットに落とした。
そこへ明日香のヒップドロップが炸裂する。
「グエッ!」
助走を取った明日香は半失神状態のさおりにボディプレスを敢行した。
さおりはこれで完全KOとなってしまった。

順子もパワーファイターを目指してトレーニングを積んでいたのだが、綾乃の方が明らかに一枚上手であった。
組合った状態から押込んだ綾乃は順子を観客席へ叩き込んだ。
更に順子を引きずり起こすと、横抱きにして鉄柱へ腰の当たりを連続で叩きつける。
「アウッ」
叩き付けられる音と共に、順子の悲痛な声が上がる。
更に綾乃は順子をそのまま持ち上げると、ボディを自らの膝の上に叩きつける。
「グプッ…」
お腹を押さえて転げ回る順子を再度捕らえた綾乃はボディスラムで投げ付けると、ヒップドロップを落とした。
順子の身体は跳ねたが、それ以上の動きは無かった。
綾乃もまた助走を取ると、順子にボディプレスを敢行した。
順子もまたKOに追い込まれてしまった。

のりと早織は全く互角のパンチ,キックの応酬をしていたが、そこへさおりと順子をKOした明日香と綾乃が早織の加勢に
加わった。
後方からの明日香のパンチでよろけるのりに、綾乃のラリアットが炸裂した。これでダウンしたのりに対し3人の
ストンピングが襲う。
動けなくなったのりを明日香と綾乃が押え付け、早織がこちらも助走を取ったボディプレスを見舞う。
更に、明日香がその上へボディプレスを仕掛けるべく助走を取った。

その時、
「何やってるのよ、みんな!のりちゃん達を助けようよ!」
そう叫びながら、更に一人闘いの中に飛び込んで行った。モリ・エの吉江 怜であった。
「怜ちゃん。」
小柄で、しかも大病により痩せた彼女が無謀にも明日香に突っ込んで行くのを見て、同じモリ・エの喜多川 えりが続いた。
更にモリ・プロからも藤元 綾,彩瀬 はるか,坂井 彩名,安蒜 優,大守 玲子、先程名指しされた深打 恭子も続いた。
流石にこれには多勢に無勢と見た早織達は素早く花道を引き返して行った。
それを追おうとする者もいたが、それよりも輪田達を助ける事が先決と、KO状態の4人をを医務室へと運び込んで行った。
輪田に対しては、この時点で失格の裁定がなされた。

場外の騒ぎが一段落付いた時、観客がリング上に見た物は激しく睨み合う二人の女性であった。
ついにリングに上がった真緒が葉子と激しく睨み合っていたのだ。

真緒が口を開いた。
「葉子ちゃん、私、全部思い出した。私の怪我は交通事故なんかじゃない!のりちゃん達にここでやられたのよ。
 そして、それを計画したのは葉子ちゃん、あなただったのよ!」
激しく睨みながら指を付きつける真緒に対し、葉子も視線を逸らさず無表情で口を開く。
「そうよ。良く思い出したわね。ここであなたはね、大事な顔をボコボコにされて、素っ裸にされて、沢山のお客さんの前で
 恥ずかしい目に有わされて、最後は白目を剥いて伸びちゃったのよ!」
真緒が怒りに満ちた表情で返す。
「私があの時、どれだけ痛かったか,辛かったか,恥ずかしかったか、あなたは分かってるの!?
 何で、あんな事されなきゃいけなかったのよ!」
葉子は無表情のままである。
真緒が更に続ける。
「本当に、あなたが仕組んだの?何で?一緒に頑張ろうって誓ったじゃないの!」
かつて、一緒に写真集やトレカの撮影を行なった時の事である。
葉子が無表情なまま、再度口を開く。
「そうだよ。あの時はそう誓ったよ。でも、今はどうなの!あなただけが売れて。何が朝ドラのヒロインよ。
 次々にドラマに出て、上手くも無いのにCDまで出して。それだけじゃ無く、グラビアやバラエティにまで。
 何であんたばっかりが、良い目に合うのよ!あなたと私と何処が違うって言うの!
 デートしたと言っちゃデカデカと載ってさ。覚えてる?私なんてね、目線が入っていたのよ。意味分かる?
 未だに素人扱いだったのよ!
 あんたがいなけりゃ、って何度思ったか。みんな、一緒だったのよ。だから私の提案にみんな賛成したの。」
葉子の目が涙で濡れているのにリングサイドの観客は気付いていた。
尚も、葉子は続ける。
「この前は本当に嬉しかったわ。でもね、一つ悔いが残ったの。それはね自分の手であなたを処刑出来なかった事。
 今日、こんなチャンスが来るなんて思ってもいなかったわ。輪田さんにトレーニングして貰ったらしいけどね、
 私に勝てる訳が無い。もう一回、同じ目に合わせたげる。いや、もっと恥ずかしい目に合わせて、この世界に
 いられなくしてあげる!」
「許せない!」
叫んだ真緒は葉子に挑みかかった。
迎え撃つ葉子。
両者のジェラシーとリベンジの気持ちがぶつかり合った。

