『タプレンジャーvs.朝娘。−3』

タプレンジャー側は最後の一人、リーダーであり、エースでもある早織が真っ赤な水着にそのダイナミックな
身体を包みリングに上がった。
それを見て、
「私が闘います!」
と逸早く名乗りを上げた者がいた。
田仲 れいなであった。
そのれいなの小さな身体を見て一瞬戸惑った裕子であったが、その目に激しいやる気を感じ即決した。
「よし、行けっ!」
「はいっ!」

なんと、アイドルらしからぬ黒の水着に身を包んでリングに上がるれいな。
その黒い水着に、早織は前回の試合で苦戦させられた久慈 麻理奈達の姿が一瞬ダブった。

れいなは絵里,さゆみと同期で、現在15歳とグループ最年少でもある。
151cmと小柄ではあるが、見方に拠ってはヤンキーっぽいヤンチャな雰囲気の見るからにきかん気の強い表情と
故郷の博多弁により、性格の強さが前面に強く打ち出されており、またそれによる従来の朝娘。にはいない独特の
存在感を醸し出していた。
その為、加入当時は大人しい雰囲気で目立たない同期二人からは一歩抜け出した存在であり、早々とユニット
デビューも果たしていた。
が、その後は他の二人の成長に追い付かれた感じで、独特の朝娘。らしからぬ雰囲気がむしろマイナス要素と
なっているのか、ファンも多いが、アンチも多い状況で、折角のユニットもその一曲きりとなっていた。
彼女自身もこの現状には全く満足しておらず、何とか再び一歩抜け出し目立つチャンスを狙っていた。
そして、このタプレンジャーとの対戦が決まった時から、最も目立てる対戦相手であるリーダー早織との対戦を
熱望していたのである。
無論、体格的には全く劣る自分が闘う為の作戦も練っていた。

「第五試合、山元 早織対田仲 れいなを行ないます。」
"カーン"
ゴングと共にリング中央へ進む二人。151cmのれいなに対し早織は165cmと15cm近い身長差があり、身体の厚みの
違いも合わせると、まさに大人と子供であった。
ゆっくり組合おうとした早織に対し、見上げる形となったれいなはまずにっこり微笑むと、
「宜しく、お願いします」
と、深々と頭を下げた。
これには早織も戸惑い、組合おうとして上げた手を下ろす。
れいなが顔を上げた。
その瞬間、れいなの右腕が早織の顔面に伸びた。
そして、伸ばした二本の指が正確に早織の眼を捕らえた。
「ウワッ!」
予想外の反則攻撃に両目を押さえる早織。
素早く早織の後ろへ回り込んだれいなは、早織の太ももへトーキックを叩き込む。
たまらずダウンする早織。
れいなは今度はトーキックを早織のボディに叩き込む。
実はれいなのシューズにはトーキックをしてもつま先が痛まぬ様、充分なクッションが入っていたのだ。
その見掛け通りのヤンキーファイトで早織のボディにダメージを与えるれいな。
そのキックは素早く的確であり、目の不自由な中、何とか勘で捕まえようとする早織の手をくぐり抜けていた。
更にれいなは攻撃のポイントを太ももに移動した。
鋭いつま先部分で早織の逞しい両太ももを蹴りまくる。
その予想外の攻勢には、ファンから大きな声援が上がっていた。
一方、朝娘。メンバーからも声援が起きていたが、それと共に『やっぱり、あの子はヤンキーだった』という
声も上がり、メンバー同士顔を見合わせていた。
この状態では反撃出来ぬ早織は頭を押さえ、カメの様に丸くなるしかなかった。
そして、転がるようにしてなんとか場外へのエスケープを狙う。
何とか、場外へエスケープした早織であったが、れいなも素早く後を追う。
本部席の椅子を取り上げると、まだ眼の自由が利かない早織の腰辺りに叩き付ける。
"バシーン!"
"バシーン!"
休まず攻め続ける事で勝機を見出したいれいなは、ダウンした早織の全身にトーキックを叩き込む。
"ガツーン"
"ガツーン"
更にれいなは早織の髪の毛を持って引き摺り起こすと、そのまま髪を引っ張って鉄柱に早織の額を叩き付ける。
「喰らえーー!」
"ゴツーン!"
大きな音と共に、その場に崩れ落ちる早織。
「早織ちゃーん!」
「サオーー!」
これには、タプレンジャー側から悲鳴にも似た声が上がった。
れいなは崩れ落ちた早織の髪の毛を持って立たせると、再度鉄柱攻撃を狙った。
しかし、今度は早織が鉄柱に脚を伸ばしてふんばりそれを許さない。
暫くの力比べの後、早織のパンチがれいなのボディに炸裂した。
「グウッ!」
この一撃で、れいなの手が早織の髪の毛からようやく離れた。
「髪の毛は許せない!」
叫ぶ早織の表情は、先日の麻理奈との闘いの時より厳しかった。
逆にうずくまったれいなの髪の毛を持って立たせた早織は、膝蹴りをれいなのボディに連発で叩き込む。
"ボスッ! ボスッ!"
「グエッ!」
胃液の逆流する辛さに、れいなが涙目となる。
早織はれいなを軽々とリフトアップすると、何とリング内へ放り入れた。
その状態でリング下に座り込み、体力と視力の回復を試みる早織。
一方のれいなも膝蹴りのダメージが大きく、リング上でお腹を押さえて丸くなったまま、立つ事が出来ない。
"立てないよー、 お腹が痛いよー もうダメかな… やっぱり、目立てないのかな? アタシ…"
れいなも動けなかったが、一方の早織もなかなかリング内へ戻れなかった。
特に最初の目潰しのダメージが予想外に大きく、視力を戻すのに手間取っている様だった。
"彼女、まだリング下だよ! やれる、まだ闘える!"
れいなも何度か大きく深呼吸する内に、徐々に体力を回復してきていた。
しかし早織を油断させる為、わざと立ち上がらず、お腹を押さえたままうずくまっていた。
視力を大分回復させた早織がリング内に戻りゆっくりとれいなに近付いてきたが、れいなはその姿勢を保っていた。
「この野郎!」
早織がれいなの髪の毛を掴み立たせようとした瞬間、れいなのパンチが早織の股間に炸裂した。
「ウッ!」
全く油断していた早織は股間を押さえ、その場にうずくまる。
れいなは指先を揃えると、早織の喉元に地獄突きを叩き込む。
"ドオーーン!"
この一撃でダウンする早織。
「貰ったーーー!」
れいなは叫びながら、狙いすましたトーキックを早織の側頭部へ叩き込んだ。
"ガツーン"
鈍い音が会場に響き渡る。
そのまま早織に覆い被さるれいな。
「ワン、ツー、ス…」
スリー寸前、早織が肩を僅かに上げた。
「クソー!」
素早く起き上がったれいなは助走を取ると、再度早織の側頭部へのキックを狙った。
しかし早織も態勢を変えると、走り込んできたれいなの胸元に下からキックを入れた。
"バシーン"
このタイミングの良いキックで、軽量のれいなが吹っ飛んだ。
頭を振りながらも起き上がった早織は、れいなをボディスラムの要領で持ち上げると、空中で頭を下に変えて
がっちりフックし、そのまま真っ逆さまに脳天をリングに叩き付けた。
彼女の秘技とも言えるノーザンライト・ボムであった。
前の麻理奈戦では偶然決まった技であったが、その破壊力を実感した早織がその後のトレーニングでしっかりと
物にしていたのであった。
その取っておきの秘技を出さねばならぬ程、早織はこの小柄なれいなに追い詰められていた。
"ドッカーン!"
リングが大揺れとなり、脳天から叩き付けられたれいなは殆ど失神状態となった。
早織は自らロープへ飛んで反動を付け、フライング・ボディ・プレスでれいなに覆い被さる。
"ドーーーーーーン!"
れいなは全く動く事が出来なかった。
「ワン、ツー、スリー」
"カーン"
「只今の試合は、フォールで山元 早織選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

