『タプレンジャーvs.朝娘。−5』

リングに上がった真っ赤な水着の早織であったが、その全身,特に両太ももには先程のれいなとの試合で散々受けた
トーキックによる多くの青痣が浮かんでおり、また額にもおおきなコブが出来たままであった。
とは言え、タプレンジャーとしてはこれ以上リードされる訳には行かない状況であり、激しい気合いを全身から
滲ませていた。

その早織と相対するのは、純白の水着を身に付けた鷹橋 愛であった。
観客からの声援はその体格差からの判官贔屓も有って、これまででも最大級の物が贈られていた。
愛も里沙,麻琴,あさ美と同じ5期メンバーであるが、その美少女振りは加入時から際立っており、また153cmと
小柄では有るがスリムで均整の取れたスタイルを持っており、その水着姿は多くの男性ファンを惹き付けていた。
またクラシックダンスの経験を活かしたダンスは、身体の柔軟性や動きのキレの良さもあって歴代メンバーでも
No.1と評価され、歌唱力にも定評があった。
まさに、アイドルになる為に生まれてきた様な資質の持ち主であり、年齢的にも同期では一番年上の現在18歳で
加入では先輩となる籠 亜依や辻野 希美よりも上とあって、当初からエース候補との期待も高かった。
しかしながら、実際にはそう簡単には行かなかった。
アイドル性では負けない先輩、特に4期メンバーに対して彼女自身の引っ込み思案な性格も災いして、なかなか
前へ出る事が出来なかった。
それには彼女の故郷訛りも原因するトーク下手や、コント等のバラエティ下手も影響していたのだが。
いつしかTVでも後ろに座る事が多くなり、メンバー内でも若干浮いた存在になりつつあった。
無論、その潜在能力の高さが失われた訳では無かったのだが。

