『「タプレンジャー」登場−2』

ゴングが鳴り、リング上で対峙する早織と茉絵。
ここまでの二試合で結果的には一勝一敗となったが、血ダルマ失神状態で医務室へ運び込まれた明日香の
ダメージは大きく、とてももう一試合出来る状態とは思えなかった。
早織が茉絵,更に勝ち残っている麻理奈を連破するしか「タプレンジャー」側の勝ちは無いということである。
"私が、あんなルールをOKしたばっかりに…"
リングに上がり対戦相手の茉絵と向き合った早織であったが、綾乃と明日香の壮絶な試合を見て、その心の中は
乱れていた。
一方の茉絵はコーナーを離れる寸前まで麻理奈と打ち合わせを続けており、そして何かを手渡されていた。
それにも気付かぬ位に集中力を欠いたまま組合おうとした早織の目の前が真っ白になった。
茉絵が後ろ手に隠し持っていた粉末を早織の顔面に叩きつけたのであった。
にわか盲となった早織に茉絵が襲い掛かる。
まずボディに一発キックを入れると、後方へ廻り込み助走を付けてドロップキックを打込む。
これでバランスを崩し、うつ伏せにダウンした早織の背中に茉絵がキックを連発する。
キックに耐え、何とか立ち上がった早織であったが、視力がまだ良く回復しておらず、大振りのパンチは空を切る。
それに対し茉絵は横から後ろへ廻り込み身体をぶつける様なパンチで再度早織をダウンさせ、早織の背中に乗ると
チョークスリーパーを狙う。
しかし、体の密着は早織としてはむしろ有り難かった。
茉絵の腕を取ると上手く身体を入替えて自分が上になり、そのままアームロックを狙う。
それを許すまいと暴れ回る茉絵に腕を極める事を諦めた早織は、ボディに膝蹴りを一発落として茉絵の動きを
止めると、場外へ降りた。
自コーナーへ戻り、ボトルに入った水を眼に掛けて視力を回復させる。
視力を確認し、深呼吸をしてからゆっくりとリング内に戻る早織は、ようやく試合に気持ちが集中していた。
対する茉絵もダメージから回復して、リング上で待ち構える。
先程の事が有るだけに慎重に茉絵に近付く早織に対し、茉絵が先手を取った。
態勢を低くして素早く早織の懐へ飛込むと、ボディにパンチを打込む。
しかし、早織の茉絵の背中へのパンチ一発で形勢が逆転した。
動きが止まった茉絵に対して早織はヘッドバットを一発叩き込むと、コーナーへ放り投げた。
"ドォーーーーン!"
大きな音と共に叩きつけられダウンする茉絵に対して、早織が膝を叩き込んだ。
更にそのまま体重を掛けて、茉絵を押し潰そうとする。
セコンドの麻理奈が、慌てた様子で茉絵に近付く。
レフリーのローププレイクの声で早織にスキが出来た。
コーナーで押し潰されていた茉絵であったが、その手には何と麻理奈から手渡されたサーベルが握られていた。
サーベルの柄の部分を使って、レフリーの方を向いていた早織の後頭部を一撃する。
不意を付かれた事も有り、ダウンする早織。
ダウンした早織の上に馬乗りになった茉絵は、早織の額から顔面にサーベルの柄を繰返し叩きつける。
立ちあがった茉絵はまるでタイガー・ジェット・シンの様にサーベルを口に咥え、観客にアピールする。
観客からの声援に、徐々にブーイングが混じり始めていた。
ロープへ飛んだ茉絵は、ジャンプするとサーベルの柄を早織の喉元へ叩きつけた。
"グゥッ…"
早織の身体が一旦跳ねた後、動きを止めた。