早織に押し潰された形となったれいなもまた、同期二人同様担架で医務室へ運ばれていった。
しかし、小さな身体で大健闘したれいなには、観客から惜しみない拍手と大歓声が送られていた。
無論、失神状態の当人には全く聞こえていなかったが。

一方の早織は勝ち名乗りもそこそこに、観客に対して手を振る事も無くリングを降りて行った。
その額には大きなコブが出来ており、全身には蹴られた痕が赤く残っていた。
大苦戦となってしまった試合内容、そして何よりも自らのふがいなさに怒っているのは明らかであり、他の
タプレンジャーメンバーも早織に声を掛ける事が出来なかった。

そんな中、リングにはこれが二試合目となる桜怜がピンクの水着で上がり、一方からは新居垣 里沙が綺麗な
紫色の水着に身を包んで登場した。
ここまで4勝1敗のタプレンジャーではあるが、予想を上回る朝娘。の健闘により、明日香,早織が大きな
ダメージを受けているだけに、満足できる状況からは程遠かった。
流れを引き戻す為にも、初戦でダメージを殆ど受けていない桜怜は絶対に勝たなければならなかった。
自らの頬を張り、気合を入れる桜怜。

一方の里沙もコーナーでウォーミングアップをしながら気合を入れていたが、その時妙な現象が起こっている事に
リング下の綾乃と明日香が気付いた。
これまでの試合では朝娘。側に一方的であった声援が妙に静かで、むしろ桜怜への声援が目立っていたのだ。

里沙は所謂5期メンバーとなる。
4期メンバーの加入でトップグループの座を確保したグループに加入したのだが、個性豊かで直ぐに人気者と
なった4期の4人に比べると小粒で地味な印象は拭えず、また加入時点で13人という大人数となっていたことも
あってその存在感をなかなか出せずにいた。
無論、それには地下リング不参加ということも有形無形に影響していたのだが。
更に彼女達の加入後、人気メンバーが抜けたり、セールスが低迷しだしたりという事も有り、ファンからも
低迷の元凶的に見られることも有った。
中でも里沙については、加入時のコネ疑惑からお披露目コンサートでいきなりブーイングを浴びるという、
他メンバーでは有り得ない仕打ちすら受けていた。
それが現在まで尾を引いており、妙にこじんまりとまとまった印象も有って、人気は低迷したままであった。
彼女自身もそれを打破する為、後輩の教育係を買って出たりもしたのだが、状況に変化が無い事は今日の声援の
低さからも明らかであった。
今日の試合についても、里沙は最後までどう闘うか悩んでいた。
そして、目の前で後輩の絵里,れいなが工夫した闘い方で健闘したのを見て決意した。
その鋭い視線を桜怜に向ける。