「第九試合、山元 早織対鷹橋 愛を行ないます。」
"カーン"
ゆっくりとリング中央に進み組合おうとする早織に対し、素早く中央まで進んだ愛はいきなり足を高く振り上げ、
なんとカカト落としを狙った。
10cm以上も背の高い早織に対して、その頭上から愛のカカトが落ちてきた。
すんでの所でこの奇襲を交わした早織であったが、愛の運動能力の高さに驚きの表情を隠せなかった。
更に愛は高々と上がる足を利してのハイキックを連発して早織へ襲い掛かる。
そのキックを両腕でガードする早織であったが、そのキックの威力に腕のしびれを感じていた。
一旦距離を取った愛は助走を付けると、ドロップキックで早織の胸元を狙った。
"パァーン!"
綺麗に足の伸びたドロップキックが炸裂し、早織がぐらつく。
着地した愛は直ぐに立上がり、今度は助走無しでお腹あたりへドロップキックを打ち込む。
再び距離を取った愛は、助走を付けドロップキックの構えを見せる。
胸元狙いと読んだ早織は身体に力を入れ、それに備える。叩き落して、グラウンドへ持ち込む狙いであった。
しかし、愛の狙いは胸元ではなかった。
なんと低空のドロップキックで早織の太ももを狙ったのであった。
"ピシーン!"
「アウッ!」
この意外な攻撃に、既に太ももにダメージを負っていた早織がたまらずダウンする。
「クッソー!」
慌てて上半身を起こす早織。
そこへ充分に助走を取った愛の膝が、ちょうどシャイニング・ウィザードの様に狙いすまして飛んできた。
"ガッツーーーーン!"
激しい音がして、愛の膝がちょうど早織の鼻に激突した。
吹っ飛ぶ早織の鼻からは激しい出血があった。
観客の大歓声に手を振って応えた愛は仰向けにダウンした早織に馬乗りになると、その顔面にパンチを振り下ろす。
"ガツン、ガツン…"
早織の鼻血が更に酷くなり、愛のコブシ、更には白い水着をも赤く染める。
「クァーー!」
大声を上げて気合いを入れた早織が下からの掌底を愛の顎に叩き付けると、軽量の愛はその一発で吹っ飛んだ。
場外へエスケープした早織は何とか呼吸を整えようとするが、鼻血が止まらずなかなか落着く事が出来ない。
リングエプロンにもたれる様にして、体力の回復を待つ。
一方、掌底で飛ばされた愛であったが殆どダメージは無く、エプロンにもたれる早織の姿を見付けると足から
飛び込んでいき、スライディングキックを決めた。
"ガッツーン!"
再び場外でダウンする早織。
愛はエプロンの上に立つと、早織のお腹に狙いを定めて無造作に飛び降りた。ダブル・フットスタンプである。
"ドスン!"
「グエッ!」
いかに愛が軽量とは言え、1m近い高さから飛び降りた全体重を受けてはたまらない。
早織は胃液を吐き出し、場外でのた打ち回ることとなってしまった。
リングに戻った愛は四方に手を上げて観客にアピールする。
自己アピールは苦手な愛であったが、ここは観客に大いに乗せられている様であった。
「愛ちゃん、強〜い!」
「頑張れー、勝てるぞー!」
朝娘。側からの声援も一段と大きく元気になる。
一方の早織は場外でようやく立上がったが、顔面を鼻血で赤く染め、鼻で息が出来ない為大きく口を開けて喘ぎ、
しかも胃液の苦しさに時折咳込む姿には、タプレンジャーリーダーとしての雄々しい姿は全く感じられなかった。
しかし、その目は死んでいなかった。
立上がった早織を認めた愛は反対側のロープまで助走を取ると走り込み、トップロープを掴むとそのまま飛び越えて
プランチャーで早織に襲い掛かった。
しかし軽量の悲しさ、足元がふらついていると思えた早織が飛んできた愛をがっちりと受け止めた。
そして、そのままボディスラムの要領で本部の机へ叩きつける。
"バッキーーン!"
机が中央から真っ二つに割れた。
その愛の上にヒップドロップを落とす早織。
「ウッ、ギャーー!」
愛の悲鳴が会場に轟く。
ここで一旦自コーナーへ戻った早織は桜怜からタオルを受取り、鼻血を拭き取る。
そしてダウンしたままの愛の元へ戻ると、その身体を引き摺り起こす。
起こされた愛の背中には血が滲んでいた。机の割れ口で傷付けた様であった。
早織は愛の首に両手を掛け、ネックハンギングを狙った。
愛の身体を持ち上げようとした瞬間、愛が予想外の行動に出た。
早織の持ち上げようとする力を利用して自らジャンプすると、バック転の要領で後方へ回転したのだった。
それによって、愛のカカトが早織の顎を捕えた。
「ガツーン!」
ちょうどアッパーカットを食らった様になり、後方へ倒れる早織。
しかし、愛もうまく受身が取れず後頭部から叩き付けられた。
場外でダウンした両者は、そのまま全く動けなくなった。
場外リングアウトが無い為、両者への観客のコール(愛へのコールが圧倒的に多かったが)と両陣営からの応援が
聞こえる中、時間だけが過ぎていった。
先に気がついて動き出したのは愛であった。ゆっくり立上がると転がり込む様にリング内へ戻る。
その直後に早織も意識を取り戻し、リング内に愛を認めるとゆっくりとリングへ戻る。
リングに戻った早織に愛が襲い掛かり、ハイキックを狙う。
しかし、ダメージのせいかスピードも威力も不充分であった。
余裕を持ってそれをガードした早織は、ノーガードの愛の顔面に十八番の掌底をカウンターで叩き込んだ。
"バーン!"
"ズッドーン!"
この早織渾身の一撃に吹っ飛んだ愛の鼻からも鼻血が流れ出していた。
早織は素早く愛に馬乗りになると、顔面にパンチを振り下ろす。ちょうどさっきと逆の態勢となったが、大柄な
早織に馬乗りになられた小さな愛は反撃する事はおろか、動く事も出来なかった。
"ガツン、ガツン、ガツン…"
ただ早織の下で殴られ続ける愛の動きが無くなってきた。
また、口の中も切った様で、鼻だけでなく口からも血が流れ出していた。
「これ以上は、ダメッ!」
この状況に朝娘。側の裕子からタオルが投入され、レフリーも危険と見てゴングを要請した。

"カーン"
「只今の試合は、KOで山元 早織選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

しかし、ゴングが鳴っても早織は攻撃を止めようとせず、狂った様に愛の顔面を殴り続ける。
"ガツン、ガツン…"
これには観客からの激しいブーイングが起き、慌ててリングに飛び込んだ朝娘。側の裕子,圭織だけでなく、
タプレンジャーの綾乃も早織に抱き付き、制止にかかる。
「サオ、止めて! もう試合は終わったのよ! サオ、サオ!」
彼女達の必死の制止でようやく愛の上から離された早織であるが、その興奮状態はなかなか治まらなかった。
一方顔面を変形するまで腫らし、上半身や背中を早織の返り血と自らの血で赤く染めて完全に失神した愛は、
まるでボロキレの様に担架で運ばれて行ったが、非常に危険な状態という事でそのまま入院する事を命じられた。

「どうしたのよ、サオ? あそこまでやる必要は無かったでしょ? ねえ、サオったら?」
リング下で少し落着いた様子の早織であったが、問い掛ける綾乃には答えず虚ろな表情のまま独り言の様に呟いた。
「私達、負けるかもしれない… 
 何であの子達、あんなに強いの…
 小さくて、細くて、経験だってそんなに無い筈なのに…
 やっぱり、私達とは何かが違うの…
 やっぱり、私達じゃ勝てないの…」