まずはリング中央で二人がガッチリと組み合った。
身長は真緒がやや高いものの、横幅では葉子が大分上回る。
体格的に上回る葉子がパワーで押込むかと思われたが、真緒も全く下がらない。
むしろ、押し返そうとしているとすら見えた。
そこには先日の試合ではまともに組み合う事すら出来なかった真緒の姿は全く無かった。
これには葉子が焦りを感じ、更に体重を掛け押し込もうとする。
対する真緒も全身に力を込める。無駄の無い筋肉質な身体が躍動し、ジリッジリッと葉子をコーナーへ押込む。
押込まれそうになった葉子がキックを仕掛けようとしたが、それが結果的に自らのバランスを崩すこととなり
コーナーへ叩き付けられた。
真緒は葉子の右腕を取り、絞り上げると一本背負いの要領で投げ付ける。
そして投げた後もその手を離さず、もう一度葉子を投げ付けた。
更にもう一回投げ付けると、そのまま上になって腕を極めに掛かった。
輪田仕込みのまさにレスリングの基本と言っていい動きであり、高齢の観客には懐かしさが有ったが、若い観客には
むしろ新鮮に映っていた。
動き回って何とか立上がった葉子であったが、真緒はその腕を離さずボディにキック、更に極めている腕にエルボーを
打ち込んで再びテイクダウンした。
葉子の下からのキックでようやく腕が離れたが、真緒は素早く葉子の後ろへ廻り込むとスリーパーを狙いに行った。
エルボーを狙う葉子であったが、真緒が上手く身体を密着させている為クリーンヒットとはいかなかった。
この状態ではスリーパーは無理とみた真緒は、今度は葉子をヘッドロックに取った。
真緒の身体を押してロープへ飛ばそうとする葉子であったが、真緒が足を踏ん張りそれを許さない。
逆にそのまま首投げでテークダウンすると、葉子のコメカミを締上げる。
「アーーーーー!」
葉子の口から悲鳴が上がったが、無論ギブ・アップかとの問いには首を横に振る。
何とか立上がった葉子はエルボーを真緒のボディに叩き込み、ヘッドロックを外すと場外にエスケープした。
場外へは追わずニュートラルコーナーで構える真緒は、輪田のトレーニングの成果に感謝していた。
一方の葉子は既に大分スタミナをロスさせられていたが、それ以上に真緒の強さ,上手さにますます焦りの色を
濃くしていた。

