『タプレンジャーvs.朝娘。−1』

「次の試合の相手が決まったぞ。」
先日の地下リングでセンセーショナルなデビューを飾ったタプレンジャーのリーダー「タプレッド」こと
山元 早織の元に、マネージャーからの一報が入った。
「で、相手は誰なの? 試合形式は?」
問う早織にマネージャーが答える。
その相手を聞いて驚く早織。それは彼女からすると、全く予想外の名前であった。
その頃、他のメンバー達「タプイエロー」塁家 明日香,「タプグリーン」芳川 綾乃,「タプブルー」多喜沢 乃南,
「タプピンク」原多 桜怜の元にも、それぞれ同様の連絡が入っていたが、皆一様に対戦相手の意外さに驚いていた。
その相手とは大人数アイドルグループ「朝娘。」だったのだ。

朝娘。を中心とするモーニング・プロジェクト(モニ・プロ)のプロデューサー、つんたは焦っていた。
かつて子供達を中心に大人気を誇った朝娘。がこの所全く低迷したまま、再浮上の切っ掛けが掴めないで
いた為だった。
CD,DVDの売上げも以前に比べると大幅に低下し、CMも減少傾向。実質的にただ一本となった
レギュラー番組も局自体の弱さも有り、視聴率は低迷したままであった。
過去に一度有ったピンチを後東 真希の加入で乗り切った様に、かつてはメンバーの入替えや新ユニットで
新鮮味を出していたが、現在ではそれすらマンネリ化しており、また強みで有った筈のメンバーの多さも、
現在では「名前が覚えられない」「個性が分かり難い」とむしろマイナスに働いていた。
ファンの期待を裏切り、その代わりにそれ以上の物を与え続けてきた筈のつんたも、現在は単に期待を裏切るだけに
なっていたのだ。
更にそこへ来て、元メンバーで現在も有数の人気者である安部 なつみの盗作騒動は、プロジェクト自体の存続に
すら暗い影を落としていた。
無論、最大の原因が他に有る事はつんたにも分かっていた。
この所朝娘。だけでなく、モニプロのメンバーが地下リングに全くご無沙汰だったのである。
デビュー直後から人気が上昇しピークを迎えようとしていた頃、所謂4期メンバーの石皮 梨華,芳澤 ひとみまでは
地下リングにも数多く参加しており、中でもオリジナルメンバーの仲澤 裕子,飯多 圭織,2期メンバーの
保多 圭などは実力者として、その名を轟かせていた。
(もっとも、ファイトを拒否したオリジナルメンバー服田 明日香が早々と引退するという痛手も有ったのだが。)
それが4期でも籠 亜依,辻野 希美からは、年少化,体格の小型化もあって地下リングへの参加を避ける様になり、
それ以降のメンバー (グループ入りする前にソロ・デビュー,リングデビューしていた富士本 美貴は別として) に
至ってはその存在すら知らされていなかった。
そして、つんたは遂に決断したのだった。
この低迷を打破するには、7期の新規メンバーを登場させようとしているこの時期に、地下リングへ再登場するしか
無いと。
そして、その相手としてセンセーショナルなデビューを果たしたばかりのタプレンジャーを指名したのであった。

地下リング側も当初はその申し出に驚いたが、つんたが本気で有る事を確認するとタプレンジャー側に連絡を入れ、
同時にルールの検討を開始した。
何しろ現在12名の大所帯グループ対5人の軍団である。
前回同様の変則勝抜きでの完全決着方式が採用されることとなったが、5対5では朝娘。に到底勝ち目は無いで
あろうし、12人全員では流石のタプレンジャーも厳しそうである。
と言う訳で、結局朝娘。側はタプレンジャーの倍の人数、10人と言う事で決着を見る事となった。
それを聞いたつんたは、来春卒業予定の飯多 圭織と石皮 梨華を外した10人のメンバーで闘うこととした。
特に圭織が抜けることによる戦力ダウンは否めないが、以降も残るメンバーを重視したのであった。