そのままフォールの態勢に入る茉絵。
「ワン、ツー、」
しかし、カウント2で早織が跳ね除ける。
立ち上がった茉絵は早織の顔を踏み付け、更には自慢のバストをも踏み付ける。
しかし、これが早織の怒りに火を点けた。
茉絵の足を両手で掴むと持上げ、強引に転倒させる。
ゆっくり起き上がった早織の顔は腫れ上がっていたが、その闘志に衰えは無かった。
攻撃を仕掛けるべく、茉絵に近付く早織。
しかし茉絵はまたしても素早く場外へ逃げ、近寄ってきた麻理奈と何か相談をする。
その時、麻理奈から茉絵にまたしても何かが手渡された事に、興奮状態の早織は気付いていなかった。
リング内へ戻る茉絵。
近付いてきた早織が組合おうとした瞬間、茉絵の口から何と炎が吐き出された。
「キャーーーーーーーーーーーーー!」
大きな悲鳴と共に、顔面を押さえリングを転がり回る早織。
麻理奈から茉絵に火種とアルコールが渡されていたのであった。
早織にとって幸いだったのは、茉絵が当然の事ながら火炎噴射に慣れていなかった為顔面への直撃は避けられた事で
あったが、火の持つ原始的な恐怖から逃れる事は出来なかった。
炎自体は前髪を少し焦がした程度だったのだが、早織は肉体的以上に精神的なダメージを受けていた。
暫らくリング上を転がりまわった後、早織は顔面を押さえ背中を丸めたまるで赤ん坊の様な姿勢でリング中央で、
全身を震わせていた。
タプレンジャーのリーダーとして強い所を見せていた早織も、その実態はまだ18歳の少女にすぎなかったのである。
全く無防備な状態の早織に対し近寄る茉絵の手には、今度は椅子が握られていた。
茉絵は椅子を振り上げると、まず早織の腰目掛けて叩きつけた。
"バシーーン!"
会場に大きな音が響き渡る。
「ウッ!」
叩かれた腰を押さえる早織。
次いで茉絵はその椅子をガラ空きになった早織の脳天に叩きつけた。
"バシーーン!"
再び、会場に大きな音が響き渡る。
これで半失神状態になった早織に対し、茉絵は攻撃を足に絞った。
早織の右足に椅子を何度も叩き付けると、椅子を投げ捨て足四の字固めに捕らえた。
足の激痛で飛びかかっていた早織の意識が戻ってきた。
「さっさとギブアップしなさいよ!おデブちゃん!」
叫ぶ茉絵に首を横に振る早織。
"タプレンジャーは負けない!"
足の痛みが早織を現実に引き戻し、炎の恐怖心をも消してくれた。
「ウワーーー!」
大声を上げ、気合を入れた早織は足の痛みを堪え、身体を反転させた。
この態勢は、茉絵により大きなダメージを与えていた。
"この位の痛みが何よ!綾乃ちゃんや明日香ちゃんの痛みに比べれば大した事は…"
足や腰の痛みを堪え、足に更に力を込める早織。
"クソー、何なんだ、こいつは"
一方の茉絵は、KOよりもギブアップを狙った作戦を悔やんでいた。
「負けるかー!」
童顔には似合わぬ気合の入った声で叫んだ茉絵は身体を更に反転させ、自分が有利な態勢に持込もうとする。
体格的には上回る早織であったが、足のダメージも有って堪えきれずそのままもつれあう様に場外へ転落した。
転落した拍子で足四の字は解けたが、お互いにダメージは大きくなかなか立上がれない。
先に立上がった茉絵は自コーナーへ戻ると、再びサーベルを手にしてリングに上がる。
遅れてリング上に上がろうとする早織に対し、茉絵のサーベルが襲う。
しかも、今度は剣先が。
"バシーーン!"