リングに戻った葉子は構えを格闘技スタイルに変えた。そのまま真緒に近付くとその顔面を狙って軽くジャブを放つ。
すると真緒の様子が明らかに変わった。表情に激しい動揺を浮かべると、極端なまでに顔面をガードしたのであった。
どうやら先日の試合で顔を散々に痛め付けられた恐怖が甦ったらしい。
そのあまりの変化に葉子も逆に戸惑ったが、がら空きとなったボディに前蹴りを叩き込む事に成功した。
お腹を押さえる真緒であったが、葉子が再び顔面を攻撃する素振りを見せるとまたも顔面を極端にガードした。
これにより葉子も真緒が顔面攻撃を異常に嫌っている事に気付いた。
またもがら空きになったボディに左右のパンチ、更に飛び込んで膝蹴りを叩き込む。
そして真緒のくびれたウェストに両手を巻き付け、ベアハッグで絞り上げる。
「アッ!」
今度は真緒から悲鳴が上がる。
葉子は両腕に更に力を込め、真緒の腰を締上げる。
それでも何とか身体を動かし隙間を作った真緒は、葉子の額にチョップを振り下ろす。二発,三発と叩き込んで
ようやく逃れたが、腰へのダメージは大きかった。
先に立上がった葉子は真緒の腰を狙ってキックを連発する。
しかし真緒もその蹴り足を掴んで葉子を倒すと、アキレス腱固めに捉えようとする。
極められる前にと身体を回転させる葉子。二人の身体がそのまま場外まで転落し、身体が離れた。
そのまま場外戦を狙った葉子であったが、真緒は素早くリング内に戻った為、こちらもリング内へ戻る。
再びパンチで顔面を狙い牽制する葉子。真緒も分かってはいたが恐怖心に勝てずガードが上がってしまう。
そこへローキックからミドルと叩き込む葉子。更にロープへ振ろうとするが、真緒は応じない。
ならばと再度ローからミドルのコンビネーションを見せた葉子は再度真緒をロープに振る。
ロープへ飛んだ真緒であったが、トップロープに腕を絡めて、ラリアットを狙う葉子の待つ方向へは戻らない。
「ふざけるなー!」
ならばと飛び込んでラリアットを狙う葉子であったが、真緒がかわした為そのまま場外へ転落した。
今回も場外へは追わず、コーナーに待機して呼吸を整える真緒。