おのおのにトレーニングを積んでいたタプレンジャー達が、久々に全員顔を揃えた。
早織,明日香,綾乃の三人は前の試合で身体に大きなダメージを受けていたが、流石は地下リングの医療能力で
現在は完全に治癒しており、肌を露出する水着グラビア等の仕事もこなせるまでになっていた。
(もっとも、それ以外の仕事はまだ殆ど無いのだが)
早織「さあ、相手も決まったし、しっかりトレーニングしましょう。朝娘。なんて、私達をアピールするには最高の
   相手よ。相手が10人だから、各人2人を倒すのがノルマだからね。パワーだけじゃなくて、スタミナも
   付けないとダメだよ。」
綾乃「スタミナか… それがちょっと心配なのよね。一試合ならいいけど、二試合,三試合となるとね。」
乃南「あっちんはまた少しタプったみたいだもんね。私みたいに適度にダイエットしないとね。」
明日香「でも、のなみんはそれが限界よ。それ以上痩せたらクビだからね。」
桜怜「そうよ、新人でタプレンジャーに入りたがっている人、何人もいるんだからね。私なんかこの前、
   羨ましいって言われちゃった。」
乃南「分かってるって。私だって、自分の魅力無くしたくないしね。」
綾乃「オーレの言う通り、羨ましくって当然よね。可愛いし、格好いいし。タプレンジャーは最高よ。」
乃南「まあ、可愛いかどうかは疑問なメンバーもいるけどね。」
綾乃「えっ、私じゃないよね、それ?」
明日香「じゃあ、誰よ?」
大笑いする5人。
しかし、早織が直ぐに真顔に戻る。
早織「相手をナメちゃいけないからね。実績の有るメンバーは今回出ないみたいだけど、トップを張ってきた
   グループだから、一筋縄では絶対に行かないと思ってないと。」
乃南「小柄な子が多いけど、芳澤は結構背が高いし、緒川とか横幅の有る子もいるしね。」
明日香「そう言えば、富士本なんかも、以前結構いい試合をしたと聞いた事有るよ。」
綾乃「なんか、ヤンキーっぽいのもいるよね。田仲って言ったっけ?」
早織「試合経験が有るのは、芳澤,富士本と弥口の三人だけらしいね。後はデビュー戦になるらしいよ。」
桜怜「私やのなみんと同じね。でも、意外な実力者がいたりしてね。」
早織「オーレ達の言う通りよ。何が有るか分からないのが地下リングなんだから。仲澤のオバさんなんかも
   コーチに付くだろうしね。彼女は相当強かったらしいよ。」
明日香「そうそう、前回だったナメて掛かって大変な事になったんだしね。」
綾乃「特にデビューの二人は、しっかりトレーニングしとかないと。」
乃南「何か、先輩みたいな事言ってる。」
綾乃「そうよ。一度リングに上がってるんだから、先輩なのよ。ちゃんと、尊敬しなさい。」
桜怜「失神させられて、ずっとベッドで寝てたのにね。」
綾乃「そこのピンク。何か言った?」
桜怜「いえ、何も。先輩、ご指導宜しくお願いします。」
綾乃「よーし、じゃあスパーリングだ。掛かってきなさい。」
桜怜「ハイ、宜しくお願いします。」
早織「じゃあ、アタシらもトレーニングに掛かろうか。」
乃南「それでトレーニングでお腹を空かせたら、しっかり食べないとね。」
明日香「やっぱり、焼肉がいいよね〜 スタミナも付くし。」
綾乃「あっ、焼肉って言った? じゃあ、いつもの食べ放題の店ねっ♪」
乃南「あんたは、黙ってオーレとスパーリングやってなさい。」
早織「頑張れば焼肉だって食べ放題ばっかりじゃなくって、スターが行くような一流の店でお腹一杯食べられる様に
   なるんだから、みんな今回も頑張ろうね。」
全員「オー!」
明るい雰囲気では有るが、激しく真剣なトレーニングが続いていた。