サーベルの剣先が早織を捕らえるより一瞬早く、早織のトラース・キックが茉絵のアゴを捕らえた。
ダウンする茉絵であったが、その右手にサーベルはまだ握られていた。
しかし、素早く飛込んだ早織が茉絵の右手を踏み付けると、たまらず手から離してしまった。
そのサーベルをリング下へ蹴落とす早織。
更にその茉絵の右手を取った早織は茉絵を立たせると、そのまま腕を絞り上げて頭上に持ち上げた。
そして、自らの肩に叩きつける。
「キャーーーーー!イタイーーー!」
茉絵の悲鳴が、会場に響き渡る。
かつて、アントニオ猪木がタイガー・ジェット・シンの腕を本当に折ってしまった、腕折りである。
その悲鳴にも早織は容赦しなかった。
もう一発叩きつける。
「キャーーーーーー!」
再度、響き渡る茉絵の悲鳴。
更に一発。
「アーーーーーー」
今度は悲鳴と言うより、泣き声に近くなっていた。
攻撃の手を休めぬ早織は、止めとばかりにもう一発腕折りを決める。
"ミシッ…"
「ウワーーーーン」
茉絵の泣き声に混ざり、嫌な音がしたのをリングサイドの観客や麻理奈ははっきりと聞いていた。
泣きながら腕を押さえる茉絵をレフリーがチェックしようとしたが、それを無視した早織が右腕で茉絵の首筋を
捕らえ、のど輪落としを決める。
"ドッスーーーーン!"
受身を取れない茉絵はその一発で失神状態となった。
"カーン"
ゴングが鳴らされ、アナウンスが流れる。
「第三試合はレフリーストップにより山元 早織選手の勝利となりました。
 引続き勝ち残り選手による第四試合、塁家 明日香対久慈 麻理奈を行ないます。」

アナウンスは入ったが、明日香の姿はリング下には無かった。
麻理奈がマイクを取り、叫ぶ。
「ウチで一番弱い茉絵ちゃんには何とか勝てたみたいね。でも、さっきの黄色の人は棄権みたいだし、
今からあなたと最後の勝負よ! あなたが負けたら『タプレンジャー』は解散よ! 分かってるわね!」
試合後、一旦リング下へ降ろされていた早織であったが、それを聞き臨戦態勢を取る。

本部が明日香を棄権扱いし、早織がリングに上がろうとしたその時だった。
「早織ちゃん、ちょっと待って!」
叫んだのは車椅子を押して花道を戻ってきた乃南であった。
その車椅子の上には、頭を包帯でグルグル巻きにした明日香が乗っていた。
黄色かった水着が変色した血でどす黒く染まり、また頭に巻いた包帯へも血が滲んでいるのが、痛々しい。
「早織ちゃん、明日香ちゃんが早織ちゃんに言いたい事が有るって。」
乃南は、明日香が早織に試合が出来ぬお詫びと試合の激励をするのだと思って、ドクターの制止を押しきって
ここへ連れてきたのであった。
しかし、明日香の口からでた言葉は
「早織ちゃん、次は私の試合よね。リングに上げて。」
であった。
流石にOK出来ない早織。乃南も呆然とその言葉を聞いていた。
「お願い。リングに上がりたいの。だから、手伝って。」
明日香の言葉に息を飲む早織。尚もどうするべきか、悩んでいた。
「タプレンジャーは逃げない、だったよね。リングに上げてくれないなら、私タプレンジャーから抜けるわよ。」
「… 分かった。乃南ちゃんも手伝って。」
遂に決意した早織は、明日香を車椅子から立たせようとする。
「やめて、明日香ちゃん。試合なんて、無理だよ。早織ちゃん、何してるの!やめてよ!」
悲鳴の様に叫ぶ乃南に、必死に感情を押さえた早織が言う。
「乃南ちゃん。手伝わないなら、あなたはタプレンジャー、クビよ。」
「…!          分かった…」
この一言に乃南も決意した。
早織と協力して明日香をリングに上げる。
リングに上がった明日香ではあったが、大量の出血の為か立つ事は出来ず腰は下ろしたままであった。
しかし、鋭い視線を麻理奈に浴びせ掛ける事は忘れてはいなかった。

"カーン"
ゴングが鳴り何とか立ち上がった明日香であったが、次の瞬間には貧血による眩暈でその場にうずくまってしまった。
"タプレンジャーは諦めない!"
呪文の様に唱えた明日香は顔を上げ、麻理奈を探す。
明日香の気迫に押されていた麻理奈であったが、こちらも決意を固めた。
"私だってカムバックするのよ!邪魔する奴は許さない!"