「第六試合、原多 桜怜対新居垣 里沙を行ないます。」
"カーン"
リング中央へ進む両者。
158cmの桜怜に対し、里沙は153cmと背は極端には違わないのだが、身体の厚みは全く違った。
前の二試合を見ていただけに里沙の出方を見ようと慎重に組合おうとする桜怜に対し、里沙の方から積極的に
真正面から組み合った。
「エッ!?」
一瞬戸惑った桜怜であったが、力の差が歴然として有る事には直ぐに気付いた。
必死に力を入れて押込もうとする里沙で有ったが、桜怜は全く後退せず、逆にあっさりとコーナーへ押込まれた。
"ドーン!"
コーナーへ叩き付けられる里沙。
「グウッ!」
背中を叩き付けられて息が詰まった里沙であったが、桜怜はここも慎重に深追いせずリング中央へ戻る。
「ウォーーー!」
立上がった里沙は大声を上げながら、桜怜に殴り掛かる。
しかし、逆に一発のパンチを食って再度コーナーまで吹っ飛ばされる。
再度殴り掛かる里沙であったが結果は同じで、桜怜の重いパンチによりコーナーまで吹っ飛ばされる。
尚も殴り掛かる里沙だが、やはり桜怜のパンチでコーナーまで飛ばされるだけであった。
「クッソーー!」
今度はリング中央まで助走を付けると、桜怜の胸元にドロップキックを打込む。
しかし、足を踏ん張った桜怜はビクともしない。
もう一発ドロップキックを入れる里沙だが、やはり桜怜はピクともしない。
三発目も同じであった。
四発目を狙って立上がった里沙の首筋に衝撃が走った。
踏み込んだ桜怜のラリアットが里沙の首筋を捕らえたのであった。
攻めに気持ちが集中しており、油断していた所にジャストミートしたラリアットで場外まで飛ばされた里沙は、
落ちた時に打った腰を押さえてうめくしか無かった。
里沙の決意は「けれんみ無く真正面から闘う」ことなのであった。
グループ一の朝娘。好きを自認する彼女にとって、コネで入ったと言われる事は心から嫌で有ったし、それは大好きな
朝娘。を冒涜することでもあった。
ここで堂々と真正面から闘うことで、真っ当にグループ入りした事を証明したくも有ったのである。
腰を押さえ、首を振りながらも桜怜の待つリングへ上がろうとする里沙。
「ガキさん、少し休んでー!」
「正面から行くな! 動き回るんだー!」
セコンドの声にも関わらず、リングに上った里沙はまたしても正面から桜怜に立ち向かう。
身体を低くすると、勢いをつけ桜怜のボディにタックルする。
しかし、それも効果は無かった。
ガッチリとタックルを受け止めた桜怜は、膝蹴りを里沙の細いボディに叩き込む。
"ドスッ!ドスッ!"
「グプッ…」
上がってくる胃液を必死に飲み込んだ里沙は桜怜の身体にしがみ付き、ダウンを避ける。
しかし、その状態ではボディがガラ空きとなった。
そこへもう一発、桜怜の膝蹴りが炸裂する。
「グエーーー!」
たまらずダウンすると、口から反吐を吐き出しリング上をのた打ち回る里沙。
まだ試合が有る事を考えた桜怜は、とどめに掛かった。
弱々しくお腹を押さえる里沙を引き摺り起こすと、仰向けに肩の上に乗せた。
カナディアン・バックブリーカーである。
そのまま揺さぶり、里沙にギブアップを迫る。
ギブアップだけはすまい、と誓っていた里沙であったが、自らの体重で背骨が折れそうな痛みについに堪えきれず
タップしてしまった。
"カーン"
「只今の試合は、ギブアップで原多 桜怜選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

呆気無く見えた結末に、観客からは里沙への容赦無いブーイングが起こる。
しかしメンバー達には、リング上で全く動けなくなりまたまた担架で運ばれて行く里沙の気持ちは通じていた。
担架で運ばれる里沙に付き添う圭織がブーイングをする観客を睨みつけると、そのブーイングは静まっていった。

一方、二連勝の桜怜はリング下へ降りると真っ直ぐにまだ下を向き頭を抱える早織の元へ向かった。
そして早織に正対すると、顔を上げさせた。
"バシーン!"
今度は桜怜が早織の頬を張った。
「何してるのよ!サオ!いや、タプレッド! まだ、試合は終わってないのよ!」
普段は大人しい桜怜の激に、早織の表情がみるみる変わった。
「そうね… ゴメン… それに有難う。」
顔を上げた早織に明日香もうなずき、既にリングに上がっていた綾乃もその様子を見て、更に気合を入れた。

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