一方、朝娘。達はつんたにトレーニングジムに呼び出され、前リーダーの仲澤 裕子も同席する中、彼から
地下リングへの参加について聞かされていた。
過去に参加経験の有る弥口 真里,芳澤 ひとみ,富士本 美貴はともかく、その存在すら知らされてなかった
5,6期メンバーの鷹橋 愛,紺埜 あさ美,緒川 麻琴,新居垣 里沙,甕井 絵里,道繁 さゆみ,田仲 れいなは
とても現実の事とは思えず、ただ唖然とするばかりであった。
つんたの話が終わり、裕子が話を引き継いだ。
「あんた達、今の話で分かったと思うけど、これはTVのバラエティとは違うんだからね。練習も試合も真剣に
 やらないと本当に大怪我するし、試合内容が悪ければそのまま引退させられる事も有るんだからね。ここだけの
 話だけど、田舎娘。のりんこや椰子娘。のミキもそれで辞めさせられたんだよ。」
流石にこれまで半信半疑だった若いメンバーも、これには顔付きが変わった。
次いで、現リーダーの圭織が話を引き継ぐ。
「逆に試合で頑張って認められれば、安部や後東みたいにソロデビューも有るんだよ。私だって、ソロアルバム
 出さして貰ったしね。トレーニングは裕ちゃんや圭ちゃんや私も手伝うけど、最後はあんた達自身のやる気と
 根性次第なんだからね。分かった?」
隣に立っている石皮 梨華も大きく頷く。彼女もデビュー直後はパッとしなかったが、地下リングのファイトで
認められてユニットデビュー、更に番組でコーナーを持って大きく成長した経験が有ったのだ。
また、人前で激しいファイトをした事自体も、それまで自己アピールする事が苦手だった彼女の成長に大きく
役立っていたのだった。
「それじゃ、後は裕子達に任せたぞ。しっかり、鍛えてくれ。」
それだけ言って、つんたが去って行った。
「よし、トレーニングを始めるぞ。」
「はーい!」
裕子の号令でトレーニングがスタートした。

トレーニング開始当初は何となく現実味が湧かなかったメンバー達で有ったが、トレーニングの予想を越える
厳しさと、裕子や圭織,圭,梨華に加えて元メンバーの安部 なつみや後東 真希,更には因幡 貴子や椰子娘。の
アヤコ,レモン記念日のメンバーと言ったリング経験の有るモニ・プロの面々が連日コーチに現れるのを見て、
これは確かにTVのバラエティとは違う大変なイベントで有るとの実感を抱いていた。
事実、この試合には今後の朝娘。の、更にはモニ・プロの命運が賭かっているのであった。

そして、ついに試合当日を迎えた。

タプレンジャー側の控え室では、試合順の打合わせが行なわれていた。
早織「さて、今日はどういう順序にする?」
明日香「サオはリーダーだから、やっぱり最後に控えていて貰うのが、良いんじゃない。」
綾乃「賛成。で、一番手はまた私でいい?」
乃南「あっちんは何か不安だな〜 この前の事も有るし。」
綾乃「ヒドーイ。今日は大丈夫よ。」
桜怜「私が、最初でもいい? 緊張して待ってる位なら、リングに上がりたい。」
明日香「オッ、オーレがやる気を見せたな。だったら、それでいいんじゃない。ねえ、サオ,あっちん。」
綾乃「いいわよ。じゃあ、トップは譲って上げる。その代わり、私が二番手ね。」
乃南「みんな、張切ってるな。じゃあ、私が次行くわ。すると、ルイルイが副将ね。」
明日香「のなみん。副将はいいけど、ルイルイって呼ぶのやめてくれない。昔の歌みたいじゃない。」
乃南「えっ、そんな古い歌知らないよ。」
綾乃「私も、知らない。」
桜怜「私も」
明日香「あっちんはともかく、のなみんやオーレは同い年でしょ。何言ってるのよ。」
大笑いする五人。
これから試合をするという緊張感は伝わってこない雰囲気であった。

一方の朝娘。側の控え室には参加する十人に加えて、リーダーの圭織と梨華、更に前リーダーの裕子が
集まって、部屋が狭苦しくなっていた。
裕子「さあ、本番よ。みんな、トレーニングは積んできたんだから、自信を持ってリングに上がってね。
   でも、絶対気を抜いちゃダメだよ。これは朝娘。にとっても大事な試合だけど、あんた達一人一人に
   とっても、凄く大事なんだからね!」
「ハイッ!」
全員の大きな返事が返る。
裕子「試合順は、一応さっき決めたけど、状況を見て変更するからいつでも出れる準備はしといてよ。
   それに、やる気になったら立候補してもいいよ。そちらを優先するから。」
全員「ハイッ!」
圭織「じゃあ、いつもの奴、行くからね!みんな、集まって。」
十三人全員が輪を作り、手を重ねあった。
圭織「頑張って行きまっ」
全員「しょい!」
全員の気合が一つになった。
真里「よーし、行くぞー!」
今日のリーダーを命ぜられた真里を先頭に、リングへ向かう十人。
裕子,圭織,梨華も少し離れて入場した。