動けない明日香に突っ込んでいった麻理奈は、ケンカキックを明日香の側頭部へ叩き込んだ。
この一発でダウンする明日香。
麻理奈は明日香の後ろへ廻り込むと、頭に巻き付けられた包帯に手を掛けた。
「ヤメテーー!」
叫んだのは乃南であった。
更に観客からもブーイングが巻き起こる。
しかし、麻理奈はそんな非難も意に介さず明日香の包帯を解くと、更には額に貼られた絆創膏にも手を掛けた。
血の滲んだ絆創膏を一気に引き剥がす。
「ウッ!」
傷口が曝される痛さにうめく明日香。
その額からは新たな鮮血が流れ出していた。
握り拳を作った麻理奈が明日香を見下ろし、問い掛ける。
「さあ、ギブアップしなさい。今『参った』って言えば痛い目には合わせないわよ。さあ、どうなの!」
明日香ははっきりと答えた。
「タプレンジャーは諦めないのよ。ギブアップは絶対にしない!」
「分かったわ。じゃあ、こうよ!」
叫んだ麻理奈は握り拳を明日香の額へ振り下ろす。
一発のパンチ毎に血しぶきが飛び散り、明日香の顔面から上半身、更に返り血で麻理奈の上半身をも赤く染めてゆく。
「もう、やめてーーーー! 誰か、止めてーーーー!」
涙声で叫んだのは、何時の間にか観客席からリングサイドに移動していた桜怜であった。
更にリングに上がろうとする桜怜で有ったが、早織と乃南により制止される。
"カーン"
突然ゴングが鳴らされた。
レフリーが慌てて、麻理奈と明日香を分ける。
リング上の状況を見て、このままだと危険だと感じたドクターが本部に命じて試合を止めたのであった。
アナウンスが流れる。
「第四試合はドクターストップにより久慈 麻理奈選手の勝利となりました。
 引続き最終試合、山元 早織対久慈 麻理奈を行ないます。」

大量の出血で完全に失神した状態の明日香は、ドクターによる処置をリング上で施され担架で医務室へ運ばれていった。
再び明日香に付添う乃南。
更に桜怜も医務室へ向かおうとしたが、早織の声に呼び止められた。
「桜怜ちゃん、あなたは行っちゃダメ!最後まで試合を見るって約束したでしょ!」
「……… 分かった。」
引き返した桜怜は元の席には戻らず、セコンドの位置についた。
それはタプレンジャー入りする意思表示とも思えた。

桜怜に頷いてみせて、リングに上がる早織の気持ちは不思議と落ち着いていた。
"綾乃ちゃん,明日香ちゃん、良く闘ったわね。ゆっくり休んでていいよ。絶対に仇は取るからね。
タプレンジャーは負けないのよ。"
前髪を焦がし、顔面は腫らして、右足を引き摺る早織であったが、その静かな闘志は観客へも伝わっていた。
リング上で迎え撃つ麻理奈の手には、既にヌンチャクが握られていた。
そして、返り血で右手から上半身を赤く染めたその表情にも鬼気迫る物が有った。
両者の闘志がリング上で火花を散らす。
観客の声援はいつしか、麻理奈達の悪どい反則攻撃にも真っ向から向かっていき、決して折れる事の無かった
タプレンジャー側、早織への物が上回っていたのだが、早織自身はそれにすら気付いていなかった。

"カーン"
遂に最終決戦のゴングが鳴らされた。
ヌンチャクを振り回しながらゆっくりとリング中央に進む麻理奈。
対する早織はコーナーへ追い詰められない様、横へ横へと動いていた。
何処かで突っ込むしかない事は分かっている早織であったが、迂闊に行けば綾乃の二の舞になるのは明らかである。
「肉を切らせて、骨を断つ」そのタイミングを冷静に図っていた。
しかし、前の試合での足のダメージが大きく、横へ廻ろうとした際に足がつまづいた様になった。
そこを麻理奈は逃さなかった。
"パシーン"
ヌンチャクの一撃が早織の痛めている右足を襲う。
この一撃でひざまずきそうになる早織であったが、その目線は麻理奈を捕らえていた。
それを見た麻理奈は飛込む事を止め、ステップバックすると距離を取りヌンチャクを振り回す。