「何言ってるの、サオ。『タプレンジャーは負けない』のよ。もっとも、負けちゃった私が言っても説得力
 無いんだけどね」
何も言えない綾乃に替わって早織の肩を抱いて声を掛けたのは、医務室から戻ってきた乃南であった。
「のなみん、大丈夫なの?」
問い掛ける綾乃に対して乃南は
「ドクターからは休んでいろって言われたんだけど、ルイも負けちゃったみたいだし、せめて応援だけでもと
 思ってね。向こうだって見てみなよ。」
と、返事しながら反対コーナーを指す。
朝娘。側も治療を終えたメンバーがが戻ってきて、他メンバーの応援や世話を始めていた。
桜怜のラリアットをまともに食ったさゆみはムチ打ち状態なのか首にコルセットを巻いていたが、それでも
かいがいしく動いていたし、綾乃との試合でまだ全身に大きなダメージが残っている筈の真里も同様であった。
身体が痛むのか、時々顔をしかめながらも動き回る二人の姿には、朝娘。だけでなく綾乃や、一旦は弱気になった
早織も勇気付けられていたのだが、それには真里もさゆみも気付いていなかった。

そんなリング下の状況を他所に、リングには次の試合の二人が上がっていた。
タプレンジャー側は、これが3試合目となる桜怜がお馴染みのピンクの水着で、そして朝娘。側は最後の一人と
なる富士本 美貴が真っ赤な水着で登場していた。
美貴は朝娘。としては6期メンバーとなるが、その経歴はさゆみ達他の同期メンバーとは違っていた。
元々は梨華やひとみと同じ4期のオーデイションに参加しており、そのルックスも実力も充分に合格レベルに
有ったのだが、性格的にソロ向きとの判断がなされ、メンバー入りからは外されたものの、その後別途レッスンを
積んでソロデビューを果たした。
そして直ぐにミキティの愛称で人気者になり、各種新人賞も受賞。また年末の歌合戦にも出場とまさに順風満帆な
ソロ活動を始めていた。
また、その当時には地下リングにも何度か上がっており、155cmと小柄な事もあって戦績こそ良くはなかったが、
気合いの入ったファイトは関係者からの高い評価を得ていた。
しかしながらその後は一年先輩となる末浦 亜弥や、ソロデビューした後東 真希が壁となった形でやや伸び悩みの
状況となっており、低迷朝娘。の起爆剤の意味も有って、グループ入りのウルトラCを命ぜられたのであった。
だが、当初から懸念されていた美貴の団体行動に馴染めない性格やバラエティ下手も有り、他のメンバーからは
良く言えば「一目置かれる」、悪く言えば「煙たがられる」存在となっていた。
そして、結果的には朝娘。の再浮上もならず、両者にとってこの加入は成功とは言えない状況であった。
美貴自身も再ソロデビューを望む日々が続いており、今回の久し振りの闘いも彼女にとっては、朝娘。の為と
言うよりは、これを再ソロデビューの切っ掛けにしたい思いの方が強かった。