その頃、リング上では先に上がったタプレンジャーが観客にアピールしていた。
四方の観客に手を振る五人。そして、早織がマイクを取った。
「今日は朝娘。十人が相手ですが、我々は負けません。何故なら、我々はタプレンジャーだからです!
 朝娘。を全員叩き潰してやります!」
観客からは喚声と、ブーイングが同時に起こる。
それを聞きながら、更に早織は決め台詞に掛かる。
早織「タプレンジャーは」
四人「逃げない!」
早織「タプレンジャーは」
四人「諦めない!」
早織「タプレンジャーは」
四人「負けない!」
早織「肉体こそ」
四人「真の凶器!」
セリフに合わせて五人がガウンを脱ぎ去り、五色のスポーツビキニ姿でポーズを決めた。
再び起こる喚声とブーイング。しかし、前回の様な笑い声は全く起こらなかった。
それこそが、彼女達が地下リングでその存在を認められた証拠であった。

アピールを終えてリング下に降りるタプレンジャーに代わって、リング上には朝娘。が上がった。
十人がリング上に上がると、流石にリングが狭く感じられる。
色とりどりのワンピース水着に身を包んだ彼女達が四方に手を振ると、タプレンジャーの時とは比べ物に
ならない大きな喚声が起こった。
その大喚声の中、真里がマイクを取った。
「皆さん、朝娘。はまたリングに戻ってきました。今日は強敵ですが、勝てる様全力を尽くします。是非、応援を
 宜しくお願いします!」
再び大喚声が起こる。
それを聞きながら、予想していたとは言え、その人気の差にジェラシーを感じるタプレンジャー達。

貴賓席にはつんたが、そして観客席には練習にも参加したなつみ,圭,真希らの姿も見えていた。

朝娘。が一旦全員リングから降りたところで、アナウンスが流れた。
「5対10、変則勝抜き戦を行ないます。勝ち残った選手の試合への登場順は自由で、全員が失格したチームの
 負けとなります。勝負の決着は通常のプロレスルールに準じ、フォール,ギブアップ,KO,レフリーストップ,
 ドクターストップ,反則等ですが、場外カウントアウトは有りません。
 では、第一試合に出場の選手はリングに上がって下さい」

まずタプレンジャー側から、予定通りピンクの水着に身を包んだ桜怜が上がった。
朝娘。側でそれを見て
「私が出る!」
と、手を上げた者がいた。
同じくピンクの水着に身を包んだ道繁 さゆみであった。
「大丈夫?」と聞く圭織に、
「大丈夫よ」とだけ答えて、リングに上がるさゆみ。
彼女は最も新しい6期メンバーであり、年齢もまだ15歳と最年少の一人だったが、160cmと小柄なメンバーが多い
中では長身であり、対する158cmの桜怜にも身長では上回っていた。
リングに上がったさゆみはマイクを取った。
そして、会場の全員が注目する中、さゆみは桜怜に向かって喋り始めた。
「あなたは、ピンクを着ちゃダメ!ピンクはね、可愛いサユだけが似合うの。だから、別の色にして!」
彼女のナルシスト振りとピンク好きはメンバーもファンも知っていたが、流石にこの発言には皆が驚いた。
唖然とする桜怜に対し、さゆみが続ける。
「あなたになんか、ピンクは似合わない!さっさと、別な色を着てきて!」
暫くは唖然としていた桜怜であったが、徐々に怒りが込み上げてきた。
"このピンクは、あっちんが桜怜の桜にちなんで譲ってくれたのよ。何で、そんな事言われなきゃいけないの!"
マイクは使わず、肉声で叫ぶ桜怜。
「このピンクを脱がせたかったら、アタシに勝ってから言え!」
気合が入る桜怜。
その桜怜を睨みつけるさゆみ。