リングに上がった葉子はまたも顔面パンチで牽制し、ガードの上がった所へ飛び込むとボディへ膝蹴りを入れた。
そして再度ベアハッグに取り暫らく締上げた後、今度はコーナーに背中を叩き付けた。
"ドーーーーーン!" 大きな音と共に、リングが揺れた。
ダウンした真緒にキックを数発浴びせるとそのまま場外へ蹴落とす。
自らもリング下へ降りた葉子は真緒の髪の毛を持って立たせると、その顔面を机に叩き付けた。
"ガツーン!ガツーン!" と、大きな音が会場に響く。
更に椅子を持ち出すと、机にうつ伏せとなった形の真緒の腰に叩き付ける。
"バァーーーン!" 鈍い音と共に、そのまま崩れ落ちる真緒。
葉子はダウンした真緒を起こしリング上に放り入れると、椅子を持ってリング内に戻った。
レフリーの制止を無視して椅子を真緒の脳天に叩き付けようとした葉子で有ったが、振りかぶった所に真緒の
起死回生のトラースキックが炸裂した。
"スパーーン!"
"ガッシャーーン!"
予想外の反撃に椅子を取り落としてダウンする葉子。
葉子は落ちている椅子を手にし一瞬迷いを見せたものの、そのまま場外へ放り捨てた。
凶器を使う事は、場外乱闘同様輪田から禁じられていたのだ。
ゆっくりと葉子に近付いた真緒は葉子のボディにキックを連発した。
更に葉子を引きずり起こした真緒は突き上げる様なエルボーを連発で叩き込み、更に葉子の首を取るとネックブリーカー・
ドロップで叩き付けた。
更に攻撃を加えるべく葉子を立たせようとした真緒に衝撃が走った。
起き上がりながら葉子が真緒の股間へパンチを打ち込んだのだった。
股間を押さえダウンする真緒。葉子は真緒に馬乗りになると顔面にパンチを打ち込んだ。
"バシーン!"
「ギャーーーーー!!!」
凄まじい悲鳴を上げた真緒は葉子を払い除けると、顔面を押さえてコーナーへ逃げ込んだ。 
完全に先日の試合の恐怖が甦り、恐慌状態を引き起こしていた。
顔を押さえコーナーで震えている真緒に対し、葉子は先程のお返しとばかりにキックを連続で叩き込む。
"ドスッ、ドスッ"
お腹や腰へ激しいキックを浴びながらも、顔だけは必死でガードする真緒。
だが、その腕にも徐々に力が入らなくなってきていた。
葉子はグロッギー状態の真緒を引き摺り起こすと、シュミット流バックブリーカーで更に腰にダメージを与える。
更に真緒の両足を取ると反転させて逆エビ固めに捕らえ、ギブアップを迫る。
「さあ、ギブアップしろー!」
「ノー、ノー!」
レフリーの問いに首を横に振る真緒。更に腕の力だけでロープへ近付くと、何とかロープブレイクに逃げた。
「ロープ!」
レフリーの声に技を解いた葉子で有ったが、再び真緒の両足を取るとリング中央に戻りジャイアントスウィングに持って行った。
10回転で真緒をリングに投げ捨てた葉子は、足をふらつかせながらもコーナーへ向かった。
葉子にもこれまでのダメージと攻め疲れによる疲労が見られていたが、ここが勝負とばかりにコーナーポストへ
登り、リング上で大の字になった真緒との距離を測ると、コーナーからのフライングボディプレスを敢行した。
「よーし、もらったー!」
しかし時間が掛かってしまった為に、真緒が回復していた。
葉子が覆い被さる寸前に真緒が膝を立てた為、葉子のお腹が真緒の膝に突き刺さってしまった。
「グフッ!」
お腹を押さえてダウンする葉子。
先に立上がった真緒は、フラフラと立上がった葉子のバックを取るとバックドロップで投げた。
「ドォーーーン!」
葉子の後頭部がリングに突き刺さる。
真緒は葉子を引き摺り起こすとバックドロップをもう一発狙った。
しかし、ここまでに受けた腰のダメージが大きく投げ切れなかった。
「ドォーーーーーン!」
今度は二人共の後頭部がリングに叩き付けられた。

両者共に立ち上がれない。
その状況を見たレフリーがKOカウントを開始した。
「ワン、ツー、スリー」
さやかと輪田が既に退場扱いになっている為、このまま両者KOとなれば試合はドローとなる。
「フォー、ファイブ、シックス」
カウントが進むが、両者とも立ち上がれない。
「セブン、エイト、ナイン」
レフリーの10カウント目が行なわれようとした瞬間、リング下から声が掛かった。
「レフリー!カウントするな!闘いに引分けなんか無い!勝つか、負けるか、二つに一つだ!」
声を掛けたのは輪田であった。連れて行かれた医務室で治療を受け意識を取り戻した後、暫らく休めというドクターの
制止を振切ってリング下までやってきたのであった。
輪田の声に、レフリーは10カウント目を数える事が出来なくなった。
リングを叩きながら更に叫ぶ輪田。
「真緒!葉子!立て!立って闘うんだ!決着を付けろ!」
場内からも、真緒コールと葉子コールが起こった。
それに励まされる様に、ほぼ同時に上半身を起こす二人。