"パシーン"
再びヌンチャクが早織の右足を捕らえた。
しかし、ここでも飛込まず距離を取る麻理奈。
ゆっくりと早織にダメージを与える作戦の様である。
このままではまずいと思った早織は動きを止め、コーナーを背に麻理奈を誘い込む作戦に出た。
これをチャンスと見た麻理奈がヌンチャクで早織の右足を一撃し、次いで顔面を狙う。
しかし、早織はそれを寸前避けると殆ど左足一本で飛込み、タックルで麻理奈をダウンさせる。
何とかマウントポジションを取ろうとする早織に対し、麻理奈は右手に持ったヌンチャクを早織に叩き付けようと
するが、密着状態では大きなダメージを与えるには至らない。
早織はヌンチャクの一方を掴み奪い取ると、それを桜怜のいる自コーナー方向の場外へ投げた。
投げられたヌンチャクを拾った桜怜は、その木の堅さに驚く。
"綾乃ちゃんや早織ちゃんはこんな物で殴られたの!?何て酷い事を…"
そのままヌンチャクを握り締める桜怜。
リング上では早織がヌンチャクを投げた隙に、麻理奈が態勢を立て直していた。
再びリング中央で睨み合う二人。
"ピシッ!"
麻理奈が早織にローキックを仕掛ける。
レスリングに関しては殆ど素人だった二人と違い、かつてリングに上がる為にトレーニングを積んでいただけに
麻理奈の技はそれなりにしっかりしていた。
ローキックで早織の注意が下半身に行った所で、麻理奈はヘッドロックに取った。
ポイントを付いたヘッドロックで早織のパワーを封じ込める作戦で有ったが、早織は麻理奈の胴と足に手を掛けると、
その身体を高々と持ち上げた。
そして、そのままリングに叩きつける。
更に、攻撃を加えようとする早織であったが、麻理奈も下からのローキックで早織の右足を攻撃する。
ローキック攻撃にたまらずダウンした早織の右足に飛付いた麻理奈は、その右足をレッグロックにとる。
暫らく絞り上げた後、右足に今度はキックを浴びせ掛ける。
その痛みに頭を抱える早織。
麻理奈は早織の足を取ってコーナーへ連れて行くと、その両足で鉄柱を挟む状態にした。
素早く場外へ降りた麻理奈は早織の右足を取ると、挟み込んでいる鉄柱に叩きつける。
"アウッ"
思わず悲鳴を上げる早織。
更にもう一発。
"グウッ"
その沈痛な悲鳴にニヤっと笑った麻理奈は、早織の足を取って鉄柱に絡ませると自分の足も差込み、足四の字固めの
態勢とした。
そして自分の身体を空中に投げ出すと、その全体重が早織のクロスした足に掛かる。
いわゆる「鉄柱足四の字固め」
かつてのWWFトップレスラー、ヒットマン・ブレット・ハートが得意とした技である。
麻理奈の全体重を掛けられ、先程の茉絵の四の字とは比較にならない激痛に頭を抱えるしか無い早織。
しかも鉄柱を挟みこんでいる為、身体を反転させる事も不可能である。
しかし、早織にとって幸運であったのは、この試合はローププレイクが有る為、技が反則とみなされた事であった。
レフリーだけでは無理だった為、数人の黒服も協力して技を解く。
ようやく技から解放された早織であったが、右足のダメージは大きく暫く立つ事は出来なかった。
その時、麻理奈は桜怜が先程放られたヌンチャクを持っているのに気が付いた。
桜怜に近づく麻理奈。
「そのヌンチャク、寄越しなさいよ!」
桜怜は逆にヌンチャクを構えて、見様見真似で振り回す。
「何やってるの、あなた!セコンドが手を出したら反則負けよ!」
それを聞いた桜怜はヌンチャクを抱えると、逃げ出そうとした。
が、麻理奈に追付かれる。
「渡しなさい!」
「ダメッ!」
ヌンチャクを抱え、丸くなる桜怜の背中を蹴りまくる麻理奈。
手を出してはいけないと信じる桜怜は、ひたすら耐えるしか無かった。
「強情な子ね!さっさと渡せば痛い目には合わせないわよ!」
しかし、首を横に振る桜怜。
"みんな、もっと痛い目に合っても闘っていた。タプレンジャーは諦めないのよ!"