そこへアナウンスが入った。
「第一試合、原多 桜怜対道繁 さゆみを行ないます。」
"カーン"
ゴングが鳴り、観客の喚声が上がった。
しかし、勝負は一瞬にして決着した。
ゴングと共にさゆみに向かって突進した桜怜の右腕ラリアットが、まだ油断して態勢が取れていなかったさゆみの
首筋に完璧に炸裂した。
"バシーン!        ドッカーーーン!"
見事に吹っ飛んださゆみはリングに後頭部を打付け、意識を失った。
更に大の字となったさゆみのお腹に、桜怜のヒップドロップが落とされた。
「グエッ!」
さゆみの口から反吐が溢れ出す。
そのままフォールの態勢に入る桜怜。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
試合開始のゴングの音が消えない内に、終了のゴングが鳴った。
「只今の試合は、フォールで原多 桜怜選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」
レフリーに手を上げられる桜怜の足元には、顔面を自らの反吐で汚し意識を失ったさゆみが横たわっていた。

デビュー戦を見事な勝利で飾った桜怜をハイタッチで迎えるタプレンジャー達。
一方、担架で運ばれるさゆみを見た朝娘。の若いメンバーの多くは顔色を無くし、震えていた。
話では聞いていても、これが実際に見る最初の試合であった。
その迫力に圧倒され、そして仲間が無残な形でKOされたのを見ては、正常でいられる訳も無かった。
"まずい"
冷静を装う裕子であったが、この状況では彼女達が持てる実力を発揮する事は不可能である。
既にリング上にはタプレンジャー側は緑の水着の綾乃が上がっていたが、若いメンバー達は皆下を向いたままだった。
"奴に行って貰うしかないか…"
裕子が一人を指名しようとした時、
「オイラがやる。」
裕子が指名しようとしたメンバーが、自ら手を上げた。
弥口 真里であった。
彼女は現在では二期と言われているか、むしろ「第一回追加メンバー」と呼ばれる方が多かった。
保多 圭,一井 紗耶香と共に裕子達オリジナルメンバー5人に追加された時の苦労は、それ以降の追加メンバーとは
比べ物にならなかった。
露骨な拒否反応を示すオリジナルメンバーとの大きな確執もあり、厳しく怒られたり、激しい言い合いをした事も
何度も有った。また、ファンからもメンバーとは認められない時代も経験した。
それでも彼女達の頑張り、特に真里の明るさ,人懐っこさは、いつしかオリジナルメンバーに認められ、一つの
グループとしての団結を生み一回り成長する要因となったのであった。
彼女達が追加メンバーとして成功した事が、その後のグループの方向を決定付けたと言っても良かった。
最後のオリジナルメンバーである圭織卒業後は彼女が最古参で最年長となり、リーダーが任せられると言われていた。
この落ち込んだムードを変えるのは彼女しかいなかった。これは裕子も、圭織も分かっていた。
そして、本人にもその自覚が有った。
リングに上がり綾乃と睨み合う黄色の水着の真里。
162cmの綾乃に対し、145cmの真里はいかにも小さかった。