まるで愛しあう者同志が引合う様に、上半身だけを起こした状態で近付き合う二人。
しかし二人は勿論愛しあう者では無く、抱合う筈は無かった。
葉子のパンチが真緒の顔面を捕らえる。しかし今度の真緒は違っていた。逆に握り拳を作ると葉子の顔面にパンチを
返した。
真緒の恐怖心は消えていた。また葉子の心に有ったジェラシーも、真緒の心に有ったリベンジも消えていた。
ただ、目の前に入る相手を倒すという純粋な闘争心だけが二人を満たしていた。
全く怯むことなく、お互いの顔面を殴り合う二人。
"ガツン、ガツン、ガツン…" 会場にお互いが殴り合う音が響く。
何発目かの真緒のパンチで遂に葉子がダウンした。しかし、それを見た真緒もまた次の瞬間崩れ落ちた。
二人とも体力の限界はとうに超えている様であった。
両者とも起きあがれないが、レフリーのカウントは行なわれなかった。
再び会場から起こる真緒コールと葉子コール。
「起きろー!起きるんだ!」
輪田がリングを叩き、叫ぶ。

暫らく間が有って、先に葉子が上半身を起こした。その顔面は腫れ上がっていたが、闘争心に陰りは無かった。
ゆっくりとダウンしたままの真緒に近付いていく。
「とどめだ!」
葉子がパンチを振り下ろした。しかし次の瞬間、
"ガツーーーン!"
会場内に大きな激突音が響いた。
寸前上体を起こした真緒が、その頭を葉子の頭にぶつけたのであった。
三度両者がダウンする。

両者共に完全に脳震盪を起こした様で、全く動けなくなった。
この状況に観客のコールも止み、もう止めろという声が起こり始めていた。
輪田もまた声を出すことなく、じっと二人を見つめていた。

あまりの状況にドクターが中へ入ろうとした時、今度は真緒が先に意識を取り戻した。
ゆっくり這いながら葉子に近付き、フォールの態勢となる。
「ワン、ツー、スリ…」
条件反射の様に葉子が肩を上げた。しかし、それが限界であった。
真緒も動けなかった。そのまま葉子の上に乗っている。
再びレフリーのカウントが入る。
「ワン、ツー、スリー!」

"カーン"
場内に試合終了を告げるゴングが鳴った。
死闘を締め括るにはあまりにも呆気ない結末に、場内にも戸惑いの雰囲気が漂った。
場内にアナウンスが流れる。
「ただ今の試合は、磯野,三津屋両選手が失格となりましたので、輪田,宮路組の勝利と決定致しました。」
そのアナウンスにようやく観客から拍手,歓声が起こった。

リング内に飛び込む輪田。更にこちらも医務室から戻ってきたさやか,のり,さおり,順子も加わり、二人を介抱する。
その甲斐有って二人は意識を取り戻して上半身を起こし、そしてお互いを認め合った。
二人を握手させようとする輪田であったが、その前にお互いの顔を見た二人は同時に大笑いを始めた。
「アハ、アハハハハハハ、何それ、真緒ちゃん、凄いタンコブ。」
「アハハハハハハハ、何言ってんのよ。葉子ちゃんだって凄いタンコブが出来てるよ。」
そう、先程頭をぶつけ合った衝撃で、二人の額には共に大きなタンコブが出来ていたのであった。
暫らく笑った二人はお互いに抱き合った。
「ごめんね、真緒ちゃん。あんな事しちゃって… 本当にごめんね…」
泣きながら謝る葉子に対し真緒も、
「いいのよ、もう気にしないで。また、頑張りましょう。」
と、泣きながら答えた。
「グアーーーーー」
それを見ている輪田が本来の涙脆さを見せ、大粒の涙を流しながら二人を抱きしめた。
さやかものり達も皆涙を流しながら、真緒に謝り始めた。
そして、会場からも大きな拍手が惜しみなく送られていた。
会場全体があたかも一つになった様であった。
3人だけを除いて。

会場の最後方で、リングを苦々しい表情で見つめる3人がいた。そう、早織,明日香,綾乃である。
「気にいらないわね。」
「あんなショッパイ試合をして、何で涙なんか流しているんだよ。」
「三津屋も期待外れね。椅子を使うなんて情けない。」
「何が、大手よ。あんな奴等には負けない。」
「絶対、ブッ潰してやる。天下を取ってやる。」
「肉体こそ」
「真の凶器!」

新たな闘いがまた幕を開けようとしていた。

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