ダウンした桜怜からヌンチャクを奪い取ろうとする麻理奈。
奪われまいと必死にしがみ付く桜怜。
"バシーン!"
麻理奈の背中に衝撃が走った。
ようやく復活した早織が痛む足を引き摺りながら近付いて来て、麻理奈の背中にパンチを入れたのであった。
ヌンチャクを諦め振り向く麻理奈の顔面に、早織のパンチが炸裂する。
ダウンした麻理奈に馬乗りになった早織がパンチを振り下ろす。
しかし、麻理奈はリングシューズから先程の試合で綾が明日香を血だるまにしたフォークを取出した。
そして、それを早織の左胸に横から突き刺す。
「アウッ!」
そのあまりの衝撃に、思わず刺された傷口を押さえる早織。
押さえた右手には、鮮血がベットリと付いていた。
その隙に早織の下から逃げ出した麻理奈は態勢を整えると、フォークを早織の額に突き刺した。
「ギャーーー!」
大きな悲鳴を上げ、その場にうずくまる早織。
麻理奈はリング内に戻り、観客に血塗られたフォークを見せ付けアピールする。
しかし、彼女が期待していた声援は全く起こらず、その代わりに激しいブーイングが麻理奈に浴びせ掛けられた。
"何で、みんな私にブーイングするの? 私がカムバックするのが、そんなに嫌なの?"
そのブーイングは麻理奈を更に興奮させ、狂暴にした。
リング下ではようやく早織が起き上がったが、その顔面は鮮血で染まっており、赤い水着の為分かり難かったが、
胸元からの出血も止まっていない様であった。
「早織ちゃん、大丈夫?」
半泣きで問い掛ける桜怜に対し、
「大丈夫、タプレンジャーは負けない!」
それだけ答えた早織は、麻理奈が待つリングへ足を引き摺りながらゆっくりと向かった。
リングに転がり込む様にして上がった早織に大きな拍手と声援が送られる。
しかし、リングに上がった早織を待っていたのは、更に狂暴化した麻理奈であった。
麻理奈はまず早織の額に一発キックを入れてダウンさせると、手に持ったフォークを何と早織の左腕に突き刺した。
「アッ!」
予想外の攻撃に、悲鳴を上げると共に戸惑いを隠せない早織。
早織の左二の腕から鮮血が流れ落ちる。
麻理奈は再度早織の左腕にフォークを突き刺し、その腕に力を込める。
その姿にオールドファンは、テリー・ファンクを攻めるブッチャーの姿を思い出していた。
「ウァーーーーー!」
大声を出した早織の右手の掌底が、もう一発の攻撃を狙った麻理奈のアゴに炸裂した。
これがカウンターとなり吹っ飛ぶ麻理奈の手からフォークが飛んで、場外に落ちる。
それを慌てて拾う桜怜。
フォークに付いた血を見た桜怜は、たまらず大声で泣き出した。
"何で、ここまでして闘うの? 早織ちゃん,明日香ちゃん,綾乃ちゃん…"
リング上では左腕を押さえながら早織が立ち上がった。
二の腕から流血している左腕はダラっと下がったままであるが、それでも一歩づつダウンした麻理奈へと歩を進める。
攻撃をしようとした早織であったが、その前に麻理奈のローキックが右足に飛んできた。
その痛みに早織の動きが思わず止まる。
素早く態勢を立て直した麻理奈は尚もローキックを入れた後、自らロープへ飛んでラリアットを早織の首筋へ叩き込む。
ダウンした早織を尻目にまたしても場外へ降りる麻理奈。
上がってきた麻理奈の手には今度は椅子が握られていた。
フラっと立ち上がった早織に対し、椅子を振りかぶったまま麻理奈が突っ込んで行く。
そして、早織の脳天目掛けて椅子を振り下ろす。
しかし早織も痛んでいない左足を軸足として、前蹴りを繰り出す。
"ドカーン!"