「第十試合、原多 桜怜対富士本 美貴を行ないます。」
"カーン"
ゴングの音と共に、まず桜怜が奇襲を仕掛けた。
まだ、余裕を見せて観客に手を振っていた美貴に、ちょうど最初のさゆみとの闘いの時と同じ様にラリアットを
狙ったのだった。
"バシーン!"
しかし流石に、デビュー戦だったさゆみとは違って経験の有る美貴だけに、上手く身体を捻ってジャストミートを
避け、また受身もしっかり取ってダメージは最小限に押さえた。
そして、素早く場外へエスケープすると態勢を整える。
桜怜の狙いは短期決戦であった。残り人数は3対3の五分に再度なったとは言え、早織のダメージは大きく、綾乃も
スタミナを相当ロスしている。
唯一無傷と言って良い自分が頑張らないとチームの勝利が無い事を自覚していただけに、ここは短時間で勝負を決め
次に備えたかったのだった。
改めて気合いを入れた桜怜は、リングに上がろうとする美貴に襲い掛かった。
キックを連発して美貴を場外へ蹴落とすと、自らも場外へ降り美貴の首筋を踏み付ける。
このラフファイトに観客からは桜怜へのブーイングと大きなミキティコールが起こっていた。
美貴を引き摺り起こした桜怜はボディへのパンチを連発した後、ボディスラムの形に抱え上げた。
だが、そこで美貴がタイミング良く近くの鉄柱を蹴った為、桜怜がバランスを崩しちょうど重ね餅の形で美貴が上と
なって両者が倒れた。
上となった美貴はフラフラしながらも立ち上がると、ダウンしたままの桜怜にストンピングを連発する。
更に観客から椅子を取り上げた美貴は、それで桜怜の腰から足に掛けてをメッタ打ちにする。
"バシーン、バシーン!"
そして場外でダウンしたままの桜怜にその椅子を放り付けると、美貴はリングに戻り観客に手を上げてアピールする。
観客からは大歓声が起こったが、そのラフ振りにコーナーの朝娘。達はむしろ引き気味であった。
桜怜もリング下で立ち上がると、腰を押さえながらリングへ戻ろうとした。
エプロンまで戻った桜怜に襲い掛かった美貴はその額へパンチを連発すると、髪の毛を持ってコーナーまで引張ると、
コーナーと鉄柱を止める金具に桜怜の額を叩き付けた。
"ガッシャーン!"
大きな音と共に崩れ落ちた桜怜の額からは血が滲んでいた。
更に美貴は桜怜の髪の毛を持って立たせると、その傷付いた額に噛み付き攻撃を仕掛けた。
「ギャーーー!」
桜怜の口から大きな悲鳴が上がる。
レフリーの制止でようやく噛み付き攻撃から逃れた桜怜であったが、その額からは鮮血が流れ出しており、一方の
美貴の口元も返り血に染まっていた。
「ミキティ! 怖〜い!」
さゆみはその美貴の表情を見る事が出来ず、目を背ける。
リング内に転がり込むように入った桜怜に美貴が襲い掛かった。
流血した額にキックを連発すると、桜怜の額からの出血がますます激しくなる。
更に再度噛み付き攻撃を仕掛ける美貴。
足をジタバタさせて暴れる桜怜の顔面が赤く染まり、流れ落ちた血がマットをも染める。
そして、美貴がそのままフォールを狙う。
「ワン、ツー」
「オーレー!」
タプレンジャー側からの悲鳴が上がる中、ここは桜怜がカウントツーで跳ね返す。
美貴は桜怜の上半身を起こすと、後ろへ回り込みスリーパーを狙った。
桜怜の首筋に美貴の腕が絡み付く。
顔面を赤く染めた桜怜はもがき暴れて身体を引き離すと、エルボーを美貴のボディへ叩き込んで技を解く。
「ウワーー!」
大声を上げて一つ気合いを入れた桜怜は、何と出血したままの額を美貴の額に叩き付けた。
"ゴツーン!"
"ゴツーン!"
このヘッドバット二連発は、桜怜自身にもダメージが有ったが、美貴により大きなダメージを与えた。
返り血で額を染めてダウンする美貴。
立ち上がった桜怜はニードロップを美貴の首筋に落とす。
美貴の身体がリング上で大きく跳ねた。
更に今度はお得意のヒップドロップを美貴の胸元に落とす。
"ドッスーン!"
「グゲッ!」
変な悲鳴を上げた美貴を引き摺り起こした桜怜は、美貴を羽交い締めに取るとそのまま振り回した。
約5回転のスイングネルソンの後、美貴をリングに叩き付ける。
美貴のダメージは大きく、立ち上がることが出来ない。
ここが勝負所と見た桜怜は美貴の両足を取って裏返すと、逆エビ固めを極めた。
全身に力を入れると額から新たな鮮血がほとばしるが、それも気にせずまさに鬼の形相で美貴の身体を反らせる桜怜。
暫くはロープへ逃れようともがいていた美貴であったが、桜怜の気合いに押されたか全く動くことが出来ず、遂に
ギブアップを口にした。

"カーン"
「只今の試合は、ギブアップで原多 桜怜選手が勝ちました。続いての選手、リングに上がって下さい。」

ゴングと共にその場に崩れ落ちた桜怜であったが、リングに上がった乃南の姿を認めるとニッコリ笑って、ゆっくりと
立ち上がった。
桜怜「のなみん、大丈夫?」
乃南「何言ってるの! 心配なのは、オーレの方よ。医務室行きましょ、血だけは止めないと。」
桜怜「大丈夫よ、これくらいの出血。全然大した事無い。それより次の試合の応援しなきゃ。後二試合、あっちんと
   サオが勝ってそれで終わりよ。」
そう言いながら、リング下へ降りる桜怜に早織が声を掛けた。
早織「オーレ、医務室で止血だけはしてきて。私達が勝てる保証はどこにも無いのよ。あなたには、まだ闘って
   貰わなきゃいけないかもしれないから。」
真剣な目で訴える早織に、桜怜も頷いた。
桜怜「分かった。でも、もう私が試合しなくていい様にしてよ。約束よ。」
医務室へ自ら足を進める桜怜。
そして、早織と乃南が見上げるリング上では綾乃とひとみが既に激しく睨み合っていた。

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