「第二試合、芳川 綾乃対弥口 真里を行ないます。」
"カーン"
ゴングが鳴った。
正対を避け、横へと回り込もうとする真里。
捕まえれば、何とかなると思う綾乃はどっしり構える。
ローキックを打ちながら、回り込む真里であったが、いつしかコーナーに追い詰められていた。
チャンスと見て、コ−ナーへ飛び込む綾乃。
"ドーーン!"
真里は上手く回り込んで綾乃を自爆させると、その背中にキックを連発する。
しかし、あまり効果は無い様で、振り向いた綾乃のショートレンジのラリアット一発で形勢が逆転する。
ダウンした真里に襲い掛かろうとする綾乃であったが、場外まで転げまわってそれから逃げる真里。
場外で一息付いた真里はコーナーポストの最上段まで上がり、綾乃を見下ろす。
「何やってんだ、おチビさん。そんなに背が欲しいのか。」
挑発する綾乃に対し、
「うるさーーい!」
と言いながら、ミサイルキックを放つ真里。
しかし、足を踏ん張った綾乃はそのキックを受けてもダウンしない。
逆にリング上に落ちた真里の上に乗ると、全体重を掛ける。
「マリっぺー!」
心配した圭織が声を掛ける。一方、若いメンバー達はまだ試合を見る事が出来ないでいた。
何とか下から逃れようと暴れる真里であったが、綾乃はビクともしない。
綾乃は右腕を真里の顔面に押し付けて体重を掛ける。
その時
「イターーーー!」
綾乃の悲鳴が上がった。
下になっていた真里が、その綾乃の右腕に噛み付いたのであった。
それでようやく下敷きから逃れた真里であったが、そうとう体力をロスしており、呼吸は荒かった。
右腕に残った歯型を見て、気合いを入れ直した綾乃が真里に襲い掛かる。
捕まえようとする綾乃から逃げる真里であったが、またもコーナーに追い詰められた。
今度は逃げられない様に、慎重に距離を詰める綾乃。
追い詰められた真里がキックを狙ったが、そこを委細構わず飛び込む綾乃。
"ドーーン!"
綾乃のボディアタックが、真里の小さな身体にまともに炸裂した。
綾乃とコーナーポストにサンドイッチ状態となった真里は、そのまま崩れ落ちた。
真里の胸元に足を乗せ、体重を掛ける綾乃。
レフリーのロープブレイクまでその状態が続き、真里の体力は更にロスさせられた様であった。
自力では立てない状態の真里を引きずり起こした綾乃は、その両手をロープに掛けると、がら空きになったボディに
アッパー気味のパンチを連発する。
ガードも出来ない真里は、ただ殴られるしかなかった。
再びロープブレイクが掛かり、真里の両手がロープから外されたが、真里はその場に崩れ落ちるだけだった。
「ヨーシ、とどめだ!」
片手を上げて観客にアピールした綾乃は真里を重量挙げのバーベルの様に高々と持ち上げると、リング中央に
投げ捨てた。
ロープへ飛んだ綾乃はジャンプすると、そのヒップをリング中央で大の字になった真里の上に落とす。
"ドーーーーーン!"
リングが大きく揺れた。
しかし、綾乃のヒップの下に真里はいなかった。
最後の力を振り絞った真里が、寸前転がって綾乃のヒップを避けたのであった。
「痛ーーーーい!」
"チャンス!"
立上がった真里は、まだ尻持ち状態の綾乃にドロップキックを打ち込んだ。
"ドーン"
仰向けにダウンする綾乃。
綾乃の上に飛び乗った真里は細かいパンチを綾乃の顔面に降らせる。
「マリさん、頑張って!」
「ヤグチさーん!」
リング上を見る事が出来なかった若いメンバー達もようやく顔を上げ、真里に声援を送り始めていた。
しかし、真里の攻勢も長くは続かなかった。
綾乃の右手が真里を髪の毛を掴み、身体の上から引きずり降ろした。
態勢が入替わり、今度は綾乃が上となった。
お返しとばかりに、真里の顔面に綾乃のパンチが炸裂する。
綾乃は真里を立たせると、そのボディに膝蹴りを叩き込んだ。
「ウグッ」
この強烈な一発で真里の動きが完全に止まった。
綾乃は真里をボディスラムの要領で持ち上げると自らの膝に叩きつけた。
シュミット流バックブリーカーである。
更に膝の上に乗った状態の真里の腿を片手で押さえると、もう片手で顎を押さえ体重を掛ける。
「ギャーーーーー!」
弓なりになった真里の口から悲鳴が上がる。
「ヤグチさーーん!」
「マリさーーーん!」
メンバーから悲鳴にも似た声援が上がる。
「マリっぺー! もういい、ギブアップしろーー!」
圭織が叫ぶが、レフリーの問いには首を横に振る真里。
"オイラみたいなチビが勝てる訳は無い。でも、少しでも頑張ってこいつを疲れさせなきゃ。それに、あの子達が
 これで勇気を持ってくれれば…"
メンバーの顔を思い出しながら、徐々に遠のいて行く真里の意識。
綾乃はバックブリーカーの態勢を解くと、そのままフォールに入った。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
レフリーの3カウントと共に、終了のゴングが鳴った。
「只今の試合は、フォールで芳川 綾乃選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

勝ち名乗りを受けリングを降りる綾乃であったが、予想外の真里の健闘に不安視されたスタミナを大分ロスしている
様子であった。
一方の真里はさゆみに続き担架で医務室へ運ばれたが、それを見つめるメンバーの顔を先程とは違って、闘志と
リベンジの思いに燃えていた。
"よし、ここが最初の勝負所だ"
先にリングに上がった青い水着の乃南を見た裕子は、次のメンバーを指名した。

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