相打ちとなった二人がリング上でダウンする。
先に起き上がったのは麻理奈であった。
"とどめよ!"
再び椅子を取り、大きく振りかぶると中腰姿勢の早織の脳天に叩き付ける。
"ガツーン!"
命中した。
が、早織はダウンしなかった。
カッと目を見開くと、掌底を唖然とした表情の麻理奈の顔面に叩き付けた。
吹っ飛ぶ麻理奈の顔面が、噴出した鼻血で赤く染まる。
麻理奈に近付き、引きずり起こした早織は麻理奈をボディスラムの態勢に取り、叩き付けようとした。
しかし、左腕のダメージでグリップが不完全であり、更に右足の痛みでバランスを崩した。
だが、それが結果的に麻理奈を脳天から真逆さまに落とす事となった。
早織は全く無意識であったが、それはデンジャラス・クイーン北斗 晶のノーザンライト・ボムと殆ど同じ形となった。
"ドーーーン!"
リングが揺れ、バランスを崩して尻餅を付いた早織の横には半失神状態の麻理奈がいた。
状況を把握出来ていない早織であったが、チャンスで有る事は分かった。
麻理奈のボディにヒップドロップを落とす。
「グエッ!」
麻理奈の胃から胃液が逆流し、口から溢れ出す。
早織は、右足を引きずり、左腕を押さえながらもコーナーの最上段へ登った。
"決めてやる。これで終わりよ!"
いつしか起こった大歓声の中、フライングボディプレスを敢行する。
"ドッカーーーーーーーーーーーン!"
リングが大揺れに揺れ、飛び込んだ早織の下には動けない麻理奈の身体が有った。
「ワン、ツー、スリー」
レフリーの3カウントが入った。
"カーン"
ゴングが鳴らされ、アナウンスが流れる。
「第五試合はフォールにより山元 早織選手の勝利となりました。
 この結果、山元,塁家,芳川チームの勝利となりました。」

観客から巻き起こる「早織」そして、「タプレンジャー」の大コール。
タプレンジャー達は試合前の狙い通り、総ての嘲笑やブーイングを喚声に変えさせる事に成功したのだった。
その中、泣き腫らした目をした桜怜がリング上の早織に駆け寄る。
「早織ちゃん!勝ったよ!早織ちゃん!」
しかし、早織の返事は無かった。
勝ち名乗りを聞いて緊張の糸が切れたのか、麻理奈に折り重なったまま意識を失っていた。
「早織ちゃん!早織ちゃん!」
泣き叫ぶ桜怜の横に、今日は大忙しのリングドクターが上がり、早織の応急処置をする。
そして、早織も麻理奈もそれぞれ担架に乗せられ、医務室へ運ばれていった。
桜怜もそれに付き添う。

医務室では既に治療を終えた明日香と綾乃が乃南に見守られて、安らかな眠りについていた。
「桜怜ちゃん、試合はどうなったの?」
問う乃南に対し、桜怜は泣き顔のまま
「勝った…」
と一言だけ答え、その場に崩れ落ちて大泣きを始めた。
その桜怜の様子、そして担架で運ばれてきた早織の全身傷だらけの様子を見て、乃南も総てを把握した。
乃南が桜怜に語り掛ける。
乃南「桜怜ちゃん、あなたも『タプレンジャー』の一員でしょ。泣いちゃダメ。タプレンジャーは」
桜怜「逃げない」
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「諦めない」
乃南「タプレンジャーは」
桜怜「負けない」
乃南「肉体こそ」
桜怜「真の凶器」
顔を上げた桜怜と抱き合う乃南。
ここに5人のタプレンジャーが完成した。
そして、彼女達の次なる闘いはもうそこに迫っていた。

−タプレンジャー登場 (完)−

inserted by FC2 system